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第六十七話「仲間」

修正の際に新たな魔術が増えた事について記入するのを忘れていました……申し訳ございません。

修正版では一度エルが使っていますが、名前の通りに解釈してもらって大丈夫です。


 一番初めに気だるさを感じた。

 そのだるさは再び俺を眠りの世界へ引きずり込もうとする。

 しかし、起きろ、起きろと、俺を駆り立てる感情があった。

 まだ何故そう思うのかも思い出せない。

 だが無理やり意識を覚醒し始め、重い目蓋を薄く開いた。


 辺りは暗く、まだ眠っているのではないかと錯覚する。

 だが、現実は物騒な空間だった。


 鉄柵に覆われ、自分の両手は後ろに回されている。

 腕が動かないのを理解して顔を後ろに見やると、鋼鉄の手錠で拘束されている。

 鎧は脱がされてるし上半身は裸だし、鎧の下に着込んでいたズボンしか穿いていない。


 これは現実だ。

 理解しやすいのは、セルビア王国でザエルが今の俺と同じ状況だったのを見たことがあるからだろうか。


 気付くと、ここに至るまでのことをすぐさま思い出す。


 俺は、何をやっているんだ。

 アルベルに頼まれた、託されたものを守ることもできず、こんな所で生きている。

 自分への怒りに自らの体に起きている謎についても驚きは少ない。


 ――あの剣士に刺された傷が、治っていることだ。


 無理やり意識が閉ざされる前は殺されると思い込んでいた。

 いや、生きている以上そんなことはどうでもいい。


 俺には果たさないといけないことがある。

 こんな拘束、俺にとっては意味もない。

 魔術師の基準がどうかは知らない。


 そこら辺の剣士ではこの拘束を解くことはできないかもしれない。

 俺は剣士ですらなく、戦士だが、これを破壊するのは容易だ。


 闘気を腕に集中させると、分厚い鋼鉄の手錠を力任せに引きちぎるように引っ張る。

 すると鉄の割れる音と共に、腕に自由が戻ってくる。

 

 その音に気付いたのか、俺から見えない所に何者がいたのだろうか。

 焦ったように走る足音が聞こえたが、今はそんな事どうでもいい。


 そのまま立ち上がるが、少し、いやかなり立ちくらみがする。

 思わず足が止まり、壁に手をついてしまう。

 まるで何年も眠っていたようだ。

 さすがにそれはないだろうが、間違いなく数日が経過している。

 

 エルは、アルベルの家族はどうなっている。

 もしあいつらに何かあれば、二度とアルベルに顔向けできねえ。

 実際、俺でも想像できるほどその可能性は高い。

 アルベルなら人一倍悲しんだ後に、俺に労いの言葉をかけるのかもしれない。


 冗談じゃない。


 あいつは俺と自分のことを対等だと思っている。

 俺も今では、対等な仲間のつもりだ。


 信頼されて任せられたことを、裏切ることなんて許されない。

 俺がアルベルと再び会った時、掛けられる言葉は決まっていないとだめだ。


 「分かってた」「心配してなかった」「ランドルに、任せたんだから――」


 だからこそ俺も奴の身を、ここに戻ってくるまでの旅路を信じて進んできた。

 なのに、何だこの様は。

 

 正直、あのレベルの剣士が立ち塞がってくるのは予想外だったとはいえ。

 俺は身代わりになっただけだ。

 それも、意味がある身代わりではない。

 数瞬その結果が遅れるだけで、何も変わらない。


 俺には、アルベルのように、セリアのように、俺を斬った剣士のように。

 誰よりも強い存在になれるような素質はない。

 いくら鍛錬を積もうと、限界がある。

 俺の勝てる相手は限られている。


 いや、何を考えている。

 こんな情けない言い訳のようなこと、俺が一番嫌っていることだ。

 

 あぁ、分かった。


 俺はこれ以上にないほど、弱っている。

 この無駄にでかい図体に似合わない、精神的に。

 アルベルの言葉を、信頼を裏切ってしまったことに。


「チッ……」


 自分の情けなさに舌を打ちながら、ふらつく足取りの中、拳に闘気を集中させる。

 自分への怒りをぶつけるように鉄柵を殴りつけ、穴があく。

 俺が通る隙間も開かない、無駄な行為だ。


 すぐに足に集中させると全てを薙ぎ払うように蹴り払った。

 簡単に俺の巨体でも外に出れるように鉄は折れ、曲がり、歪み柵が壊れる。


 同時に頭が、体がくらっと傾き今にも崩れ落ちそうになる。

 何だ、本当に。


 今までこんなに体が自由に動かないことはなかった。

 死に掛けて動けなくなることはあっても、傷が癒えれば自分の体を支配している感覚は戻っていた。

 だが、そんなくだらない言い訳をしながら止まることはできない。


 そのまま動き出すと、相変わらず暗がりの細道に出る。

 遠目に階段が見え、俺のいた牢と同じ物が並んでいる。

 分かっていたが地下牢だろう。

 とにかく、出るしかない。

 

 思考などいらない、これからどうなるかなんて知ったことか。

 俺は生きている限り、意識ある限り、動かなければならない。


 遅い足取りで歩き出すと、俺とは違う足音が聞こえてくる。

 すぐに気付いて下向き気味だった顔を上げると、見覚えのある二人が見えた。


 意識が閉じる前、立ち塞がった二人。


 確か、セシリオとかいう王子と、ブラッドという剣士だ。

 面倒さと自分の体のことを考えると、苛立ちを感じる。

 この体が健在でも自由に俺を動かしてくれる敵ではなさそうだが。


 ブラッドが、へぇと感心するような声を出すとすぐに、セシリオが口を開いた。


「やはり興味深いな。睡眠薬を多量に投与し、多重に催眠魔術も掛けていたのだぞ。これがブラッドでもまだ寝ていただろうに、起き上がり、動くことができるとはな」


 セシリオが何か言っているが、そんなことはいい。


「エルと、その家族はどこだ」


 俺が苛立ちながら低い声を出すが、動揺することはなかった。

 セシリオは余裕だ、それが腹立たしい。


「エルとは、あの女のことか。今思えば名前も知らなかったな。別に、お前の女ではないのだから問題ないだろう」

「は? そうなのか?」

「ブラッド、お前は男と女が並んでいたら恋仲だと思ってしまうような短絡的な思考をしているのだろうな」

「うるせえよ、俺に限った話じゃねえだろ」

「お前に限った話でないのはそうかもしれんが、分かる者にはあの女とこいつの関係はおかしなものに見えるだろう。かなり屈折している」

「へぇ、お前、自分のことは何も見えてねえのにな」

「何が言いたい、自分のことは理解している」

「ま、相変わらずお前に言っても仕方ねえさ」

「もういい……お前は黙っていろ」


 俺をそっちのけで会話する二人は、俺の質問に答えるつもりはないのか。

 二人で勝手に話し込んでいる。

 俺のことを分析して勝手なことを言っているが、こいつらの関係のほうが屈折しているように見える。

 お互い腹立たしいことを言おうが、喧嘩する素振りも見せない。


 こいつらを殺すことはできないかと考えるが、やはり厳しい。

 気合いで、根性で、信念で、何とかできるレベルを遥かに超えている場所に、ブラッドは立っている。

 だが、死から、こいつらから逃げることはできないし、する気もない。


「お前らは殺す」


 精一杯いつも通り低い声で言う。

 強がりでもなんでもない、心の底からわきあがってくる言葉をただ口に出しただけ。

 しかしやはり、状況は変わらない。

 セシリオは涼しい面構えだった。


「お前は俺の質問に答えればいい。何、簡単な質問ばかりだ」

「うるせえよ。お前に言うことなんて一つもねえ」

「死を気にしない人間というのも面倒だな……俺の疑問に答えれば、お前が気にしていることにも全て答えてやろう。隠す必要もないからな」

「……」


 普段ならば、知るかと言って斧を振り回すところだが。

 斧もなけりゃこの状況、自分でエル達の安否を確認することが出来ないのは分かっていた。

 相手の言葉を待ってしまったという自分の弱さを感じる暇もなく、セシリオは言う。


「お前の両親は、今どこにいる」


 しかし、話の展開は予想外だった。

 両親の話なんてしたこともないし、気にする奴もいなかった。

 アルベルは一度聞いてきたが、深くは聞いてこなかった。

 

「いねえよ。死んだ」

「そうか、実物を見れないのは残念だ。お前が覚えている限りの親のことを、全て話せ」

「何も覚えてねえよ。そんな最近の話じゃねえ」

「少しもか? 親から自分の種族くらい聞いたのではないか」

「何が言いたい、ただの人間だ。獣じゃねえし小人(ココ)族じゃねえのも見たら分かるだろ」


 人種の大陸によくいる目立っているのはこの二つくらいだ。

 それ以外は特に特徴もない。

 俺の特徴なんて、体がでかいことくらいだ。

 そんな種族、聞いたこともない。

 だがセシリオもそんな事は分かっているようだった。


「ありきたりの話を聞きたいのではない。お前、もしかして自分で分かってないのか?」

「自分のことは理解してる、お前に口出しされることじゃねえ」

「いや、してないな。お前は半魔だと分かってるのか? お前の体は人間に見えても、内部の構造は違う」


 半魔という単語を初めて聞いたし、セシリオの言っていることの意味も分からない。

 驚くこともなく、淡々と答える。


「知らねえよ、俺はただの人間だ。そこら辺の奴と変わらねえ」


 俺には、限られた人間だけが持つような力は何もない。


「違う。お前の片親は魔族だ。魔族と人間が子を作ると、薄く特徴が残る。その二代目には魔族の特徴は消えてただの人間になるが、お前の体を見るに、お前の両親のどちらかは魔族の純血だろう」


 少し驚いたが、だから何だといった話だ。

 俺は歳も普通に取っている。

 今更親のことを知っても、どうでもいい。

 俺は俺で、今自分の世界を生きている、そんな事知っても何も変わらない。


「どうでも良さそうだな。まぁ俺も、持っている知識の魔族ならここまで好奇心を示したりはしない。お前の種族はどの文献にも詳しいことは載ってなく、珍しいものだ」


「そんな事、俺の、お前のこれからのことに何も関係ねえだろ」


「ないな。俺の好奇心を満たす為だけの話だ。ただの知識ではなく、目の前に存在しているというのが面白い。種族名は分からないが、遥か昔、強靭な体で生命力に溢れ、一部の臓器の活動が止まっても死に至ることはない魔族もいたそうだ。情報が少ないことから滅びたか、昔も人種の大陸に下りてこなかったのだろう。多分、お前がそれだ。何故今まで気付かなかったのか」


 楽しげに、長々と説明するように言うセシリオだが。

 

「言っただろ。俺はそこら辺の人間と変わらねえ。人よりちょっとばかし丈夫なだけだ」


「心臓を貫かれて問題ない人間などいるものか。お前今まで死に掛けることはなかったのか? 自分で、いや、周りも気付きそうなものだが」


 死んだと思ったことは、人生で三度だけだ。

 カロラスで、セルビアで、ここで。

 ここ以外では、アルベルに、エルに、エリシアに、救われている。

 俺の傷を治した奴らが、助けた奴らが優秀だっただけだ。

 

 しかし、その経験で自分が少しくらいのことでは死なないとも理解している。

 親が魔族だったおかげで生きているとは今でも思っていないが。

 ただ、もしそのおかげだったら初めて顔も知らない親に感謝することだろう。

 母親は、薄くしか覚えてないが間違いなく違うと思う。


 こいつの話が本当なら、恐らく父親のほうだ。


 でもやはり、顔も知らない親のことを言われても、実感が湧かない。

 それに、どうでもいいとも思っている。

 やっぱり、今の俺には関係がない。


「お前に教えれることなんて一つもない。あの女達をどうした。言え」


 俺が凄むと、セシリオは俺への興味を失ったのか、呆れた表情で残念そうに言った。


「お前から何も聞けてないし、取引は成立していないのだがな。まぁいい。別に女はこれから俺の物になるのは間違いないが、まだ何もしていない。もし飽きることがあれば、その時考えることにしよう」


 セシリオの言葉に、苛立ちを隠せない。

 ここで、言われるままに止まっているわけにはいかない。

 それは変わらない。


 結果が分かっていても、俺は進むしかない。

 その先が、どこへ向かっていたとしてもだ。


 ふらつく足取りを無理やり支配しようとするが、少しぎこちない。

 それでも拳に闘気を集中させ、余裕なのか俺の近くにいるセシリオの首を飛ばすように殴りかかるが。

 俺の腕は止まった。

 今までセシリオに言われたまま黙っていたブラッドが俺の腕を掴んでいる。。

 その力は、今の俺の状態に関係ないと思えるほど強く、俺の拳は動かない。


「ブラッド、気絶させておけ。多少手荒にしてもこいつは死なん」

「はいはい」


 ブラッドが言うと同時に、俺の体は曲がった。

 体が真っ二つに引き裂かれたのか、折れたのか、そう思うような衝撃を腹を中心に受けると、呼吸ができないと感じる前に、俺の意識は切断された。




 ------セシリオ------


 しばらく、退屈だった日々を覆すように俺の興味をそそる出来事が続いている。


 ブラッドが再び現れ、エリシア、その娘のエル、二人と共にいた半魔の男。


 これはしばらく、退屈しそうにないと思ったが。

 最初に薄れたのは半魔の男への興味だ。

 知りたいことは結局知れなかった。

 もちろん、珍しいものが自分の前に存在しているということは面白かった。

 だが、結局文献から、本人から話を聞けばその存在はただの知識の物と化す。

 調べれる、聞きだせる限界まで知識を得てしまえば、もうその事について考える意味はなくなる。


 その次に薄れたのはエリシアへの感情だろうか。

 自分でもあれほど執着していたのに、意外だ。

 多分、エリシアの娘を見ていなければそのままだった。


 それが例え俺以外の他の男を愛した女だとはいえ、最終的には納得していただろう。

 だが、やり直せるなら話は別だ。

 エルにはまだ愛していると呼べる男はいない。

 何かに執着しているような影は見えるが、それがまたいい。

 俺と似ているような気さえする。

 

 今の俺は寛大だ。

 エリシアは開放してやってもいいかもしれない。

 もうセレンディア家の俺を欺いた罪も許してやろうか、そんなことを考えてしまうほどだ。

 他の王族なら怒り狂ったかもしれないが、自分でも他の人間と変わっているのは理解している。

 相手が不幸になろうと、幸せになろうと、平常だろうと、どうでもいい。


 だが、エルは別だ。

 あの日をやり直すなら、俺を見させる必要がある。

 最初の動機はどうでもいい。

 あの女は、簡単に心を揺さぶられるような女ではない。

 エリシアをわざわざ城に連れてきたのはエルを自分がここにいることに納得させる為だ。

 エルは一度愛せば、細かいことを気にしない女だろう。

 

 せっかく二度目に現れた、俺を退屈させそうにない極上の女だ。

 強引に抱くこともできるだろうが、それでは勿体無い。

 憎悪や嫌悪の感情など、あの女には似合わない。

 まぁ、一度くらいならいいかもしれないとも思ってしまうが。


 自室で少し楽しげな表情を作ってしまうと、ブラッドが口を開いた。


「楽しそうだな」


 その言葉に、棘もなく答えてしまう。


「あぁ、出来すぎたくらいに退屈しないことが続いている」

「どうせ今だけさ」


 そんな事を言うブラッドに、説明するように言ってやる。


「あの女は、俺を退屈させることはないだろう」

「やめとけ、手出したらお前、死ぬかもしれないぜ? 今は死にたいわけじゃねえんだろ?」

「何だ、死ぬ訳がないだろう。あの女が魔術師として優秀だったとしても、さすがに殺されることはない」


 俺はブラッドから少なからず手ほどきを受けている。

 闘気も纏うことができる。魔術師としても優秀だ。

 さすがに魔術師の女に殺されることはない。

 しかし、ブラッドは変わらなかった。


「俺でも守ってやれるか分からないこともあるんだぜ」

「気色悪いことを言うな。お前が命を賭けて俺を守るところなど想像できん」

「心外だな。仕事はするぜ。この前も俺がいなけりゃお前、あの戦士に殺されてたぜ?」

「ふん、あいつは強かったが、お前とは次元が違うのだから話は別だろう。そもそもお前に勝てる者なんて居ないだろう」

「そんなの分からねえさ。今のところはそうだけどな」

「お前が護衛を辞めた時の話をしてるのか? さすがにもうこんな事は起こらないだろうから問題ない」


 というか、その時に問題になることが一つだけある。


「一つだけ困るのは、半魔の男だ。何故殺さない。あいつを殺さない内は護衛を辞めることはさすがに許さんぞ」


 最近では催眠魔術も効きにくくなってきた。

 ただの強靭な体を持っているだけではない、精神力も異常だ。

 薬に対する耐性もついてきて、起き上がった時にブラッドがいないと手がつけられない。

 実際、男のいる地下はほとんど破壊されたし被害は甚大だ。


 既に興味を失った男だが。

 さすがに開放すると俺を殺しにくるのは目を見ていれば分かる。

 俺に対する殺意は尋常ではない。

 殺すしかないと思っていたが、ブラッドが殺そうとしないどころか、邪魔をする。

 その事について、今日は追及してやろうと思っていた。

 

「たまには俺の我儘も聞いてくれよ」

「お前の我儘は聞いてるだろう。取引は守ってる」


 元々は書庫の本を読ませる取引だったが。

 ブラッドは当たり前のように、簡単そうに言った。


「あぁ、それはもういいわ。代わりにあの男にしてくれ」


 何なのだ、一体。

 ブラッドにとって鳴神という剣は、そんな簡単に諦めれることではなかったはずだ。


「まだ調べ終わってないのだろう。何故だ」

「別にいいだろ、そんなおかしい事か?」

「あぁ、おかしいな。お前の調べ事が終わって満足した後に取引内容を勝手に変えようとするならまだ分かる」

「さすがに俺でもそんな滅茶苦茶言わねえよ」

「いや、言うな。お前は適当な部分が多い男だ。実際今もそうだろう」

「じゃあ別にいいだろ」

「やはりおかしい。それもある日を境に急にだ。ブラッド、何があった?」


 この男は目が泳いだり、心の奥底の感情を表に、顔に出すような男じゃない。

 だが、俺には分かる。

 追及すると、ブラッドはそれを否定することもなく、言った。


「なぁ、エルって言ったか? やっぱりあの女に手を出すのはやめとけ」

「だから、何だ――」

「お前が退屈しねえのはきっと、抱いた最初の一回、いや、その途中までだ」


 そんな訳がない。

 今となっては周囲から好色家だと思われているが。

 今まで女で満足したことはなかった。

 しかし、あの女だけは別だ。

 まだ味わっていないが、そうとしか思えない。


「お前は自分のことを何も分かってねえ。人のことはよく分かるのにな」

「何を言うか。俺を理解しているのは、俺以外にはいないだろう。お前は理解してると言うのか?」

「お前よりかはな。昔は俺も少し勘違いしてた。久しぶりにお前の顔見た時に、分かった」

「何をだ。何様だお前は」


 苛立っているわけではないが、棘のある言葉を投げかける。

 しかし、ブラッドの顔は珍しく妙な面持ちだった。


「エリシアがお前の元に来ていたとしても、あの女がお前を愛していたとしても、お前は結局退屈してたさ」

「ふざけるな。お前が居なかったこの十数年間の俺の感情を、お前は知らないだろう」

「あぁ、知るかよ。お前のつまらなく過ごしてた時間なんてな。俺はお前に言われた通り、真剣に剣術と向き合って生きてたからな」


 ブラッドの暴言より、素直にそういったブラッドに驚くほうが大きかった。

 そんな事を、言う男だろうか。

 雷帝になったと聞いた時に参考にしてくれたとは思っていたのだが。

 

「お前を見て後悔したが、それでもいいと思った。あの日のお前の言葉がなけりゃ、俺が今こんな考えをすることも無かっただろうな」

「ブラッド、何を考えている?」

「何度も言うが、言っても仕方ねえことだ。自分で気づけよ。そうじゃねえと、お前の退屈な人生は終わらねえ」

「もう退屈な時間は終わったと言っているだろう」

「今だけだつってんだろ。はぁ……一生気付きそうにもねえし、もう言ってやるか」


 ブラッドが勝手に言っているだけで、あまり興味はない。

 自分のことは分かっている。

 何を言われても変わることはない。

 ブラッドは、呆れたような表情だった。


「お前は人を、知識を、全てのことを物としか見てねえ。今思えば、エリシアの時もそうだった。玩具なんていつかは飽きるもんだ」


 言われて見れば、確かに人間も動物も魔物も知識も知恵も、全て物という括りで縛っているかもしれない。

 理屈としては分かるが、かといってそう単純な話になるのもおかしい。

 それに、そうならば、ブラッドが俺についている理由も説明できない。

 この男は、こう見えて尊厳を持っているのを知っている。

 昔、俺の護衛もしていた時も馬鹿にされていたことに腹を立てていた。

 自分のことを、どうやって説明するつもりなのだ、この男は。


「ブラッド、なら何故、お前はここにいる」


 俺が言うと、ブラッドは「はぁ?」と言いながら更に呆れた表情を作った。

 そして俺を馬鹿にするように続けた。


「そりゃお前は俺だけは――」


 しかし、その先の言葉が紡がれることは無かった。

 城内で兵士の大声が聞こえ、騒がしくなるのが分かる。

 これは非常に珍しいが、何事だろうか。

 俺が様々な可能性を考えていると、ブラッドは高揚するように言った。


「お? もしかして……よし、俺が見てきてやるぜ」

「まだ話は終わってないぞ」

「騒ぎを確認したらまた話してやるさ」

「今しろ、お前がわざわざ赴く必要はない。お前は俺の護衛だろう」

「一件落着したら全部話してやるさ。ま、俺の想像通りなら話せるか分からねーけど」


 ブラッドは、この城内が騒ぎ出したことについて何か知っているのか。

 俺よりこの国のことを知っているなんて有り得ないことだが。

 だが、よく考えれば今はいいかもしれない。

 好きにさせてこの場を離れさせるほうが、都合がいい。

 確認することがあるが、ブラッドのさっきの言葉を聞く限り、ブラッドが邪魔をする可能性もある。


「好きにしろ」

「おう、そのつもりだ」


 俺が言うまでもなく決定事項だったのか、ブラッドは薄暗い廊下に消えるよう去って行った。

 エルの部屋は城の高層にあり、俺の部屋と割と近い。


 俺は椅子から立ち上がると、扉を開けて自室を去った。


 結局強引になるが、本当にブラッドの言葉通りすぐに退屈になるのか確認してやる。

 俺は誰もいない薄暗い廊下を歩き、エルを拘束するように閉じ込めている扉の前に赴いた。


 がっかりしないことを願い、その扉を開けた。




 ------エル------


 私に一つの考えが浮かび、その時を待っていた。

 しかし何故か、この部屋に居ても分かる程、城内が騒がしくなる夜が来た。


 何が起こっているのか、少し期待する気持ちも現れる。

 

 その騒ぎに乗じて母の所へ行けないか、そんな考えは裏切られた。

 もう見慣れてしまった、忌々しい顔の男が扉を開いた。


 しかし、これはチャンスだった。


 今はブラッドも、見張りも誰もいない。

 何があったのかこのセシリオ、一人だけで現れた。

 その意味ありげな表情から、これからこの男がすることも理解した。


 私は諦めたように、感情を持たないように、体を凍らせる。

 そんな私にセシリオは何も言わずベッドに腰掛ける私にすり寄ってくる。


「まるで人形だな。ブラッドの言葉通りじゃないことを願うぞ」


 そう言いながら、何故か神妙な面持ちで私に覆いかぶさろうとする。

 

 私はこの瞬間に賭けていた。


 兄に教えてもらった体術と闘気。

 今なら、この男を殺せる。

 殺した後どうなるか、それは分からない。

 ブラッドが怒り、私達に立ち塞がればそこで終わりだ。

 でもあの男の態度を見ていると意外と私達を放置するように思えた。

 邪魔者が城の兵士だけなら、きっと何とかなる。

 もうとにかく足掻くしかない。


 私は一瞬で腕に闘気を纏わせると、セシリオが私に伸ばしていた腕を弾き飛ばす。

 そのまま拳に闘気を纏わせ、見上げながら顎に拳を打ち込むが。


 私の拳に顎を破壊する感触はなかった。

 セシリオの手によって、受けられていた。

 目に闘気を集中させると、すぐに気付く。


 セシリオも、闘気を纏っていた。

 この男、ただの魔術師ではない。

 ただ体を鍛えているわけではなく、何かを学んでいた経験がある。

 こんな魔術師の国の王族が、そんなことありえるのか。

 簡単に取り押さえられるとは、ひとかけらも想像してなかった。


「ほう……面白い女だ。やはりお前に飽きるとは、今のところ思えないがな」


 私が暴れた事を気にした様子もなく、両手で私の腕を押さえつける。

 その力に、ミシミシと私の小さい闘気で包まれた腕がしなる。

 激痛が襲い腕の感覚がなくなるが、そんな事は気にならない程おぞましかった。


 兄以外の男に触られている不快感。


 次第に血走った目をしていくセシリオの顔が気色悪く、吐き気と共に顔を背け目蓋を強く閉じる。


「うっ……」


 体をよじる力も出せず、自然と涙が溜まりだすのと同時だった。


 ――部屋に異常な破壊音が鳴り響いた。


 石が砕ける音と共に私と天井の間にあったセシリオの姿は消えていた。

 何が起きたのか、横たわったまま顔を動かし後ろを見るも、そこには誰もいない。

 何故か壁に大きく開いた穴があり、突風が部屋に侵入し私の髪を揺らす。


 焦り体を起こし前を見ると、別人のように顔が壊れ変形したセシリオが壁に埋め込まれたように崩れていた。

 その前に立つ人物を、私は初めて見たと思った。


 誰よりも、よく知っている人なのに。


 その表情は怒りに支配され、私が見たことないほどに歪んでいた。

 私は久しぶりに会えた嬉しさより、初めてみる形相に困惑していた。

 しかし震える唇で確かめるように、聞く。


「お兄ちゃん……?」


 以前のように私の声に優しく振り向くことはなく、兄の姿をした者は崩れているセシリオに容赦なく追い討ちをかけるように、殴り、蹴り続けた。

 

ランドルの設定については突然作ったものではなく、最初から決まってました。

小さく伏線を張ってきましたが、小さすぎましたね。

皆さんを不安にさせてしまい申し訳ないです。


次回からは少しだけ遡り、アルベル視点で進んでいきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 先祖返りではなかったのか 伏線ありましたね クリストからダヴィア雑魚な特徴聞いた時にランドルのこと連想したり
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