第五十六話「休日」
ラドミラから話を聞いた次の日の早朝。
着替え終わったセリアが気付いたように言ったのがきっかけだった。
「アル、アスライさんからもらった剣はどうしたの?」
机に置かれた俺の鳴神とセリアの剣を見て不思議そうにしていた。
俺は少し苦い顔をしてしまう。
「折れちゃったんだ。迷宮のボスとの戦いでさ」
「あ……そういえばレオンが言ってたわね……」
セリアは嫌なことを思い出したのか、少し下を向いてしまった。
レオンはボス部屋のことも詳しく話したんだろうか。
白桜が折れたのは俺も悲しかったが、セリアまで暗くさせる必要はないだろう。
「セリアのくれた剣がなかったら勝てなかったよ」
まぁ、勝敗的には相打ちだが、俺は今生きているしいいだろう。
俺が安心させるように言うと、セリアは少し優しい表情を作った。
「ちゃんとアルを守ってくれたのね」
そう言って、セリアからすれば母の形見の剣を大事な物を見るように眺めていた。
俺はふと思った。
「セリアが持ってた方がいいんじゃない?」
俺はもう十分助けられたし、セリアとも再会できた。
これからはセリアと離れることもないだろう。
この剣は、元はといえばセリアの大事な剣なのだ。
しかし、セリアは首を軽く横に振った。
「ううん、アルに持っててほしいの。
それに私、もう腰に二刀掛けてるしね」
「そっか、大事に使わせてもらうよ」
セリアは満足そうに微笑むと、次は鳴神を手に取った。
俺も当たり前のように使っていたが、さすがに気になるだろう。
「迷宮のボスが使ってたんだ。鳴神っていって、
セリアの風鬼と同じ作者だってクリストが言ってたよ」
そう言うとセリアは自分の風鬼を見て少し嬉しそうにしていた。
俺も同じだ、セリアが使っている剣と同じ人が作った剣だと思うと嬉しい。
しかし、セリアはすぐに気付いたように言った。
「ボスが剣を使ってたの?」
不思議そうに首を傾げているセリアに、あれ? と思う。
確かに俺も話してなかったが、さっきの話の限りレオンが詳しく話したのだと思っていた。
もしかしたらレオンのことだし、セリアを気遣って話したのかな。
「ちゃんと人の姿をした剣士だったよ。
初代雷帝とか言ってて超強かったよ」
俺が言うと、セリアはさすがに驚いたようで表情を変えた。
俺も実際見るまで闘気を纏う魔物だと思ってたしな……。
「どうやって倒したの? 確かアル、不思議な闘気使ってたけど……」
俺の体を興味深そうに見るセリア。
そういえば何の説明もしてなかった。
レイラも、最初はお喋りだったと思ってたけど、最初だけだった。
俺が話しかけるか自分の興味の持ったことがない限り話しかけてくることがない。
そして、レイラが興味を持つ話題はほとんどない。
「精霊と闘気が融合した精闘気って呼ばれてる闘気を使えるようになったんだ」
「え? アルって精霊使いだったの?」
「父さんが精霊にお願いしてくれたみたいでね、レイラって言うんだよ。ドラゴ大陸で色々あって見えるようになったんだ」
そう言ってちらりと胸元をはだけて左胸に刻まれた紋章を見せる。
もう見慣れているだろうにセリアは少しだけ顔を赤くした。
『呼んだ?』
少し眠そうな声でレイラが言う。
俺もレイラを認識できるようになって驚いたのだが、精霊も寝るらしい。
本人から聞いたら別に睡眠を取る必要はないらしいが。
「セリアに紹介してなかったと思ってさ、まぁ見えないんだけど」
『そう。セリア、よろしくね』
そう言ってレイラはセリアの周囲を飛び回り始めた。
当然セリアが気付くことはないが。
「今セリアの周りを飛んでるよ、よろしくだって」
「そうなの? よろしくね」
セリアはあまり気にした様子もなく、周囲をちらちら見ながら言った。
さすがセリアだ。俺と違って全然動じないな。
しばらくセリアとくっついて和んでいると、ノックと共に扉が開いた。
休日だと言っていたのに、クリストが来たんだろうか。
そう思ったが、すぐに違うのが分かった。
キャッキャと高い声を上げながら数人の女性が部屋に踏み込んできた。
その足取りはまるで我が家のようだ。
もしかして、セリアの友達だろうか。
いや、セリアとは全然毛色の違う人種に見える。
セリアがあの輪に入ってキャッキャしてるのは想像できないが……。
「セリア~、噂になってるよ。男できたんだって?」
「海竜との戦いの後、いちゃついてるの見たって言う子がいてさ!」
呆然としている俺を無視して、女性達はセリアに詰め寄っていた。
セリアに語りかける雰囲気は和やかで、親しそうだった。
「何よ、悪いの?」
しかし、セリアの態度は普段通りのセリアだった。
棘があるような言い方にも聞こえるが、女性達は一切気にした様子はない。
「悪くないよ! むしろ良すぎるー!
セリアはニコラスとくっつくと思ってたんだもん!
私達にもチャンスが回ってきたーって感じ」
「そんな訳ないじゃない」
ハイテンションで皆、変な祝い方をしていた。
ニコラスってあの美形の青年だろうか……。
セリアは否定してくれているが、少し複雑だ。
俺が苦笑いすると、やっと俺に気付いたように彼女達は視線を向けた。
いや、今まで目に入ってなかったのかよ……。
「この人でしょ? 一人で海竜の群れ倒してたよね!
皆の命の恩人だし、セリアじゃなくても惚れちゃうよねー」
「ダメよ、アルは私のなんだから」
相変わらず言葉足らずだが嬉しいぜ。
少しにやついていると、一人の女性が顔を近づけてきた。
近い……さすがに少し慌ててしまう。
「ちょっと! 何する気よ!」
「うん、まぁ格好良いけど、やっぱりニコラスには勝てないわね」
あんな美形と比べられても……。
というか、さすがに俺も傷付くぞ。
「何よ、アルの方が素敵じゃない」
俺の顔を見てそう言ってくれるセリア。
本心からそう思ってくれているように感じる。
うん、俺はセリアにだけ好かれていればいいのだ。
「セリアはちょっとずれてるからねー。
アルさんって言うの? 凄く強いのに聞いたことないね」
不思議だねーとか顔を見合わせて皆で言っているが。
セリアの友達に見えるし、自己紹介くらいしておいた方がいいか。
俺は空気に飲まれてだんまりだったが、口を開いた。
「俺はアルベルです。よろしくお願いしますね」
久々に目上の人以外で敬語を使った気がする。
セリアの友達に行儀の悪い男だと思われたくないのだ。
「アルベルって、ルクスの迷宮攻略した人?」
「えー死んだって聞いたよー」
やっぱりコンラットのここまで噂は広まってるのか。
いや、イーデン港が結構前に開いてたから当然か。
あまり、死んでいるという噂は広まってほしくない……。
「死んでませんよ、生きてることを広めてもらえると嬉しいです」
俺が軽く微笑んで言うと、女性達はまた騒ぎ始めた。
何なのだ……。
「きゃー! 有名人じゃない! 握手してください!」
そう言って手を差し出される。
俺も何も考えず困惑したままとにかくその手を軽く握るが。
それだけで収まらず、女性達は俺の肩や腕をぽんぽん触り始めた。
な、何だ……。
「わぁ、細身に見えるけど凄く逞しいわね……」
筋肉を褒められるのは嫌な気はしないが、固まってしまう。
知らない女性に触られるのはやはり慣れない……。
俺が困っていると、セリアが痺れを切らしたように乱暴に女性を引き剥がした。
「貴方達! 触りすぎよ!」
「えー、ちょっとくらいいいでしょー」
「ちょっとじゃないから文句言ってるのよ」
一歩も引かないセリアに、女性達も諦めた仕草を見せる。
結構セリアって独占欲強いのかな。
いや、逆に何も言われないのもどうかと思うけど。
というか、俺もさすがにこういう時きょどる癖を直さないと男として情けないな……。
しかし、普段凛としているセリアがこういう事を言うのは可愛い。
俺としては嬉しいだけだ。
「はぁ……分かったよ。セリア、ちゃんと町を出る日が決まったら伝えてよね。見送りに行くから」
「分かってるわよ。ちゃんと言うから」
「後、ニコラスとちゃんと話してあげなさいよ」
「え? 言われなくてもちゃんと伝えるわよ」
「意味が違うのよねぇ、セリアはこれだから……アルベルさんも大変でしょう」
「いえ、そんなところも好きですから」
まぁ、セリアは理解していないようだが。
正直ここに来て初めてニコラスを見た時に分かっていた。
明らかにセリアのことが好きだったよな……。
俺の返答に女性達は、へぇーと満足すると、別れを告げて帰っていった。
賑やかだった家の中が途端に二人だけの空間になる。
しばしの無言の中、セリアが言った。
「アル、私っておかしいの?」
少し不安そうに横で俺を見上げるセリア。
上目遣いで可愛すぎるが、俺は真面目に返す。
「ちょっと変わってるかもしれないね」
「そうなの……」
悲しそうに下を向いてしまうセリアだが。
俺はそういう意味で言ったわけじゃない。
俺はセリアの綺麗な髪を撫でながら言った。
「その変わってるところも俺は大好きなんだよ」
俺が優しい声色を出すと、セリアも柔らかい表情になった。
俺の肩に、セリアが甘えるように頭を乗せる。
セリアは二人でいる時は本当に普通の女の子だ。
「それなら、大丈夫ね……」
セリアから伝わる感触と体温は心地よく、そのままの体勢で時間が過ぎていった。
しばらく経つと、俺とセリアは町を歩いていた。
目的は買い物だ、コートは気に入ってるし俺の背丈にぴったりになっている。
気に食わないところといえばクリストとお揃いであることだけだ。
中に着込んでいる服は、さすがにこれ以上着ていくのは難しいだろう。
そしてセリアに案内されて歩く中、思い出してしまった。
「そういえばクリストにお金全部渡してたんだった。今宿にいるかなぁ……」
俺の所持していた金貨は全てクリストの手の中だ。
さすがにクリストの適当な使い方でもすぐ無くなる金額ではないが、心配だ。
買い物にも必要だし、取りに行こうと思ったのだが。
「私が出せばいいじゃない」
「え? 女の子に出してもらうのは情けなくないかな……」
「何でそんな事言うのよ、もう私達のお金なんて一緒の物でしょ」
再会してから初めて俺に怒ったように言うセリアに、俺はふと考える。
何故だろうか、俺は恋人感覚だったが。
セリアの言葉はまるで夫婦のような言い方だ。
今思えば、それが当然のことなのではないだろうか。
セリアは形式なんて気にしないだろうが、しっかり言ったほうがいいのではないか。
俺は生涯セリア以外と共にする気もないし。
いや、でもそれは。
もう少し旅が落ち着いたら、その時に伝えようじゃないか。
急ぎの旅の間に適当に言っていいものじゃない気がする。
そう思っていると。
「アル? どうしたの?」
気付けば足を止めてしまっていたらしい。
セリアが不思議そうな顔で俺を見ていた。
「い、いや! セリアの言う通りだったよ。行こうか!」
取り繕うように言うと、再びセリアの横に並んで歩き始めた。
その時が来たらセリアは喜んでくれるだろうか。
セリアの顔を想像すると、自然に笑みが浮かんだ。
セリアの案内で店に入ると、結構上品な服が並んでいた。
ドラゴ大陸と違ってちゃんと人が着る前提の服だ。当然だ。
やはり大陸ごとに流行は違うのか、カルバジア大陸ではあまり見ないデザインが多い。
セリアの服も白と青の色合いは昔と変わらないが、昔のとは少し違うしな。
この世界では昔と違って色んな服を何着も持っていたりしない。
拠点があれば別だが、俺達は旅をする身だ。
しばらく着続けることになるので慎重になるのだ。
俺がじっくり見ようと思っていると、セリアが俺の手を引っ張った。
「前からアルの着てたのに似てるなって思ってたの!」
そう言って手に掛けた服は、赤茶色の剣士服だった。
シンプルなデザインだが、細部に小さい宝石のような装飾が縫い合わされている。
確かに細部を見れば違うが、ぱっと見はエリシアにもらった服に似てるな。
サイズも今の俺の体にフィットしそうだし、直してもらう必要もない。
セリアもこれを着てほしそうだし、迷うことはないか。
「うん、これにするよ」
「そう! 待ってて!」
それだけ言うと、セリアは代金を払いに店主の元へ向かった。
いくらするんだろうか、一瞬セリアの財布を心配するが。
セリアはラドミラの護衛をしてたみたいだし、冒険者の時に竜もかなり狩ってたらしいしな。
結構貯えはありそうだし大丈夫か。
何より、セリアが凄く嬉しそうだ。
俺の服ぐらいでこんなに喜んでくれるのは俺としても微笑ましい。
俺は満足気に服を抱えるセリアと共に店を出た。
家に帰ると、さっそく新しい服に着替えた。
相変わらず左腕がないのは情けないが。
前の自分が戻ってきたようで、懐かしい気持ちになった。
「アル! 素敵ね!」
セリアも少し頬を赤く染めながら満足している。
ここまで喜んでもらえるとさすがに照れるな。
「喜んでもらえて良かったよ」
二人で満足すると、家の中でゆっくりと過ごした。
セリアと談笑していると、すっかり日が暮れてしまった。
昔のセリアはあまり話さない方だったが、お互い六年振りということもあって話は尽きない。
そして、もちろん夕食を取るのだが。
俺は料理なんてできない。
そして、セリアも料理にチャレンジしたことなんてないようだった。
確かにセリアが料理を作っているところなんて想像できない。
恋人の手料理を食べてみたい気もするが、別にいいだろう。
セリアは剣士でいいのだ。
どこへ食べに行こうか、なんて話をしていた時。
ノックもなしに扉が開いて来客が現れた。
と思ったが。
「よう! 休みは満喫してるか」
そんなことを言いながらクリストが俺達の神聖な空間に踏み込んできた。
いやまぁ、別にいいんだけどね。
その後ろからフィオレも何か荷物を抱えて入ってくる。
「充実してるよ、どうしたの?」
「いや、フィオレがどうしてもってなぁ」
そう言って皆でフィオレを見るが、フィオレにしては珍しく堂々と言い放った。
「ドラゴ大陸の旅では調理道具もありませんでしたから!
私がしっかり料理できる事をお見せします!」
威勢がいいフィオレに、俺は心配だったが。
何も知らないセリアが丁度良かったわね、なんて言っている。
まぁ、ここでは毒草が混ざることなんてないだろう……。
俺が何も言わずに頷くと、調理は始まった。
一時間後――
テーブルには温かい料理が並んでいた。
見た目は美味しそうで、文句のつけようもない。
調理中にクリストがどこからか持ってきた椅子に皆で座り、食卓を囲んでいた。
「後で、片付けますから……」
「そうね……」
辺りを見回すと、フィオレが持ってきた皿の破片が散らばっている。
家に備え付けられていた家具も、破損している部分がある。
もはやどうやって壊したのか分からない。
さすがのセリアも少し冷や汗を流していた。
俺はスプーンで野菜のスープをすくい、口に入れる。
うん、味は文句のつけようがない。
「料理は美味しいよ!」
「そ、そうですか! 良かったです」
俺の言葉がきっかけに、皆も美味いと言いながら食べ始めた。
その様子にフィオレも少しずつ砕けた心を修復していったようだった。
食事しながら休日の話していると、クリストは休んでいなかったらしい。
むしろ、働いていたそうだ。
思えば当たり前だ。海竜の群れの死体はとんでもないことになっている。
できる限り素材を剥いで、燃やしていたらしい。
クリストは竜を運べる程の力を持っているし重宝されただろう。
何も考えていなかったが、俺も手伝ったほうが良かったと少し罪悪感だった。
お金は相変わらずいらないと言ったらしいが。
なかなか海域から出ない海竜の素材は貴重で、炎竜より高額で取引されるそうな。
特に魔石だ、竜の種類の魔石によって魔術の属性の相性もあるらしい。
海竜の魔石は水属性が増幅するらしく、水に特化した魔術師は喉から手が出る程欲しいらしい。
話を聞くまで全然知らなかった、エルの杖の魔石は赤いし炎竜から取れた石なのかな。
思えばエルは火魔術を多用してたかな、事あるごとにランドルも燃やそうとしてたし……。
エルと再会できたらまた聞いてみるか。
そして話を戻すと、海竜の死体の数は数百体だ。
さすがにほとんど俺が倒したということもあって、いくらかもらうことになったらしい。
その金額だが、聞いた瞬間俺は食事の手を止めてしまった。
聞き間違えだろうか。
「も、もう一度言ってくれるかな」
「金貨千枚だって、これでも少ないらしい。
取引前に渡せる金額はこれが限度だってさ。
さすがに商売が終わるまで待ってる訳にもいかないしな」
クリストが色々説明しているが、頭に入ってこない。
金貨千枚って……前世の大体計算で一億円だぞ。
海竜一匹が金貨三十枚ぐらいらしいから、そう考えると確かに一部だ。
竜の鱗で作られた武具も相当値が張るのは知ってるしな。
それでも、俺がそんな大金手にしていいのだろうか。
横のセリアも、さすがに驚きの顔で固まっているぞ。
フィオレはあまり価値が分かっていないようで気にしてなさそうだ。
「一生遊んで暮らせるね……」
「おう、もう金の心配は一切しなくていいし良かったじゃん」
まぁ確かに、金を稼ぐより腕を磨きたいしな。
もう金稼ぎに竜を狩っても剣術の腕はあまり向上しないだろうし。
というか、本来の目的の話もしなければ。
「南に行くのは変わらないけど、災厄はいいのかな。
思えば災厄を倒す目的なのに放ったらかしにしてるけど」
「どうせ力をつけるまでしばらく出てこないさ。
今回の海竜の攻撃も失敗したしな。
魔竜から始まって敗北続きで絶対びびってるぜ」
ちょっと楽しそうにクリストは言っているが。
あれ以上強くなられたらやばい気がする。
しかし、隠れている災厄を倒しにいけないのも事実だ。
予見の霊人も南に行けと言っていたし問題ないのだろうか。
それより、気になってたことがある。
「海竜の群れが全員俺に集中したんだけどさ、もしかして災厄って魔物を通して遠くが見えたりするの?」
俺の言葉に、クリストが少し考える仕草を見せる。
思えば魔竜は目が悪かったみたいだし、そう考えればおかしいことじゃない。
クリストは答えを知っているわけではなさそうだが、言った。
「多分、見えるんだろうな。そうじゃないと色々と辻褄が合わない部分もある」
「もう俺達の居場所ばれちゃったし、まずいんじゃないかな……」
「いや、俺達というよりは……」
そう言ってクリストはセリアを一瞬見た気がする。
すぐに逸らしたが、セリアも視線に気付いたようだった。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
クリストは話を無理やり切ると、また食事を始めた。
クリストが何か心配しているのは分かるが、俺の知りえない事のような気がする。
追求しても教えてくれなさそうだ。
とりあえず、海竜を絶滅させたかは分からないが恐らく多くの海竜は葬っただろう。
またあの大群が俺達が去った後に襲い掛かってくる可能性は低いだろうが、魔物なんていくらでもいる。
俺達の手の届かない所から襲われていったらどうしようもないが……。
いや、こればっかりは考えてもどうしようもないことか。
そしてもう一つ疑念があった。
「海竜王は何でいなかったんだろうね」
少し、いや結構気になっていた疑問だった。
さすがに何千年も生きている竜がいたらどうなってたか分からない。
「災厄は多分まだドラゴ大陸にいるんだろうな。
竜王は遠くから操れるような存在じゃないさ。
今回のことでしばらくまた次の手を考えるだろうが、
あいつの弱点は頭が悪いことだ、深読みするとこっちがおかしくなるぞ」
確かに、一度対面したことで頭が悪いのは理解している。
敵の俺の疑問にすらすら答えてくれたしな。
うーん、今はラドミラの言葉を信じてエルとランドルとの合流を一番に考えるか。
それにしても一番災厄に執着していたクリストは余裕そうだな。
「クリスト意外と余裕そうだね」
「あぁ、一番心配してたのは災厄がお前が死ぬまで違う空間から出てこないことだったからな。でも、予見の霊人の言葉が本当ならちゃんと戦えるんだろう」
確かにそう言われると戦えないのが一番やばいのか。
多分、闇の精霊の作った空間は時間が止まっているのかもしれない。
五年ぶりに見たイゴルさんは少し老けていただけで、あまり歳を取ったように感じられなかった。
災厄に関しては考えてもキリがないな。
「そっか、もうあんまり考えないことにするよ」
「おう、お前らは強くなることだけ考えてればいい。それが一番大事な事だからな」
クリストの言葉には、セリアも入っているようだった。
当然か、精闘気が使えなくともセリアは最強の剣士になれる素質を秘めている。
俺の場合は精闘気が反則なだけだしな。
「うん、頑張ろうね」
俺がセリアを見て微笑むと、セリアも微笑みを返して頷いた。
セリアがいれば、俺は無限に強くなれる気さえする。
きっと、セリアもそう思ってくれているはずだ。
何も言わずとも想いが伝わったようで、俺達は食事を続けた。
そこから数日の間ゆっくり過ごし、旅の準備を整えた。
そして、マールロッタを旅立つ日がやってくる。
明日の話と間話で六章は終わりです。




