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第八十八話「死闘の結末」

本日二話目の更新です。


 流帝とローラの助太刀から、状況は飛躍的に変わった。

 いい方向に。


 流帝と俺がメインで攻撃し、ローラがサポートする。

 かわしきれないと何度斬られる覚悟を固めたか分からない。

 俺の皮膚に災厄の剣が届く前に、ローラが合いの手のように剣を差し込む。

 その度にローラが「くっ……」苦痛に呻く。

 限界がくるのも時間の問題だろう。


 しかしローラが剣を握れなくなる前に、戻ってくるはずの仲間がいる。


 横目で確認する余裕もないが、クリストは治療を受けているはずだ。

 あんな傷で動き回れるタフな男で、そういう魔族だ。

 破損箇所が修復されれば、絶対に再び剣を振るだろう。


 クリストが治療されているということは、セリアも大丈夫だ。

 俺の大好きなあの女の子は、こんな状況で止まっている子じゃない。

 眠る意識なんて殴り飛ばし、強引に戻ってくるはずだ。


 流帝は傷一つ負っていない。

 これは、流帝の技が大きかった。

 流水流の技は、一対多の戦いにおいて絶大な効果を発揮していた。


 災厄の剣を受け流し、その度に災厄の体は姿勢を崩すように傾く。

 さっきまでの戦いと違い、災厄に若干の隙ができるのだ。

 その間を見逃さず、俺は剣を振り続ける。


 しかし、通らない。

 ギリギリのところで回避される。

 それでもいい、防戦一方から拮抗した戦況になっていた。


 大体、災厄に多少傷を負わした程度で勝てるとは思わない。


 致命的な一撃。

 逃げる間もなく、一瞬で命を断ち切るような一撃じゃないと意味がない。

 それは、首を飛ばすこと。

 クリストから千年前の戦いの決着は聞いた。


 『闘神』が首を飛ばしたと。


 こいつは心臓を潰すだけじゃだめだ。

 イゴルさんの体でも、もう人の体ではないのだ。

 底なしに感じる闘気を身に纏っても負荷がない異常な肉体。

 今は精闘気を纏っているから関係ないかもしれないが、これが精闘気じゃなくても耐えれるのだろう。

 

 手傷は必要ない、最初で最後の攻撃で首を刎ねるべきだ。

 流帝もそれは分かっているのか、全ての攻撃が首筋に向かっていた。


 敵は闇に染まり、災厄の浮かべる表情は見えないが。

 多分、焦っている。

 圧倒していた状況から拮抗した戦いになり、さすがに馬鹿でもこの後の展開は読める。


 新たに加わった二人、俺を合わせて三人。

 この三人を、殺すことができないのだ。


 クリストとセリアが戻ってきたら、勝てる。


 もしかしたらもうすぐレオン達やアストも来るかもしれない。

 いける、最悪殺せなくとも、退けることはできる。

 

 心に油断が生じるわけではないが、余裕はできた。

 切羽詰って剣を振るより、よっぽどマシだ。

 

「待たせた――!」


 クリストの声と同時に、キィンと激しく剣が交差する音が響く。

 気だるそうな顔は隠せないが、その強さは健在だ。

 血を拭ってないのでぱっと見は死に体だが、恐らくもう傷はない。

 

 笑う、とはいえないほどだが俺は強張り固まっていた唇を少し柔らげた。

 すぐに集中するように歯を強く噛み、剣を振った。


「チッ……」


 表情も見えない災厄だが、憎らしそうに舌を打つ音が聞こえた。

 俺の想像通りの表情を浮かべているのだろう。


 クリストの登場により、更に戦況が動いた。

 俺達の剣は、次第に災厄の皮膚を掠めるようになる。

 動きは一切鈍らないし、傷をつけている実感は湧かない。


 しかし、黒い闘気に包まれた黒い飛沫が飛ぶのが分かる。

 俺の鳴神、刀身の先はべったりとしたどす黒い血液で濡れている。

 

 負けない、いける、勝てる、殺せる――!


 息を吐く暇もなければ、吸うこともない。

 止まらない剣戟が、鳴り響く金属音が、俺達を包み込む。

 

 そして唐突に現れ、決着を決めたのは。


 セリアだった。


 もう間に入る必要もなくなり、いや、入れなくなったローラと入れ替わるように。

 セリアは俺の横を颯爽と抜けていった。


 突撃の突風で、俺の髪がばさっと揺れる。

 俺達が繰り出す高速の連撃に割って入る。

 

 視界の端で捉えたセリアの金髪が揺れたのと同時だった。

 災厄の貧相な剣の横腹に、砕くように風鬼を振り払った。

 

 ギィンと音がなり、破片が舞う。

 災厄の銘もない剣が、ただの鉄くずになる。

 

 俺はもう、剣を振ろうとしなかった。

 災厄の姿勢は崩れ、どんな行動を取ろうが俺とクリスト、流帝が拾い、止めを刺せる。

 見守るように、彼女の哀愁漂う背中を見た。

 思考したのは一瞬。


 今、セリアはどんな気持ちなんだろうか。

 辛いだろう、悲しいだろう。苦しいだろう。

 大好きな父親を乗っ取られ、殺す選択しかとれないことに。

 久しぶりに見た父親と殺し合うことしかできないことに。

 自分で片をつけるのがけじめだと思ってるその真っ直ぐな心は、今は悲しみを生む足枷だろうか。

 でも、俺の大好きな女の子はこんな時、迷わないのだろう。


 セリアの剣が災厄の首元に侵入するのが映る。

 瞬きの後には、きっともう決着している。

 俺は師匠の死から目を背けるように。ずっと見開いたままで乾ききった瞳を休めるように。

 一度だけ、瞬きした。


 それはコンマ何秒という一刻。


 開いた瞬間、脳内で描いていた光景は広がっていなかった。

 目の前を凝視し、俺は勘違いしていたのだと深く後悔する。


 セリアの剣は災厄の首を通過することなく、途中で止まっていた。

 半分しか通ってない。

 後少し力を入れるだけで、いとも簡単に飛んでいくだろうに。


 災厄は逃げ、消える。

 そう思考すると同時に、激しく血を噴出しながら災厄は距離を取った。

 何故……いや、そんなことよりも。


 俺に背中を見せるセリアの顔は見えない。

 しかし体は小刻みに震えていた。

 子供が何かを怖がるように。


「ご、ごめんなさい……」


 細く震え、泣き出しそうな声はセリアの口からでたもの。

 セリアの震える身体以外、俺の視界に映るものは動かない。

 俺達は呆然とし、硬直してしまっていた。


 また俺は、セリアの抱える気持ちや弱さに気付いてあげれなかったのか。

 セリアは迷うこともあれば、深く傷付くこともあるし、涙を見せる時もある。

 大好きだった父親の首を落とすのに、躊躇がないはずがないのに。


 分かると、後悔した。

 酷い男だ、俺は。

 俺は逃げていた。

 思考することを、実行することを。


 『セリアは迷わない、むしろ自分で片をつけたいはずだ』


 そんな訳がない。

 俺はセリアの強く、正義感に溢れる真っ直ぐな心に甘えていた。

 セリアの気持ちを尊重するフリをするように、現実から目を背けていた。

 

 俺の、役割だったのだ。

 セリアの代わりに、イゴルさんの首を落とすのは。

 愛しているセリアに父殺しの枷を背負わせることもない。

 俺が決着をつければ、セリアは絶対に納得してくれた。

 アルが終わらせてくれたのならと、ありがとうと言ってくれたはずだ。


 俺の横を抜けるセリアの背中を見て、一緒に剣を振らなかったことに後悔した。

 風鬼は肉を裂き、首の半分まで通っていた。

 俺はこんな時の為に、共に剣を振る為に、セリアの背中を追いかけ、腕を磨き旅をしてきたのに。


 セリアの届かなかったもう半分は、俺の役割だった。


 もう災厄は消えていなくなるのだろう。

 あの一瞬の間、逃げる隙もなく首を刎ねられるのは、あの一瞬だけだった。

 俺のせいでその絶好の機会を逃してしまった。


 俺は項垂れるように災厄に目をやると、首から激しく黒に染まった血を噴出している。

 普通の人間なら、もう既に死んでいる。

 しかし災厄はよろめくわけでも、痛みに悶えることもない。

 

 何故逃げないのか、消えていなくなるのが当然だと思っていた俺達は警戒だけにとどめ、追撃しなかった。

 流帝はもう勝負は決まったと、剣を収めようとする素振りさえ見せていた。

 それを一番、後悔することになった。


「予定は変わったが……しかた、ない」


 吐血しながら、ぎこちない口調で言ったのは災厄だった。

 有り得ないと思ったのは、言い終わると同時に災厄を覆っていた黒の精闘気が、消えた。


 闇に覆われていたイゴルさんの顔と金髪も晒され、鮮明に映る。

 首元から噴出す漆黒の鮮血も、赤く見えた。


 脳が空白になり、ただ意味もなく剣を構えていると、呻いたのはセリアだった。


「え……」


 びくんと一度体を跳ね上げ、不安からか振り返り、俺を見た。

 その声は弱々しく、ただの女の子にしか聞こえない。

 

「セリ、ア……?」


 殴られたわけでも、斬られて傷を負ったわけでもない。

 でも何故か、セリアが征服され、汚されている気がした。

 

 え、え、え――。


 一つの最悪な想像が頭によぎる。

 考えなかったことがないわけではない。

 意味がない行動だと、思っていただけだ。


 強靭な肉体に作り変えた体を捨て。

 自らより弱い体に、乗り換える意味なんて、ない。

 

 しかし、これは。


 最愛の人から、最後に聞いた声は、ただの女の子の。

 すがるように、頼るように。

 俺を呼ぶ、声だった。


「アル――――て」


 言葉をこぼし、最後しか声にならなかったセリアと同時に。

 セリアの体ごしに見えていた災厄、いや、『イゴルさん』が前からばたりと、倒れた。

 その傷で死んだように、開放されるかのように。


 そして、俺の目の前にいる女の子は。

 色鮮やかなエメラルドグリーンの双眸が、濁っていた気がした。

 

 真っ先に動いたのは、流帝だった。

 強く剣を握りしめ、振りかざそうとする冷酷な剣の矛先を直感で理解した。


 俺の脳は思考を止め、間に入るように鳴神を合わせた。

 俺の剣を流すことはせず、流帝は怒りを露にするように力任せに自分の剣を更に押し付ける。


 わけもわからず、苦悶の表情と共に怒鳴り散らす。


「なにを――!」

「どきなさい!!」


 俺の声量をかき消しながら、耳を貫くような怒鳴り声で返される。

 その面持ちはいつも穏やかなものではなく、敵意を感じる冷酷な瞳で凄む。


 その表情に似合うとてつもない力で、俺の剣は弾かれそうになる。

 負ける――。

 しかし、考えたくもない先の状況はやってこなかった。


「ガハッ!」


 クリストが必死の形相で流帝の腹を蹴り飛ばした。

 その威力は軽いものではなく、手加減なしに意識を刈り取るような、本気の蹴り。

 

「お母様!?」


 ローラが焦り声を上げながら、首をだらりとさげ崩れた流帝に駆け寄った。

 

 クリストに感謝するわけでもなく、お互い状況が理解できないと一瞬だけ、顔を合わせた。

 その瞬間だった。


 俺の腹に、異物があった。


「え……」

「は……?」


 クリストの眉が吊り上り、驚きからか唇をゆっくり開き大きく開口すると、固まった。

 クリストが呆然とする視線の先を、俺も見た。

 

 俺の腹から、剣が生えていた。

 突き出た刀身は俺の血で真っ赤に染まっている。

 血に染まろうが、刀身しか見えてなかろうが、俺には分かった。


 この剣は、風鬼だ。


 痛みも忘れ、俺はゆっくりと顔を振り向けた。

 そこにあったのは。


 俺の大好きな女の子の顔で、口元を歪め、彼女の存在を破壊していた。

 愉快だといわんばかりに、俺の腹を突き刺している剣を弄んでいる。

 その剣を突き刺したまま、俺を真っ二つに引き裂こうと腕を動かした。


 俺の腹が縦に裂け始める、このまま脳天まで裂かれるのだろうか。

 豆腐のように俺の腹を裂く風鬼の感触に、身をよじることもできなかった。


「いや、違うな……」


 セリアの凛とした声だが、悪意に満ち、彼女に出せる限界の低い声が響く。


 剣は胸に届く前に止まり、引き抜かれた。

 俺の全身は血に染まり、周囲を汚し、血の海を作る。

 

「アルベル!!」


 なりふり構わず剣を放り投げ俺を両腕で抱えるクリスト。

 エル達も駆け寄り、俺を仰向けにして治癒魔術を詠唱する。

 ランドルとフィオレは、剣を構えて警戒するように『セリア』と対峙していた。

 その横顔は悲しみ、困惑するような顔だが。


 なんで、そんな目をするんだ。


 セリアを、敵を見るような目で。

 いくらランドルとフィオレといえ、許されるわけないだろう。


 朦朧とする意識の中、二人に言ってやらないと、そう思った。

 俺が口を開く前に、声を出したのは『セリア』だった。


「貴様は生きるがいい。消耗し、憔悴し、苦悩し、残りの生を過ごすがいい。貴様の命が散る時、俺は再びこの世界に戻ってこよう。その際は貴様の身内からにしよう。あぁ、楽しみだ。それにしても……この体は貧弱だが、高揚する。これが闘神の体か」


 普段の彼女からは有り得ないほど長く言葉を吐き、剣を鞘に戻す。

 自分の体を確かめるように両手を広げ、細い指先をゴキゴキと動かす。

 

 最後に『セリア』は俺を見た。

 瀕死の重体を嘲笑うかのように俺を見下ろし、唇を歪めていた。

 エメラルドグリーンの瞳は完全に黒く染まり、闇夜を照らすことはなかった。


 鼻で笑い俺から目を背けると『セリア』は消えた。

 唐突に、俺のいるこの世界から消えた。

 目の前に広がるのは血に染まった赤い世界だけ。


 ぶつりと切断される意識の直前。

 俺は現実から逃避するように、口を開こうとした。

 しかし、唇はわずかにしか動かない。

 もうそんな力も残ってなかった。


 からっぽになった心に唯一湧いた気持ちは。


 セリア、なんで、そんな目で俺を見るんだ。

 なんで、俺のことを、貴様なんて。

 


 俺の意識は限界を迎えたのか。

 理解することを拒絶し、逃げたのか。

 もしくは、死んだのか。

 ぶつりと、切れた。


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