第六十六話「自責の念」
エル視点です。
目が覚めると高級感漂うベッドの上だった。
お腹を殴られた記憶があるが、ちらりと服をはだけて見るが、痣一つなかった。
そこで初めて自分の着ている服に気付く。
何故か上品な純白のドレスに身を包んでいた。
誰かに勝手に着替えさせられている。
そう思うと吐き気が襲ってきて口元を手で抑えるが、多分セシリオではない。
あの男はそんな事をしないだろう。
だったら他の男に裸を見られたかと身震いするが、それも考え直した。
あの男は自分の気に入った女を他の男に触らせたりするような人間じゃない。
しかし、そんな事より。
母は、ルルは無事だろうか、私はどれほど眠っていたのだろうか。
それに……ランドルだ。
最後に見た光景では生きているはずがない。
心臓を、貫かれていた。
すぐに治癒魔術を掛けたとしても助かったかは分からない。
どちらにしても、あの状況でランドルが治療を受けれたわけもない。
死んでしまったのか、そう思うと、意外な気持ちが私に浮かんできた。
これは、悲しいのか。
私は悲しんでいるのか。
兄が死んだと思った時の喪失感ほどではないが、私は初めてランドルの気持ちを考えてしまった。
ランドルは、私と同じくらい兄が好きだった。
だからこそ、兄を探す旅を共にするのに耐えられた。
しかし、ランドルはどうだろうか。
兄に頼まれた義務感から私に着いてきて、兄と再会する前に死んでしまった。
兄に頼まれたとはいえ、その守ってくれと言われた相手は嫌いな私だ。
もしランドルが私より弱くて、逆の立場だったらどうだろうか。
もし兄にランドルを頼まれたとして、兄からの信頼の義務感から嫌いなランドルを守って兄と再会することもなく、死んでしまったら。
想像するとただ怖い。
いや、私なら兄の頼みとはいえ聞かなかったかもしれない。
ランドルは常に私を守ろうとしていた。
実際、守って死んだ。
そう考えると、ランドルは私よりよっぽどできた人間だ。
カロラスに居た頃は、ただの悪人だと思っていたのに。
初めてあの男に対して、申し訳ないと思う気持ちが湧き上がる。
しかし、もう話すことはできないだろう。
そもそも、死んでしまわなかったらこう思うことも一生無かったと思う。
やるせない……。
もし私が死んだら、あの世があったら。
一言だけ、謝ろう。
私がもう少し考えれていれば、こんな事にはなってなかったから。
私が謝ってもあの男は気持ち悪いなんて言うのだろうが。
しかし、その言葉通り私は気持ち悪い嫌な女だろう。
今ならランドルとの揉め事も冷静に考えられる。
ほとんどの状況で、ランドルに喧嘩を売っていたのは私だった。
私は人の気持ちを考えることができないのだろう。
今思うと兄も、こんなに自分勝手な私に困っていたのではないだろうか。
結局、兄のことを考えていたつもりで、自分のことしか考えていなかった。
今からでも、もう少し人の気持ちを考えられる人間になれるだろうか。
いや、もう色々と手遅れすぎる……。
「え……」
虚しさに包まれながら不安を拭うように首元に手をやると、いつもあった物がなかった。
目を見開きすぐに首元を確認すると、何も着けていない。
普通ならそれが当然だが、私に限ってはそれはない。
十五歳の誕生日に、兄が私にくれた首飾り。
私はもらった日から、一度も外したことがない。
すぐに立ち上がる、寝起きの重い体なんて気にならない。
広い上品の部屋を見渡し、歩きながら探すが。
ない、ない、ない、ない。
どこを探しても見つからない。
私は呆然として立ち尽くしてしまう。
そんな中、扉が開いた。
そこにあったのは、憎い顔だった。
その後ろにはランドルを殺したブラッドと呼ばれていた剣士がいる。
私は睨みつけるが、そんな私の威圧は気にならないようだった。
「起きたか、あぁ、やはり上品な服が映えるな」
余裕そうに私を気味の悪い視線で眺めるセシリオに吐き気がする。
殺してやろうと思うが、その前に聞くことがある。
「私の着けてた首飾りをどこにやったの」
「あぁ、悪くはなかったが俺の女が着けるには少々物足りん。
もっといい物で着飾ってやろう」
唇を噛み締める、強く噛みすぎて血が流れるが、気にならない。
絶対に後悔させてやる、苦しめて殺してやる。
「お母さんをどうしたの」
「とりあえず置いている。お前が俺を満たせるならもう必要ないが」
憎たらしい回答だが、とりあえずまだ母に手を出されていないようで安心する。
私がこの男を殺せば大丈夫だ。
私も生きて帰れるかは分からないが、こんな男に汚されるくらいなら死んだほうがマシだ。
兄が救ってくれた命だとしても、それだけは我慢ならない。
私は小声で口ずさむ。
「猛る灼熱の炎よ、喰らいつくせ――」
そこまで言ったところで、私の詠唱は止まった。
ブラッドは面倒そうな表情を見せると姿を消した。
一瞬で私の背後に回ったのだと理解すると、口を塞がれていた。
身をよじって暴れるが、強靭な力で押さえつけられ動くことができない。
「おいブラッド、意識を落とすくらいなら文句は言わん。治る傷ならいい」
「さすがの俺もあんまり女を殴りたくねーよ」
「殺そうとした奴の言う台詞じゃないだろう、もういい離せ」
ブラッドは「はいはい」と私から離れた。
詠唱を唱えても無駄なのは分かるが、私が止まるわけもない。
しかし、セシリオは意外な行動を取った。
「時間はある、どうせもう逃げられん。この女に限っては抱くだけが楽しみ方ではないからな。退屈凌ぎが少しでも長引くように、じっくり楽しむことにする」
あっさりと私から背を向けて歩き出す。
「ブラッド、しばらくはお前が見張っておけ」
「あぁ? まじかよ」
「お前は仕事をするどころか俺の命令に背くばかりだ。たまには働け。絶対に、殺すなよ。分かったな」
「はいはい、殺さねえよ。本を読む時間は寄こせよ」
「分かってる」
セシリオが部屋から出ると、面倒そうなブラッドだが私に同情するような視線を見せることすらなく、セシリオに続いた。
無音の部屋に外の足音が響く、その足音は一人分だけ。
部屋の前ではブラッドが佇んでいるのだろう。
見えなくても何か圧迫感を感じる、扉から強引に逃げることはできない。
しかし、部屋で一人の状況は悪くないかもしれない。
さっきは首飾りを探していただけでよく部屋の詳細が見えてなかったが、何かないか。
そう思い再び周囲を見渡すと、大きい窓があった。
私は短絡的だが安堵し、すぐに窓に駈け寄りたい気持ちを押さえ、足音をあまり立てないようにゆっくり近付く。
しかし、窓から覗く景色は酷いものだった。
地上より空のほうが近いのではないかと思うくらい、高い。
私の小さい闘気を纏って飛び降りたところで一瞬で絶命するだろう。
手詰まりだ、私ではどうしようもない。
でも何とか母を助けたい。
私は考え続けた。
時間は、淡々と過ぎていった。
数日過ぎただろうか。
セシリオは意外にも私に触れなかった。
しばらく眺めていくと、満足して去っていく。
私に深く近付いてきたのは食事や着替えを運ぶ侍女だけだった。
そのほとんどが、私に同情するような表情を見せていた。
最初は食事も摂るつもりもなく、着替えどころか水浴びすらしないつもりだった。
しかし、侍女達が困った顔を作って懇願するのを見て気が変わった。
あのセシリオは、私から見ればめちゃくちゃな人間に見える。
多分、私が無視すると罰を与えられるのはこの人達だろう。
前までだったら私は気にもしなかったかもしれない。
私が自分のことしか考えれないせいで死んでしまったランドルへの罪滅ぼしのような気持ちで、言葉に従った。
母が心配だったが、セシリオの言葉を信じるしかない。
無力な自分が辛かった。
そこからまた数日過ぎた頃。
その日もブラッドを連れてセシリオが姿を現した。
いつもと違うのは、セシリオは私を眺めて楽しそうに口を開いた。
「安心しろ、お前に限っては強引に抱くことはしない。納得させてやろう。
しかしお前に時間は意味がないように見えるな。少し考えるか」
そう言うと再び出て行った。
セシリオは相変わらず余裕だ。
ブラッドに何故か相当の信頼をおいているように見える。
私から見るブラッドは忠義の欠片も見えやしないが。
しかし、いつもと違うところがあった。
ブラッドはセシリオの後ろに続かずに、部屋に残っていた。
壁に背を預けながら佇んでいる。
何なのだ。
兄以外の異性と部屋に二人でいるのは吐き気がする。
慣れてしまった分、私に一切女としての興味を示さないランドルの方がまだマシだ。
この男も私に興味を示していないが、それでもこいつは憎い。
こいつがいなければそもそももうこの国には居ない。
犯罪者の肩書きはついていただろうが、それでも今の状況よりはずっといい。
しかし、この男の強さが私には生涯辿りつけない領域にいるのは分かっていた。
それでも、私はどうにか殺せないかと睨んでいると、ブラッドが口を開いた。
「なぁ、別に扉から逃げないんだったら好きにするといいぜ」
言いながら窓のほうに目をやった。
私達に散々酷いことをした男だが、その言葉には何故か嘘がないように感じられた。
要するにこの男が言いたいのは。
「自殺しろってこと?」
「しろとは言ってねえよ。俺は殺すなと言われてるだけだからな。止める気がないだけだ」
この男の考えは、本当に分からない。
何故、こんな命令を全く聞かない護衛に、セシリオは信頼を抱いているのか。
しかし私は少し、悩んでしまう。
ここに捕らわれてから兄が助けにきてくれないかと、この後に及んで何度も考えてしまっていた。
ドラゴ大陸に転移したのなら、こんな早くにここに来れるわけもない。
コンラット大陸の北からここまで下るのは常人なら一年半は掛かる。
兄の足が速いといっても、レオンが知らなかったことから間に合うとは思えない。
この状況は詰んでいる。
私が何をしようとこのブラッドという男を殺すことはできないだろう。
セシリオと二人きりになって殺す機会が現れることもなさそうだ。
やはり死んでしまおうか、そう思ったが。
兄と同じで私も大好きな人の顔が頭に浮かんだ。
「セリアお姉ちゃんだったら……」
助けを呼ぶように、小声で呟いてしまう。
もしかしたら、レオンから話を聞いたのは間違いないだろうし私の所に来てくれるかもしれない。
セリアお姉ちゃんは私を大事に思ってくれていた。
むしろ、私を探しに来てくれる可能性のほうが高いのじゃないか。
私が下を向きながら思考していると、声が掛かった。
「セリアって、セリア・フロストルか?」
ブラッドの発した言葉に、私は驚いた。
何故、この男からセリアお姉ちゃんの名前が出てくるのだ。
「何でセリアお姉ちゃんを知ってるの」
この憎い剣士はもしかしてセリアお姉ちゃんにも何かしたのだろうか。
そう思うと、威圧するように低い声が出た。
「やっぱりそうかよ、何だ、似てねえけど妹か?」
セリアお姉ちゃんと兄が一緒になるのだとしたら、私は妹になるだろう。
実際、その未来しか考えられない。
私は迷うことなく答える。
「そうだけど」
私がそう言うと、ブラッドは一瞬驚いた顔をして、溜息を吐いた。
「はぁ……セリアは殺したくないんだけどなぁ。妹をこんな目に合わしたのを知ったら絶対斬り掛かってくるだろうなぁ」
ブラッドの言葉からするに、名前を知っている程度ではない。
セリアお姉ちゃんの人柄も知っている。
セリアお姉ちゃんなら絶対に私を守ろうとしてくれるだろう。
これは自惚れではない、私も逆の立場だったらそうする。
私はセリアお姉ちゃんが大好きだし、兄に相応しいと思う。
私以上に兄のことが好きなのはセリアお姉ちゃんしか見たことがない。
いや、そんな事よりも。
「セリアお姉ちゃんとどんな関係なの」
「別に、剣術の稽古をつけてやってただけさ、それ以外何の関係もねえよ」
今私がされているみたいに力任せで何かされたわけではないらしい。
その言葉に私は少し安心する。
しかし、結局状況は変わらない。
稽古をつけてやったと言っている側なら、セリアお姉ちゃんより強いのだろう。
もし私を気遣って来てくれたとしても、巻き込んで死んでしまったら。
そう考えるだけで膝から崩れ落ちそうになってしまう。
二度と兄に顔向けできないだろう。
私の顔から血の気が失われていくと、ブラッドは顎に手をやり考える仕草を見せた。
「んー、多分無駄話になるだろうが、俺の知りたい情報を知ってたら逃がしてやってもいいぞ」
簡単そうに言うブラッドに、私は顔を上げてブラッドを見つめた。
嘘を吐いているようには見えない。
私は少し期待するように言ってしまう。
「何?」
私が聞くと、ブラッドは少しだけ間を空けて答えた。
「鳴神って知ってるか?」
必死に今までのことを思い出すように脳内から記憶を探るが。
どんな物なのかすら分からない。
私が諦めたように下を向いてしまうと、ブラッドは淡々と言った。
「まぁ知らねえだろうな、分かってたさ」
「どんな物なの……」
「剣だ、柄から刀身まで真っ黒の」
剣なんて知る訳がない……。
この男も一切期待してなかっただろう。
やれやれと肩をすくめ、私に興味を失ったようで視線を外した。
やはり死ぬしかないか、そう思ったが――。
私の忘れられない記憶の中に、そのような剣があった。
あの光景を私は一生覚えているだろう、兄を最後に見た時だ。
私は少しだけ希望を持って、言った。
「見たことある」
しかし、ブラッドは一瞬視線を私に向けると、すぐに逸らした。
「助かりたいだけの適当は聞くつもりねえよ」
「嘘じゃない、ルクスの迷宮のボスが持ってた」
私が言うと、ブラッドは今までで一番驚いた顔をして、私の瞳を覗き込んだ。
そのまましばらく無言の時が流れる。
私が押し黙っていると、ブラッドが口を開いた。
「嘘は言ってなさそうだな……お前、あの部屋に入ったのか?」
「入った。ボスは剣士だった」
「それは驚きだが、よく入れたな……今の俺でも躊躇するだろうに」
「色々あったから」
このブラッドは恐らく、ボス部屋の転移陣の前まで行ったことがあるのだ。
そして他の冒険者達と一緒で、ボスの闘気に威圧され諦めたのだろう。
「面白くなってきたな、それで、肝心の鳴神はどこにあるんだ?」
「それは分からない……次に入った時は何もなかったから」
あったのは兄の腕と兄の折れた剣だけだ。
思い出してしまい、少し目に涙が溜まり視界がぼやける。
ブラッドはそんな私の様子はどうでもいいようで、考えながら言った。
「ハッ、結局俺の望みは何も達成されねえなぁ。というか、お前攻略者のアルベルって奴の関係者か?」
「同じパーティだから」
「へぇ、俺は、お前はあの大男の女かと思ってたが、そっちの女か?」
「どっちも違う。私は妹なだけ」
「あ? お前の兄貴かよ。セリアといいおかしな兄弟だな」
やはり同じ年頃の男女で横に並んでいるといらぬ誤解を生んでしまう。
もうこれからは勘違いされることもないだろう、ランドルは生きていない。
こんな事を言われて毒気づく相手ももう居ないのだ。
「はぁ……せめて剣だけ回収できりゃなぁ、死体は何も持ってなかったんだな?」
「死体なんてない、お兄ちゃんは生きてる」
「は? 願望なんて聞きたくねえよ」
「違う。ちゃんと確認してる」
再び考え込むブラッドに私は口を開くことはしなかった。
もし上手く誘導できたら、母を助けてくれるかもしれない。
ランドルを殺したことが引っかかるが、私の虚しさより母の身が大事だ。
多分ランドルは私が死んだ時にあの世で詫びたら許してくれる。
あの男はそういう人間だ。
私がランドルに対して申し訳ない気持ちを抱いていると、ブラッドはニヤリと笑うと、続けた。
「一石二鳥ってやつだな、それで、お前の兄貴は今どこに居るんだよ」
「多分、ドラゴ大陸に居る」
「ちょっと面倒だな……お前の話が本当ならアルベルって奴が今持ってそうだが。コンラット大陸に戻ってくるのか?」
「絶対に戻ってくる」
私が言い切ると、ブラッドは一人勝手に頷くと何か呟いた。
「王国内の書庫に秘密があると思っていたが……予見の霊人が言ってたのはこういうことか……?」
「え?」
「いや、何でもねえよ」
ブラッドが切り替えるように一瞬首を振ると、続けた。
「そうだな、いい情報だった。でも逃がすことはできなくなったなぁ」
「話が違う……」
「まぁ何とでも言えるさ。お前が嘘を吐いているようには見えねえけど、お前と俺の言っている剣が一致している証拠もないし」
「私がどうすれば満足なの」
「お前にはどうしようもねえことだ。一応前代雷帝なんでな、道場の為にやってるとは言っても俺が勝手にしてることだからな」
「雷帝って……」
「お前も魔術師でも雷鳴流ぐらい知ってるだろ。コンラット大陸に多くの道場があるし、この大国で反逆者になるのも具合が悪い。ま、こんな風に言い訳なんていくらでも言えるだろ」
ブラッドの言い訳に、私は兄について話したことを激しく後悔する。
雷帝というと、流帝と同じくらいの強さを持っているのではないか。
兄は流帝には絶対勝てないと悔しそうに言っていたのを覚えている。
ブラッドは鳴神という剣に何故か相当の執着を持っている。
兄が抵抗すれば、殺してでも奪い取ると思う。
そう考えると私はとんでもない事をしでかしてしまったと。
いや――。
私はすぐに前向きな考えも浮かんだ。
ブラッドが今でも躊躇すると言っていたルクスの迷宮のボスを兄は一人で倒している。
何があったかは分からないが、この男よりもう兄は強いのではないか。
それに、兄が私と合流する時は絶対横にセリアお姉ちゃんがいる。
二人が合わされば絶対に負けないと思う。
兄は剣を渡すことに抵抗があるかは分からないが。
ブラッドがランドルを殺したことを知れば、人を殺すことを躊躇していた兄でもきっと。
多分、ブラッドを殺すと思う。
そう考えると、ずっと引っかかっていた私のやるせなさが少しマシになる。
この男を利用することでの、ランドルへの罪悪感。
兄が仇を取ってくれる、ランドルもそれが一番嬉しいだろう。
とにかく、今は母を助けることを考えよう。
「私は逃がさなくてもいいから、お母さんを何とかしてあげて」
「母親って、あの女な。心配しなくてもセシリオは本当に手出しちゃいねえよ。ま、衰弱はしてるかもしれねえが」
「それでも、いつあいつの気が変わるか分からないから」
「お前が思ってるほどセシリオは悪い人間じゃねえさ。自分のこともよく分かってねえだけだ」
「正気?」
「あぁ、俺からみりゃ可哀想なくらいだ」
やっぱりこんなことをいう、この剣士が全然分からない。
こいつがどんな人間なのか。
私からすれば、セシリオもブラッドも悪人だ。
もう何も言っても仕方ない。
私は瞳にこれ以上ないほど恨みを募らせると、ブラッドを睨みつけるが。
「まぁ落ち着けよ。セシリオが興味を失ってもお前の身内が死なないようにはしてやるって」
身内というのは母とルルだろうか。
セシリオが母を殺すとは思えないが、ルルももしかして捕らわれているのか?
それに、飽きるって、嫌な想像が脳内に走る。
だとしたら、ますますまずい。
「私と一緒にいた小人族も捕まってるの……?」
私の言葉にブラッドは一瞬考える仕草を見せ、すぐに言った。
「いや、小人族は置いてきた。というかさっきから違和感を感じていたんだが。お前、母親ばっかりであの男は心配じゃないのか?」
今までで一番理解できない言葉だった。
あの男と言われても、そんな男は存在しない。
あの場に私達と一緒にいた男はランドルしかいないが……。
心配も何も、ランドルはもう居ないし他の誰かのことを言ってるのか。
私が考え込んでいると、ブラッドは何か察したようだった。
「何だ、一緒にいて知らなかったのか。あいつは――いや」
ブラッドは途中まで言うと、何か考え付いたのか、面白そうな表情を作って続けた。
「あの男とアルベルって奴はどんな関係なんだ?」
色々考えたが多分、私の男と言った者はランドルを差しているのだろう。
私は一瞬色々な思考が脳内を走り、迷いながらも答えた。
「パーティの仲間」
「そうか、一応確認するが、アルベルは強いんだよな?」
面白そうに兄の名前を呼ぶ男に苛立つ気持ちは抑えられない。
それに結局、この男に頼っても救われる者はいなさそうだ。
この男が私も母もここから開放する気がないのはよく分かった。
殺されないようにといわれても、元々セシリオは私達を殺す気はないだろう。
もう、いい。
「貴方なんかより、お兄ちゃんは強いから」
私が投げ出すように低い声で言うと、ブラッドは予想とは裏腹に楽しげだった。
「そうか、やっとこの虚しさから開放されるぜ。お前には理解できないだろうが、情報分の仕事はしといてやるさ。俺としてはもうその方が都合がいいが、セシリオより早く兄貴が来てくれるように祈っときな」
本当に言葉通り私の理解できない事を長々と一人勝手に言うと、部屋から去って行った。
何が言いたかったのだろうか。
一人になった部屋で思考するが、やはり逃げることは不可能だった。
ブラッドがこの部屋から遠く離れることはない。
稀に交代する見張りを殺しても、すぐにブラッドに捕らえられる。
もうこの際私はどうなってもいいと思っているが、私が暴れたら母はどうなるのだろうか。
想像すると怖くて動けない。
ベッドに腰掛けながら、助けを呼ぶように小さく呟く。
「お兄ちゃん……」
私の助けを求める弱い声を聞き駆けつけてくれるわけもなく、再び無音の世界へ戻った。
結局、私の状況は動かないまま時が過ぎていった。




