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第六十八話「救出」

更新が遅くなり申し訳ありません。

0時を過ぎることはないようにしますが、これからもこんな時間になることがあるかもしれません。


「着いたな……」


 俺達の目の前にあるのはバルニエ王国だ。

 ルルを担いで小人(ココ)族の村から眠ることもなく駈け続けた。


 今はもう夜だ。城下町も人通りは少ない。

 

 話によれば、エルが連れて行かれたのは十日以上前。

 エリシアも一緒に連行されたらしく、ルルは言わなかったが手遅れの可能性が高い。

 ランドルはブラッドと呼ばれた剣士の男に左胸を貫かれ、そして何故かランドルの亡骸を持って帰ったと。

 ルルは止めようと立ちふさがるが一瞬で意識が無くなったらしい。

 

 それも当然だ。

 ルルがその剣士の風貌を語った時にセリアがその男を知っていたからだ。

 前代雷帝ブラッド・カーウェン。

 何故かニコラスより遥かに強いのに雷帝の席を譲り、旅立ったという。

 セリアが自分より強い剣士だと悔しげに言っていて、驚いたが。


 しかし、そんな事はどうでもいい。


 今、俺の中では初めて純粋な殺意に満ち溢れていた。

 エルとエリシアの身が無事なことを祈るしかないが、ルルの話を聞いているとセシリオ王子は相当な好色家らしい。

 ……想像したくもない。

 二人が十日以上も無事だとは思えなかった。


 もし、俺の想像通りだとしたら――


 殺してやる。


 そしてランドルを殺したブラッドも殺す。

 あの世でランドルに詫びを入れさせる。


「ごめん、皆には悪いけど付き合ってほしい」

「当然よ。許せないわ」


 セリアも苛立ちながら言うが、俺はセリアの目的を知っている。

 イゴルさんの仇討ちは少し事情が変わってしまったが、何よりのことは。

 闘神流の再興だ。

 セシリオを殺せば俺達はお尋ね者になるだろう。

 それはセリアの夢が一つ、失われてしまう可能性に繋がる。

 俺はセリアにとってそれがとても大事な事だと分かっているのに、止まれる気はしなかった。


「クリスト、皆を頼むよ」

「おう、お前の母親を助けたら合流すればいいんだな」

「うん。終わったら闘気で知らせるから」

「分かった」


 俺以外は、ルルに先導されながらエリシアの元へ向かってもらう。

 ルルも二人を救出しようと城内のことを調べてくれたらしい。

 詳しいことはさすがに分からなかったらしいが、闇雲に探すより全然いい。

 皆にはエリシアを探してもらって、俺はエルを助けにいく。

 セリアは俺と来たがっていたが、クリスト側に回ってもらった。

 ブラッドと戦闘になるとクリストが負けることはないだろうが、他の敵から皆を守ることはできなくなるだろう。

 こんな国なら手錬は大勢いるだろうし、セリアに守ってもらうしかない。

 もちろんフィオレももうそこら辺の奴には負けないだろうが、心配だ。

 フィオレはまだ人と戦った経験がないのだ。


 そして、俺は一人でも大丈夫だ。


 レイラは少しくらい離れた距離にいても人を感知できる。

 小人族の村でルルに気付いたように、エルにも近付けば教えてくれるだろう。

 それに、レイラも何故かエルのいる場所は分かりやすいから大丈夫と言っていた。


「行こう」


 俺の声を合図に全員で城下町を疾走する。


 広い城下町を一瞬で駆け抜けると、城門に着く。

 閉ざされた門の前には見張りの兵士達がいるが、俺達は人気が少ない城壁まで移動する。

 見張りを見るに魔術師だろうし無力化は簡単だろうが、できれば手前で騒ぎを起こしたくはない。

 

 俺達は高い城壁を軽く飛び越えると、城内に潜り込んだ。



 俺達は口を開くことはなくアイコンタクトすると、別れた。


 皆が向かった方向から兵士の怒鳴り声が一瞬聞こえた気がするが、すぐに消えた。

 兵士は殺さないようにすると決めているので、恐らく無力化されたのだろう。


 俺の遥か頭上ではレイラが飛んでいる。

 俺はレイラのペースに合わせて城を回るようにゆっくりと走る。

 全力で駈けたところでレイラを置いていってしまえば意味がない。


 しばらくして、レイラが窓の前で止まった。

 遠くにいるはずのレイラだが、はっきりと声が聞こえる。


『いたよ!』


 いつもより大きいレイラの声に、俺は足に闘気を集中させると数十メートルの距離を飛び上がる。

 そして、窓から覗く驚愕の光景を目にすると、怒りに歯を噛み締める。

 すぐに足裏に闘気を集中させる。


 空気を蹴るようにその闘気を放出させると、俺の体は弾丸のような速さで消えた。

 俺は怒りの形相のまま、窓を、壁を破りながら室内に飛び込んだ。



 目の前の許容できない状況に、飛び込んだ勢いで迷うことなく男を殴りつけた。


 分かっている、間違いなくこの男がセシリオだ。


 久しぶりにエルの顔を見たというのに、エルには見せられない程俺の顔は歪んでいた。

 怒りが収まるわけもなく、俺は崩れているセシリオに腕を振り上げる。

 殴り、蹴る度に息を吐き出すだけで悲鳴を上げないセシリオに更に苛立つ。


 何で、もっと苦しそうな表情を見せない。


 王族のプライドでもあるのか、気に食わない。

 わざわざ一撃で死なないように抑えてやってるのに。


「何か言えよ、自分がこれからどうなるか理解できているか?」


 初対面とは思えない俺の声掛けにセシリオは返事をしない。

 セシリオは今にも死にそうに小声で呟くと、重々しく片手を自分の潰れた顔に当てた。

 何度もエルから聞いて俺も知っている、中級の治癒魔術。

 

 俺はその間手を出すことはなく、尻から崩れ落ち壁に背を預けるセシリオを見下ろしていた。


 すぐにセシリオの顔が修復されていくと、予想とは違い俺を睨みつけた。

 何だ、こいつは。

 王族の反応ではない、やはり自分の命がこれから散ることを理解できていないのか。

 そう思ったが、セシリオは清々しかった。


「お前が何者か知らんが、すぐに俺の護衛がここに来る。

 お前はもうただ死ぬことは許されないだろう。

 この国の拷問は早く死ぬことしか考えられなくなる程辛いぞ」


 遥か高みに位置する一室に、窓をぶち破り入って来て早々暴行を始めた侵入者に対し、セシリオはそこまで驚いた様子は見せていなかった。

 まるでそんな非常識な人間を他にも知っているようにも感じられる。

 驚く暇もないほど組み伏せられたとしても、おかしい。

 俺も異常なら、この男も異常だ。

 何故ここまで冷静になれる。

 俺が護衛に負けることは有り得ないし、拷問云々もどうでもいい。


 もう少し殴って立場を分からせてやるか、そう考えると同時にセシリオが口を開いた。


「何だ、何故殺さない?

 腹立たしいことだが、俺がお前に勝てないのは分かる。

 お前は何がしたくてここに来たのだ」


 この男、死を覚悟していないわけではないのか。

 ここに来たのはエルとエリシアを助けるためだ。

 そして、二人をこんな目に合わせたセシリオを殺す。


 俺は腰から鳴神を乱暴に引き抜いた。


「ちゃんと殺すさ」


 俺が自分に確認するように言うと、セシリオは諦めたように目を瞑って下を向いた。

 何でだ、何故ここまで潔いのか。

 まるで傍から見れば俺が悪人のような状況ではないか。


 いや、考えるな。


 俺が首を刎ねてやろうとゆっくり剣を振り上げる動作を見せるが。


「待って!」


 久しぶりに聞いた俺の大事な妹の声と共に、背中に懐かしい感触があった。

 腹に華奢な腕が回され、軽く抱きしめられる状態。

 

「エル……? 何で」


 俺の知っているエルはこんな子じゃなかった。

 自分達を害するものには容赦ない子だった。

 俺が懐かしむこともできずに思考しながら振り向くと、エルは俺の服を両手で掴んだまま言った。


「私、何もされてないよ。多分、お母さんも」


 俺は驚きと同時に膝が落ちそうになるほど安堵する。

 しかし、すぐに考え直してしまう。


 エルが俺を心配させないように嘘を吐いている可能性もあるが……。

 昔から、エルのことはたまに分からない部分もあった。

 本気でエルが隠そうとしたら多分、分からない。


 しかし、エルの顔をよく見ると確かにとてもそういう事をされたとは思えない。

 服が少しはだけているのはさっきのことで分かっているが、あれが初めてのことだったのだろうか。

 毎晩、それを繰り返されていると思ってしまったが。


 でも事実がどうあれ、このセシリオを許すわけにはいかない。


「エル、でも……」


 久しぶりに会ったというのに、低く、弱い声しか出ない自分が情けない。

 何でエルは、こんな奴を許そうとしているのか。

 しかし、次にエルから出た言葉で少しだけ理解した。


「こんな奴の事で、お兄ちゃんが苦しむことない」


 別にエルはセシリオが憎くない訳でも許そうとしている訳でもない。

 俺を、気遣ってくれていただけだった。

 昔のエルなら俺がセシリオを殺したら絶対に喜んでいた。

 

 何か、変わったな……。


 でもそれはきっと、いい方向にだ。

 俺も怒涛の日々を送っていたが、エルとランドルにも色んな事があったのだろう。

 それでもだ。


「エル、俺はこいつを殺しても苦しまないよ」

「お兄ちゃん、私と別れてから人を殺したことあるの……?」

「ないよ。でもこんな奴、人だと思わないから」

「お兄ちゃんは相手が誰でも辛い思いするよ。私の為にそんな思いさせたくないの」

「何言ってるんだよ。エル、どうしたの……」


 何も変わってないのは、俺を大事に思ってくれている事だ。

 違和感を感じ、おかしいと思うのは。

 以前なら俺がエルの為に動いた時はそれがどんな事でも本当に嬉しそうにしていた。

 今は、それがない。エルは何を考えている、脳内を覗いてみたいぐらいだ。


 俺は納得できないまま、顔の傷しか治ってなく、いまだ崩れたセシリオを見下ろす。

 エルに抱かれたまま、悩み、歯を噛み締めると。

 俺はセシリオの腹に向かって、突くように蹴った。

 ブーツ越しにも伝わる気色悪い感触と共に、セシリオは血を吐きながら死んだようにがくっと首の力を失い、意識を断った。


 次に俺は、兄として失格だなと思う事を、口にした。


「なら――エルが殺す?」


 今まで俺を制止していたのが嘘のように、エルは迷いなく「うん」と頷いた。

 別にエルはセシリオを殺したくないわけではないのだ。

 俺に殺して欲しくなかっただけ。

 俺はようやく納得すると剣を鞘に戻し、エルの肩にぽんと手を置いた。


 するとエルはその腕を見て何か思い出したように少し俯きながら言った。


「殺す前に、聞きたいことがあるの。ちょっと待ってくれる?」

「え? いいけど、何を――」


 エルはセシリオに近寄ると、これから殺すというのに中級の治癒魔術を詠唱する。

 憎いセシリオの傷を治してまだ知りたいこととは、何だろうか。

 しかし俺が蹴り壊した内臓を修復するが、意識はすぐには戻らなかった。

 苛立ち、意識を飛ばしたのは失敗だった。

 まぁすぐに目が覚めるだろう。


 のんきにそんな事を考えていた時――


 一瞬地震か、と思うほど、城が揺れた。

 これは地震ではない、強い力同士がぶつかりあい、この大きな城が軋んでいる。

 俺はすぐに闘気がぶつかり合い戦いが起こっていると理解し、エルの背中から右腕で抱えるように少し持ち上げた。


「エル、後にしよう。急いで行かなきゃいけない」

「え? でも、まだ――」

「大丈夫、終わったらまた来ればいい。本気になればもう何とでもなるから」


 正直、真昼間に正面からこの国を滅ぼすこともできる。

 さすがに無関係な人々を巻き込む気はないのでそんな事はしないが。

 全て片付いた後に無理やりセシリオに話をさせるぐらい、どうってことない。


 今は、もう一つの目的の達成が優先だ。

 これはセシリオと違い手遅れになる可能性がある。


 この地響きのような闘気の騒ぎから俺の真意に気付いたのか、エルは素直にこくりと頷いた。


「とにかく行こう。もう何も心配いらないからね」


 俺が優しく言うと、エルは涙目になるのを隠すように俺の胸に顔を埋めた。

 右腕でエルを優しく抱きながら、急ぐようにそのまま窓から飛び降りた。


 常人なら即死する高さだが、エルは安心しきっているのか、激しい風切り音の中でも動揺することはなかった。

 地面に着地すると、再びエルが俺に強く抱きついた。

 泣いているのだろうか、さっきまで震えていなかった体が小刻みに動き出した。


 二人だけの世界になり、以前のような兄妹の雰囲気に戻る感覚。


 エルが顔を上げると、月明かりで綺麗な顔が映る。

 よく見ると、やっぱり一年以上離れていたこともあって成長している。

 俺はそんな事を考えていたが、次にエルから出た言葉は予想外だった。


「ランドルが、私を守って死んじゃった……」


 あれほどランドルを憎らしそうにしていたエルからは想像できなかった。

 エルの表情が、少し悲しそうに見えたからだ。

 

 しかしランドルのことは俺も知らなかったら驚いて動揺しただろうが、考える時間はいっぱいあった。

 俺は安心させるように言う。


「ルルから聞いたよ、やっぱりランドルは約束を守ってくれたね」


 約束ではなく、俺の一方的な頼みだったかもしれないが。

 軽くエルの頭を撫でると、そのまま意思を篭めて言った。


「ランドルの仇は、討つよ」

「うん……そうしてあげて」


 セシリオの時とは違い、ブラッドに関しては俺が殺していいようだった。

 自分の時は我慢したのに、ランドルの場合は違うのか。

 そんなエルを見ていると、不謹慎だが穏やかな表情になった。

 

「エル、いい子になったね」


 前の俺のことしか考えてなかったエルももちろん好きだったが。

 先のことを考えると心配になることが多かった。

 もう、その心配はいらない子に成長している。


 俺がエルを包み込むようにしていると、エルの綺麗な赤目から涙が零れ始めた。

 強く俺を抱きしめると、涙声で決壊したように言った。


「お兄ちゃん、会いたかった……」


 泣いてるエルを見て、やっぱり妹は可愛いな、なんて思うのは悪いだろうか。

 エルは俺の胸に顔を埋めていて見えてないだろうが、泣き顔のエルとは裏腹に俺は少し頬が綻んでいた。

 

「俺もだよ。もういきなり消えたりしないから」


 兄妹の温かさを懐かしむ時間は少なかったが、大事な所に帰ってこれたと思った。

 


 エルの涙が止まると、俺は思い出したようにエルの着ている服を見やった。

 綺麗なドレスだが、胸元の露出も激しいし全体的に薄そうだ。

 よく映えているが、この服で歩き回らせるのも心苦しい。


 俺は着ていたコートをエルに羽織らせる。

 もう長い旅と戦いで擦り切れたりしているが、今よりマシだ。

 エルも嫌がるわけもなく、抵抗なく俺に着せられていた。

 裾を地面に引き摺って歩くことになるが、別にいい。


 元々下に飛び降りたのはエルを逃がす為だったが、よく考えれば一人で放り出すわけにもいかない。

 戦いが起こってる場所には俺の仲間がいるし、一緒に動く方が安全だろう。

 

「エル、もうちょっと頑張れる?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 俺は再びエルを抱えると、闘気がぶつかり合っている階層に当たりをつけ、飛び上がった。


 



 とある一室で、エリシアは憔悴しきっていた。

 温厚な彼女からは想像できないほど激昂し、自分を阻む者を傷付ける行動も見せていた。

 それにより死に至る者はいなかったが、エリシアは娘を何とか助けようと考え、行動していた。


 しかし、魔術が優秀でもエリシアの肉体は強くはなかった。

 城の一室に拘束され、何をしても取り押さえられ、望みは叶わなかった。

 食事もほとんど摂ることはなく、眠れることもない。

 その美しい顔立ちは不健康な青ざめた顔になり、雲っていた。


 もしエルに何かあれば、自分はどうすればいい。

 元はと言えば自分の尻拭いでこんな事になっている。

 そして、自分がここに来なければこんな状況に陥っていないのは理解していた。

 

 娘を心配し、愛した男性を想う行動が、全て裏目に出てしまった。

 どれだけ昔に仲が良かったとしても、もう捨てたはずの家族を気遣ったのも後悔した。

 母親失格だと、自分を責めた。

 娘が死ぬほど辛い思いをしているのに、自分が何をしても、娘を救い出せない。


 エリシアは、どん底にいた。


 しかしその夜、部屋の前で兵士の怒声が上がると、室内に踏み込んでくる者達がいた。


 最初に見えたのは赤い髪をした長身の男、クリスト。

 エリシアの目から見て、この国の者ではないのは明らかだった。

 剣を掛けていて剣士の風貌なのもこの国においてはおかしい。


「誰……?」


 弱りきった、掠れた声がなんとかクリストに届くと、その長身で見えていなかった後ろの人物が前に出た。

 その姿は立派に美しく成長していたが、エリシアには一目で分かった。


「セリアちゃん!」


 久しくエリシアから出た今までと違う大きな声が部屋に響いた。

 エルの元へ行くのを阻む者に投げかけていた辛辣な声ではなく、嬉しさからくるものだった。

 

 セリアも久しぶりにエリシアの顔を見て嬉しくなるが、その不健康な顔を見て伝染するように白い肌を青くした。

 

「エリシアさん、久しぶりね……もう大丈夫だから」


 大好きな男の子の母親が辛そうな表情を見せているのは、セリアにとって辛いものだった。

 ルルがすぐに介抱するようにエリシアを抱き寄せると、軽く状況を説明する。

 感動の再会の余韻に浸っている状況ではなかった。


「この人達は……?」


 エリシアが急な事態に状況がいまだ掴めず、知らない顔を見回して言った。

 クリストは安心させるように優しげな表情を作り、フィオレはアルベルの母親ということもあり、慌てながらも丁寧に頭を下げた。

 エリシアの疑問を解消するように、セリアが口を開く。


「二人共アルの仲間よ、とっても強いから、すぐにここから出れるわよ」


 もちろんここからエリシアを連れ出すのはセリアだけでも造作もないことだが。

 しかしそんなことよりエリシアが一番驚き、喜んだことがあった。


「アルもいるの!?」

「えぇ、アルはエルの所に向かったから、エルも大丈夫よ」


 エリシアは安堵するが、まだ引っかかることがあった。

 セシリオと共にいた、ブラッドという剣士の存在。

 この城にいたことで、エリシアもブラッドについて色々と知っていた。

 アルは、一人で大丈夫なのかと。

 エリシアが昔と同じ大事な息子を心配する表情を見せると、それを知っていたセリアが微笑みを見せた。


「アルはもう誰よりも強いから、心配ないわ」


 セリアの言葉には、エリシアには分かる説得力があった。

 誰よりもアルのことを好きな女の子が、何も心配していない。

 息子が人より剣の才能があり、幼いながらに強いのは知っていたが、自分の知らない数年の間にどれほど成長したのだろうか。

 しかし息子の成長を喜ぶ時間も、今すぐ会って抱擁する時間もない。


 エリシアがやっと状況を理解すると、アルベルの仲間が、家族が、ようやく動き出した。

 体の調子が悪く、足取りが重いエリシアをセリアが背負う形になったが。

 エリシアはこの時に食事も睡眠も摂れなかったことを後悔したが、それはどうしようもないことだった。

 

 城の兵士達の意識をクリストが一瞬で刈り取るのを見続けて安心感を覚える。

 アルがこの剣士よりも強いのだとしたら、昔のように心配することもない。

 もちろん、母親として息子の身を案ずる気持ちは消えなかったが。


 部屋から出て少し走り続けたところで、立ちふさがる者がいた。

 

 その男を、クリストとフィオレ以外は、全員知っていた。

 しかし顔を知らない二人も、すぐに事前に聞いていた男だと感じ取った。

 雷帝の肩書きを持っていたブラッドという存在。

 適当に見える立ち振る舞いからでも、尋常ではない強さを肌で感じ取ることができた。


「セリア、久しぶりじゃねえか」


 少し嬉しそうに、ブラッドは言った。

 セリアも、以前ならば穏やかに接しただろう。

 だが、今となってはセリアの大好きな人達を害する存在に変わってしまっていた。


「貴方がこんな奴だったとはね。稽古をつけられたこと、後悔してるわ」

「そう言うなよ、俺は結構楽しかったぜ? まぁ今はいいか。見たところアルベルって奴はお前だな」


 クリストを見るブラッドだが、ブラッドの読みは外れていた。

 だが、自分と拮抗した腕前なのに若い剣士という存在を初めてみるブラッドに迷いはなかった。

 クリストはそれを否定することも肯定することもなかった。


「俺が相手する。セリア、フィオレ、頼むぞ」


 普段ならセリアは抗って剣を抜いただろう。

 だが、アルベルの家族を放って戦うことはできなかった。

 フィオレを信頼していないわけじゃないが、自分がしっかり安全な所まで連れださないと安心できなかった。

 というより、自分の傍が一番安全な所だと思っていた。


 それに、セリアはブラッドとクリストの強さを知っていた。

 どちらが強いとは一概には言えないが、クリストが斬られ、負けることはないと思った。


「分かったわ」


 セリアはまだ知り合いとも呼べないクリストを心配するエリシアとルルを強引に率いて、その場を後にした。



 世界でも頂上に立つ剣士が二人だけになると、お互い同時に剣を抜いた。

 クリストの剣を見てブラッドはそれを業物だとすぐさま理解したが、がっかりした。

 

「鳴神は持ってねえのか。でも、もうそれでもいいと思えるほど、面白そうな相手だ」


 ブラッドは腰を落とし、雷鳴流の構えを取って闘気を開放する。

 クリストも闘気を爆発させ、先手を打たれる前に風斬りで踏み込む。


 両者の剣が激突すると、城が揺れるような地響きが起こる。

 お互いの闘気は互角だった。

 千年以上生きているクリストの闘気に拮抗するのは、人として異常だった。

 クリストと違いブラッドには負荷もあるだろうが、それに耐えうる天性の何かをブラッドは持っていた。

 アルベルやセリアと同じ、いや、現段階ではそれ以上かもしれないと思ってしまうほどの素質。


 両者の剣戟は続いた。


「強いな……その歳で俺と互角ってのが腹立つけどよ」


 感心すると同時に自分より才能があると苛立つブラッドだったが。

 クリストも、ブラッドに抱いていた印象を見直していた。

 アルベルの仲間を斬った悪人だと思っていたが、正直クリストはアルベルの仲間の顔もどんな奴かも知らなかった。

 アルベルが聞くと怒るかもしれないが、目の前の男を剣術に生きる一人の剣士として、見直した。


「安心しろよ。俺は歳を食ってるだけだ。同じ条件ならお前に勝てないだろうな」

「あ? お前まだ十六ぐらいなんだろ? 見た目はもう少し上に見えるけどよ」

「それはアルベルの話だろ。俺はもう千年は生きてる。俺はアルベルの師みたいなもんだ」

「魔族か……やっぱ世界は広いな。ドラゴ大陸にはお前みたいな奴がうじゃうじゃいんのか?」

「安心しろよ、今の魔族の中じゃ俺が一番強い」

「はっ、そりゃいい。お前を倒せば世界一になれそうだ」


 いまだに少し勘違いしてるブラッドに、クリストは気にした様子もなく言う。

 それは剣士として、師としては言いにくいことだが。

 クリストに迷いはなく、むしろ嬉しそうに薄く笑った。


「俺よりアルベルの方が強えよ。俺と互角で満足するなよ」

「はあ? お前はそいつの師匠だろ?」

「剣術の練度だけが、強さじゃねえさ」


 意味が分からないと訝しげなブラッドを他所に、クリストは背後から迫る足音を感じ取った。

 知らない音もするが、恐らく合流できたのだろうと思う。

 まだ戦闘の余熱が残っている中、クリストは握っていた剣を鞘に戻した。

 ここからは、自分の出る幕じゃない。

 アルベルは言っていた。自分で片をつけると。

 

 ブラッドがクリストの戦意が無くなったことに苛立つ中、クリストは少し顔を傾けて考える仕草を作っていた。

 今、体で感じ取ったブラッドの力量とアルベルを比べ、呟くように声を出した。


「ま、問題ないかな」


 足音が間近まで迫りアルベルが顔を見せると、ブラッドとクリストの短い戦いは終わった。



 

 ------アルベル------


 馬鹿でかい闘気に近付いていく中、思考する。

 

 クリストとセリアが共に戦えば負けるとは思わない。

 一番心配しているのは、自分でランドルの仇を討つことができるかということだ。

 仲間の心配をしないのは、信頼からだろう。

 冷たい人間ではない、むしろ、二人の腕を知っているのに心配すると二人は怒るだろうか。


 目指していた闘気が何故か消えると同時に目的の場所に辿り着くと、意外な光景が見えた。


 そこにはクリストと、恐らくブラッドと思われる剣士しかいなかった。

 そして本当に戦ったのかと思うほど、二人には熱が無かった。

 ブラッドは適当に剣をぶらさげていて、クリストに至っては剣を収めたのか、抜いてすらいない。


 俺が不思議そうにすると、クリストはそんな状況でエルを見て言った。


「その子がお前の妹か? 可愛いじゃん」


 そんな言葉を投げかけるクリストを、エルは少し警戒気味で、こいつ誰? みたいな感じで俺を見た。

 そりゃそうなるだろう。

 しかし今は世間話をしている気分でも、長ったらしく説明している時間もない。


「後でゆっくり紹介するよ。母さん達は?」

「セリアとフィオレと一緒だ。会わなかったのか?」

「そっか、飛んできたからすれ違ったみたいだ」


 一先ずは無事にエリシアを救出できたようで安心する。

 セリアとフィオレが一緒なら、もう絶対に大丈夫だ。

 一番問題の剣士は、クリストが足止めしてくれてたみたいだし。


 そしてクリストが既に戦う意思がないことから、俺の気持ちを汲んでくれているようだ。

 有難い、この決着は俺がつけないと一生納得できない。

 ランドルの存在は、俺にとってとてつもなく、大きいものだ。

 それがたとえセリアでもクリストでも、人の手で終わらせられて、そうか、終わったか、なんて思えない。

 もちろんクリストとセリアにとってもランドルが大切な存在だったなら、一緒に戦うことに文句はない。

 でも二人はランドルのことで傷心してしまうような感情は持ってないだろう。

 世界で一番ランドルを大切に思っていたのは、俺だという自信がある。


 ――なら、俺がやらなければならない。

 いや、俺が一人でやりたいのだ。

 

 俺がブラッドを睨みつけると、俺の冷め切った視線とは裏腹にブラッドは何とも言えない表情だった。


「お前がアルベルか? 剣士の癖に片腕だし、この魔族の方が強そうじゃねえか」


 そんなことを言われるが、それは間違ってはいない。

 剣術だけの腕を、戦闘の経験を見ると俺はクリストに、この男に劣っている。

 俺に人と変わった闘気があることを、この男が知る訳もない。

 挑発されるような言葉だが、ブラッドは本音を言っただけだ。

 俺も、それに触発されることはない。


「ランドルを殺したのはお前だな」

「あの男か。まぁ、そうなるな」


 適当に答える男に、俺の殺意が増し、殺気を撒き散らす。

 その様子に、少しだけ俺に興味を持ったように見えた。


「お前は殺す」

「そうでないとな、二人掛りだとさすがに殺されそうだけど」


 クリストを見るブラッドだが、俺にも、クリストにもそんな考えはない。


「二人で斬るつもりはない。俺一人だ」

「へぇ、仲間を殺された割に随分甘いな。かっこつけてんのか?」

「自己満足だ」


 俺が言い切るとブラッドは渋々納得したのか、俺の腰にある鳴神に目をやった。


「なぁ、それ鳴神か?」


 それは期待するような、確信するような。

 剣士なら鞘に入っていても分かるだろう。

 こんな神級の剣、見る機会は少ない。

 俺は一瞬名前を言われ驚いたがすぐに納得する。


 これは元々雷鳴流のライニールが持っていた剣だ。

 そもそも、俺が今これを持っていることの方がおかしい。

 普通なら、道場で受け継がれていくものだろうから。


「そうだ」

「お前を殺したら、それはもらうぜ」


 別に、俺も戦利品として使ってる。

 ブラッドが俺に負けないと思っているのがむかつくが。


「好きにしろよ」

「ま、何言われてもそうするつもりだったんだけどな。まぁ、殺ろうぜ」


 剣を構えようとするブラッドに、俺は躊躇する。

 さすがにこの場で全力を出すことはできない。

 エルも心配だし、できれば城の一部を吹き飛ばして無関係な人間を殺すことはしたくない。


「外に出ろ。ここはだめだ」

「あぁ? まぁいいか」


 ブラッドが言うと、壁に目をやり、その瞬間何も気にすることもなく蹴りを放ち、城の壁を破壊した。

 高層にばかでかい穴が開き、俺達の空間に冷たい夜風が吹き荒れる。

 そして当たり前のように、ブラッドがその穴から飛び降りた。

 

 その直後に、クリストが俺に声を掛ける。


「アルベル、あいつの腕前は俺と互角だぜ」


 クリストが俺に忠告するように言うが、心配している様子はなかった。


 あの剣士の強さは、見た瞬間に分かっている。

 尋常ではない闘気を、人の身ながらに纏っている。

 もしかすれば、ライニールより天性の才能があるのかもしれない。

 負荷はあるだろうが、それでも異常だ。

 

「その割りに止めないんだね」

「ここでお前が死ぬことはない、予見の霊人の言う事が本当ならな」

「ラドミラさんは戦いに絶対はないって言ってたじゃないか」

「そうだな。違う言い方をすると――」

「ん?」

「もうお前は俺より強い、心配することはない」


 その言葉に、俺はこんな状況だが嬉しくなってしまう。

 前も軽い口調で言われることはあったが、今はそうではなかった。

 心の底から、自分の尊敬する剣士にそう言われて嬉しくないわけがない。


 俺は微笑みで返すと、振り向いて成り行きを大人しく見守っていたエルを見た。

 

「ちょっと行ってくるよ。二人は普通に降りてきてくれるかな」


 これは遠まわしについてこないで欲しいという意味だ。

 この戦いは万が一の事があっても後ろに味方がいるから何とかなる、なんて思いながら戦いたくない。


 クリストは俺が自分で片をつけたいと分かってるし本当に心配していない、好きにさせてくれるだろう。

 でも、俺の中のエルは何を言っても絶対についてくる。

 エルもランドルについて考えを変えていたみたいだし、見届けたいと言うなら拒むのは間違ってるか。

 と思ったがエルの取った行動は、俺の知らないものだった。


「うん……」


 しおらしく、こくりと頷いた。

 俺の目には可愛らしいとも思ってしまうほどだ。

 やっぱり、俺の見ていない二年近くで、かなり変わった。

 エルが俺の身を心配していないわけじゃない。

 俺に対する愛情が変わったようには見えない。

 ただ、少しエルの考え方が変わったように見える。


 自分の気持ちより、俺の意思を、尊重してくれるように。


 でもやっぱり、少し寂しく感じてしまうのは妹を見守ってきた兄として失格だろうな。

 俺はそんな自分の考えを打ち消すようにエルに微笑みかける。


「エル、この人はクリストって言ってね、信頼できる人だよ」

「そうなんだ……」


 そう言うとエルはクリストの方を見て、軽く頭を下げた。

 そんなエルに、クリストはいい子じゃないかと満足気だった。


「じゃあ、後でな」


 クリストとエルの背中が見えなくなり、足音が遠ざかっていくと、俺はようやくブラッドを追いかけるように突如出来上がった異質な穴から、地面に向かって飛び降りた。


 ブラッドの前に着地すると、ブラッドは棘を吐くように言った。


「遅せえ。お前が外に出ろつったんだろ」

「……」


 そんな言葉を無視して、俺は腰から鳴神を引き抜く。

 何も言わずにレイラが入ってくると、いつでも精闘気を引き出せる状況になる。

 

 殺るか、そう思った瞬間、急かしていたくせにブラッドが中断するように言った。


「なぁ、一つだけ聞かせろ。セシリオを殺したのか?」


 それは、セシリオの身を案じているような言葉。

 こんな奴が人の心配をするようには見えないが、意外にも少し儚げに聞こえた。


「まだ殺してない」

「そうか、お前は甘いんだろうな」


 嬉しいのかがっかりしたのか分かりにくい表情だった。

 

「甘さから殺さなかったわけじゃない。お前を先に殺すだけだ」

「へぇ、安心したぜ。本気で来いよ」


 言いながらブラッドも抜いていた剣を、腰を少し低くして構える。

 見ただけで分かる、とびきりの剣士だ。

 そして、やはり俺には負けないと思っていそうだ。


「腕がないのを負けた言い訳にすんなよ」


 相変わらず強気なブラッドに、行動で返してやる。

 もう、腕がないことはない。

 生身の腕はないが、あれから練習したものがある。


 俺は精闘気を具現化させ左腕に集中させると、白く発光する。

 硬質させるイメージは腕。

 するとしっかりと腕が、左手が形成される。

 指先も、生身の指を動かす感覚とは程遠いが、闘気のコントロールで動く。

 初めてこれをやった時は使い物にならないと思ったが、やはり訓練は偉大だ。

 ここに至るまでの旅の道中で、毎日練習して剣を振るくらいならできるようになった。


 そんな俺に起きた現象に、ブラッドはようやく俺に興味を持ち、驚いた様子を見せた。


「へぇ、そりゃ闘気じゃねえな。便利なもんだ」


 その口調は驚いたようには聞こえないが、顔には表れている。

 多分、精闘気を知らないだろうが、普通とは違う闘気だからこその現象だと思っているのだろう。

 

「これで満足か?」

「ガキの癖に生意気だな。まぁ、やるか――」


 始まりの合図のように、ブラッドの闘気が爆発する。

 辺り一帯を紫色の闘気が包み込む。

 本当にライニールに似ている。

 ライニールの闘気には及ばないが、近く、クリストと同じぐらいの闘気を持っている。

 確かに、この相手は簡単に勝たせてくれないだろう。

 戦闘経験も、俺とは比べものにならないほど多いのは間違いない。


 だが、俺には力を貸してくれる存在がある。

 

 俺は精闘気を全力で引き出すと、ブラッドの闘気を押し潰すように、暗い空間が発光する。

 もうライニールの闘気を超えている。

 闘気では完全に俺が勝っているが。


 後は剣術で、どこまでこの強敵と競り合えるかだ。


 俺の闘気を目の当たりにして、驚くよりも、ブラッドは嬉しそうに言った。


「噂は真実だったか……今までの言葉は撤回しよう」


 そう言うと、ブラッドは初めて一番真剣な表情を作った。

 俺を殺すという意思を感じる。

 俺も、負けじと殺気で返す。


「雷鳴流、ブラッド・カーウェン。行くぞ」


 俺は両手で剣を構え、踏み込むと、仇討ちの戦いが始まった。


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