第八十話「悩みの理由」
港町から一日歩くと見えた小さな町。
俺以外はその町の存在を知っていたようで、案内されるように町に入った。
さすがに家族がいつものような俺達の旅のペースについてくるのは無理だろうと。
今戦力も激減しているし、馬車を使ってセルビア王国を目指そうという話だった。
しかし、さすがに今日一日は宿で休む。
災厄が背後から迫ってるにしても、船で移動してるなら絶対に数日は現れない。
クリストもその件については異論もないようで、頷いていた。
服も着替え、全員が宿の部屋に入っていく。
いつもの様に談笑する雰囲気でも状態でもなく、皆無言で部屋に入った。
二人ずつの、いつも通りの部屋割りだ。
俺はセリアを優しくベッドに横にする。
こんな心境で睡魔が襲ってくるわけもなく、ベッドの横に椅子を置いて見守っていた。
海竜王との戦闘で、傷は誰も受けていない。
強いて言うなら俺が最初に吹き飛ばされたことだろうか。
すぐにエリシアとエルが治療してくれたし、もう傷一つない。
あんな存在と戦ったことを考えれば、奇跡的な健闘だろう。
闘気の負荷と枯渇が治れば、俺以外は元通りだ。
精闘気が使えない今、俺の能力は今までより遥かに劣る。
クリストが自分より俺の方が強いと言ってくれた言葉も、撤回されるだろう。
精闘気が使えなくなり、クリストにがっかりされるんだろうか。
それは仕方ないかもしれない。
でも、やっぱり。
一番辛いのは、レイラが居なくなってしまったことだ。
罪悪感で、押しつぶされそうだ。
レイラが身代わりになってくれるほど、俺はレイラに愛情を注げていなかったから。
何でもっと、色んな話をしていなかったんだろう。
レイラの俺に対する深い愛に気付いて、積極的にレイラと話したのはここ数日だけだ。
酷い奴だな、俺は。
もしあの世があるなら死んだ時に謝り、礼を言い、今度は深くまで話せるだろうか。
いや、俺を待っていると言ってくれた。
レイラが嘘を吐いたことなんて一回もない。
やり直せる機会はきっとまだあるのだ。
生を全うしたら、その時は――。
俺が思いを馳せていると、ベッドで横になっていたセリアの体が少し動いた。
すぐに反応すると、手を擦るように優しく握る。
「ん……」
寝起きのような可愛い声を少し出しながらセリアの綺麗な瞳が少しずつ開かれていく。
俺と目が合うと、すぐに優しげな表情を見せた。
「アル、竜は……?」
「倒れたよ。怪我してる人も誰もいないし、皆無事だよ」
「そう……良かった……」
セリアは横たわったまま、安堵したのか軽く目を瞑った。
少しして上半身を起こそうとするが。
「っ……」
「動いたらだめだよ。しばらくは酷い痛みが続くだろうから」
俺はセリアの肩をそっと押さえ、ベッドに体を預けることを促す。
セリアは少しだけ眉を寄せ、悲しげな面持ちだった。
「ごめんね、足引っ張っちゃって」
「そんな訳ないでしょ、セリアがいなかったら勝ててなかったし」
「クリストも普段通り動けるんでしょ? 私だけ戦った後、情けないわ……」
俺はそんな言葉受け止めるつもりはなく、首を振った。
セリアが情けなかったら、世界中の人間全員が情けない人間だ。
それに。
「俺もこれからは一緒だよ。全力で戦えばしばらく動けないと思う」
「え? 何でよ」
「レイラが俺を守って死んじゃったんだ。もう、精闘気は使えない……」
セリアは驚き目を大きく開きながら、俺の頭上に視線をやった。
前から見えていなかったから、セリアにとってはいつも通りの見え方だろう。
「そう……」
弔うように、少し目を閉じた。
もしかしたらセリアも、がっかりするだろうか。
そんな事思いたくはないが、もう誰よりも強い剣士ではない。
セリアにそう思われたらと想像すると胸が締め付けられ壊れそうだった。
しかしセリアは痛みに襲われている腕を少し動かし、俺の手にすらっと細い指先を伸ばして強く握った。
「アル、辛いよね。横に来る?」
セリアが自分のベッドに誘っているのは分かるが、さすがに首を振る。
さすがにこんな状況でセリアを求めるような神経はしていないが、一緒に横に寝るとどうしても体が接触してしまう。
その度にセリアは痛みに苦しむ表情を隠し、俺を慰めてくれるのだろう。
「いや、さすがに今日は一人で寝たほうがいいよ」
俺が優しく言うと、セリアは更に俺の手を強く握った。
潰れるんじゃないだろうか。そう思ってしまうほどに。
「だめよ。来なさい」
命令口調のセリアに、俺は情けないが反論することができず、言われるままにベッドに入る。
俺も水浴びしたし、セリアもフィオレが体を拭いて着替えさせていた。
ほんのりまだ潮の香りはするが、気になる程度ではない。
従順にベッドで横になると、セリアの綺麗な顔立ちがいっぱいに映る。
俺は頭を抱えられると、そのまま胸に抱き寄せられた。
セリアの温もりと、優しい抱擁に今まで沈みきっていた心が浮かびあがっていく。
冷め切ったと思っていた体温も、熱を分けてもらっているように熱くなっていった。
「ごめんねアル、私は酷い女だと思う」
「そんな訳ないでしょ……」
心地良い感触の中、特に中身を気にせず返事をする。
セリアが酷い女なら、そうじゃない女なんていないと思う。
しかしセリアは、まるで懺悔するかのようだった。
「きっと、ただの女の私にできるのはこういう事ばっかりになると思ってたの」
「この前の、話……?」
「そうよ、アルがこんなに悲しんでるのに、私は酷い。
もちろんレイラちゃんが死んで悲しいけど、少し安心しちゃった部分もあるの」
「え……?」
全員がレイラの死に驚き、寂しげな表情を見せていたのに。
いつもより長く話すセリアから出た言葉は、正反対だった。
もちろん悲しそうにしていたのは嘘ではないのは分かる。
セリアはたまに、俺を仲介してレイラと話していた。
なら、何で。
「アルとやっと会えた時、私はただの女だった。それからしばらくしても、ずっと。それが心地よくて、それでいいって思ってしまったの」
「女の子でいるのが、嫌だったの?」
「そうじゃないの。
これからもただの女になる時はたくさんあると思う。でも――」
聞きながら、少し分かってきたかもしれない。
何でもっと早く、気付いてあげれなかったんだろう。
俺とセリアの想いは、一緒なのに。
「私は昔から、アルを守って、背中を合わせて戦いたいと思って剣術をしていたのに。久しぶりに見たアルの背中は遠かった。一生努力しても追いつけないって思う程に……」
俺は、セリアの力になるためだけに剣術を磨いていた。
それはきっとセリアも同じ。
俺とセリアが逆の立場だったら、俺はどう思っていただろうか。
久しぶりに再会して、セリアが俺の力を必要としないほどに強くなっていたら。
守られるだけの男になってしまったら。
俺はセリアを守れることに幸福を感じていた。
でも俺と同じ思いのセリアは、違ったんだ。
もちろんセリアを本当に頼りにしている。
剣術の腕も、セリアのほうが強いんじゃないかと思うくらいだ。
でも精闘気の力で、全てを覆していた。
レイラに頼り、エル達に世界一強いとか言われていい気になっていた部分もある。
「気付けなくて、ごめんね……」
「当たり前よ。私がアルだったらきっと、そんなのいいじゃないとか言ってるわよ。多分……」
「確かに、言いそうだね」
ようやく少しだけ笑うと、セリアも薄く微笑みを見せた。
セリアの長く伸びた金髪が俺の頬をふわっと撫でる。
全てが心地良く、体と心が癒されていく。
今の俺は、セリアの言うただの女のようなものなのだろうか。
好きな人に甘えているだけの存在。
この幸せも、必要なものなのだ。
でも俺達に限っては、それだけではうまくいかない。
自分の磨いてきた誇りの剣術があるから、セリアの為だけに振ってきた剣があるから。
「これからも、何があってもセリアを守るよ。
レイラの力はなくなっても、俺にもまだ誇れるものがあるから」
「うん、私もこれからはアルの剣士でいるから」
俺達はもう何も言わずに、お互いの熱を感じながら瞳を閉じた。
きっとお互い、柔らかい表情をしていると思う。
眠りに落ちる中、レイラを想った。
これから、頑張るから。
レイラが愛してくれた男が精一杯頑張るところを、見ていて欲しい。
きっとレイラなら見守ってくれているだろう。
見ていてくれている、そう思うと。
レイラの喪失感が安心感に変わったような気がした。
気付けば、俺の意識は心地良いまどろみのなかだった。
それから、数日が経過した。
ここからセルビア王国までは、馬車で四ヶ月ほど掛かるようだった。
俺達はセリアが目を覚ました次の日にすぐ馬車に乗り、町を出た。
俺達八人が乗れるような大きな馬車だ。
ぎゅうぎゅう詰めになることもなく、狭くもない。
各々、仲のいいメンバーで会話しながら旅は進んだ。
あの件以来、皆のクリストを見る目が少し変わっていた。
特にエルだ。
エルはクリストに対して怒っているのか、冷たく感じる態度を頻繁に見せていた。
それ以外のメンバーは普段通りのクリストの態度に安心したのか、少しずつ雰囲気は軟化していった。
クリストを殴ったランドルだが、二人はそういう事を引き摺る性格ではない。
二人の関係は町から出た時には元通りだった。
でも、一つだけ問題があった。
「ねぇ、戦闘で他の町とか国を巻き込んじゃうんだったら、どこかで待ち構えた方がいいんじゃない?」
馬車の中で、セリアが皆の視線を集めて言った。
確かにその通りなのだ。
襲われると分かっているなら、目的地に向かって走り続けるのは間違いだと前までなら言っていた。
でも、今の状況ではセルビア王国に向かうことは必須だった。
もちろん馬車の移動だし災厄に追いつかれる可能性の方が高いが、もし間に合うとしたら。
「どうしても流帝の力を借りたいんだ」
精闘気を失った今、戦力を増やさないとまずい。
流帝は果てしなく強く、こんな状況で断る人じゃないのも分かっていた。
「私は見たことないけど、そんなに強いの?」
「ブラッドと同じぐらい強いと思うよ」
「凄いわね……私も鍛えないと」
セリアは俺がレイラを失って以来、前より一層剣を磨こうとしている。
海竜王前までは可愛らしいセリアを見ることが多かったのだが、今は幼少期のような強気セリアだ。
女の子バージョンを見る機会が少なくなり残念だが。
二人でいる時はきっと甘えてくれるだろう、今は待つのだ。
俺がぼけっと可愛いセリアを思い浮かべていると、とんとんと肩を叩かれる。
「アル? 稽古しないの?」
気付けば馬車が止まっていたらしく、セリアが立ち上がっていた。
俺はすぐに「行くよ」と返事し、馬車を降りた。
馬を休めるために定期的に止まる時は、稽古をする貴重な時間だ。
闘気はまだ回復していないが、軽く纏って稽古するのに影響はない。
普通の使い方をすれば、減るものじゃないからな。
いつもの様にセリアとクリストが剣を合わせる。
馬を休めるといってもそんなに長い時間ではないので、ある程度で切り上げる。
前と同じ、セリアが終われば俺の番だ。
クリストと稽古する、貴重な時間。
だが。
「「……」」
いつもは軽口を叩きながら始めるのだが。
俺達は一瞬目を合わせるが、すぐに逸らす。
何か、ぎこちない。
俺の心を重たくする理由は、これだった。
災厄に襲われるまでにセルビアに辿り着けるかどうかではない。
問題は、俺とクリストの関係だ。
前までは仲が良すぎるぐらいでまるで師弟には見えなかったが。
今、俺はどう接していいのか分からず、少し距離を取っていた。
正直に精闘気が使えない俺に価値はないのかと聞くのは怖い。
クリストは気持ちを隠すような性格ではない。
いつも通り、向こうからくだらない話をしてくれないかなとも思ったが。
意外にもクリストも、俺と距離を取っていた。
対面すると、相変わらず二人を取り巻く空間は微妙なもの。
俺は逃げるように、言い訳を口にする。
「まだ闘気も回復してないし体も本調子じゃないし……一人で素振りしてようかな」
嘘だ。
がっかりされるのが嫌なだけ。
前ならクリストは「甘えるな」と激怒したかもしれない。
「そうか……」
クリストは瞳を閉ざし剣を収めると、先に馬車に戻っていった。
俺はその背中を見送ると、集中できないと分かっているのに素振りを始めた。
いよいよ本当にやばいかもしれない。
距離を開けようとする俺が悪いのは間違いないのだが。
クリストは一切その距離を縮めようとする気がなかった。
嫌な想像が更に膨らむ。
いきなりクリストが「もういい」と言い残し立ち去ったらどうしようとか。
そんな有り得ないネガティブな想像をするようになっていった。
セリアは俺達を見て、首を傾げていたが。
馬車に乗って一月経った頃。
いまだにクリストと俺だけは、距離があった。
今までゼロ距離で接していたのに、信じがたいことだ。
そして馬車に乗って数日のころは良かった。
セリアにまだ闘気が回復してないから素振りしとくよと言えた。
それからも、いつ災厄に襲われるか分からないからだとか。
適当に理由をつけて、一人で素振りしていた。
しかし俺とクリストが対面する機会はあれど、お互い一切剣を抜こうとしない。
セリアはとうとう、爆発した。
「いい加減にしなさいよ! どうなってるの!」
夜。
街道の隅っこで馬を休め、休息を取るように皆で焚き火を囲んでいた頃。
セリアがその怒りの形相にぴったりな怒鳴り声を上げた。
何事かと、家族と仲間が全員セリアに集中するが。
そのセリアの怒りの対象は、俺とクリストである。
セリアは無理やり俺とクリストの腕を掴むと、乱暴に並べた。
セリアにとって夫とか、師匠とか、そんな事は関係ない。
誰だろうと怒るし、度が過ぎれば殴る。
そして今は後者だった。
今にも俺とクリストに殴り掛りそうなセリア。
ちょっと殴られるかも、程度ではない。
拳に青い闘気を纏い、ぷるぷると握り締めている。
これは半殺しコースだ。
俺は最愛の人の威圧の恐怖に、背筋を伸ばしながらも少し震えていた。
しかし、俺はこんな状況でもすっとぼけてしまう。
「えっと、何がかな……」
「何で私に何も言わないのよ! おかしいでしょ! 貴方達!」
そう、セリアに誰も言わなかったのだ。
俺はセリアに「クリストに見放されたらどうしよう……」なんて情けなくて言えなかった。
それに伝えたら、こうなるとも思っていた。
セリアが無理やりクリストに詰め寄り、知りたくもない答えを聞きたくなかった。
「えーとな……」
「その……」
クリストと俺が口ごもる。
そんな態度に更に腹が立ったのか、セリアが腰に掛かっている風鬼に手をやるのが見えた。
待ってくれ。
せめて半殺し程度に殴られるだけにしてほしい。
斬られたら死んでしまう。
俺とクリストは恐怖で固まっていたが。
エルやフィオレに静止されると、セリアは溜息を吐いて剣から腕を下げた。
「話なさいよ」
俺はもう諦め、おどおどと口を開いた。
「その……もう精闘気は使えないし……がっかりされてるかなって……」
「いや、俺は――」
「何でそうなるのよ!」
クリストが口を挟む前に、セリアが俺に怒鳴りつけた。
怒りの矛先が二人から、俺だけに向かっていくのを感じる。
「だって……」
『その』とか『だって』とか子供のように言い訳する俺。
セリアにも嫌われてしまいそうだと思ってしまうほどに、情けない。
セリアはそんな俺の様子に、呆れた表情で少し目を細めた。
「アルは昔からそういうところあるわね。何でそんなに自分に自信がないのかしら……」
最後は呟くようだったが、実際その通り俺は人と比べて自信がないと思う。
自信を持って言えるのは、セリアが好きだということだけだ。
ようやくセリアの視線が俺から動きクリストに向いて、俺は硬直してしまっていた体をやわらげた。
「クリスト、そうなの?」
「そんな訳ないだろ……アルベルが俺と距離を取ってるから、俺が嫌になったのかと思ってな……」
「何なのよ貴方達、あんなに仲良かったのに、馬鹿なんじゃないの」
クリストの言葉にほっとすると同時に、セリアから馬鹿と言われ、俺達はぐさりと胸を抉られたように苦い表情を作った。
何も言えない俺達と、セリアの怒りを固唾を呑んで見守る皆。
押し黙ったままいると、セリアは呆れたように言った。
「ちゃんと二人で話しなさい。お互い誤解してるだけなんだから」
セリアが無理やり俺達の腕を掴んで向き合わせあい、俺は長身のクリストを見上げる。
すると当たり前だが目があう。
少しまだ気まずいが、クリストも俺と似たような面持ちだった。
「俺は心配だったんだ。お前らが災厄にやられたらどうしようって。
それなのにお前の力をあてにしてたから、自分が情けなくてな……悪い」
千年以上生きているとは思えないほど、辛そうに見える。
いつもの自信溢れる男の姿ではない。
でも俺もその顔を見て申し訳なく、悲しくなった。
クリストが俺を、俺達を力だけで見ているわけがないのに。
あれだけの事で信頼を消し、距離を取ろうとした俺が悪い。
クリストを直視できず少し下を見てしまう。
「その……クリスト、ごめん」
全てを篭めた謝罪だったが、伝わっただろうか。
再び見上げると、クリストは少し笑みを浮かべていた。
「あぁ、俺も誤解させて悪かったな。でも予見の霊人も言ってたろ。
導きがなくても、お前が精闘気を使えなくても俺達は師弟になってたって」
そういえば、そんな事言っていたな。
災厄に殺されてしまう道だったが、レイラを認識できなくとも俺はクリストと共に旅をしたのだ。
やっぱり、クリストは人を力で見るようなことはしない。
「そうだったね、本当に、ごめん……」
「もう謝り合いはやめようぜ。俺とお前っぽくないだろ」
クリストの微笑みを見ていると、俺も緊張がゆるむ。
この男、見た目は二十歳ぐらいだが俺を包み込むような器を持っている。
「うん、また稽古つけてくれるかな。頑張るから」
「おう、もちろんだ。よく考えりゃ精闘気がなくても、これだけ頼りになる奴らがいれば負けることはないさ」
クリストが皆を見回しながら言うと、とりあえずセリアの暴力の被害者が出ない結果に皆安心していた。
そしてやっと海竜王との戦い以来の、全員で賑やかにする風景が戻ってくる。
「さすがセリアお姉ちゃんだね」
「皆も、知ってたんだったら言わないとだめじゃない」
「その……お二人に口を挟むのはなかなか難しくて……」
少し俺達と離れ、女の子三人組みが俺達に呆れるように会話していた。
俺達の横ではエリシアとルルがほっとしながら話していた。
「そろそろ何とかしないとーって思ってたけどー、セリアちゃんはいいお嫁さんねぇ」
「そうですね。これだけ力関係がはっきりしていたら夫婦間で揉めることもないでしょう」
ルルの言葉が結構俺の胸に刺さってしまう。
きっと俺は一生セリアの尻に敷かれるのだろう。
それでいいと思ってしまうのは、男として情けないだろうか。
最後にランドルが、俺達の背後で腕を組みながらぼそりと言った。
「揃いの服着てるくせにな」
言われるままにお互いの服を見るが。
確かにその通り、同じ灰色のコートだ。
もうお互いで箇所は違うが、かなりボロボロになっている。
海竜王との戦いで背中はズタズタだし、裾は擦り切れている。
クリストも災厄に左胸を貫かれたこともあって穴が開いているしな。
でも俺のよりはマシだ。
前はクリストとお揃いは俺が悲しくなるから嫌だったが、今は少し嬉しいかもしれない。
でもさすがに今回の戦いで、そろそろ俺のは替え時だろうか。
今のこの雰囲気なら、クリストも快く渡してくれるかもしれない。
「クリスト、これ以上酷くなったらそれちょうだいね」
「嫌だ。もう絶対手に入らないし……」
「ここは仕方ないなとか言うところじゃないのか」
「言うわけないだろ」
俺の想像と違い、クリストはとてもさばさばしていた。
うん、まぁ、普段通りならこんな感じか。
「セルビアに着いたら直せるかな……」
「無理だな。ドラゴ大陸にしかない素材だし、マシになる程度だろうな」
いやらしく笑うクリストに少しむかっとするが。
よし、その内寝てる間に奪ってやろう。
俺のサイズに合わせて裾を切ってしまえば、クリストも諦めるだろう。
さすがにぶち切れられるかもしれないが。
想像して「はは」と軽く笑い、皆で焚き火を囲みながら夜を過ごした。
再開した旅の雰囲気は、とてもいいものだった。
それからも旅は進んだ。
すると寄った町や小国で、噂になっていることがあった。
意外だったのは、海竜王討伐に関して俺達の名前が挙がっているようだった。
特に、片腕の剣士で目立っている俺の名前が。
今までは急ぎ旅をしていたので、俺達より先に情報が先行していることはなかった。
慣れない感覚だったが、俺はかなり有名になっているようだった。
そして安心したのが、エルトン港で負傷者は出たが死亡者はゼロだったこと。
建造物は破壊されたものもあったが、すぐに国が動き、立て直しているのだという。
ルクスの迷宮で死亡の情報も払拭されていた。
さすがに海竜の群れの件についてはまだここには辿り着いていないようだったが。
しかし、海竜の群れが大移動したことは有名だ。
すぐに俺の名前が挙がってしまうだろう。
海竜王に関しては俺だけじゃなく皆で倒したし、レイラが居なければ死んでいるのもあって複雑だったが。
俺の気持ちとは裏腹に、セリアなんかは俺が有名になることを喜んでいた。
自分自身のことなんてどうでもよさそうだ。
俺達は町へ入った際は目立たないように姿を隠していた。
変に騒ぎにならないほうがいいに決まってる。
俺は有名になると災厄に居場所を突き止められるのではとか思ったが。
そもそも魔物を通して見ているだろうし、街道でも空を飛ぶ低ランクの魔物もいる。
有名にならなくともバレているだろう。
俺はいつ背中を襲われるのかとびくついていたが、クリストの推測で安心することがあった。
ここまでゆっくり移動して追いついてこないなら、海竜王に襲われた時に災厄はまだ遠くにいたのかもしれないと。
ならば船に乗り、俺達に追いつくまでに最低二ヶ月以上掛かる。
先にセルビアに辿り着くことはできるんじゃないかと。
そしてどの町に寄っても、人々がざわついていた事があった。
今、世界で何かが起こっている。
海竜王が航路を塞いだことから始まり。
海竜の群れの大移動、海竜王がエルトン港で暴れたこと。
事情を知る俺達以外にも『災厄』の名前を口にする者が、増えていった。
明日の話で九章は終わります。
シリアスが続いたので最後はネタ回でしめるつもりです。




