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24★伝えたくて

「で? 今度は目ん玉強打したってか?」


「あははー、うんうん、そうなの! だからウサギさんとお揃いになっちゃってぇ……あはははは……」


「……そんな嘘が先輩に通用するとでも思ってんのか? いや、先輩じゃなくても通用しないぞ? 栗橋、お前どこまでイベント出たいんだ? そんな顔になってまで出られたら、合唱部の絵面が美しくないんだが? あと、敬語使え」


 ごもっともなお言葉にぐうの音も出ない……。「昨晩泣き腫らしちゃってぇ」なんて、まさかまさか言えないし。それはそれで嘘だろって言われそうだし。他に思いつく嘘が何もなくて、結局ごまかせずに絞られてるわけで。部長のジト目が痛い……。


「あのね、部長、私ね、後ろのほうでいいから出たいの。出してほしいの。開演時間までに赤目治してくるから……ね?」


「……お前なぁ、それが部長であり先輩である人へのお願いの台詞か?」


 違う、分かってる。違うって分かってる。だけど、分かんないの……お願いの仕方が分かんないの。どうしたらいい? どうしたらオデコに傷とタンコブあっても、お目々真っ赤でも出してもらえるの? 最後列でもダメなの……?


「お願い……します……」


「おおお、おいっ! 栗橋! 土下座しろなんて誰も……っ!」


 分かんないんだもん。頭下げなきゃいけないってことくらいしか知らないんだもん……。どうしても出たい、出してもらえるなら……。


 と、床に片膝を着いたところでオデコに激痛が走った。それは傷口から少しだけ離れた箇所で……。


「痛ったーぁい! ひどい部長! 人が真面目に土下座しようとしてるのにーぃ! デコピンってケガしてなくても痛いんだよぉー?」


「バーカ! 痛くしてやったんだよ! ほれ、立て立て! スカートまで汚す気か? それ以上どこか汚してみろ、今度こそ出してやんないからな」


「うぅ……痛いよぅ……。だって、お願いの仕方分かんなくて……」


「あのな、栗橋」


「ふぇ?」


 差し出された手はさっきデコピンしたそれとは思えないほど優しかった。クモの糸のように縋りたい気分なのに、お願いの言葉が見つからずただジッと見上げることしかできなかった。しばらく見下ろしていた部長も、黙って私の前にストンとしゃがみ込んだ。そして徐に頭を鷲掴みにしてグリグリと左右に振った。


「痛い痛いぃ! やめてよぉ部長ーぉ! なんで痛いことばっかすんのぉ! ケガ人っ、私ケガ人ー!」


「あー、そうだったそうだった。頭振ってやったらバカが治るかと思ったんだが……治んないみたいだから教えてやる。うちが言ってんのは土下座しろってことじゃなくてさ、先輩や先生にはちゃんと敬語使えってこと! うちらも栗橋には出てもらいたいんだぞ? お前はソプラノのホープだからな!見栄えは悪いし練習には出ないしで困った奴だけど、ちゃんとセンターは空けといてやる!」


「ぶ……ちょぉ……! やったーぁ! じゃ、じゃあ出ていいのっ?」


「まーね、口を開けばバカなことしか言わないし敬語使えって言っても使えない口だけど、歌に関しては誰よりも綺麗な歌声持ってるからな。お前の脳みそも傷だらけの顔もいらんから、その絵面を吹っ飛ばしてくれる歌、歌ってくれるだろ?」


 それって褒めてるの? これって褒められてるの? ぱちくりと瞬きをしたら、押さえられていた頭をグイッと下げられ、強制的に頷かされた。でも部長の笑顔は、やっぱりいつも通り優しくて……。部長こそ口悪いじゃん、とお返ししたかったけど、ツッコミよりも先に出たのは感謝の言葉だった。


「ありがとー部長! 私頑張る! だからセンター空けといて! 保健室行って目薬もらってくる!」


「ほんっとバカだなぁ。泣き腫らした目を治す目薬なんてないよ! ……ちょっとそこで座って待ってな。あと、敬語使え」


「……うん? はぁーい」


 よしよし、と頭を二回叩いて立ち上がると、部長は急ぎ足で廊下へ出て行った。ぺたりと座り込んだら床のヒンヤリとした冷たさが伝わってくる。ここで座ってたらお腹冷えちゃうよ……? とかなんとか思いつつ、少しだけ遠ざかった部長の足音を辿った。急いでどこへ行ったんだろう。優しい部長のことだから、バカだのなんだのって罵りながらも面倒見てくれるんだもん、感謝しなきゃね……。


 ……あれ? 今、泣き腫らしたって言われた……? バレてたかぁ。


「ほいっっ! これ目の上に乗っけとけ。少しはまともになるだろ」


「ハンカチ……?」


 戻ってきた部長がひらひらさせていたのは白いハンカチ。それを手早く畳み直して「ほいっ」と乗せてくれた。床と同じくらいヒンヤリしたそれは、きっと水道で濡らしてきてくれたんだろう。冷たくて……気持ちいい……。


「本番まで乗っけとけ。暖房が効いてるとはいえ、そうそう温くならないと思うが……温くなったらまた濡らせばいいよ」


「あーりーがーとー! ぶーちょーおー!」


「御礼を言う時は取っていいんだから、相手の目ぇ見て言え! あと、敬語使え」


「はーぁい!」


「まったくお前は……やれやれだよ。デコはどうしょもないから前髪で隠しとけ。衛生上はあんまりよろしくないだろうがな」


 目隠ししてても部長の笑顔が目に浮かぶ。まるで愛おしい物に触れるかのようにそっと前髪をかき上げて「おとなしくしてろよ?」とわしゃわしゃしてくれた。……そんなことされたらボサボサになっちゃう……って、さっきのグリグリですでにボサボサなんだろうなぁ。本番までには整えて結び直さないと、また出さないぞって脅されちゃう。


 本番まではあと二時間弱、言われた通りハンカチ乗っけて、おとなしくして、髪を結び直して……あぁそうだ、本番前まで冷やしたらハンカチ返さないと。部長、どう思ったかなぁ。私に泣くようなことがあるのかって思ったかなぁ。ポジティブで単純でノンキだと思われてるんだから、辛いことや悲しいことがあっても笑っていられるんだろうと思われてるよね。うん、自分でもそう思ってたもん。だけどそうじゃなかった。私にも涙があるんだって知ったよ。切なくて苦しくて涙が止まらなかったんだ。……あぁ、ダメダメ! 思い出したらダメ! 今日は笑顔で歌い切るんだもん。せっかくセンター空けてくれるって約束したんだもん。これ以上目赤くしたらダメだよ……。


 目を瞑って、精神統一! ……って、何考えればいいんだろ? 何も考えなければいいか。いつの間にか泣き疲れて寝ちゃってたみたいだけど、多分三時間も寝れてなかったんじゃないかなぁ。このまま目瞑ってたら寝ちゃいそう……。


「おいコラ! くーりーはーしー!」


「うわわっ! び、びっくりしたぁ……。もうっ、びっくりさせないでよぉ、部長!」


「怒鳴らなきゃ起きなかっただろうが! もうすぐ時間だから顔洗ってこい。あと髪も結び直してこい。あと敬語使え」


 あやや……ほんとにうとうとしちゃってたかぁ。


「はぁーい! 部長、これありがとー。洗って返すね!」


「返さんでいいよ。それ、土下座しようとしてた時にお前のポケットから落ちたハンカチ。ハンカチなんて持ち歩くキャラじゃないと思ってたが、お前もちゃんと女子してるんだな。さっ、早くお色直ししてこい! 先にホール行ってるから、下手(しもて)の舞台裏に集合な」


 遅れるなよ、と言いたげな疑いの眼差しを向けながら部長が人差し指を立てる。その先端を見つめながらこくこくと頷いてもまだ疑いの目を隠しきれていない。もう一度こくりと頷いてからニカッと笑うと、部長も笑顔で返してくれた。


 足早に去っていく先では「部長ー?」と呼んでいる声がする。背中を見送りながらよいこらせっと壁を支えに私も立ち上がる。そして見つめる、手の中に収めた白いハンカチを。広げて思う、今日も郷奈ちゃんにお世話されたのだと。「守ってあげるから頑張りなさいよ?」という声が聞こえてきそう。私の目を赤く腫らせた張本人なのに……。でも、ありがとう。私、頑張るね……。


「さぁーってと! 行きますか!」


 ワガママで自己中心的に聞こえるかもしれないけどね、出たい出たいって言い続けたのにはちゃんと理由があるんだよ? 今になってね、その気持ちはもっともっと膨らんだの。


「うん! ほとんど赤目引いてる!」


 それはね、みんなにお返しすることなんだ。バカで取り柄がなくて無感情だと思ってた自分が、自分にも褒めてもらえるところがあるんだって気付かせてくれたから御礼がしたいんだ。家族にも、友達にも、クラスメイトにも必要とされてないと、求められてないんだと思ってた。期待されているんだという期待をしてこなかった。怖かったから、いらない子なんだって気付きたくなかったから。


「うひゃぁ! 水冷たぁい! ……でも顔洗ったら目覚めたし、気持ちも引き締まったぞっと!」


 だけどね、必要としてくれる人も、場所もあるんだって気付いたの。それはポジティブシンキングじゃなくて、心から感じ取れたことなんだ。ようやく分かったんだよ、郷奈ちゃんに言われた「自分から逃げている」ことも、「自分のことすら好きだと思えてない」ことも。


「あややっ、リボンタイ曲がってたぁ。やっぱ鏡は持ち歩かないとダメだね。レディの嗜み? なんちゃって……。はぁ、トイレ様様だなぁ。うん、あとはぁ……」


 今なら言える、私は私が好きだと、私を必要としてくれるみんなが好きだと、そして、もっともっと「好き」を広げたいんだと。今まで知らなかった「好き」がとっても暖かいものなんだって知った時、それまでの人生が損してたように思えた。好きなこと、好きな物、好きな人、「好き」を知ると自分が自分になれた気がしたんだ。何にもない空っぽのお人形さんじゃなくて、ちゃんと個性も感情も持ってるんだって気付いた。「好き」ってね、私を創り上げている粒子みたいなものだと思うの。集まって、固まって、「私」が形成されていくの。


「前髪ペッタンコしてもガーゼ見えちゃうなぁ……ま、いっか! しょうがないしょうがない! それと……」


 だから私は「好き」を伝えたい。「好き」を知ってる人にも知らない人にも、あなたが形作られているのは「好き」があるからなんだよ、と。みんな誰かを求めてる、みんな誰かに求められてる。一人じゃないよって、心の扉を開いてみたら、きっと誰かが覗いてくれるよ、きっと誰かが迎えに来てくれるよ、だから閉ざさないで、って。


「うん、いつもより綺麗に結べたんじゃない? やればできるじゃん、私! 最後はっと……」


 私の歌を否定する人もいるかもしれない、嫌いだと言う人もいるかもしれない。でもね、私の歌が好きになれなかったとしても、私を好きになれなかったとしても、歌を好きになってくれたらいい。歌うことを好きになってくれたらいい。合唱でも、合唱部でも、合唱部の子でも、どれでもいい、何でもいいから「好き」を一つでも見つけてくれたらいいなって思うの。ううん、歌じゃなくてもいい、ステージに立つことでも、ステージを見ることでもいい。何か一つの「好き」を見つけてもらえれば、私の恩返しは成功なんだ!


「スッマイルー! ニカッ! ……よぉっし、いっちょ歌ってきますかー!」


 あのね、「好き」ってね、暖かいんだよ? ほくほくしたり、うきうきしたりするの。笑顔になれたの。この気持ち、届くといいなぁ……たくさんの笑顔、見れたらいいなぁ……。


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