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第八十六話「始まり」


 レオン達と再会した数日後。

 普段通り、庭で稽古に取り組む風景が広がっているが。


 おかしな事があった。


 エルが傍らに座り込み、のんびりと眺めている中。

 俺とランドルとフィオレは三人で素振りしていた。

 会話もなく、各々真剣に剣を振っている。

 

 俺とセリアはクリストに稽古をつけてもらうのがメインだ。

 さすがに二対一だとクリストとはいえいい勝負にはならない。

 勝ってしまうので、交代制だ。


 今は、クリストとセリアの時間だった。


 ふと横目に映ったセリアを見て、俺は規則正しく振っていた剣を止め、だらんとぶら下げてしまった。

 

「うっ……」


 セリアが苦い表情でクリストの剣を受けている。

 これはかなり、おかしいことだった。

 クリストが全開で闘気を纏えば、それは誰もが苦痛の表情を浮かべるだろうが。

 稽古でそんなたいそうな闘気を纏うことはない。


 つまり、いくらクリストが強いとはいえ一方的になることはないのだ。


 しかし今は、セリアは防戦一方だった。

 必死に捌いているが、次第に俺の目にもはっきりと隙が見えてくる。

 クリストはそんなセリアの隙に、剣を握っている手を蹴り飛ばした。

  

 セリアの風鬼は遥か上空まで飛んでいき、宙で激しく円を描く。

 風鬼が地面に落下する前より先に、セリアが膝をついた。


 は?


 俺はセリアの代わりに落下してくる風鬼を掴み取ると、すぐに駆け寄った。

 

 そんなに激しい稽古でもなかったのに、額から止めどなく汗が滴っている。

 俺が肩を抱くように支えると、クリストは重々しい面で腕を組んでいた。


「セリア、どうした。おかしいぞ」


 そんなの分かってる。

 どう見ても具合が悪いようにしか見えない。

 セリアが稽古に怠けていたりするわけがない。

 

 ――もしかして、病気か?


 ぞっと一瞬背筋を震わせ、恐る恐る口を開いた。


「セリア、具合悪い? もしかして、病気に掛かったんじゃ……」


 災厄との戦い前とか、そんなのはどうでもいい。

 ただ、心配だ。

 もし治らない病気だったらどうしようとか、そんな思いでいっぱいだ。


「ううん、何でもないの。気が抜けてただけよ」


 そんな風には、一切見えない。

 セリアが剣を振ってる最中に気を抜いていたところなんて見たことがない。

 それにクリストも俺と同意見だった。


「セリア、今日急に体調が悪くなったわけじゃないだろ。数日前から、少しずつだ」

「は? そうなの?」

「あぁ、お前はセリアと剣を合わせてないから分からないかもしれないが、違和感は感じてた。早く止めとくべきだったな」

「セリア、何で言わなかったんだよ。病気かもしれないし、すぐに母さんに見てもらわないと」


 俺は風鬼を地に置いたまま、左手を作ってセリアをお姫様のように抱いた。

 皆心配してついてこようとしたが、クリストが「任せるぞ」とランドルとフィオレの相手をしにいった。

 冷たく感じるかもしれないが、今は切羽詰っている。

 少しでも強くならないといけないのだ。

 クリストがセリアにどれほどの違和感を感じていたかは分からないが、稽古を続けていたのもそんな理由からだろう。


 エルだけ心配そうについてくる。

 エルも母と一緒に診療所で働いていたし、病気には詳しいだろうか。


「アル、本当に大丈夫よ、自分で歩けるから」

「だめだよ。エル、病気かな……?」


 母の元まで走り出したい気持ちを押さえ、エルに聞く。

 

「多分、違うと思うけど……」

「でもおかしすぎるよ。セリアは風邪もひいたことなかったのに」

「何となく想像できるけど……お母さんに聞くのが確実だと思うよ」


 想像できる? 何を?

 嫌な予感がざわざわと頭に渦巻きながらも、家の中に入った。


 リビングに行くと、抱きかかえられたセリアを見てエリシアとルルが慌てふためく。


「セリアちゃん!? どうしたの!?」


 顔色が悪いセリアを見て察したのか、すぐに椅子に腰掛けさせ、診察を始める。

 額に手をやり、瞳をじーっと覗いたり、頬を撫でたり……。

 病人を診察しているようには見えないが。


 するとエリシアは「あらぁ」とぱっと目を輝かせた。

 ルルも安心したように、何故か満足気だ。

 

 ん……?


「お母さん、やっぱり?」

「話を聞いてみないと分からないけどー、多分ねぇ」

「病気じゃないの? セリアは大丈夫なの?」


 エルとエリシアは通じ合ったように会話を噛みあわせている。

 分かってるなら、俺も早く安心させてほしい。


「アルー、ちょっとセリアちゃんと話すからー、出ていってちょうだいー」

「嫌だよ。俺も聞くよ」

「お兄ちゃん、早くして」

「……」


 俺を溺愛しているはずの二人から、有無を言わさず出て行けと。

 助けを求めるようにルルに視線をやるが、「ダメです」と首を振る。

 口を閉ざしされるがままのセリアを見るも、俺の顔を見て頷いた。


 全員から、出て行けと。


 最愛の嫁の体調について、教えてもらえないだと……。

 俺は足を止めていて、出て行く気はさらさらなかったのだが。

 女性陣からの冷たい視線を浴び、恐怖から自然とリビングの外に出た。


 

 皆の様子から、酷い病気だったりする気配はなさそうだった。

 もしかしたら女の子特有で、男には聞かせにくい話なのかもしれない。


 だが「分かった、後で教えてよね」なんて大人になることはできなかった。


 リビングから出た瞬間、壁に張り付きまるで泥棒のように聞き耳を立てる。

 瞳を閉ざす。脳内に描いたイメージは、置物。

 音を拾うことだけに意識を集中するだけの存在。


 聴覚以外の感覚は全て閉ざしていた。


 肩を叩かれたことにも気付かない。

 とんとんと、何度も叩かれているが、今の俺は返事することはできない。

 だって俺は今、音を拾うだけの置物なのだから。


「お兄ちゃん!!」


 耳元で怒鳴られたことにより、俺は人間に戻った。

 エルが眉間にこれ以上ないほどしわを寄せ、握った拳をぷるぷると震わせている。

 可愛い顔が台無しだ。


 言いたいことは分かってる。

 これが双子の妹じゃなくとも、伝わるだろう。

 

 俺は半泣きになりながらも、背を向けて立ち去った。

 背中ごしに、ガシャンと乱暴にリビングの扉が閉まる音が響く。

 

 俺は一度、外に出る。


 クリスト達が玄関から出た俺に気付き、セリアの状況を知りたいのか視線が集まった。

 俺はクリスト達に報告することはなく、瞳を閉ざした。


 今度のイメージは、空気。

 

 人生史上最大に気配を消し、再び自宅へ侵入した。

 俺が悪人だったら大変なことになってるぞと。

 馬鹿な事を考えながらも、閉ざされたリビングの扉へ近付いた。


 耳を当て、皆の声を拾う。


 最初はぼそぼそ聞こえるだけでよく聞き取れなかったが次第に集中していき、声を鮮明に拾っていった。


「アルには、まだ言わないで欲しいの」


 セリアの声だと分かると、俺は動揺を隠せない。

 俺に内緒にする事だと……しかも、自分の体のことで。

 もしかしたら、本当にやばい病気なのではないか。

 

 心臓がバクバクと今にも爆発しそうなほど波打つ。


「お兄ちゃんきっと喜ぶよ。言わないとだめだよ」

「もうすぐ戦いがあるのに心配させたくないの。全部終わったら言うから」


 ん……俺が喜ぶ?

 心配する?

 

 一体、何が――。


「隠すのは無理じゃないかしらぁ、すぐにお腹も目立つようになるしー……アルなら二人共守ってくれるわよー」

「セリアお姉ちゃん、嬉しいんでしょ?」


 ま、まさか。


「もちろんよ。ずっとアルの赤ちゃん、欲しかったし――」

「ええええええ!!?」


 大絶叫しながら、勢いあまってリビングの扉を壊しながら中へ突入する。

 

 飛んでいったドアノブはもうないが、扉を開いたポーズのまま。

 絶叫した口をぱかっと大きく開いたまま、固まる。

 

 セリアも「えっ!?」と振り向き、俺の顔を見て目を見開き、唇を少し開け、固まる。


 お互い硬直し、時間が止まった。

 いや、俺達が止まっているだけで周りは動いている。

 これは、現実。


 俺は消えるようにセリアの前に移動すると、至近距離で椅子を近づけ、対面に座った。

 強引に彼女の手を取り、狂喜乱舞。


「男の子かな! 女の子かな! やっぱり剣術教える? あぁ、名前も考えないと!」


 いまだ驚いた表情のセリアを他所に、一人盛り上がる。

 子供か……。

 まさか、自分が父親になる日がこようとは。

 正直、まだ先だと思っていたのだ。

 何ヶ月か前から戦いが近いと分かり、セルビアに近付く頃にはそういう事は控えていた。

 俺がレイラの助けを失い、セリアが一緒に戦うことを強く望んだからだ。

 まぁ、最初の頃は情けないことに欲を抑えられなかったのだが。


 いや、それにしてもマザコンの俺が。

 前世で家族に恵まれなかった俺が。

 

 もう、父親なのだ。


 子供は女の子だったらセリアに似て可愛くなればいいな。

 男の子だとしてもセリアの血を引いているとなれば美形は間違いない、モテモテになるだろうな。

 

 顔は全部セリアに似てくれればいい。

 剣術は……いや、剣術の才能もセリアの方がいいか?

 いや、俺とセリアを掛け合わせて、最強だ。


 もちろん子供に強引に剣術を教えるつもりはない。

 望んだら、というだけの話だ。


 ふと我に返ると、セリアはまだ困っていた。

 何だ、この温度差は。


「セリア、嬉しくないの? 子供だよ、俺達の」

「嬉しいに決まってるじゃない。でもアル、もうすぐ戦いがあるのに」

「大丈夫だよ。セリアの分も俺が頑張るから」

「そう言うと思ったの。私も戦うから」

「だめだめだめ。絶対だめ。それだけは許さない」

「嫌よ。私にも戦う理由はたくさんあるし、アルに何かあったらどうするの」

「俺は大丈夫だし、何かあったら困るのはセリアでしょ。セリアが傷つかなくても、激しい戦闘で子供に何かあったらどうするのさ」

「私達の子供だったら丈夫だし大丈夫よ」

「赤ちゃんはそんなに丈夫じゃないって……」


 なかなか折り合いがつかない。

 子供ができて夫婦として嬉しいはずなのに、俺達は次第に声を荒げ始める。

 家族の静止も振り切り、俺とセリアは止まる気配がなかった。


「大体、俺は大丈夫って何よ。私は必要ないってこと?」

「そんな事言ってないだろ。俺は当たり前の事を言ってるんだよ」

「私がアルのこと心配してるのが、分からないの?」

「俺は二人を心配してるんだよ。分かってくれてないのはセリアだろ」

「そんなの……分かってるうえで言ってるのよ……」


 セリアが立ち上がると、彼女の拳が燃えるように青く光った。

 

 ――ちょっと待て。


 俺も焦りながら立ち上がり、口を開いてしどろもどろ。


「セ、セリア。あんまり動いたらお腹の子が……」

「うるさい!」


 急いで腹に闘気を集中させるが、セリアの拳が俺の腹に埋まった。

 俺の体は飛び、背中に闘気を集中させるがセリアの拳の勢いは凄く、部屋の石壁を抉った。

 石の破壊音と共に俺は尻から崩れ落ちる。


 夫婦喧嘩にもなってない一方的な暴力に、ぽかんと家族が呆然としている。


 当人のセリアといえば、俺を見下ろすように腰に手を当て、威圧を放っている。

 普段ならば、そもそもこんな状態になっていない。

 俺達が意見を違えることなんてないし、ましてやセリアに逆らうこともない。

 

 しかし、今回に限っては『ご、ごめん。セリアの好きにしてくれ、セリアの言う通りだったよ』……絶対に言えない。


 例えもう一度、いや何度殴られようともだ。


 俺がまだ説得しようと歯を噛み締めていると、騒ぎを聞きつけた外で稽古をしていた三人組がばたばたと現れる。


 「「は?」」と全員でこの状況を見て固まっている。

 俺が立ち上がると、エリシアとエルが困ったようにクリストに事情を話し始める。


 その間も、俺とセリアは目を逸らしたら負けだと、バチバチと火花を散らせていた。


 しばらくしてクリストが溜息を吐くと、言った。


「とにかく、座れ。セリアも闘気は抑えろ」


 クリストが凄むと、渋々といった様子でセリアの凶暴な拳は、すらっと長い美しい指先に戻った。

 俺とセリアを隣り合わせに強引に座らせると、クリストは尋問するかのように対面に座る。

 俺達三人以外は全員困ったように立ち尽くしていた。


「初めて揉めてるの見てびっくりしたら、その理由が子供って、馬鹿じゃないのかお前ら」

「だって……」「でも……」


 夫婦で同時に口ごもるが。

 クリストが「言い訳をするな」と切り捨てると、俺達は黙り込んだ。


「よく聞け。まずはアルベルだ」

「は、はい」

「セリアがお前の事を心配してて、災厄との戦いにセリアの力が必要なのも分かってるだろ?」

「そりゃ分かってるけど、これはそんな単純な話じゃ――」

「うるさい。聞いておいてなんだが、ちょっと黙ってろ」


 本当に言葉の通り、滅茶苦茶な言い分だ。

 俺に言いたいことはそれだけだったのか、クリストはセリアに視線を移した。


「セリア、次はお前だ」

「……」


 セリアは目蓋を強く閉ざし、険しい顔で黙り込んでいる。

 その態度にクリストは片手で頭を抱えて、もう何度目か分からない溜息を吐いた。


「今日俺と稽古したんだから、自分で分かってるだろ?」

「足手まといって?」

「そこまで言ってない。ただ、今以上に酷くなったらその通りだ。足を引っ張ってまでせっかく出来た子供を危険に晒すのか?」

「そんな訳ないでしょ……」

「そうだろ。エリシア、妊娠してどれくらいなんだ?」


 俺が聞いてない間に結構詳しくセリアと話していたのか。

 エリシアは少し考える仕草を見せると、答えた。


「多分、二ヶ月ぐらいだから、まだしばらくは今より辛くなるだけだと思うけど……」


 その返答にクリストは頷くと、続けた。


「災厄との戦闘が近日中じゃなかったら、戦うことは許さない。約束できるか? できないなら、剣を取り上げる」


 意外だった。

 クリストは俺達が子供を作ったことに、困ると思っていたのだ。

 俺が精闘気を失ってから戦力について神経質になっていたようだし。

 

 セリアもそんなクリストを知っているからこそ、伝わったのか。

 

「……分かったわ」


 素直に、頷いた。

 俺もようやくほっと胸を撫で下ろす。

 俺とセリアとの間に出来た壁はまだ存在しているが、一安心だ。

 家の壁は壊れたけどな。

 後、俺の腹も少々。


「セリア、機嫌直せよ。アルベルがお前に歯向かうなんて、よっぽどお前と子供を心配してるって分かるだろ」


 旦那として情けなくなるような言葉だが。

 その通りなのだ。本当に。

 セリアがちらりと不安気な顔で俺を見た。

 少し上目遣いで、可愛い。

 さっき俺ごと壁を破壊した女の子にはとても見えない。


 そして俺が自然と擦ってしまっていた腹に視線を移した。

 

「アル、その……ごめんね?」

「ううん、愛の拳なら痛くないさ……」


 めちゃくちゃ痛いに決まっている。

 治癒魔術を掛けようとするエルを「大丈夫」と静止して、陽気な表情を浮かべる。

 『ほんとに、むしろ気持ちいいぐらいだったね』と言いたげな態度を取っているが。


 後で、こっそりエルの部屋にいって治療してもらおう。

 エルなら皆に内緒で治してくれるだろう。

 最後まで強がれよとも思うが、災厄との戦闘の際、セリアに殴られた腹のせいで負けたら笑えない。

 

 俺とセリアの表情が柔らかくなっていくと、いつものラブラブな雰囲気に戻る。

 良かった、違うベッドで眠るような悲しい夫婦にならなくて済んだ。


「師匠、セリアさん、おめでとうございます!」


 フィオレが自分のことのように嬉しげに大声を出すと、続いて皆からも祝福の声が上がる。

 ランドルですら「良かったな」と言い、表情が優しげだ。

 うん、これが当然なのだ。


 セリアも喧嘩前とはうってかわり、自分のお腹を擦って幸せそうだ。

 お互いを心配していただけで、子供ができて嬉しいのはやっぱり同じだ。

 

「クリストは怒るかもしれないと思ってたよ」


 軽く言うと「はぁ!?」とクリストはまた厳しい表情になり、怒る。


「そんな冷たい人間じゃないぞ。こんな状況でもお前らに子供が出来たら俺も嬉しいに決まってるだろ」

「そ、そうだよね……ごめん」


 災厄に狙われてるのに子供作るような行為をして、気が抜けてるぞ。と言われることはなかった。

 根は優しいクリストなんだから、当然か。

 かなり失礼な事を言ったと、反省、後悔。




 その日は女子グループに気合が入り、手の込んだ料理がたくさん並んだ。

 フィオレがキッチンの一部を破壊してしまったのはおいておく。


 セリアはあまり食欲がなかったようだが、楽しそうだった。

 



 その日の晩、喧嘩した後とは思えないほど密着し、二人でベッドに横になった。

 許可を得ずに、セリアのお腹をさっと擦ってしまうと「きゃ」と可愛い声が上がる。


「あ、ごめんね」

「ううん、驚いただけよ。二人の子供なんだから当然よね」


 セリアが優しく俺の腕を取ると、自分の腹に再び俺の手を導いてくれる。

 さすがに感触で子供の存在を感じ取ることはできないが、幸せな気持ちにはなる。


「ねぇ、セリアは子供が生まれたら剣術教えたいと思うの?」

「うーん、どうかしら。剣術は無理やりしても意味ないから、本人次第ね」

「そっか。そうだよね」

「アルは剣術教えたいの?」


 俺もセリアと同じで、無理強いするつもりは一切ない。

 幸せに暮らしてくれたらと、それだけの思いしかない。


 でも、俺の宝物を知って欲しいと思う気持ちはあるかもしれない。

 父親の我儘だろうか。

 一つだけ言えるのは。


「大事なものの守り方を、教えてあげれたらいいね」


 セリアを抱きしめながら言うと、俺の胸の中でセリアも頷いた。


「アルの子だったら、剣術じゃなくても大丈夫よ。きっと賢い子になるもの。私が混じったせいで普通になっちゃうかもしれないけど」

「俺はそんな賢くないし、セリアみたいな子のほうがいいよ。可愛いし」


 俺みたいにすぐにうろたえる男より、セリアのように細かいことは考えず、真っ直ぐに生きる子のほうがいいだろう。

 

「アルは賢くなかったら、皆馬鹿よ……」


 セリアはそう言うが。

 本当に、そうでもないのだ。


 実際、俺が歳を取ってからは他者を上回る思考などできた試しがない。

 焦り、動揺し、言われた後に「そうだったのか……」なんて言うことが増えた。


 セリアが俺は賢いというイメージを持っているのは、幼少期のせいだ。

 単純に幼い子供よりかはおかしいと思うことに気付き、学ぶ意識があっただけ。


 そう思えば、俺は一つだけセリアに言ってないことがある。

 セリアに限らず、誰にも。


 精霊王に言われて知ったが、俺は霊人らしい。

 前世の記憶を引き継ぐという能力の。

 この人生で死ねば、俺はどうなるんだろうか。


 いや、死んだ時の話はいまは考えなくていい。


 ただ、セリアには言っておいたほうがいいだろうか。

 隠し事はしたくないし、セリアに伝えても「へぇ、そうなの」で終わりそうだ。

 

 しかしこの事を話そうと思うと心臓の鼓動が早くなり、俺の胸に顔を埋めていたセリアが気付く。


「アル、どうしたの?」


 少し顔を引き、俺を見るセリア。

 ちゃんと、言おう。

 意を決して、口を開く。


「セリア、実はね――」


 ――しかし。


 俺の言葉は途中で終わった。

 言葉に詰まったわけでも、伝える勇気がなくなったわけでもない。


 ただ、他者の声に遮られただけだった。


 それは間近で上がったものではない。

 俺達、家族、仲間が上げたものでもない。


 遠くの方から一つの悲鳴が聞こえ、それは連鎖していき、静かな夜の世界は終わりを告げた。

 

 家の中からも、鉄が擦れ合う音、多分ランドル。

 聞きなれた足音達がばたばたと騒々しく家中を駈ける。


 もう俺とセリアは距離を離し立ち上がり、着替えていた。

 俺達が剣帯に相棒を掛けると同時に、扉が乱暴に開いた。


 少し汗を流し、立っていたのはクリストだった。


 クリストは何も言わず、真剣な面持ちで頷くと、俺達も返事をするように頷いた。


 唐突に最後の戦いが始まったのだと、理解した。

 

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