第八十五話「風呂」
クリストと流帝の『遊び』から数日後。
俺達はまだ災厄は現れないと楽観視してしまい、穏やかに日々を過ごしていた。
つい、俺の甘えがぼそっと口に出た。
「銭湯に行きたい……」
「銭湯って何?」
剣術の稽古が終わり、額に流れていた汗が乾き始めた頃。
俺の隣で座り込んでいたセリアが聞き返す。
「お風呂だよ。お湯が張ってあって超気持ちいいんだ」
「へえ……一緒に行く?」
「行こう! といいたいところだけど、クリストに一応聞かないとな……」
今、クリストは母を超えて過保護なのだ。
剣術に対して、災厄のことについて口を挟んではいけないと我慢している母より、よっぽど。
遠目でランドルとフィオレの素振りを見守るクリストに、邪魔をしない程度に軽く声を掛ける。
二人は集中していて気付かないが、クリストはゆっくり歩み寄ってくる。
「何だ?」
「クリスト、銭湯行ってきていい?」
「戦闘? ダメに決まってるだろ。誰と戦うつもりだ」
「違うって。風呂だよ」
ドラゴ大陸にはないのだろうか。
当然か、たまに寄った町でそんな気配なかったし。
また一から説明するのも面倒だったが、クリストは「あー」と。
「風呂な、いいんじゃないか。どうせなら皆で行こうぜ」
「賛成だけど、風呂を知ってるんだね」
ちょっと意外だった。
「あぁ、こっちの大陸では見たことないが、ドラゴ大陸じゃ湯が沸いてるところが結構あるからな」
「は? もしかして温泉?」
「よく知ってるな。誰かから聞いたのか?」
何だと……俺はドラゴ大陸の一年旅で、温泉なんて入ってない。
町に寄らなかったしどこで湧いてるのかもわからないが。
「何で、連れていってくれなかったんだよ!」
「は、なに怒ってるんだよ。急ぎの旅だったし必要なかったろ」
「いや……今なら必要だったと思える。またドラゴ大陸に行きたいな……」
「全部終わったら好きなだけ行けばいいだろ。セリア連れてさ」
セリアはドラゴ大陸には行ったことないんだっけな。
竜種が多いし、夫婦でお散歩気分で赴く場所では断じてないが。
俺の嫁は嬉しそうだった。
「セリア、行きたいの?」
「うん! アルと再会する前に何度も行こうとしたんだけど、言語が違うって言われて諦めたの」
「あぁ……なるほどね……」
確かにそんな理由でもなければ、セリアとの再会がドラゴ大陸になっていてもおかしくなかった。
「アルは話せるのよね?」
「うん、ある程度はね。災厄退治が終わったら新婚旅行も兼ねてドラゴ大陸の温泉巡りでもしようか」
「やった! 約束ね!」
少女のようなあどけない微笑みでセリアが俺の腕に丸いおでこを強く押し当てた。
今はただの女の子バージョンだ。可愛すぎる。
しかしセリアは理解しているのだろうか、もちろん混浴だ。
俺達は結構照れやなところがあるから、どうなるか分からない。
むしろ俺が躊躇してしまう可能性も否めない。
少しすると、セリアが「あっ」と俺の腕から顔を離した。
「でも、お父さんの件が終わったら道場開くのよね? アルが出て行ったらまずいわよね」
「あぁ……俺はいいかもしれないけど、セリアはまずそうだね……」
「え? 何でよ、アルでしょ」
「ん? セリアでしょ」
いまいち話が噛み合わなく、お互い顔を見合わせた。
んー……?
「道場開いたら、一番偉いのはセリアでしょ?」
「何でそうなるのよ、アルに決まってるじゃない」
「えぇー……絶対セリアだよ」
トップの肩書きをもらうことが嫌なわけではないが。
闘神流の長、俺なんかよりセリアがぴったりだ。
性格も、信念も、貫禄も、剣術の腕前も、全てにおいて。
俺達は何故か名誉をなすりつけるように言い合っていると、クリストが口を挟む。
「戦って決めたらいいだろ。俺もどっちが勝つか興味あるしな」
それはつまり、戦ったらどっちが勝つか分からないということか。
俺にとってはかなり嬉しいことである。
いつも追いかけていたセリアの背中ともう並べているということだ。
それにしても、セリアと真剣の立ち合いか……。
「本気で戦ったのはカロラス以来になるのかな……」
「そうね、あの時は負けちゃったから、確かにちょっと楽しみかも」
瞳をキラキラと俺を覗き込んでくるが、恐すぎる。
この可愛い顔からは想像できないほど鋭い剣を放ってくる嫁なのだ。
それにカロラスでは、セリアは迷いながら剣を振っていた。
あの時セリアが何も考えていなければ、俺は負けていただろう。
本気で、と言ったけど、本気だったのは俺だけだ。
俺としてはセリアがトップで間違いないと思っていたが。
背中を追い越してしまうことも、有り得るんだろうか。
でもそれは嫌なことではなく、嬉しいことだ。
俺達がうきうきしはじめていると、ランドルとフィオレが汗を垂らしながら近付いてきた。
フィオレの横ではエルが濡れた布で汗を拭ってあげている。
ほんとに仲良しだな。
「じゃ、行くか」
クリストのそんな言葉と共に、俺達は歩き出した。
懐かしの、銭湯へ。
銭湯へ着くと、セリアとフィオレが興味深そうに「わぁ」と眺めていた。
そういえば昔、エルは俺と一緒に入ろうとしてたよな……。
エルにちらりと視線をやると気付かれてしまい、「どうしたの?」ときょとんとしている。
「ううん、何でもないよ」
「んー……?」
覚えてないのだろうか。
今なら分かるが、結構ああいうエルに困りもしていたが、好きだったのも間違いないのだ。
思い出に浸りながら、俺達は男と女で別れ、中へ入っていった。
全員で勢いよく服を脱ぐと、俺は少し悲しくなる。
そりゃ、俺も筋肉質な体だが。
三人の中で一番小さく見えるし、情けない。
一般人より背も高いし筋肉もあるし、比べている相手の二人が異常なだけだが。
いや、こいつらは魔族と半魔だ。気にしたら負けだ。
俺の気持ちに気付くわけもなく、クリストは勢いよく浴場へ入っていった。
入ると、すぐに気付く。
何か、強い奴がいる気配がする。
それにどこか懐かしい気もする。銭湯のせいだろうか。
クリストも気付いたのか「へぇ」と興味を示していた。
ランドルも「お?」と知り合いを見つけたような。
ん、知り合い?
迷いなくその方向へ進んでいくと、いた。
気持ち良さそうに瞳を閉ざし、湯に浸かっている剣士が、三人。
全員、知っている顔だった。
何でここに? と考えている間に、俺達に気付いたのか三人が顔を上げた。
真っ先に声を上げ、バシャンと水しぶきを跳ねさせながら立ち上がった男は、金髪の少年のような容姿。
全然変わってない。
「アルベル!? こんなとこで何してんだよ!」
「いや……こっちの台詞だろ。レオン……」
久々に会えた嬉しさより、謎の再会を果たしたことに困惑してしまう。
真ん中にレオンがいて、その横には屈強な男、リュークだ。
一年ぶりぐらいか?
そしてその反対側には、見間違えるわけもない。
ライトニングのリーダー、アストだった。
アストは「お?」と嬉しげに俺を見ている。
クリストが「おー、レオンじゃん」と数日振りに会ったような声色を見せる中。
俺とレオンは固まっていた。
先に口を開いたのはレオンだった。
「えっと、何だ。とにかく、入れよ……」
「あ、あぁ……そうだね」
ちゃぷんと、アストとリュークが場所を作ってくれたレオンの横に浸かる。
久々の湯が気持ちいいとか、そんな思考ができない。
ランドルは元々仲の良かったリュークと軽く会話を交わしている。
しばらく湯に浸かりながら状況の整理をしていると、レオンが少し頷いた。
「やっぱりな……こういう事か」
「ん、何が?」
「いや、ラドミラの避難の意味だよ。話を聞いたらここまでなんだろ? 避難指示が出てるのは」
「そうみたいだけど。あぁ、もしかしてルカルドにいたの?」
俺達と別れた後、再びルカルドを拠点にしていたのだろうか。
名声を手に入れようとしてたし、当然か。
手っ取り早く有名になるには、迷宮攻略が一番だしな。
それにしても、レオンの足だったら早めの到着になるだろう。
やっぱりまだ災厄との戦いまで少し時間があるな。
そう思ったのだが。
「あぁ、俺達はギリギリまでいたからかなり遅いグループだけどな」
「え、でもルカルドの顔見知りの冒険者ってあんまり見てないんだけど」
あんまりというか、レオン達以外、一人も見てない。
「全員が南に移動したわけじゃないし、お前がルカルドにいたのって半年もないだろ。覚えてる顔も少ないんじゃないか? 俺はここに来てから結構見たぞ」
確かにそういわれれば、そうかもな……。
知り合いと呼べるのはトライアルとライトニングぐらいしかいなかったし。
それにしても、気付きそうなもんだけどな……。
俺は少し考えこんでしまい口元を湯に浸けていた。
「まぁここに滞在してる奴は珍しいし少ないのは事実だけどな。俺達もセルビアには寄っただけですぐに移動するつもりだったんだ」
「え? 何で?」
「そりゃ、避難指示が出てる手前の国で滞在する奴もいないだろ。ここに滞在してる奴らは見物目当ての野次馬。臆病な奴らはもっと南に下ってる」
「確かに……レオンが臆病風にふかれたようには見えないけど……」
「ま、俺達の場合はちょっと違うけどな」
それにしても、直接言われたわけでもなく手紙で避難を指示されただけなのに、ラドミラの力はすごいな。
頭の固い冒険者達や住民を素直に移動させてしまうのだから。
高ランクの冒険者は問題ないだろうが、戦いの力や護衛を雇う金を持っていない住民は多少なりとも移動に被害が出ただろう。
俺は詳しく知らないが、ラドミラは受け入れ先だとか移動も何か手を打ったのだろうか。
この予測が当っていたら嫌だし、そう願いたい。
「それにしても、ギリギリまで残ってたんだね」
「あぁ、ラドミラの予言を信じる奴が大体だが、鼻で笑い飛ばす奴もいるからな」
「あー……」
予見の霊人? 俺はそんなの信じないぜ。なんて言う奴らもそれなりにいるだろう。
悪人なら、運びきれないで置き去りにした町の物を奪う者も多いだろうし。
まだギルドで依頼があるのかは謎だが、ライバルが減って魔物が狩りやすいのも間違いない。
依頼がなくとも素材だけで金にはなるからな。
つまり、レオン達がギリギリまで残っていたのは。
「火事場泥棒でもしてたの?」
ごつんと、俺の頭にレオンの拳骨が落とされる。
それもなかなか本気で。
脳が揺れ、少しくらっとする。
冗談の代償としては大きすぎる気がする。
「冗談だよ。説得してたんだ?」
「あぁ、やっぱり結構な数が残ったけどな。死んだ後じゃ後悔もできないだろうが」
「……」
今からでも北へ上ったほうがいいだろうか。
いや、やっぱりだめか。
ここに俺達が滞在しているのは恐らくラドミラの予定調和なのだ。
彼女の予言を崩すことはしないほうがいい。
「ここに災厄が現れるって噂を聞いてこの付近で探してる馬鹿もいる。かなり追い越したしな……」
歴史に名を残そうと災厄を討とうとする冒険者もいて当然か。
ルカルドでもそんな思考をする者も結構いたのだろうな。
レオンは「もう知らん」と目蓋を閉ざし片眉を吊り上げていた。
相当、急ぎ移動することを促したのだろう。
そんでもって、馬鹿にされたか軽く笑い飛ばされたのだろう。
レオンはラドミラの予見の能力を体験しているし、事情も一緒に聞いていた。
やっぱり久しぶりに会っても変わらない、優しくていい奴だな。
「まぁ、もう動く必要はなくなったな。俺はここに残ることにするよ」
「でも危ないのは事実だよ。何があるか分からないし」
「お前らが戦うのに、放ってさよならする仲でもないだろ。そもそもお前らと合流しようと思って動いてたんだ」
「え、一緒に戦ってくれるの?」
「あぁ、当然だろ。足手まといに思うなら考え直すけど」
「そんなわけない、まじで助かるよ」
レオンは強い。
今は分からないが、昔はランドルよりも強かった。
猫の手でも借りたいこの状況で、レオンのような剣士が協力してくれるなら願ってもない。
顔を見合わせて少し笑いあうと、レオンが隣を見た。
そこで俺も気付いたが、ずっと黙り込んで俺達を見守ってくれている長身の男がいた。
長身といってもクリストではない、アストだ。
「今更だけど、久しぶりだな。セリアと会えたんだって?」
「はい、その節はお世話になりました」
「俺は何もしてないって。ならなんだ、久々にセリアの顔が見れるか?」
「すぐに見れると思いますよ。隣にいますから」
え? とアストは驚き、壁に遮られている女湯の方向を見る。
アストは透視能力でもあるのか少しの間眺めていると、ふっと笑った。
「なら、向こうでも同じような事が起きてそうだな」
「あぁ……なるほど……」
レオンも頷いている辺り、アデリーやアニータ、リネーアもいるのだろう。
壁は分厚く、さすがに変態のように耳を当てても聞こえないだろうけど。
「のぼせちまったな。そろそろ出るか?」
レオンが切り出し、皆揃って頷いた。
「こんな所でする話でもなかったね」
俺達は同時にざばんと音を立てながら立ち上がる。
入る時は皆の体と見比べて悲しくなっていたが。
帰りは俺と同じ体格のレオンのおかげで傷付いていた心が少し癒された。
時は少し遡り、女湯では。
男達の想像通り、騒がしい再会が行われていた。
「アデリー!?」
妖艶な雰囲気を醸し出し、紫色の長い髪を湯に浸け、豊かすぎる双房をぷかぷかと湯に浮かべている女戦士の姿に、セリアは大声を出した。
アデリーは視線の先の人物を見て、硬直した。
フィオレだけアデリーを知らなかったが、その隣に妹分のように湯に浸かっていた二人の事は知っていた。
サウドラからマールロッタまで、一緒に旅をした仲間だった。
アニータとリネーアも、忘れられない人達の顔を見て「へ?」と少し高い声を上げる。
皆が状況を次第に理解し始め、とにかく皆で湯に浸かった。
しばらくしてアデリーの隣に腰を下ろしたセリアが、彼女の破壊的な胸をちらりと見た。
「何だい、久々に会ったんだから胸じゃなくて顔見みなよ。アルベルはでかいほうがいいって?」
「アルは私ぐらいが丁度いいって言ってるもの。嫌でも目に入っただけよ」
「そんな風には見えなかったけどねぇ。まぁいいか。セリア、あんた具合悪いのかい?」
「え? 何よ、いきなり……」
図星をつかれ、セリアは動揺してしまう。
誰にも気付かれてないと思っていた。
自分でも気のせいかな? ちょっと体が重い気がする。そんな程度だった。
些細なことでも心配してしまうアルにわざわざ言う必要がないと。
それに実際誰にも気付かれていなかった。
いや、稽古の最中、クリストは一度だけ違和感を感じる仕草を見せた気もするが。
それにしても久々に顔を見せたアデリーに唐突に言われるとは予想もしてなかった。
横をちらっと見るが、エル達は仲良さげにセリアでは混ざれないような会話に花を咲かせていた。
聞こえてないようで、ほっと息を吐いた。
そんなセリアにアデリーは「へぇ」と一人納得していた。
「あんた、もしかして――」
「どうしたの?」
言葉に詰まるアデリーに、セリアはきょとんと湯気で艶が増した髪を少し揺らす。
しかしアデリーが先を言うことはなく、少し呆れ顔だった。
「自覚症状なしかい。ひどいね」
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「いやぁ、私の気のせいかもしれないしね。いいよ」
「何なのよ……相変わらず……」
ラドミラといいアデリーといい、セリアを大事に思ってくれる母のような、姉のような存在達はいつも途中で言葉をとめてしまう。
セリアも慣れてはいたが、最近はアルベルの背中を守る剣士としての意識が強くなり、昔のように苛立つことも増えていた。
「ま、しばらくここに滞在することになるだろうね。向こうも同じような事になってんでしょ」
「もしかしてアストもいるの?」
苛立ち追及しようとしていたセリアだったが、問いかけに優しく頷くアデリーを見て機嫌を直した。
アストには世話になっていた、純粋に会えたら嬉しい。
それに、セリアはなんだかんだアデリーのことが好きだった。
「あんた、もうずっとここで暮らすのかい?」
「えぇ、そうよ」
「あんなにせわしなかったセリアがねぇ、感慨深いね」
老人のような言葉だ。
確かに久々に見たアデリーは記憶の姿より老けていたが。
セリアの目には、歳を取れば取るほど、アデリーの妖艶な魅力は増していくように映っていた。
「アデリーはどのくらいここに居るつもりなの?」
「うーん、アスト次第だから何とも言えないけど……そうだねぇ」
考える仕草を見せ、一瞬セリアのすべらかな腹を見た。
「一年くらい、いようかね」
楽しげにも見える表情で、ぽつりと言った。
セリアは「結構長いのね」と嬉しそうに頬を染め、隠すように口元を湯に沈めた。
再会に夢中で、この湯の気持ちよさを心底味わうことができてなかったが、良い所だと思った。
稽古が終わったら毎日通おうかな。
その後はとりとめのない話をし、フィオレがのぼせて目を回し始めた頃、皆で浴場を後にした。
------アルベル------
のぼせた体を冷ますようにぼーっと風に当たっていると、きゃっきゃと女性陣が現れた。
分かっていたが、皆で銭湯に突撃する前より人数が増えている。
外見はかけ離れているが、セリアとアデリーが姉妹のように並んでいる。
セリアはアストがいることを知っていたようで、驚きはしないものの嬉しげに話していた。
これが他の男なら嫉妬心に駆られると思うが、アストなら何も思わない。
アストからそういう視線は一切感じないし、妹を見るような温かい眼差しだ。
しばらく話し込み、セリアが俺の隣に立つとアストとアデリーは笑みを浮かべていた。
「二人並んでるところがやっと見れたけど、お似合いだな」
「そうだねぇ。尻に敷かれてそうだけど」
「はは……その通りです」
世界一逆らえない嫁、セリア・フロストル。
今はそこらの町娘のようにあどけない表情なセリアだが、内に猛獣を飼っている。
敵と認識した者に見せる瞳はぞくっと背筋が震え上がるものがある。
アスト達が「先に帰るわ」と言った後、最後に言い残した。
「久々に会ったんだし酒でも飲んできたらどうだ?」
トライアルがぞくっと一瞬体を震わせて、押し黙った。
そんな様子を見てアストは面白がって笑った。
「冗談だ。じゃあな」
今度こそ、本当にアデリーと二人で去っていった。
しかし冗談でも、こんな態度をとられたら俺は悲しくなるぞ。
「心配しないでよ。あれから飲んだけど、酒場どころか物を壊したこともないんだ」
一度だけだし、色々問題はあったが。
嘘は吐いていない。
レオン達がほっと息を吐くと、俺は続けた。
「今はだめだけど、全部終わったらまた皆で飲みにいこうか」
「あぁ、大人数だし、酒場貸し切って盛大にやろう」
俺とレオンが微笑み合うと、ランドルだけ嫌そうに俺をじろっと見ていたが。
いいじゃないか、全部片付いた時くらい、気持ちよくなっても。
そもそも酒をあまり飲ませてくれないから耐性ができないんだ。
災厄の件が終わったら、毎日ランドルを晩酌に付き合わせよう。
力を行使し、強制的に。
レオン達と別れると、セリアが「お風呂っていいわね」と微笑みながら感想を述べ、皆で帰路についた。
平和な日常だ。
しかしレオン達がここまで来たという事は、戦いの時期は近いだろう。
でも、全てが終わったら毎日こんな日常を送れるのだろうか。
それは慌しい旅を続けてきた俺にとって、甘美な想像だった。
肩にセリアの火照った体が密着し、俺はまたのぼせてしまう。
この日以降、俺達の日常に変化が訪れ始める――。




