第八十二話「拠点」
更新再開しました。
物語も残りわずかですが、よろしくお願い致します。
セルビア王国に辿り着くと、初めて足を踏み入れる者達は感嘆の声を上げた。
やはりカルバジア大陸一の大国ともあって、圧巻されている。
魔術師の国とは違った風景だ。
美観はバルニエ王国のほうが好きな者も多いだろうが。
この国は落ち着いていたバルニエ王国と違い、賑やかだ。
獣人族や小人族もがやがやと楽しげに歩いている。
しかし以前より、人口密度が高い気がするな。
それに賑々しい通りの中でピリピリしてる者もいるような……気のせいだろうか。
「懐かしい……全然変わってない……」
俺があちこち視線をさまよわせるも、クリストは真逆の意見だった。
「そうなのか? 変わりすぎてて懐かしいと思えねえ」
「クリスト、来たことあるの?」
「闘神と旅してた時に何度か滞在したからな」
「千年前の話かよ……そりゃ変わってるでしょ」
会話もほどほどに俺達は歩く。
俺達は人目につきやすい集団で、視線を集めてしまう。
所々で「あれ? アルベルって人じゃない?」と声が上がってる。
「師匠の事ですよね? 今までより注目されてますね!」
「あぁ、前来た時に色々あったからね」
フィオレは俺が注目されているのを見ると嬉しそうにするな。
まぁ師匠が有名なことで気分は悪くならないか。
「この国の王子を助けたのよね。どんな人なの?」
セリアにもここでの事件は話していたが、出会った人達については説明を省いていた。
「うーん、結構変わってる人かな? 王様より、庶民が似合うような……」
外見は超がつくほどの美形だ。
まさに王族。何故俺の知り合いはイケメンと美女ばかりなのか。
「へぇ……確かここには流水流の道場もあったっけ」
「そうだね、ここにいる流帝は多分クリストくらい強いと思う」
クリストは感心するように「へぇー」と陽気な表情だった。
この男はほんとに自分と比べられて、同じぐらいとか言われても気にしない。
俺だったら悔しい思いをするが、俺の心が狭いのか、クリストの器がでかいのか。
「でも、アルが有名なのはもうここだけじゃないでしょ」
旅の最初はイグノーツの救出程度だったのだが、その通りだ。
ルクスの迷宮、海竜王の討伐やら。
その内ブラッドとの戦いや海竜の群れについても俺の名前が挙がるのだろうか。
皆で戦った気持ちなのに、一人だけ噂の渦中にいて何だか申し訳ない。
そして、何も考えずに真っ直ぐ大通りを歩いていたが。
どうしようか、まずは久しぶりに道場に行ってローラと流帝に顔を見せたほうがいいだろうか。
イグノーツにも滞在することを伝えたほうがいいだろうし。
平民が王族に向かって何様だとか思うが。
ちょっと友達感覚でいるところはあるよな。
イグノーツも気さくに接したほうが嬉しそうにするし。
悩んでいると、剣を掛けた物腰柔らかい剣士が俺にぺこりと頭を下げるのが見えた。
反射的に俺も会釈する。顔を上げると、どこか見覚えのある剣士だった。
多分、道場で稽古してた時に少し話した剣士だ。
もう軽い騒ぎになってるし、ローラには勝手に伝わるだろうか。
「お兄ちゃん、どうする?」
流帝とローラに協力を仰ぐのは必須だし、早いほうがいい。
でも母とルルを連れ回すのもあれだし、旅の荷物も邪魔だ。
一旦、これからの拠点を確認するのがいいだろう。
「まずは屋敷へ行こうか。落ち着いたら皆のところへ挨拶にいこう」
「うん、分かった」
屋敷の場所を知っているのはエルとランドルだけだ。
ランドルはもちろん先導するわけがなく後ろを歩いているが、エルが皆を率いる形で屋敷に向かった。
目的地に着くと、圧巻された。
二階建てだが、思っていたより大きすぎることもない。
俺達八人で暮らすに丁度いいサイズだろう。
この国で良く見かける、石造りの白がかった建物だ。
屋根や窓枠は橙色で統一されており、細部の無駄な装飾が高級感漂わす。
第一印象は小さな城だなと。
ほえーと馬鹿みたいな声を出してしまう。
俺達は皆、野宿に慣れすぎているくらいだ。
そんな一部を除いて品性に欠ける俺達がここに住むのかと足踏みしてしまう。
しかも空き家なはずなのにしっかり手入れされているようだ。
庭の草木は綺麗に刈られ、隅には綺麗な花が植えられ、屋敷を彩るように咲き誇っている。
外壁も汚れた様子はなく、新築にすら見える。
「凄いのね……本当にもらったの?」
セリアがへぇーと屋敷を見上げる。
ふふ、嫁に自分の家を披露するのは心が躍るぜ。
俺も初めて見たけど。
「うん、当時はいらないって言ったけど、今はその好意がありがたいね」
イグノーツの優しさのおかげだ。
俺達が帰ってきたと知ったらまたすぐに顔を出してくれるだろう。
その時によく礼を言っておかないとな。
あの王子様はエル目当てかもしれないけど。
「入りましょうかー」
俺達が凄い凄いと屋敷を眺め、中に入らずにはしゃいでいると、次は母が率いて屋敷に入るのを促した。
さすが、元お嬢様なだけあってこの気品溢れる屋敷にうろたえる仕草も見せない。
動じない母は偉大だ。
しかし、母が扉を開けようとすると当然のように鍵が掛っていた。
イグノーツが管理しているのだろうか?
と思ったが、エルが扉の前に立った。
何だ、そういえば前も来たことあるって言ってたしエルが持ってるか。
と、そんな読みは外れており、エルが小さく詠唱するとカチンと錠が外れた。
「前もそうだったけど鍵渡してもらってないの。ちゃんともらわないとね」
以前も魔術であけていたのか。
まぁ旅をする俺達ではすぐに無くしてしまいそうだしな。
ここに来た時に貸してもらうほうがいいだろう。
それにしても魔術って便利だけど、怖いな……。
慣れた仕草で悪びれもなく開錠するエルを見るとぶるっとくるものがある。
きっと、俺の部屋にもこんな感じでよく侵入してたのだろう。
「ほら、行こ?」
妹に軽い畏怖を抱いていると、俺の腕を取って中へ入るエル。
俺は引きずり込まれるように屋敷内に入っていった。
中に入るとまた驚きだ。
埃一つ落ちていない。
今は誰もいないが、定期的に清掃されているのだろう。
俺達が住み始めてからも手入れしてもらえるのだろうか?
玄関から長い廊下を歩くと、階段があり、何部屋かあるのか扉が見える。
そして一番大きい扉、これはリビングだろう。
皆でぞろぞろと入ると、大きい縦長のテーブルに椅子が並べられている。
真っ先に考えたのはのんきなことだった。
「全員でご飯食べれそうだけど、今思ったら八人分も用意するの大変だよね」
毎日食事を作るのは誰になるのだろうか。
「私が用意しますよ」
ルルが「当然です」と言い切るが、さすがに大変だろう。
俺としては外に食べにいくで構わないが。
「師匠、私も料理できますから! ルルさんのお手伝いは任せてください!」
「まぁーそうなのー、フィオレちゃんはいい子ねぇ。私もするから大丈夫よー」
フィオレの調理によって創造される副産物を知らないエリシア。
まるで自分の子供のようにフィオレを撫で、はしゃいでいる。
うん、気持ちは嬉しいしルルがついていれば大丈夫だろうか。
「お兄ちゃん、私も手伝うよ」
エルも俺を安心させるように、微笑んだ。
家族の料理の腕は知っている。そこら辺の店で食べるのより美味い。
問題はなさそうか。
女子グループがしっかり連携し、楽しそうに今後の話をしていた。
一人、浮いている俺の最愛の人がいるけれど。
「アル……やっぱり私も料理覚えたほうがいいのかしら……」
自分の女子力の無さを嘆くようにセリアが項垂れた。
俺はすぐに首を振る。
「適材適所だよ。セリアは俺達と剣術してようよ」
フィオレが料理に参加している時点でこの慰めは間違っているかもしれない。
「アルは、私の料理食べたいとか思わない?」
そりゃもちろん食べたいと即答したいところだ。
嫁の手料理、俺はまだ味わったことがない。
セリアが狩った魔物は食べたことあるけど。
「そりゃ食べたいけど、無理してやることないよ」
「別に今まで考えてなかっただけで嫌なわけじゃないわよ。うーん……」
セリアは俺への気持ちもあるだろうけど。
目の前の女子力と自分を比べてしまいへこんでいるようだった。
「なら、今度二人で教えてもらう? 一緒に作ろうか」
夫婦で料理、いいじゃないか。
俺が提案すると、セリアも気を取り直したのか大きく頷いた。
「うん、素敵ね! そうしましょう!」
『私が作ってアルに食べさせたいの! ほんと、アルは女心分からないのね』なんて話になるはずがなかった。
ほんの少し、ちょびっとだけ期待してしまったので悲しいかもしれないが、セリアが満足そうなら俺は幸せだ。
食事の話が落ち着くと、当然部屋割りの話になる。
個室は一階に二部屋あり、二階に八部屋あるようだった。
一人一部屋としても、余るぐらいだ。
それに。
「セリア、一緒の部屋でいいよね?」
「そうね」
もう同じベッドでないとなかなか寝付けない二人だ。
当たり前のように一緒の部屋。そもそも夫婦だし。
一階の部屋はエリシアとルルが使うことになり、他の面子は二階で好きな部屋を決めようと、荷物を置きにいくことになった。
皆が各々の荷物をまとめ動き出す中、一人だけ動かない者がいた。
「ランドル? どうしたんだよ」
俺が聞いても、軽く瞳を閉ざし動く気配はない。
しばらくしてランドルは口を開いた。
「俺は他所でいい。適当に探してくる」
「は? ここに住まないの?」
「あぁ」
意味不明だ、全員の足がぴたりと止まった。
クリストとフィオレが遠慮して『じゃあ三人で別の家に住もうぜ』とか言うならまだ分かる。
しかしクリストがそんな事言うわけがない。
むしろ「俺が一番最初に部屋を決めるぜ!」と先陣を切ろうとしていた男だ。
「何でだよ、一緒に暮らそうよ。もう遠慮する仲でもないだろ」
「俺がここに住むと嫌な奴もいるだろう」
ランドルに言われ、はっと気付く。
皆同じ気持ちなのか、エルを見た。
え? といきなり視線が集まり少し動揺するエルだが。
俺は脳の端で微かによぎった、確かに、言うかもしれないと。
『は? 一緒の家なんて無理、吐き気がする、気持ち悪い』
というか以前なら既に言い放ち杖を構え追い出そうとしているところだ。
しかしエルは話の内容を理解すると、考える仕草も見せず言った。
「別に嫌じゃないよ」
普段通りの無機質な感じに。
エルはもう俺達の視線を気にすることもなく、二階へ上がっていった。
その背中を慌てたようにフィオレが追いかけていく。
二人の背中が見えなくなると、再びランドルを見やった。
珍しく、驚いた顔をしていた。俺も正直同じ心境だ。
本当にエルは、変わったな。
俺は一言ぼそりと。
「だってさ」
「そうか」
ランドルももう何も言わず、重さを感じない動作で軽々と斧を担いだ。
そして腰に掛かっている剣を外すとセリアに手渡す。
「もう必要ないだろう。ありがとな」
素直に礼を言うランドルにも俺は驚く。
ありがとうなんて言うランドル、初めて見たのだ。
セリアはイゴルさんの剣を宝物のように大事に手に取ると、こくりと頷いた。
「えぇ。後で皆で買いにいきましょう」
「あぁ、頼む」
ランドルが動き出すと、クリストもその横に並んで階段を上がっていった。
結局、出遅れたのは俺とセリアになった。
別に内装は変わらないだろうし、どこの部屋でもいいけど。
エルとランドルが揉めなかった安心感に二人で顔を見合わせて軽く微笑むと、階段を登った。
もう皆部屋を決めたのか、廊下には誰もいなかった。
しかし部屋の扉が開いていて、どの部屋が埋まっているのかは分かる。
一番離れた奥の部屋にいるのは、ランドルなんだろうな。
俺は階段を上がってすぐの扉を開けると、あまり家具もなくこじんまりとした内装だった。
誰も住んでいないのだから当然か。
しかし二人で寝ても十分な広さのベッドが置いてある。
ベッドメイキングもされていて、今から横になってもすぐ寝れそうだ。
まぁさすがに長旅で疲れてるとはいえ、休むのはまだ先だ。
「セリア、ここでいい?」
「私はどこでもいいわよ」
うん、知ってた。
俺がどこでもいいと思ってるんだから、セリアなんてもっとどうでもいいのだろう。
中に入り、何も入ってない棚を見つけると、俺は荷物の中からある物を出した。
布に包まれた、折れた剣。
白桜だ。
拠点を作ったのなら庭に埋めて供養するのもいいかもしれない。
でも、見えるところに、近くに置いておきたい気持ちがあるのだ。
布をぬきあげると、鞘とセットで棚に飾った。
すると俺の横で、白桜の隣にセリアもイゴルさんの剣を並べた。
「セリア、持ってなくていいの?」
「えぇ、安心して置いておける場所がなかったからお守りみたいに持ってたけど、もう休んでもらうわ」
その美貌で儚げな表情を浮かべるセリアはまるで芸術だ。
いや、違う違う。
セリアも、俺と同じ気持ちなんだろうな。
「うん、そうだね。さて、これからどうしようかなぁ」
うーんと首をゴキっと鳴らして伸びをすると、セリアが可愛らしく金髪を揺らし首を傾げた。
「流帝にお願いした後はずっと稽古するんじゃないの?」
もちろんその通りなのだが。
いくら金があるとはいえ、一切仕事もしないでいいものなのか。
また前世のような常識に囚われているかな。
でも、夫として、家族を養う身としてどうなんだろうと思う。
さすがに災厄戦が終わるまではおとなしくするとはいえ、その後の予定は必要だろう。
一家の大黒柱として、責務を果たさねば。
仕事内容は皆で相談して決めるか。
「ちょっと皆と話そうか。クリストの意見も聞きたいし」
「クリストも私と同じこと言うと思うけど……」
確かに。
金あるのに何で働くんだ? とおかしな目で見られそうだ。
「とにかく、戻ろうか」
俺達は部屋から出ると、再びリビングに戻る。
顔ぶれを見るとエルとフィオレ以外はもう全員戻ってきている。
二人は仲良くきゃっきゃといまだ何かしてるんだろうか。
とりあえず今いる面子だけで話しておくか。
「これから、どうしようか?」
「どうするも何も、稽古だろ。庭も広いし場所には困らないと思うぜ」
「ほらね」
当然のようにクリストが言い、セリアが予想通りでしょといわんばかりに席についた。
「その、全部終わった後にする仕事とか相談しようと思ってさ」
「はぁ? お前、勝手に酒飲みにいった時もそうだけど、今の状況理解してんのか?」
「も、もちろん。いつ襲われるか分からないって理解してるよ……」
「いや、『仕事』なんてのんきな言葉が出てくるなら分かってない、聞け」
クリストは俺を呆れたように見ると、大きく息を吸った。長々と話すのだろう。
「もう何で災厄と戦闘になるかは嫌でも分かってるだろ。あいつが今なら勝てると確信してるからだ。断言してもいいが、近い内に殺り合うことになるだろう」
俺よりクリストのほうが災厄の性格や考え方を理解している。
クリストがそう言うなら、そうなんだろう。
理由も無限にあるだろう、闘神の血を継いだセリア、闘神の剣術を磨いている俺達。
「ならやっぱり、流帝に同行してもらって戦いが終わるまで離れたほうがよさそうだね」
「俺は正直ここに辿り着くまでに災厄が現れると思ってたんだ。ここに着いた以上もう俺にも分からん。でも、あいつの性格からしてアルベルが離れたら面白がってお前の家族を殺す可能性もある」
その言葉に俺だけではなく、自分の命の危機を実感したのか、エリシアとルルが戦慄するようにぶるっと体を震わせた。
なら、どうすれば……いや。
家族を連れていく覚悟を固めるしかないな。
俺が瞳を閉ざしていると、クリストが続けた。
「まぁ、俺はここに居てもいいと思うけどな」
「は? 何言ってるんだよ。さすがに無関係の人達を巻き込めないでしょ」
「災厄の件に関しては世界中の奴らにとって無関係じゃないと思うけどな。被害は出るかもしれないけど、俺は知らない奴の命よりお前らのほうが大事だからな」
それはエリシアやルル、エルのことを差しているのだろう。
クリストの俺の家族を思ってくれる気持ちは嬉しい。
というか、実感する。
俺は本当に疫病神だ。
どこに行っても、いつ爆発するか分からない爆弾を抱えている。
しかしクリストが何と言ってくれようと、俺は皆を連れてこの国を出るだろう。
どうせ、戦場が変わるだけで戦うことに変わりはない。
巻き込んでしまう人が増える場所で戦う意味なんてない。
でも……。
俺が右手で額を抱えうなだれると、セリアが優しく肩に手を置いてくれる。
エリシアとルルに申し訳なくて頭を上げれそうになかった。
そんな俺を見て、クリストが再び言った。
「まぁ今の話は最悪のケースだ。俺は意外とあっさり終わるんじゃないかと思っててな」
「え? 何で?」
罪の意識が軽くなりそうな期待に俺は少しだけ顔を上げる。
「災厄がこの国に来た時、人を殺しながらお前の元に向かうと思うか? 多分息を潜めてお前が一人になった時に背中を狙うだろ。いや、もう一番危ないのはセリアだろうな……」
「は……セリア?」
「前にも軽く言ったが、セリアは闘神に、本当に似てる。瓜二つだ。災厄は相当意識してると思う」
俺からセリアに矛先が変わってしまったら……。
いや、クリストの言葉が事実なら、その可能性は高いのか。
今までで一番俺の表情が強張っていく。
でもセリアは違った。
「私はその方がいいわ。アルが狙われるより自分の方が気楽だもの」
「そんな、それじゃ逆に俺が――」
「俺もセリアの方がマシだと思うぞ。アルベルは気を抜く時が多いからな……まだ反省してなかったみたいだし」
それは酔っ払ったことだろうか。
まぁあれだけ災厄が現れたらどうすると怒られ、そのうえ仕事の相談をした俺だ。
言われても仕方ないかもしれない。
前までは災厄が迫ったらレイラが教えてくれるだろうと気楽に考えていた。
あの時は戦闘になっても勝てると思っていたし。
今は、厳しい戦いになるのは間違いないのに。
「いいか、常に二人で一緒にいろ。それと俺からなるべく離れるなよ」
「うん……分かった……」
「前から離れることはなかったもの、いつも通りよね」
セリアは俺と違って余裕だな。
いや多分、俺と違って全てのことに自信を持っている。
俺やクリスト、皆で戦えばセリアは絶対に負けないと思ってる。
セリアがそう思ってるのに、俺が皆を信頼してなかったらだめだよな。
全員と一番付き合いが長いのは、俺なんだから。
「とりあえず流帝に協力をとりつけてから国を出るかはお前が考えたらいい。向こうが同行してくれるって言うならここじゃなくても構わないのは事実だからな」
「うん、そうだね。まずは道場に行こうか」
でも、やっぱり申し訳ないのは。
「母さん、ルル。巻き込んでごめんね」
苦笑いも作ることができず、厳しい表情を作ってしまう。
ずっと黙って聞いていたエリシアが立ち上がると、相変わらず子供扱いで俺の頭を撫でた。
「もう、私のことで心を痛めるのはやめて。私は一秒でも一緒に居られたら嬉しいんだから」
「戦闘では力になれそうにありませんが、それ以外のことはサポートしますので」
謝ったのは自己満足だ。
二人が俺を励まし、楽にするような言葉を投げかけてくれるのは分かっていた。
きっとそれは本心だろう、でもそんな優しい二人だからこそ申し訳ない。
エリシアが俺を撫でている間に、きゃっきゃと楽しそうにエルとフィオレが降りてきた。
二人がいないけど先に軽く話しておくか的なノリだったのに、かなり重たい話になってしまったな。
二人は無関係じゃなく、一緒に戦うことになる仲間だ。
こんな話を二度もするのは辛いが、言わないとな。
しかしエルは首を傾げながらも普段通りだった。
「どうしたの? 何か空気が重いけど」
「ちょっとね、話すからエルもおいで」
軽く手招きするが、エルの足は動かなかった。
ん?
「私これからローラの所行くから後でいい? どうせいい話じゃないんでしょ?」
激しいブラコンから、急に反抗期が来たのだろうか。
エル、最近俺への態度が急変してないか。
たまに以前のように甘えてくる時もあるけど。
ツンデレ属性まで備えてしまったのか。恐ろしい。
「えっと、うん。いい話じゃないけど、必要な事というか……」
「帰ったら聞くよ。お兄ちゃん、変な顔してるし気分転換してきたら?
ここにはお兄ちゃんの好きだった所もあるし」
「ん、道場?」
「何でそうなるの。お風呂でしょ」
あぁ、そういえば。
この国には銭湯があったのだ。
色々ありすぎてすっかり忘れていた。
でも、今はさすがに厳しいというか無理だ。
「エル、さすがに風呂に入ってる暇はないよ」
「まぁアルベル、気を抜くなとは言ったがずっと気を張ってても逆効果だ。
それに俺達も今から出かけるだろ」
「もちろん流帝のところには行くよ」
「いや、その前にランドルの剣買いにいこうぜ。もし国から出るなら必要なことだからな」
まぁ、一人になった時を狙われるなら、こんな真昼間から武器屋でいきなり襲撃を食らうこともないか。
俺が頷くと、今まで目を瞑りながら黙って聞いていたランドルが口を開いた。
「別に俺は一人でもいいぞ」
「いや、ランドルの剣は俺が選ぶ」
「今度こそ俺だっての。フィオレの時はお前ずるかったからな」
まぁ、あれは師匠の力が発揮されていたからな。
フィオレは今も愛用してくれているし、自分が選んだと思うと嬉しいものだ。
「早い内に行こうか。エル、俺もローラさんの所に顔出しにいくし、一緒に行こう」
遅い反抗期のエルは拒否するだろうか。
そう思いもしたのだが、意外にも嬉しそうに微笑みを見せた。
「うん、いいよ」
何だ……この可愛らしい表情を見てると前と全く同じだな。
一体エルはどうしてしまったのだろうか。
こんな天使のような微笑を見ているとブラコンでいてくれてもいいと思ってしまう。
やっぱり兄とは勝手なものだな。
「フィオレも一緒にランドルの剣選ぼうよ。一応先輩だしね」
「えぇ!? 私の見立てじゃ絶対だめですよ!」
「そんな事ないって、ほら、行こう」
俺達は全員で歩き出すと、玄関で母とルルがいってらっしゃいと見送ってくれる。
帰ってくる家があるんだなと、心地よくも感じるが、すぐにこの家ともお別れするのだろうか。
家から出て少し歩くと、セリアにどきっとさせられた。言葉で。
「ねぇ、ローラって誰?」
淑やか美人な女の子、とはさすがに嫁の前ではよろしくない。
あれから何年か経ったし、より一層美人になってるんだろうな。
そんな考えは自分の心にしまいこみ、軽い感じで言った。
「友達だよ」
「そうなんだ」
ローラに関する話を切るように、俺はランドルの剣について話を振りはじめた。
背中でエルとフィオレが何か話していたが、内容は聞き取れなかった。
「はぁ……」
「エル、どうしたんですか?」
「ううん……どうなるんだろって思って……」
「はい?」
後ろを振り向くとエルが呆れた表情で俺を見ていた気がした。
どこかだらしない部分があるのだろうかと自分の服装を見るが、特におかしいところはなかった。
最近のエルの言葉は色々と心に突き刺さることもあるので俺は聞くことはせず、少し背筋を伸ばすといつもより姿勢よく歩き続けた。




