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第九十四話「輪廻」

7/6 二話目の更新です。


 新たな生を受けた。


 親にはすぐに捨てられた。

 妻と子供を殺し、仲間を置き去りにした罰を与えられた気がした。

 過酷な少年時代を生き抜いた。


 剣はもちろん、魔術もある。


 しかし、決定的に違っていた。

 見たことのない魔物、種族、大陸。


 ここは、前にいた場所とは別世界だった。


 成長すると剣だけ持って、彼女を探し続けた。

 これは自分への罰でもあり、心の底から切望していた。


 剣は振り続けた。

 体が変わっても、俺の剣術が衰える理由にはならない。

 身体能力が下がっただけだ、これからも磨き続ける。

 セリアを探すために、遠く離れすぎた背中を追い続けるために必要なことだと思った。



 いくら歳をとっても孤独に生きた。


 誰かを愛し、愛される資格もない。

 何より、俺は彼女以外を愛せない。

 

 何度も挫けそうになった。

 その度に、俺を包み込む風が背中を押してくれた気がした。


 顔がしわくちゃになるまで生き、最後の瞬間を迎える時に思考したのは一つ。

 ここにセリアはいない。

 早く次の世界を探しにいかなければ。

 すれ違いにならないことを祈り、俺は再び旅立った。




 次に受けた生は、人としてではなかった。


 思考する脳はあるし、腕もある、足もある。

 でも、何だこの羽や尻尾は。

 鬼のような角まで生えている。


 こんなこと、一切考えてなかった。

 生まれ変わるのは全て人としてだと思い込んでいた。


 この世界では魔人と呼ばれる存在だった。


 セリアを探す旅のはずなのに、人や天使との戦争に巻き込まれた。

 

 敵を殺し、地位を確立し、セリアを探す環境を整えた。

 寿命は果てしなく長かった、これは救いなのか、罰なのか。

 セリアがこの世界に舞い降りれば救いだが、一生現れないのならただの罰だ。


 俺の姿形が変わったように、セリアも別物になっている可能性がある。

 魔物になっていることもあるのかもしれない。

 でも、俺には分かると何故か自信を持っていた。

 俺がセリアを間違えるわけない、そう思わないと、この輪廻の旅を耐えれそうになかったのかもしれない。


 結局、数百年の時を生きた。

 無限に感じていた生が終わる瞬間、脳裏によぎったことは同じだった。


 この世界にセリアはいない。


 俺は再び旅立った。




 次は人に戻っていた。

 

 この世界では剣も魔法もなかった。

 襲い掛かってくる魔物もいないし、戦いのない世界。


 科学が発展した世界で、人々は穏やかに働き、暮らしていた。


 旧時代に慣れすぎた俺は馴染めなかった。

 超常現象を引き起こす科学知識を吸収できるほど柔らかい思考をできなかった。

 当然だ、俺は既に何百年も生きている。

 まっさらな子供の脳とは、違うのだ。


 そして何より、適応できない俺は捻くれていた。

 性根は腐っていき、ただの穀潰しになっていた。


 こんな世界にセリアはいないだろう。

 現実逃避からか、そう思った。

 

 初めて、自分で命を絶った。


 




 そこからまた何百年、いや何千年の時を生きたのだろうか。


 様々な世界があった。


 適応できる世界もあれば、馴染めないこともあった。

 ふと後ろを振り返ると、自分が何者か分からなくなっていた。


「俺は、何をしてるんだっけな……」


 深層にあった熱は次第に冷めていき、大事な者達の顔はぼやけ、見えなくなっていった。

 忘れてはいけない気がして、髪を毟って必死に思い出そうとした。

 どれだけ頭を抱えても、もうあの微笑みは、映らなかった。




 ―――数千年後。


 崩れ、朽ち果てた城が見える荒野で、俺は剣を振っていた。


 魂が覚えている、名前も知らぬ剣術を磨いていた。

 ふと、気が付く。


「これに……何の意味があるんだ?」


 魂が体を勝手に動かし、剣を振っていたが。

 別に魔法でいいじゃないか。

 魔物はいないし、人同士の争いしかない。

 俺は人里離れ暮らしていて、戦争に関係することはないが。

 この世界での剣士の力など微々たるものだ。

 

 俺は、何をやってるんだ。


 途端につまらなくなり、俺は握っていたボロボロの剣を放り捨てた。


 荒野に鈍く光る刀身。

 それを見ると、何故か涙腺が緩んだ。

 

「何だよ……」


 荒野に捨てられた剣が可哀想に見えたわけではない。

 とても大事なものを捨ててしまった気がしたのだ。

 

 これは何かを探す為に必要なもので、俺の大切なものだったのではないか。


 多分、そんな気がする。

 俺は今にも折れてしまいそうなボロボロの剣を拾い上げると、剣を振った。

 名前も思い出せない、大事な剣術を。


 剣を振り下ろす風圧か、俺の涙を乾かすように風が吹いた気がした。




 

 俺は、どれだけの時を生きたのだろうか。


 何千年、何万年――。


 曲がりくねった性根のせいか、視界に色はなかった。

 全てがくすんで映り、無色の世界を歩いていた。


 精神は摩擦し、擦り減らし続けていた。

 

 いや、もうズタズタになり、精神に線があるとすれば、千切れている。

 千切れる度に、優しく結んでくれる存在があった。


 この果てしない輪廻の旅は、俺が望めば終わるのは理解していた。

 実際、もう終わりたい、休みたいと何度も思っていた。


 しかし、死の世界で、声が聞こえる。


 『頑張れ』


 その言葉を聞き、俺は再び旅に出る。

 とても大事な、宝物を探す旅に。

 それが何なのかは分からない、物なのか、人なのかも。

 

 結果だけ見れば、あの声は俺を無限地獄に叩き落す囁きなのかもしれない。

 でも、信じないとだめだし、裏切ってはならないと思った。


 しかしもう限界だ。

 またあの温もりが欲しい。

 ちょっとあの声を聞くために、死ぬか。


 


 俺は森の中にいた。

 大樹に寄り添うように背を預け、崩れ落ちていた。

 傍には、貧困した町で拾った剣が落ちている。

 

 生気を感じないのか、魔物に襲われなかった。

 自分で死ぬしかないのか。

 これだけの時を生きても、自分で命を絶つのは嫌悪感があった。

 はぁと吐息し、がっかりすると同時に、影が動いた。


 うねうねと、俺を覆うように黒影が伸び始める。

 

 やっと出た。

 こいつに精神を食われるのは苦しいらしいが、それでいい。

 俺の精神なんて、しゃぶられつくした骨のようなものだ。


 俺は影を一瞥すると、手入れしたこともない長い髪を垂らし、草が生い茂る地面を見た。

 

 何百回と繰り返したであろう死を淡々と待つが。

 その時は訪れなかった。


 ザァーっと風が吹いた。


 これは――自然現象ではない。

 木の枝が揺れ、無色の世界で木の葉が散る。

 

「貴方、何してるの!」


 無の世界に、色がついた。


 俺に怒声を浴びせながら、剣を握り影に立ち向かった女性の背中を、知っていた。

 影達を一瞬で斬り伏せ、背筋をぴんと伸ばし姿勢よく剣を鞘に収める姿を。

 その背中に打ちかかる長い金の髪を、知っていた。

 瞳の色は真紅に染まり変わっていたが、俺は知っていた。


 そうか、俺の探し物は――。

 ――宝物は。


 いまだ崩れ落ち、呆けた俺を見下ろす彼女は、怒りを露に詰め寄ってきた。


「何でこんな所にいるの! 私も人のこと言えないけど、通りかからなかったら死んでたわよ……って」


 俺の瞳を覗き込む彼女、長く伸びた前髪越しに薄ら透けて見える顔立ちは美しい。

 唇が強張り、返事をしないまま硬直した俺を見ると。

 彼女は可愛らしくあごに手をやり、小首を傾げた。


「うーん……もしかしてもう食べられてた? どうしよう……」


 困ったように一人呟く彼女に、俺の頬は自然と綻んだ。

 自分が微笑みを生み出すのは何百年……いや何千年振りだろうか。

 固まっていた表情筋がほぐれ、柔らかくなっていく。


 人間味ある表情に安心したのか、彼女はほっと胸を撫で下ろすと、俺に微笑みを投げかけた。


 次の瞬間、笑みを浮かべる彼女の瞳から、一滴の雫が流れた。

 涙腺が壊れるように、決壊していく。


「あれ……なに、これ……ねぇ、あなた――」


 言葉が詰まり、涙を見せる彼女に、俺は微笑みを絶やさなかった。

 自然と、言葉が浮かんだ。

 記憶にはない、魂が覚えている、彼女の名前を。


「セリア、やっと会えたね」


 その瞬間、世界が歪んだ。

 ぐにゃりと壊れるように俺の意識は別の世界に飛んでいった。




 意識が戻ると、そこは無の世界だった。

 俺の体もない、けど、辺りに美しい輝きを放つ光が、俺を合わせて四つ。


 二つは、よく知っていた。

 俺を優しく包み込んで、いつも果てしない旅路の背中を押してくれた光。


 俺の隣にある光は、俺の宝物だ。

 間違えるはずがない。


 そして、俺達の対面にある一際大きな光。


 それが声を発した。


『アルベル、貴方の愛を他の有象無象と同じだと言ったことは誤りだった』


 アルベル……誰だ?

 でも、俺に語りかけているのだというのは分かった。


『貴方とセリアは果てしない時の流れでも、揺らがなかった。セリアに至っては、理解の及ばない不思議なことです』


 そうだ、セリアだ。

 もう離れたくない。

 やっと会えたのに……。


『心配する必要はありません。もう、貴方達は永遠を共にするといいでしょう』


 嬉しいけど、どこで……。

 この死の世界で、ずっとセリアと居るんだろうか。


『戻りなさい。貴方達の帰りを待つように眠っている存在もありますから』


 そうだ、俺とセリアには、二人の大切なものがあったはずだ。

 俺達は、親だった。


『レイラ、アルベルに何も言ってはなりません。魂の記憶が蘇ると、彼は壊れてしまう』

『そう、分かった』


 いつも俺を見守ってくれていた光、風、声。

 はしゃぐように、少し俺の周囲を舞った。


 よく分からないけど、皆いい人だな。

 俺は何も覚えてないのに、こんなによくしてくれるんだから。


『人間を特別扱いするのは貴方が初めてです。レイラを見守っていたはずなのに、アルベル、私は――』


 大きな光が神々しく輝き、辺りが真っ白になる。

 最後に聞こえた声は、きっと微笑みを作りながら言ってくれた。


『貴方を、愛してしまった』


 世界は消えた。

 違う所に行くんだ、ということだけ分かった。

 それは今までの旅立ちとは違う。


 もう、孤独ではなかった。


 俺は、皆と共に旅立った。




 

 目が覚めると、胸の中に彼女の姿があった。


 俺の大好きな女の子、セリア。

 俺達に外傷はなく、剣も鞘に収められていた。


 すぐに思い出す、災厄と戦ったはずでは。

 まさか、全て夢の出来事だったのか?


 少し身をよじると、左側に掛けていた剣が床にトンと接触した。

 恐る恐る目を見張ると、白桜だった。

 そっと少しだけ剣を抜くと、その刀身は黒く染まっている。

 魔竜の鱗だ。


 顔を上げると、見覚えのある小さな小屋だった。

 ここは、ルクスの迷宮の傍にある休憩所。


 夢ではない。


 これは現実。

 それも過酷な現実ではない。その真逆。


 腕の中には穏やかに眠るセリアがいて……それに。

 この温かい光は。


『起きた?』

「レイラ……」


 俺のせいで死んでしまっていたレイラが、頭上を舞っていた。

 嬉しい、嬉しいが、これは一体……。


 困惑していると、腕の中がもぞりと動いた。

 「ん……」と可愛らしく呻く。

 頬をつんつんと叩くと、次第に目蓋が開かれていった。


 綺麗に染まったエメラルドグリーンの瞳。

 

 焦点が合うように濃くなると、俺を覗いた。


「アル……」


 彼女に名前を呼ばれただけで、俺の瞳に雫が溜まり、決壊する。

 強く抱きしめ、首元に顔を埋める。

 ずっとそうしていた。


 抱きしめる彼女に背中を優しく擦られると、思いの丈を口にする。


「これからは、絶対に守るから」


 もう迷わない。

 彼女に甘えるだけの、言葉だけの男にはならない。

 セリアの弱さも受け止め、共に歩んでいきたい。

 

 例えセリアがどこに行っても、どこまでも追いかける。

 でも、今なら分かる、その必要はないのだと。

 俺が強くなれば、セリアが離れていくことはないんだから。


 セリアの俺を擦っていた手は、いつの間にか抱擁に変わっていた。

 強く、潰れそうなほど抱きしめられる。

 大好きだ。


「もう……離さないで」


 甘えてくれる言葉だった。

 実感する、セリアは、誰よりも強い人間なんかじゃない。

 普通の、女の子だったのにな。


 この日は二人でずっと小屋から出なかった。


 熱いくらいに温もりを分かち合うと、俺達は外に出た。

 子供のように、手を繋ぎながら。

 

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