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第五十七話「旅立つ前に」

視点がころころ変わるのでややこしいかもしれません。


 マールロッタで一番大きく、神聖な建物。


 大量の警備の戦士達に囲まれた場所に、一人の剣士が赴いていた。

 予見の霊人はその剣士が来ることを分かっていたのか、警備は当たり前のように剣士を内部に入れた。


 長い廊下を歩き、扉を開ける。

 そこには、来客を待つように椅子に座って穏やかな表情を作っている霊人の姿があった。


「ニコラス、いらっしゃい」

「失礼します。ラドミラ様にお聞きしたいことがありまして」

「そうでしょうね」


 ニコラスは、自分の感情を整理しきれていないままここに来ていた。

 苦しんでいることと、感謝していることがあった。

 その理由は全く同じことで、自分で片付けられない感情をぶつけに来ていた。


「あの日、僕を護衛に選んだのは何故でしょうか」


 ラドミラの護衛をし、サウドラに向かったこと。

 そこで出会ってしまった女性に、ニコラスは恋をした。

 彼女に振り向いてもらえるよう、努力した。

 凛としていて自分に興味を示さない彼女だったが。でも、いつかはきっと。

 そう思い、必死に強くなろうと剣を振っていた。

 

 しかし、ニコラスのそんな気持ちは打ち砕かれた。

 先日現れた青年は自分より年下だが、一目で分かった。

 自分よりも、強い剣士だった。

 その強さに驕った様子もなく、優しそうな印象の青年だった。

 そして、その青年を見る彼女の目は、自分が彼女を見る目と同じだった。

 一目惚れをするような女性じゃないのは分かっていた。


 きっと、ずっと昔からの想い。


 彼女が自分に振り向かない理由が分かってしまった。

 そしてそれは、一生変わることはない。

 ニコラスはあの日、彼女と出会ってしまったことに苦しんでいた。

 もし違う出会いだったら、こんなに苦しむことはなかったかもしれない。

 いや、どちらにしても惹かれていただろうか、分からない。

 

 何故、ラドミラは成就しない恋の道に自分を引きずり込んだのか。

 それとも、自分のこんな気持ちなんてラドミラにとっては道端の小石のような物なのだろうか。

 しばらくして、ラドミラは穏やかな顔のまま口を開いた。


「貴方が苦い思いをしただけなら、私もそんな意味のないことはしないわ。貴方は、セリアと出会ったことを後悔しているの?」


 答えが分かっているように、ラドミラが言った。

 その言葉は、ニコラスの複雑な心を現していた。


 ニコラスは苦しんでいるが、後悔はしていなかった。

 セリアに恋をしたことで、ニコラスは強くなった。

 体だけで振っていたニコラスの剣筋には、違うものが混ざっていた。

 雷帝にずっと言われてきた言葉の意味が、ようやく分かった。

 セリアを思い、剣を一振りする度に、強くなっていった。


「後悔はしていません。僕が強くなる為の道を作ってくださったことには感謝しています」

「そう。なら、貴方は何故ここに来たのかしら」


 ラドミラの言葉に、ニコラスは自分の気持ちをぶちまけた。

 未来が分かっている、ラドミラにどうしても聞きたかった。


「僕は、立ち直れるんでしょうか」


 ニコラスの声は弱々しく、雷帝の肩書きを持った剣士とは思えなかった。

 しかし、ラドミラの態度は穏やかのまま、何一つ変わらなかった。


「貴方に導きを与えましょう」


 その言葉に、ニコラスは頷いて何も言わずに待った。

 しばしの間の後、部屋に艶のある声が響いた。


「自分の気持ちを伝え、確かめてみなさい。

 セリアが好きになった男の子は優しい子よ。

 貴方の気持ちを無下にすることはないわ」


 ニコラスは瞳を閉じて思考すると、頷いた。

 再び目蓋を開いた時には、白黒だった世界が少し変化していた。

 

「分かりました」


 ニコラスは礼は言わずにそれだけ伝えると、ラドミラに背を向けて歩き出した。




 ---------セリア--------


 アルと再会してから数日後。

 マールロッタを旅立つ日が来た。

 

 アルと再会してから今までの間、私は剣士ではなかった。

 ただの、女だった。

 しかし、それでもいいと思ってしまっていた。

 やり遂げないといけない使命を忘れてしまうほど、満たされていたのだ。

 でも、ずっとただの女で居られるのは今日で最後だ。

 旅が始まると、戦う為に、強くなる為に剣を振る日々が始まるだろう。

 アルの温もりを感じる時間が減るのは残念だが、仕方ない。


 そして今、私は歩き慣れた長い廊下を歩いていた。


 その理由はもちろん、ラドミラに会う為だ。

 この町で世話になった者達にはしっかりと伝えたが。

 ラドミラにもしっかり挨拶をしておきたかったのだ。

 さすがにラドミラが見送りに現れることはないだろう。

 何より、二人だけで話すことも最近なかったから。


 廊下を歩いていると、前方から見慣れた顔が見えた。

 無視して通り過ぎるような間柄ではなく、二人して足を止める。


「ニコラス、ここで会うのは珍しいわね」

「ラドミラ様に用があったもので」

「あ……海竜の後片付けの事? 任せきりでごめんなさい」

「まぁ、そんなところです。セリアさんは色々あったでしょうし、気になさらないでください」


 少し険しい表情を浮かべるニコラスに、私は申し訳なくなった。

 彼には、世話になっていたのだ。

 ニコラスがいなければ餓死していたかもしれない。

 そして私は別に忙しい訳ではなかった。

 アルと過ごしていたかっただけだったので、罪悪感だった。

 

「色々とありがとう。貴方には助けられたから」

「それは僕も同じですよ。今日ここを発つのですよね? 見送りにいきますね」

「えぇ、嬉しいわ」


 それだけ言うと、ニコラスは軽く頭を下げて去って行った。


 私も背中を見送ることはせず、少し歩くといつもの部屋の扉を開けた。


「わざわざ来てくれるなんて可愛いところもあるわね」

「何よ、だめなの?」

「嬉しいだけよ」


 本当に嬉しそうに微笑むラドミラに、私は胸が締め付けられた。

 誤解があったとはいえ、ラドミラを斬ろうとした罪悪感が私を苦しめた。

 

「皆も来たがってたけど、私だけにしてもらったの。大丈夫だった?」


 もしまだ伝えていない事があったら余計なことをしたかもしれない。

 でも、二人で話したかったのだ。

 特に二人じゃないとできない話がある訳ではなかったのに。


「えぇ、もう何も言うことはなかったからね」


 それだけ言うと、会話は終わってしまった。

 話したいことは色々あるはずなのに、口下手な私は何を言っていいか分からなかった。

 そんなことはラドミラも分かっているのか、先に切り出してくれた。


「わざわざ言うことじゃないと思うけど、アルベルを信じて進んでいきなさい」

「もちろんそのつもりよ。もうアルとは離れないわ」


 私が言い切ると、ラドミラは少し笑った。

 すると、普段はなかなか見ない行動を取った。

 ラドミラは椅子から立ち上がると、私に歩み寄ってきた。

  

 ラドミラは近い距離で軽く微笑むと、私の頭に手を乗せた。

 撫でるように優しい手は、軽く光りだした。

 私の未来を見ているのだろうが、最近はなかったが前にはよくあったことだ。

 その事に対して不快な気持ちはない。

 

「ふふ、やっぱりいいわね……」


 多分、ラドミラが見ている未来はそう遠くない未来。これは何度も見られてきた経験での勘でしかないが。

 そしてラドミラのこの反応も、いつもと同じだ。

 幸せそうに呟くラドミラに、私も温かい気持ちになる。

 悪い未来が見えている顔ではないのは分かる。

 一体、ラドミラにはどんな風景が見えているのだろうか。

 ラドミラは満足したように私の髪を撫でると、少し弱い声を出してしまった。


「ラドミラ……また会える?」


 私はこの不思議で、掴みどころがない女のことが好きだった。

 別れるのが寂しいと思ってしまうほどに。

 私を包み込むように撫でる手は、愛情が詰まっていた。

 母親がいたらこんな感じかもしれない、そう思った。

 私の言葉に、ラドミラはいつも通りだった。


「さぁ、どうかしらね」

「何で教えてくれないのよ……」

「そうね、また会えたらいいわね」


 あやふやな返事をするラドミラに、私は強い口調で言った。


「もういいわよ、また来るわ」


 また、会いに来ればいいだけの話だ。

 まだまだ人生は長いのだから。


 私がラドミラに背を向けると、優しい声で私の名前を呼んだ。


「セリア」

「何よ」


 顔だけ振り向かせると、ラドミラが作った優しい目元と目が合った。

 ラドミラは出会ってから一番の微笑みを見せると、口を開いた。


「幸せになりなさい」


 その言葉に私の胸は熱くなり、最近出すことも減った大声を上げた。


「分かったわ!」


 自然に頬が綻ぶと、私はそのまま勢い良く扉を開けた。

 振り向くことはしないまま、ラドミラの元から去った。


 もし、全てが終わったら。

 その時は貴方のおかげで幸せになれたと。

 ちゃんと伝えに来よう。




 --------アルベル--------


 海竜の騒ぎから少し綺麗になった町の外で、俺はセリアを待ちながら話していた。


「なぁ、ほんとにいいのかよ。俺達、別に他にやることないんだぜ」


 俺が何度言っても引き下がろうとしない男はレオンだった。

 南へ向かう俺達に、トライアルは一緒についていくと言ったのだが。


「皆は今まで俺を巻き込んだと思って動いてくれてたのにさ。

 本当は巻き込んだのは俺だったなんて、申し訳なさすぎるよ」


 俺の心はその言葉の通りだった。

 予見の霊人の導きは俺とルクスの迷宮に挑ませる為のものだった。

 多分レオン達には他の道もあったのだろう。

 正直、かなりの罪悪感でいっぱいだ。


「そんな風に思ってないって、ただ助けれるところがあったら力になりたいだけだ。俺、結構お前のこと好きなんだぜ」


 そんな嬉しいことを言ってくれる。

 俺もレオンは好きだ。

 レオンを殴るとか言ってたけど、先に予見の霊人の言葉を聞いてよかった。

 もし殴っていたら、土下座して俺をぼこぼこに殴ってくれないと気が済まないところだった。

 もちろん、俺の拳は愛の鞭のつもりだったが。


「いいんだよ。レオン達の冒険もあるでしょ。

 皆の噂を聞くのを楽しみにしてるから」


 元はと言えばレオン達は何かを成し遂げるのが目的だ。

 俺達の目的にまで付き合うことはない。

 俺が微笑むと、レオンも嫌々だがようやく納得してくれたようだった。


「分かったよ……お前の耳に届くような事をするよ」


 そう言うとレオンは微笑みながら拳を突き出した。

 俺も少し恥ずかしい気持ちを隠し、右手で拳を合わせる。

 コツンと何か心地良い感覚が体に伝わると、レオンは拳を引いて言った。


「魔術大国に手紙を出したけど、セリアがお前を知らなかったってことしか書いてない。多分エル達心配するぜ」


 あぁ、そういえば言ってなかった。


「大丈夫だよ、エルは俺が生きてること知ってるから」

「「えっ!?」」


 俺の言葉に、黙っていたトライアルの全員も声を上げた。

 俺は黙って冒険者カードを見せる。


「ある日パーティからエルの名前が消えててさ。

 俺もパーティ解散したから、伝わってるはずだよ」


 俺が言うと納得したようで、レオンが少し考えて言った。


「それいつ頃の話だ?」

「えーと、転移してから三ヶ月ぐらい経ってからだったかな」

「まじか……多分エルも手紙を出してくれたんだろうな。

 絶妙にすれ違ってる。ルカルドに戻ってればな……」


 多分、ルカルドにレオン宛のエルの手紙が保管されているだろう。

 海竜王が移動したのは五ヶ月経ってからだし、一月ずれたか。

 しかし、俺を探すのにレオン達がルカルドに戻る訳もない。

 誰も責めれないし、責める奴もいないだろう、仕方ないことだ。


「直接顔を見せに行くよ、足には自信あるからね」


 エルとランドルがどんな移動手段を取ってるか分からないが。

 前と同じならエルの足を考えると魔術大国に着くのは大体今から八ヶ月後ぐらいだろう。

 

 ここから魔術大国は常人が歩けば一年半ぐらいだ。俺達なら時間をかなり縮めれるだろう。

 俺達が急げばコンラット大陸に渡ってくる二人を待つことができる。

 急がないとな……。



 俺がしばらくレオンと話し合っていると、待ち人が現れた。

 

 俺の大好きなセリアは軽快な足取りで歩いている。

 その表情を見るに、いい別れができたんだなと思う。


 俺と目が合うと、セリアはより一層微笑んだ。

 俺も軽く手を挙げて微笑み返す。

 

 セリアが俺に寄ってこようとするが、それは見覚えのある女性達によって遮られた。


「セリアー元気でねー」


「もし振られたら戻っておいで! 

 いや、やっぱり戻ってこないで!」


「旅の途中でもちゃんと水浴びするのよ!

 あの時みたいになったら引かれちゃうわよ!」


「ちょ、ちょっと!」


 各々の言い方で別れを告げながらセリアは揉みくちゃにされていた。

 色々と気になる発言はあるが、まぁいいだろう。

 それにしても彼女達はセリアの友達というより母親みたいだな。

 しかしセリアも嫌そうにしてないし、俺も微笑ましい。

 

 しばらく眺めていると満足したようで、セリアは開放された。

 やっと俺の元へ来るかと思ったが。


「セリアさん」


 ずっと目を瞑り腕を組んでいたニコラスがセリアを呼び止めた。

 セリアが戻ってくる前から俺も気になっていた。

 何か、決意のようなものを秘めた目をしていた。

 大体検討はつく。

 俺にとっては心苦しいが、これは邪魔をしてはいけない。

 彼が誠実な男なのは、あまり交流をしなかった俺にも分かっているから。


「ニコラス、わざわざありがとう」


 そう言って微笑むセリアは、気付いていないようだった。

 セリアは何故か自分に魅力がないと思い込んでいる。

 相手から、分かりやすい視線やアプローチがないと気付かない。

 俺はそんなところも好きなのだが、ニコラスは苦痛だろう。

 

 ニコラスはしばらくセリアを見つめると、堂々と言った。


「セリアさん、僕は貴方が好きです」


 その言葉にセリアは驚きの表情を作り、さすがに理解した。

 ニコラスの真剣な気持ちの言葉が、伝わらないわけがない。

 セリアの友人達も騒ぐことはせず、黙って見守っていた。

 そしてセリアは動揺しながらも言った。


「そう、なの……今までごめんなさい……」


 その言葉に二つの意味が篭められているのは全員分かった。

 今まで気付かなくて申し訳ない気持ち。

 ニコラスの想いを受け入れられないこと。

 

 そんなこと分かっているようで、ニコラスは薄い微笑みを作った。


「分かってます。気持ちを伝えた僕が言えることではありませんが、気にしないでください」


 それだけ言うと、ニコラスはセリアから離れた。

 離れたが、セリアの横を通って俺の前に立った。

 その顔は真剣で、美形の顔も恐いと思ってしまうほどだった。


「アルベルさん」

「はい」


 真剣には、俺も本気で答える。


「僕と立ち合ってもらえませんか」


 やはり、そうなるか。

 俺の頭の中に浮かんでいるのは二つのことだが。

 この男はそこら辺の奴と違って誠実な男だ。

 多分、俺の思っている通りだろう。

 しかし、一応確認はする。


「セリアは勝った方のものだ、みたいな話ですか?」

「いえ、違います。そうですね、僕の気持ちの整理でしょうか」

「分かりました」

「ありがとうございます」


 もし勝ったらセリアを寄こせと言われていたら。

 俺はレイラに力を借りず一人で戦っただろう。

 好きな女の子の取り合い、男同士の勝負に自分以外の力は借りない。

 もちろんこれは、自分の剣術に自信があるから思うことだが。


 でも、今のニコラスの気持ちはそうではない。

 俺のことを、自分よりセリアを守るのに相応しいのか納得したいのだ。

 セリアが惚れた男の強さを見たいのだろう。

 なら、俺は実際セリアを守る時の全力で相手するのが礼儀だ。

 

 俺達は少し距離を取る。


 しばらくの間の後、ニコラスが闘気を纏った。

 周囲を包むように青い闘気が揺らいでいる。

 間違いなく、巨大な闘気だ。

 俺とセリアの闘気とそんなに変わらないだろう。

 まだ若いのに雷帝の肩書きを持っているだけはある。


 ニコラスが剣を抜いて構えると、俺も口を開いた。


「レイラ」

『うん』


 俺の心臓に白い燐光が舞い、融合する。

 俺は引き出しを開けると、白く発光した。


 ニコラスの闘気を包み込むように俺の精闘気が空間を包み込んだ。

 レオン達やセリアの友達が驚きの声を上げる中、ニコラスだけは違った。

 一切動じることなく、俺から視線を逸らさない。


 俺が鳴神を抜くと、勝負が始まった。


 雷鳴流は速さと力で強引に捻じ伏せるように剣を振る。

 ルクスの迷宮で楽しむように剣を振っていたライニールとは違う。


 ニコラスは当然のように踏み込むと、鋭い剣を横から一閃、薙ぎ払った。


 速い――。


 しかし、ライニールには劣る。

 あのライニールの剣は、雷鳴流の究極だった。


 俺はニコラスの斬撃を下段から斬り上げ、弾き飛ばした。

 打ち合いになれば闘気の差で絶対に力勝ちする。


 ニコラスの剣は腕ごと跳ね上がる。

 その瞬間、俺は隙ができたニコラスの首元に容赦なく鳴神を突きつける。

 俺の剣先はニコラスの首の皮に触れるか触れないかの距離で止まった。


 その体勢で数秒経つと、俺は鳴神を引いて鞘に戻した。


 たった一合の打ち合いだったが、ニコラスの額は汗に濡れていた。

 その汗が頬を伝い流れると、納得したように頷き、剣を収めた。


 俺は口を開き、真剣な声色を出した。


「セリアは俺が守ります」

「はい。僕も吹っ切れました。貴方以上に適役はいないでしょう」


 そう言って薄く笑うニコラスだが。

 吹っ切れているわけがないのは俺には分かる。

 その程度の想いじゃないのを知っているから、真剣に向き合った。

 でも、ニコラスの苦しみは少しでも軽くなっただろうか。

 もしそうなら俺も救われる。


 こんな素敵な女の子を俺が独占しているのだ。

 もし俺が反対の立場だと思うとぞっとする。

 しかし、誰にも渡すつもりはない。


 俺達が少し目で会話していると、セリアが近付いてきた。


「ニコラス、貴方には感謝してるわ。本当よ。でも……」

「全て分かってます。お幸せに」


 ニコラスが俺達に言うと、背を向けて歩き出した。

 セリアとしばらく去っていく背を眺めると、お互い向き合った。

 すぐにセリアが口を開く。


「私はアルが好きなの。一生よ」

「分かってるよ、俺もだから」


 セリアのサラサラの髪を軽く撫でると、セリアは心地良さそうに瞳を閉じた。

 自然と唇を近づけようとするが。


「おい! 早くしろ!」


 クリストが声を上げながら近付いてきた。

 こいつは空気を読めないのか。


「クリスト、さすがに酷いよ」


「最初は微笑ましかったけど、お前ら一回別の世界に行くと帰ってこねーんだもん。お前が急いで旅を進めたいって言ったんだぞ」


「それはそうだけど……」


 俺がセリアを見ると、セリアは恥ずかしそうに少し下を向いた。

 もう壊されたムードは修復できない。


「分かったよ、行こうか」

「おう」


 歩き出すと、俺の指先に何か触れる感覚があった。

 驚き足を止めると、セリアの左手が俺の右手を捕まえていた。

 俺は嬉しくなってセリアの顔を見ると、頬を赤く染めて前を向いていた。

 結ばれたというのに初々しいセリアが可愛くて、俺は手を握り返すと歩き始めた。


「ふふ。師匠、良かったですね」


 俺達の手を見て微笑んでいるフィオレ。

 ちょっと恥ずかしいな。


「アルベル、絶対また会うぞ」

「もちろん、楽しみにしてるよ」


 トライアルに別れを告げると、俺達は皆に背を向けて歩き出した。

 手から伝わるセリアの熱が、俺の足取りを軽くした。


 次はエルとランドルだ。

 早く顔を見せて安心させてやりたい。

 俺は二人と再会できた時のことを想像しながら。

 

 心地良い熱と共に旅立った。

 

明日に間話を更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更言うことでも無いのかもしれないけど、女の子を賭けた決闘こそ何がなんでも勝ちに行くべきでは、、、?よくありがちな展開だけど恋は景品じゃないんだし
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