第五十八話「魔術大国の王子と剣士」
元々は番外編でやるつもりだった章になります。
更新再開して早々新キャラ視点で申し訳ないですが、アルベルが生まれる前の昔話です。
八章で重要なキャラになります。
コンラット大陸一栄えているバルニエ王国。
通称魔術大国と呼ばれる大国で、王族として生まれた男の姿があった。
その少年は、幼いながらに日々を怠惰に生きていた。
魔術師としての才能があり、光属性の中級を使えた。
魔術師が初めて中級の魔術を詠唱する際には、初級をいくつか連続して使い、魔力量を確かめる必要がある。
初級も使う魔力もないのに、中級を詠唱すると、意識がしばらく戻らず酷いと死に至る者もいる。
魔力とは自分で認識できないものだ。
微力しか持たない魔力なら、持っていないほうがマシだろう。
魔力を持たずに生まれてくれば、そもそも魔術は発動しない。
微力な魔力を初級一発で使い果たし、倒れる経験はしなくて済むだろう。
魔力とは血筋に関係しない。
親が優秀な魔術師だろうが、子供が魔力を受け継ぐということはない。
バルニエ王国では魔術師が集まり、大体がその魔術師同士が結ばれ、子供ができる。
しかし、その子供が魔力を持っているとは限らない。
この世界の生まれ持った力の才能で自分一人だけで生きていける職といえば、魔術師、剣士、戦士になる。
もちろん勉学に励んだり、商売を学び、どちらの力を持っていなくても財を築く者もいる。
バルニエ王国は魔術師が集まっているだけあって他の何処にいるよりも様々なことを学べる。
だが、この国では魔術師以外は見下される傾向があった。
特に、剣士だ。
魔力を持って生まれる人間は少ない。
自分を特別だと思い、増長する人間が多い。
しかし、戦闘になれば魔術師は一定のレベルに達した剣士には勝てない。
詠唱をいくら短く紡げるようになろうが、闘気の存在で剣士に魔術を放つ前に組み伏せられる。
だが、魔術とは便利なものだ。
瀕死の傷も治れば、火も起こせ、水も湧いて出る。
お互いの長所を活かし共存し合えればいいのだが、そう上手くいかないのが人間だ。
小さい町で生まれた者や、冒険者に憧れ、実際なる人間は足りない部分を補い合い、お互いを尊重し合えるが。
この様な大国に集まる人間は、自分に絶対的な自信を持っている。
もちろん、高貴な身分で生まれた者は魔力を持っていなくとも地位は約束されている。
しかし、このつまらない風習のせいもあり、自分の子が魔力を持って生まれたら親は安堵し、祝福するものだった。
そして、バルニエ王国で王位継承があり、新たな国王が生まれた。
その国王の第一子はセシリオ・コルフェルト。
セシリオには多大な魔力があった。
これは周囲の人間からすれば素晴らしいことだった。
第一子が魔術師としての才能に溢れている。
セシリオを取り囲む無駄にプライドが高い者達も、皆が納得した。
セシリオが成長すると、更に周囲がもてはやした。
見目麗しく、好奇心旺盛で、他の者にはない発想ができた。
しかし、それは周囲の人間の思いだけで、本人は違っていた。
「つまらん……」
天高くそびえたつ王城の一室で、ぼそりと呟く。
だが、自分の声を聞く者もいない。
この気持ちを分かってくれる者はいない。
そもそも、誰にも言うことはないし、そんなこと言う必要もない。
人から見れば羨ましいことこのうえない身分と才能だろう。
別に王族に生まれなくとも、いい生活ができる。
まぁ、それもどうでもいいことの一つなのだが。
一番良かったことといえば、この身分のおかげで書庫を読み漁れることだろうか。
世界の知識を脳内に放り込み、様々なことを知った。
まだよくわからないのがドラゴ大陸のことぐらいだろうか。
魔族というのは面白いと思う。
人より長命で、まだ未知な部分も多い。
しかし、自分が魔族だったらと思うとぞっとするが。
まだ十代前半のこの生で、日々を過ごすことを退屈に思ってしまっているのだ。
初めの頃は、新しいことを知るのは楽しいと感じていたが。
しばらくすれば、あることに気付いてしまっていた。
この世界ではもう、自分が激しく好奇心をそそられるものは存在しない。
自分は他の人間より頭がいいとは思う。
いや、自分より他の人間が馬鹿なだけだ。
古書を読み漁っていると、自分の発想の遥か高みに立っている人間がいたのが分かる。
その様な者が解明できなかったことを、自分が解き明かすことはできないだろう。
ならば、謎について思考する意味はない。
結局、世界の知らないことをただ知っていくだけだ。
そこに赴き、何かを成し遂げるわけでもない。
ただ、世界にはこんな物があると、知識が脳を埋めていくだけだった。
美味い食事にも飽き、綺麗な服で自分を着飾るのも馬鹿らしい。
自分が着飾ったところで、周囲の人間が喜ぶだけだ。
女も最初だけは、これは快楽の中でも、マシな方だと思った。
しかし、すぐにそんな快楽にも慣れてしまった。
今では、退屈しのぎになっている気がする。
この大国の王族として生まれたから気付いてしまう。
自分を満足させる女も、もう現れないのだろう。
そう思うと、自らの体力を消費するだけの行為に感じてしまって、満足できなかった。
いっそ、急にこの世界が終わってくれないだろうか。
王族として生まれた義務を果たすのも面倒だ。
将来国王にでもなってしまえば、つまらない臣下の話を聞き、自分の身には関係ないどうでもいいようなことを指示するだけの人形になるだけだ。
そして、その可能性は高かった。
そう考えると憂鬱になり、他の人間の目から見れば煌びやかに映る城も、城内も、自室も、灰色に見えてしまった。
そんな意味のない生活を、淡々と過ごしていた。
ある日の夜更け。
自分の退屈な日常を壊すように現れた人物がいた。
暗い部屋で眠れない体を起こし、寝台に腰掛けていると、月明かりに薄く照らされていた自室が暗くなった。
すぐに気付いて窓を見ると、人影が見えた。
最初は気のせいだと思った。
当然だ、人が登れる高さではない。
それどころか、ここから落下すれば肉体は衝撃でバラバラになり、肉片になるだろう。
しかし、間違いなく気のせいではなかった。
夜の中でも白髪は目立っていてすぐに人だと分かった。
剣士のような格好をしていて、実際腰には剣を掛けているのも見えた。
男は自分と目が合うと、少し驚きながらも腰の剣を抜くような動作を見せた。
だが、自分の目ではそれは視認できるような手さばきではなく、恐らく、抜かれた剣が再び鞘に戻ったのだと理解した時は、石でできた窓枠は切り抜かれ、簡単に通り道ができた。
男は切りぬいた窓を遠くの空へ投げ捨てると、乾いた風と共に部屋に侵入してきた。
異常なことだと理解するが、慌てふわめくことは無かった。
そのまま寝台に腰掛ながら近付いてくる男の顔を眺めていると、不思議そうに話しかけてきた。
「うーん、想像と違うな。こんな時間に起きてるのもそうだし、普通大声出して兵でも呼ばないか? どうせ近くにいるんだろ?」
確かに、自分が大声でも上げればすぐに飛ぶように部屋に入ってくるだろう。
自分の反応がおかしいのも理解している。
「さぁな、別に兵を呼ぶのも呼ばないのも俺の勝手だろう」
「いや、おかしいだろ。別に呼ばれてもいいんだけどよ」
そう言う男はまるで初対面じゃないような態度を取ってくる。
侵入者のほうがうろたえるこの状況は、確かにおかしいかもしれない。
「お前、何しに来たんだ? さすがにこれは死罪だぞ。この国の拷問は早く死にたくなる程辛いぞ」
バルニエ王国の拷問は魔術を駆使して行われる。
まずは全ての指を切り落とすことから始まる。
そして両腕を順番に中級の治癒魔術を掛けながら落とし、その次は両足だ。
達磨になった後。腹を裂き、自分の腸を見ることになる。
それでも口を割らなければ、最後に首が飛ぶ。
中級の治癒魔術では欠損箇所は治らないが、簡単に死ぬことはない。
しかし、男はどうでもよさそうだった。
自分も、確認で言っただけだ。
大体、こんな手錬に見える剣士が夜更けに侵入してくる理由なんて一つだ。
全てを理解していると、男が口を開いた。
「いや、見ての通り殺しにきたんだけどな」
「その割りに姿を隠そうともしないのだな」
男はフードを被ることすらせず、剣士としての普段着のような姿だった。
余裕なのか、何も考えてないのか。
「別にお前に見られても他の奴には見られねえだろ」
前者のようだった、恐らく自分の腕に相当な自信を持っている。
俺が声を上げ、兵が来る前に一瞬で殺し、一瞬で立ち去ることができると思っている。
実際、その通りだろう。
「まぁ、そうかもしれんな」
少し退屈な日常が壊れたが、段々と飽きてしまった。
こんな状況でも根っこは変わらないのだと、がっかりする。
もっとうろたえる自分の本性のようなものが見えたら面白かったのだが。
「ほんとに想像と真逆だなぁ。なぁ、お前なんで死にたがってんだ? 俺はその方が殺りやすくていいけどよ」
「分かるか?」
「そりゃ顔見りゃ分かるだろ」
「そうか」
少し、嬉しいと感じたのかもしれない。
今まで周囲の人間は、俺を羨み、幸福な場所にいるとしか思っていなかった。
ちゃんと分かる者もいたのか。
まぁ、もう意味はないし、うろたえる理由にもならない。
「あー、まぁいいか。じゃあ殺していくぞ」
「あぁ、お前は苦しめる趣味もなさそうだしな」
さすがの自分でも痛みや、苦しみは感じる。
この男は一瞬で俺の命を断ち切るだろう。
痛みなど、感じる間もないほどに。
男は今度は俺に見える動作でゆっくり腰の剣を抜くと、光る刀身と共に更に俺に近付いた。
俺の正面に立ち、腰を落として剣を構えると、言った。
「何か心残りはあるか? 最後の言葉を伝えるなんて馬鹿なことはできねえが、何かのついでに出来ることくらいならやってやるぞ」
男の言葉は、優しさではないだろう。
そもそも、本当に暇潰し程度にできることならやってやってもいい、ぐらいの気持ちだろう。
恐らく、今の状況は想像が違いすぎて何かしっくりきていない。
俺は、少しだけ興味があったことを言った。
「そうだな、最後に闘気を感じてみたい」
剣士の中には具現化できるほどの闘気を持つ者もいるという。
短い時間だが、数少ない限られた人間の一人が、目の前のこいつだとも分かっていた。
俺の想像通り、男は言った。
「へぇ、この国の奴が闘気に興味を持つなんて珍しいな。まぁ、いいぜ」
それだけ言うと、男は表情一つ変えなかったが、雰囲気は変わった。
剣を構えた姿のまま、男の体を何かが包み込んだ。
紫色の男を包み込むように漂っているもの、威圧感を感じる。
これが、闘気か。
「さすがにここで全開にするのはできねえが、満足か?」
「何だ、それで抑えてるのか?」
「そこら辺の奴と一緒にするんじゃねえよ、本気出したらすぐに騒ぎになっちまう」
「ほう、なら最後の頼みだ。それを見せてくれ」
「はぁ? だから無理だって――」
「別に長い間見せろとは言わん、一瞬見せたら去ればいい。お前が何者か相変わらず分からんが、お前なら別に問題ないだろう」
俺の言葉に、男は少し考える仕草を見せ、最後に溜息を吐きながら言った。
「仕方ねえな……」
それだけ言うと、男は目蓋を閉じ集中し始めた。
少し好奇心がそそられ待っていると、再び目蓋が開かれた。
見せてみろ、そう思いながら待つが、闘気は開放されなかった。
それどころか、今まで薄く纏っていた闘気も見えなくなり、消えた。
「何だ、面倒にでもなったのか?」
「あぁ、面倒になったね」
「そうか、ならばもう去ればいい」
俺を殺してさっさと何処かへ行けといった意味だったのだが。
男は剣を鞘に収めると、本当に俺に背を向けた。
珍しく困惑すると、その背中に声を掛ける。
「どうした」
「会話しちまったのが間違いだったな、お前は寝てれば良かったんだ。どうでもいい奴を殺すのは何とも思わないが――」
「何が言いたい」
「何か、お前のこと嫌いじゃねえわ。不思議だな、死にたがってる奴何か大っ嫌いなんだが」
それだけ言うとじゃあなと振り向くこともしないまま片手を挙げた。
この男は、自分に自信を持っているだけだと思ったが、やはりそれだけではなかった。
何も考えていない、細かいことも大きいことも。
「おい、もうお前の顔は忘れようもない。後がどうなるか分からないのか?」
開いた窓に手を掛けている男に忠告してやると、それでも変わった様子はない。
「それは仕方ねえだろ。嫌いじゃねえ奴を斬ってまで得る金も何か微妙だしな。どうせ、暮らしにくくなるだけでお前らなんかに殺されやしねえよ」
分かっているが、やはり雇われていたようだ。
まぁ、国内で全員が俺の味方をしているわけではない。
嫉妬に始まり、様々な感情が俺を取り巻いている。
俺は少し考えると、口を開いた。
「何だお前、金が欲しいのか?」
「まぁ、欲しいか欲しくないかでいえば、欲しいからこんな事してるな」
「提示された金額、いや、それ以上にお前にやろう」
「は? お前馬鹿か?」
今まで背を向けていた男が呆れたように振り向いて俺を見る。
その表情は本当に俺を馬鹿にしたようなものだった。
「その代わり俺の護衛をしろ。お前が嫌になるまででいい」
男は俺の目をじっと見ると、軽く驚きながら言った。
「まじで適当言ってるわけじゃなさそうだな……嫌になるまでって、金受け取ったら消えるかもしれないぞ?」
「それでも構わん」
「やっぱりお前頭おかしいな、何考えてるんだよ」
異常者を見る目で佇んでいる男に、俺は気にした様子も見せず答えてやろうとするが。
確かに、明確な理由は特になかった。
普段移動する際は大勢の護衛をひきつれ、うっとおしい気持ちもある。
この男なら一人連れていくだけで十分だ。
俺を気遣い、自分の評価を上げようと俺のご機嫌取りに必死な奴らより気楽だろうと思う部分もある。
しかし、一番の理由は、多分。
「俺も、お前のことが嫌いじゃないからだ」
「へぇー……まぁ、いいぜ。飽きるまで付き合ってやるか。贅沢できそうだし」
「あぁ、また来い。今度は正面からな、話は通しといてやる」
「あいよ」
今度こそ会話が終わったと思い、男は窓から外に飛び出そうとするが。
大事な事を聞くのを忘れていた。
「待て、お前の名を教えろ」
名前を知らなければ城内に通すのも面倒だ。
俺の声に男は、あぁ、と面倒そうに再び振り向いて言った。
「ブラッド・カーウェンだ」
「分かった」
今度こそ、男は外へ消えていった。
腕に自信のある剣士でも、この高さから落ちれば木っ端微塵だと思うが。
ブラッドにとっては、高さなど関係ないようだった。
再び一人の空間になると、開いたままの窓から吹く風に包まれ、寝台に横になった。
意外にも、寝付けなかった体に、眠りはすぐにおとずれた。
その日から、半年の月日が過ぎた。
城内の広い庭園の中。
魔術師の国の、ましては城内でありえない異質な光景があった。
花や緑に包まれた煌びやかな場所で、木刀を握る二人の姿があった。
俺は木刀を握り、目の前のブラッドと対峙していた。
この半年間、この男に体を痛めつけられたことは一度もない。
そして、俺の攻撃が通ったことも一度もなかった。
しかし、その日は少し変わったことがあった。
木刀を振る中、俺は左胸から何かを感じると、感じた瞬間、体を何かが包み込んだ。
ブラッドが驚いた顔をする中、俺が木刀を振ると、今までとは比べ物にならない速さでブラッドに襲いかかろうとした。
だが、ブラッドに攻撃が通ることはない、それどころか、ブラッドの握る木刀にすら届かなかった。
俺の握り締めた木刀が砕けると、そのまま木片が飛んでいった。
そんなことはどうでもよく、俺は動きを止めて自分の肉体に集中する。
やっと感じ取れた。
ブラッドは当たり前にすぐに気付き、言った。
「稽古を始めて半年で引き出せるのは早いですねぇ」
自らの身で闘気を感じ取れた嬉しさよりも、ブラッドの引き攣った表情で言う気色悪い喋り方が気に障った。
「普段通り話せ、気持ち悪いぞ」
俺が言うと、ブラッドは辺りを見回して遠くで見守っている俺の臣下達に目をやる。
聞こえないだろうと判断したのか、普段通りに戻る。
「あいつらまじでうるせえんだよ。セシリオ、お前が何とかしろよ」
「今こうしているのが限界だ、あいつらは何を言っても変わらん」
俺がこういうと、ブラッドは溜息を吐いた。
元はと言えば、ブラッドが暇だと言い始めたから稽古を始めた。
目的は、俺が闘気を感じ取れるまで。
ブラッドは最初は面倒そうだったが、次第にやる気になり始めた。
何でも、思ったより才能があるらしい。
比較対象がいないので俺には分からないが。
「で、今日で稽古は終わりか?」
「あぁ、もう目的は達成した」
「せっかく才能があるのにな」
そう言うが、俺の才能なんて、ブラッドに比べるとちっぽけなものだ。
結局、俺は人より優秀なだけで、全ての頂点に立つようなものを持っていない。
「無駄な努力をする必要はない。人より少し上手く出来ることに時間を取る必要はないからな」
「そうか? セシリオの考え方も嫌いじゃねえが、俺はそうは思わないぜ」
「一応王族だからな。それにここは魔術師の国だ。お前も稽古がなくなれば楽になるだろう」
「ま、そうだな。あいつらの異常者を見る目は苛々するしな」
元々、周囲は俺が軽くとはいえ剣術をすることに猛反対したが。
この国で俺の意見が通らないことはない。
闘気の研究だと言って無理やり分からせた。
実際、その言葉の通りだったからだ。
研究というより、興味本位だが。
ブラッドは結構陰口というより、耳に入るように相当言われているようだ。
稽古もありえなければ、この国で剣士に対する扱いは最悪だ。
意外だったのは、ブラッドがすぐ嫌になって去ると思っていたのだが、嫌そうにしながらも俺から離れなかったことだ。
まぁ、奴は気分屋だし気にしても仕方ないだろう。
俺は自らを強化する闘気に意識を移すと、久しぶりに高揚しながら言った。
「なぁブラッド、闘気とは面白いとおもわんか」
「別に、考えたことすらねえよ。魔術師が何言ってんだ」
「まぁ、お前に言っても仕方ないか」
「暇潰しに俺にも分かるように言ってみろよ」
どちらが上の立場か分からない会話だが。
実際、お互いどちらが上だとかは思っていないだろう。
ブラッドからすれば俺は子供だろうが、ブラッドから感じる俺への態度は対等だ。
それは、俺にとって悪くはないことだった。
「魔力は生まれつきだが、闘気は誰にでも備わっている。それに魔力と違い鍛えれば育つだろう」
「そんなの誰でも知ってることじゃねえか」
「そうだな、当たり前の知識だからこそ、考え直されることはないだろう。剣士はこんな面白いものを使っているのに、新しいことを考えようとしない」
「剣士は過去の英雄の剣に近付くことに必死だからな、もうそいつらはいねえし、その剣にはまだ遠いのか、追いついているのか、追い抜いているかも分かりゃしねえのに馬鹿だよな」
「俺にとってはそんなことどうでもいい」
「結局お前は何を言いたいんだよ」
やはり剣士に、何よりブラッドに言っても仕方ない。
具現化できるような闘気を持つのは、俺が今から何十年も体を鍛えないと無理だろう。
そしてこの身分のせいもあり、俺にはそんなに肉体を鍛える時間はない。
それは、今日やっと分かった。
もしかしたら魔術師の自分なら、あの日見たブラッドの具現化された闘気に辿り着き、新たな可能性を発見できるかもしれないと思ったのだが。
誰にもできなかったことを成し遂げれるかと思っていた。
だが、もう意味がないことを知ってしまった。
だからこそ、今日で稽古は終わりだ。
「闘気には、無限の可能性があるというのに……」
俺が呟くが、ブラッドは聞こえなかったようだ。
「何だって?」
「いや、やはりお前に言っても仕方ないことだ」
「そうかよ、まぁ難しい話を聞くのも面倒だしな」
それだけ言うと、ブラッドは木刀を庭園の隅に乱暴に投げ捨てた。
木刀とはいえ、他の剣士が見れば苛立ちそうな光景だ。
もうここでブラッドがあれを握ることはないだろう。
本来、闘気の可能性についてはブラッドのような強大な闘気を持った存在が、考えないといけないことだ。
しかし、ブラッドは自分の身を強くすることしか考えていない。
魔術師と違って工夫して強くなろうだなんて考えもしないだろうし、誰かに言われても実行しないだろう。
もったいない。
魔術では無理だが、闘気ならば。
たった一人で、世界を滅ぼすほどの力を持つ者もいるかもしれない。
長い年月を生きている魔族なら、有り得るかもしれない。
いっそ、そんな者が現れて全てを終わらせてくれないだろうか。
今日で俺の一つの目的、いや暇潰しが消え、再び退屈な日々に戻るだろう。
俺が思いふけっていると、ブラッドが普段通りの表情で言った。
「お前は相変わらずだな」
この男は、人の表情を見て考えが分かる。
いや、それはちょっと違うか。こいつに難しい考えは分からない。
分かるのは。
精一杯生きようとしているのか、そうではないのか。
多分、生き死にによく直面する場面が多かったのだろう。
俺の普段通り浮かべている表情ですら、この男は気付く。
しかし、出会いからお互い分かっていることについて、再び話すことはない。
そういえば、今考えて少し思った。
こいつは以前何をしていたのだろうか、思えば何も聞いていないな。
どうでもよかったが、暇潰し程度に聞いてみるか。
「お前はここに来る前何をしてたんだ?」
「冒険者だ」
「ほう、お前の腕なら道場にでもいたのかと思っていたぞ」
「お前に雷鳴流を教えちゃいたが、道場なんか行ったこともねえよ。親父が雷鳴流の剣士だっただけだ。別に剣術は自分を強くする術の一つであるだけで、今より強くなれるなら剣なんて捨ててもいい」
父親に教えてもらっただけでこの腕前なら、やはりこいつの才覚はとんでもないものだろう。
俺とは違い、世界で最強の剣士になれる素質があるのはこの半年でよく分かった。
そして、この男は剣術に思い入れがない。
ただ、自分を強くする術がそこにあるから訓練しているだけ。
本当に、強くなれるなら剣士を辞めてしまってもいいとすら思える。
そして、俺は所詮魔術師だ。
本当のところの剣士の力量など、剣士に聞かないと分からないだろう。
「お前より強い剣士なんているのか?」
その言葉に、少し考える仕草を見せる。
探す方が大変に見える、やはり俺の想像通りか。
そう思ったが。
「俺より強いかは何とも言えねえが、戦ってみたら勝てるか分からないと思ったのは一人だけ見たな。流水流の女でな、確か、アデラスつったかな」
「ほう、聞いたことがないな」
「そりゃここだけだ、この国は剣士の情報なんて話す奴いないだろ。お前は知らないだろうが、俺も他所じゃ結構有名なんだぜ」
「確かにな、お前が有名じゃないほうがおかしいか」
この国は剣士の名誉を話さない。
国にとって有益になる仕事をした剣士は別だが、冒険者として偉業を達成したところでこの国でおもしろおかしく話す者もいない。
しかし、ブラッドが最強といえるわけではなさそうだが、それに近いことは分かった。
ブラッドはまだ二十代前半だろう。
これからの伸びしろも考えると、雷帝の地位どころか、世界一と言われる日も近そうだ。
俺が一人納得していると、ブラッドは言った。
「何か勘違いしてそうだな、俺より強い剣士は見たことないが、俺より強い存在はいるぞ」
少し、驚いた。
剣士ではないのなら、何だというのだろうか。
久しぶりに知的好奇心が湧いてでたのが分かる。
「気になるな、言ってみろ」
「見たことはないから何かは言えない、だが、感じただけで勝てないと思う存在もいるってこった」
「もっと詳しく話せ」
「ルクスの迷宮ってとこでな、戦うどころか対峙してすらいねえから何か分からねえよ」
「確か、世界一位の迷宮だったか……」
千年近く攻略されていないのは知っている。
ブラッドは挑んだことがあるのか。
無理やり追求してもいいが、ブラッドのこの苛立っている表情を見る限り聞いても無駄だろう。
そう思ったが、自分から少し話し始めた。
「あれより強くなるには冒険者のままいていいのか分からなくなってな。新しいことを始めようと思って色々やってたのさ」
「その一つが俺の暗殺と今の状況か?」
「お前を殺そうとしたのは確かにその中の一つだ。金も欲しかったしな。でも、今の状況はちょっと違うかもな」
「何だ」
「お前に言っても仕方ないことだな」
俺に言われたようにブラッドは言い返すと、満足したように去っていった。
護衛を放棄して自室に帰るのだろうが、俺ももう部屋に戻るし気にしない。
遠目で見守っていた者達に口うるさく言われているのがここまで聞こえるが。
そろそろブラッドもここから去るだろうか。
そんなことを考えながら、うっとおしくつきまとう臣下の小言を聞き流し、部屋に戻った。
そこからまた半年が過ぎた頃。
意外にもブラッドはまだ俺の護衛を続けていた。
毎日退屈そうにしているのは変わらないが。
この男、強くなろうとしているはずなのに、毎日俺についていて何を考えているのだろうか。
いや、ブラッドの思考を考えても仕方ないな。
そして今日も、ブラッドは俺の横にいた。
つまらない国の行事のようなパーティが行われる城の広い一室。
貴族達が俺のご機嫌取りに話しかけてくるのを聞き流していた時。
その時も、もちろん適当に相槌を打ちながら退屈にしていたのだが。
「殿下、こちらに居ますのが私の娘です」
前の会話はあまり聞いていなく、早く終わらないかと視界を狭く閉ざしていたが。
その娘を見た途端、今までの俺の中の何かが、変わった気がした。
その娘は、俺と同じ年頃だろうか。
赤茶色の艶のある長い髪がふわりと揺れ、薄赤い瞳が輝いている。
真紅のドレスから覗く白い肢体、胸元もよく育っていて、均一が取れていた。
今まで女を見て、見てくれがいいなどは思ったことはあるが。
美しいと思ったのは、初めてのことだった。
「エリシア・セレンディアと申します。本日はよろしくお願いします」
ドレスの裾を持ち、姿勢よく礼をして微笑むエリシアと名乗る女に、惹きつけられた。
俺は少し自分の感情に戸惑うと、小さく声を上げた。
「あ、あぁ……」
俺の様子がおかしいと気付いたのは、ブラッド一人だけだった。
「へぇ」と一言だけ言うと、何も言わずに普段通り護衛という形だけの仕事をする人間に戻った。
そのまま社交辞令のたわいない話をすると、二人と入れ替わり違う貴族の挨拶が再び始まった。
それからの話は、聞き流すつもりではなく、本当に耳に入ってこなかった。
パーティが終わり、自室に戻るとエリシアのことを思い浮かべていた。
初めて、自分の手に入れたいと思った存在だった。
ブラッドとはまた別の感情だ。
女なんて、飽きるものだと思っている。
しかし、エリシアならば一生退屈しないのはでないか。
そう思ってしまうほど、自分の退屈な世界を彩る存在に見えた。
俺は初めて王族として生まれたことに感謝した。
俺の望む結果になるし、相手も喜ばしいだけだろう。
権力も誰よりもある、魔術の才能もある、外見も文句はないだろう。
剣を握ったことにより、肉体も逞しく成長していた。
まぁ、ここは魔術師の国だ、俺の筋肉が発達すると周囲の者は嫌そうにしていたが。
あの日、ブラッドの気が変わって良かったな。
むしろあの時俺を殺そうとしたブラッドに今なら腹を立てることもできるだろう。
そう思いながら、何から何にまで興味を持っていた幼い頃のように眠れた。
その後、もちろんすぐに俺の元にエリシアを迎えるように話をした。
エリシアの身分も申し分なく、俺の要望はすぐに通った。
むしろ、向こう側が喜んでいた、当たり前だろう。
エリシアも魔術の才能があるらしく、文句のつけどころがないようで、周囲も何も言わなかった。
エリシアを迎える準備を整えていたころ、俺の部屋の中でブラッドは唐突に言った。
「そろそろ護衛にも飽きた、ここを去ることにする」
その言葉は人間関係において、珍しく俺を少し寂しく感じてしまうものだった。
しかし、元々はブラッドはすぐに投げ出すと思っていた。
一年以上も俺に付き合うとは思ってもいなかった。
俺達の間の取り決めも、ブラッドが嫌になるまでという適当なものだ。
しかし、今ならいいだろう。
俺をこれから退屈させないものは、もう手に入った。
俺はブラッドを労うように言った。
「そうか、ご苦労だったな」
「あぁ」
「お前はこれからどうするんだ?」
ただの興味本位の質問だ。
そして分かっていたが、ブラッドは何も考えていないようだった。
「うーん」と言いながら考えるが、先が出てこない。
俺は提案するように言ってやった。
「雷鳴流の道場にでも行けばどうだ」
「は? 冗談じゃねえよ」
「お前は俺と違い、剣術の分野で全ての頂点に立ち、歴史に名を残せるような才覚を持っている。まずは雷帝にでもなったらどうだ。そこから見える景色もあるだろう」
「そんなのどうでもいいさ、肩書きには興味ねえ」
「お前の剣術が埋もれるのが勿体ないと言いたいわけではない。誰が見てもお前は適当に生きているように見えるだろうが、お前は強くなることに対しては怠けることはなく、誠実な男だ」
「何が言いてえんだよ、分かりやすく言えよ」
「真剣に、剣術だけを考えて生きてみたらどうだ。俺はそれがお前の目的の近道だと思うぞ」
前に話しを聞いてから、俺はブラッドの目的が分かっている。
別にこいつは世界で最強の剣士になりたいわけではない。
自分が勝てないと思った敵を、倒したいだけだ。
しかし、ブラッドはまだ嫌そうな表情を見せていた。
「まだ全てを見てない世界で、剣術だけに絞るのは早計すぎないか?」
「そんなことはない、闘気を活かせるのは剣が一番合理的だ。お前のその剣術を極めてみろ」
こんなことを言ってもこいつには意味がないだろうし言うつもりもないが。
ブラッドは意外と教えるのが上手い。
多分、雷帝になってもこいつが教示するのを投げ出したりして、道場にいってまで肩身の狭い思いをすることはないだろう。
「けどなぁ」
「聞け、ブラッド」
「んー……」
考えながら聞き流すように答えるブラッドに、言った。
「俺は生まれて初めて、人のことを考えて言っている」
俺が言い終わると、ブラッドは出会ったあの夜のように、驚いた顔を見せた。
しばらくして硬直が終わると、ブラッドは薄く笑って言った。
「ハッ、分かった分かった。気に留めておくさ」
「まぁ、お前のような男を言葉で動かせるとは思ってない」
「そうかよ、けど、お前を殺そうとして良かったぜ、色々手を出してみるのは間違いじゃなかった」
「金以外にお前に得るものがあったようには見えないがな」
「そんなことねえさ、今まで剣術ってもんがしっくりこなかったが、分かったこともある」
「何だ?」
俺が聞くと、ブラッドはあの日、俺を見逃そうとして去ろうとしたように背を向けた。
その顔が見えることはないが、自分を言い聞かすように、声が聞こえてきた。
「多分、剣を振るのは体だけじゃねえんだな」
それだけ言うと、ブラッドは部屋から出ていった。
その後、城内で、国内で、ブラッドの姿を見たものはいなかった。
俺の気持ちとは裏腹に、俺の周囲の人間はそれを喜んでいたが。
まぁ、いい。
ブラッドと入れ替わるように、エリシアが俺の元にやってくる。
これからは退屈な日々ではなくなると、何故か確信していた。
まだ深く話したことはないが、今まで色々な人間を見てきた。
エリシアがどんな人間か、俺には分かる。
他の人間ではただの綺麗な貴族の女としか見えないかもしれないが。
他の貴族と違い、俺の権力や能力で見定めるような女ではない。
しっかり、相手を一人の人間として見る女だ。
それも、惹かれた理由だった。
そこから数日過ぎた頃。
待っている時間でさえ、退屈ではないと思った。
これから自分の物になるエリシアのことを考えるだけで時間が過ぎていく。
しかし、時間が経つのが早く感じる期間は短かった。
再び、退屈な日々が訪れる。
一人の臣下が、俺に苦しそうに伝えた。
俺は理解すると苛立ちを抑えきれず、自室を飾っている物を殴り、蹴り、破壊した。
肩で息をするほど暴れると、寝台に腰を下ろして、様々な物を殴り潰し血が滲んだ右手でうなだれる頭を抱えるように支えた。
「何故、俺の欲しいものは手に入らない……」
エリシアが死んだと知らされ、再び退屈な世界に戻るように、視界は暗くなっていった。
次回からはアルベルの父、アレク視点で話が進みます。




