第八十一話「久しぶりの」
作者の息抜きで書いた話です。
正直読まなくても問題ありません。
本来ありえない行動を取るので、おまけ、IFぐらいの気持ちで見てくださると助かります。
クリストとの関係が修復され、そのまま旅を進めて一ヶ月半程経った頃。
馬を休めるついでに町に寄ることになった。
さすがに馬車と土の上で寝るのがほとんどだ、俺はいいが辛い者もいる。
タイミングが合う時はできるだけ町で休もうという話になっていた。
そして、その宿の一室。
俺とセリアの部屋にランドルがノックしながら乱暴に扉を開き、入ってきたのがきっかけだった。
その手にはイゴルさんの剣を持っている。
「セリア、さすがにまずいんじゃねえか」
まさかのランドルの訪問先は俺でなかったことに驚愕する。
いや、何様だ俺は。
ランドルも昔より交流するようになっているのだ。
セリアとランドルの組み合わせは何度見ても、しっくりこないけど。
まぁそんな事より。
具体的な言葉は口にしていないが、何を言いたいかは分かる。
「別にいいわよ。セルビア王国で返して」
何でこんな会話が行われているかという、そもそもの話だ。
今日はせっかく町に寄れたので、ランドルの剣を見てみるかという話になった。
しかしランドルは剣術初心者とはいえ、強いのだ。
ランドルの腕に、巨体に見合う剣はこの小さな町では売ってなかった。
ならば品揃えの良かったセルビアで買うことにするか。
別に今困ってるわけじゃないし、いいよな。的な感じに。
話はそれで落ち着いたと思っていたが。
やはりランドルはいまだにセリアの大事な剣を借りてる事を気にしていたようだ。
もしくはいつも似合わない剣を持っていて、エルに馬鹿にされるのが限界なのか。
さすがにそれはないか。
純粋にセリアを気遣っているだけだろう。
強面のクールキャラのくせに、ランドルは気遣いができる。
ふと思うが、こういうところがあるランドルってモテるんじゃないだろうか。
俺の知らない間にそういう相手ができたりしてないのかな。
さすがに一緒に歩いていて「きゃー、あの人格好良いー」なんて町娘が沸き立つことはないけど。
ちょっと聞いてみようかな、そう思ったのだが。
「そうか、じゃあ借りとくぞ」
「えぇ、おやすみなさい」
俺とは一切会話することなく、部屋から立ち去ろうとする。
待て待て待て。
「ランドル」
「何だ?」
昔とは違い俺に声を掛けられても面倒そうな表情は一切見せることなく、普通に振り向いてくれる。
そして言おうとするが、さすがに会話の流れでおかしくないかと思う。
大事な剣の話をした後に「ねぇ、ランドルってモテんの?」は空気読めなさすぎだろう。
セリアにも「はぁ!?」とか言われて幻滅されそうだ。
「用があるならさっさと言え。急いでるんだよ」
呼び止めておきながら何も言わない俺に、少し苛立つランドル。
正直ランドルと少し話したいと思っただけだし、今のんびり聞く話でもないか。
ランドルも急いでるって言ってるしな。
――ん? 急いでる?
ふと気付いてランドルの服装を見ると、さすがに鎧はつけていないが今から外にでるような格好だ。
単純にまだ着替えてないだけだろうか。
そもそもランドルって宿で寝る時に、俺達みたいに寝巻きに着替えるのだろうか。
「ランドル、今からどっか行くの?」
聞くと、ランドルは「あぁ」と素直に頷いた。
「最近飲めてなかったからな。酒場に行ってくる」
「あら、そうなの。早朝には出るんだから飲みすぎちゃだめよ」
「アルベルみてえにだらしねえ体質じゃねえさ」
俺が酒に弱いと言いたいのだろう。
というか、酒場だと……。
ランドルは最近飲めてないなんて言ってるが。
よく考えろ、俺なんてあれ以来、アルコールなんて一滴も口にしていない。
酒を飲む余裕なんてなかったし、考えもしなかった。
俺はランドルの同情を誘うように、ベッドに腰掛けたまま俯き、右手で頭を抱えてやっちまったぜポーズを作る。
そして哀愁漂わせるようにぼそりと言った。
「俺、ルカルドの酒場壊して以来、飲んでないんだよね……」
「知るかよ」
問答無用で切り捨てられた。
分からないのか、俺の今のこの気持ちを。
カロラスに居たころのように、たまには男同士で一緒に飲もうという俺の友情を。
「レオンに聞いたけど……アルって、お酒弱いのよね……?」
「えーと、うん。でもあれから歳も取ったし、強くなってると思うよ」
「馬鹿言ってんじゃねえ。暴れて酒場ぶっ壊す奴が多少強くなったところで変わらねえよ」
「ランドル、俺のこの熱い友情が伝わらないのか」
「お前のことを思って言ってやってんだ。昔はまだ良かったが、今のお前が暴れると死人が出るぞ」
まぁ、確かに。
ルカルドの高ランク冒険者の集まりでさえ、病院送りになった。
この町の酒場にいる荒くれ者なんて、やばいかもしれない。
やっぱりダメか……。
そう諦めかけた瞬間。
「アル、お酒飲みたいなら私も一緒に行こうか?
アルが酔っても押さえてればいいんでしょ?」
天から救いの手が差し伸べられた。
というかセリアは聞いているが、俺が飲みにいくとなったら絶対一緒に来るに決まっている。
俺も絶対誘ってたし。俺達はセットなのだ。
何の問題もないじゃないか。
「絶対に嫌だ。お前もアルベルと同じ匂いがすんだよ」
だめ、じゃなくて嫌というランドルの心象は何か察せる部分がある。
言われてみれば、セリアが酒を飲んでいるところなど見たことない。
「私も昔はちょっとは飲んでたから、弱くはないと思うけど……」
「む、そうなの? 誰と?」
「ライトニングに誘われて、たまにだけど」
ちょっとジェラシーを感じてしまったが、ライトニングと聞いて安心する。
あのパーティはセリアをそういう目で見てないしな。
「じゃあお前ら二人で行けよ。俺は別の場所で飲む」
「何言ってるんだよ。男同士でしかできない話もあるだろ。
最近は大所帯だったからなかなか二人で話せなかったしね」
「セリアもいるじゃねえか」
「セリアと俺は一心同体だ。二人で一つ。分かるだろ」
「分かるかよ」
セリアを軽く抱き寄せると、セリアも嬉しそうに俺に体を預けてくれる。
ふふ、羨ましいかランドル。
俺が何故か勝ち誇っていると、ランドルは呆れたのか溜息を吐いた。
「もういい……さっさと準備しろ」
「もちろん、光の速さで着替えるさ」
既に寝巻きだった俺とセリアは、颯爽と普段の剣士服に着替えた。
ラフな格好でもいいのだが、楽しく飲んでいるときに舐められたくないからな。
念のために鳴神も腰に掛ける。
これはさすがに必要ないが、誰もいない宿の部屋に置いていくわけにはいかない。
俺達は珍しい三人組で、宿を出た。
しばらく歩くと、ランドルはリサーチしていたのか迷いなく店へ入っていった。
この町で一番大きい酒場のようで、何十人もの冒険者達が楽しそうに飲んでいる。
こういう風景も懐かしいな。
カルバジアの南ということもあり、低ランクの冒険者が多いのだろう。
さすがに知り合いはいなかった。
強くなった冒険者はどんどん北へ進むので、当然かもしれない。
席に着くと三人でエールを頼み、適当に料理を注文した。
もう夕食は済ましているので、軽いものばかりだ。
ランドルはいくらでも食いそうな体をしているけど。
エールの入ったでかいコップが運ばれてくると、俺達は三人でコツンと乾杯した。
久しぶりのエールに、少しドキドキしながらもぐいっと喉に流し込む。
「う、うまい……」
思わず声を出してしまうほど、美味かった。
歳をとればとるほど、酒は美味しく感じる気がする。
セリアは俺とランドルのように一気に飲むことはなく、上品に見える佇まいでゆっくりと飲んでいた。
綺麗なドレスを着せて剣を外してしまえば、どこかのお姫様のように見えそうだ。
飲んでるのはエールだけど。
可愛いセリアを肴に一杯を飲み干すと、俺とランドルはすぐに二杯目を注文した。
「へぇ、本当に少しは強くなってるな」
「そうだろ。大人の余裕で二杯目も頼めるさ」
「まぁ、酔わないならそれでいいけどよ」
俺達は飲み続けた。
二杯目を飲み終えた頃、少し酔ったのか顔に火照りを感じる。
楽しくなってきた俺は、部屋を出るまでに聞こうとしていたことを口に出す。
「なぁーランドルは彼女とか作らないの?」
「はぁ? 何言ってんだ。もう飲むな」
質問のせいで飲酒禁止勧告をされるが、そんなの無視だ。
「いやさぁ、気になるじゃん。ランドルって男前だしムキムキだしモテるんじゃない? ねぇ、セリアもそう思わない?」
え? といまだに一人綺麗な姿勢でエールを口付けていたセリアが首を傾げて考える仕草を見せる。
「私はアルが一番格好良いと思うけど……」
当たり前のように言ってくれるセリアに、更に酔いが回ったようにくらっとする。
うん、いいな。
というか、嫁に「この男かっこよくない?」とか聞くのはおかしいな。
セリアを少し困らせてしまった。
反省、反省。
「ふふ、いいだろランドル。恋人とは、夫婦とは、素晴らしいものだ」
「何だよ、さっきから……」
「今まで女の子といい感じになったことないの? 俺と別れる前も一人で飲みにいってたりしてたじゃん」
「ねえよ」
ランドルってこの体系で、この強面で。
女をはべらしているようなイメージさえ浮かんでしまう外見の男だが。
もしかして、俺の方が先輩なのではないか。
今まで外見に騙されていた。
どこまでいっても、ランドルが経験豊富に見えてしまっていたのだ。
「その、ランドルって女の子とそういう事になったことないの?」
オブラートに包むが、セリアは分かったようで少し頬を赤く染めた。
これは酒のせいではない。
そしてそんなセリアを見て俺の言いたいことが分かったのか、ランドルも言い切った。
「ねえよ。お前に関係ないだろ」
「あるさ、ありまくりさ。仲間として友としてだな、ランドルの恋人にはこう、ランドルの扱い方を教えてあげないと……」
シャドーボクシングするように拳を突き出す動作を見せると、ランドルは呆れ顔だった。
「何で殴られないといけねえんだよ」
「襲いたいほど愛してる、的な愛情表現だよ。ランドルはきっと恋愛関係は鈍感だろうからなぁー」
「俺は、お前ほど鈍感じゃねえよ」
「おいおい、俺とセリアを見てそんなこと言うのかよ」
俺は勝ち誇るように隣に座っているセリアと肩をくっつけランドルに視線をやる。
酒の席でなければぶん殴られてそうな態度だ。
「はぁ……もういいさ、勝手に言っとけ」
「まぁそれはいいとしてさ。恋人を作ろうとか思わないの?
今は旅の途中だからあれだけど、セルビアに滞在した時とかさ」
「さぁな、相手がいればそんな事もあるかもな」
一応、恋人を作る気はあるそうで俺は安心する。
ランドルにもこの幸せを知ってほしいのだ。
「でも意外ね、ランドルはぱっと見は女好きの冒険者の顔よね」
「何人も侍らしてるのが似合うよね」
「うるせえよ」
俺達が悪気はないが毒を吐いてしまうと、ランドルは面倒そうに切り捨てた。
まぁこんな話はいいかと思い、俺とセリアは話を切り替えるように別の話をしはじめる。
ランドルは面倒そうに酒を飲んでいたが、何かぼそりと呟いた気がした。
「お前らのが、うつっちまったのかもな」
その声は聞こえなかったが、俺達は楽しく飲み続けた。
話は唐突だった。
セリアの一言がきっかけで、少し考えることになる。
「アルはエルが恋人連れてきたらどうするの?」
「エル!? うーん……どうするんだろ」
というか、考えたこともなかった。
想像もできない。
お兄ちゃん、この人が私の彼氏だよ! とか、エルが言うか?
いや、兄離れし始めた今なら、あるのかな……。
むしろ俺が妹離れできてないぐらいだし。
エルの恋人……エルを守ってくれる男。
あのエルが選んだ男なら文句はないが、兄としてやることがあるのならば。
「エルが欲しければ兄である俺を倒していけ! とはもちろん言うけど……」
「なら私も一緒にやった方がいい?」
「そうだね、二人で試験しよう」
「ふふ、どんな強い奴を連れてくるか楽しみね」
俺とセリアがエルの話で盛り上がっていると、ランドルは呆れていた。
こいつら馬鹿か、そんな目で見られている気がする。
「お前ら二人に勝てる奴がいるわけねーだろ……」
「そんなの分からないよ。愛の力は無限大だからね」
「こんな馬鹿な兄貴と姉貴がいちゃ、エルには一生男できねえだろうな」
うーん、まぁエルが好きになる相手が戦いの世界で生きているわけでもないか。
商人とか魔術師だったら、さすがに俺とセリアを倒せは無茶すぎるか。
でも、何があってもエルを守ってくれると信用できる人がいいな。
この世界は力で解決しないといけないことも多くあると身をもって知っているから。
「お前が満足できるレベルの奴なんか、いやしねえよ」
ランドルは俺の思考を読んだように酒をぐいっと飲む。
俺はふと思った。
「ランドルならいいけどね」
俺が平常の声色で言うとランドルは驚いたのか、口の中に入ってた酒をむせるように咳き込みながら吐き出した。
息が整うと、また俺を馬鹿にするような視線を送る。
「気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ。俺がエルを女として見てるように見えるか?」
「まぁ……そうだね。エルも同じだろうし」
「そうだろうが。ここにエルがいたらキレて何するか……」
ランドルは今までエルにされてきた行為を思い出したのかどんよりとした表情になった。
この酒場ごとランドルを燃やすぐらいはしそうだ。
ランドルからすればとばっちりだけど。
「ま、こういう話はもっと落ち着いてからしようか」
「お前がし始めたんだろうが」
ランドルが苛立ちながら酒を注文すると、俺達はまた飲み始めた。
酒が強くなったと安心していた俺だったが、次第に楽しさしか感じない酔っ払いになっていき、理性が吹き飛んでいった。
一時間後――
「アルベル、今更言うのもあれだが、クリストに隙を見せるなってうるさく言われてたろ」
「隙って? あぁー! 災厄のことかよ! 俺に隙なんてない、今襲われてもタイマンで戦ってやるぜ」
「アル……そろそろ帰りましょうよ。すぐに朝になっちゃうわよ」
アルベルが酒に強くなったと、最初は半信半疑のランドルだったが、三杯ほど飲んでも理性があったので安心して飲ませていた。
しかし、何杯目からだろうか。
いや、本来もっと早くに理性を失っていたのかもしれない。
飲むなといわなかったから、アルベルが静止を振り切り暴れることがなかっただけだ。
しかし、今は――。
かなり飲んでいることもあり、前より酷いかもしれない。
「セリアも飲もうよ! まだあんまり飲んでないでしょ?」
「え、えぇ……」
「おいセリア、お前は何のために来たんだよ」
「だって、アルは楽しそうだし。何かいつもより男の子だし、別に暴れてないから」
セリアも最初は止めていた、が。
アルベルの新しい一面を見るのが珍しいのか、戸惑いながらもランドルのように声を荒げて止めることはなかった。
そしていつも何故か自信がなさそうなアルベルだが、今は自信に満ち溢れていた。
そんなアルベルの姿を見るのはセリアの女の子の部分が喜んでいた。
しかし、三人だけで飲んでいた席だったが。
三人だけの空間は突如終わることになる。
アルベル達の席がいきなり騒がしくなったことで、他の客にちらちら見られるようになった。
普段ならば、よくある風景。
ただでさえ騒がしい酒場に、より一層うるさい奴らがいるだけだ。
でも、その中で騒いでいる一人の剣士の姿が特徴的だった。
最近この辺りで噂になっている人物と、風貌が似ていた。
次第に店内はざわついていき、とうとう一組の若いパーティがアルベル達の前まで近付いた。
どうなんだ、と他の冒険者達もごくりと息をのみ観察している。
「すいません、アルベルさんですか?」
ルクスの迷宮を攻略し、死亡したことは冒険者の中で有名だ。
しかし、カルバジア大陸の北と南側ではもう払拭された噂が出回っていた。
それも南側では海竜王と討伐したという上乗せされた情報だった。
海竜王は大きく、遠目でも視認したものが多かった。
アルベル達は馬車でゆっくりと移動していたので、自分達の足より先に情報が出回るのは初めてだった。
酔っ払っていたアルベルは当たり前のように頷き、肯定する。
「そうだよ、どこかで会ったっけ?」
酔っ払い血走った目で若い剣士を見るアルベル。
もう歴戦の剣士の雰囲気を漂わせるアルベルに普段こんな目で見られたら、若い剣士は戦慄するのかもしれないが。
今は違った。
アルベルは冒険者にとって、剣士にとって憧れの存在になっていた。
「海竜王を倒したって本当ですか!? 後、ルクスの迷宮も!」
「あー、海竜王は皆で倒したけど、本当だよ」
聞き耳を立てていた冒険者達も立ち上がると、歓声があがった。
この町は低ランクの冒険者が多く、アルベルより若い人間も多かった。
年齢なんて関係ないと、可能性に溢れる経歴を持っていたアルベルは若い冒険者にとって憧れだった。
本人はそんな事知る由もないが、普段とは違い持ち上げられることに満更ではない表情を浮かべていた。
「おい、アルベル。なるべく目立つことはするなって口を酸っぱくして言ってたのはお前だぞ……」
「いいじゃないこれくらい。アルならこんなの当然よ」
自分の好きな人が有名になり、持ち上げられている。
セリアは自分のことのように胸を張っていた。
すぐに周囲の冒険者が三人を囲み、質問責めにあう。
アルベルは聞かれたことに、包み隠さず何でも答えていた。
今まであまり言わなかったことも。
「どこの流派なんですか? あんまり情報がなくて」
「闘神流っていう最強の流派だよ! 広めてくれよな!」
今までアルベルが酔うと、酒場で喧嘩になることしかなかった。
しかし今は持ち上げられるだけ。
それはもう気持ち良さそうにアルベルは飲み続けた。
「今日は全部俺が奢るか! 好きなだけ飲んでいいぞ!」
アルベルの優しげな口調は消え、クリストを思い出すような言葉遣いになっていた。
酒場の騒ぎは大きくなり、外からも何だ何だと中に入ってくる冒険者が多かった。
広い酒場とはいえ、もう普通に歩くのが難しいほどに冒険者で埋まっていく。
ルクスの迷宮のボス戦に続き、ドラゴ大陸の魔竜騒ぎ、海竜の群れ、海竜王と聞かれてないことにも勝手に語り始めた。
さすがに災厄のことを言わなかったのは理性があったのか単純に忘れていたのか、それは分からない。
しかし冒険者達はアルベルの話を興味深く聞いていた。
そして、ある冒険者が言った言葉から、問題が起こり始める。
いや、既に問題になっているが。
今の段階で問題だと思っているのは、ランドルだけだった。
「海竜王はどうやって倒したんすか?」
「闘波斬っていう最強の技があってだな……」
「見せてくださいよ!」
「よし! 外に行くぞー!」
アルベルの声に冒険者達が同調するように声を上げると、皆足早に酒場からうきうきと出て行く。
酒場の前の大きな広場には人だかりができ、その中心にはアルベルがいた。
そのすぐ横にセリアがいて、少し離れたところからランドルが呆れたように見守っている。
セリアは少し闘波斬を見せるくらい、問題ではないだろうと思っていた。
自分の大事にしている流派の技を、見せるだけ。
闘神流が有名になり、評価があがるだろうなと嬉しそうにすらしていた。
ランドルはもう諦めていた。
いつもと違い酒場を破壊するわけでも、怪我人を出すわけでもない。
ただもてはやされているだけ。
もう、たまにはこんなアルベルを見るのもいいか。
呆れた様子ではあったが、もう好きにさせることにした。
闇夜に異質な盛り上がるステージが出来上がる。
アルベルが皆を黙らすように手のひらで静止すると、ぴたっと騒ぎは収まった。
そして月明かりがスポットライトのように、アルベルを照らす。
アルベルはそんな月を見上げながら、言った。
「俺は今から、あの月を斬る」
「「おおぉぉ!!!」」
他の誰かがそんなこと言っていたなら、馬鹿かこいつと吐き捨てられたことだろう。
しかしアルベルの経歴と雰囲気が、他の冒険者達を信じさせていた。
だが、もちろん半信半疑の者もいる。
「月を斬るって、どうやって……」
「まぁ、見るだけならタダだし……」
「そもそも、本当に噂の剣士なのか……?」
そんな声が上がる中。
もう一人、アルベルにとっては意外な人物が否定の声を上げた。
「ア、アル……さすがにそれは無理じゃないかしら……」
「できる。今、何でもできる気がするんだ」
セリアの当然の疑念に、即答するアルベル。
そしてゆっくりと剣を抜くと、再び歓声が上がった。
剣士なら誰でも分かる、神級の剣。
暗闇の中でも、漆黒の刀身は輝いているように見えた。
アルベルは腰を落とし、構えた。
そして、闘気が爆発する。
周囲を、この小さな町を包み込んでいるのではないのかと思うほど、巨大な闘気。
半信半疑だった冒険者も、初めて体験する異常な闘気で確信した。
この男は、噂通りの剣士なのだと。
全員が固唾を呑んで見守る中、一人だけ違った。
セリアは知っていた。
これはアルベルの全開の闘気。
こんなのを引き出し、放出すれば闘気の負荷と枯渇が。
いや、もう負荷は避けられない。
さすがのセリアもこれを放出するとまずいということを理解した。
「アル! だめよ! やめなさい!」
もう集中してセリアの声すら聞こえないのか、巨大な闘気が鳴神に集中していく。
そして鳴神が赤く、輝いていく。
「闘神流奥義……! 闘波ざ――! ぐえっ」
鳥が絞め殺されたような声を出した瞬間、アルベルの体は上空に吹っ飛び、アルベルが落ちてくるより先に鳴神が地面に突き刺さった。
アルベルのいた場所には、拳に青い闘気を纏わしているセリアがいる。
ゆっくりと回転しながら落ちてくるアルベルを優しく受け止めると、溜息を吐いた。
「はぁ……アル、だめじゃない」
もう意識がないアルベルに説教するように言うセリア。
ランドルからすれば、十分セリアもだめだった。
「お前に言う資格ねえよ……」
こうしてアルベルの馬鹿げたショーは終わった。
セリアが状況を理解できていない冒険者達を強引に散開させる。
さすがに納得できないで広場から離れない冒険者が多かったが、セリアが睨みつけると立ち去っていった。
あの男を一撃で仕留めた女に殴られでもしたら、死んでしまう。
恐怖から、冒険者達は去っていった。
広場に三人だけになると、駆けつけてくる者達がいた。
一番先頭を走っていたクリストが、ぼそりと言った。
「アルベル……? どうなってるんだ」
事情を説明すると、皆呆れたように頭を抱えた。
「アルベルが目覚めたら説教だ」クリストの言葉に、誰も異論はなかった。
目が覚めると、既に朝日が昇り始めているのか、視界に少し赤色が差していた。
そして頭に柔らかい感触がある。
空が見えるのに、地面じゃないのか?
そう思った瞬間、俺と空の間に綺麗な顔が割り込んでくる。
その美しさに驚きながらも今の状態を理解した。
「アル、大丈夫?」
俺はセリアの膝枕で過ごしていたらしい。
何でこんな事になっているかは分からないが、幸せだ。
もう少し味わっていたい感触だが、さすがに外だし起きた方がいいだろう。
「うん、だいじょう……っ!!」
上半身を無理やり起こすと、酷い頭痛。
そして全身が激痛に襲われた。
これは、闘気の負荷。
一体、何があったんだ。
「もしかして、記憶がない間に災厄と戦ったのか……」
何らかの手段で俺の記憶を奪ったのかもしれない。
あいつは何でもありだ。
しかし、俺がここで生きていてセリアも無事だということは、倒せたのだろうか。
俺の疑問に返事をする者はいなく、最初に掛ったのは治癒魔術だった。
「母さん? 闘気の負荷は治らないよ……」
少し、いやかなり怒ったような表情で治癒魔術を掛けてくれる母は、とても恐かった。
エリシアの治癒魔術が終わると、頭痛がすっと消えていった。
あれ、なんかこの感覚は覚えがあるぞ。
もしかして……。
改めて周囲を見回すと、全員が集合していた。
エルも、ルルも、フィオレも、クリストもだ。
全員が俺を呆れた表情で見ている。
フィオレにすらだ、弟子にこんな目で見られたことなかった。
これは……。
先頭に立っているクリストが俺の目の前に来ると、恐かった。
その顔だ、片眉をキッと吊り上げ、とっても美形な顔が怒りで歪んでいる。
「アルベル、立て」
闘気の負荷で苦しんでいると知っているだろうに、厳しかった。
しかし全てを理解してしまった俺は、セリアに介抱されながらも立ち上がる。
い、痛い……。
「何で怒ってるか、分かるか?」
「えっと、酔ってなんかしちゃったのかな?」
周囲を見回しても、何かを破壊した形跡も何もない。
改めて考えると、別に怒られることをしてないのではないか?
まぁ、皆を心配させて睡眠時間を奪ってしまったのは申し訳ないと思う。
でも、今までこんなにクリストが怒ることがあっただろうか。
クリストは次第に呆れた表情になっていくと、口を開いた。
「お前、月を斬るとか言って全開で闘波斬打とうとしたってよ」
「は? そんな馬鹿なことするわけないでしょ」
ねぇ? とセリアを見るが、肯定するように首を振った。
揺れる長い金髪が綺麗だとか、そんな事思う余裕もない。
「いつ災厄が襲ってくるかも分からないのに、酔っ払っただけじゃなく闘気を枯渇させようとするなんて自殺行為だぞ。災厄が現れてたら皆死んでたな」
「ご、ごめんなさい……」
子供のようにしゅんとなり、ただただ謝る。
本当にクリストの言う通りだ、何をやってるんだ俺は。
また、飲酒禁止令が出されるのだろうか。
いやもうさすがにこれは文句言えないな……。
クリストは俺がちゃんと反省していると満足し、説教は終わったように思えたのだが。
次は長い長い説教の歴史を持つ、母が俺の目の前に現れた。
「アルー? みんな心配したのよー? すごい勢いでクリストさんが宿から飛び出して行って……」
多分、俺が戦闘していると思って、家族に逃げろとか叫びながら来てくれたのだろう。
凄く想像できる。
それなのに行ってみれば、俺が酔っ払って馬鹿なことしてただけ。
「うん、反省してるよ……」
俺が反省するようにうなだれてからが、長かった。
エリシアの説教は続き、五分、十分……。
さすがにもう闘気の負荷で体が限界だった。
この痛みはエリシアには分からないだろうと諦め、必死に耐える。
しかし、情けないが。
横で見守っていたエルに視線をやってしまう。
助けてくれ、そう思いながら。
エルは驚くことに、ふんと言いたげにそっぽを向いた。
その仕草は可愛らしく、頭を撫でてやりたい気持ちに駆られるほどだ。
でも、何で?
エルが俺に対してこんなに怒ることだろうか。
エルなら「いいじゃない」とか言ってくれそうな気がしたのに。
「エ、エル? ちょっと、冷たくないかな……」
「冷たいのはお兄ちゃんでしょ。なんで私は誘ってくれなかったの」
そ、そういうことか。
単純に知らない間に飲みにいきやがって、的なことか。
エルは本当に怒っているように見える。
まぁまぁとフィオレがエルをなだめるが、焼け石に水だ。
「ごめん……」
結局皆に謝ることになり、俺は大人しく最後まで説教を聞き入れた。
もう、全てが終わるまで酒は飲まない。
そう誓った。
俺のせいで一日多く滞在することになり、旅の歩みは少しだけ遅れてしまったが。
皆もう一度終わったことは掘り返すことなく、普段通りに接してくれた。
エルに関しては、しばらく機嫌が直らなくて四苦八苦したのだが。
セリアが取り持ってくれて、何とかなった。
とまぁ、かなり馬鹿げた俺の起こした問題は終わり、再び賑やかに旅が始まった。
災厄に襲われることもなく、俺達は進み続けた。
そして何も大きな問題も起こらないまま約一ヶ月後。
俺達は目的地の、セルビア王国に辿り着いた。
九章は終わりです。
今回も付き合ってくださった読者の皆様、ありがとうございました。
後、二章で完結します。
また少し更新が止まりますが、ご容赦ください。




