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第六十九話「結末」


 中段から風斬りを放ち、横から一閃するが、ブラッドは俺の剣を捉えた。

 お互いの剣から尋常ではない振動が骨まで伝わり、衝撃が周囲を荒らす。

 その衝撃は綺麗な緑溢れる地面を吹き飛ばし、土が露出する。


 こんなの繰り返すととんでもない騒ぎに、いやもう既に結構な騒ぎになっている。

 さすがに間に入ってこれる者はいないだろうが、後で問題になるだろう。


 そして分かっていたことだが。

 剣を交差すると、厳しい表情を見せるのはブラッドだった。

 ただでさえ上回っている闘気をコントロールし、攻撃の瞬間に一点に集中させているのだ。

 力と闘気の技で、握っている剣の格なら負けることはない。

 むしろ俺の剣を受けているブラッドは異常だ。


 たった一合で分かったこともある。

 今まで俺は闘気のコントロールで格上の相手に競り合い、勝ってきた。

 今回は逆だった。

 俺の闘気が勝っているが、ブラッドは剣術の腕でそれを縮めてくる。

 鋭く、力強い剣筋。

 

 天賦の才を持つ者が、剣術だけに何年、何十年も時間を積み重ねて生まれた剣。

 まだ十代の俺では、届くわけがないと言い訳のように考えてしまうほど。

 なぜ、ここまで真剣に剣術と向き合っている剣士が。


 こんな、悪に身を染めるような行動を取ったのか。


 出会いが違えば、ブラッドが違う行動を取っていればと悲しくなる。

 そうすればセリアに稽古をつけてくれた、尊敬できる強い剣士としか思わなかったのに。


 俺がセリアを想い剣を振るように、ブラッドにも信念があるのが分かる。

 ブラッドの剣は、重かった。

 

 いや、こんな事思うのは、ランドルに対して申し訳ない。

 この男は仲間を斬った敵、殺す敵としてみなければいけない。


 でも――


「きっと、他の出会いもあっただろうに……」

「あぁ? まだ始まったばっかだろうが」

「一度剣を交せば、分かることもある」

「何が言いてえんだよ」


 俺がこいつを見る目に憎しみが篭っているのは変わらない。

 自分が少しだけ見直されていることなど、ブラッドは考えてもいないだろう。

 だめだ、こんな事言うのは、考えるのは間違っている。


 お互いは殺すべき相手、それが一番いい。


 俺は軽く首を振って足枷になりそうな考えを吹き飛ばすと、言った。


「あんたは俺には勝てないよ」

「はっ、確かに闘気はルクスの迷宮のボスを上回ってる。

 剣術もその歳を考えれば異常な強さだろう。

 だがこれは剣術の稽古じゃねえ、殺し合いだ」


 それは俺が相手と殺し合う経験が少ない、欠如していると見破ったような言葉。

 俺が命を掛けて戦った経験は、常人とはかけ離れて多いと思う。

 しかし、きっとこのブラッドは毎日のようにそんな場所にいた。


 俺がまだまだ甘い剣士だと、そう言われた気がした。

 

 その言葉の通り、甘えは捨てなければいけない。

 ランドルを思い再び瞳に、剣に殺気を篭める。

 ブラッドに返事は不要で、俺は斬り掛かった。


 交差する剣からは絶え間なく火花が散る。

 視認できることもないような速さで振られる剣が合わさり、激しい金属音と共に突風が吹く。

 遠くで異常な事態を感じてはいるものの入ってこれない城の兵士達が、その衝撃だけで地面から足が離れ飛んでいくのが横目に見える。

 

 白熱する剣戟の中、先に隙を作ったのはブラッドだった。

 それは当然のことだった。

 俺が来る前に、クリストとも戦闘をしている。

 俺と剣をあわせる度に体が悲鳴を上げているのもブラッドの方だ。


 俺が上段から振り下ろし、それを受けるようにブラッドが中段の剣を振り上げる。

 先ほどまでと同じ剣がぶつかりあう光景だが。


 ブラッドの剣が今までより大きく軋み、その腕に激しく衝撃が残ったのか構えを一瞬崩してしまうのが見えた。

 俺はその瞬間に足に闘気を集中させると、ブラッドの横腹に向けて蹴りを放った。

 だが今まで体術は見せていなかったはずなのに警戒していたのか。

 腰を落として腕でガードするような構えを見せる。

 俺は驚くも動きを止めることはなく、その腕ごと蹴り払う。


 しかしブラッドはしっかり腕に闘気を集中させていた。

 その腕の衝撃は凄まじいだろうが、骨を断つには至らなかった。


 ブラッドは横から引き摺られるように靴底をすり減らしながら堪えた。


「そうか、闘神流を知ってるのも当然か……」


 この男はセリアに稽古をつけていた。

 そして、クリストとも戦った。


「面白い流派だと思うぜ。前にセリアを見てなかったら、今のは間に合わなかった」


 言いながら痺れたのか、ガードした腕をぶらぶらさせて動かす仕草を見せる。

 ブラッドが言った通りなら、セリアを見て闘気のコントロールを訓練したのだろうか。

 毎日それを繰り返している俺達には届かないが、今の蹴りを受ける前に闘気を移動させたのを見るに、素直に凄い。

 多分、どの流派だったとしても最強になれる素質があったのだろう。

 強さにおいて、この男は天才だ。


 だが、ガードされたとはいえ状況は変わった。

 腕に少しもダメージが蓄積されていないことはないだろう。


 俺はそう思いながら再び踏み込むと、ブラッドの戦い方が変わっていた。

 負傷した腕で受けるのは、この闘気差で剣を合わせるのは不利だと考えたのか。

 いや、そんなの最初から分かっていただろうが。


 ブラッドは剣を受けることをせず、俺の剣を回避するような動きを見せた。

 一瞬、俺の剣を見失うだけで真っ二つになり即死する戦い方だ。

 しかし、ブラッドは俺の首を跳ねようと横から一閃した剣を首を大きく逸らし、首の薄皮一枚を犠牲に回避した。

 鮮血が舞うことはなく、たらりと少量の血がブラッドの首元を塗らす。


 俺の剣速に慣れていたのか、今までタイミングを測っていたのか。

 ブラッドは俺の振り払った、既に通り過ぎた剣から視線を外すと、そのまま居合いのように俺の左側から神速の剣を一閃した。

 回避できないと脳に信号が送られる前に腕が自然に動く。

 俺は左腕に精闘気を集中させてその剣を受けていた。


 さすがにこの急ごしらえの腕は鳴神のような鋼鉄ではない。

 しかし、その腕を通過することでブラッドの剣速は落ちた。


 切断された左手を気にすることもできず、俺は右手で握った剣を合わせる。

 初めて力負けし、俺は軽く弾き飛ばされる。


 空中で体勢を立て直すと、地面に着地するまでに再び左腕に闘気を集中させた。

 着地すると同時に、また精闘気の左腕が生えるが。


 少しまずい。


 ブラッドの剣を受ける為に相当の精闘気を集中させ、その闘気は斬られて消えてしまった。

 見るからにブラッドを包み込むように開放させていた俺の闘気が、減っている。


「へぇ、その変な闘気減るんだな。面白くなってきたな? もう勝負は分からねえぜ」


 不利だった戦いが拮抗したものになり始め、ブラッドはこれまで以上に楽しむ表情を見せた。

 まずい、まだ俺の方が少し上回っているが、闘気で圧倒的な差をつけていないと一気に苦しくなる。

 絶対に動かないのは、俺の鳴神と相手の剣の性能差だ。


 いや、ここで焦ってはいけない。


 俺の精闘気に制限はなく、負荷はないが。

 ブラッドにはいずれ限界が訪れる。

 この闘気を負荷なく人の身で纏うことは不可能だ。

 限界を超えれば簡単に死ぬような闘気。


 時間を稼ぐか? いや――。


 相手の限界まで逃げ続けて、気を失ったところで首を跳ねるなんて。

 ランドルに対して、剣士として情けない。


 俺はもう、クリストに認められた剣士だ。

 この戦いは正々堂々戦い、相手に敗北を実感させないと、勝利ではない。


 俺は再び両手で剣を握ると、風斬りで踏み込む。


 もうブラッドは回避するような、死と隣り合わせの行動はしない。

 俺の落ちた力で振る剣を、今まで通り受け止めていた。


 前ほど辛そうな表情は見せていない。


 隙が現れないか、そう思い剣を振り続けるが、ブラッドのような剣士が隙を見せることはなかった。

 さっきの隙は、俺の闘気の甲斐あってできただけのもの。

 もう簡単にブラッドを動揺させる材料はない。


 蹴りを警戒されているのも分かり、体術を使うこともできない。

 もしむきになって放てば、即座に斬り落とされるのだろう。


 俺は防戦一方になるかと思ったが、そうでもなかった。

 俺もブラッドの剣に対応していた。

 この頂点に立つ雷鳴流の剣を見るのも、対峙するのも初めてではない。

 この男の剣術は千年を生きたライニールに届いている。

 

 あの時、俺がライニールに勝てた理由は。

 急に強くなった俺に対しての相手の動揺や不意、俺ががむしゃらに、死ぬつもりで剣を振っていたのが大きい。

 

 でも、俺はあの時より遥かに成長している。

 即座に斬られ、負けることはなかった。

 

 しかし勝負が決まりそうにないのもお互いわかっていた。

 ブラッドは、その方がいいと楽しげに見えるが。


 結局、時間切れでの勝利で終わるのだろうか。


 いや、まだ正面から勝てる方法もある。

 

 俺は距離を開けると、少し腰を落とし、鳴神を強く握った。

 剣に闘気を集中させ、黒い刀身の鳴神が白く発光する。


「へぇ……やばそうだ」


 俺に斬りかかることはせず、何をするのかと面白そうに待ち構えるブラッド。

 

 俺は期待に答えてやるように、横から一閃、剣を振った。

 闘神流、闘波斬。


 日に日に練度が上がり、鋭くなった刃。

 自分に向かって迫る高速の刃を目の当たりにして、ブラッドは驚き、息を呑んだ。

 

 これを初見で見る剣士の行動は、二つしかない。

 受けるか、避けるか。


 ――ブラッドは前者だった。


 初めて俺が闘波斬を見た時と同じ行動。

 ブラッドは受けて立つと剣を構えたまま、足を動かさなかった。

 俺が放った刃がブラッドを強襲する時間は、一秒にも満たない速さ。

 一瞬の判断、攻防。


 俺はブラッドは絶対に受けてくると思っていた。


 脳内に描いていた映像通り、俺は更に剣を振る。

 縦、斜めと連続で闘波斬を放つ。

 ブラッドに迫る刃の背中を追うように二つの刃がブラッドに迫る。


 ブラッドは動かず、全ての刃を迎撃しようとする構えだ。

 ブラッドが刃を連続で斬り落とそうとする中。

 俺も自分の放った刃を追いかけるように、中段から風斬りの構えで踏み込む。


 ブラッドが最後の刃を叩き斬った瞬間。

 ブラッドが剣を振り降ろし、一瞬だけできた硬直。隙とも呼べないだろう。

 でも、それを逃さなかった。

 俺は中段から上段に向かって、ブラッドの胴体を裂くように剣を振り上げた。

 皮膚を裂く感触に、噴出す血飛沫。

 体が真っ二つになることはなかったが、俺の剣はブラッドの皮膚を深く斬り、内臓を傷つけた。


 ブラッドは悲鳴を上げることはなく、ガハッと血を吐くと、膝をついて崩れ落ちた。

 剣を握る力はないようで、ブラッドの持っていた剣の刀身が地面に突き刺さる。

 本当に終わったと感じたのは、ブラッドの纏っていた闘気が消えたことだった。

 もう、傷が治ったとしても闘気の負荷で再戦は不可能だ。

 

 クリストに認められた割に、泥臭いギリギリの勝利だった。

 情けないと思わないのは、ブラッドを最強の剣士だと思ったからだろう。


 血で濡れた真っ赤な口元を動かしながら、少し透明になったような気がする目で、俺を見た。


「さすがに、俺の負けだな……何も達成できなかったが、充実した最後だ」


 俺に憎み、辛辣な言葉を投げかけることはない。

 じきに死ぬであろう体で、ブラッドは満足気にも見えた。

 俺が何も言えないでいると、ブラッドは続けた。


「けど、甘いなお前は。体を切断することもできただろ。それとも、苦しめるのが趣味か?」


 俺をからかうようにブラッドは言った。

 その言葉は間違ってなく、自分が情けなくなるものだった。


「否定はしない。この甘さは、多分一生消えることはないと思う」


 俺には簡単に人を殺すことは一生できないだろうと実感する。

 ランドルを殺した相手でさえ、最後の瞬間躊躇してしまったのだ。

 相手が剣術に生きる剣士だったとしても、仲間を殺した敵なのに。


 しかし結局この傷だと、死に至ることは変わりない。

 本当にただ相手を苦しめているだけだ。

 俺の甘さで、この男はもがき苦しんでいる。

 いや、言葉を聞いているだけならぴんぴんしていそうな声色だが。


「ま、それだけ強けりゃ、いいんじゃねえか。もう楽にしてくれよ、傷より負荷がきついんだ」


 もう俺を見るのはやめて力尽きたように、ブラッドは頭をがくっと地面に向けた。

 首を刎ねろと、言うことだろう。

 

 俺の甘さが生んだ過程がどうあれ、殺すことには変わりない。

 苦しめる趣味もない、ここで躊躇する理由はなかった。

 俺は剣を振り上げて、儚い気持ちになりながら言った。


「もしあの世があったら、ランドルに詫びてくれるか」


 ランドルは、まだやりたいことがたくさんあったのだ。

 これから先、今までの辛かった人生もそれで良かったと思えるほど、楽しい人生を歩むことができたはずだ。


 俺の声はもうブラッドに届いてないだろうか。

 ブラッドは瞳孔を開いたまま瞬きもすることはなく、まるで死人のようだった。


「分かった」


 最後に了承を得られたことに俺は満足した。

 俺がランドルに伝えたいことは、俺の生が終わってから直接言えばいい。


 俺は一瞬瞳を強く閉ざし、次に大きく見開いた時は瞳に覚悟を宿していた。


 そのまま振り上げた剣を――


「待て!」


 振り下ろすことは、無かった。

 俺を制止するような大声が聞こえ、後ろを振り向くと。

 城の兵士をかき分けるようにこちらに近寄る、俺の知っている顔があった。

 その男も憎く、後で殺すつもりで置いてきたセシリオ。

 城の者に治療されたのか、衣類は血で濡れている箇所もあるが、傷はなさそうだった。


 兵士達に止められるのを無理やり力で引き剥がし、セシリオが誰も立ち入れなかった二人の空間に、割り込んできた。


 俺の傍まで来てブラッドの悲惨な姿を見ると、その魔術師と思えない鍛えられた外見とは裏腹に弱く、細い声を出した。


「この男は、殺すな……」


 俺に告げるとブラッドの傍でセシリオは屈み、血に塗れるのも気にすることなく、傷に手を当てた。

 すぐに詠唱が聞こえる。中級の治癒魔術だ。

 俺が傷つけたブラッドの傷が、みるみる癒えていく。

 

 俺は、不甲斐ないことに動けなかった。

 ブラッドを見るセシリオの目は、大事な人を見るような目だった。

 ブラッドは闘気の負荷で、傷が癒えたところで動けない。

 傷が治ったところでこいつらの状況は変わらないが。

 

 こんな目をしながらブラッドを癒す者の前で、俺はブラッドを殺せるのか。


 いや、俺は偽善者ぶった考えをしている。

 そもそも、こいつらは二人共殺すのだ。

 ここじゃなくあの世で仲良くやればいい。悔やめばいい。


 セシリオもブラッドも俺の大事な人達を傷つけまくったんだ。

 自分の大切なものだけ見逃してほしいなんて、許されるわけがない。


「セシリオ、珍しい顔してるじゃねえか」

「黙っていろ。自分でも分からないこともある」

「少しは前進したんじゃねえの。だが、傷を治しても無駄だ、この男は俺を殺す」


 その通りだ。

 俺がいくら甘えた考えを出そうと結局、許すことはないだろう。

 動揺しても、悩んでも、殺意は収まらない。


 ブラッドの傷がなくなると、セシリオは立ち上がり、俺を見た。


「全てお前の望み通りにしよう。エルとエリシアにも金輪際関わらん。だから、この男は見逃せ」


 もうエルとエリシアは開放した。

 こいつらが何をしようともう俺が絶対に守る。

 お尋ねものになるか、そうでないかの違いしかない。

 そんな事、ランドルに比べると小さなことだ。


「お前達のやったことは、許せない」

「俺は殺してもいい」


 当たり前のようにそんなことを言うセシリオは、やはり異常だ。

 死ぬことを何とも思っていないのか? いや、さっきと違って今はそんな風には……。

 俺が動揺していると、セシリオが訝しげに続けた。


「何だ。そもそもエルとエリシアを拘束したのは俺だ。何故、矛先を俺に向けない」

「向けてるさ。どっちが先に死ぬか、それだけの違いだ」

「いや、違うな。お前からは恨みは感じても、殺意は感じない」


 それは、エルが殺すといったからだ。

 俺には殺さないで欲しいと。

 少し冷静になりはじめた今なら、エルの優しさがよく分かる。

 俺はエルに甘えているだけだ。


 そして、一つだけどうしても、本人から聞きたいことがあった。


「エルと母さんには、本当に何もしてないのか?」


 それは、性的な意味でだ。

 エルは俺を心配させたくなくて黙っている可能性があるし、エリシアに至ってはまだ顔も見ていない。

 二人の心を、体を憔悴させたのは分かりきっているが、それはいまはいい。

 

 俺の疑問に、セシリオは少し驚いた様子を見せた。

 まさか――。

 眉を寄せ険しい表情を作り思わず剣を振りそうになってしまう。


「エリシアの、息子か……」


 俺の想像とは違い、エリシアの子供であることに驚いていたようだった。

 しばらくすると、俺の不安も払拭された。

 嘘を吐いている可能性もゼロではないが、必死に言い訳するわけでもなく、無機質な表情。

 真実だと思った。


「二人には何もしていない。それが許される理由になるのか?」


 俺は拒否するように首を振った。

 万が一、億が一、エルとエリシアがセシリオはもういいと言ったとしても。

 ランドルを殺したのはブラッドと、こいつの存在も大きく絡んでいる。

 俺は絶対に許さない。


「俺の仲間を殺した以上、お前達を許す事は絶対にない」


 断言したが、セシリオは理解できないのか、考える素振りを見せる。


「仲間とは、お前の家族と共にいた大男か?」

「そうだ」


 俺の力強い返事に、セシリオはブラッドを不思議そうに見た。


「ブラッド、何故言わない」

「言わない方が良かったさ。この男は甘々だからな。

 それに終わってから言うなんて、命乞いするみたいで情けねえ」


 理解できない会話に、俺は苛立ちぶらさげていた剣を握り直す。


「何の話だ……」


 俺が言うと、セシリオは簡単に、淡々と言った。


「お前の仲間なら生きている。今は眠っているが、あの男はすぐに目を覚ますだろう」


 セシリオの言葉に衝撃が走り、体が硬直する。

 いや、でも。

 ランドルは亡骸になってたって、ルルが。

 状況を見ていないが、治癒魔術で治るレベルだったのか?

 それに、何で殺そうとしたランドルを治療したのか。

 何も理解できない。


「本人も知らなかったようだが、あの男は半魔だ」

「半魔って、何だよ……」

「両親のどちらかが魔族だったのだろう。普通の人間とは違う。そう簡単には死なない」


 ランドルが、魔族?

 いや、人間と魔族のハーフか。

 クリストの話によれば、薄く特徴が残るだけで人に寄るとは言っていたけど。

 もしかしてランドルの巨体や異常なまでの生命力は、説明できるものだったのだろうか。

 

 セシリオが苦し紛れに言っているようにも、見えない。

 ただ、そうだったのか! と喜べるほど、信じることもできない。


 俺は何を信じればいい。選択すればいい。

 いや――まずは確かめればいいのか。


「今すぐ、ランドルと会えるのか?」

「問題ない。ただ、この男だけは殺さないでほしい。

 この男の剣術がここで終わってしまうのは惜しい」


 初めて、高圧的だったセシリオが、懇願するように言った。

 そんなの、俺にだって分かってる。

 ブラッドがこれからも剣を振り続ければ、今以上に強くなるだろう。

 ライニールを超える事もあるかもしれない。

 それがどれだけ凄いことか、様々な道場を見て、頂に立つ剣士を見てきた俺には分かる。

 俺は震える唇を動かしながら、弱い声を出した。


「俺一人で決めれることじゃない。でも――」


 俺は途中で言葉を切り、鳴神を鞘に収めた。

 もしもの話だ。


「本当にランドルが生きていて、俺の家族が全員許そうとするなら。

 約束する……もうここで剣を抜くことはない」


「助かる」


 セシリオが兵士に指示を出すと、ブラッドの身を乱暴に兵士達が担ぐように持ち上げる。

 痛えよと苛立ちながら納得していない様子のブラッド。


 そして数多くの兵士達が道を開ける前に、それをかき分けてくる者達がいた。

 クリストだった。

 そして合流したのか、その後ろにはセリアとフィオレも見えた。

 俺の仲間達が、俺に近付いてくる。

 もちろん、家族も。


 そして真っ先に、辛そうな体で俺の傍にきたのは俺の大好きな、母だった。


「アル!」


 俺の顔を見て安堵する表情を見せながら俺を抱き寄せる。

 その美貌は少し痩せ細り、いつも透き通るようだった白い肌のせいで血色の悪い顔色が際立っていた。

 

 きっと、相当辛い気持ちでいたのだろう。

 俺もしっかりと両手で背中から抱き寄せる。


 もう、随分背も抜いてしまった。

 俺が見下ろす形になってしまうが、エリシアはそれが嬉しそうだった。


「アル、立派になったのね」


 不健康に見えるが、俺の大好きだった微笑みが疲れきった体と心を癒すようだった。

 戦闘で強張っていた表情が解けるようにみるみる柔らかくなっていく。


「母さん、久しぶり。僕のせいで、辛い思いさせてごめんね」


 昔のように過保護だった母を安心させるように、謝るように言うとエリシアは首を振った。


「全部私が悪いの。母親失格よ、私しか居ないんだから、しっかりしてないとダメなのに……アルも、辛いことがいっぱいあったでしょう」


 昔俺を説教していた時とは違い、懺悔するようにエリシアが言う。

 母親失格なんて、言ってほしくない。

 それに俺を守ってくれているのは、案じてくれているのは母親だけじゃない。


「そんな事言わないでよ。それに大変だったけど辛くはなかったよ」

「そうなの?」

「うん。父さんが、守ってくれてたよ」


 俺が微笑むと、エリシアは理解できないようで首を傾げていた。

 少し、心地良い風が吹いた気がする。

 エリシアも懐かしいものを感じたのか、穏やかな表情になっていた。


「父さんが精霊に頼んでくれたおかげで生きてるから。レイラって言うんだよ」

「え? レイラちゃんがここにいるの?」


 あれ、エリシアはレイラのこと知ってるんだろうか。

 いまだに俺の中に入ってるレイラが、俺の中から声を発する。


『エリシアは私のこと知ってるよ』

「え、そうなんだ。教えてくれればいいのに」

『え? 何を?』

「いや、レイラならそんなもんか……」


 俺が呟くが、レイラはもう何も言わなかった。

 そして思い出した、母にまで頭がおかしくなったと思われたくはない。

 いや、さすがに分かるだろうか。


「アル、精霊使いだったの?」

「ううん、色々あってレイラだけ見えるようになったんだ。精霊使いじゃないよ」

「そうなの……後でゆっくり話しを聞かせてくれる?」

「もちろんだよ」


 こんな状況だ、ひとまず話が終わったと思ったのだが。

 エリシアはずっと気になっていたのだろうか、俺の左手を見ていた。

 確かに、白く発光してるし微妙に透けてるしかなりおかしいよな。

 俺が左手を消滅させるとレイラも俺の中から出てきて、頭上に燐光が舞った。


 俺の無くなった左腕を見て、エリシアの顔からまた血の気が失われていくが、何か言われる前に先に言っておく。


「え……」

「見ての通り生えるからあんまり困ってないんだ。心配しないでね」


 今となってはだが、これができなかったら過保護なエリシアがどうなってたか……想像すると怖い。

 今の体調でなくともぶっ倒れてしまいそうだ……。

 やはり顔は青かったがエリシアは震えながら頷くと、切り替えるように言った。

 母の愛情を感じる視線、その瞳は濡れ、雫が溜まっていた。


「アル、おかえりなさい」


 心地良い温かさに包まれると、俺も精一杯笑いかけた。


「ただいま、母さん」


 久しぶりに感じる母の、家族の温かさは、カロラスを旅立ってからの俺が抱いていた一つの寂しさを、溶かしていくようだった。


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