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1★浴場は欲情しないとこ



「莉亜? イルカさんはね、お空にもいるんだよ?」


「嘘だぁ! さっきはおっきい水槽にいたもん! パパは嘘つきだよ! 私がイルカさん飼いたいって言ったからそんな嘘ついてごまかそうとしてるんだぁ!」


「見てごらん? 天の川のほとり、彦星様のすぐ東にはイルカさんが泳いでるんだよ?」


 小さい頃、水族館の帰り道にパパが教えてくれたことがあった。家族四人で見上げた夜空には、夏の大三角形が輝いてたっけな。


 私は一生懸命探したけれど、星がたくさんありすぎて分かんないよってむくれてたんだっけ……? ううん、空が暗くて星座を繋ぐ線が見えないよって怒ってたんだった。今になってみれば、空が暗くなければ星は見えないじゃんって思うけど、それ以前に星座を繋ぐ線なんて元々ないんだよね……。


 それでもパパもママも、機嫌を損ねた私を見ながら笑ってた。今にも瞼が閉じそうな弟をパパが抱っこして、ママは私の右手をそっと繋いでくれた……。


 あの頃の私は、壊れるものや無くなるものなんて何もないと思っていた。変わるものがあることを知らなかったんだ。変わってしまうことが寂しいことだなんて、想像もつかなかったから……。


 そして私は知ったんだ。人も景色も変わってしまうけど、変わらないものがたった一つだけあることを。


 この星空だけは、ずっと変わらないんだと……。




「あっ……つぅっ!」


 川原で星を見るのは最高に贅沢な娯楽だと思う。こうして味噌汁入りのタンブラーを持参すればより贅沢な気持ちになる! なんといってもタダだし!


 高校生の娯楽と言えば、大概の子はオシャレな服やアクセサリーを買ったり、メイク用品を揃えて顔を書いたり、甘いスイーツやカラオケで心をリフレッシュしたり……。そして気の合う友達とキャッキャウフフして楽しいひと時を過ごしてるんだよね。


 まぁ私もそれが嫌いなわけじゃないし、楽しいとも思う。でもスイーツよりカラオケより、この天然の星空を一人で見上げている時が、私にとっての至福の一時なんだよね。だって、数え切れないほどのお星様を全部独り占めしている気分になれるんだもの!


 しかも、そして、そこにこの熱々の味噌汁があれば最高で最高に最高の贅沢じゃない! うん、タンブラーがこれほどの保温効果があるとは侮っていたけど、若干舌をヤケドしたけど、冬の川原は風が冷たいので諦めずに飲む私、うん、侮ってヤケドしたところで負けを認めるつもりはない!


「今日も見えないや……。もうちょっと粘ったら見えるかなぁ」


 まぁ昨日も一昨日もこうやって粘ったけど見えなかったのも事実。だけどもうちょっと、もうちょっとだけ粘ったら、今日こそ見えるかもよ? 会えるかもよ、彦星様に。


 と言っても、私が見たいのは彦星様ではなく、お空のイルカ様なんだ! 尾ヒレをクルンと丸めたかわゆいボディのかしこい彼! ……彼女? どっちでもいいけどとにかく崇めるべきあの存在!


 ああぁ、彦星様はいいなぁ。いつもイルカ座の近くにいられて……。天の川を自由に泳いだり跳ねたりするイルカを、いつも間近で見られるんだもの。私も近くに行ってみたい! イルカとたわむれてみたい!


「ひっ……くしゅん!」


 うー、ダメだダメだぁ。これ以上粘っても雲は晴れないや……。味噌汁片手に頑張ったけど、さすがに十二月の川原には白旗だよぅ。悔しいけど、今日も引き上げるか……。小一時間しか居られなかったけど、これ以上ここに居たら、凍死して私もお星様になっちゃうしね。


 かじかんだ両手はほとんど感覚ない。味噌汁入りタンブラーのフタを閉めたいのに……。寮に戻ってこぼしたら、二・三年生の先輩方に怒られちゃう! それともしらばっくれちゃう? 私じゃありませーんって顔で通り過ぎちゃう? いやいや、こぼさなきゃいいんだよ、うん、そう! ネガティブ禁止! ポジティブにポジティブに!


 アクティブ&ポジティブが私のモットー!




 門限時間はギリギリセーフだけど、寮の廊下はすでに静かだった。みんな部屋でお勉強タイムなんだろうか? 期末テストは終わったばかりだというのに、ここの高等部はみんな真面目なんだよね……。私がノンキなだけなのかなぁ?


 こんなに静かならせっかくだから大浴場に行くとするか! 縮こまった身体を解凍するにはお風呂が一番だし! うちのルームメイトはいつも夕食後すぐに大浴場に行くから、もうこの時間は部屋に戻ってるはず。


「また川の方へ行ってたの? こんなに寒いのに……、呆れるわね」


「呆れるとはヒドイなぁ。だってさ、昨日も一昨日も……」


「ハイハイ、見れなかったのよね、彦星様」


「違うよ、それをいうならイルカ様ね!」


「……どっちでもいいけど莉亜(りあ)、髪に枯葉が乗ってるわよ? ふふふっ、まるでタヌキね」


 相変わらずの呆れた口調で笑うこのルームメイトの言葉には、どこか説得力があるから何を言ってもそれらしき事実に聞こえるんだよねぇ……。つまり私はタヌキですと?


 そんな冗談を言いながらも、ルームメイトの郷奈(きょうなちゃんは頭の枯葉を取ってくれた。やっぱりお風呂上がりだ。シャンプーのいい香りがする……。


「酷いことサラッと言い放つなぁ、郷奈ちゃんは……。労わって? 労わって? 今日も無駄足で無駄死にしそうだった莉亜ちゃんを労わってーぇ!」


「何言ってんのよ。労わるほど疲れてもいないし落ち込んでもないじゃない。大体ね、莉亜が落ち込んでるとこなんて見たことないもの。この部屋で一緒に生活してもうすぐ一年経つけど、テストで悪い点取った時だってヘラヘラしてたじゃない。ある意味羨ましいわよ、莉亜のポジティブシンキング」


 違うよ、郷奈ちゃん。


「へ……ヘラヘラはしてないよぉ! 次は頑張ろうーって、気持ち立て直そうと……」


「分かった分かった。早くお風呂行っといで。髪、冷たくなってるじゃない」


「うん、行ってくる!」


 やれやれといった苦笑の郷奈ちゃんもかわいいなぁ。かわいいというか美人さんなんだよね。同じ一年生とは思えない大人びた雰囲気だし、貴賓溢れるお嬢様って感じだし。背中を向けてもフワリと漂ってくるシャンプーの香り、郷奈ちゃんが側にいるんだって思えて落ち着く香り……。


 この星花女子学園には二つの寮がある。一つは私が入寮している二人部屋タイプの桜花寮。自宅から通学している生徒も多いけど、寮は希望制なので特別な理由がなくても入寮できる。もう一つの寮、菊花寮は入寮希望者の中でも成績優秀者しか入れない個室タイプ。成績優秀者ともなると一人で黙々と勉強できるスペースが与えられるというシステムなのだろうか。


 そうはいっても、うちのルームメイトは一年の上位に入る優等生。桜花寮だからといってみんながみんな私のように平均以下とは限らない……。郷奈ちゃんには、同室がこんな私でゴメンナサイって思ってるよ……。でもゴメンナサイって思ってるだけでゴメンナサイ! 勉強するの特異じゃないからいい点取れないんだもーん。しょうがないよね、うん、しょうがない! 郷奈ちゃんの勉強の邪魔しないから、私のことは諦めてね! ……というのは口にはしないけど。


「うぅっ、さぶっ!」


 一度部屋には戻ったものの、冷えた身体には服を脱ぐという行為が辛すぎる……! まぁ寒いのは目視する限り、湿気の残る脱衣所には人っ子一人いないからでしょうねー。お風呂上りのピチピチギャルの熱気がないから。……じゃなくて?


 望みは大浴場の中。少しの希望を託して覗いてみても、残念なことにこちらも空っぽ……。誰かいれば少しでも蒸気が増すというのに、どうぞご覧下さいと言わんばかりに見渡せる浴場。ううん、浴場を見て欲情したかったわけじゃないよ? って今度郷奈ちゃんに言ってみようっと!


 そうじゃなくてそうじゃなくて、私が残念がっているのはピチピチバデーが見れなかったことじゃなくて、あぁちょっとは残念だけど、それは誰かがいてくれたら浴場が温かいのになぁってことで、つまりは色んな意味で残念なのだということで……。


「しょーがないかぁ……」


 一気に脱いで、一気にシャワーかぶって、一気に浴槽に飛び込めば……うん、寒いのは一瞬! 誰もいないんだし、一度は飛び込んでみたかったんだよねー!


 そうと決まれば、普段みたいに蝶のようなしなやかな脱皮なんかしなくていいんだ。だって誰もいないんだもん! 制服なんか畳まなくたっていいんだ。だって誰もいないんだもん! シャワーなんか頭からかぶってワンコみたいにプルプルしてもいいんだ。だって誰もいないんだもん! 浴槽なんか勢いよく飛び込んだっていいんだ。だって……。


「ちょっと! 何するのよ!」


「……ぶぶっ、ふへっ?」


 飛び込んだ勢いで顔面にかかったしぶきを手で拭い、仕上げにプルプルと頭を振って水滴を払いながら浴室に響く声のほうへ振り返った。立ちこめた湯気の向こうには声の主であろう人影がぼんやりと見える……。


 待って待って? さっきまで誰もいなかったよね? 人影も物音もなかったよね? ももももも、もしかして……っ!



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