第八十四話「世界の現状」
ローラと流帝に協力を仰いだ次の日。
俺達はもう外をふらつく理由もなくなり、庭で剣術の稽古に明け暮れていた。
しかし、前よりハードなものじゃない。
本来、体の限界まで剣を振り続けるのだが。
いつでも戦える体を整えておく必要があった。
かといって強くなる努力を怠るわけにもいかない。
全力で剣を振れないという、なんともフラストレーションの溜まる稽古だ。
稽古が終わり水浴びや着替えを済ませると、遅い夕食が始まる。
風呂に入りたいと思考してしまうのはまだ甘えがあるのだろうか。
俺の欲望のためだけに、町を歩くのは許されない。
それに銭湯に入ってる間は剣を持ってないからな。
もし災厄が近くにいれば襲われる可能性もある。
素っ裸で拳を握りながら戦うのを想像すると悲しくなる。
今この国にあんな悪意が潜んでいるのだとしたら、絶対に気付くしまだ居ないとは思うが。
そんな訳で、皆で同じテーブルを囲み、夕食を食べる。
剣術の稽古をしていたセリアとフィオレ以外が作ってくれた夕食だ。
不器用な二人が邪魔することもなく、昔を思い出す美味い飯が並んでいる。
災厄に命を狙われている状況だが、俺達はわりかし賑やかに食事を取った。
暗くなっていても仕方ないだろう。
夕食が終わり、皆で雑談に興じていた頃。
我が家の玄関がノックされる。
椅子に座りながら気配を探ると、ローラだ。
もう一人いる、多分イグノーツだと思う。
俺が出迎えようとすると、ルルが「私が」と玄関に向かう。
言われるままに席に座っていると、フードを被り顔を隠した男と、ローラの姿がリビングに現れる。
立ち上がったのは俺とエリシアとフィオレ。
三人だけ。
他の面子は椅子に座ったままだ。
もしイグノーツじゃなければ問題になりそうな態度だが……。
ローラが頭をぺこりと下げる横で、イグノーツと思わしき人物がフードをぱさっと取った。
以前より少しだけ伸びた金髪に、相変わらずの美形。
久しぶりに会ったこともあり、以前より男らしくも見えるだろうか。
中性的に見える優美な口元が柔らかい微笑みを作っている。
「お久しぶりです。初対面の方も、よろしくお願いします。イグノーツ・セルビアです」
「イグノーツさん、お久しぶりです。いつもご足労おかけして申し訳ございません」
「いえいえ、城を抜け出す理由が出来て助かりますよ」
俺達が挨拶を交し、イグノーツが席に座って家族と仲間を紹介すると、本題に入った。
「ローラから話は聞きました。最近噂になっている『災厄』の件ですが、真実のようですね」
「はい。問題は、災厄が狙っているのは俺達だということです」
「存じております。そうですね、何も考えず、この国の王族としての率直な意見を述べるとすれば」
少し間を空く。
イグノーツは瞳を閉ざし、庶民感溢れるにこやかな表情を消した。
「今すぐこの国から出ていって欲しい、というのが当然なのでしょうね」
もしかしたら、イグノーツなら。
出来る限りのサポートはします。任せてください。
なんて言ってくれると思っていた。
しかし、王族の立場を考えれば当然だ。
そもそも昔、イグノーツが誘拐され殺されそうになっていたのも、民を思いすぎる思想のせいだ。
横でローラも心苦しそうに俯いているが、口添えしてくれる事もないだろう。
さすがにこの国の王子のイグノーツに言われて「嫌だ。絶対に滞在する」なんて強引にこの国に居座る事はできない。
そもそも、そんな行動を取るつもりはない。
ここへ来たのは、流帝とローラに共に戦って欲しかったからだ。
そこだけ交渉できれば何も問題はない。
俺が言葉を選んでいると、イグノーツが再び口を開く。
もう王族としての貫禄は消え、いつもの庶民のように陽気に映る。
「今のはあくまで、私の立場からの当然の前置きです。私個人としての考えは全く別です。考えれば考えるほど、難しい問題だとは思いますが」
「というと?」
「もし皆さんが去った後に災厄がここに現れれば、この国は滅ぼされてしまうでしょう。となれば、災厄を討伐する力を持つ皆さんにここに滞在してもらうのは、間違った判断ではありません」
「それは、僕達がここに一度立ち寄ってしまったせいでは……」
ここに来た以上、仕方ないという意味なのだろうか。
罪悪感を抱いていると、イグノーツは首を横に振った。
「多分、関係ないでしょう。まだ多くの民は知らない事なのですが、皆さんはルカルド方面の現状を知っているのでしょうか」
「へ? ルカルド?」
予想外な町の名前が出てきた。
今この話に、この大陸の最北にある冒険者の町が、何の関係があるんだろうか。
「さすがにご存知ないようですね、今、ルカルドには冒険者どころか、住民も一人もおりません」
「「は?」」
俺達は全員で、すっとんきょうな声を上げてしまう。
横にいるセリアとも顔を見合わせるが、首を傾げて眉を少し寄せている。
俺達の疑問を解消するように、イグノーツは表情を強張らせて真剣な面持ちで言った。
「皆さんは、予見の霊人をご存知ですか?」
「えぇ、よく知ってますよ。以前お世話になったので」
「なら話が早いですね。ルカルド方面に予見の霊人から避難指示が出されました。南へ下ってくる者もいるでしょうし、じきにこの国も人々で溢れるでしょう。その兆候もありますしね」
俺は顎を支えるように手をやり、考え込む。
てっきり、災厄は俺達の後ろを追いかけてきているもんだと思っていた。
しかし話を聞いていれば、真逆。
災厄は北から俺達に迫ろうとしているのか。
しかしクリストの読みが外れていたことになるな。
避難命令が出されるということは災厄は暴れながらこちらへ向かってくる事になる。
やはり馬鹿なのか、もうバレても構わないと思っているのか。
詳しい話を聞きたいが、ラドミラに強引に聞いても何も答えてくれないのだろう。
マールロッタもここからは遠すぎるし。
「ラドミラさんと、また話せればてっとり早いんだけど……」
ぼそりと呟くとセリアが「そうね……」と息を吐くように言う。
そんな俺達に、イグノーツ首を一度、横に振った。
「予見の霊人と話すことはもう、できないでしょう」
「へ?」
「恐らく、お亡くなりになっています。マールロッタという町はもう存在しません」
バキッと、セリアが握っていたカップを握り潰してしまったのか、割れる。
容器に入っていた水がテーブルに滴り、俺の膝を濡らした。
セリアと俺の、いや、全員の感情は同じだろう。
意味が、分からない。
「コンラット大陸のマールロッタより北の町も全て同じでしょう。予見の霊人から手紙の届いた場所は、ルカルドからセルビアまでの経路にある町、全てにです。ここで止まっているということはこの国で戦闘になり、決着するのではないでしょうか」
呆然とする意識を無理やり集中させ、考える。
待てよ。
俺達がマールロッタを出てからここまで辿り着くのに、約一年。
マールロッタから早馬で手紙を出したとしても、ここに辿り着くのは四ヶ月程。
ラドミラはかなり早い段階で各町、国に手紙を出したことになる。
多分、海竜王が俺達に襲いかかった時にはもう。
ラドミラは、災厄に殺されていたのか。
何故、何も言わなかったのか。
いや……。
俺達がラドミラを守ろうと滞在していたら、災厄は姿を見せなかったはずだ。
それに、エル達も手遅れになっていただろう。
とはいえ、やるせない……。
何も言わずに固唾を呑んでいると、イグノーツは喋りだす。
「この国より手前に住む人々を避難させたのに、この国ではそれがない。私は民が巻き込まれることはないのではないかと、予測しています。ここで皆さんを強引に国から追い出すのは、予見の霊人の意に反していると」
「それじゃあ……」
「はい、この国に居てください。それに私個人としましては皆さんに命を救われた恩をまだお返しできたと思っていません。私にできる限りの事はサポートさせてもらいます」
「ありがとうございます……」
とにかく、家族を旅に巻き込む必要はなくなり、滞在する許可も得たが。
ぼんやり脳内で描いていた死闘が確実なものになったと実感する。
それも、本当に近い内に。
無関係な人々を巻き込む可能性は薄れたとはいえ……。
実際に災厄との戦闘を想像すると、感じるのは一つだ。
怖いな。
不安を拭おうとセリアを見ると、項垂れたまま、固まっていた。
割れたカップが手のひらに刺さり、血が流れている。
俺は、何をやってるんだ。
セリアはずっとラドミラと一緒にいたのだ。
一番辛いに、決まってる。
俺は傷心したセリアに甘えようとしていた。
こんな時、支えてあげないとだめなのに。
俺がセリアの手をそっと握ると、エルが気付いてすぐにセリアの元に寄ってくる。
下級の治癒魔術を掛けると、手の傷は治っていくが。
セリアの心の傷は、癒えなかった。
イグノーツもそんなセリアを見て心苦しそうな表情を浮かべた後。
「まだ寄る所があるので、今日はこれで失礼します。それとエル様、少しいいですか?」
何故かイグノーツはエルを呼び、「では」とローラと共に去ろうとする。
エルは首を傾げながらもイグノーツの背中を追っていった。
何を話すのだろうか、見送りにいくルルの背中を見ながらも、追及する気力はなかった。
クリストが俺に視線を向けると、そのまま流すようにセリアを見た。
慰めてやれ、ということだろう。
俺は腕を形成し、セリアを抱きかかえて部屋に向かった。
声も出さず俺に抱きつくセリアをベッドに横にすると、俺もすぐに隣で横になった。
慰めの言葉に意味はないだろう。
俺達はあまり言葉がうまくない。
こんな時、冷め切った体に温もりを分けてあげるくらいしか、できる事はない。
俺はセリアの頭を抱えて胸に埋めると、そのまま瞳を閉ざした。
セリアは、きっと寝付けないだろう。
俺もこの日は、本当に眠れなかった。
セリアの吐息も聞こえないように感じる無音の世界で、淡々と時間は過ぎていった。
意識が覚醒したのは、眩しすぎるほどの日差しを感じてから。
朝日ではない。
もうすっかり昼だろうか。
あんな状況でも、いつの間にか眠れてしまったらしい。
体的には良い事なのか、危機感を感じていないのか。
セリアは、どうだろうか。
そこで、はっと気付く。
昨日は胸の中にいたセリアが、いない。
焦りすぐに起き上がり部屋を見回すが、いない。
嫌な想像ばかり浮かび、冷や汗を流しながら立ち上がる。
家の中には居ない気がした。
服も着替えず、裸足のまま窓から飛び降りようとするが。
草木が生い茂る庭で、鋭い風斬り音が規則正しく聞こえる。
そこに目を向けると、美しい、とも思える汗の飛沫を飛ばしながら剣を振るセリアの姿があった。
ほっと安心するのも束の間、心配でそのまま窓から飛び降りる。
集中しているのだろう。
窓から飛び出してきた俺に気付くことはなく、剣を振り続けている。
その止めどなく滴る汗と切羽詰ったように見える表情を見るに、少し前から始めたようには見えない。
俺が寝ている間、ずっと剣を振っていたのだろう。
普段なら、いつでも戦えるように体力を温存しておかないととか思うのだが。
声を掛けることは野暮だろうな。
俺は後ろから見守るように、ずっと眺めていた。
三十分ぐらい経っただろうか、セリアが風鬼を鞘に収めると。
そのまま後ろから、地面に倒れこんだ。
俺は「ふぅっ……」と息を吐くセリアに近寄り、白い肌を日差しから守るように顔を覗きいれた。
やっと俺に気付いたのか、セリアは微笑むが。
すぐに恥ずかしそうに、顔をぷいっと逸らした。
「アル、今汗まみれだから、あんまり顔を近づけないで」
「気にならないよ。というかセリアの汗の匂い、好きだし」
「そんなの、変よ……」
言葉だけ聞くと俺は変態だな。
人と変わった性癖があるわけではないのだが、単純にセリアの何から何まで、好きだというだけの話だ。
汗を拭ってあげる布や水がないのが残念だが、俺は単刀直入に、聞いた。
「セリア、大丈夫?」
セリアはすぐにラドミラの事だと理解して、大の字で寝そべったまま、頷いた。
「えぇ、悲しんで、腐ってる暇はないもの」
やっぱりセリアは強いな。
カロラスでイゴルさんの首を見た時もそうだ。
常人より早く決断し、再び剣を振る。
悩み続け、ずっと立ち止まっていた俺とは大違いだ。
「セリアは凄いね、かなわないなぁ」
「そんな事ないわよ。剣を振る理由がまた一つ増えたから、必死なだけよ」
「それって……」
「お父さんを助けるだけじゃなくなったわ。ラドミラの仇も、取らないと」
「そうだね、俺も頑張らないと」
セリアが俺が寝てる間に剣を振っていた時間、また差ができてしまった気がした。
俺も見習わないとな。
「セリア、立てる?」
「ちょっと休憩。このままで居ていい?」
「うん、俺も着替えて稽古するよ」
セリアは嬉しそうに下唇がウェーブがかるように柔らかく微笑むと、疲れを癒すように目蓋を閉ざした。
俺は今度は玄関から、家の中に入る。
「あれー? アル?」とすぐにエリシアが俺の顔を見て首を傾げると、俺の裸足を見た。
少し土がついて汚れている。
やばい、怒られると思ったが、そんな事はなかった。
「セリアちゃんが戻ってきたと思ったらアルだったから驚いたわー」
「あぁ、セリアが外にいるの知ってたんだ」
「朝からずっと剣を振ってたから心配で見てたんだけど……。
クリストさんがそっとしといたほうがいいってー」
それは、意外だな。
剣術に対しては、母はもう口を挟むことはなくなっているがクリストのことだ。
クリストは今、セリアを一人にしたり、思う存分剣を振らそうとしなかった。
これはもちろん俺にも当てはまるが。
そういえばもう昼頃だろうに、クリスト達が一緒に稽古してなかったな。
かなりおかしい。どこにいるんだろうか。
エリシアが布を塗らして俺の足裏を拭こうとするのを「自分でするよ」と受け取り、足を拭きながら聞くと。
「少し前に流帝さんと遊んでくるって、皆連れて行っちゃったわよー。
セリアちゃんはアルがいたら大丈夫ってー」
「は……」
あの大雑把で、何も考えていない剣術と顔だけがとりえの馬鹿男は。
何を、考えているんだ。
セリアがこんな状態だったのに、流帝と遊ぶだと……。
それもクリストの遊ぶは、「流帝は美人だからデートしてくるぜ!」というものでは、断じてない。
いや、それはそれで問題だが、まだその方がマシだ。
絶対、剣術的な意味の、遊ぶだ。
何で大事な戦いの直前にわざわざ体力を削り、戦力を削るような事をするのだ。
俺はどんどん頭に血が上っていくと、低い声でぼそりと声が出た。
「ちょっと、あの馬鹿を殴ってくるよ……」
「え? アル?」
俺は部屋に駆け上がりいつもの剣士服で身を纏いコートを羽織ると、剣を掛けて再び窓から飛び出した。
窓から庭に着地すると、既に立ち上がって一息吐いていたセリアが普段の顔で言った。
「アル? だめじゃない、ちゃんと玄関から出ないと。エリシアさんに怒られるわよ」
そんな事言うセリアはクリストの行方を知らないのか、のほほんとしていた。
「セリア、クリストが馬鹿なことしてるから、付き合ってくれ」
「ん? そういえば皆見てないけど」
「走りながら説明するよ」
ずっと剣を振り続けて疲れているだろうが、俺はセリアの手を引きながら、走り出した。
道場への道を走っていると、すぐに気付いた。
セリアも異変を察知したようで、眉間にしわを寄せる。
遠くからでも聞こえる真剣のぶつかり合いの音に、本気ではないだろうが馬鹿でかい闘気。
片一方はすぐに分かる、クリストだ。
この未知の闘気は、流帝だろう。
何故、流帝までクリストの誘いに乗ってしまっているのか。
俺は焦りながらも道場へ向かった。
前まで行くと、入り口で見ていたであろう俺の仲間達がすぐに気付いた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「セリアさん、もう大丈夫ですか?」
斬撃の音を間近に、二人がのんびりと俺達に問いかける。
ランドルは俺達に目を向けることもせず、腕を組みながら道場の中を真剣な面持ちで覗いていた。
皆、どうしてしまったんだ。
俺は返事を返さないまま道場の中へ踏み込むが。
常人ではついてこれない剣戟が繰り返され、片隅で見物している門下生達が賛嘆するように「おぉ……」と声を上げている。
その渦中の真っ只中にいるのは、当たり前だが。
クリストと流帝アデラスだ。
クリストが楽しげに剣を振る中、流帝も柔らかい立ち振る舞いで、涼しい顔をしながら剣を受けている。
二人の表情からは想像できないほど、剣の打ち合いは激しいものだが。
両者、本気を出してないからこそ美しく見える。
軽く闘気を乗せた剣が赤と青の軌跡を描き、舞っているようだ。
唖然として口を開いたまま数秒止まり、眺めてしまう。
いや、何をやってるんだこの二人は。
二人からすれば軽く遊んでいる気分かもしれないが。
一歩間違えば大怪我どころか死に至るレベルの立ち合いだぞ。
正気に戻り、闘気を開放しながら剣を抜いて止めようとすると。
俺に気付いたのか、剣を打ち合っていた二人の足と腕が止まった。
「お? お前も来たのか。セリアは大丈夫か?」
そんな、普段通り馬鹿っぽいクリストだが。
俺は問答無用でクリストの胸倉を掴むと、怒鳴った。
「何考えてるんだよ! あれだけ隙を見せるなとか、いつでも戦える状態にしとけってうるさかったのはクリストだろ!」
「お、おい、何怒ってるんだよ。別にいいだろ。セリア、止めてくれよ」
助けを求めるクリストだが、当然のようにセリアは拒否した。
近くにいるのか、ローラの「アルベルさん!?」と俺を制止しようとする声も聞こえるが。
「いいわけないだろ! 今襲われたらどうするつもりだったんだ――って」
俺がクリストの胸倉を掴んでいた指を流帝がそっと離すと、穏やかな声を出した。
「立ち合って欲しいと言ったのは私。クリストさんは付き合ってくれただけよ」
「え? あ、あの、何考えてるんですか……」
呆れるように言ってしまったのは、仕方ないだろう。
しかしそんな俺の態度すら流帝はさらっと受け流すようだった。
「私はまだ戦いにならないと思ってたから。それに共闘するなら、貴方達の剣術を肌で感じたかったというのもあるしね」
「お互いの剣術に理解を深めるのは分かりますが……それは短絡的なのでは……」
「だって、まだこの国に避難してくる人達は少ないじゃない。戦いはもう少しだけ先なのではないかしら」
「そう言われれば……確かに……」
ラドミラが災厄に襲われるギリギリ手前に避難を出したわけでも……ないだろうが。
でも、このクラスの剣士なら相手の力量ぐらい感じ取れるだろう。
クリストなら背中を預ける不安もないはずだが。
俺が納得できずにいると、流帝はふっと笑った。
「ごめんなさい、建前だったわね。イグノーツ様から、ちょっと聞かれたの」
「え? 何を……」
口ごもってしまうも、クリストが俺にくしゃくしゃにされた胸元を直しながら、答えた。
「全部終わったら、この国で道場を開かないかってさ。お前らにとっては嬉しいことだろ」
「え、まじで?」
「まじまじ」
困惑しながら「だって……さ?」と真横のセリアを見やると、真顔で口は半開き。
この驚きは嬉しさからくるものだろう。
だってそうだ、道場の再興はセリアの夢の一つなんだから。
でも、何でこの立ち合いに繋がるんだ?
というか、流帝がいる道場がある国で、違う流派が、いいのか?
あぁ、もしかして。
昨日イグノーツはまだ寄るところがあると言ってたし、一応流帝に確認をとったのだろうか。
何か、読めてきた。
「貴方達が強いのは知っているけれど、闘神流という剣術がどういうものなのかは詳しく知らなかったから。聞いたら、この魔族の方はこの流派の剣を千年以上も磨いてきたというじゃない」
「俺は魔族だから道場に関わる気はないが、剣術だけを見せるなら俺の方がいいだろ」
まぁ、今となっては闘気もクリストが一番だが。
闘神流の剣は前から、クリストがずっと一番だ。
追いついてきている感覚もあるが、やはりクリストには敵わない。
「でも、それなら戦いが終わってからでも……」
「この人がその戦いで死なないという保証は、ないでしょう?」
穏やかに言い切る流帝だが。
……もし俺達が斬られそうになったら、クリストは絶対に俺達を庇う。
想像もしたくないが、確かにクリストに限らず、全員が死なないという保証なんてない。
俺はようやく納得すると、謝罪するように少し頭を下げた。
すると、クリストが聞いた。
「途中で邪魔が入ったが、どうだったんだ?」
それは、闘神流の剣術のこと。
流帝は瞳が見えないほど目を細め微笑むと、言った。
「この国で共に切磋琢磨できる関係になれれば、いいでしょうね」
流帝は、闘神流を認めてくれたのだろう。
つまり、本当にセリアの夢は達成されるのか。
もちろん俺も、闘神流である仲間達も、皆嬉しいと思う。
全部終わったら何の仕事しよう、とかそんな考えももう不要だろう。
闘神流を極めようと、門を叩いてくれる人達と共に剣を振るのが仕事になるはずだ。
再びセリアと近い距離で顔を見合わせると、しばらくお互い固まっていたが。
同時に微笑みが生まれた。
俺達の気持ちは、一緒だ。
クリストに向き合うと素直に悪かったと思い、謝罪を口にする。
「その、悪かったよ。俺達のこと考えてくれてたのに」
「いーよ。ま、用は終わったし帰ろうぜ」
「うん……」
流帝に謝り、ローラに騒がしくしてごめんねと謝り……。
道場の前で俺に声を掛けるも無視されてむくれていたエルに謝り……。
嬉しさの反面、謝り倒しになってしまったが。
災厄との戦いを前に、より一層気合が入った。
この日のセリアは幸せそうで、俺は飽きもせずにずっと眺めていた。




