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第七十六話「船旅 後編」


 船に乗ってから一月ほど経った頃。


 俺達は船内の広い一室で食事を取っていた。

 食堂というよりかはレストランと呼びたいような場所。


 そういうことなので、もちろん俺達の周囲には様々な人間がいる。

 そして大きなテーブルを陣取っている俺達は目立つ存在だった。


 まず、俺以外の全員が目移りしてしまうとびきりの美形だ。

 小人族だったりランドルのような巨体だったり、フィオレのような一目で魔族と分かる者もいる。

 だが視線を気にしているのなんて俺ぐらいだ。

 皆何も考えてないのか、周りからどう見られようがどうでもよさげだった。


 そして困っているというか、恥ずかしいことがあった。


「はい、アルー。あーん」


 まるで親鳥が雛に餌を与えるように、エリシアが俺の口元に食事を運ぶ。

 とりあえず一口食べるが、もう何度も言ったことを諦めながらも言う。


「母さん、一人で食べられるからさ……」

「だめよー、お行儀悪いじゃないー」

「見てよ、片手で食べる俺なんかより行儀悪い人がいるよ」


 俺がクリストにじとーっと視線を投げかけると、エリシアもすぐにクリストを見た。

 しかしエリシアの視線が行く前に、がつがつとワイルドに食事を運んでいた手を休め、降ろしていた片手でしっかり皿を押さえる。

 

 ……学習してるな。


「何だ? 俺は魔族の中でも上品な方なんだぜ」

「冗談だろ……」


 同じ魔族のフィオレを見るが、行儀よく、姿勢正しく食べている。

 クリストとは似ても似つかない。

 大体、魔物の丸焼きを原始人のように食い漁っていた男の言葉ではない。

 あぁ、そういえば本当に食生活が変わったな。


 このように、ゆっくり料理が毎日食べられる日がくるなんて……。


 いや、それはいい。

 話を遡るとだ。


 クリストのワイルドな食事風景を見て、エリシアが定番のお説教を始めた。

 最初は千才以上年上、俺の恩人ということもあって大目に見ていたのか何も言わなかったのだが。

 少年のように感じるクリストと付き合っている内にそんな印象は飛んでいったのか、まるでクリストも自分の子供のように扱っていた。


 クリストも最初は聞き流していたようだが、エリシアの説教は長いのだ。

 それも「もう分かった」「二度としない」「反省する」と言ってからが長い。

 しかし、母の説教には愛がある。


 簡単には逆らえない何かがあるのだ。


 クリストのワイルドな食事を改善させたのは俺も驚きだった。

 まぁ、今のように見てないところでは変わらないのだが。


「クリストさんは言ったら分かってくれる人だものー、そうですよねー?」

「あ、あぁ……俺は、強くて優しい男だからな……」


 否定はしないが、行儀のよさとは関係ない。

 そしてこそこそと、小声で隣のランドルに愚痴り始める。


「ランドル、お前は味方だと思ってたのにさ。

 何で普通に食ってんだ。育ち悪そうな面してんのに」


 結構、人によっては心に刺さりそうなことを言っているが。

 ランドルがそんな事言われて気にするわけもない。

 そして、本当に意外だが。

 ランドルはその見た目とは裏腹に行儀良く見える動作で食事を取っていた。

 俺も前は毎日のように一緒に飯を食っていたが、行儀のいい男ではなかった。


 ランドルは疲れたような表情で、諦めたような声色だった。


「俺も、お前と同じだ」


 クリストに説教しているように、俺の知らないところでランドルにまでエリシアのお言葉があったのだろうか。

 しかしそうならば、意外にも従っているように見える。

 俺の中のランドルは「そんなの知るかよ」と吐き捨てそうなものだが。


 それにもちろん当たり前の事だが。

 俺に聞こえているのだから、エリシアにもそんな愚痴は聞こえている。


「ランドル君はすぐに分かってくれたのだけどー……。

 やっぱり千年も生きてるとなかなか治らないのかしら……」


 ランドル君なんて呼ばれていることに、最初は驚いたが。

 今ではその事に何も言わないランドルが可愛くて笑ってしまうぜ。

 俺が笑うのを必死に堪えるも喉から少し漏らしてしまうと、再びエリシアの矛先が俺に向いた。

 また俺に餌を与えようとするが。


「母さん、これも行儀が悪いと思うんだ」

「えー? 仕方ないことなんだし、そんな事ないわよー」

「あるよ、それに、ちょっと恥ずかしいんだ」


 いい年こいて、母親にあーんされている男はどうなんだ。

 周囲からも、何だこいつと言った顔で見られているような気がする。

 いや、エリシアの美貌ならこんな大きな子がいる母親には見えないかもしれないが。


 セリアはその事に対して気にしている様子はないけど、俺は男として恥ずかしい。

 嫁に、母に食事を運ばれている姿を見せるのは……。


 最初はもちろん、反論できないように闘気の腕を生やして食べようとした。

 だがバルニエ王国から出る船なんて、魔術師が多い。

 しかもこの船には研究者らしき魔術師の団体が乗っていた。

 そして魔術師とは、好奇心旺盛な者がほとんどなのだ。


 「何だそれは! 新しい魔術か! ちょっと見せてくれ!」 


 と、騒ぎになってしまった。

 それから、人前ではなるべく見せないようにすることに決めた。


 そのせいで、またこのやり取りが始まってしまったのだが。

 俺が本気で拒絶できないのは、母の気持ちが分かっているからだ。

 単純に、俺を甘やかしたいだけ。

 長年会ってなくて、我慢の限界だったのだろう。

 俺は昔のように、ただ母に溺愛されているだけなのだ。

 

 その愛をストレートに拒否するのは心苦しいし、したくない。

 そして恥ずかしいのは事実だが、嫌ではなかったというのもある。


「エリシア様、さすがにアルベル様が恥ずかしいと仰られる気持ちも、分かります」


 いつものように一部始終見守っていたルルが、今日は助け舟を出してくれる。

 

「そうー……ごめんね、アル」


 寂しそうな表情を見せるエリシアに、罪悪感だ。

 

「ううん、気持ちはすごく嬉しいよ。ありがとう」


 全力で息子スマイルを披露し、母を安心させる。

 また誰にも見られていない場所でなら、言葉に甘えよう。

 きっとそういう機会はこれからいくらでもくるのだから。

 

 俺はようやく自分の手で普通に食事を取ると、皆で食後に軽く談笑した後、デッキに出た。


 目的は最近ゆっくり出来ていなかった稽古だ。

 俺達は強くならないといけない。

 幸い船は広く、デッキの一部を使ってもいいかと船長に懇願すると、渋々許可が出た。

 一つだけ言われたのは「船を壊さないのなら文句はない」とのことだった。


 それもそのはず、船の一部は乗客によりけりだが破壊されることもあるらしい。

 そして今回は問題を起こす乗客ばかりが乗っていた。

 俺の闘気の腕を見てしつこく追及した魔術師団体さんだ。

 船に乗っていても研究熱心らしい。


 とまぁ、船を壊さない限りはしていいという事だ。

 そんなわけでさすがに纏う闘気は微々たるものなのだが、稽古が始まる。


 デッキに上がると、魔物の警戒をしていたのかさぼっていたのか。

 退屈そうに欠伸をしている護衛の剣士の姿があった。


「よう、今日もすんのか?」

「はい、なるべく静かにするんで、すいません」

「いいさ、派手にやれよ。見物しとくわ」

「仕事中じゃないんですか?」

「見たら分かるだろ、暇だ。それに魔物が出てもお前らがいれば問題ないだろ」

「い、いや、その。前も言いましたけど事情がありまして、できれば戦いたくないんですが……」

「魔物が出て戦わない理由なんてねーだろ。大体、ルクスの迷宮を攻略した奴がいる時点で俺ら必要ないっての」


 最初は軽く挨拶する程度だったが、一月も交流していることもあって、軽く話すようになる者もいた。

 さすがに剣士なだけあって、俺とセリアのことも知っているようだった。


「酒とってこよーっと」


 仕事を放棄して真昼間から飲むようで、本当に船内に下りていった。

 こんな護衛に金を払っていいのか……。

 そう思うが、俺達が来る前は真面目に仕事をしていたようだし、単純に俺達を信頼してるのは分かる。


 しかしもう少し船が進んでからならまだしも、魔物が出た際に海の真っ只中ではあまり顔を出したくない。

 まぁ、護衛はまだまだいっぱいいる。

 一人くらいサボっててもいいのだろうか……。

 というか俺達は一応、ただの乗客なんだが。


 もう何を言っても無駄か。


 とにかく、稽古だ。

 稽古が始まると、俺達の稽古を酒の肴にしている護衛の近くに、俺の家族も見守るように佇んでいる。

 真剣を振り回していることに、最初は母も焦っていたが誰も怪我しないのが分かり、何も言わなくなった。

 剣術のことに対して口を出すのはいけないと思っているのだろう。

 でも、それが有難い。


 いつものようにクリストが俺とセリアの相手をしたり、俺がフィオレの相手をしたり。

 端の方でつつましく、こそこそとだ。

 

 俺とランドルが昔のように稽古していると、クリストが唐突に言った。


「ランドル、今更だけど、お前何で斧なんだ?」

「は? 何でも何も、自分の武器だからだろ」

「いや、闘気のコントロールは闘神流じゃん」

「アルベルに聞いたからな」

「へぇ、ならよっぽどその斧に愛着があんのか」

「そりゃ長年使ってるからあるけどよ。そろそろ変えねえとな」


 俺もランドルと同じ反応で、クリストの言葉はよく分からないが。

 確かにランドルの斧はもうかなりガタがきているように見える。

 カロラスで仕事をしていた時からずっと使っている斧だ。

 それも、俺に付き合って結構な冒険をしていたからな。

 

「なら剣にすりゃいいじゃん。最初はお前がよっぽど斧好きなのかって思ってたけど、そういう訳じゃないんだろ?」


「確かにそういう訳じゃねえが、今更武器を変えても仕方ねえだろ」


「闘気のコントロールはできてるんだから、土台はできてるし、闘神流の剣士になったらいいじゃん。教えれる奴いっぱいいるし」


 ……そう言われてみれば。

 俺はランドルはずっと斧のイメージしかなかったけど。

 別に、闘神流の剣士になってもいいよな。

 

 それに――。


「俺もランドルが同じ剣術してくれたら嬉しい、かな」


 大事な仲間と同じ流派というのは、嬉しいものだ。

 ランドルは、一度習ったら俺達と同じように、この剣術を大事にしてくれると分かってる。

 そういう男だからな。


「今より強くなれんのか?」

「あぁ、俺は闘神流が最強だと思って千年も剣を振ってるんだぜ。皆一緒さ」

「そうだね、俺もそう思ってるよ」


 ランドルはいきなり相棒を変えるという戦士として重大な決断のはずなのだが。

 一切迷うことなく、言った。


「なら、よろしく頼む」

「おう、みっちりしごいてやるぜ」


 ランドルが同じ剣術をするという、なかなか衝撃的なことだが、俺は嬉しかった。

 セリアはどうだろうと思ったが、セリアも仲間が増えて嬉しそうにしていた。


 二人が絡む姿を見ていないので心配だったのだが。

 意外にもたまに短く会話しているし、お互い棘があるようには見えない。

 俺としてはまたエルとランドルが揉める時のような心労を抱くことはなく助かったのだが。

 もしかしたら、俺の知らないところで何かあったのかな。

 ちょっと二人に嫉妬してしまう気持ちもあるが、俺の大好きな二人が仲良くしてくれるのはいい事だ。

 とにかく今は、ランドルの入門を祝おうではないか。

 

 こうして、ランドルは闘神流の稽古を始めることになった。


 ――とはいかなかった。


「さすがに船の上じゃ、剣は買えないね」

「あぁ、正式に教えるのは降りてからだなぁ」


 俺とクリストがちょっと悲しげにぼやく。

 また、二人でどの剣がいいとか言い合うことになるのだろうか。

 ランドルはどっちの剣を選ぶだろうか……。


 まぁ、今はそれは置いとこう。

 さすがに俺の鳴神を貸して稽古というわけにはいかない。

 唯一あるのはフィオレの剣だが、まだ深く知らない相手に大事にしている剣を貸すのも微妙だろう。

 それに、そりゃ剣の技は稽古しているフィオレの方が上なのは間違いないし揺るがないが。


 どちらが強いかといえば、即答でランドルだ。


 積み重ねてきた経験の、強さの土台が違うのだ。

 いきなり入ってきた者に剣を貸して、すぐに抜かされるのは複雑だろう。

 俺に限らずクリストも、何も言わない。

 素直に仲間が増えて喜んでいるフィオレに「貸して」と言わないのも優しさだろう。


 やっぱりクリストもそういう事はよく考えているな、と思った矢先だった。


「あ! 作ればいいじゃん、木ならいっぱいあるだろ」


 そういってクリストは木製で造られているこの船を見回す。

 いや、まじで待て。


「絶対ダメだって。さすがに怒られる程度じゃ済まないって」

「いいだろ、ちょっとくらい拝借してもさ。バレないって」

「まじで、まじで……船から放り出されるぞ……」


 今は止めればいい。

 しかしだ、俺は四六時中クリストと一緒にいるわけではない。

 次の日あたり「作っといたぜ!」とかクリストがにっこり笑いながら木刀を二本抱えているのが想像できる。


 俺達は折り合いがつかないまま、次第に顔を近づけていがみあっていると。

 セリアが俺達を強引に引き剥がし、間に入った。


「私が貸すから……喧嘩はやめなさい」


 喧嘩というより、滅茶苦茶なクリストを制止しているだけなのだが。

 セリアには逆らえない。

 俺達はお互い姿勢よく背筋を自然に伸ばしてしまうと、「はい」と頷いた。

 

 というか――。


「貸すって、風鬼? さすがにまずいんじゃないかな」


 それだったら俺が鳴神を貸すのと変わらないし、俺が貸したほうがいいだろう。

 と思っていたのだが、セリアは風鬼とは違う、お守りのように掛けている剣を抜くとランドルに差し出した。


 見間違うわけもない、イゴルさんの剣だ。

 

「セリア? その、いいの?」


 この剣は、セリアにとってとても大きな意味のある、大事な剣だ。

 俺の白桜のように。

 

「さすがにあげる訳にはいかないけど、船に乗ってる間くらい、いいわよ」


 前の二人の関係を思い浮かべたら、いくらランドルが俺の大事な仲間とはいえ有り得ない行動だと思う。

 やっぱり、何かあったな。

 後で聞いてみよう、でも、今は。


「大事な物なんだろ、別に、俺のことは気にしなくていい」

「そうね、でも貴方、もう同じ道場の仲間でしょ。それに――」


 道場は存在しないが、いってしまえばこの俺達の空間が、道場だ。

 セリアは少し溜めると、言った。


「もうランドルは、人の大切な物を粗末にするような奴じゃないでしょ」

「さすがに粗末には扱わねえが、無理して貸すような状況でもねえさ」

「無理してないわよ。貴方、一秒でも早く強くなりたいんでしょ。見てたら分かるもの」

「……」


 俺は、分からなかった。

 そりゃ強くなろうとしてるのは分かるが。

 そんなに切羽詰まって強くなろうとしてたのだろうか。

 何で、そこまでランドルは……。


 俺がまた仲間のことに気付けなかったと儚い気持ちになっていると、ランドルは差し出された剣を受け取った。


「そうか。あの夜、お前は俺と一緒だったんだな」

「多分ね」


 後で聞こうと思ってたが、もう二人で勝手に白状しているぞ。


「何かあったの?」


 夜って、いつだ。

 俺は二人に絶大な信頼を寄せている。

 セリアは俺を愛してくれているし、ランドルも俺の大事なものにちょっかいかけるような男ではない。

 そういう心配は一切してないが、単純に気になるだけだ。

 俺とセリアが一緒にいなかったのなんて、再会した直後にエルが一緒に寝てた日くらいだぞ。


「ちょっとな、風に当たりにきたら先客がいただけだ」

「え? この船に乗ってから?」

「あぁ、一緒のベッドじゃないから寝付けないって黄昏てる女がいてな」

「ちょ、ちょっと!」


 セリアが少し顔を赤くしてからかうように言うランドルに詰め寄るが、ランドルは口には出さず、薄く笑った。

 ということは、初日か。

 目が覚めたらベッドが二つ並び、セリアが隣で寝ていて驚いた記憶がまだ新しい。

 セリアの慣れた、信頼しきった気配に気付かないのは置いといて。

 ベッドを動かしたのに気付かないとは、俺が馬鹿なのかセリアが凄いのか。

 

 そして二人の様子から揉めるような話をしたわけでもなさそうだ。

 多分、お互いを理解して分かり合っただけ。

 俺が聞いていいような話でも、ないかな。


 照れている可愛いセリアを微笑みながら眺めていると、ランドルが雰囲気を変えて言った。


「ここに乗ってるのも後一月くらいか、大事に使わせてもらう」

「えぇ」


 それだけで会話が終わり、ランドルが試すように、ぶらさげていた剣を軽く構える。

 本人は新しい感触に慣れないのか真剣な表情だが。

 俺はランドルの姿を見ていると自然と。


「ははっ」


 ちょっと、笑ってしまった。

 俺の横にいるセリアも、クリストも同じだ。

 フィオレですら、少し笑いを堪えているように見える。


 そして稽古が終わったと思っていつの間にか横に来ていた、エルもだった。

 エルの場合は少し小馬鹿にした感じの笑みだったが、エルはそのまま言った。


「ランドル、全然似合ってないよ」

「うるせえな。お前から見たら何でもそうだろ」


 しかしエルの言葉は、事実だった。

 今までランドルの巨体に合った馬鹿でかい斧は、とても似合っていた。

 でも、イゴルさんの剣に限らないだろうな。

 ランドルの体に剣は、かなり小さく見えてしまう。

 別に、おかしいわけではない。

 普通の人から見れば、屈強な男前の剣士に映るかもしれない。

 

 ただ俺達の場合は、ランドルが斧を担いでいる印象が強すぎるのだ。

 俺が少し落ち着いてくると、ランドルは苛立ち眉を寄せながら口を開いた。


「何だ、何か言いたそうじゃねえか」


 久しぶりにランドルの怒りを受ける俺だが、心も体も穏やかだった。


「ごめんランドル、今回はエルと同意見だったよ」

「まぁいいじゃん、船降りたらでかめの剣買えばいいし」


 素直に感想を言う俺と、慰めるようなクリストの言葉に、ランドルは更に苛立つ様子を見せるが。

 次第に面倒そうになり、はぁと溜息を吐いた。


「まぁ、いいさ。見た目なんてどうでもいいしよ」


「多分俺達のイメージのせいだよ。ランドルが斧持ってるのしか見たことなかったからさ。すぐに馴染むよ。うん、前の印象を捨ててみたら格好良いよ」


「もう黙ってろ」


 ランドルが「この話は終わりだ」と切るように言うと、さすがに掘り返す事は誰もしなかった。

 と思っていたが、エルだけまだ馬鹿にするように薄く笑っていた。

 もう慣れているのか、ランドルも呆れた様子で無表情に変わっていったが。


 皆、分かってる。

 ランドルはキレて「もういい」とか言って剣を返したり、一度決めたことを辞めるような男じゃない。

 これはちょっと楽しい、ランドルとの触れ合いみたいなものだ。


 最後に俺は、誰にも聞こえないような小声で呟いた。


「ランドルも、今日から剣士だね」


 こうして、本当にランドルが闘神流を習い始めた。

 

 やはり俺の剣を間近に見て、受けていたこともあって上達も覚えるのも早かった。

 どんどん俺達の世界に足を踏み入れるランドルを見て、俺も純粋に嬉しいと思い剣を振った。


 船での穏やかな日々は過ぎていき、すぐにもう一月が経過しようとしていた。




 もうじき、陸が見えるだろう、船員にそんな話を聞いていた頃の夜。


 突如俺は浅い眠りから覚める。

 すぐに何で目が覚めたか感覚で理解する。

 何か、違和感があったのだ。


 隣で可愛らしく寝息を立てるセリアに、変わった様子はない。

 何かから狙われているような、敵意を感じることもない。

 気のせいか? そう思った瞬間、気付いた。


 いつも俺を見守ってくれている、光がない。

 レイラが、いない。


 こんな事、レイラを認識してから初めてだった。

 いや、レイラの存在を知った今なら分かる。

 レイラが俺の傍にいない時なんて、無かった。


 焦りながらも、セリアを起こさないようにゆっくりと体を起こす。

 これが俺の立てた物音でないならすぐに習慣で起き上がってしまうだろうが、信頼しきった俺達に限ってそれはない。

 そのまま寝巻きで剣も持たずに部屋から出ると、俺は探した。


 暗い船内だ。レイラがいればすぐに気付くだろう。

 俺は歩き回ったが、船内にレイラの姿は無かった。

 もう、外しかないぞ。

 外に居なかったら、まじでどうすればいい。

 動揺を隠せないまま、デッキに出た。


 遠目に護衛の姿が見えるが、それ以外は誰もいない潮風が吹く音だけの寂しく感じる空間。

 辺りを見回すと、いた。


 燐光が舞い、レイラだとすぐに認識する。

 俺はレイラ以外の精霊は見えないし、間違えるわけもない。


 少しずつ近付くと、レイラは俺に気付いたのだろうか、レイラの声が聞こえる。


『――……――……』


 全く聞き取れないが、何か話している。

 それは、俺に対してじゃないと理解した。

 いつもすぐに誰かの気配に気付くのに、俺に気付いていないのか。


 俺の精霊のイメージらしく、幻想的に唄でも歌ってるのであろうか。

 いや、まさかな。

 俺は軽く首を振りながら歩み寄った。


『――は、――が死んだらどうするの?』


 最後のほうだけ聞き取れたが、物騒に聞こえる言葉が混じっていた。

 さすがにこれだけ近付いたらレイラも気付いたのか、いつも通り落ち着いた声を出した。


『アルベル、どうしたの?』


 通常営業のレイラにほっと息を吐くと、文句を言うように言った。


「どうしたのって言いたいのはこっちだよ。目が覚めたら居なくてびっくりしたじゃないか」

『そうなんだ』


 全然悪びれてないが、レイラならこんなものか。

 こういう所も、嫌いではない。むしろ好きかもな。

 そう思うと俺はやっと軽く笑い、聞いた。


「誰と話してたの?」

『他の精霊だよ』


 きょろきょろと辺りを見回すが、当たり前だが見えない。

 いきなり居なくなってびっくりしたが、そういうことなら納得か。

 レイラがここにいるように、精霊は至る所にいるのだろうから。

 友達がいたら、話しに出かけることもあるか。

 俺も寝てたしな。


「こんな海にも精霊っているんだね」

『アルベルが思ってるより、精霊はどこにでもいるよ』

「そうなんだ。どんな精霊なの?」

『光の精霊だよ』


 俺が言いたかったのは、どんな性格の、どんな子なんだろうという意味なんだが。

 精霊にどんな子というのもあれか、レイラを見ていると子供を見ているような感覚になってしまうのだ。

 レイラから見れば、俺が子供に見えてるんだろうけど。


「どんな話してたの?」


 人に対してなら、プライベートのことで質問攻めはどうかと思うが。

 レイラはそんな事気にしないからな。

 そして、レイラから出た言葉に驚いた。


『アレクの事だよ』


 アレクって、俺の父さんの名前では。

 

「父さんのこと? その精霊も父さんを知ってるの?」

『うん、私と一緒でアレクと居たから』


 そんな仲間がいれば、そりゃ話にいくか。

 レイラの行動を縛るようなことを言って、悪かったかな。

 

「えっと、よろしく言っといてくれるかな」


 俺が言うと、レイラは間も開けないまますぐに口を開いた。


『よろしく頼むって』


 そうか、別に俺が聞こえないだけで、俺の言葉は他の精霊に聞こえるよな。

 そしてちょっと気になったのが。


「男の精霊?」

『精霊に性別なんかないよ』


 ちょっと口調がレイラからは想像できなかっただけだ。

 それにレイラの声は中性的だが、女の子の声にしか聞こえない。

 精霊王も、絶対女性だよなと思い出しながら思う。

 まぁ性別がないのは事実なんだろうけど。

 人間の理屈にあてはめるのもおかしいか。


「そういえば、父さんのことあんまり聞いてなかったね」


 外見だとか、どんな性格だったかとかは聞いた。

 でも、それはエリシアから聞いたことと同じだった。

 俺は母と父に「何があったの?」としか、聞いてなかったのだ。

 よく分かっていなかったレイラに、強引に。

 レイラとその精霊は、父とどんな旅をしていたのだろうか。


『アレクはアルベルより、私達のこと好きだったよ』


 かなり、心に刺さる言葉だった。

 レイラのことは大事に、頼りにしてるつもりだったが。

 でも俺は本来精霊使いでもないし、認識できるようになったのは最近だ。

 いやこんな言い訳、何考えてるんだ俺は。


「ごめんね、でも俺もレイラのこと好きだし、感謝してるんだよ」

『知ってるよ。何で悲しそうな顔するの?』

「そりゃ、そんな事言われたら寂しいよ」

『そんな事?』


 変なところで、やっぱり話が通じない。

 父は、こんなレイラとも通じ合っていたのだろうか。


「俺と父さんと、どんな事が違うの?」


 難しく、細かいことを言ってもレイラと話しにくくなるだけだ。

 しかし、レイラの答えは更に俺の心を締め付けた。


『アレクは、私達にたくさん話しかけてくれたよ』


 俺は最初の頃以外、レイラに話しかけることはあまりなかった。

 特に知識以外のこと、必要ないことは。

 これはセリアと再会してから、更に拍車がかかっていた。

 会話が成立しにくいのもあったが、もう一つだけ理由があった。


「レイラが話しかけてくることなかなかないから、精霊はあんまり会話がいらないのかなって……」


 いや、これも言い訳だな。

 父がいっぱい話しかけてくれたというのなら、レイラはきっとそれがどんな話でも、俺と会話をしたかったのだ。

 レイラの性格を勝手に決め付けて、一人で完結させていた。

 レイラなら、話したければ自分で話しかけてくると思っていた。

 でも父は、俺がセリアに、仲間に語りかけるように、楽しく精霊と会話していたのだろう。


 しかし俺の考えとは他所に、レイラも自分で分からないようだった。


『そうだね。私、変なこと言ってるね』


 自分について、こんな事言ってるレイラは珍しい。

 いや、今まで深い会話をしてなかったのだから、珍しいも何もないか。


「変じゃないよ。これからはもっと話そうか。色んなこと」

『うん……』


 レイラはいつもと違う、落ち着いた声ではなかった。

 気持ちの整理ができていないような、悲しげにも聞こえる声だった。

 これからは、もっとレイラと話そう。

 でも、こんな会話をした後だが。

 どうしても、気になることがあった。

 もしかしたら、父への想いだけでここに居ると思うと……。


「レイラ、俺のこと、好きかい?」


 俺は答えが聞くのが少し怖くて、ためらいながら言うが。

 レイラは即答した。


『大好きだよ』


 俺は心底ほっとし、胸を撫で下ろした。

 大好きと返してもらえて、もちろん嬉しい。

 でもその言葉で想いの強さも、今までより重く圧し掛かった。

 レイラが俺に抱いてくれている気持ちほど、俺のレイラを思う気持ちは釣り合っていただろうか。

 これから、もっと時間を作らなくてはいけない。

 俺達は、家族で仲間で、大事なパートナーなんだから。


 返事をしようとするが、簡単に「俺も大好きだよ」なんて言ってはいけないと思ってしまった。


 だって、俺が。

 レイラが居なくなった時に真っ先に思ったことは。

 

 精闘気が、使えなくなったら――。


 そんな事を、思ってしまった自分が嫌になる。

 それは……許されないことだ。

 話を聞いた今なら、考えを改めた今なら違うなんて、この想いに対して軽々しく言ってはいけない。


 でも、そうではない俺の気持ちも少しは伝わるだろうか。


「レイラ、ありがとう」

『うん』


 もう会話は終わり、ようやく辺りを包む潮の匂いに気付いた。

 自然と引き込まれていた違う世界から離れていった気がした。

 

「そろそろ戻ろうか。あ、レイラは友達ともう少し話していく?」

『ううん、もう戻るよ』


 せっかく昔の友達に会えたのにいいのだろうか。

 でも、レイラは俺の肩に乗った。

 重さは感じないが甘えてくるような感じがして、嬉しかった。


 それと、同時だった。


 瞬間、何かぞっとする感覚が、俺を包み込んだ。

 何か、とてつもない悪意に見られたような……。

 この感覚には覚えがある。ドラゴ大陸で、精霊の森で。


 しかしすぐにその嫌悪感は消え、止まってしまっていた呼吸のせいで大きく息を吸い、吐いた。

 海をちらりと一瞬見ると、ただでさえ暗闇の世界に、黒い影が動いた気がした。

 その影は深海に潜るように、消えていった。


「レイラ、もしかして……」

『うん、ごめんね。私のせいだね』


 レイラのせいにすることはできない。

 そもそも、レイラがわざわざ外で話していたのは俺のせいな気がする。

 

「レイラのせいじゃないよ」


 俺は首を振って否定すると、足早にデッキを後にした。

 不安を拭うようにセリアの所へ戻るがベッドで横になる事もできず、ずっと身構えていた。

 


 それから数日が過ぎ去った。


 皆に事情は説明したが、俺を責める者は一人もいなかった。

 もうすぐ港にも着くから問題もないだろうとクリストも言っていた。

 一応ずっと警戒はしていたが、クリストの言った通り問題は起こらなかった。


 そして俺は今までより、レイラに話しかけるようになった。

 急にレイラと頻繁に話すようになった俺に皆は不思議そうにしていたが、俺が楽しそうにしていると間に割り込むこともなく、優しく見守ってくれた。

 

 ――レイラの反応は変わらなかったが。


 時々やはり話が通じないことがあっても、俺の言葉を無視することは絶対になかった。

 それがどんなに意味のない話だとしてもだ。

 それが分かると、レイラも自分で気付いてないようだが、俺は勘違いしていたんだと深く思った。


 それにやっぱり見方を変えたらいつも通りの声でも、少し楽しそうに聞こえるだろうか。

 もっと早く気付けばよかったと後悔しながらも、時間は過ぎていった。


 そして、いよいよ。


 何もなかった広大な海に陸地が見えると、それは知らない景色だったが。

 懐かしい感覚は強くあった。


 俺達は皆仲がより一層深まっていて、更に賑やかになって船から下りた。

 久しぶりの陸地に足を乗せると、陸の感覚より違うことが頭によぎった。


 やっと、帰ってきた。

 

 俺の生まれ育った、カルバジア大陸に。


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