17★チューしていい?
郷奈ちゃんとお風呂なんて久しぶりだー。いつも私より先に入っちゃうから、一緒に入るなんていつぶりだろ? 楽しみなのもあるし、怒ってなかった事実にホッとしたし、今すごくテンション上がってるかも! ……何か大事なこと忘れてる気がするけど……まぁいいや。
「ねぇねぇ、郷奈ちゃんの持ってるトリートメントさ、新しく買ったの? 見たことないやつだよ?」
「今日買ってきたのよ。私もまだ試してないから効果はどうか分からないけど。夏は夏で紫外線が敵だし、冬は冬で暖房が敵だし、何気なく生活していても自然に傷んでいくものなのよね。特に莉亜も私も髪が長いから、毛先なんかは放っておくとすぐパサついちゃうし……」
「そぉ? 私はパサパサしてないよ? 郷奈ちゃんだって、あんまりパサついてるとは思えないけど……?」
フワフワで柔らかくて、毛先のほうだけクルンとカールしてる……まるでアルパカさんみたいな郷奈ちゃんの髪。針金のような私の髪とは大違いだなぁ。って、自分でお手入れしてない人の台詞じゃないか。それにお手入れといったら、ほぼ毎日郷奈ちゃんがブローしてくれてるんだから、放置してたら今のクオリティより低いってことだよね。うん、感謝感謝。
「莉亜はいつも癖毛が羨ましいと言うけれど、私からしたら莉亜のかぐや姫みたいな黒髪が羨ましいのよ? 健康的な髪なんだから、もうちょっと労わりなさいな」
「だってさー、乾かすのめんどくさいんだもーん。かといって短いのは似合わないって言われるしさぁ……。あ、でもね、かぐや姫って言ってくれたの、郷奈ちゃんで二人目なんだよ! 最初はね、ママが言ってくれたの。空ばっかり見てるけど、お前はかぐや姫かー……てね!」
「……それは髪型の点には触れてないじゃない……。ふふっ、まぁいいわ、行動も見た目もかぐや姫ってことで」
少し見上げる横顔には、もうさっきの疑いなど嘘だったかのように眩しさすら感じた。笑顔で「どうぞ? 姫様」と浴場の扉を押さえながら、私を中へと導いた。私も嬉しくなってつい「ご苦労であーる」と声を上ずらせる。そしてまた郷奈ちゃんは笑う。そんなやり取りがまた嬉しくて嬉しくて……。
「うぇー! 混んでるじゃん……」
「そう? この時間はこれくらいよ?」
「……やだなぁ……」
ブツクサこぼしている間にも、郷奈ちゃんはお構いなしにサラサラと脱皮していく。マジマジと見れるはずもないのでおずおずと横目でチラ見……。
「どうしたの? ふてくされた顔をして……口、尖ってるわよ?」
「ぶぇっつにぃ……。ただ、混んでるからやだなぁって思って……」
「ふぅーん……別に、ねぇ……」
脱皮中の手を止めて、私の唇をツンツンと突っつく。これはいつも「言いなさいよ」の合図。
「だってさぁ……私はね、普通に洗って、普通に流してるつもりなんだよ? 注意されてからも気を付けてるつもりなんだよ? なのにさぁ……」
「水や泡が飛んでくると注意されたの?」
「うん、だからみんな私の隣は嫌だって座らないの。空いてる時はいいけどさ、混んでる時は……」
だから、帰りたい……そう言いかけて飲み込む。せっかく誘ってくれたんだもん、郷奈ちゃんに申し訳ないし……。私が言葉を探していると、郷奈ちゃんは「そんなこと?」と言って笑った。
「あのね、私結構傷つくんだよ? 隣ヤダとか言われてさぁ……端っこは空いてる時でも埋まってるしさ……」
「解決法は簡単よ?」
「ふぇ? ……なぁに?」
「私が洗ってあげる」
「えええええー? い、いいよいいよ、ちょっと空くまで湯船浸かってるからいいよぉ!」
「いいからいいから、ほら、さっさと脱ぎなさいな!」
あわあわと身振り手振りで断ろうとする私のブラウスのボタンを、慣れた手つきで郷奈ちゃんがスイスイと外していく。これじゃまるで、本物の姫様みたいだよぅ……メイドに着替えさせられてる気分……。か、かぐや姫は日本の人だから、御付の人はメイドとは言わないんだろうけど……そうじゃなくて、そういうことじゃなくて……!
「はいはい、後ろ向いてー。スカートも……」
「う、うぇっ? チャックくらい自分でできるよぉ! 分かったから、脱ぐからー!」
「ふふっ、やっと腹くくったわね。ご褒美にトリートメントしてあげるからね」
「うぅ……もー……」
さっさと脱ぎ終わった郷奈ちゃんの後ろ姿を恨めしそうに見る。郷奈ちゃんは完璧な人だから、厄介者扱いされてる私の気持ちなんて分かんないんだ! くっそー……。
それにしても、肌ツヤツヤで綺麗だなぁ……もうお風呂入ったんじゃないかってくらい輝いてるじゃんか。体型だってナイスバデーだし、精神年齢相当だと褒められてる私とは大違い。……精神年齢? ……年齢相当じゃなくて、精神年齢相当? どっちでもいいけど、発達途中だって言われてるってことでしょ!
「ほら、ここ座って。……莉亜、あなたまだそんな顔してるの? もう堪忍しなさいな」
「そうじゃなくてさ……お隣さん、いるもん……。こっち睨んでるもん……」
「あぁ、白峰さんはいつもああいう顔よ? 私と同じクラスだから、毎日ああいう顔してるの知ってるもの。ふふっ、真面目な子だから取って食ったりしないわよ」
「だってだって……」
違うよね? 見てるっていうか、睨んでるよね? 続きを耳打ちしようとしたところで、ザバーッと頭にシャワーがかかる。不意打ちのシャワー攻撃なんて酷いよ! っと郷奈ちゃんを見上げると、ニコニコしながら頭を押さえつけてきた。顔に掛かった滴を振り払おうと首を横にプルプルしようとしたところで、より強く押さえつけられる。
「わんちゃんみたいなことしなさんな。そうやってプルプルするから、周りに飛び散るのよ?」
「……はい、ごめんなさい……」
「ふふっ、珍しくしおらしいわね。その調子でおとなしくしてて? 湯船が混んでいるから、先に髪を洗ってあげる」
「ふぁーい」
もう一度シャワーでワシャワシャした後、冷たいシャンプーの温度が頭に伝わった。あわててたから外し忘れたヘアゴムを「あわてんぼさんね」と言いながらスッと取る。手際がよくて、それでいてしなやかな手つきが心地いい……。眠くなっちゃいそう……。
「はい、頭下げて。流すわよ?」
「……ふぁーい」
言われるがままおじぎをすると、シャワーの勢いを押さえて、かつ、頭のすぐ上から流してるのだと気付いた。なるほどなるほど、私はいつもこんなにおじぎしないし、シャワーも上から思いっ切りひねってかけている、だから周りに飛び散るんだ……ふむふむ。
その後もトリートメントでヘアパックしたり、コンディショナーで仕上げたり、「頭下げて」「頭上げて」と言われるがまま繰り返した。その最中にお隣さんが席を立つ気配もなかったし、クレームも飛んでこなかった。さすが郷奈ちゃんだ……!
「はい、いいわよ。次は背中洗ってあげるわね」
「いっ、いいよいいよ! 身体くらい自分で洗うってば!」
「お隣さんに言われたくないんでしょう? ……文句」
囁かれた事実に返す言葉が見つからず、手に取ったタオルをおずおずと渡した。もう全て委ねますのでお願いします! という気持ちを込めて背中を向ける。振り返った白峰さんと一瞬目があったけど、私と郷奈ちゃんを何回か見比べて不思議そうな顔をしていた。……よく言われるけどさ、どうして私なんかが優等生の郷奈ちゃんと仲いいのかって……どうしてって同室なんだから仲いいんだよ? どうせミスマッチですよーだ!
「莉亜、首元にホクロなんてあったのね……いつも髪の毛で隠れているから気付かなかったわ」
「あーうん、セクシーだねってママに言われたことあるよ?」
「ふふっ、あなたのお母さんは色々なこと言うのね。会ってみたかったわ……莉亜のお母さん。きっと莉亜と一緒でおもしろい方なんでしょうね」
「ママは美人さんだったんだよ。弟はママに似て目も切れ長だったし、鼻も高かったのにさぁ……私もママに似たかったなぁ」
「いいじゃない、私は莉亜の垂れ目ちゃんも、鼻ぺちゃちゃんも好きよ? かわいいって言ってるじゃない……」
後ろから耳打ちされるとくすぐったい……。肩をすくめると、郷奈ちゃんはより近いところで囁いた。
「ホクロにチューしてもいい……?」