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15★クリスマスに向けて

 おばちゃんの言っていた通り、あのかわいいマンボウさんキーホルダーは売っていなかった。だけど、諦めて別の物を選ぼうとした時、私の目に止まったのは、運命の出会いとも言っても過言ではない品物だった。これならきっと喜んでくれる! 水族館まで足を伸ばした甲斐があったなぁ……おばちゃん、ありがとう!


 さっきよりもずっと、早くあげたいという気分が増してしまったけど……ガマン、ガマン! 私がお祝いしたいのは、お誕生日とクリスマスなんだ! 一緒にあげちゃったら約束の意味が全くないじゃん! だからガマン、ガマン……。


「ただいまー……って、あれ? きょーなちゃーん……?」


 あげたいという欲求を押さえて真っ直ぐ帰ってきたのを褒めてもらおうと思ったのに……珍しく郷奈ちゃんは寮にはいなかった。私が部活いかなかった日でも、大体先に帰って机に向かっているのに……。図書館でも寄ってるのかなぁ? 期末テストも終わったし、もうすぐ冬休みだというのに、いつも勉強勉強で……頭いいんだから勉強しなくたっていいのになぁ……。


 忘れないうちにメッセージカードを取り出して机に向かう。宿題よりも真剣に考えなきゃ……何書こうかなぁ……。小学校も中学校も、クラスメイトは大体仲良しだったけど、これといった特定の友達はいなかったから、メッセージカードなんてもらったことがない……。みんな何て書いてるんだろう? 「お誕生日おめでとう」と……あとなんだ? 「これからも仲良くしてね」とか? それじゃあずっと仲良しだったみたいだし、「これから仲良くしてね」かなぁ? ううん、これじゃあまるで幼稚園の入学式でママ同士が勝手に言い合ってるみたいな台詞だよ!


 テストなら分かんないとこは空欄にするけど、メッセージカードにメッセージないのは有り得ないよね。こればっかりは書くしかない。書くけど、書くけど、分かんないなら「お誕生日おめでとう」だけでいっか! うん、シンプルイズテストってやつだ! ……テスト、だっけ? まぁいいや。


 そうだそうだ、端っこのほうはお絵かきして埋めよう! うんうん、それなら空欄も明るくなるし、心がこもってることがちょっとは伝わるはず! じゃあ、まず上の隅にはお星様、下のほうには……やっぱりキツネさんかな? えっと、前に揃えたコピックが確か引出しに……。


「あら、莉亜……。珍しいわね、机に向かっているなんて。私より早く帰っているってことは……もしかしてまた部活サボったの?」


「び、ビックリしたぁ……! 私もちょうど今帰ってきて、珍しく郷奈ちゃんいないなぁって思ってたとこだったの……」


「……で、どこ行ってたの? 部活サボったんでしょう?」


 ……せっかく流せたと思ったのにぃ。やっぱりツッコんできたか……さすが郷奈ちゃん、鋭い観察力!


「あのね、昨日も言ったけどね、サボってはいないの! 無断欠席じゃないからねっ? ちゃんと同じクラスの合唱部の子に言ったよ? 今日は休みますって言っといてって……」


「今日は? 今日も、の間違いでしょう? 莉亜、あなた歌が好きなわりには部活には熱心じゃないのね。せっかくの綺麗な歌声がもったいないわよ。それとも、人より上手いからって調子に乗ってサボっているの?」


 入ってきた時から機嫌がよろしくないかもとは思っていたけど、いつになく口調にトゲを感じる……。部活に行かなかったことがそんなに気に障ったの……? せっかく褒めてもらおうと思ってたのに、これじゃあ褒められるどころか、「サボったことを棚にあげて褒めろと言うの?」とかなんとか怒られそうだよ……。


「調子に乗ってなんかないよ! イベント用の歌なら覚えてるし、ちゃんと本番には出るもん!」


「練習に出ないで本番だけ出ようだなんて、虫がいいわね。熱心に練習している部員に申し訳ないと思わないの? それに莉亜、あなたは声が大きくて合唱向きじゃないって自覚しているんでしょう? 声が綺麗なのは私も認めているけれど、周りとの調和を合わせてこそが合唱の……」


「分かってるよぉ! そんなに言わなくても、明日こそちゃんと出る! ちゃんと練習するから……」


「……そう……。私、お風呂行ってくるわ。練習するならお隣の部屋に聞こえない程度に歌いなさいね……」


「……うん。行ってらっしゃーい……」


 お見送りの言葉を聞き終える前に、郷奈ちゃんはプイッと背中を向けた。無言でクローゼットからお風呂セットを取り出し、「行ってきます」も言わずに部屋を出て行った……。


 一体どうしちゃったんだろう? 遅刻をしても、忘れ物をしても、赤点を取っても、注意したり呆れたりするだけで、あんなに怖い顔することなんて一度もなかったのに……。合唱部の子に怒られちゃったとか? 先輩に呼び出されちゃったとか? だとしたら私のせいだよね……?


 うぅー、ダメだ! 本人に聞かないと分かんないよぅ。でも、もし郷奈ちゃんに迷惑がかかってるんだとしたら、私がちゃんとしなきゃ! ちゃんと部活出て、ちゃんと練習して、みんなを感動させるような歌を歌って見直してもらわなきゃ!


 よっし、やる気出てきたー! さっき帰ってきた時点では雨降ってなかったし、ちょっくら川原で歌ってきますか!


 曇りとはいえ、陽が落ちた川原は風が吹くだけでも寒い。熱々のお味噌汁作って、タンブラー入れて、あ、今日はお豆腐入れて持って行こう。昨日の雨で足元グチャグチャかなぁ……。


 寮から出ると、冷たい北風が首元を撫でた。予想以上に風が強いので、コートの襟をつまみながら肩をすくめて歩く。あぁ、学校のバッグに手袋入れっぱなしだったな……マフラーも持ってくればよかった……。しょうがない、限界になったらおとなしく帰ろう……。


 川原には相変わらず人気(ひとけ)がない。夏なら花火をする人たちで結構にぎやかだったけど、さすがにこんな真冬にわざわざ川原に来るのは私くらいか……。まぁ、静かな所で思いっきり歌えるから、私には好都合だけど。


 深く息を吸って……。


「聖なる夜にぃ……祈りましおぉ……」


 やっぱり川原で歌うのは気持ちいい……。特に冬の空気は澄んでいて、ブレスする度に心も洗われるみたい……。


「マリア様の……さ……ふぃっくしょんっ!」


 うぶぶー、もう降参っ? いやいや、くしゃみ一発くらいじゃ私はまだ負けない!


「マリア様……の……ふぃっ……ふぃっくしょん!」


 うぶぶぶぶ……ダメだ、寒いっ! せっかくお味噌汁持ってきたんだからちょっと飲んで暖まろうと思ったけど、予想以上に風すごいし無理かもー! 悔しいけど今日のところは勘弁してやろう! 負けを認めるのは悔しいので、私から勘弁してやることにしといた。


「うはぁー! 暖かぁい……」


 寮のエントランスに入ると、すぐに暖かい空気が出迎えてくれた。縮こまった肩も溶けるように垂れさがっていく。胸の中まで冷えた空気が入り込んでるようで、入れ替えるように深呼吸した。


「……また川原?」


「……郷奈ちゃん……。もうお風呂あがったの? 今日は早いね……?」


「あぁ、今日はトリートメントをしようと思ってたのに、部屋に忘れてきちゃったから取りに行ってたの。そしたらあなたがいないから……まぁこんな時間に出向くのは川原だろうと思ったけど。お夕食までもう少し時間あるから、たまには一緒にお風呂行く?」


「い、行く行く! ……でも、郷奈ちゃん、怒ってる……よね?」


「怒ってる? 何に?」


「何にかは……分かんないけど……私が悪いことしたかなーって……」


 おずおず見上げると、さっきまでのお怒りモードの表情ではなく、いつもの穏やかな郷奈ちゃんの顔があった。呆れたような軽いため息を吐いて、それから笑った。


「バカね。私があなたを怒っているのはいつものことでしょう?」


「それは……そうかもしれないけどさぁ……。んまぁいいや! すぐお風呂セット持ってくるから、先行っててー!」


「はいはい、走っちゃダメよ」


 あー、またもや怒られてしまった。でもいいや! いつもの優しい郷奈ちゃんだもん。さっきお怒りモードに見えたのは気のせいだったかな……なんだったんだろう?


 あっ、そうか! 郷奈ちゃんはクリスマスイベを楽しみにしてるんだ! んで、合唱部の歌を聞くのが楽しみだから、私にもちゃんと練習して頑張りなさいねって……そういうことか、うんうん!


 なーぁんだ、ちゃんと言ってくれないと分かんないよー? 私ほら、頭悪いからさ! うん、私もクリスマスイベ楽しみだよ! 合唱以外には何やるんだっけなぁ……。演劇部のお芝居と、吹奏楽部の演奏と……落語とかもあるのかなぁ? 調理部のお料理とかは? おいしそうな物食べながら演目を観覧できるなんて、豪華なお祝いだなぁ! ……ん? お祝い……?


 ……あわわっ! クリスマスは聖ちゃんのお誕生日をお祝いするって約束したのに! 私ってばイベントの日にち把握してなかった! どどどどうしよう……!




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