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25★イベント のち イベント

「お疲れ様、莉亜ちゃん。大盛況で良かったね!」


「……お疲れ様ぁ、由佳里ちゃぁん……。なんかさぁ、なんかさあ……」


 本番が終わり幕に捌けると一気に力が抜けた。まだドキドキしてる。まだワクワクしてる。まだまだ歌いたい……って口にする寸前で、由佳里ちゃん越しに部長と目が合った。何か言いたげ……でも部長、私も言いたげ……。傍からすれば睨み合いにしか見えないであろう光景に由佳里ちゃんの目が行ったり来たりする。


「栗橋……」


「待って部長! 私から言わせてっ!」


「ダメだ、どうせもっと歌わせろーとか言い出すんだろ?」


「うぐぐ……」


 なな、なぜ分かったの部長! 開けっ放しになった私の口を見て部長がニヤつく。それを見て由佳里ちゃんもクスクス笑う。「おっつかれー」と言い合ってた部員の子たちもこちらを向く。そ、そんなに顔に出てたのっ?


「ははんっ、バカめ。部長であるうちが栗橋の言わんとすることが見抜けないとでも思ったか? お見通しなんだよ……みんなも、らしいがな」


 言われて周りを見渡すと、目を逸らす子もいればうんうんと頷く子もいた。そして部長の口角は更に上がり、「な?」と肩を叩く。


「だって、だって、部長もみんなも見たでしょ聴いたでしょ? あの拍手! 気持ち良くなかったの? みんなは歌いたくないの?」


「そりゃぁうちらだって歌いたいさ。だけどな栗橋、物事には引き際が肝心という言葉があるだろ? しつこいと心に残るものも残らなくなるんだよ。果かないからいい、綺麗なままで終わることで相手に物足りなさを感じさせる、そしたらまたうちらの歌が聴きたくなるもんさ。これは恋愛も同じだ。いい思い出になってほしいなら出し惜しみしとけ。続きは次回、だ」


「だって……」


 言い返したいことはいっぱいあるのに、胸もいっぱいで頭もいっぱいいっぱいで声にならない。口から出るのは「あー」だの「んー」だの「うー」だのばかりで、身振り手振りばかりが先走る。しばらく観察していた部長はフムフムと頷いて言葉を待っている様子で、それがまた私を焦らせる。それを知ってか知らずか、部長は腕組みをして首を傾げた。


「なぁ栗橋よ、いい舞台だったと思わんか?」


「……んむ?」


「うちは二年だから、これが最後のクリスマスイベントだったんだよ。来年はもう引退してるからな。でもさ、悔は残ってない。……なんでだか分かるか?」


 なんでって、出し切ったから? 楽しかったから? あとは……ちょっと考えたけど分かるような分かんないような……。間を置いてから部長は続ける。


「引退した元部長から引き継いだ時はさ、性格にも歌にも癖のある栗橋を更生させる部長になれんのかって不安だったんだよ。人の話聞いてないわ注意しても直らんわ、声はデカいわ調和は乱れるわ、練習出ないわ……敬語使わんわと言いたいとこだが、これはどの先輩にもそうだったな。……まぁとにかくお前には不安通り手を焼かされたけどな、この最後のイベントで少し変わってくれたことが嬉しかったんだ。同じ部の一員としても、部長としても、な」


「んー……」


「分からんか? 自覚はないかもしれんがお前は急激に成長したよ。ちょっと前までは独唱かってくらい声デカくて周りの声を聴けてなかったけど、今日のお前は別人かと思うくらい調和取れてたんだ。顧問も言ってたろ? 栗橋はずば抜けた歌唱力があるのに合唱のセンスはない、ってさ。……褒めると調子に乗るから言いたくはないんだが、今日の舞台が成功したのは栗橋の力が大きかったと思ったんだ。お前の言う通り、歌ってても聴いてても、すごく気持ち良かった。人一人の変化でこんなにも変わるもんかと驚いたよ。だがな、栗橋……」


 ぱちくりと見上げると、部長は真っ白な歯を見せながらドヤ顔で笑った。そしてずずいっと覗き込んで私の頬をむんずと掴んだ。


「ひ、ひたひぉぉ! にゃにひゅゆにょ……」


「ははは、痛いか? あ、そうだ、ブルドックって知ってるか? こうやって頬を抓んでなぁ……」


「にぃー! ひたひひたひー! やらやらー!」


 放してもらおうと部長の腕をどかそうとしてるのに、すればするほど強く抓んで引っ張られて逆効果。かといって抵抗しなくても放してはくれない。格闘しているうちにじんわりと涙が浮かんできたのを見て、ようやく部長は手を放してくれた。でも悪びれた様子は全くなくて……。


「おー、すまんすまん。手が滑ったぁ」


「うぃぃぃ痛かったー! ひどいひどい! 褒めてくれてたんだと思ってたのにーぃ! なんで急にそんなことするのー!」


「あー……なんでだろうなぁ? 栗橋のほっぺが大福みたいにふにふにしてそうだったから、一度やってみたかったんだよ、多分」


 はははっ、と快活な笑いをして腰に手を当てる部長、鬼! 私は指先で涙粒を拭い、逆の手で頬を摩った。まだ抓まれてる感じがするし、ヒリヒリと痛い。


「鬼ぃ、鬼ーぃ! 多分で痛いことするっ? せっかくいい気分だったのにぃ」


「ケチケチすんなって、減るもんじゃあるまいし。涙浮かべるほど痛くなかっただろ? 大げさだなぁ。あ、そうそう、涙と言えば上段のほうで見てた子、歌の途中で泣きながら出て行っちゃってたなぁ。名前知らんが、ほら、お前のルームメイトの優等生。あの子もお前が成長したなって感激してたんじゃないのか? 同室はさすがに大変だろうにな。栗橋の世話を年がら年中見にゃならんのだから」


「……気付かなかった。郷奈ちゃん見に来てくれてたんだ……」


 プレゼントの御礼、言いたいけど……でも……きっと私には会いたくないんだろうな……。かわいいハンカチありがとうって、さっそくお世話になっちゃったんだよ、って。……ううん、今部長が教えてくれたじゃない。引き際が肝心だって。しつこくしたらいい関係に戻れないかもしれない。そんなのやだよ。郷奈ちゃんとは対等に接する関係を築きたいもん。私が今ここで追いかけたら、帰省許可を取ってまで距離を置こうとしてる郷奈ちゃんの決意を無駄にしちゃう。ダメだ、それじゃダメだよ。連れ戻して私の側にいてもらってたら、それこそ私の思う通りに動かしてるだけになる。私が郷奈ちゃんにされてたことと同じになる。それじゃダメ……。


「ところで栗橋、お前この後の打ち上げは来るんか? 一年はノリが悪くて人数少ないんだがな。如月も予定あるらしいし……」


「由佳里ちゃんも? あぁ、そっか」


 確か委中の人と……と口にしそうになったところで由佳里ちゃんと目が合った。部長に見えないように少しだけ背を向けて、唇にそっと人差し指を当てている。うんうん、大丈夫、言わないよ? ニカッと笑うと安心した様子で由佳里ちゃんもにっこり笑った。


「なんだお前ら、二人でニヤニヤしおって……さては栗橋と如月、デキてんだな? いくら女子校だからって女同士で付き合いおって、どいつもこいつも……」


「えっ? ああああ、あぁそうなの、そうなの! そうなの、由佳里ちゃんと私はデキてんの! あははははー。でもね部長、女同士でも好きってあると思うよ?いい関係築きたいなって思うもん」


「ほぉ? 分かったような口調だな。で、聖なる夜にどちらへ?」


「えーっとねぇ……。女の子とも付き合えない部長にはなーいしょっ! じゃーね、お先にーぃ!」


 女の子は女の子とは結ばれない? そんなことはないよ。こんなにたくさんの大好きがあるんだもん。その先に手を伸ばせば、きっと友達以上の関係がある。たくさんの星はとても遠いところにあるけど、線で結べばほら、簡単に星座になる。こうやって繋がったり途切れたりして、たくさんの歴史が生まれていく。一人ぼっちの星なんてないんだよ? みんな誰かと繋がって、みんな誰かと結ばれてるんだ。部長にもそのうち、いい人見つかるといいね……なーんちて!


「おいコラ! 栗橋ー! 失敬なこと言うな! あと敬語……」


「はいはーい! 敬語ね、敬語! じゃ、急ぐからバイバーイ!」


 ぶつくさ言ってるけど気にしない気にしない! 部長とみんなに大きく手を振り、由佳里ちゃんにピースをしながらホールを出た。


「く……栗橋さん……」


「ふぇ? あれ、聖ちゃん、待ち合わせは五時に校門ねって……」


 ホールの扉を開けるとすぐに私の名を呼ぶ声がして振り返る。そこには制服の上にコートとマフラー、手袋まで嵌めた重装備の聖ちゃんが立っていた。この前寮まで送ってくれた時はこんなに重装備だったっけかとまじまじ見ると、聖ちゃんは少し眉を顰めながら一歩後ずさった。


「わ、分かってるんだけど……ちょっと予定を変更してほしくて言いに来たのよ」


「変更? うん、いいよ! 私もう出番ないからいくらでも変更してして! で、何時にどこで待ち合わせする?」


「私、門限が七時だから早めに変更してもらえないかしら」


「分かった! じゃあ今から行こ!」


「え? 今から? どこへ?」


 目を丸くした聖ちゃんの右手を取ると、びっくりしたのか反射的なのか、勢いよく引込めた。


「決まってるじゃーん! 聖ちゃんのお誕生日を祝いに、だよ!」


「だ、だからどこへ?」


「いいからいいから! 今日の主役は聖ちゃんなんだから、あとは私に任せて! さっ、お手をどうぞ、姫様!」


「な……なによそれ……」


 中腰で手を出すと、聖ちゃんはもじもじと躊躇ってから右手の手袋を取って重ねた。そして温もりの残るそれを私に「付けたら?」とそっけなく突き出した。思いもよらなかった差し入れに嬉しくなって「うん!」と笑顔で返した時、ちょっとだけ聖ちゃんの口角が上がったのを、私は見逃さなかったよ? 優しいくせに不器用なんだから……。


「手、冷たいねぇ。結構待った?」


「合唱部の歌が終わったらすぐ出てくると思ったから……」


「うわわ、ごめんごめん! 部長と戯れてたぁ。じゃあ結構待たせちゃったよね?」


「寒いの……平気だから……」


「……そお? いつも冷たいよ? 手」


「うるさいわね……」


 もっと素直になってくれたら、もっともっと知れるから。もっと教えてくれたら、もっともっと好きになれるから。だから、これからデートします! 聖ちゃんを笑顔にさせるデートを開始します!


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