能力の検証と冒険者ギルド
――気がつくと街の喧騒の中にいた。
服は死んだ時……つまりロードワーク中に着ていた青のジャージでポケットには金で出来たコインが一枚入っている。神さまから選別として貰ったこの世界の通貨だ。
俺は町並みを見回す。
鱗に覆われた肌を持つ人、ケモ耳とふさふさ尻尾の生えた人。
元の世界では見なかった人種が通りを歩いている。人々はそれぞれの姿に対して忌避感を持っている様子はなさそうだし、違う種族が要ることを当たり前として受け入れていると推測できる。
と、なれば俺も不用意に差別されることはないだろう。少し安心だ。
さて、俺を転生させてくれた神さまの話ではギルドがあるんだったな。
そして俺がこの世界で生きられるようにと貰った能力はパンチ限定で一億倍の威力をたたき出す異能だけ。こんな能力を持っていたところで戦い以外の何に役立ちそうもないので俺が行くべきは冒険者ギルドだろう。
俺は通りを歩く恰幅のいいおばちゃんに声をかけてみることにした。
「あの、冒険者ギルドってどこにありますか?」
「それなら、この通りをまっすぐ行って……」
おばちゃんの案内に従って教えて貰った道順を辿る。
そして冒険者ギルドと思わしき場所の前に来たとき、不穏な空気に気づいた。
「お願いであります。自分をパーティに加えて欲しいであります」
どうやら全身金属鎧を纏った女が屈強な肉体を持つ男に対して頭を下げているようだった。
「っはん。武器も持たない奴を連れて行ったところで荷物が増えるだけだ。てめぇが疫病神だってギルド中で噂になってるんだぜ。誰が連れて行くか」
「そこを何とかお願いするであります。どうにか稼がないと新しい剣を買えないであります」
「だったら相応の頼み方があるんじゃねぇの?」
「……え、えっと、お願いするであります」
女は男達にぺこぺこと頭を下げている。
「わかんねぇ奴だな。頭は下げなくていいから体で払えって言ってんだよ。そしたら連れて行ってやってもいいぜ。ま、顔しだいだがな」
無視を決め込もうと思ったが、話が良くない方に流れているようなので助け船を出しといてやろう。
「その辺にしといてやったらどうだ? あれだけ頼んでるんだからいいだろ」
「アァン! なんだてめぇは」
俺ろしては優しく諭したつもりなのに相手の男は俺の態度が気に入らなかったのか剣を抜いた。そしてそのまま俺に向かって切り込んでくる。
「……うっそだろ!」
異世界恐るべし。こんな喧嘩っ早くて手まで早いとは。
……や、やべ……斬られる。
間もなく飛来するであろう痛みの恐怖で強ばり、俺は両手を思わず握りしめる。
そして最後に残った理性でなんとか急所への被害を減らそうと無理矢理両手を前へと押し出した。
すると俺の右手と男の剣が交錯した。
――パキィィィィィィン。
「……いってええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ」
俺の叫び声と金属音は同時だった。って、あれ、痛くないぞ。
な、何が起きたんだ?
俺は自分の右手を確認するも流血ヶ所は見当たらない。
俺の目が確かならば刃面を拳で受けたはずなのに。
「………な、な、なんだコイツ。素手で剣を粉々に砕きやがった!」
男が叫びをあげて俺ははっと我に返る。
男の様子を確認すると半ば程から剣身を失った自身の獲物を見て驚愕の表情を浮かべていた。
いやぁ、マグレだったんだけどね。もう一回拳で剣を打ち落とせと言われたらできる自信はない。
だけどこのチャンスは活かすほかあるまい?
「次はお前の顔が砕けるかもしれないな?」
そのセリフが決め手となったのか、俺に斬りかかってきた男は後ずさった。
「え、ええい。こんな化け物相手にしてられるか!」
そして捨て台詞を吐きながら走り去っていった。
「……ふぅ」
未だバクバクと激しい鼓動を押さえ込みながら、俺は今し方起こった事の状況整理を行った。
俺に与えられた唯一の武器であるパンチ強化の能力を深く知ることは今後の生存に関わってくると思ったからだ。
まず、問題は剣を受け止めた俺の手が無事だったことだ。
普通に考えたら硬度の問題で俺の手の方が破壊される。
どれだけパンチ力が強化されようと威力だけで硬さが変わるわけじゃないからだ。
そうだとすればむしろ勢いよく俺の手が引き裂かれる事になるだろう。
だが、現実はそうならなかった。砕けた方は剣の方。
そして俺は全くといって剣を砕いた感触を感じなかった。
普通物を叩けば、相応の反発力を感じるものである。これはボクサー経験からわかっている。
ボクサーのグローブは手を保護する意味でも付けられているからだ。
それを全く感じなかったと言うことは何か別の力で打ち消されたと考える方が正しい。
そしてその打ち消す能力は俺のパンチ力強化を使っていく上で必須の能力なんだろう。
そうでもなければ今後俺は何かを殴る度に重い反動ダメージに悩まされることになる。
俺のMAXパンチ力は250キロ。これの一億倍で約2500万トン。
これが反っくり返ってきたら俺の手は間違いなく消し飛ぶ。これをそのまま使ったら右手と左手のたった二発で打ち止めだ。これを女神がこの世界で生き抜くための力とするには流石におかしい。だからこの影響を無視するべく俺が物を殴った場合に限り全ての反動ダメージが消えるとみていいだろう。対象が剣であったとしてもぶつかったことがなくなればダメージを受ける道理がない。つまり、今後相手から危害を受けそうになったとき両手を突き出せば拳の範囲だけならダメージを防げるとみていいだろう。問題は動いていない拳がパンチと判断されるかどうかだがこの検証については誰かの協力がないと無理なので今は置いておこう。
とりあえず今試せるのは平手とキック。
俺はつま先で軽く地面をトントンと叩いてみる。硬い路面の感触が返ってくる。
続いてしゃがみ込んで平手でペチペチ。ザラザラとした肌触りを感じた。
ふむ。やはりパンチじゃないと強化できないのか。攻撃全てが強化できれば大分違ったんだが高望みしすぎか。
最後に軽く拳を握って地面にストン。
ドゴオォォォォォォォォォン!
地面が直径一メートルほどの半球状に陥没した。
普通にこの状況を作り出すなら間違いなく粉砕骨折ルートだが生憎俺の手は無傷である。
……おおう。あまりの威力にびっくりだよ。
中々に有能な能力じゃないか。
俺は元ボクサーで武器の心得はない。
拳で戦うというのは性に合っているしこの能力は俺的には当たりと言える。
元々パンチ力がなくてアウトボクサーをやっていた俺でも、一般人に比べたらそりゃパンチ力は強い。一億倍の威力補正があれば正直KOボクサーとの差なんて誤差の範囲だ。むしろ判定で勝つため相手より手数を増やし被弾を減らそうとと努力した経験がある分、接近一辺倒のKOボクサーよりも戦い方に幅があると思っている。
……うん、これなら異世界でやっていけそうな気がするぞ。
等と思っていると。
「あ、あの。さぞ名のある冒険者とお見受け致しました。自分とパーティを組んで欲しいであります、荷物持ちでも何でも雑用はやらせていただくであります!」
と、全身に金属鎧を纏った女が俺に話しかけてきていることに気づいた。
フルフェイスの兜を被っているので顔はわからない。
どうして女性かと判断したかというと胸部分の金属鎧が膨らんだ形状をしていたため。
……悪い奴ではないと思うが、その前に言っておくべき事がある。
「俺はまだ冒険者じゃないぞ。冒険者登録に来ただけだ。冒険者がどういったものか教えて貰えると助かる」
「……そ、それでは!」
「ああ、組むのは別にいいぞ。ただ俺は見ての通り丸腰だし、パンチ力はある方だと思うがそれ以外はからっきしだ。それでもいいのか?」
「そ、それでいいであります。武器が壊れてどうしようもなくなっていたであります」
言われてみれば全身鎧の女は鎧こそ立派でそれなりの丸盾も背負っているが剣を持っていない。
「どうして丸腰なんだ?」
「まず一番最初に身を守る防具からと思ってオーダーメイドの玉鋼の鎧を買ったのでありますよ。残ったお金で鉄の盾を買ったはいいのでありますが、剣が買えなくなってしまったでありますよ。仕方なく露店で安物を見繕ったでありますが……」
「安物だったとそういうわけか」
「そうなのでありますよ。騙されたのであります」
……うん。
見ず知らずの俺に懐事情をあっさり語ってしまうあたり騙しやすそうな性格だなぁと俺も思う。
良くも悪くも脳が足りないので人を騙すのには向いていないタイプとみた。
今後つき合っていくことを検討する相手としてはまず文句はないだろう。
優秀な前衛は是非欲しい。
しかし、何故こんな立派な鎧を着ているのに誰もパーティに入れないのだろうか?
剣がなくても壁役としての使い道ならいくらでもあるだろうに。
俺は鎧女と共に冒険者ギルドに入った。
そしてすぐに若い男に声をかけられることになる。
「……また、犠牲者を増やすつもりか?」
「そ、そんなつもりはないでありますよ!」
知り合いなのだろうか? 鎧女と若い男は話を始めた。だが、雰囲気はどこか険悪だ。
「よくここに顔出せたものだな。冒険者の恥さらしが」
男が突っかかるように言う。
「そ、その節は本当に申し訳なかったと思っているであります」
「だったら冒険者をやめて今すぐ出てけ!」
「も、申し訳なかったであります」
その言葉で鎧女はギルドを飛び出していく。
他者が介入してもいい話なのだろうか?
少々迷ったが、男に声をかけることにした。
「何があったんだ?」
俺が聞くと男はこちらを見た。
「……見ない顔だな。一つアドバイスしてやる。さっきの女とパーティを組む気ならばやめておけ。あいつは魔物を見ると逃げ出す最悪の臆病者だからな」
「臆病者?」
「ああ、いざ魔物を前に逃げ出すような奴は冒険者にいらないのさ。盾役のあいつが臆病風に吹かれて逃げたせいで陣形が崩れて弓師の男は魔物に囲まれて大怪我を負った」
「もしかして、アンタ。さっきの鎧女とパーティを組んでいたのか?」
「ああそうだ。だがあいつのせいでもめ事が増えて解散しちまったよ。弓師の男の治療費は誰が捻出するんだ。稼げないパーティなら抜けたいってな」
「……ああ、わかったよ。とりあえず注意だけはしておく」
「……ふん、忠告はしてやったからな」
俺は一人カウンターに向かう。
「すみません。登録をお願いします」
「おう」
対応してくれたのは禿げた中年オヤジだった。
「字は書けるか?」
そう言えばどうなんだろう?
会話は自動翻訳されているのか日本語を話している感覚で何故か成立している。ただ、筆記となるとわからない。後で検証してみる必要がありそうだ。
「いいえ」
「そうか。ならばいくつか質問させて貰う。今質問した情報を元にギルドカードを作成するから正直に答えろ」
「ではまず、名前を聞かせて貰おう」
「宇藤頼人です」
「ウトウ・ライトな。で、ライト。神殿の能力鑑定は受けたことがあるか?」
「ないです、初めて聞きました」
「なら自分のジョブもわからないか?」
う~ん……多分、元プロボクサーって答えはおっさんの望むものではないだろう。
「ジョブって何ですか?」
「お前さんよっぽどの田舎の出か?」
「まぁ、そんな所です」
「なら仕方ないな。ジョブは生まれつき与えられるステータス恩恵の一つだ。神殿で調べて貰うことで判明する。神殿ではレベルやステータスなども教えて貰える。いずれ機会があったら調べてみるといいだろう。とりあえず今はステータスも含めて空欄にしておいてやる。魔法は使えるか?」
「えっと、使えないとまずいですか?」
「いや、貴族の出自でもないと使えない。貴族が冒険者になる事例は少ないから冒険者が魔法を使えることは少ないな。依頼斡旋の都合上、形式的に質問しているだけだ。むしろ重要なのは戦闘能力の方だ。得意な武器は何だ?」
「武器は使ったことありません。ただ、拳には自信があります」
「馬鹿いっちゃいけねぇ。喧嘩じゃないんだから魔物相手に素手で敵うわけがないだろう。むしろ素手で殴ったら拳の方が破壊されちまう。つまり得意武器もなしって事だな」
どんどん話が進んでいく。
薬草の知識があるかと聞かれれば無いと答え、鉱物知識があるかと言われれば無いと答え、罠や索敵技術があるかと聞かれれば無いと答え……結局無いとだけ答えているうちに最後の質問まで終わってしまった。
流石に何も出来ないと思われてしまうと不味いのではないだろうか?
俺が不安に思っていることに気づいたのか、おっさんが木の板に文字を書き込む作業をしながら言う。
「まぁ、心配することはねぇよ。神殿で能力鑑定書を貰ってくれれば後で情報に追加できる。知識関連についてはギルドで定期的に開催する講習会を受けてもいい。ただ、作ったギルドカードが空欄ばかりだと最初にパーティ組むのに苦労するかもしれねぇな。っとこれがお前さんのギルドカードだ。受け取れ」
俺はおっさんから木で出来た板を受け取った。表面には名前と『ウッドランク』と記載されており、裏面にはジョブを含め得意武器や薬草知識などの技能を記載する欄があるようだ。また、ステータス数値やレベルを記載する項目もあるようだ。
尤も俺のギルドカードの裏面は全てまっさらなのだが。
情けないやら悲しいやら。見栄えをあげるためにこっそり後で書き加えちゃおうか。
「くれぐれも改竄だけはするなよ。そのギルドカードに使っているインクは特殊な物だから、一発でわかるぞ」
俺の内心を読まれたのかおっさんに忠告された。やだなぁ。実際にやるわけないじゃないか。
「これでとりあえず登録は以上だな。依頼を受けるなら掲示板に貼ってあるから気になるものがあったら持ってくるといい」
冒険者登録が終わって俺は依頼掲示板とやらの前に行ってみた。
張り紙には依頼内容と報酬、そして受注資格が書いてある。
薬草採取には薬草知識五級が必要。
魔物討伐で一番難易度の低いゴブリン討伐も武器技術LV1(種別問わず)が必要。
護衛依頼の歩哨も索敵技術が必要と。戦闘員の方はやはり武器技術が必要だ。
「……あれ? 受けれる依頼無くね?」
俺はさっきのおっさんの所にUターン。
「受けられる依頼無いんだけど」
「……ああ、依頼の大半は朝一番にに持って行かれちまうからな。昼も過ぎれば大体なくなっちまうぞ。今あるのは報酬が相場以下の依頼か常設依頼のどちらかだな」
「へ~、なるほど。じゃあさ。質問を変えるけど、受注資格ってどうやって満たせばいいの?」
「金があるなら神殿で能力鑑定書を貰ってこい。もしくはギルドで講習を受けるんだな。どちらかでお前さんの技能が一定以上として判断されれば技能LVとして記載される。そのLVを後はギルドカードに書き写すだけだ。まぁ焦ることはないぞ。朝一番で来れば何の技術も無くても街中での肉体労働の斡旋くらいならしてやれる」
……と、言ってもなぁ。
多分神殿に能力鑑定書貰いに行っても神さまの話だと俺のステータス多分オールゼロなんだよなぁ。
「さっき質問されて答えたけどあれじゃ駄目なの?」
「ああ、あれはあくまで自己申告だ。依頼によっては資格不問の依頼があるからな。そういったときに参考にする程度で余り意味の無いものと思ってくれ」
「さっきも質問されたけど、俺、多分得意なことないぞ?」
「数値は低くて構わない。自己申告を鵜呑みにするわけにはいかないが、ステータス鑑定書によって詳細なステータスを把握させて貰えるならばこちらから見合った仕事を斡旋してやることも出来る」
……なるほど。証明を出さないと資格不問の掲示板依頼のみで、証明書を出せればギルド員から直接仕事を貰える可能性も出てくるわけか。
ステータスが低くてもいいという話だから、そっちの方がいいか。
……全部ゼロの人はどう判断されるのか楽しみでもある
「わかった。とりあえず神殿に行ってみるよ。ありがとう、おっさん」
俺はおっさんに神殿の場所を教わって冒険者ギルドを後にした。