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22★リハーサルホールにて

 泣き崩れる郷奈ちゃんを放っておいて平気なわけがない。今まで一度も喧嘩なんてしたことなかったし、涙なんて見たことなかったのだから。平気なんかじゃない。でも、ただ、私はきっと、自分のできることを一つ見つけられたんだ。だから分かってほしい、郷奈ちゃんには一番理解してほしい。一人じゃなにもできないと思っていた私が、一人でできることを見つけたこと、やりたいことを見つけられたこと。郷奈ちゃんがいないと生きていけないと思ってた私は、少しだけ成長できる気がしてるんだ。だからごめん、私が私を認めてあげられたら、きっと、きっと対等に、自分の意志で隣に行くよ。私の意志で、郷奈ちゃんの側にいるから……。


「同室の城谷から休むって連絡あったみたいだし遅刻して来ると思ってなかったからビックリしてるのに、その傷にもっとビックリさせられてるんだが……。栗橋、お前そんな顔でイベント出る気? 合唱部の出し物はお化け屋敷じゃないんだが?」


「ひどいひどいー! そんなこと言うなら部長なんか呪ってあげるもんねー。階段から落ちてお陀仏した女子生徒の呪いなんだから! 足滑らせて階段から落ちてパンツ丸見えになるように呪っておいてあげるんだからねー!」


「じゃあスパッツ穿いておくよ。栗橋みたいに穴空きイチゴパンツさらけ出すの嫌だからなー」


「ちっ、違うしー! 穴空いてないしイチゴパンツじゃないしー!」


「おー、悪い悪い。クマさんだったかな?」


「だから違うってばー! 昨日はカバさ……」


「カバ?」


 あまりにも部長の歓迎が嬉しかったとはいえ、洗いざらいパンツのプリントまで口に出してしまうとは……これはきっと部長の罠に嵌められたのよね! うん、きっとそう! 誘導尋問ってやつだよ、うん。とはいえ、自分で聞いておきながら目が点になってる部長……もしかして想像してるっ? ヤダヤダぁ、部長ってば変態だったのーっ?


 短くない丈のスカートをバシッと両手で押さえると、部長は更に目を丸くして首を傾げた。「見せてくれないの?」とでも言う気っ? そそそそれはダメでしょ! 公然だよっ? このホール広いんだよっ? いくら女子校とはいえ、音響とか照明やってる子もどこから見てるか分かんないんだよっ? って、そういう問題じゃなくて! 見せること自体が問題なんだよー!


「ぶ、部長! ダメ、カバさんは昨日の話だし、代わりに今日のパンツを見せることもできないよ! 柄も教えてあげないんだからね!」


「はぁ? なに変態みたいなこと言ってんだよ。お前のパンツなんか興味ないし、そもそもパンツの話をし出したのは栗橋のほうだからな? ちなみに部長としてビックリしてるのは、カバプリントなんて珍しい物、どこで買ってるんだよということと、実際に穿いてるやつがうちの部員にいるのかってことだ。茶番はこれくらいにして、早くステージ上がれ。みんなが休憩してる間に声出ししとけよ」


「んー……ふぁーい!」


 変態部長に変態部員扱いされるとは! ちょっと腑に落ちないけどまぁいいや。カバさんパンツのお店、知りたいなら教えてあげたのにな……。もう客席で休憩してるみんなのとこ行っちゃったし、今度教えてあげよう。


 ドタバタと舞台設置してる人たちの間をすり抜けてステージに立つと、文化祭の時のワクワクが蘇ってくる。広い広いステージ、たくさんのお客さんで溢れるであろう客席を見上げると、更なるワクワクが込み上げてくる。気持ちいい、すごく気持ちいい! 明日は今以上のワクワクが楽しめるんだ、きっと……!


「あー……あー、あー……」


 客席が埋まってないので私の声だけがホールに響く。客席の上段で休憩してる部員の子たちも、いそいそとセッティングしてる人たちも、みんなが一斉にこちらへ振り返る。そう、そうこうやって誰かの心に届く歌が歌いたい。心を溶かす歌が歌いたい。閉ざした心を開かせなくても、少しだけでも揺れ動いてくれればそれでいい。私は、私にできることはそれだけなのだから。


「うっせーぞーぉ! 栗橋ーぃ!」


「うぇー! 声出ししとけって言ったの、部長じゃんかー!」


「声がデカすぎるって言ってんだよー。気が済んだらステージ降りてこっち来い! 次は演劇部のリハなんだから、一旦退散するぞー。十秒以内に降りて来ーい。いーち、にーぃ……」


「まままま待って待って! 私、足痛いんだから走れないよーぉ」


 ひどいー、みんな笑ってるし! 笑い声に紛れて「ちょうどいいんじゃない?」って声も聞こえてるんだからねー! 由佳里ちゃんまで口に手を当てて笑ってるし……と私が頬を膨らませると、あわてて駆け寄って肩を貸してくれた。うん、さすが由佳里ちゃん! 頼られる存在は普段の行いが違うね!


 十秒を超えてもカウントしていた部長たちのところまでたどり着くと自然とため息が洩れた。でもそれは安心のため息で。暖かいみんなの笑顔がそこにあったからホクホクして洩れたため息。なんだか照れくさくなって、私もニカッと笑顔で返す。「調子に乗んなよ」と、頭をわしゃわしゃする部長の白い歯も見えていて……。ここで、このみんなと一緒に歌えるのがどんなに楽しいことだろう! まだ何も終わってないのに、「ありがとう」と言いたいほどに……。


「莉亜ちゃん、よかったら食べる?」


「やったー! いいの? いっただっきまーす」


 寮を急いで飛び出したはいいけど、忘れ物チェックなどする間もなく……というより、頭はもはやリハーサルに出たいという気持ちでいっぱいだったから、他のことは何も考えていなかったというほうが正解。というわけで、お財布を忘れた私は由佳里ちゃんのお弁当をちゃっかり分けてもらっている。クラスが違うから実際にお弁当を拝見したのは初めてだけど、噂通りものすごく料理が上手いらしい。色取りといい、品目の多さといい、盛り付けといい……コンビニのお弁当でもこれほど見事なお弁当には勝てないだろうなぁ。


「お口に合えばいいんだけど……卵焼きはどう?」


「わーい! 食べる食べるーぅ!」


「初めて作ってみたんだけど……キノコ綴じにしてみたの。一応味見はしたし、おいしかったからどうぞ?」


「き……キノコ? めめめめ珍しい物作るんだねぇ……。や、やっぱりいいや……」


「あれ? もしかして莉亜ちゃん、キノコ嫌いなの? おいしいのに……。好き嫌いしてたら人生損、だよ?」


 嫌いなのを察知しておきながら、摘まんだそれをずずいっと私の口に押し当てる。損してもいい、食中毒になったトラウマを思い出すよりは人生損したままでいいよーぅ! と、堅く閉じるも空しく、キノコ入り卵焼きは私の口内へおじゃましますしたのだった。


「んぐぅ……」


「どう? おいしい?」


「……んむぐ……ぅ」


 ムリムリ! なんて言えないよぉ! せっかく作ってきた物をイレギュラーで私にくれたんだもの……「お口に合いませーん」とは言えないよーぉ!


 それでも吐き出すわけにはいかず、息を止めて、なるべく口内の匂いを嗅がないように、恐る恐る咀嚼開始……。保育園以来の食感にじわじわと鳥肌が立ってきた。幸いブレザーで隠れてはいるものの、今度は涙目になってきてパチクリと強く瞬きしてみた。トラウマがここまで拒否反応を起こすものだとは夢にも思わなかった……! 人生最大のピンチを与えた相手をもぐもぐしながら見上げると、にっこりと笑って頷いた。


「そうそう、偉いね、莉亜ちゃん。おいしくなかったとしても、口に合わなかったとしても、食べてみなくちゃ分からないでしょ? 自分に合わないなと思っててもちゃんと食べてて偉いね! 次は莉亜ちゃんが好きな物選ばせてあげるから、頑張って食べてね」


 コクコクと頷いて咀嚼を続ける。心が広い人は、言うことも寛大なんだなぁ。せっかく頂いた物を我慢しながら食べているという自分に恥ずかしくなって、改めて自分の小ささを知った。小さい、だから受け入れられる器も小さい。由佳里ちゃんのような寛大な心を持てば、もっと視野が広がるだろうか。広がったら好きも嫌いもまとめて受け入れられるだろうか。私にも、「好き」と「嫌い」の気持ちが生まれるだろうか……。


 思い切って鼻から息を吸い込んでみる。いっぱいになったところでゆっくりと吐き出す。キノコ独特の土臭い香りと、卵焼きのしょう油出汁の香りがした。ぶにぶにとした食感も土臭さも懐かしい。もう十年近く拒否し続けたキノコたち、本当は大好きで、大好きすぎて、山登りの最中に隠れて生で食べちゃうほど大好きで……。自分が原因でお腹を壊したくせに、それからずっとトラウマだったキノコたち。なんだかキノコたちにも申し訳なくて恥ずかしい……。


 結局、鳥肌も涙も収まらないまま、最後のキノコをごくりと飲み込んでもう一度見上げた。目が合うと由佳里ちゃんももう一度にっこりと笑って、もう一度「偉い偉い」と頷いた。それからおしぼりで目頭を押さえ、涙を拭ってくれた。


「あり……がとう……。ごめんね、せっかくくれたのに……」


「いいのいいの、食べてくれたことが嬉しいから。莉亜ちゃん、お茶は?」


「うん、飲む! あとね、えーっとね……」


 差し出されたお茶を片手に次のおかずを選ぼうとお弁当箱を覗き込んだところで大事なことを思い出した。浴場での全裸会議のお題、由佳里ちゃんにお相手がいるのかどうかってことだった! 聞いてくれと頼まれてたんだった! まず一口お茶を飲んで喉をリセットして、それから切り出す。


「莉亜ちゃん、他に好き嫌いある? もう嫌いな物進めないから食べたいの言って?」


「うん、あのね、由佳里ちゃんは好きな人いるの?」


「私はね、あんまり好き嫌いないんだけど、しいて言えばマヨネーズが苦手かな……って、えっ? 好きな人っ?」


「うんうん、好きな人!」


「え、えっとぉ……うぅんっ、げほっげほっ」


 今度は私がずずいっと前のめりになると、噎せたふりをしているのか咳払いなのか、はたまた落ち着かせる為のおまじないなのか、ギュッと握りしめた拳で数回トントンと胸をノックしていた。そっぽを向いた顔は見る見る真っ赤になっていって、まぁいくら鈍感な私でも、こんなに分かりやすい態度をされては口にしてもらうまでもなかった


「そっかそっか、お相手さんは幸せだね! こんなに寛大で優しくて、おまけに料理上手な由佳里ちゃんに愛されてさ!」


「しっ、しーっ! 莉亜ちゃん、声大きいよー!」


「あぁ、ごめんごめん……。ほら、人の幸せってなんかホクホクしない? 嬉しくなっちゃってつい……えへへ」


 真っ赤な顔で苦笑する由佳里ちゃんに「内緒だよ」と小指を絡まされ、全裸会議の女の子たちには報告できなくなったけど、うん、友達だもん! 約束ね! こちらからもニカッと笑顔で頷いたのを見て安心したのか、「食べよ?」と言って座り直した。幸せそう……きっとこの笑顔の根底には、好きな人との幸せな時間を過ごした自負があるんだ。いいね、いいね、好きっていいね! 私までおすそ分けもらえた気分だよ! 私も知りたい、私の「好き」を……。






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