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16★クリスマスに向けて [裏]

 下校途中にシャンプーが切れていることを思い出し、ドラッグストアへ寄り道をした。莉亜のシャンプーを借りてもいいのだけど、あの子は私のシャンプーの香りを気に入っているので、どうせいつかは買うんだしと思い、寄り道という優等生に似合わない行動を取ってしまった。まぁ、私自身はさほど悪いことだとは思っていないのが本音だけれど……。


 買い物を終えて寮へ戻ると、登校時には消したはずの灯りが点いていた。消し忘れ? 違うわね、この脱ぎ散らかした靴と、二つあるはずのスリッパがないということは……。


 部屋の中をそっと覗くと、あの勉強嫌いな莉亜が机に向かっている姿が目に入った。しかも驚くほど真剣な面持ちで、私の気配なんて気付いていない様子……。ということは、少なくとも勉強ではなさそうね。


 心の片隅ではいけないことだと分かってはいるものの、彼女をここまで真剣にさせる理由を知りたくて……じっと様子を窺う。少しだけ近付いても全く気付く様子はない。なにかしら? こんなに集中力があるなら、もう少し勉強も頑張って頂きたいものね。


 声を掛けようとしたところで、彼女のベッドに見慣れない紙袋があることに気付いた。莉亜もお買い物してきたのかしら。ご丁寧にリボンまで……まるでプレゼントみたいじゃない……。


 プレゼント……。昨日、雨の中買いに行こうとしていたプレゼント……砂塚さんへの……。


「あら、莉亜……。珍しいわね、机に向かっているなんて。私より早く帰っているってことは……もしかしてまた部活サボったの?」


「び、ビックリしたぁ……! 私もちょうど今帰ってきて、珍しく郷奈ちゃんいないなぁって思ってたとこだったの……」


 肩をすくませるくらい驚かなくても……。そこまで集中してたのは褒めてあげたいけれど、それが砂塚さんへのメッセージカードを書いていたからだという事実は減点ポイントね……。現実であってほしくないと思いつつ机の上を覗き込むと、カードにはかわいらしくカラフルに彩ったイラストと、「お誕生日おめでとう」のぎこちない文字。メッセージカード、書いたことないのかしら……文字がずいぶん上に偏っているし、余白をイラストでごまかそうとしているようだけど、アンバランスすぎる……。それでも彼女なりに頑張って書いていたことは、私じゃなくても一目瞭然ね……。


「……で、どこ行ってたの? 部活サボったんでしょう?」


「あのね、昨日も言ったけどね、サボってはいないの! 無断欠席じゃないからねっ? ちゃんと同じクラスの合唱部の子に言ったよ? 今日は休みますって言っといてって……」


 部活をサボってでも砂塚さんのプレゼントを買いに行きたかったの? ついこの間復学したばかりの、話したこともなかった人なのに……。どうして砂塚さんに執着しているのかしら……。私に成績で負けたくらいでブツクサ言ってる人を。私のほうが優越しているというのに……おもしろくない……。


「今日は? 今日も、の間違いでしょう? 莉亜、あなた歌が好きなわりには部活には熱心じゃないのね。せっかくの綺麗な歌声がもったいないわよ。それとも、人より上手いからって調子に乗ってサボっているの?」


「調子に乗ってなんかないよ! イベント用の歌なら覚えてるし、ちゃんと本番には出るもん!」


「練習に出ないで本番だけ出ようだなんて、虫がいいわね。熱心に練習している部員に申し訳ないと思わないの? それに莉亜、あなたは声が大きくて合唱向きじゃないって自覚しているんでしょう? 声が綺麗なのは私も認めているけれど、周りとの調和を合わせてこそが合唱の……」


「分かってるよぉ! そんなに言わなくても、明日こそちゃんと出る! ちゃんと練習するから……」


 何を言っているの……? 莉亜は何も悪くないじゃない。ううん、部活をサボったことは悪い。でも、たかがメッセージカードよ、誕生日プレゼントよ? なにもクリスマスを一緒に過ごすわけじゃないんだもの、そこまで目くじら立てることはないわ……。そうよ、たかが誕生日……莉亜は私とクリスマスを祝うんだもの、少しくらい貸してあげても……。


「……そう……。私、お風呂行ってくるわ。練習するならお隣の部屋に聞こえない程度に歌いなさいね……」


「……うん。行ってらっしゃーい……」


 イライラすることはない。砂塚さんが莉亜をどう思っていようが、昨日今日知り合ったばかりじゃない私とは比べ物にならないのだから。莉亜が砂塚さんをどう思っていようが、莉亜は愛し方を知らない。例えどれだけ心のこもったプレゼントをあげようが、砂塚さんには莉亜の気持ちは届かない。その点、私は莉亜をたくさん知っている。さっき買ってきたクリスマスプレゼントも、莉亜の嬉しがる様子が眼前に浮かぶほど喜んでくれる物を買ってきたんだもの。物で釣ろうと思っているわけではないけれど、莉亜には笑顔でいてもらいたい、私の隣で笑っていてほしい……ただそれだけのこと……。


 とはいえ、さすがにさっきのイライラした態度は、いくら鈍感な莉亜でも察していたわよね……私としたことが……かわいそうなことをしたわ……。戻ったら優しくしてあげなきゃね。ううん、いつも通りでいい。最近のあの子は私を観察している。少しでも変わった態度をすれば、さっきみたいに怪しまれてしまうから……。


 そうだ、久しぶりにお風呂に誘ってみようかしら。新しいヘアトリートメントも試してみたいし、莉亜にもトリートメントしてあげよう……。私の中だけの、仲直り、ね。


「莉亜?」


 灯りが点いているからてっきりいるんだと思ったのに……どこかへ行ったのね。夕食まではまだ時間があるから食堂というわけではないでしょうし、なにより壁に掛かっていたはずのコートがない……。まぁこの時間だし、あの子が行くところといえば川原くらいだから、すぐに帰ってくるでしょうね。エントランスで待ち伏せでもしてようかしら……。


 ふと彼女のベッドに目を向けると、先程の紙袋がそのまま置いてあった。せっかく買ってきた大事な物を……まったくもう……しょうがない子ね……。机の上にでも片付けてあげようと手を掛けた瞬間、私の中の悪い虫が囁く、「見てしまえ」と……。


 いけないことだと分かっている。悪いことだと分かっている。こんなこと莉亜に知られたら、それこそ私の手から離れていってしまう。でも……知りたい、莉亜の全てを知っていたい……。


 自分で自分を止めることができなかった。どう食い止めようとも、私の中の私が全て正当化した答えで返してきたのだから。緊張と罪悪感で、手に汗がにじむ。心臓の鼓動が激しくなって、その手が震える。やめればいいのにもう止まらなかった……。


「タオル……」


 紙袋の中には、更に小さなラッピング袋に包まれたプレゼントが入っていた。触った感触ですぐにタオルだと分かった。それも、厚みからしてハンカチサイズの。さすがにリボンを解いて中身までは……と戻しかけたところで、紙袋の底にもう一つ小さな袋が転がっているのが見えた。


 もう引き返せないのだから、と自分を開き直らせてもう一つの袋を取り出す。もう一つのほうは、お世辞にも丁寧だとは言えない包装で、包み紙にはカラフルなイラストと、どこかで見たようなロゴが印刷されていた。


 水族館……? まさか、これだけを買いに水族館へ行ったというの? それとも砂塚さんと? ううん、ショッピングモールにも寄ったのだから、時間的に水族館を回ってはいないはず……。じゃあ、本当にこれだけを買いに……?


 包み紙は、よくあるお土産用の粗末な物で、折り目に適当なシールで封をされているだけの簡易な包装だった。簡単に開けて戻せる、そうよぎったけれど、包み紙の上からでも察しがついた。この感触、この形、それに莉亜の考えそうな大好きな物……。


 イルカのキーホルダー……。


「ふふっ……あの子らしいわね……」


 思わず呟いた。苦笑すら込み上げてくる。どうして……私は悔しいはずなのに……。莉亜が砂塚さんを思って買ってきたプレゼントを目の当たりにして、ショックを受けたあまりおかしくなったの? 自分でも分からない、なぜ笑っているのか分からない……。


 私が綺麗に元あったところへ戻さなかったとしても、こんなに無造作に置いていたあの子にはバレないでしょうね……だからって原状復帰をしない私ではないけれど。感触を試したそれらを紙袋へ入れ、端をピンピンと引っ張って揃えた。袋の上からでも私に分かるような物を買ってくるあの子がかわいいとも思うし、分かってしまう自分にも……。


「あぁ、そういうこと……?」


 なぜ苦笑が込み上げてきたのか、ハッキリと理解できた。私が分かってしまうあの子の全て、全て私には分かってしまう。手に取るように、隣にいなくたって手に取るように分かる。なのに、悔しがることなんて何もないじゃない? 誰にもヤキモチ妬く必要ないじゃない?


 あの子は、莉亜は、誰のことも愛せない……。砂塚さんのことも……私のことも……。


 今日の買い物袋からヘアトリートメントを取り出し、今度こそ部屋を出た。この寒さだから、川原へ行ったとしてもさほど遅くはならないはず。エントランスで待っていても私は寒くないのだから、少しくらい遅くなっても構わないのだけど。


 案の定、エントランスに着いてから数分も経たないうちに莉亜の姿が見えた。寒そうに肩をすくめながら扉を開けている姿には、マフラーも手袋もない……。そりゃ寒いわけよ……。おバカだけど、「暖かーい」とニッコリしている表情がくすぐったいのよね……。


「……また川原?」


「……郷奈ちゃん……。もうお風呂あがったの? 今日は早いね……?」


「あぁ、今日はトリートメントをしようと思ってたのに、部屋に忘れてきちゃったから取りに行ってたの。そしたらあなたがいないから……まぁこんな時間に出向くのは川原だろうと思ったけど。お夕食までもう少し時間あるから、たまには一緒にお風呂行く?」


「い、行く行く! ……でも、郷奈ちゃん、怒ってる……よね?」


「怒ってる? 何に?」


「何にかは……分かんないけど……私が悪いことしたかなーって……」


「バカね。私があなたを怒っているのはいつものことでしょう?」


「それは……そうかもしれないけどさぁ……。んまぁいいや! すぐお風呂セット持ってくるから、先行っててー!」


「はいはい、走っちゃダメよ」


 言うまでもなく、走るのはいつものこと。「走らないの」「点けっぱなしにしないの」「髪は乾かしてこないと」……あげてみればキリがないくらい、毎日私に怒られてるくせに……さすがの莉亜でも、さっきのことはいつもと違うと感じていたみたいね。


 でも安心していいのよ。あなたが私の範疇にいてくれる限り、私は優しいルームメイトでいてあげるから……。


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