第六十話「アレクとエリシア 前編」
八章の整理をしたいので、一日か二日程更新が止まります。
その代わりに7時9時12時に七章の終わりまで三話分、予約投稿しています。
誤字の確認をする時間が取り辛く、多分至るところで出てくると思いますので、申し訳ないのですが見かけましたら教えていただけると助かります。
バルニエ王国で高貴な身分として生まれた女性。
エリシア・セレンディア。
滅多に子供を褒めない父、エリクがエリシアにだけは常日頃から言っていた。
「お前は私の自慢だ」
何人もの兄弟がいたが、エリシアと仲のいい兄弟は限られていた。
その優秀さから、妬まれることが多かった。
魔術師としての才能に溢れ、頭脳も優秀、一度教えられたことはすぐに覚え、習得した。
そして何よりも、その見目麗しい外見だった。
エリクは他の子供達と違い、エリシアに限ってはあまり、いや全く表に出さなかった。
この娘はそこら辺の貴族に嫁ぐのは勿体無い。
来客がある時は部屋から出さないと、徹底していた。
自らの身分も考えると、王族の相手としても申し分ない。
親の贔屓目なしに見ても、そう思っていた。
もう娘も十五歳、そろそろいいだろうかと自慢の娘を披露するタイミングを考えていた。
しかし、当の本人のエリシアはそこまで深く考えてはいなかった。
その部屋で何人暮らせるだろうかと思える程広く、手入れが行き届いた美しい部屋の中。
いつも自分の横にいる可憐に見える子供のような女の子に話しかけていた。
「ルルー、また外のお話してくれないー?」
「もう品切れですよ、私も小人族の村以外の場所のことはあまり経験していないので」
「でもー、私よりかは物知りじゃないー」
「バルニエ王国は一部の情報を封鎖しますからね、そのぐらいです。私のほうがエリシア様に教えてもらってるぐらいですよ」
「ルルはすぐに覚えるし楽しいものー、でも、もう教え合いっこすることもなくなっちゃったわねぇ」
「えぇ、私を拾っていただいてから結構経ってますしね」
子供のような外見で、桃色の綺麗な髪を長く伸ばしたルルが微笑みながら言う。
元々ルルがここに来たのはこの国のすぐ近くにルルの暮らしていた村があるからだ。
稀に外に出してもらえる時に、ルルを見かけた。
その時は子供が衰弱していると思って心配して声を掛けたのだが、事情を聞いているとそういうわけではなかった。
話を聞いて、私は当たり前のように引き取った。
ルルの考えは私と近かったし、同じ気持ちで話せる友達のような相手も欲しかったのだ。
でも予想とは違い、主人と従者のような立場をルルは変えてくれない。
嫌ではないのだけれども、少し悲しい気持ちにもなる。
私は兄弟にもあまり好かれていないし、父はあまり私を外に出してくれない。
最初はその事に何も疑問を持たなかったけれど、他の兄弟を見ているとおかしいとも思ってくる。
それに、やっぱり退屈だ。
昔のように、魔術に、勉学に没頭することもなくなってきた。
たまに外に出してもらえる時だけが楽しみだ。
ルルの存在で、家の中でもかなりマシにはなってはいるけれど。
それでもずっと二人で過ごしていると、話の内容も無くなってくるものだ。
バルニエ王国の城下町は、綺麗だ。
魔術のおかげもあって隅々まで手入れされているし、他の国を見たことはないが美観にこだわっているらしい。
魔術師は剣士とは違い、そういう所も気にするのだと教えられていた。
窓から町を眺めていると、扉がノックされた。
ルルが対応すると、すぐに扉が開かれる。
「やあ、エリシア」
「カルロ兄さん」
扉が開いた先で私に微笑みかけるのは、私より二つ上の兄、カルロ兄さんだった。
私と一緒の赤茶の髪を、少し伸ばしている。
私と同じで、髪がふわりと少しだけウェーブがかっている。
カルロ兄さんだけは、私を嫌うことなくよく気に掛けているので好きだった。
事あるごとに声を掛けてくれるし、私より外の世界を知っているので色んなことを話してくれる。
「退屈しているのかい?」
「えぇ、また何か話しにきてくれたのー?」
私が微笑むと、カルロ兄さんは穏やかな表情ながらも首を振った。
「エリシアが楽しめるような話はないかな。少し屋敷から出たらどうだい?」
「そんなの、許してもらえないものー」
「実はそうでもないんだよ、ルルがいたら父様も許してくれるよ。もちろん国から離れると問題あるだろうけどね」
「え? 本当?」
「この国で荒事が起こることもほとんどないしね、ルルが護衛の仕事もできるのも皆知ってるし、もし何かあってもそこら辺の魔術師相手なら問題なさそうだしね」
「小人族は女も戦い方を学びますので」
ルルが言いながら頭を下げる。
確かに、私もびっくりしたことだった。
子供のような外見なのに、屋敷で雇っている護衛の戦士と同じぐらいルルは強かった。
ルルが女の子ということもあって、基本的に二人だけで行動することを許されている。
でも、私がいるのは屋敷の敷地だけだけれど。
きっと、戦いをするような世界で生きれば、ルルも困ってはいなかったと思う。
本人がそういう生き方を嫌っているし、私もルルをそんな目で見てないけど。
「父様に聞いてごらん。エリシアを大事にしているけど、ずっと家の中に縛り付けているのも心苦しく思ってるはずだよ」
「そうなのー! 聞いてみるわね! カルロ兄さん、ありがとうー」
「いいんだよ、気をつけてね」
カルロ兄さんが去っていくと、私はすぐにルルと父様の元へ向かった。
扉をノックすると、低い声が聞こえてくる。
私が声を掛けながら部屋に入ると、父様は私に微笑みかけた。
「エリシア、どうしたんだ?」
「カルロ兄さんが、ルルと一緒ならお父様も外に出るのを許してくれるってー」
私が言うと、父は少し苦い表情を見せた。
やっぱりだめなのかな? そう思ったけど、苦い表情を作っているのは違う理由だった。
「エリシア、何度も言うが、その話し方は止めなさい」
「えっと、はいー」
「それが直れば完璧なのだが……いや、これだけ言ってダメならもう直らんか……」
「お父様ー?」
「いや、もういい。外に出たいって話だったか」
「はいー!」
元気良く返事をすると、父はまた少し険しい顔になるが、すぐに諦めたというか、仕方ないといった様子だった。
「ルルと一緒なら構わないが、まだ日が昇っている内に帰ってきなさい」
「ありがとう!」
「後、顔は絶対に隠しなさい、これはルルもだ」
「分かりましたー!」
言いつけは色々もらったが、全然問題ないことだ。
姿勢良く礼をして父の部屋を後にすると、すぐにフードがついた魔術師のローブを着込む。
何で顔を隠さないといけないのかは分からないけれど、ルルとお揃いなのは嬉しかった。
私は飛び出すように屋敷から出た。
私がたまに外に出た時に、絶対に行く所がある。
「いつもの所に行くのですか?」
「うん! あそこが大好きなのー」
バルニエ王国の広い敷地に、綺麗な花園がある。
何十人もの人間が手入れし、市民の為に開放されている。
休日の人達や仕事の合間に休憩する人達でそれなりに人が集まってはいるけど。
別に人がいるぐらい気にならない。
むしろ、綺麗な花を見ているのと同じぐらい、私と同じ風景を見て穏やかになっている人を見るのも好きだった。
屋敷からそんなに遠くもなく、私の足でも数十分歩けば、綺麗な花園が見える。
花々の甘い匂いが漂い、足と共に心も落ち着いてくると、花園の中に無数に置かれている木製のベンチがある。
そんな椅子でさえこだわりがあるのか、随分洒落たデザインに見える。
魔術師の国のこういう所は嫌いではない。ううん、好きだと思える。
しかし、普段たまに来た時に座ってのんびりしているベンチには、先客がいた。
別に気にすることはない、ここに来た時に座るお気に入りの席だったけれど、そんな事で腹を立てることはさすがにない。
少し残念だった、別に他の席に座ればいい、普段だったらそう思うのだけど。
単純に、座っている人が気になったのだ。
気になるといっても、そういう意味ではない。
私の目、ううん、普通の人の目から見て、おかしな行動を取っていた。
遠目で何を喋っているかは分からないが、楽しそうに呟いている。
その様子は独り言を言っているようでもなさそうで、まるでそこに誰かがいるようだ。
私はすぐにピンときて、普通に話してもどうせ聞こえないけど、少し楽しげな表情を作りながらルルに小さく呟いた。
「ねぇルル! あれって精霊使いの人ー?」
私の中の知識ではそれしか考えられなかった。
初めて見たわー! と興味津々で嬉しげな表情をしていたけど、ルルとの温度差は激しかった。
ルルはすぐに可愛らしく、小さな首を小さく振る。
「いえ、多分異常者でしょう。エリシア様が思っておられるほど、精霊使いなんて人は居ないんですよ」
「でもあの人、凄く楽しそうなのにー」
「外の世界をあまり知らないエリシア様にはそう見えるかもしれませんが、結構ああいうおかしな人も多いんですよ。しかもそういう連中は、何をしてくるか分かりません。近付かないようにしましょう。いえ、残念ですが、今日はもう屋敷へ戻ったほうがいいかもしれません」
「えー? そんなの嫌よー」
私を納得させるように、ルルが捲くし立てながら言うけど。
精霊使いかどうかはおいておくとしても。
私には、あの人がそんなおかしい人には見えなかった。
その穏やかで優しげに見える顔で、楽しそうに話している姿からはそんなの想像できなかった。
私と同じ年頃だろうか。
座っていても私より少し背が高いのは分かる。
細身に見えるが、魔術師の国ではあまり見ないほど体は引き締まっているように見える。
少し伸びた綺麗な銀髪が風に揺れているのが、この花園の空間と融合してとても綺麗に見えた。
そして、普段だったらルルの言うことを聞いていたかもしれない。
でも、明らかに旅人のような服装だった。
きっと今聞かないで二度と会えなかったら、本当に精霊使いだったのか凄く気になってしまう。
私は少し下を向いてルルの顔を覗き込むように見ると、少し意地悪に見えるかもしれない笑みを作った。
「ごめんね、ルル」
そのまま腰掛けている青年の方に小走りに駈けていく。
「エリシア様!」
慌てるルルの声もすぐに背中から聞こえる。
ルルが本気を出せば私の腕を握り無理やり止めることもできたと思うけど。
少し諦めた様子で、ルルは私の背中を追いかけてくれた。
------アレク------
一年程かけて、バルニエ王国に辿り着いていた。
ここに着いてから十日は経っているだろうか。
初めてこの国に来た時は、正直驚いた。
とても綺麗な外観だったからだ。
国の外からでも見えた高い高い王城も、空に佇むように見えて圧巻された。
城下町も綺麗に手入れされていて、今まで見てきたどの国よりも美しく見えた。
残り少ない時間でここまで一年も使ったが、ここを見れて良かったと思う。
しかし、何かを成し遂げるような出来事が起こる場所には到底思えないが。
でもベンチに腰かけてただ綺麗な風景を見て、草木、甘酸っぱい花の香りに包まれてのんびり過ごしているのは、飽きないし心地良いものだった。
ここへ来てから、毎日陽が落ちるまでずっとここでのんびりしている。
こんな事でいいのかとも思うが、今までの旅の疲れを癒すようにゆっくりとしていた。
そして、意外だったのがレイラだった。
いや、意外でもないのかな?
「レイラが一番気に入ってるよね」
『うん、前来た時はこんな所なかったのに』
「最近出来たのかな?」
『うん、多分そうだよ』
良いながら、予想してみる。
こんな事ものんびり過ごす間のいい調味料だ。
精霊の最近……僕の感覚とどれくらい離れているだろうか。
もう十分に精霊の時間の感覚はおかしいと理解している。
もちろん、皆から見れば僕がおかしいんだろうけど。
うーん、大体これくらいかな。
「前来た時って百年くらい前?」
十年も百年も変わらないって言ってたし、これくらいかな。
と思ったが、予想より遥かにずれていた。
『三百年くらい前かな』
僕が五回ぐらい生まれて死んでを繰り返せるような時間だった。
前までだったらうろたえていたかもしれないが、少し笑ってしまう。
何だか、死を覚悟してから時間も過ぎているのもあって、何があっても穏やかでいれる。
「はは、やっぱりおかしいよ」
『おかしくないよ』
「ライトもおかしくないと思う?」
『我らは人間のいう最近だとか、昔とかの感覚は理解できないからな。一応考えて言っているつもりだが』
「三百年前が最近って言うなら、考えれてないって。人間の一生の五、六人分だよ」
『ふむ……そんなものか』
今、ふと思ったのだが。
「皆って何歳くらいなの?」
『知らない』
『精霊には年齢の概念がない』
正確に教えてくれとは言ったつもりはなかったんだけど。
まぁ、精霊ならこんなものかとまた薄く笑う。
あぁ、やっぱり悪くないな。
こうやって時間が過ぎ去っていくのも、悪くない。
そう思っていた矢先だった。
自分の背後から、ここでは珍しい駈けてくるような足音が聞こえる。
ゆっくりと振り返ると、フードを被った女性がいた。
姿が分からないようにフード付きのローブで身を包んでいるが、女性だとすぐに分かるほど、体が発達してラインが際立っていた。
特に胸が。
彼女の顔も見えないのに少し緊張してしまう。
その女性を追いかけてくるように、すぐ背後で同じ身なりだが、小さく見える少女のような子も背後で止まった。
華奢だし、桃色の長い髪が零れている。
こんな事ここに来てから、いや、今までで初めてのことだ。
何なのだろうか。
僕が固まってしまっていると、心まで癒されるような声が、心地よく耳の中に入ってきた。
「こんにちは! もしかしてー、精霊使いの人ですか?」
「エリシア様、いけません……」
小声で名前を呼びながら静止するようにいう少女。
妹かな? とか思ってたけど何か違うようだ。
視界に人が映っていないと思って気にせず話していたが、まずかったか。
ここは魔術師の国だし、精霊使いに直結してしまう人も多いだろう。
実際、その通りだが。
まぁ、無駄に目立つことはない。
「魔術師ですよ」
僕がそう言うと、表情は見えないが悲しそうな声が聞こえた。
「そうなんですかぁ……」
「やはり……行きましょうエリシア様、危ないかもしれません」
僕を警戒するようにエリシアと呼ばれている女性を促す少女。
うん、少し傷付くな。
危ない奴だと思われているが、自業自得か。
しかし、一番罪悪感を感じたのは。
「えぇ……」
何故か、女性が本当に悲しそうにしていた。
なんでだろうか、まるで少女の言葉が的中しているのを信じたくなかったような。
少女に言われるまま僕から背を向ける女性。
こんな思いをさせてまで、隠すことはないか。
「すいません、魔術師ですけど、精霊使いでもあります」
僕が言うと、すぐに振り向いて声が響いた。
「まぁ! やっぱり! ほらールル、私の言った通りじゃないー」
「エリシア様……相手が嘘を吐いているか疑わないことは美点かもしれませんが、それではいけませんよ」
「えぇー? この人は嘘なんか言ってないと思うけどー」
僕をそっちのけで二人で言い合っているが。
僕はどうすればいいのだろうか。
苦笑いしていると、少女が言った。
「分かりました……すいません、精霊使いである証拠などはあるんですか?」
少し棘を感じるが、きっと僕に興味を示してしまっている女性のことが心配なのだろう。
とにかく女性を納得させたいように見える。
しかし、悲しいかな。
「まぁ、ないことはないですが、あんまり目立ちたくないので……」
やはり……なんて少女が相変わらず警戒するように言っているが。
だって仕方ないじゃないか。
精霊は僕以外に見えないし、聞こえないし。
「もう! ルル! いいじゃないー、色んなお話聞いてみたいの」
「しかし……」
いや、これはもう逆に目立っているか。
さっきまで人目を感じなかったのに、今は遠目から何事だと視線を感じるぞ。
もういいか、どうせ見られているのなら一緒だ。
二人に、「ちょっと」と声を掛けて振り向いてもらうと、口を開いた。
「ライト、何か光魔術を使ってくれるかな」
『構わん』
それだけ言うと、二人の耳には聞こえないだろうがライトの障壁魔術の詠唱を唱える。
分かりやすいように僕は唇を閉ざす。
すぐにライトの詠唱が終わると、二人の女性の体を光が舞った。
魔術師ならすぐに分かるはずだ、光魔術の初級で基本、障壁魔術だ。
ライトの障壁魔術に篭められた魔力も人並み外れて多いし、分かりやすいはずだ。
辺りはいきなり障壁魔術を発動させたことに何事だと再び視線が集まるが。
やはり一番驚いていたのは、僕の目の前にいる二人だった。
二人が驚いたのか少し固まっていると、すぐに好奇心旺盛だった女性が口を開いた。
「きゃー! 凄いわ! ほらルルー精霊使いの人は心優しいっていうし、大丈夫でしょー?」
「えぇ……その、疑ってしまって申し訳ございません」
「構いませんよ、傍目から見れば怪しいのは確かでしょうし、警戒して当然ですよ」
安心させるように微笑むと、心苦しそうにしていた少女が頭を下げた。
小さいのに、礼儀正しい子だな。
というか違う。
多分、小人族の人だ。
今まで世界を見てきたし、普通の子供と違うと感じるなら小人族だろう。
「それで、どうしたんですか? 確かに精霊使いは珍しいとは思いますけど」
「私あんまり外のこと知らなくてー、何か楽しいお話聞けないかなってー」
「精霊使いの話で楽しませれるかは分かりませんが、旅が好きなので人より色んなものは見てきたかもしれません」
「聞きたい! えっと、いいですかー?」
「エリシア様、さすがに初対面の方に失礼では……」
僕が怪しい者ではないことを知って、立場が逆になっている二人。
別にずっと風景を眺めているだけだったし、たまには精霊以外と話すのも僕にとって楽しいだろう。
「大丈夫ですよ、僕は見ての通りここでゆっくりしてるだけなんで。どうぞ」
僕が横に広いベンチの端に座っている位置をずらすと、すぐ隣に女性が座り込んできた。
そんなに広い空間ではないが、三人横並びに座れるだろう。
しかし、少女の方は立ったままだった。
「どうしたんですか?」
「私のことはお気になさらないでください」
「いや、気にしますよ。座ってください」
「いえ……」
「ルルー、私しか見てない所ではそういうこと気にしないでぇ」
「はい……」
渋々といった様子で少女がちょこんと座ると、まずは自己紹介だ。
僕は正直、二人が名前で呼び合っているので分かっているが。
「僕はアレクです、よろしくお願いしますね」
座りながらだが軽く頭を下げると、すぐ隣の女性が気付いたように自分のフードを見上げるように視線をあげた。
当たり前のようにフードを取ると、綺麗な赤茶のウェーブの掛かった長い髪がふわりと揺れた。
鼻は凛と高く、優しげな目元がその女性の内面の全てを物語っている気がした。
こんな綺麗な人を、初めて見たと思う。
同じ年頃だと思うが、とてつもなく自分との差を感じ、少し縮こまってしまう。
「エリシア様! エリク様の言いつけを……」
「だって、顔を隠すなんて失礼じゃないー」
「確かにそうですが……」
二人がまた言い合い、少女が納得するように諦めると、少女もフードをはだけた。
予想通り、可愛らしい子供の外見が姿を現す。
多分、僕よりも年上なのだろうけれど。
少しだけその存在で緊張が解かれるも、やはり直視できなかった。
僕の落ち着きのない様子に女性が首を傾げてしまう。
「どうしたんですかー?」
何も考えれなくなり、取り繕うと思ったのだが、正直に心の声が出てしまった。
「そ、その……とても綺麗なので……」
僕がしどろもどろに言うと、女性は再び可愛らしく首を傾げるが、気付いたのか。
少し頬を赤く染め、僕から視線を外すと何故か照れた仕草を見せた。
「そう……ですか。そんな事言われたことなかったから恥ずかしいわ……」
心地良く聞こえていた口調の癖が無くなってしまう女性だが。
そんな事有り得ないだろう。
彼女を目にした誰もが、思わず言ってしまうはずだ。
その美しい外見とは裏腹の反応に、緊張が解けると、薄く微笑んでしまう。
「はは、不思議なことを言うんですね」
「エリシア様がご家族以外の異性と話すことは滅多に、いえ、無かったので、ご自分の魅力にあまり気付いておられません」
「え? 僕と同じ年頃に見えるのに」
「少し、他の方達とは方針が違いまして」
あまり多くを語らない少女だが、まぁ普通の身分には見えない。
蝶よ花よと育てられてきたのだろう。
別に、今ここで旅の出来事を話す僕には関係ないことだし、気にするのはやめよう。
「えっと、エリシアさんとルルさんでいいのかな?」
僕が聞くと、エリシアは僕に視線を戻し、微笑みながら言った。
「はい! エリシアです!」
エリシアと名乗った女性の微笑みに、しばらく見惚れていた。
その後は、色んな話をした。
故郷から、今までの話。
色んな事があったから、一日で話しきれることではない。
エリシアとルルには見えないが、精霊達の紹介もした。
エリシアは見えも聞こえもしないのに、嬉しそうに精霊の名前を呼んで話しかけていた。
心底楽しく話しを聞いてくれるエリシアに、僕も楽しい気持ちになり話した。
今までの僕の旅を楽しんでくれるのは、嬉しかった。
これだけでも、ここにきた意味はあったと思えるほどに。
しばらく話すと、まだ陽は落ちてもいないが、ルルが切り出した。
「エリシア様、そろそろ……」
「えぇーまだ陽も落ちてないのにー」
「元々そういう決め事です。一度破れば外出の許可がおりなくなりますよ」
「それはー……困るわね……」
こんな箱入り娘だ。
きっと厳しい取り決めもあるのだろう。
僕は安心させるように言った。
「続きはまた今度話せばいいですよ、今日はこれで」
僕から切り上げて立ち去ればエリシアも納得するだろう。
僕が立ち上がると、すぐに声が掛かる。
「またお話してもらえますか?」
「もちろん、しばらくはここに滞在しますから」
「じゃあー! また来ますね!」
「はい、僕は大体ここに居ますよ」
それだけ言って別れを交わすと、軽い感じで次の約束をした。
二人に手を振って立ち去ると、足取りは軽かった。
楽しかったな。
自然と、そう思えた。




