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第七十七話「襲撃」


 船から降り、港町をぶらぶらと散策するように歩く。


「初めての景色だけど、懐かしい気がするよ……」

「そうね、私も多分一緒かな」


 やはり感慨深く、懐かしむように空気をすーっと吸うが、さすがにカロラスを思い出す匂いはしなかった。

 そりゃそうだ、ここは港町だ。

 もう慣れてしまった潮の匂いが鼻をぬけていくだけだ。


「そういえばセリアは俺以上だよね。俺は大体二年振りぐらいだけど」


 行きは転移したとはいえ、世界の果てから二年でカルバジア大陸の南に戻ってくるのはかなりの早さではないだろうか。

 もうすぐ俺も十七歳になる。セリアは最近十九歳になった。

 俺がカルバジア大陸から離れていた期間は今思えば短いものかもしれないが。

 体も強さも遥かに成長し、様々なことを知り、経験したのはこの二年間だ。

 この二年は、俺の中で相当濃いものになっていた。


「もう何年振りかしら……カロラスで私が暮らしてた家なんてどうなってるんだろ」

「カロラス出るまではたまにエルと掃除してたから綺麗だったけど……」


 セリアは「そうなんだ!」と嬉しそうにしているが。

 俺にとっては自分の情けなさからやっていたことだから、少し複雑だ。

 でも、本当に今どうなってるんだろう。

 俺の実家も、家族が集合しているのだから空き家になっているのは間違いない。


「また時間ができたら皆で様子見に行こうか。診療所の人達とか、ドールさんにもまた会いたいな」

「あ、そうだお兄ちゃん。ドールさんとカーラさんに子供出来てたよ」

「おぉ……! それは……嬉しいな。二人の子供、見てみたいなぁ」


 純粋にそう思う。

 会って祝福したい、俺の言葉で二人の仲が少し進展したとは思うし、なんか嬉しいな。

 

「お兄ちゃん、子供好きなの?」

「そりゃ好きだよ。可愛いと思うし」

「お前もそろそろ出来るんじゃねえか?」


 エルの次の言葉を代弁するかのように、ランドルが言った。

 言われるまで深く考えてなかったということを実感する。

 そりゃ当たり前だ。子供を作るような行為は何度もしている。

 セリアはその中身を思い出してしまったのか、顔が赤くなってしまったが。


 皆の前でこういう事を言うのは恥ずかしいだろうと、セリアの耳元で小声で言う。

 これからの事を、考えたら。


「イゴルさんの件が落ち着くまで、控えたほうがいいかな?」


 今はまだ身ごもっていないように見えるが。

 災厄に襲われた時にセリアが妊婦で戦えないとなると厳しくなる。

 セリアもイゴルさんの事は自分で片をつけないと納得しないだろう。

 いや、セリアが戦えないほうがまだマシかもしれない。

 大事な子供を身ごもった体で、セリアが俺達の制止を振り切って剣を抜くのが簡単に想像できてしまうのだ。

 うん、絶対にダメだ。


 でも戦いは何十年も先になる可能性もあるし、難しいところだ。

 俺が「うーん」と顎に手をやり思考するなか、セリアに迷いはなかった。


「嫌よ。ラドミラはいつ戦うか教えてくれなかったし、終わった時にお婆ちゃんになってたらどうするのよ」


 俺と全く同じ考えだ。

 セリアとの子供は絶対欲しいし、子供を産めない年齢になってたら目もあてられない。

 しかし一応言っておく、心配性な旦那として。

 

「でもさ、もちろんセリアもだけど、子供に何かあったらさ……」

「私は……アルとの赤ちゃんが欲しいもの」


 俯きながら呟くセリアは可愛い。

 そんな事言われたら、俺ももう言いにくい。

 というか、俺が引っかかっている事は一つだけである。


「セリア、お腹に子供いても戦いそうだし……」


 本当に、これなのだ。

 セリアが自分と子供を案じて、戦場から身を引くなら問題はないのだ。

 俺が困ったように苦笑いを作ると、セリアは少し目を細めて「何よ」と言いながら続けた。


 セリアが当然のように淡々と返した答えは俺には異常に思えた。


「そんな訳ないじゃない。さすがに大人しくしてるわよ」

「え? ほんと?」


 セリアは頷くと、微笑みを見せて言った。


「アルが守ってくれるんでしょ?」


 その言葉に信頼と愛情を感じ、俺は嬉しくなり人前だがだらしなく笑みを浮かべてしまう。


「もちろんだよ。なら、何も心配することはないね」

「そうよ……」


 でも、セリアは何かに気付いたように儚げな表情を見せた。

 いつもの凛とした声とは違い、力がなかった。

 数秒だが時間が止まったように、瞳を軽く閉ざしている。


「セリア? どうしたの?」

「ううん。やっぱり私はただの、女なのかなって」


 え、何が言いたいんだ。

 俺がセリアのことをただの女だと思っている?

 別に可愛い女の子だとは思っているが、セリアの言い方が、その表情が妙に引っ掛かった。

 初めてこんな事を言うセリアに、俺は動悸が高まり息苦しくなる。

 セリアの気持ちは分かっていると思っていたが、この様な表情を作らせている原因は何だ?


 他の人から出た言葉なら何とも思わないかもしれないが。

 セリアの口から出ると、かなりネガティブな言葉に聞こえてしまった。


「セリア、もし悩みがあるなら何でも言ってほしい。俺に何か思うことがあるなら……」


 セリアにとって嫌な部分があるのなら、何だろうと改善するつもりだ。

 でもやっぱり、セリアの言葉の意味は分からない。


「アルに不満なんかあるわけないじゃない。でも時々、自分が情けなくなるの」


 俺が注ぐ愛情に不満はないようで、とりあえず安心するが。

 セリアの悩みは、解決してあげたい。

 彼女がこんなに俺に弱音を吐き出すことなんて、今までなかった。


「何で? セリアに情けなくなる部分なんてないじゃないか。だってこんなに……」


 素敵な子なんだから。


 口にするのは恥ずかしく、言葉は詰まったが俺のこの気持ちは伝わると思う。

 強くて優しくて美人で、俺を深く愛してくれているセリアに文句のつけどころなんてない。

 少々手が出やすかったり乱暴な部分も俺からすれば可愛い一面だ。


「情けないのに、その事に幸せを感じてこのままでいいと思う自分が、嫌になるの。私の目指していた剣術は――」


 少し溜め、吐き出すように「その程度だったのかな」とセリアは悲しそうに呟いた。

 だめだ、よく分かってあげれない。

 剣術という単語が出てきたが、セリアの剣は俺より強いと思えるくらいだ。

 何故、そこまで沈んでいるのだろうか。


 気付けば二人で立ち止まりぼそぼそと話していた俺達に、クリストから声が掛かる。


「どうしたんだ? 皆でランドルの剣を選ぶって言ってたろ」


 今はその事について思考することはできないが。

 セリアは軽く首を振ると、普段通りの凛とした表情に戻った。

 そして薄く微笑みを作ると口を開く。


「ごめんね、行こ? これは自分で折り合いをつけないといけないことだから」


 それだけ言うと、セリアは再び歩き出した。

 俺はセリアの気持ちを分かってあげれない事がやるせなく、情けなかった。

 焦りその背中を追うも、セリアの悩みについて追及することはできない。


 俺は会話になかなか参加できなかったが、セリアはいつも通りだ。

 「品揃え良くなさそうだし、この町で買うのは止めるか」「じゃあ買うまで剣は貸しといてあげる」だとか、皆が話しているが。


 セリアは俺の何ともいえない表情を見て心境を悟ったのか、俺の手を握った。

 セリアの人より少し熱い体温が伝わってくる。

 想い合っているのは間違いない。

 もっと、今以上にセリアの事を考える必要があると思った。

 早く気付いてあげないと、いけないことだろうから。


 ――でも今は。


 皆に心配させないように、俺も普段通りに。

 そう思うとようやく俺も会話に混じり、再び賑やかに歩き始めたのだが。



 その賑やかな空間が、突如終わる。


 

 突然ビリッと身震いし、危険が迫っていると体に信号が走った。

 それは俺だけではなく、セリア、クリストはもちろんのこと、ランドル、フィオレも何かを感じ取っていた。


 そんな事分からない家族を他所に、俺達は顔を強張らせて立ち止まる。

 理解できないまま首を傾げて声を掛けてくるエリシアやエルに、返事を返そうと思考することもない。


 ただ、考えていたことは。

 

 これは、ライニールのいる部屋に近付いていた時の感覚に似ている。

 そして、災厄に殺意を向けられた瞬間。


 まさか、嘘だろ……と周囲を見回すが、平和な町並みが映るだけだ。

 もしかして闇魔術で透明になっているのか。

 いやそれはない、あんな奴が透明になったところで意味がない、絶対に気付く。


 でも、それしか考えられない。

 災厄が、この近くにいる。


 よりにもよってこんな早く、こんな所で戦闘になるのか?

 俺が焦りながらも左腕を形成し、いつでも剣を抜けるように鳴神の柄を握ると、家族も何か異常事態が起きていると察知したようだった。

 

 どこから来る――


 全ての方向に意識を集中させ待ち構えていると、予想外のことが起こった。

 まず異常を感じ取ったのは、耳。

 その音は異常を察知していた俺達だけに聞こえたものではない。

 この港町に、いや、遠くの町や国にいる者にも聞こえるんじゃないかと思うくらいの。

 

 水の、音だった。


 いきなり津波が起こったのかと思うくらいの水しぶきが遠くから跳ね上がり、雨が降るように俺達を濡らす。

 眩しく感じるほどの晴天が何者かに支配され、俺達のいる空間が、町が、暗く染まっていく。


 見上げる前から、正体は分かっていた。

 災厄でも、まだ知らない未知の剣士でもない。


 竜だ。


 それも、見たことがある。

 だがそれは他の竜とは異質だった。

 ただでさえ人など豆粒に見えるだろう巨体の竜なのに、俺が今まで見た竜の中でダントツに大きかった。

 脳が、体が、すぐに理解した。


 見た目から、海竜なのは間違いないが。

 その竜達の中でも王の肩書きを持っている存在。


 海竜王だ。


 何故、こんな所で急に――。


 俺が思考するより早く、町の中は騒ぎになる。

 それは今から死ぬと理解したくないものたちが上げる絶望の悲鳴。

 

 そしてそれをぶち壊すかのように、竜はただでさえ大きい顎を開けた。

 咆哮を上げるのか、ブレスを吐くのか。

 どちらにしろ、何かが破壊される行動。

 普通の竜でも鼓膜が破れそうになるほどの声量だ。

 こんな竜から発せられたら、鼓膜を突きぬけ、脳が壊れてしまうのではないか。


 ブレスだとしたら、町一帯は凍りつき、人々は一瞬で凍死するだろう。

 

 俺はやばいと分かっているのに、どうすればいいのか分からなくなっていた。

 そして、竜の口から発せられたのは、俺の二つの想像とはかけ離れていた。


『キサマ、カ――』


 人から発せられた言葉ではないと誰もが理解できる。

 魔物が無理やり人の言語を話すように、しゃがれていて、何とか聞き取れる声というより、音。

 だがその途切れながら紡がれた音は大きく、この空間に響き渡っていた。


『同胞ヲ殺シタ、アルベル』


 こんな存在に名前を呼ばれる畏怖に背筋を凍らせ、冷や汗がだらだらと流れる。

 何故、俺の名前を。

 災厄に聞いたのか、操られているのか。


 しかし他の操られていた竜種とは違い、自我を持っているように見える。

 一番この事態を把握していそうなクリストに目をやるが、固まってしまっているようだった。

 

「何で、こんな所で……」


 俺が慄然としながら途切れるように呟くと、海竜王は信じがたいことに俺のか細い声を拾ったのか。

 返事をするように、獰猛な顎を開いたままの口から、言葉を発した。


『キサマヲ、殺ス』


 今まで『殺す』と言われた中で一番の恐怖を感じると、俺の腕は勝手に動いた。

 レイラが焦ったように俺の体に入り、剣を抜くと共に精闘気を開放する。


 だが、強張ったまま足は動かない。

 しかし何もしないわけにもいかず、海竜王に向かって闘波斬で刃を飛ばす。

 その刃は一つではなかった。


 白、青、赤の刃が海竜王の喉元に向かって疾走する。

 俺と同時にセリアとクリストが同じ行動を取ったのだろうと思考する必要もない光景と共に、俺は凍りついた。


 俺だけではない、仲間が、町中が。


 海竜王の体から、とてつもない闘気が開放されたのだと理解するのは、三つの刃が鱗に直撃し、散るのが見えてからだった。

 この港町を軽く包み込むような、深く、海より青い異常な闘気。

 もちろん、全力で闘波斬を放ったわけではない。

 だが竜の硬い鱗を貫き、簡単に首を刎ねることができる闘気は篭めていた。


 しかし、海竜王の鱗には傷一つついていない。


 こんな存在に、どうやって勝てばいい。

 久しくライニールと戦った時以来に、死ぬ未来しか見えなかった。


 死を待つように、固まっている俺の体に喝をいれたのは、クリストだった。


「殺らないと、殺られるぞ!」


 俺だけではない、家族が、仲間が死んでしまう。

 俺の瞳に闘志が宿ると、俺は全開で闘気を体に乗せた。


 仲間達の闘気も開放されるが、全員の闘気をあわせたとしても、奴の闘気に届くことはないのが分かる。

 本当に何なのだこれは、壊れている。

 災厄なんかより、よっぽど強い、恐ろしい。


 だがクリストの言葉通り、戦わないと本当にただ死ぬだけだ。

 エルとエリシアが焦ったように障壁魔術を唱え、俺達の体が光に包まれる。


「フィオレ! 皆を連れてここから離れてくれ!」


 町から、いや、このカルバジア大陸の南から離れてほしい。

 そして皆というのは、エリシア、エル、ルル。

 きっと攻撃を回避できないこの三人を、守りながら戦うのは難しい。

 

 俺が懇願するように怒鳴ると、フィオレは頷いた。


 しかし、俺達の身を案じる三人が動くわけもない。

 それに自分で離れろと言いながらも、この戦いで治癒魔術が必要になるのも間違いなかった。

 もう思考することはできず、俺はとにかく空に向かって飛び上がる。


 俺と同時に飛んだのは、セリア、クリスト、ランドルだった。

 ランドルは剣を使わず、使い慣れた斧を握っていた。


 俺達は一瞬で海竜王の目の前に飛ぶと、その太い胴体に斬りかかる。

 しかし俺の全開の闘気を乗せた攻撃は硬い鱗に、巨大な闘気に守られた海竜王の体を斬ることはできなかった。

 

 キィンとまるで剣を合わせたように弾かれる。

 

 それは俺の仲間達も同じだった。

 俺の全開の精闘気で斬れないなら、他の皆の攻撃が通るわけがない。

 こんなの、どうやって勝てば――。


 勝ち筋を考える暇もなく、滞空している海竜王の太い尻尾が、俺に迫った。

 その巨躯からは想像もできないほどの、速い薙ぎ払い。


 焦って鳴神に全ての闘気を集中させ、受けるが。

 

 初めての体験に、更に絶望する。

 鳴神の刀身がしなり、折れる――と初めて思う。


 しかし何とか神級の剣は持ちこたえたのか、刀身が散ることはなかった。

 だが、俺の体は違った。


 地に足もついていない俺の体は、簡単に力負けし、空から地面に向かって吹き飛ぶ。

 

 全力で走るより速いんじゃないかと思う程の速さで俺の体は飛んだ。

 長年の経験で、無意識に背中に闘気を集中させる。


 石壁でできた建物に穴を開け破壊しながら、俺の体は半壊した建物に埋まり、止まった。


「ガ……まじ、かよ……」


 たった一撃で俺の体はボロクズのようになる。

 皮膚はズタズタになり、破れた服の間から血が滴るのが分かる。

 何とか立ち上がるが、くらっと立ちくらみがすると、地面に膝をついてしまう。


 運よくエリシアとエルの付近に飛ばされたのか。

 二人がすぐに駆け寄り、治癒魔術を掛けてくれる。

 二人同時とはいえ、一度の詠唱では全身を治すことはできない。

 そして二回目の詠唱を待つ暇はなかった。


 海竜王の喉奥から、青い光が収束しはじめる。

 それはブレスで、狙いが俺なのが分かる。


 左右で治癒魔術を掛けてくれている二人と共に、死んでしまう。


 俺は海竜王の反応を信じて、すぐさま再び空に飛び上がる。

 俺の予想通り、海竜王は俺の動きを捉えて俺のいる空に向かってブレスの方向を変えた。


 だが家族を巻き込まないで済んだだけで、俺がやばい状況なのは変わらない。

 いや、一秒後には死ぬ。


 覚悟を決める間もなく、俺は闘気を剣に集中させる。

 こんなので、防げるとは思わないが――


 ブレスが発射された瞬間、俺を包んでいた精闘気が赤い通常の闘気に変わる。


 レイラが、俺の中から出た。


 は!? と叫びたくなると同時に、聞き慣れた声が脳内に響く。


『風よ 突風(ヒューレン)


 初めてレイラの魔術詠唱を聞くと同時に、暴風が吹き荒れ、ブレスは散開するように吹き飛ぶ。

 辺りが冷気に包まれ、皮膚が薄く凍るような感触があるが、氷付けになるのは避けれたらしい。


 まるで初級を詠唱するような短い詠唱の中級の風魔術。

 それも、篭められた魔力が尋常ではないのが分かる。


 助けられたと思いながら、何の建物かもわからない屋根に着地する。

 すると、再びレイラが体内に入り俺の闘気は白く発光する。


「レイラ、助かったよ」

『アルベルの中に入ると魔力がうまく使えないの。何度もできないよ』

「分かった」


 もっと詳しい説明を聞いておくべきだった。

 レイラが俺の前で魔術を使うのも初めてだし、俺は精闘気のことしか気にしてなかった。

 魔術に関しては俺も使えないことがあり、あまり深く興味を示すこともなかった。

 よく話すようになってからしたのは、他愛のない話ばかりだ。

 レイラはこう見えて俺の知らないことをいっぱい知ってるし、後で魔術についても深く聞いてみたほうがいいだろう。


 この戦いが、無事に終わればだが……。


 海竜王もブレスを吐く意味がないと分かったのか、視線を合わせながらも少しだけ膠着する。

 その間に、セリアが俺の横に降りたった。


「アル! 大丈夫!?」

「大丈夫だよ。でも、やばいね……」

「何度も試したけど、アルの剣も通らないのなら、厳しいわね……」


 クリストとランドルが海竜王に斬りかかるのが見えるが、やはり弾かれている。

 それに、異質なのは。


「アル、あの竜。アルしか見てない」

「勘弁してもらいたいけど、今は有難いかもしれない」

「え?」

「ここから離れる」


 セリアが声を出すと同時に俺は詳しい説明することもなく建物の屋根から屋根へ、飛びながら駈けた。

 何も言わずとも、すぐにセリアが俺の背中を追ってくれる。


 本当に俺しか見てないのなら、一番危惧していることは何とかなるかもしれない。


 俺は港町を、海の方向に疾走しながら頭上を見上げる。

 すると、海竜王は俺を追うように視線を移動させていた。

 そのまま海へ着地すると、足裏に闘気を放出させながら海面を駈けた。

 敵に背中を向けて逃げるような情けない光景に映るかもしれないが。

 

 港町が小さく見えるほど離れると、俺は安心する。

 駈けながらでも、振り向かずとも、さすがにその存在の大きさから分かっていた。

 海竜王は俺の読み通り俺を追いかけてきた。

 

 すぐ隣にセリアとクリストもいる。

 ランドルにもこの闘気の使い方を教えとくべきだったかと少し後悔するが。

 いや、逆にランドルが陸に残っている方が助かるかもしれない。

 ランドルなら切り替えて、皆を戦いの余波から守ってくれると思う。

 

 ただ俺が、勝てる未来が見えなさすぎて、頼りになる剣士が一人でも多く欲しいと思っただけだ。

 

 本当に、剣も通らない相手にどうやって戦えば。

 それにすぐに襲い掛かってくるかと思ったが、水面に立つ俺達を興味深そうに観察しているようにすら思える。

 何だ、こいつは。

 

「アルベル、やっぱりこいつおかしいぞ」

「分かってるよ。喋るし、闘気は異常だし、なんだよこれ」

「それは分かってたことだ。多分だが、この竜王――」


 確かに闘気を纏うのは聞いていたが、喋るのは聞いてないぞ……。

 いや、こんな存在と会話したところで意味はないだろうが。

 そしてクリストは、少しだけ考えた後、言った。


「災厄に操られているようには見えない」


 そりゃ驚くべきことだが、俺達の状況は変わらない。

 どっちにしろ、こいつは俺のことを殺すと言ってるんだ。

 

「状況は、変わらないだろ……」

「いや、もしかしたら――」


 クリストが続ける前に、頭上から先ほどのしゃがれた、耳に障る声が聞こえる。


『私ハ、同胞ヲ滅ボシタ、キサマヲ殺スダケダ』

「待て! お前の仲間は災厄に操られてただろ!!」


 クリストが言いたいのはもしかして。

 話し合いで、解決できる可能性があると言いたいのか。

 さすがに無理があるのではないか。


 そして、まじで海竜は滅んでしまったのか。

 仕方ないことだったとはいえ、心苦しく思うが……。


『アノ人間モ憎イ』

「なら、怒りの矛先は災厄に向けるべきだろ」

『アレモ殺ス。同胞ハ存在シナイ。従ウ必要モナイ』


 俺は災厄と魔物はセットのようなものだと思っていたが。

 意外とそうでもないのか。

 何となくこいつの言葉から読み取れるのは、操られる仲間を気にかけて従っていただけなのか?

 だが、やはり解決しそうにないと思う。

 いい未来は見えないが、戦うしかない。


「クリスト、無駄だよ……」

「本来、海竜は縄張りを侵されない限り人間を襲わない。

 竜の中で唯一温厚な種だ。竜王なら、話せば分かるかもしれない」


 それも今、初めて聞いたぞ。

 俺は災厄に操られて群れで暴れていた海竜しか知らない。

 そうだとすると本当に滅ぼしてしまったのが辛いが。

 というか。


「でも、今は操られてないだけで、結局操られたら同じじゃないか」

『私ハ精霊如キニ支配サレルコトハナイ』

「え? なら――」

『弔イハ、セネバナラン』

「俺のことは災厄に聞いたんだろ。従っていいのか?」

『私ノ意思デ、動イテイル』


 やっぱりだめだ。

 この存在は、話し合ってどうにかなるもんじゃない。

 説得したところで、耳を傾けるような存在ではない。


 俺達が潰し合ったら災厄の思う壺なのに。


 いや、違うな。

 海竜王は俺達も災厄も、軽く捻り潰せると思っている。

 実際にその力もあるだろう。

 こいつにとっては殺す順番が違うだけ。

 災厄はいくらでも逃げ、隠れることもできる。

 先に俺達が狙われるのは、当然のことだろうか……。


 俺が諦めていると、横からセリアの凛とした声が聞こえる。


「アルを殺そうとする奴は誰だろうと、斬るわ」


 セリアの綺麗な金髪が、潮風と共に揺れる。

 その瞳に宿った闘志を見て、クリストも諦めたのか、ぶらさげていた剣を構えた。


「やるしかないか……大丈夫だ、予見の霊人を信じるしかない」

「そんな気持ちで戦ったら、死ぬって言われたろ」

「そうだな……悪い」


 俺は、そんな考えで戦う気持ちはない。

 導きがあるから負けないという気持ちで戦えば死ぬと言われたからだ。

 きっと、こういう時のことを言っていたのだろう。

 まぁ、ああしろこうしろとは何も言われていないのだが。


 だがクリストは、俺と逆の気持ちで戦っている節がある。

 ラドミラのことを信じきっているのだろうが、こんな極限になりそうな戦いでは良くないだろう。

 

 だが、こいつに勝てる未来が見えないのも事実だ。

 ラドミラは一体、何を見たのだろうか。

 これから、分かるか。


「二人共、死なないでよ」

「アルが一番危ないじゃない」

「狙われてるのはお前だろ」


 そりゃそうか。

 もし俺が負けたら、その後海竜王がどう動くのかは分からないが。

 今はただ、二人が俺の身代わりにならないことを祈って、戦おう。


「殺るか……」


 俺達は三人で同じ構えを取ると、海竜王の佇む上空に向かって、海面を蹴り上げた。


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