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第五話「稽古と歴史と闘気」


 剣術の稽古をつけてもらう約束をしてから三日が経った。

 

 いよいよ今日から剣術の稽古が始まる。

 俺の普段から起きている時間は早い。

 なのでいつもより早起きしないといけないということはない。

 俺はいち早く朝食を済まし、ドキドキとイゴルさんが来るのを待っていた。

 朝に弱いエルは未だにうとうとしながらゆっくり朝食を食べているが。


 エルが朝食を食べ終えた頃、玄関の扉がコンコンと鳴った。


 イゴルさんしかいないだろう、俺は玄関に駆け足で駆けて行く。

 あらあらぁと言うエリシアの声を置き去りにして扉を開けた。

 わかっていたがイゴルさんが立っていた。

 朝早くというのに爽やかながらも凛々しい表情で佇んでいた。


「おはようございます! 今日からよろしくお願いします!」


 俺は元気よく挨拶すると、イゴルさんは微笑んだ。


「おう、やる気は十分みたいだな!」


 俺の元気のよさに満足しているようだった。

 もちろん気合が入っている。

 なんせ今日からやっと俺の異世界らしい生活が幕を開けるのだ!

 少し遅れて後ろからとてとてと足音がして、エリシアとエルとルルもやってきて四人の挨拶が終わると。


「よし! じゃあいくか!」


 と俺の肩をばんと叩いた。


 はい! と元気よく声を上げて扉から離れるとエルもついてきた。

 わかっていたがやはり俺と一緒にくるらしい。

 俺以外もそれが当たり前のように何も気にしていないようだった。

 多分ずっと見てるだけになるエルは退屈になるだろうが大丈夫だろうか。


 横のエルから視線を離し後ろを見るとエリシアが心配そうな顔で俺を見ていた。

 また出かける前に、もし怪我したらーとか過保護発言を並べ立てられるんだろう、全然嫌じゃないが。

 しかし想像とは裏腹に、エリシアは少し微笑むと。


「アル、がんばりなさいー」


 と言って手を振っていた。

 正直予想外だ、普通の家庭からすれば全然普通のことなんだろうけど。

 エリシアも少しずつ変わってきているんだろうか。

 少し寂しい気持ちもあるが、俺の気持ちを尊重してくれているのが伝わる。

 俺も大きく手を上げて振ると。


「うん! いってきます!」


 と言って三人で歩きだした。




 少し歩いて自分の家が見えなくなった時。


「よし、ここから稽古を始めよう」


 イゴルさんが突然言い出した。

 こんな道のど真ん中で何を言っているのだろうか。

 はい? と俺が聞き返すと同時に。


「エル、きなさい」


 と言ってエルに背を向けて屈んだ。

 これは……見覚えがあるぞ、つい三日前に。嫌な既視感だ。

 エルも分かったのか、嬉しそうにえいっとイゴルさんの背中に飛び乗る。

 そしてイゴルさんはひょいっと立ち上がった。


「まずは体力だ! 走るぞ!」


 やっぱりそうっすよね……。




 セリアの家に着くころには俺は三日前と同じ場所で尻から崩れていた。

 エルはやはりジェットコースターを堪能したのか。

 嬉しそうにイゴルさんの背中から降りていた。

 俺は相変わらず肩を上下させながら必死に酸素を取り入れていた。

 そんな俺を見下ろしながらイゴルさんは笑っていた。


「驚いたな! 闘気を纏ってないのにそれだけ速かったら十分だ!」


 だから闘気ってなんだよ!

 はぁはぁと息を吸って吐いてを繰り返して聞き返すこともできない。


「でもまだまだ体力がないな、しばらくは体力作りからだな」


 う……ずっと走らさせるんだろうか……。

 剣術を習う上で体力がないとダメだというのはさすがの俺でもわかるが。

 俺としてはずっと剣を振ってたいな……。

 未だ座り込みながら顔を上げると。


 少し離れた所で美しい少女が剣を振っていた。

 剣を振る度に、肩で切り揃えられた綺麗な金髪が揺れている。

 背筋をピンと伸ばし、姿勢のいい格好で剣を振っている。

 額から滴る汗もなんだか煌いて見える。

 とてつもない集中力だ。

 こっちに気付く様子もなく、セリアは一心不乱に剣を振っていた。


 しばらく見惚れていると。


「セリアー! 戻ったぞー!」


 イゴルさんがセリアに向かって声を上げる。

 ようやく気付いたようにセリアがこっちに顔を向ける。

 手馴れた手つきで腰に掛かっている鞘にスッと剣を戻し、こっちに駆けてきた。

 あの剣も俺じゃ持つだけで精一杯の重量だろう。

 エルに至っては持ち上げれないだろう。

 ほんとセリアの体はどうなっているんだろうか。


 ちらほらと話に出ている闘気という存在が怪しいな。

 後で聞いてみよう。


「アル! エル! 来たわね!」


 いつも通りのよく通る大きい声で言った。

 町のはずれの家があまり建っていないここ以外じゃこんな早朝にこんな声を上げていたら完全に近所迷惑だ。

 剣と剣を合わせる音も結構な騒音だろうし。

 だからこんなところに住んでいるんだろうな。


 おはようセリアと挨拶を返す時には息も整っていた。


「よし始めるか。と言いたい所だがまずは説明しないといけないことがある」


 イゴルさんがあまり見せない真面目な表情で語り始めた。


「流派の話だ、とりあえず有名な三つの流派の説明をしよう」


 そうか、一応本で軽く知っているが。

 詳しい話はやはりイゴルさんから聞くのがいいだろう。

 俺達は三人で横並びになると、イゴルさんの座学が始まった。


 この世界には数多くの流派が存在するが。

 最もメジャーなのはやはり三大流派らしい。

 剣士の九割がこの三つの流派に属していると言われるほどだそうだ。


 一つ目は雷鳴流。

 

 速さと力を追求した流派で、先手を取って攻撃する。

 相手を強引に捻じ伏せる技が多いようだ。

 コンラット大陸に道場が多く、俺のいるカルバジア大陸では雷鳴流の使い手は少ないらしい。


 二つ目は流水流


 相手の攻撃を受け流すことに特化した技が多い。

 基本的に受け流し、カウンターで攻撃する。

 カルバジア大陸で一番の大国内に道場があるほどだそうだ。

 それもあって俺のいる大陸は流水流が多いとのことだ。


 三つ目は双剣流


 この流派は名前の通り二刀使いの剣士達だ。

 力技の雷鳴流とは正反対に、手数の多さが特徴だ。

 蹴り技も多く、体術も学ぶらしい。

 他の流派とは対照的に二つの大陸に平均的に道場がある。



 その流派の中で一番強い者は雷帝、流帝、双帝の肩書きで呼ばれるという。

 

 

 三つの説明を受けて、まず気になったのは俺が今から習う流派のことだ。

 セリアらしいと言えば雷鳴流だろうか?

 とりあえず聞いてみることにした。


「イゴルさんとセリアの流派は何なんですか?」


 聞くと、イゴルさんは少し困ったように頭をぼりぼりと掻くと説明を続けた。


「うむ。重要なのはここからだ」


 話によると、イゴルさんとセリアの流派は三つの流派ではないらしい。

 剣士の一割のほうに入るようだ。


 闘神流というらしい。


 まだ俺にはよく分からないが。

 闘気の使い方に重きを置き、剣と体術を融合させた流派だとのこと。

 およそ千年前の初代が神に近い闘気を持っていたといわれ闘神と呼ばれた。


 それはもう強かったらしい。


 本で読んだ、千年前に出現した災厄を討った英雄の中の一人。

 帰ってきた五人の中の一人らしいが。

 俺の読んだ本では闘神という単語は出てこなかった。

 なんで英雄とまで言われた流派がメジャーじゃないのかと不思議だが。

 悲しい話はここからだった。


 当時、闘神と呼ばれた人物は強かった、強かったが。

 

 闘神の遺伝子を受け継いだはずの跡継ぎはそうではなかった。

 そして闘神流の門下生も、芽が出なかった。

 もちろん闘神の子供は常人とは比べ物にならない類まれない剣の才能はあった。

 当時の闘神流の中では一番強かったが、闘神の称号は分不相応だった。


 雷帝、流帝、双帝が強さの純度を保つ中、闘神だけが見劣りしていった。


 初代闘神が亡くなってから二百年の年月が流れた頃。

 初代闘神の血はどんどん薄くなっていき、闘神流の門を叩く者も減っていった。


 そんな状況になっても、過去の栄光で四大流派と呼ばれていた闘神流を嫌っていた当時の雷帝が動いた。

 流帝、双帝の立会いの元、道場を賭けた一騎打ちの試合。

 闘神は勇んでその試合を受けた。

 

 結果、闘神は敗れた。

 

 道場は解体、門下生も散り散りになり、闘神の血を引く子孫は初代闘神から受け継がれてきた剣を持って旅立った。

 その後、剣術の四大流派は三大流派と言われるようになった。


 そこから更に数百年の年月が流れた頃。


 闘神流の名は人々の記憶から消えていた。

 そして闘神の血筋はひっそりと自らの子供にだけ、剣を伝えていった。

 

 ということはここにいるイゴルさんとセリアが、ということなんだろう。

 長い話を聞き終わった俺は質問を始めた。


「ってことはイゴルさんとセリアは英雄の血が流れてるんですか?」

「あぁ、そうなるな」


 何でもないようにイゴルさんは答えたが、結構凄いことじゃないだろうか。

 道場はなくなってしまっても、歴史に名を残す人物の子孫って。

 ほへーすげーと思っていると、イゴルさんは少し困ったように言った。


「つまりだ、アルに教える剣術は闘神流ということになる。

 今の話を聞いて、もし嫌になってたら言ってくれて構わない」


 つまりは俺がこんな廃れた剣術を習うのは嫌だ!

 と言うんじゃないかと心配しているのだろうか。

 俺としては別にメジャーな流派じゃなくても気にしない。

 何よりも、俺が憧れ、そうなりたいと思ったのはセリアを見たからだ。


 横にいるセリアの顔を見ると不安そうな顔で俺を見つめていた。

 いつものかっこいい剣士の顔ではない。

 俺はセリアに微笑みかけると、イゴルさんを見て言った。


「セリアと一緒がいいです! 教えてください!」


 迷いなく言うと、ぱぁーっとセリアの顔が明るくなる。

 セリアは可愛らしい笑顔でいっぱいになった。

 イゴルさんもそうかそうかと満足そうに頷いた。


「よし! じゃあ早速始めよう!」


 そう言って壁に立てられていた木刀を手に取るイゴルさんに、

 俺は「あの」といまいち理解できていないことを聞いた。


「ん?」

「そもそも闘気ってなんですか?」


 イゴルさんは、へ? といった顔。

 セリアから聞いてないの? みたいな感じでセリアを見る。

 セリアはあごを少し上げて、腕を組みながら大きく口を開けた。


「教えた覚えはないわ!」


 気持ちのいい早朝に、目覚ましのようにセリアの大声が辺りに響き渡っていた。





「闘気とは身体能力を飛躍的に上昇させるものだ。体を鍛えていると闘気を感じれるようになり、自然に纏うようになるだろう」


「それも魔力のように扱える量が決まっていたりするんですか?」


 イゴルさんと俺の質疑応答が始まっていた。


「いや、魔力とは正反対に鍛えれば鍛えるほど闘気の大きさは増えていく。自分で闘気が扱えるようになると人の纏う闘気も感じれるようになる」


 まるで某戦闘漫画のようだ。

 良かった、闘気に恵まれなくて剣士生活を断念することはないようだ。

 俺は質問を続ける。


「魔力切れのように使える限度って決まってるんですか?」

「いや、闘気は魔力と違っていくら使っても減らない」


 その言葉に無敵じゃん! と思うが、そういう訳でもなかった。


「闘気が巨大になればなるほど、纏う体に負荷が掛かる。自分の全開の闘気を纏える体を作る必要があるんだ」


「そうなんですか……負荷って例えばどんな?」


「そうだな、筋肉痛を酷くしたのを想像するといい。これはいまだに理由は解明されてないが、何故か治癒魔術で治らない。そして体に見合わない闘気を持っている者が全開で長時間戦うと、最悪死ぬだろう」


 その言葉にぞっとする。

 自分で加減を知らないで纏って死ぬなんて絶対に嫌だ。


「自分でこれ以上使ってはいけないっていう限界って分からないんですか?」


 俺のその言葉に、イゴルさんは難しそうな表情で乱暴に頭を掻いて言った。


「これが不思議なことに、闘気を纏っている間は痛みや負荷を感じないんだ。もちろん、斬られたり殴られたら痛いぞ。あくまで闘気の負荷に限ってだ。そして闘気を抑えてから激しい激痛に襲われる。それか纏ってる間に体の限界を超えて、気付いたら死んでる場合だな」


 そんな冒険者を何人か見たことがあると付け加えてイゴルさんは言った。


 俺の思っているより闘気は簡単に制御できるものじゃないらしい。

 自殺するなら楽に死ねる最強の自殺方法だな……。

 俺がそんな馬鹿なことを考えていると、その話は終わりイゴルさんは続けた。


「纏う闘気が巨大になれば、

 闘気が扱えない者にも目に見えて感じることができる」


 オーラのようなものが見えるんだろうか……。

 さすが異世界だ。

 もっと早く知っていたら俺も早くにアウトドアになっていたかもしれない。

 というか、すごく見てみたい。


「見てみたいです! イゴルさんの闘気は見れないんですか?」


 失礼を承知で聞いてみた。

 イゴルさんは表情を変えることもなく。


「よし、いいだろう。俺は全開にしてやっと見えるくらいのものだがな」


 そう言うとイゴルさんは目を瞑り、集中しはじめた。


 少ししてぞくっと背筋に震えが走った。

 視界の端でセリアとエルもびくっと一瞬動く。

 イゴルさんの全身を包むように青いオーラのようなものが漂っている。

 すごいなこれ、漫画の世界だな……ここ異世界だけど。

 凄い威圧感を感じる。


 ふぅ、とイゴルさんが息を付くと体に纏った闘気が消え、乾いた風が吹いた。

 いつか俺もこんな風になれるのだろうか、物凄くやる気が出てきたぞ。


「凄いです! かっこいい!」


 俺は感想をそのまま伝える、横で「お父さんはすごいのよ!」と前にも聞いたことのあるセリフも聞こえてくる。

 イゴルさんは凄い凄いと褒めちぎり踊りだしそうな俺を見るとフッと笑い。


「よせよ……照れるだろ。

 闘気を鍛えれば平凡な剣で鉄をも斬り裂けるようになるぞ」


 夢が広がる異世界生活!

 俺はいてもたってもいられず、イゴルさんの見よう見まねで目を瞑り、集中してみる。


 さっきのイゴルさんの闘気の感覚を思い出して自分の体を探ってみる。

 そういえば前世で、もしかして自分には特殊な力があるのでは……と。

 同じようなことをやったな、忘れたい黒歴史だ。

 前世で読み漁った数々の戦闘漫画を思い出せ……。

 体の至るところに意識をやり、何か感じれるものはないかと集中する。


 そんな俺を見たイゴルさんは俺が何をしているか察したらしく、笑っていた。


「お? ははは、アルは体を鍛えるのは今日からだしまだ早いだろうな!」


 せっかく集中していたのに少し意識が別のところにいってしまった。

 いいじゃないか。

 俺は剣の才能があると言われてからこの体に可能性を感じているのだ。

 イゴルさんの言葉を無視して、また体に意識を集中する。


 頭、腕、足、端のほうから順番に体の中心を目指して集中する。

 とにかく、さっき見た闘気を探す。

 周りの雑音は聞こえなくなっていた頃。

 左胸から異質な、俺の知らない異物なようなものをを感じた。

 心臓か? ドクドクと波打つ心臓に意識を集中させる、小さく何かが光っている。

 引き出しを開ける。

 そこから飛び出す光を、心臓から、血に、肉に、体全体を包みこむ。


「まぁアルなら一年も稽古すれば纏えるようになるかもな! ……ん?」


 もう音は聞こえていた。

 なんだろうか、体を覆う鎧のような、自分の体に威圧を感じる。

 横を見るとセリアがぽかーんと口を開けて放心している。

 

「え? まじ?」


 イゴルさんも二度目になるセリフを言っていた。

 すごいことなんだろうか、思ったより簡単にできたが。

 前世で読んだ漫画のイメージのおかげかもしれない。

 

「これできてますか?」


 一応自分の少し両手を広げて自分の体を見回しながら聞いてみる。

 イゴルさんは少し固まっていたが、すぐに覚醒して動き出した。


「あ、あぁ……驚いたな。

 普通は鍛えて自然に闘気を感じるようになるのを待つんだが……」


 今なら言っていることがなんとなくわかる。

 俺は隠れて眠っていた闘気を無理やり探して叩き起こした感覚だ。

 恐らく誰でも最初から闘気を持っているのだろう。

 普通は体を鍛えて自然と大きくなった闘気が、うっす! おら闘気! みたいに主張してくるんだろうか。

 多分イゴルさんに見本を見せてもらえなかったら見つけれなかった。


 やったぜ! と思っていたら急に両手が握られた。


「アル! すごいわ!」


 セリアが嬉しそうに俺の両手を握りながらぶんぶん振り回している。

 少女とはいえセリアのような可愛い子にいきなり手を握られるとドキっとしてしまう。


「イゴルさんが見せてくれたおかげだよ」


 そう言ってセリアを見て笑った。


「体力作りからだと思ってたが、闘気を纏えるなら順番変えないとなぁ」


 え? しばらくずっと走らされると思っていたのだが。

 違うメニューをさせてもらえるんだろうか。

 するとイゴルさんは木刀を手に取ると俺に渡してきた。


「握ってみな」


 言われた通り、前に教えてもらった握り方でぎゅっと握ってみる。

 するとバキッと音がして、握った所から綺麗に折れていた。

 闘気さん何者だよ、五歳児の握力じゃないぞ……。


「ほらな、しっかりコントロールできないと素振りもできないぞ」


 そういうことか……といってもどうすればいいんだろう。


「どうすればいいんでしょう?」

「剣にも闘気を纏わせないといけない。

 自分の体じゃないからちょっと難しいんだ」


 なるほど。

 理屈は分かる、指先を覆っている闘気と同じ量を送らないといけない。

 そうじゃないと握っている物、木刀なんかは簡単に壊れてしまう。

 当たり前のことだ。


「うーん……しばらく闘気は使わないほうがいいですか?

 握る手だけ覆わないようにしたり」


「闘神流は剣はもちろんだが闘気のコントロールこそ真髄だ、

 使えるなら制御できるようにするべきだ。

 後、それは剣術の稽古で絶対にするなよ。

 指に負荷がかかって骨が折れる」


「わかりました」


 さて、どうやって練習するんだろうか、木刀を壊しまくるわけにもいかんしな。

 と思っていたら少し離れていたセリアが手に収まるサイズくらいの石を持って俺に渡してきた。


「これで練習するといいわ!」


 なるほど、試しに握ってみるがさすがに砕けることはなさそうだ。

 きっとセリアも同じことをしてきたんだろう。

 セリアの通ってきた道を歩いていく感覚、悪くない。


「まぁ練習しながら俺とセリアの稽古を見ておくといい」


 そう言いながらイゴルさんとセリアは少し離れ、お互いの剣をぶつけ合った。

 

 すごいな、まるで踊っているようだ。

 基本的にセリアが攻め、イゴルさんがセリアの剣を捌いている。

 必死のセリアとは裏腹にイゴルさんはかなり余裕そうだ。

 流れるような攻防は今の俺では到底ついていけないスピードだ。

 あの中に放り込まれたら一秒で死ぬ自信がある。


 しばらく見た後、俺は地面に座り込み石に闘気を送る練習をする。

 しかし上手くいかない、体を覆うのは自分を形成する血と肉をイメージしたが、石を握っていてもなんともイメージし辛い。

 これはしばらくかかりそうだなぁと難儀していると、エルも横に座って俺の腕に自分の腕を絡ませてぎゅーっと力を入れてきた。

 エルよ、可愛いがお兄ちゃん集中できないぞ。


 お兄ちゃん集中してるからちょっと離して……と言おうとするが。

 エルの顔を見ると少し不機嫌そうな顔をしていた。

 何故だ、俺は何もしていないぞ。


「エル? どうしたの?」


 そう言うと静かに口を開く。


「お兄ちゃん、ちょっと硬くなった」


 闘気のせいだろうか、皮膚も硬くなるんだろうか……。

 将来、お前なんて指一本で十分だと言いながら相手の剣を指で止めている自分を想像する。

 いや、さすがに無理があるな。



 結局その日の内に闘気を使いこなすのは無理だった。

 その日の稽古は体を動かすことなく終わった。





 その日の晩。


 木が砕けるバキッという音と一緒に手から水が溢れ服を濡らした。

 俺ははぁ……と溜息をついた。


「アルベル様……」


 ルルは呆れたように俺を見ていた。


「アルー? 一体いくつコップを壊すのかしらぁ?」


 エリシアは微笑みながら静かに怒っていた、今にも髪が逆立ちそうだ。


「ご、ごめんなさい……」


 シュンと少しへこみながら謝る。

 横でエルが魔術で軽い風を起こし、服を乾かそうとしてくれている。


 仕方ないのだ。


 イゴルさんから言われたことを守っているのだ。

 しばらくは闘気を纏ったまま生活しろと。

 意識しなくとも自然に使えるようになれと。

 手だけは纏わなくていいですかと聞いたら甘えるなと一蹴された。

 自分の体以外にも闘気を流せるようになるまではこの試練が解かれることはないらしい。

 俺の闘気はまだ小さい。

 常に纏っていても体に影響はないだろうとのことだった。


 この世界の剣士はこんな辛い道を通ってきているのだろうか。

 エルが手を握ってきても握り返してやることもできない。

 ごめんなエル、兄ちゃん頑張るからちょっと待っててくれ……。

 

「今日は早めに寝るね、おやすみなさい……」



 エリシアの説教が始まりそうな気配を感じ取り、俺はとぼとぼと寝室に向かいベッドに横になった。



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