第六十四話「小人族の村」
セリアが加わった四人で旅は進み、もうバルニエ王国の付近まで来た頃。
俺達は様々な村を通った。
獣人族の村や、小人族の村だ。
基本的に人種の大陸にいる種族は寿命が変わらない。
なので、一番多いのがこの二つの種族だ。
他の種族は、俺はあまり見たことがない。
外見が同じだけで少し違ったりするのかもしれないが、俺には判別できない。
獣人族の村は別に何とも思わず通り抜けるのだが。
小人族の村は故郷のルルを思い出してついつい暮らす人達を見回してしまう。
基本的に森で暮らしていて、縄張りは結構広い。
何も気にせず横断すると警戒されることが多いので、見張りの戦士に村を通ることを伝えるのが基本だ。
そして俺達は小人族の村に通りかかり、いつも通り声を掛けた。
声を掛けるのは大体フィオレだ。
「すいません、村を通っていいですか?」
「えぇ、どうぞ」
そういう少年のように見える男の戦士は、何だか機嫌が良さそうだった。
俺は別にそんなの気にならないが、クリストはいつも通り気さくだった。
「何かいい事でもあったのか?」
「ちょっとね、探してた人が向こうから来てくれてね」
「へぇ、良かったな」
会話なんてそんなもんだが。
こういう細かいところがリア充と非リア充の違いなのかもしれない……。
俺ももっとクリストみたいに積極的に会話した方がいいのかな。
フィオレもよく話す方だし、俺とセリアが少しだけ浮いている気がする。
いや、セリアがいるだけで充分満たされてるしきっと俺もリア充だ。
そう思ってちらりとセリアを見るが、すぐに俺の視線に気付いて目が合った。
俺の考えなんて理解してないだろうが、目が合っただけで嬉しそうに微笑んでいるセリア。
うん、可愛いな。
相変わらず俺達が口を開くことはなかったが、俺は頬が綻ぶと少しだけセリアとの距離を近づけて歩き始めた。
村に入ると、当たり前だが村の中で普段の旅のように疾走する事はない。
さすがに無駄に驚かせてしまうのは常識知らずの俺の仲間達も分かっているのだ。
俺達は少し体を休めるように、ゆっくりと歩いた。
そして俺はいつも通り小人族を眺めながら歩く。
一応言っておくが俺はロリコンではない。
ただ、懐かしいだけだ。
すると村で一番大きい木造建築に近付いた時。
本当に、懐かしい声が聞こえた。
「話が違います! それならもう用はありません!」
懐かしい声だったが、その声は切羽詰まった雰囲気でその人からは聞いたことがない声だった。
いや、さすがに勘違いだろう。
そう思いセリアを見るが、セリアも何か思い出すように首を傾げていた。
あれ、やっぱり勘違いじゃないのか?
すると、頭上からも声が聞こえた。
『あれ、何でここにいるんだろう』
そのレイラの声に困惑する。
まるでいるはずのない人がいるみたいじゃないか。
「レイラ、もしかして」
『うん、ル――』
「離してください!」
レイラの小さい声をかき消すように怒鳴り声が表まで響いた。
俺は確信すると走ってその家の前まで移動する。
俺の思っている人がいるならと、様々な思考が廻る。
とにかく、声の様子から困っているのは間違いない。
俺はノックもなしに乱暴に扉を開けた。
家の中は広さの割りにこじんまりしていて、奥の机ごしに偉そうに座っている男の前に。
やはりいた。
間違いない、俺が生まれた時から変わってない外見。
その姿を見て俺は一瞬固まってしまう、何故ここに居るのかが理解できなかった。
しかし、異質な状況に俺はすぐに動き出す。
俺の家族が、外見は少年だが戦士だろうと分かる男達に両サイドから拘束されていた。
俺は一瞬で距離を詰めると男の腕を握り潰すかのように掴んだ。
「うっ――!」
幼い声で呻く男の腕を払うと、少女がすぐに俺を呼んだ。
「アルベル様……?」
そう言って少し涙目で俺を見上げていた。
俺もいまだ驚いたまま声を上げる。
「ルル、何でこんな所に……」
桃色の髪を長く伸ばしている少女はやはりルルだった。
前のようなメイド服ではなく旅人のような服装だったが。
後ろからセリアが近付いてくると、俺の体で隠れていたルルを見て驚く声を上げた。
クリストとフィオレは何事だと理解できていなかったが。
とにかく俺は、ルルの肩をまだ掴んでいるもう一人の男を睨みつける。
すると男は俺の殺気を放った視線に一歩後ろに下がり、手を離した。
俺はすぐにルルを守るように右腕で抱きいれる。
腹にすっぽり収まったルルが俺を見上げると、細い声を出した。
「アルベル様、腕が……」
すぐに気付いて涙目で言うルルに、とりあえず安心させる。
「大丈夫だよ、とにかくここから出よう」
俺はルルを少し抱えるように男達に背中を向けると、すぐに声が掛かった。
「おい、いきなり入ってきて何だお前は」
椅子に座りながら、幼い声だが低い声を放つ男は威圧的だった。
短髪の白髪で顔には傷があり、貫禄を感じる。
多分、この村で一番偉いのがこいつだ。族長だろう。
「お前こそルルに何してるんだよ。よく分からないけど連れて帰る」
それだけ言って無視して歩き出そうとするが、族長は止まらなかった。
「連れて帰るも何も、ルルは自分からここに帰ってきたんだ」
は? と少し思考して足を止めてしまう。
確か、ルルは霊人の力を利用されるのが嫌で村から出たはずだ。
こいつの話が本当かは分からないが、一応確認する。
「ルル、そうなの?」
俺が聞くとルルは俺と向き合い、俺を見上げながら弱々しい声を出した。
「はい……色々ありまして。でも、もう用はありません」
色々、という言葉に俺の想像は無限に広がった。
そのほとんどが嫌な想像で、俺は今は考えないように首を振って思考を止めた。
とにかくここから出てゆっくり話せばいい。
「事情は分からないけど、ルルもこう言ってるしもういいだろ」
振り向いて族長に言うと、俺が相当気に入らないのだろうか睨まれる。
多分見た目は少年に見えても相当年上なんだろうな。
「駄目だ、小人族は取引を破ることは許さない」
「最初に破ったのはそっちでしょう!」
「お前が勘違いしていただけだ、取引内容を途中で変えたつもりはない」
正直何を言っているのか理解できないが。
ルルは何か頼み事をしていたのか?
「ルル、何を頼んだの?」
俺が言うとルルは少しだけ下を向いて小さい唇を動かした。
「その……」
しかし、言いにくいようでその先は出てこなかった。
俺は急かすことはせずルルの続きの言葉を待っていると、先に族長が言った。
「ルルの頼みを聞く代わりに魔石を産んでもらう取引だ」
淡々と言う族長の言葉に俺はぞっとした。
それはルルが一番嫌がっていたことではないか。
わざわざその条件を呑んでまで頼みたかったことって何だ……。
いや、それ以前にだ。
俺の大事な家族が好きでもない男に抱かれるなんて有り得ない。
何があっても許す訳にはいかない。
「取引はなかった事にしてもらう。ルル、困ってることは俺達が何とかするよ」
「はい、助かります。急ぎの話なのでとにかくここから――」
ルルが最後まで言う前に、族長は相変わらず威圧的だった。
「駄目だと言ってるだろう。取引が終わってからにしろ」
「それだと間に合わないと……それに、やけに聞き分けがいいと思ったら、最初から頼みを聞くつもりはなかったのでしょう」
「いや、取引は守る。こっちも危ない橋を渡るんだ、先に報酬を渡すのは当然だろう」
「だからっ……!」
俺はルルが苛立っている姿を初めて見て、少し呆然としてしまう。
何が何だか分からないが、とにかく聞いてみる。
「間に合わないって、一体何が?」
俺の言葉に、ルルはまた少し下を向いてしまったが話してくれた。
「詳しい話は後でしますが、すぐに助けて欲しい事があったのです。
私一人ではどうしようもなくて……。
しかし頼みを聞くのは魔石を産んでからと言い始めて……」
こんな所で話すようなことでもないのだろうか。
とにかく、ルルは急いでいる。
そしてルルが自分を犠牲にしてまで助けたい人達なんて誰か分かっている。
きっと、俺達の大事な家族だろう。
嫌な想像をしたくなくて考えないようにしていたが。
多分エルとランドルどころかエリシアまでコンラット大陸に来ている。
理由なんて一つだ、俺を探す為に。
皆に何かが起きている。
そう思ってしまうとこんな所で時間を食っている場合じゃない。
「分かった。すぐに行こう」
もはや取引の話なんてどうでもよく、俺は族長を無視してルルの肩を優しく押して歩き始める。
しかし、しつこかった。
「おい!」
族長が怒鳴り声を上げるが、俺達に掛けた声じゃない。
先程までルルを取り押さえていた戦士達にだった。
俺は振り向くと、男達は敵意を見せて闘気を纏った。
さすがに俺も暴れて帰りたいわけじゃない。
俺は家を包み込むように闘気を爆発させた。
俺の赤い闘気の威圧に男達の足は止まり、体を震わせる。
結果的に力で威圧する感じになってしまったが、戦うよりかはいいだろう。
相手の戦意が喪失したのが分かると、俺は扉付近まで歩いたが。
族長はいまだに威圧的だった。
「取引を破るとどうなるかお前もよく知っているだろう。絶対に後悔させてやる」
その言葉に俺の腕の中にいたルルの体が震える。
そういえば、すっかり忘れていたが昔、ルルは小人族には変な風習があると言ってなかったか。
取引を破れば即、死罪だとか何とか。
見張りの戦士達を見た限り、確かにここの村はそこら辺の戦士より手錬が揃っているとは思うが。
ルルにどれだけちょっかいかけようが俺だけで守る自信もあるし、他にもルルを守ってくれる仲間もいる。
しかし、怯えるルルを見るのは辛いな……。
このまま無視して去ってもいいが、ルルがこれから怯えながら暮らすことを考えると良くないだろう。
もちろん何からでも守るつもりだし自信もあるが、問題はルルの心の問題だ。
力任せ以外に解決できる方法があるならその方がいい。
「どうしたら諦めてくれるんだよ」
俺が溜息を吐きながら言うと、族長の男は俺の体を見回した。
そしてすぐに俺の一点に視線を集中させた。
すぐに分かる、俺の鳴神だ。
剣を見る目はあるのだろう、これは神級の剣だし売ればいくらになるかなんて想像もつかない。
それですぐに解決案が浮かんだ。
というか何で思いつかなかったんだ。
魔石が欲しいのだから、つまるところこいつらは金が欲しいのだ。
今ならルルの能力の凄さも分かる。
コンラット大陸には炎竜しか居ないし、火属性の魔石しか取れないのだろう。
エルの杖に赤い魔石がついているのも当然だ。
そうなると様々な種類の魔石を産むルルは大金を生んでいるようなものだ。
でも今なら、この男を納得させる事もできるだろう。
俺が考えた瞬間、族長の男も言った。
「金だ、その剣を抜いてよく見せてみろ」
さすがに鳴神をはいそうですかと簡単に渡す訳にはいかない。
それに、別に渡さないといけない状況でもないだろう。
俺達は今大金を持ってるからな。
「この剣は駄目だ。具体的にいくら欲しいんだよ」
「そうだな……金貨百枚もあれば文句はない」
ルルの価値は金貨百枚ってか。自分で聞いておきながら家族に値段をつけられたようで苛立ちは隠せないが。
ここはぐっと堪えよう、何よりルルの安心感を考えないと。
「そんなめちゃくちゃな……」
ルルはそう言っているが、確かに普通の感覚ならそう思うか。
俺はルカルドに着く前からずっと大金を持っていたので感覚がずれている。
俺はルルを安心させるように頭を撫でるように軽く手を乗せると優しく言った。
「大丈夫だよ、実は結構お金持ちなんだ」
「え? でも金貨百枚なんて……」
年上のルルを子供扱いするような俺の仕草に嫌がるかなと思ったが。
そんなこと気にしていないようで金の心配をしていた。
俺はクリストを見ると、さすがに会話を聞いてただけあってすぐに理解したのか頷いた。
「ちゃんと後で説明しろよ。俺とフィオレ蚊帳の外すぎるだろ」
「もしかして師匠の妹さんですか?」
フィオレは状況を理解しようともせず嬉しそうにそんなことを言っていた。
そんなフィオレに少し癒されると、俺は口を開いた。
「もちろん説明するよ。後、ルルは妹じゃないよ。家族だけどね」
俺の言い方にフィオレは首を傾げていたが。
ルルを使用人と言うのは結構嫌なのだ。
あれだけ世話してもらってこんなこと言うのもあれかもしれないが。
俺がクリストが鞄から取り出した大きい袋を受け取ると、すぐに族長の前の机にドンと置いた。
金属が擦り合う音にすぐ金だと気付いたようで少し動揺を見せた。
一応警告だけしておく。
「小人族は取引を破らないんだよね」
「あ、あぁ……」
言質を取ると、俺は袋から乱暴に金貨を掴んで机に積んだ。
明らかに百枚以上だと分かる量を置いていく。
多い分に文句は言われないだろう、二十枚程の金貨を余分に積んだ。
「ルルは連れて帰る」
「文句は、ない」
まだ少し驚いているようで歯切れが悪かったが。
俺は族長と同じくらい動揺しているルルの肩を再び優しく押すと、ルルも歩き出した。
しばらく無言で村を抜けるように歩く。
ルルを見る村の小人族の視線が心配そうだったが。
ルルを気遣っているわけではないのは分かる、金の心配だ。
ルルを知っているから小人族が悪人だとは思わないが、金はやはり人を変えてしまう。
その視線に気持ち悪くなるが、俺はルルを守るようにコートの中に入れて歩いた。
しばらく歩くと、小人族の縄張りから抜けた。
近くに魔物がいなさそうな見通しのいい森の空間を見つけると、とりあえず立ち止まった。
別に魔物が出ても問題はないが、ゆっくり話したいのだ。
俺達が立ち止まりルルに視線が集中すると、ルルは申し訳なさそうに言った。
「アルベル様、ありがとうございました。でも、私なんかの為にあんな大金を……」
まるで前のフィオレを思い出す言葉だが。
俺は首を横に振って言った。
「ルルはお金には代えられないよ。それに今結構お金持ってるんだ。
金貨百枚くらいは一部だよ」
俺が安心させるように言ってもしばらくは納得してなかったが。
話が進まないと思ったのか、ルルは頭を深く下げるとすぐに話を変えた。
「セリア様と会えたのですね。良かったです」
セリアを見ながら言うと、すぐに俺に向かって微笑んだ。
俺も自然に頬が綻んでしまう。
しかし、セリアは違和感を感じたようだった。
「ルルさん、久しぶりね。会えて嬉しいけど、何でセリア様なんて呼ぶのよ……」
セリアはかなり嫌そうだった。
確かに言われて見ればその通りだ。
昔ならルルはセリアさんと呼んでいた。
「アルベル様と一緒に居るということはそういうことなのでは?」
それは夫婦的な意味だろうか。
セリアはよく分かっていないようで首を傾げていた。
できればもっといいシチュエーションでそういう話をしようと思っていたのだ。
俺はすぐに話を変える。
「ルル! それよりルルが困っている話をしよう!」
俺が言うと、察しのいいルルはすぐに頷いてくれた。
俺の嫌な想像に繋がる話が始まる。
「アルベル様はお気づきだと思いますが、エル様とランドルさんがカロラスに来てくださり、エリシア様と私も共にコンラット大陸に渡りました」
「うん、どんな状況だったか何だか想像できる」
「はい、十日程前に魔術大国に着いたのですが、そこで問題が起こりまして」
「問題って……もしかして家の事情に関係ある?」
俺が言うと、ルルは深く頷いた。
やはり、生まれた時から思っていた少しおかしな家庭。
ラドミラが言った南へ行けば分かるというのはこういうことだったのか。
「アルベル様は聡明ですね、大体想像できているのですか?」
「詳しいことは分からないけど、母さんとルルを見てたら普通の家柄には見えなくて」
「はい、エリシア様はバルニエ王国の公爵家の娘で、エリシア・セレンディア様と言います」
俺はそれがどれだけ凄い事かは分からない。
セリアもへぇーそうなのと言ってあまり気にしてなさそうだった。
クリストとフィオレも変わらない、俺達ならこんなものだろう。
「母さんの身分が何か問題になってるの?」
「いえ、全く関係ないことはないですが、どちらかというとエリシア様の外見でしょうか」
エリシアの子供の俺でも、母は美しいと思う。
少し分かってきた気がするぞ。
俺が軽く頷くと、ルルは語り始めた。
「長い話になるのですが――――」
ルルの語る内容は、次第に俺を苛立たせていった。
昔から気になっていた家庭の謎が解けていくと共に、俺は怒りに支配された。
クリストとフィオレは俺の家族を知らないせいかよく分かってなかったが。
セリアも歯を噛み締めて苛立っているのが分かる。
一刻も早く向かおう、そう思った時。
最後にルルが一番歯切れ悪く、申し訳なさそうに、悲しそうに言った。
ルルの言葉は俺を凍りつかせた。
心臓が活動をやめてしまったのではないかと思ってしまう感覚。
俺は聞き間違えだと思った。
いや、そう信じたくて震える唇を動かし、聞き返した。
「ランドルが……死んだ……?」
俺の弱々しい震える声に、ルルは俯きながらも深く頷いた。




