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27★イルカの水槽

 イルカの水槽の前にはたくさんのカップルや家族連れがいて、思い思いに感想を述べ合っていた。私の中では水族館のメインと言えばイルカ。きっと多くの人たちも同じ気持ちなのだろうと感じさせる光景だった。


「もう少し近付いてみる?」


「私はここでいいわ。栗橋さんは?」


「うん、私もここでいいよ!」


 目が合うと、今まで散々繋いできた手が急に汗ばんだ。学校を出てからずっと繋いでいたのになんで今更とは思うものの、私にはちょっとだけ心当たりがある。それは聖ちゃんの震えが伝わってきたこと。きっと緊張で震えてるんだ、そう思うと柄にもなく、私まで緊張の手汗をかいた。プロポーズってこんな風に緊張するものなのかなと、周りの家族連れをちょっとだけ関心した。


「手……放してもいい……?」


「ふぇっ? あ、あぁ、うんうん。ごめん。恥ずかしいよね! なんか私も気恥ずかしくなってきちゃった……あははっ。キャラじゃないよね、私が緊張してるなんて」


「栗橋さんも緊張してるの? ふふふっ、そうね、ちょっと意外。告白された時みたいよね」


「告白されたことないから分かんないけど……え、もしかして聖ちゃんあるの?」


「え……? な、なくはないけど……」


 へぇ、ちょっと意外、とこちらからも思ってみた。だけど口にはしない。だって、そっぽ向いた聖ちゃんの耳が真っ赤だったから。ちゃかしたらきっと怒られちゃうしね。


「じゃあ、じゃあ、私から言うよ!」


「え……な、何を……?」


何をって……」


 何をって、何をって、さっきあれほど……ううん、ちょっと待って? 言うには言うけど、なんて言うかまでは考えてなかった……。ここはシンプルに、シンプルに。


「く、栗橋さん、やっぱり私から言わせて!」


「ううん! 私から言うよ!」


「ううん、だってあの時も私から声かけたのだから……」


 それもそうか、と考える。十年前のやり直しとなると聖ちゃんから言うのが流れ。


「うん、じゃあ……待ってるね」


 言い出しっぺを名乗り出た聖ちゃんを一人残し、私はイルカの水槽へと近付いた。聖ちゃんが私にビンタしたのはこの辺だったかなと記憶を辿り、当時の状況と照らし合わせてみる。なんせ十年も前のこと、いくら記憶力のいい聖ちゃんでも正確な位置までは特定しないことを願う。


 やっぱり水槽の前には子供たちが貼りついていて、当時の私もこんな風に目をキラキラさせていたのだろうと思い出してみる。恋人たちもまた、手を繋いだり腕を組んだりとガラスの前を占領していた。さすがに子供たちにまみれて最前列を確保する勇気もなく、というか隙間すらなく、観客越しにガラスの中を眺めるしかできなかった。


「あの、栗橋さん……」


「おわっ! ひ、聖ちゃん、まだ早いよ! 心の準備もできてないし、それよりイルカさん……見えない」


「……仕方ないわよ。今日はクリスマスイブですもの。せっかくのデートや家族サービスを邪魔するわけにもいかないから……」


 確かに割り込んで邪魔をするほどずうずうしくはなれない。みんなにとってもクリスマスイブだし。でもでも、今日は私たちにとってもクリスマスイブ、そして聖ちゃんのお誕生日。めげておずおず引き下がるほど、私の決意は甘くない!


「ハッピバースデートゥーユー! ハッピバースデートゥーユー! ハッピバースデーディア……」


「ちょ、ちょっと! 栗橋さんっ、こんなところで歌わないで!」


「ハッピバースデー、ディア……」


「こ、声っ、声大きいわよぉ! 恥ずかしいからやめてっ!」


 大きい? 大きく歌ってるんだよ。みんなに聞こえるように、聞いてもらえるように。みんなが注目してくれる。恥ずかしい人は私だけでいいから、聖ちゃんは胸を張って受け止めて?


「ママぁ、あのお姉ちゃん、なんでお歌歌ってるのー?」


「しっ、指指さないの!」


 そうそう、みんな見て! 今日はね、聖ちゃんのお誕生日なの。クリスマスイブだけじゃなくてね、私と聖ちゃんがこの世で出会えるように生まれてきてくれた素敵な記念日なんだよ。


「栗橋さんっ、みんな見てるからやめてっ!」


「ハッピバースデー、ディア……」


 笑われてもいいじゃない。笑うって素敵じゃない! 楽しいから笑うんだよ? おもしろいから笑うんだよ? 例えピエロのように滑稽に見えていても、私を見ておもしろがってる人が笑っていてくれればピエロでもいい。この場所が笑顔で満たされれば、みんなの特別な日も、私たちの特別な日も、笑顔で終われるじゃない?


「ママぁ、あたしもお姉ちゃんと一緒にハピバスデー歌うぅ! ハッピバースデーツーユー! ハッピバースデーツーユー! ハッピバースデー、デァ……デァ……」


「一緒に歌ってくれるっ? あのお姉ちゃんね、聖ちゃんっていうの! 今日が十六歳のお誕生日なんだよ! 一緒に歌って!」


「うん!」


 小さな女の子はモミジのような小さな両手をパチパチと叩いて大きく頷いた。ほらね、純粋な心を持っていれば、知らない人にもおめでとうの気持ちが沸くんだよ。クリスマスとお誕生日を一緒にされてた十五回のお誕生日よりも、たくさんの人にお祝いしてもらえる十六回目のお誕生日を、一番素敵なお誕生日にしよう!


「ちょっとぉ……。栗橋さんは……もうっ」


「ハッピバースデー、ディアひっじりちゃーん! ハッピバースデー、トゥーユー! 聖ちゃん、おめでとう!」


「お姉ちゃん、おめでとー」


「あ……ありがとう……」


 あれだけあたふたしていた聖ちゃんも、かわいい少女には照れくさそうに御礼を告げた。それを見ていた周りのお客さんたちも、パラパラとまばらな拍手をくれた。嬉しさか申し訳なさか恥ずかしさか、真っ赤な顔で軽く会釈をし、眉を八の字に下げて苦笑して。


「心優しき少女よ、ありがとね! 聖ちゃんも喜んでくれたし、私も嬉しいよ! 少女、今いくつ?」


「あたし? 六歳!」


「そっかそっか、ここで会えたのも運命、ご縁があったらまた十年後にここで会おうね!」


不思議そうに首を傾げる少女の手をお母さんが引き、少女にバイバイと手を振る私を、ぺこぺこと頭を下げる聖ちゃんが「行くわよ」と引きずる。人で溢れかえっていたイルカの水槽の前を少し離れればクライマックスでしたとばかりに人気(ひとけ)がなくなった。ここでいいかしらと辺りを見渡して、やっと私を解放してくれた。


「まったく、あなたって人は……」


「怒んないでよぉ。パラパラだけど他の人も拍手してくれてたし、みんなにお祝いしてもらえたじゃーん」


「怒ってないわよ。あぁ、恥ずかしかった……。人前に晒されるなんて弓道の大会以外で味わったことなかったのよ? 合唱でちょくちょく人前に立ってる栗橋さんと違って慣れてないんだから……」


 弓道の大会は「晒される」とは違うと思うよ? というツッコミが頭を過ぎったけど、言葉の選択が間違ってることにすら気づいてないほど動揺してるんだね。


「どうする? 少し時間を置いてから戻る? 閉館ギリギリになれば家族連れは帰ってるだろうし、少しは空くと思うんだけど」


「いえ、もういいわ。門限まであまり時間もないし。それなら別のところへ連れてってくれる? 行きたいところがあるの」


「だって……始まりはここじゃないと……」


 少し寂しい気がした。私が提案したプランが壊れてしまう、と。今日じゃなきゃ、ここじゃなきゃ意味がないというのに……。だけど聖ちゃんは少しも残念そうな素振りはなくて、それがまた私のガッカリを追い込む。


「そんなこの世の終わりみたいな顔しないで? 初めて会った場所に一緒に来れただけでも充分だから。それより早く連れてってくれない?」


「うぅ……分かったよぉ……。姫様がお望みならどこへでもご案内しますぅ……。で、ご要望はどちらまで?」


「ふふふっ」


 無念は晴れない。でもあの場に居づらくさせてしまったのは私。しぶしぶ口を尖らせながら問いかければ、なにやら嬉しそうににっこりと微笑んだ。



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