第七十一話「上級魔術」
本日二話目の更新になります。
再びパーティが揃うと、俺達は視線を交せて頷いた。
ランドルに状況を説明すると「好きにしろ」といつも通り俺に丸投げした。
しかし今回に至っては、俺も丸投げだ。
これからどうなるかは神のみぞ――いや、エルのみぞ知る。
ランドルが生きているのは真実だった。
エルと母も俺の一番危惧していた苦しみは受けていない。
でも。
「エル、どうしたい?」
俺に皆生きてるしもう帰ろうか、なんて言う資格はない。
少し俺が遅れただけで、どうなってたか分からない状況だったのだ。
エルの意思を尊重するよと、見守るように見つめるが。
エルは俺の左腕をちらっと見ると、セシリオに視線を移した。
「上級の光魔術の詠唱、分かる? もし知ってて教えてくれるなら、もういい」
上級の光魔術とは、要は上級の治癒魔術。
それの意味することは一つしかない。
「エル、やっぱり俺の?」
「うん、お兄ちゃんの腕は私が治すつもりだったから。
でも、上級の魔術の話なんて聞いたことないから困ってたの」
エルフの村でも、使える者がいない魔術だった。
エルの無限に感じる魔力なら、詠唱文を知りさえすれば使えるのだろうか。
セシリオは「ほう」と感心するように息をつくと、背を向けた。
「書庫にある。すぐに戻る」
「殿下、あれは……さすがに……」
「一冊しかないものでもないし、悪用するわけでもないだろう」
「しかしですね……」
「黙っていろ。強引に奪われるか、素直に渡すかの違いでしかない」
兵士とは違い、セシリオに似た小奇麗な格好をした中年の貴族のような男が困った表情を見せているが。
セシリオはあしらうように会話すると男はしゅんとなり黙り込んだ。
俺達を放って歩き出すセシリオは兵士に一瞥すると、兵士達は道を空けた。
そのほとんどがセシリオの背中を追う。
さすがに俺達を放置することはできないと思ったのか、残った兵士と目が合う。
すぐに俺達から目を逸らすと、困ったように佇んでいた。
何だ、この状況は。
でも、俺の左腕が治るかもしれないのか。
それは正直、かなり助かる。
闘気の腕が生えたところで、生身の指先を動かすように操作するのは不可能だ。
エルにありがとうと感謝を伝えようとすると、珍しく自分から声を掛けてくる存在がいた。
『エルに上級の魔術を使わせたらだめだよ』
「え? 何で?」
レイラが普段通り穏やかな声色を出すが。
俺に説明するように、淡々と続けた。
『エルの魔力じゃ足りなさ過ぎて、詠唱したら死んじゃうよ』
死んじゃう、エルが死ぬ。
言葉だけでぞくっと肌が震え上がる。
それは巨大すぎる闘気の負荷で死に至るように、魔力切れが酷いケースだろうか。
考えもしてなかった、レイラが忠告してくれてなかったら、どうなってたか。
エルの魔力なら大丈夫だと勝手に思い込んでいた。
「まじか……エルなら何でもできそうな気がしたけど……」
『エルの魔力はエリシアより少し大きいくらいだよ』
それは、少々おかしくないだろうか。
エリシアは常人の三倍くらいの魔力だとルルが胸を張って言っていたが。
エルが迷宮で使っていた魔術なんて、常人の三倍で説明がつく回数だったか?
レイラに追及しようとするが、俺はすぐに理解した。
恐らく精霊の、レイラの基準がおかしいのだ。
話が通じないのはいつものことだしな。
俺が一人納得していると、俺の頭に優しく手が乗った。
それは、エルの手だった。
ん? 何で撫でられるような状態になってるんだ?
俺がエルを見ると、エルはとても心配そうな表情だった。
エルが中級の治癒魔術を詠唱すると、俺の頭に添えられた小さな手が発光する。
理解すると悲しくなり、ぽつりと。
「エル、俺は壊れてるわけじゃないよ」
「だって……治癒魔術で治るか分からないけど、幻聴が聞こえてるんじゃないの……」
「聞こえてない。まじで、大丈夫だから。ちゃんと説明するから、その手を離すんだ」
気遣ってくれているエルに、冷たい言葉を投げかけてしまう。
兄として悲しすぎるエピソードの上位に入りそうな心境だ。
よく見れば、ランドルにも哀れんだ目で見られていた。
俺は焦り、説明する。
「二人と別れた間に色々あったんだ。精霊の話なんだけど――」
レイラについて、ライニールと戦った時に助けてくれたことからしっかりと説明する。
二人共今までライニールをどうやって倒したのか不思議だったようで、あっさり納得してくれた。
認識できるまでの経緯を話していると、再びがやがやと俺達以外の声が聞こえる。
セシリオがエルの前に立つと、一冊の薄っぺらい古ぼけた本を、躊躇なく手渡した。
すぐに開いて文字を読むエルを俺が止めようとすると、セシリオが俺より先に口を開いた。
セシリオの話しは興味深く、俺は少し聞いてしまう。
「何で上級の魔術が隠蔽されているか知ってるのか?」
「知らない」
「使った者は魔術を発現させるに至ることなく、死ぬからだ。魔術とは本来は多少魔力が足りなくとも意識を失うと発現はするものだが、上級魔術は中級程度とは桁の違う魔力量を必要とするのだろう」
「私は魔力切れなんて起こしたことない」
「忠告はした。今の話はそもそも上級魔術を行使する能力がある優秀な魔術師にしか当てはまらない。好きにすればいい」
「そのつもり」
エルに視線を戻すと、俺は焦り目を見開いた。
俺と違い、セシリオに目も向けていなかったのか。
冷たく言い放ちながら、食い入るように本の中身を見ていた。
俺はエルの手からその本を取り上げると、セシリオに差し出した。
「何だ?」
「お兄ちゃん、何するの」
セシリオが受け取ると、俺はエルの目をしっかりと見て、強く言った。
「エル、本当みたいだ。レイラがエルでも使ったら死ぬって言ってるから、絶対使っちゃいけない」
「そんなの使ってみないと分からないでしょ。魔力は感じ取れないんだから」
『精霊は魔力を感じるよ』
レイラの声は、エルには聞こえていない。
俺はすぐに仲介する。精霊だけは魔力を感じれるのは、俺は知っていたことだ。
精霊使いに魔力を与えれるんだから、よく考えれば当然なのだ。
「精霊は感じ取れるんだって。絶対に足りないって。
俺のせいでエルが死ぬなんて想像もしたくない。
お願いだから、分かって」
「でも……私のせいでお兄ちゃんの腕が無いんだよ」
「エルのせいじゃないでしょ。それに実はそんなに困ってないんだ」
俺は慣れた様子で左腕を形成すると、赤い腕が生える。
見せびらかすようにぶらぶらさせて指先を動かしてみせる。
まぁ、言ってるだけだ。
生身の腕のほうがいいに決まっている。
でもエルが罪悪感を抱いてしまっているようだし、陽気に見せたほうがいいだろう。
少しでも思いなおしてくれればいいが。
エルは納得いかなそうに唇をすぼめているが、俺は自分の顔をエルの顔に近づけ、瞳をじーっと見る。
「お兄ちゃん?」
「エル、まだ見て、覚えてないよね?」
さっきの数秒で覚えたとは到底思わないが。
上級魔術というからには、それなりに長い詠唱文だろうし。
でもエルがそんな素振りを見せたら、本当に強く、納得するまで言い聞かせないといけない。
今なら分かる、闘気と魔力は似たものだと精霊王は言っていた。
つまり、イメージ。
魔術も詠唱と共に想像が必要になるのだろう。
エルは光魔術に特性がある。きっと、エルなら上級を発動させてしまう。
絶対にだめだ。
エルも俺の目をずっと見続けていたが、少しして逸らすと、ぽつりと言った。
「そんなすぐ覚えれるわけないでしょ……」
悲しいエルの呟きとは真逆に、俺の不安はひとまずは拭われた。
エルの頭を撫でるように優しくぽんぽんと手を置くと、もう一度聞いた。
「エル、もういい?」
一応セシリオは取引を果たした、ことになるのか。
上級魔術を何も知らないエルに忠告もした。
俺がレイラから聞いて知ったとは思ってなかっただろうし、腹いせに詠唱させてエルを殺すこともできたはずだ。
そう考えると、俺は許してやってもいいと思った。
エルは相変わらず頬が膨らみそうな顔で納得してなさそうだったが。
それは上級魔術についてだろうな。
エルは最後に溜息を吐きながら、頷いた。
「うん……」
となれば、ここに長居する理由もない。
先に城を出た皆も心配してるだろうし、ランドルの体も――忘れてた。
「ランドル、ごめん。早く横になりたいよね」
言いながら視線をランドルに向けるが、意外とさっきより顔色が良かった。
「いや、さっきより意識がはっきりしてきた。助かったくらいだ」
ずっと眠っていたのだから、起きていると楽になるんだろうか。
それにしてもこんな所にずっと拘束されていたのだから、しんどいだろうに。
すぐに出ようと、セシリオに一応確認する。
「ここから出る。本当に問題ないのか?」
ランドルが暴れた形跡を見ながら、自分達が破壊した城内のことを思い聞くが。
「この国で俺の思い通りにならないことはない。まぁ、一部は違ったようだが……」
一瞬エルを見るセシリオだが、もう俺が初めて遭遇した時の女を見る目ではなかった。
「母さんの体調が戻るまで、ここに滞在するけど……」
「あぁ、何もしない。全て好きにするといい」
「分かった」
さすがに感謝を伝えることも、感謝の気持ちも一切ない。
セシリオのせいで発生した問題を、元通りにさせるだけだ。
やっと終わったかと思ったが、エルが「あ……」と呻くような声を出した。
「待って、私の持ってた物。全部返して」
そりゃそうだ。
エルは俺の貸したコートを着てるとはいえ純白のドレス一枚で、大事にしていた杖も何も持っていない。
ランドルも今思えば斧もなければ上半身裸だし、おかしいだろ。気付けよ俺。
「もし欠けてる物があったら、やっぱり殺す」
アスライさんからもらった杖のことかなと思ったが、エルは真っ白な肌の首元を軽く擦った。
もしかして、俺のあげたネックレスだろうか。
いや、そうに違いない。
セシリオは再び向けられたエルの殺意に動じることはなく、頷いた。
「既に用意してる」
さっき本を取りに行った時だろうか。
当然だが、随分用意がいいな。
俺達に背を向けるセシリオを追うように歩き出すと、ようやく地下牢から出た。
するとすぐに、大きな布袋を持った兵士が佇んでいた。
俺も知っているエルの杖も立掛けており、エルは乱暴に袋を奪い取った。
その中から目当ての物が見つかったのか、ほっと胸を撫で下ろし、すぐに手の中に収めた。
「大事にしてくれてるんだね」
俺がルカルドで選んだネックレスを宝物のように握り締めるエルを見て、嬉しくなる。
「当たり前だよ。一度も外したことなかったのに……」
「着けてあげようか?」
俺が聞くと、エルは嬉しそうに頷くとすぐに俺に手渡してきた。
軽い足取りで背中を向けると俺はその華奢な首に、ルカルドで購入した時と同じようにかけてやる。
エルが俺に向き合うと、俺のダークグレーのコートがエルの美貌の邪魔をしている気がするが、首元で赤い宝石が光っていた。
うん、やっぱり似合うな。可愛い。
エルは満足そうに俺の腕を軽く抱き寄せ額をぐりぐり押し付けた。
久しぶりに甘えられる感触は心地よく、溶けて脱力しそうになる。
ランドルの斧もあり、その周囲は運び疲れたのか何人かの兵士がぐったりとしている。
そんな重量感溢れる斧だが、クリストはひょいっと楽々持ち上げて肩に担いだ。
「へぇ、いいじゃん」
面白そうに人の斧をぶんぶん振り回すクリスト。
時と場所を考えて欲しい。
エルに抱きつかれてる俺が言っても説得力皆無だが。
ランドルは自分の武器で遊ばれていてもどうでもよさそうだった。
もう、帰ろうぜ。
ランドルの服はさすがにないようで、鎧だけだった。
俺と同じようにクリストがコートを脱ぎランドルにマントのように羽織らせると、少しだけマシな風貌になる。
逞しい腹筋が覗いていて逆に格好良いと思ってしまうほどだ。
しかしエルはそれを見て、うげーと嫌そうな顔をしていた。
何を今更嫌な気持ちになるのだろうかと考えると、すぐに分かった。
ランドルと二人だけでお揃いのコートを着てるのが嫌なのだろう。
色々葛藤したのだろうが、最終的に俺のコートを脱ぐのはしのびなかったのか、我慢するようだった。
クリストが器用にランドルの鎧の一部と斧を持ち、俺も闘気の腕を用意して残った荷物を抱える。
セシリオに一瞥すると、何も言わずに歩き出した。
俺達を止める者は誰一人おらず、俺達はようやく、城を後にした。
城を出て少し歩くと、暗闇の中でも目立つシルエットが見えた。
ふわりと夜風に吹かれオレンジ色の髪を揺らし、少し長い耳が際立っている。
フィオレだ。
フィオレはすぐ気付いて俺達に駆け寄ると、軽く頭を下げた。
「師匠! 大丈夫でしたか?」
俺が微笑みで返すと、フィオレは少し小さくなりながらエルとランドルをちらりと見た。
エルはさっき話し合った時に軽く顔を合わせたくらいで、ランドルは完全に初対面だ。
ランドルの強面の品定めするような視線にフィオレはぶるっと体を震わせる。
分かる、慣れないと怖いよな。
「師匠って何だ?」
「お兄ちゃん、この子だれ?」
エルの副音声が聞こえてくるようだ。
昔からずっと言われていたこと。
「随分可愛い子だね」「浮気? だめだよ」そんな事を言いたげな以前を思い出す、むすっとした顔だ。
エルがしばらくフィオレをじーっと見つめていると、フィオレは「えっとぉ……」と困ったように目を泳がせていたが。
エルは何を思ったのか、「そっか」と少し俯き、納得していた。
よく分からないが、説明する。
「えっと、弟子? かな。見ての通りエルフだよ」
「へぇ、見ない間に偉くなったもんだな」
「はは……色々あってね」
フィオレと二人が軽く自己紹介すると、フィオレが話始めた。
そもそも、フィオレは俺達を待っていたのだ。
「宿で部屋を取って、そこで皆さん待ってますよ。行きましょう」
多分待とうとしたエリシアを強引にセリアが連れていったのが想像できるな。
さすがセリアだ、きっと彼女に逆らえる者は世界に一人もいないだろう。
少し微笑ましくなると、案内されるままに宿に移動した。
さすが魔術師の国か、国内の外観が綺麗なのは知っていたが、宿も一級品だった。
もちろん高級宿だろうが、細かいところの洒落具合がやっぱり他の国と違う。
フィオレが案内する大きな部屋に足を踏み入れると、ベッドに腰を降ろしているエリシアと、その周りにセリアとルルの姿があった。
全員が落ち着く空間で揃い、やっと終わったのだと実感する。
俺達の姿を見るとエリシアはすぐに近寄ってきて、俺とエルを抱擁する。
もう二人の体は以前のようにエリシアの胸の中に収まらないほど成長しているが、心地良い。
そして俺がいない間にエリシアとランドルの仲も深まっていたのだろう。
エリシアはランドルが生きていることにとても安堵していた。
まるで自分の子供のようにランドルの身を案じていたようだ。
ランドルも、エリシアに心配されて悪くなさそうな表情をしていた。
皆でしばらく他愛もない話をする。
この再会の雰囲気の中、これからどうするかとか重い話をする気にはなれない。
安心していると少しくらっと立ちくらみがする。
誰にも悟られないように、近くの椅子に腰掛けた。
気を張っていたから気付かなかったが、体は限界なのだろう。
当然だ、俺はもうかなり長い間、休息どころか睡眠をとってない。
ずっとここまで走り続け、城で暴れ、ブラッドと全力戦闘した。
体を休めるように椅子にもたれていると、セリアがすぐ横に腰掛け、微笑んだ。
「少しゆっくりできるかな?」
「そうだね……とりあえずは、終わったね……」
カロラスを出てから、セリアと会い、仲間と再会し、家族の元へ帰る。
全てを達成したような気持ちだ。
俺は達成感からか、今までの気持ちを癒すように、セリアに体を預けた。
後は、一つだけ。
イゴルさんを救い、俺の旅は終わるだろう。
でも今は、久しぶりのこの温かい気持ちを、満喫させて欲しい。
俺の体重を肩で支えてくれているセリアの体温を感じていると、目蓋が落ち始めた。
だめだ、こんな所で寝てると母さんに怒られるかな。
今日くらいさすがに何も言われないだろうか。
母のお説教の顔と仕草を思い浮かべながら、意識はまどろみに落ちていった。
後、二、三話ほどで八章は終わります。




