初戦闘! 渡る世間はチートばかり
俺はタルジの森にやって来た。鬱蒼とした森だ。
目的は一つ。肉を得るためである。
しかし、俺にまたぎの経験などがあるわけも無くどうやって獲物を探せばいいのかわからない。
闇雲に森の中を進む。
「肉~! 出てこいや!」
一見まぬけとも思える叫びを上げながら森の中を突き進む。
――ガササッ!
その声に反応してか獲物が釣れたようだ。
灰色をした狼。しかし、俺の記憶にある者よりも一回りはでかい。
数は一。
丁度いい相手だ。
この先この世界で生きていくための前哨戦と行こうじゃないか。
じっくりと獲物を観察する。距離は約五メートル。案外近い。
恐らくパンチを一発当ててやれば勝負が決まる。逆に喉を食い破られたら俺の負けだ。
まずは接近を避け、遠距離から弱らせて確実な一撃を当てるべきだろう。
俺は石ころを拾って放り投げた。
俺は野球経験などないのでフォームも適当で速さもそれなりである。
だが、コントロールは幸い悪くなかったようだ。
狼に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
――瞬間。狼の姿がぶれた。いや、消えた。
もの凄い速力で円を描くような軌道でその場を離脱し、相変わらず一定の距離を取ったままこちらを伺っている。
俺はアウトボクサー時代に培った動体視力でなんとか狼の動きを追随する。
じわりと、額に汗が滲む。
あの狼は動物番組で見たことがある元の世界の狼よりも動体視力、頑丈さ、攻撃力、速度、全てが何段階か上と見て間違いない。
……嫌な予感がする。
もしかするとこの世界の生物はステータス恩恵を須く持っているのではと言う嫌な推論が脳裏を過ぎる。
たったこれだけのやりとりで先程までの自分の考えの甘さがわかった。
俺はパンチ力こそ異常に上昇したが、それ以外は元いた世界と変わっていないのである。
元の世界で俺が狼に勝てるかと言えば否と言うだろう。十回戦えば十回負ける。
そんな狼が圧倒的に強化されている。
俺は自分で勝負を挑んでおきながら逃げ出したくなった。
どうにか近づかないで倒す方法はないか?
俺はわずかに逡巡して目の前の木に当たりを付ける。
木を殴って狼の方に倒してやろうという考えである。
これは拳を握って狼と自分の間にある木を殴りつけた。
しかし、待てども木が倒れる気配がない。殴った音すらもしなかった。
何でだ? 当たらなかったのか?
そう思ってもう一度殴りつけると今度はバキバキと音を立てて折れ、木は中程から吹っ飛んでいった。狼はそれを華麗に躱す。
そしてそのままステップを踏むように俺へと距離を詰めてくる。
俺はヤバイと思い、足元から石を拾い上げた。
死してそれを投げようと一瞬だけ構え……ふと、手を緩めた。
代わりに俺は拳を目の前に突き出す。
丁度落下してきた小石に俺の拳がインパクトし、小石は爆散して散弾銃のように広がって飛んでいった。
予想以上の威力。
あのまま投げないでパンチで打ち出すことを咄嗟に思いついた俺を褒めてやりたい。
尤も銃弾のように超威力で飛ぶことは予測したが、爆散するとは予想も出来なかったが。
点ではなく、面の攻撃。
素早い狼でも流石に全回避は難しかったらしい。
だが狼は止まらない。怪我を負った様子もない。
俺は直感的にその理由を理解した。
どうやらステータス恩恵とか言う世界システムが代わりに攻撃を受けているらしい。
恐らくHPだ。HPがゼロになるまでダメージを受けないと神さまは言っていた。
HPを犠牲に石の散弾をくぐり抜けてくる狼。
痛みを感じないから怯まない。なんて卑怯なんだ!
そしてぐんぐん加速して俺の足元へとかじりついてきた。
「いってえええええええぇっ!」
俺は叫びながら思ったね。このチート野郎って。
HP0の俺はダメ―ジ=即怪我なんだぞ!
この世界では人間だけでは無く、生き物は全てHPを持っていやがる事が判明した。
先程木一発で倒れなかったのもダメージをHPが肩代わりしたからだろう。
植物すらステータスを持っていることには驚いた。
ATKやSPDも重要だが、一番重要なのはHPだろう。恐らく1でもHPがあれば攻撃を受けても即死しないと俺は踏んでいる。じゃないと、先程の木の事が説明つかないからだ。
先程俺が殴った木に起こったのはプロセスはこうではないかと予測する。
一発目でHPがゼロになる。そしてHP超過ダメージ分は無かったことになる。
二発目はHPがゼロだったのでそのままダメージが通った。
この世界ではHPゼロの状態以外では肉体ダメージを受けない。
つまり、超過ダメージが無くなるって事だ。そしてこの概念が一番大きい。
何しろ必ず一回はどんな攻撃でも食い止められるのだ。
根拠は俺が殴った木が一発目で折れなかったこと。HP超過分のダメージをそのまま適用するならばHPがゼロになった後、そのままの流れで超過分の衝撃で吹っ飛ばないとおかしいからである。
「ずるいぞ。俺にもHPを寄越しやがれ!」
このチート野郎と思いながら俺は拳を振り下ろす。シューティングゲームでも一回ダメージが受けられるのと即死だと難易度が大違いなんだぞ。
両手で一発ずつ叩き込んだおかげで狼の頭はあっと言う間に爆散した。
噛まれたのが短時間ですんだからか肉を食いちぎられたり、骨を折られるといった事態にはならなかった。
「あ~ちくしょー」
軽いとは言え足に怪我ををしてしまった。
神さまの話だと、この世界の回復魔法はHPの回復効果しか望めないらしい。なので肉体の怪我は自然療養を待つしか無いのだ。
そして俺の唯一の長所である一億倍パンチの予想外の欠陥。
それは生物を相手取る場合、HPをゼロにする攻撃と肉体を破壊する2プロセスが絶対必要だと言うことだ。どうやら俺の攻撃は一撃必殺じゃなくて二撃必殺だったらしい。
「神さま。この世界はちょっとばかり俺に厳しくありませんかね」
俺の呟きは暗い森の中に消えていった。