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好きな子追いかけてたら英雄になってた  作者: エコー
最終章 結末

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第九十話「確認」


 走り続けた。

 船なんて乗らず、海を走り、山脈を抜け、駈け続けた。


 何ヶ月経っただろうか。

 日数なんて数えていない、しかし、これまでの旅と比べると異常な雰囲気で、スピードだった。


 隣に佇むクリストと会話をしたのは数えるほどだろう。

 目的地を告げただけで、そこで何をするか、何も話していない。


 クリストも、何も聞こうとしなかった。

 以前ならばくだらない話を持ちかけて俺を和ませようとする男だが、今は違った。

 

 助かっていた。

 本当に、クリストの存在に助けられていた。


 口を開かなくとも、仲間の、師の大きな器に。

 俺が一人だったら、嫌な仮説、孤独、苦悩、押しつぶされていただろう。


 そして、クリストは俺より睡眠を取らなかった。

 俺の体に限界が来ると、意識が途切れた俺を背負い、走る。

 ありがたかった。


 クリストの協力がなければここまで早く、無事に辿りつけなかっただろう。


 俺は疲労により歪み、傾きがちだった背を精一杯伸ばし、眺めた。

 クリストより遥かに年寄りの大樹が並び、幻想的な世界を構築している。

 ここから先はドラゴ大陸で唯一、魔物がでない。


 精霊王のいる、精霊の森だ。



 俺達は進んだ。

 道もない森の中、木をぬうように歩き、疲弊した足取りのせいでぬかるみに足をとられながらも。

 

 精霊王に確認することが多くある。

 そして、最終的には精霊王の力を借りなければ、状況は打開できないと分かっていた。

 あの神秘的で人間を何とも思っていない存在が動いてくれるか。

 俺には取引する材料もない、頭を下げて頼み込むだけだ。

 もし頼みを聞いてもらえなければ卑怯な手段を取るようなことしかできない。

 熱意だけで、事が済めばいいのだが。



 覚えていた道を歩き、昔と同じ、一部開かれたような空間に出た。

 育ちすぎた大樹の幹で陽が差し込まない空間が、何故か薄く発光していて明るい。

 

 今回も、大樹の傍に築かれた小屋に赴く必要はなかった。

 ぽつりと孤高に聳え立つ大樹と同調するように佇んでいる女性がいた。


 一切変わっていない外見、地面に接触しそうな程伸びた白髪。

 その異常な長さの白髪が目立たないのは首からつま先まで覆っている純白のローブのせいだろう。

 女性は俺達を一瞥すると、怒りを露にするように眉を寄せた。

 会話をしたくないとの意思が垣間見れ、口を強く結んでいる。

 正直俺からすればこの態度でも構わないが、一応声は掛けておいたほうがいい。


「確か、エリサさんでしたか。精霊王と話したいんです」


 淡々と目的を告げる。

 精霊王は俺がここに居ることも分かっていれば、話も聞こえているだろう。

 エリサに話を通す必要はないと思うのだが、精霊王が声を出してくれないならこの人を通すしかない。


 しばらくして、憎らしそうにエリサは強張った唇を少し開いた。


「貴方は既に精霊使いではなく、ただの人間。王と話す資格などありません」


 前に赴いた時は俺が見えていないような空気扱いだったが。

 今回は、辛辣で憎しみさえ感じる。

 きっと、俺を庇ってレイラが死んでしまったせいだ。


 でもこの応答は前と同じ、前も、エリサは取り次いでくれなかった。

 俺達が声を荒げていたら、精霊王が話しかけてくれたのだ。

 仲介人という肩書きで呼ばれているだけの話で、彼女はただここで生活しているだけだ。

 無駄に言い合うことに、意味はない。


「待ちます。お声をいただけるまで」

「……」


 俺は背筋を伸ばしたまま、足が硬質化したように、佇んでいた。


 一時間経っただろうか。

 クリストは睡眠不足のせいか、気付けば傍の大樹に背を預け、瞳を閉じている。

 当然だ、クリストはこの数ヶ月の間、寝ていない。

 待つだけの時間は苦痛だろうし、いくら丈夫でも意識を保つのも限界だろう。


 二時間経った頃、俺も走り続けた旅の代償からか、クリストの隣で座り込んでしまった。


 三時間経った。


 エリサは一歩も動かない。

 まるで時が止まったように、毅然な態度で彫刻のように大樹の前で突っ立っていた。

 もう俺達の存在は空気のように、気にとめることはない。

 

 四時間が経つ頃、嫌でも理解し始めた。

 精霊王は、俺達と会話を交わす気がない。

 きっとここで後百年待っていても、声が掛かることはない。

 

 困る、焦り始める。

 一度とはいえ俺に知識をくれ、レイラを認識できる加護を授けてくれた精霊だ。

 正直、会話くらいはしてくれると思っていた。


 まだスタートラインにすら立てていない。


 人の心を読める精霊王だ。俺が心底対話を願っていることなど分かっているだろう。

 なのに、無視だ。


 自分勝手かもしれないが、苛々し始める。

 絶対に、必要なことなのだ。

 諦めて帰る選択肢は存在しない。


 俺は歯を噛み締めると、立ち上がった。


 腰の鳴神に手をかける、神聖な森の空間に、鞘から剣を引き抜く異音。

 覚悟を示し、振り切るように強く剣を抜くと、ザッと風を切る。


「おい、アルベル……?」


 クリストが瞳を開き、俺を見上げる。

 俺の横顔を見て察したのか、止めようとしたのか立ち上がるが。


 俺はそのまま踏み込み、エリサに向かった。


 エリサが反応する前に、一瞬で目の前に飛び込む。

 分かってる、エリサに戦闘能力はない。

 俺の剣が自分の首元に当てられてると気付くと、たらりと首筋に流れた冷や汗が黒色の刀身に滴る。


 エリサは目を見開くが、口は開かない。

 俺は眉を限界まで寄せたような形相で、心の中で低い声を唱える。


(精霊王、出てこい。こいつを殺すぞ)


 心を読み取れる精霊王にハッタリは通用しない。

 俺は本気だ、本気でこいつを殺そうとしている。


 今の俺はお手本のような悪党だ。

 勝手に会話と協力を要請し、それがかなわないと相手を殺そうとする。

 それも、自分の甘さから生んでしまったこの状況のために。


 セリアの為なら、俺はもう何でもする。

 その行為がどれほど自分に許容し難いものでも、セリアに甘え続けた罰だ。

 とにかく、後で後悔はこれ以上したくない。


 俺がエリサの首筋に当てた鳴神を更に押し付ける。

 彼女の薄い皮膚が裂け、たらりと一筋の血が流れた時。


 声が、聞こえた。


『止めなさい、エリサが死ぬと悲しむ子もいます』


 貴方は悲しくないんですね、と返答したくなるが。

 レイラ以外の精霊はそんなものだし、王なんてもっとだろう。

 俺は剣を収めると、エリサに謝罪もしないまま一歩身を引いた。


「どうしても、頼みたいことがあります。貴方には分かっているでしょうが」

『シェードの空間への転移を望んでいるようですが、今、この場でその願いは叶いません』


 セリアへの道筋が途切れる言葉に頭の芯が痺れ、視界は真っ白になりよろめきそうになる。

 しかし、必死に踏みとどまり、話す。


「貴方に、その力がないと……?」

『いえ、容易な事ですが、だからといって一人の人間を特別扱いすることはできません』


 できる、それが聞けただけで十分だ。

 脅す材料を考える、誠心誠意頭を下げても力を行使してくれないのは分かっている。

 俺が猛悪のイメージを脳内で描いていると、精霊王は続けた。


『貴方がこの森を吹き飛ばそうが、エリサを殺害したとしても考えが変わることはありません』


 ギリッと歯を剥き出す。

 この精霊王に限らず、精霊は嘘を吐かない。

 俺が強く瞳を閉ざし体を震わせていると、精霊王は相変わらず穏やかな声色だったが。

 言葉は説明口調ではなく、俺に語りかけるようだった。


『アルベル。私は中立の立場でありながら、『災厄』よりも貴方(にんげん)達に力を行使しているのです。私の意志とは関係ありませんが、滅びを回避する術は与えています』


「レイラの加護のことでしょうか? 感謝はしてますが、それとこれとは別だと思いますがね」


『それはレイラの為に行ったことであり、貴方を特別扱いしたわけではありません』


「じゃあ……何を……」


 この存在が、何をやったというんだ。

 レイラの事は本当に感謝している、でも俺のせいで死んでしまった。

 しかしそれが滅びを回避する術にはならない。

 レイラがいれば、災厄は襲い掛かってこなかった。

 滅びが俺が死ぬまでに引き伸ばされるだけになるだけだ。


『特に、アルベル。結果的に私は貴方に力を行使しています』

「レイラの件以外、何もされてない――」


 俺が言い終わる前に、精霊王が口を挟んだ。


『貴方の『死にたくない』という願いを聞き、鬼族の元へ転移させたでしょう』


 ぞくっと、背筋が跳ね上がった。

 ライニールとの死闘の末、最後によぎった思い。

 でも、あれはクリストが説明してくれたが、古代の魔術師や精霊使いが作ったものでは。


 ちらりとクリストを見るが、分からないのか首を振った。


『ナディアは貴方に何も言わなかった。真実を知らなくて当然です』


 ナディア?

 首を捻り思考するが、やはり聞き覚えはない。

 しかしクリストが瞬きもせずに目蓋を数倍大きく開いているのを見て、俺ではなく、隣のクリストに投げかけたのだと理解する。


「ナディアって誰……?」

「……闘神の名前だ」


 クリストの師匠で、闘神流の創設者か。

 今思えばクリストから一切名前は出てこなかった。

 そして、千年前に何があったのか。

 クリストも分からないのなら、俺には絶対分からない。


 しかし今は……。


「なら、俺が全て壊してしまったということですか……?」


 あの時は楽観視していた。

 クリストにも言われた、俺が転移を使ったせいで計画を全部ぶち壊したと。

 でも、仕方ないことだと言われて、そうだよねと納得していた。


 心臓が締め付けられる思いに胸を痛めていると、精霊王は首を振るかのように否定した。


『貴方は何故か勘違いしている。転移の件ですが、最初に私は、今、この場ではと言ったでしょう』


 その言葉だけで考えが変わり、目を見開く。

 闇に包まれ見えなかったセリアの背中がほんの少し、薄ら見えた気がした。


 思考していると、精霊王は淡々と言った。


『もとより、回数に制限などありません。アルベル、貴方は特別ではありませんが、守護者を倒し、資格は持っています』


「ルクスの迷宮の、あの部屋でなら、力を貸していただけるのですか」


『貴方の助力をする気がある訳ではありません。ただ、あの場所に限り資格を持つ者だけに、転移という力を行使するだけです』


 見えた、セリアの背中が、完全に。

 辿り着くことはできる、彼女の元へ行くことはできる。

 でも、何で教えようとしてくれなかったんだ。

 何か制約めいたものがあるのは、どことなく察することができるが。


 エリサを人質にとるまで俺達を無視し続ける必要なんてなかっただろうに。


 俺が考えるように少し俯くと、精霊王は俺の心を読み取り、冷徹な言葉を投げかける。


『人間の滅びも、貴方達のちっぽけな愛も、私はどうでもいいのです』


 殺してやろうか、こいつ。

 殺せるわけがないし、殺せてしまうとこれから先困ることになるが。

 純粋に、そう思ってしまった。


「俺のセリアに対する想いが、ちっぽけだと?」


『貴方に限らず、人間とはそういうものです。永久に愛を紡ぐ精霊とは違い、短い生と共に、終わりを迎える。醜いのは短い生の中でさえ、愛を注ぐ対象が移り変わることも多いでしょう』


「俺がセリアを愛する気持ちは永遠に変わらない」


『まだ貴方は長い時を生きていない。時の流れとは、残酷です。人間とは弱れば逃げ、忘れてしまう安易な生き物ですから』


「もういい、もう話すことはない」


 俺が辛辣な言葉を投げかけたところで、へそを曲げて転移させない、なんて存在じゃないだろう。

 セリアへの気持ちを馬鹿にする奴に、媚びへつらう精神は持ち合わせていない。

 しかしここまで苛立つのは、この状況を作り出しているのはお前のせいだと言われてる気がするからだろうか。

 それはその通りだから、そこを突かれれば反論できない。

 逃げるように背を向けようと足を少し動かすが、止めた。

 

 話すことはないと言っておきながら一つだけ。

 世界を知り尽くしているこの存在に聞きたいことがあった。

 仮説は立てている、しかし、確証が欲しい。

 

 精霊王からすれば、いや、俺とセリア以外の人々からすれば何の意味もない行動だ。

 でも、俺にとっては必要なことだった。

 精霊王は俺が口を開く前に、言った。


『貴方の推測通り、セリアの魂を支配しているのは歴とした闇魔術です』


 最後の未来が少し照らされると共に、外れていて欲しいと願う事があった。

 心の底から、すがるような想い。

 

 人間の、魂がある場所は。

 俺がいつも闘気を感じ、引き出している場所は。


『はい、間違いありません。貴方の考えを実行すれば、望み通りの結果になるでしょう』

「そう、ですか……」


 もう、背を向けた。

 本当に、話すことはなくなった。


 礼も言わず、俺は再び広大な森を歩き出した。

 クリストが俺の背中に続く、やはり何も言わない。

 でも森を出ると一つだけ、聞いてきた。


「アルベル、次はどこに行くんだ……?」


 話を聞いていて大体読めたのか、クリストは恐る恐るといった様子だった。

 俺の心は迷いっぱなしだ。

 しかし、そんな自分を断ち切るように、口調だけは強く言った。


「まずは、付近の町に行く」

「……分かった」


 どの程度出回っているかは分からない。

 でも、あの大量の希少な鱗は、この短い期間では消費しきれないだろう。


 絶対に、必要だった。

   

 魔術を弾く、魔竜の鱗が。


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