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第五十五話「これまでの導き」


 心地良いまどろみの中から意識が少しずつ覚醒し始める。

 

 まだ、目蓋は開かない。

 鼻に俺の大好きな女の子の匂いが通っていく。

 一瞬、カロラスで目を開けば横に彼女がいなかった思い出が映し出される。


 しかし、確認するまでもなかった。

 俺の体に気持ち良い体温が流れ込んでいる。

 触れている体は細く、抱きしめれば潰れてしまいそうなほど華奢だ。

 彼女はその体からは想像できない強さを持っているのだが。


 俺はゆっくりと目蓋を開いた。

 一瞬ぼやけるが、次第に鮮明に映し出されていく。


 俺の真横で規則正しい寝息を立てている彼女は、美しかった。

 二人を覆っている薄布の中、一糸纏わぬ姿で気持ち良さそうに眠っていた。


 美しい顔を眺めた後、思わず彼女の双房に視線をやってしまう。

 エル程大きくはないが、丁度良い大きさで彼女にぴったりだ。

 それに触れてしまいたくなる衝動を抑え、彼女の美しい金色の髪を少し撫でた。


「ん……」


 柔らかく表情を変化させながら、彼女は少しずつ目蓋を開いた。

 起こしてしまったようだ。

 綺麗なエメラルドグリーンの色が次第に濃くなっていくような感覚。

 薄く開いた瞳が俺の目と合うと、声が聞こえる。


「アル……」

「おはよう、セリア」


 可愛らしいセリアに自然に頬が綻ぶと、自分でも驚く程優しい声が出た。

 セリアも柔らかい表情を作ると、すぐに視線を自分の体に向けた。


 昨晩のことを思い出したのか、頬が赤く染まっていく。

 

「服、着ようか……」

「そ、そうね」


 このままいちゃつきたい気持ちもあるのだが。

 おはよう! とか言いながらクリストが部屋に侵入してくる絵を想像してしまった。

 セリアの裸を見られたら発狂してしまう。


 俺は上半身を起こすセリアに焦って背を向けた。

 昨晩思う存分見たとはいえ、セリアも陽が差し込む明るい部屋で見られるのは恥ずかしいだろう。

 何より、俺も照れるし。


 布が擦れる音が聞こえると、また心臓の働きが活発になったが。

 しばらくして音が止んで俺が向きなおすと、そこにはもう凛々しい剣士の姿があった。

 まだセリアの顔は熱を帯びていたが。

 

 俺も着るか……。


 俺が上半身を起こすとセリアはすぐに赤い頬のまま視線を逸らした。

 俺の体は筋肉で引き締まっているし、見られて恥ずかしくはないが。

 やはり左腕はかなり不恰好だ。

 剣士として腕がないのは自分でも情けない気持ちがあるので、あまり見られたくない。

 

「ごめんね、ちょっと時間掛かるけど」

「え? あ、そうよね……」


 片腕がないと服が着にくいのだ。

 とりあえず下着を穿くと、少し慣れた動きで鬼族の所でもらったズボンも穿いた。

 さすがに裾が短くなっていて少し変に見えるだろうか、そろそろ新しいのを買わないとな。

 急ぐ旅だったのでゆっくり買い物することもなければ町に寄ることもなかったからな。

 そんなことを思いながら立ち上がって、上を着ようとすると。


「ちょっとじっとしてて」


 セリアが優しい手つきで服を着せてくれた。

 フィオレが普段手伝おうとしてくれていた時は、情けないと思い断っていたが。

 セリアに着せてもらうのは何故か全然抵抗がなかった。


「セリア、ありがとう」

「当然よ、これからは私が手伝うから」


 そんなことを言ってくれるセリアが可愛くて、思わず頬を撫でてしまう。

 セリアも心地良さそうな表情をしてくれる。


 次第に顔を近づけると、自然とお互い目を閉じた。

 昨日から何度しても、キスの感触は溶けそうになってしまう。


 二人だけの世界に入っていると、外界からの声で現実に戻されてしまった。


「よう! 起きてるかーって、あー……」「わぁっ」


 二人の声にセリアがすぐに瞳を開いて距離を取った。

 没頭しすぎて扉を開ける音すら聞こえなかったぞ。

 というか、そういえば昨晩鍵を掛けた記憶すらないな。

 これが災厄だったら死んでるところだったぜ、なんて馬鹿なことを考えてしまう。


「お前ら朝から元気だなぁ」

「愛だよ」

「まぁ、いいけどさ」

「やっぱりお似合いですね!」

「ありがとう、そう言ってもらえると安心するよ……」


 セリアの綺麗な顔立ちと並んでいると少し自分を卑下してしまうからな……。

 クリストにいい男と言われても、俺の中でセリアはもはや芸術なのだ。


 二人が近寄ってくると、俺はコートに着込み、外に出る準備を始める。


 話は、今から予見の霊人の所に行こうとのことだった。

 俺も異論はないし、セリアも頷いていた。


「聞きたいことがいっぱいあるわ……」


 少し怒ったような、でも悲しいような表情でセリアが言った。

 俺も謎でいっぱいだ、本人に聞かないと分からないだろう。


 全員で家から出ると、レオンの姿もあった。

 道中話を聞くと、レオンがボス部屋に飛び込んだのは予見の霊人の導きらしい。

 これは本当に、いよいよ何かあるな。



 俺達は予見の霊人がいる建物に向かった。

 入り口に入ると、もう騒ぎは収まっているのか警備の者達は簡単に俺達を入れた。

 今、ここに来ているのも分かっているのだろう。


 長い廊下を歩くと、セリアがノックもせずに扉を開けた。


 その部屋の奥で椅子に座っていたのは、女性だった。

 黒い髪を長く伸ばし、老けているが妖艶な雰囲気が漂っている。

 何か戦士とは違う威圧を感じる。

 間違いなく、この人が予見の霊人だ。

 

「やっと会えたわね、私はラドミラ・コーレインよ」


 艶やかな声で穏やかに言うラドミラは、俺に微笑みかけた。

 俺も自己紹介をしようと思ったが、俺が口を開く前にラドミラはそのまま深く頭を下げた。


「まずはセリア、レオン、ごめんなさい。必要だったとはいえ辛い思いをさせたでしょう」


 そう言ってラドミラは頭を上げて少し寂しそうな顔を見せた。

 セリアもラドミラのその表情に毒気を抜かれたのか、少し悲しそうに言った。

 

「ラドミラ、何で海竜のことを皆に知らせなかったの?」


「亡くなった者には申し訳なく思うわ、でも、あれが一番被害が出ない道だったの。移動すると、アルベル達が間に合わなくて他の国を巻き込んで全滅してたから」


 俺の名前を当たり前のように呼ぶが、驚きはしない。

 言っていることもよく分かる、俺達のタイミングは出来すぎていたくらいだ。

 それに、後一瞬遅れていたらセリアが生きていたかどうか……ラドミラは言わないが、嫌な想像が浮かんだ。


 しかし、サウドラに来てくれていたら良かったのじゃないかという考えが頭に浮かんだが。

 いや、ドラゴ大陸の間近にあるサウドラで戦ったら海竜の群れだけで済まなかった可能性があるか。

 最後に抜けた山脈にも相当の数の炎龍がいたし、そう考えると軽く身震いして俺は一人納得していた。


 しかし、セリアはまだ納得できてない事があるようで言った。


「何で、アルが生きてること教えてくれなかったの……。

 分かってれば、私貴方を斬ろうなんて思わなかったのに」


 その言葉に少しぞくっとする。

 セリアはラドミラを殺すつもりだったのか。

 セリアが少し後悔しているような表情を見せているのは、それか。


 セリアの言葉を聞いたラドミラは申し訳なさそうに言った。


「心苦しかったけど、セリアが傷心した方が都合が良かったの」

「え?」


 セリアが不思議そうに考えているが。

 俺も正直よく分からない、何で教えてくれてなかったんだろう。


「セリアが傷心した事を聞いてないとアルベルの到着が少しだけ遅れるの。

 まぁ、それだけじゃないけど」


 その言葉を聞いて、俺は想像してみた。

 セリアが俺が死んだと思ってなくて、ただ俺を待ってると聞いたらどうだろう。

 もしかしたら、フィオレのことを考えてサウドラで一泊くらいしたかもしれない。

 そう考えると、申し訳なく思うが。

 いやでも至急来てくれと言われていたら、急いだと思うが。


 俺はこの部屋に来てから初めて口を開いた。


「それだけじゃないって他に何かあったんですか?」

「セリアの性格を考えてみなさい」

「うーん……」


 俺は少しセリアの横顔を見ながら考えてみる。

 セリアは俺の視線に気付くと一瞬俺と目を合わせ、少しだけ頬を染めてすぐに視線を逸らした。

 うん、可愛いだけだ。

 俺がセリアを愛でているだけになっていると、ラドミラが溜息を吐いて言った。


「アルベルが生きてるって教えたら、何を言っても探しに行こうとするの。

 納得させるまで暴れるセリアを止めるのに苦労するのよ」


 俺としては結構嬉しいことだが。

 他の人からしたらたまったもんじゃないのかもしれない。

 この町でセリアより強い人間はいないと思う。相当被害が出るんだろうか……。

 我が彼女ながらちょっとだけ恐ろしい、そんなところも好きだけど。


 ラドミラの話を聞いたセリアは、しんみりした表情で言った。


「そうなの……ラドミラ、ごめんなさい」

「私のことはいいのよ、今理解してもらえることも分かってたから」


 確かにそう言われれば、一時嫌われても苦痛ではないのかもしれない。

 セリアはもう何も言うことはないようだった。


 もう俺の自己紹介はする必要がないのはよく分かった。

 俺はいきなり核心に迫る。


「全部、教えてください。何から聞いていいか分からないくらい色々あるのですが」

「そうね、長い話になるわ。最初から全てを話しましょう」


 ラドミラは少し疲れた表情を見せると、吐き出すように語り始めた。




 --------ラドミラ--------



 コンラット大陸の辺境の村で生まれ、両親に愛され平穏に暮らしていた。


 ラドミラの力はすぐに明らかになった。

 未来を言い、全てラドミラの言葉通りになる。

 最初は遠い未来は見えなかったが、それでも絶大な力だった。


 ただ、様々な未来が見えるわけではない。

 相手の道にはなかったことを考案することによって、新たな道も開かれる。


 すぐに国や貴族達が動き、ラドミラを取り込もうとした。

 ラドミラも自分の力を人々の為に役立てようと各地で導きを与えた。


 時には権力者の闇の姿が垣間見えた。

 その未来は吐き気を催すモノで、被害者が少ない導きを与えた。

 

 ラドミラの存在が知れ渡り神格化される度に、導きを許されるのは権力者だけになった。

 貴族間や国同士のいざこざの導きをするだけの存在になっていた。

 ラドミラは憔悴し、滞在していた国から離れた。


 その時になると、ラドミラを守ろうとする者はいくらでもいた。

 自分が望む場所に拠点を移すのは簡単だった。


 拠点にはマールロッタを選んだ。

 未来の雷帝がそこで誕生するのが分かっていたからだ。

 戦士を集め、マールロッタは強固になった。


 こうなれば簡単に手を出す輩はいなくなった。

 ラドミラは未来が見えている。無理に攻めかかっても勝てる存在ではなかった。

 

 ラドミラは導きを与える者を選べる権利を手に入れた。

 悪の道しか見えない者には導きを与えなかった。


 ラドミラは満たされる環境で生活していた。

 次第に、遠くの未来も見えるようになっていた。


 ある日、自分の先の未来を見ると、真っ暗になっていた。

 脈絡もなく、平穏な日常の中で未来は閉ざされていた。


 長い経験の中で、ラドミラはこの現象を知っていた。

 これは、死の未来だ。


 理由は分からないが、未来の私は死ぬのだろう。

 まだ二十年は生きるだろうが、平均的な寿命よりは短い。

 悔いを残さず生きよう、そう思っていた。


 しかし、死の理由は他者に導きを与えている内に分かった。


 誰の未来を見ても、未来は真っ暗なのだ。

 何百、何千人を見ても、全員の未来は死に至っていた。


 理由はすぐに分かった。

 竜王や竜の群れ、魔物が暴れ狂い、世界を崩壊させていた。


 これを回避しようと思っても、誰に導きを与えても改善されなかった。

 世界は滅びるのだ。


 理解した時、ラドミラはもう足掻くことを止めた。

 世界の滅びまでの間、少しでもその人が幸せになれる導きを与えよう。


 そう思った。



 そんな折、ラドミラの元に精霊使いの青年が現れる。

 その青年は、アレクと名乗った。

 彼は言った。


「病に侵され私は長くありません。

 先の短い生の中、私にできる事はないでしょうか」


 心優しい青年だった。

 最後の死の瞬間まで、誰かの役に立とうとしていた。

 ラドミラは迷いなく青年の未来を見た。


 すると、多岐に渡る未来があった。

 人の命を救い、人々から感謝されている青年の姿が様々な所であった。

 その中に一つだけ。

 青年が心から幸せに息絶える未来があった。

 その未来は青年の望む他者の為の道ではなかった。


 美しい少女と出会い、惹かれ合い、結ばれる。


 ラドミラは青年には何も言わずその道を導いた。

 最後くらい自分の幸せの為に生きたらいい、そう思った。


 変化はそこから訪れた。


 閉ざされた暗い世界の寿命が伸び始めたのだ。

 そして、理由はすぐに分かった。


 数多くの未来を見る中で、剣を振る青年の姿があった。

 その青年の顔はアレクと名乗った精霊使いにそっくりだった。

 その髪はアレクと結ばれた少女の髪を引き継いでいた。


 あの日、導きを与えたアレクの子供が世界を救う人物になるかもしれない。

 それが分かると、ラドミラは再び足掻き始めた。


 しかし、まだ滅びの時間が伸びただけで世界の終わりは変わらない。

 アルベルに繋がる未来を探し続けた。


 どの未来でも、アルベルはセリアを探していた。

 しかし、想い合う二人はすれ違っていた。

 そして、どの未来でも二人は出会うことなく、死ぬことになる。

 どちらかが死ぬ未来では、二人は剣を振ることを辞めてしまっていた。


 やはりどうしようもないのか、そう思ってしまう果てない道の中、一人の魔族が現れる。

 その魔族が、クリストだった。

 クリストは、ドラゴ大陸でアルベルと接触する可能性を秘めた未来を持っていた。

 何故アルベルがドラゴ大陸にいるのかは分からなかった。

 二人は師弟になり旅を共にするが、その道ではクリストにとってアルベルは災厄を討つ英雄ではなく、弟子だった。

 クリストがアルベルの力に気付くも、出会ったのが遅すぎた。


 アルベルが力を発揮することはなく、災厄と接触し二人共死んでしまう。


 ラドミラはクリストに自分の知らない知識を聞いた。

 ドラゴ大陸の知識を聞いて、クリストがそこに行く道を考案した。

 すると、とある村にアルベルが現れる道があった。

 クリストに鬼族の村でアルベルを導くように伝えた。


 すると、薄らだがアルベルがマールロッタに辿り着く未来が見えた。


 しかし、それだけでは駄目だった。

 アルベルがその道筋を選ばなければ、意味がない。

 冒険者になるのはほぼ間違いなかったが、ルクスの迷宮に挑むかは確定ではなかった。


 そんな中ある冒険者の未来の中で、金髪の青年のパーティとアルベルが共に迷宮に挑んでいる姿があった。

 すぐにその青年と接触できる道を探すが、その必要はなかった。

 自分の未来を見ると、その青年は自らラドミラを訪ねて来ていた。


 騙すようで悪いと思う気持ちはあったが、すぐに払拭された。

 青年の未来を見ると、ラドミラの導きに迷いはなかった。

 確実に事を動かすにはその不幸な未来の方が都合が良かったが。

 ラドミラは罪悪感から、アルベルがレオンを追いかけることに賭けた。

 最後にもう一度レオンの未来を見ると、レオンを守るように背を向けて剣を振るアルベルの姿を見て安心した。


 最後に、セリアだった。

 ラドミラが動かした未来の中でも、セリアとアルベルは再会できなかった。


 セリアと接触する道を探した。

 アルベルはセリアが居ないと心が折れてしまうのは様々な未来を見て分かっていた。

 何より、二人の想いを知っていたラドミラは二人を再会させてあげたかった。

 そしてセリアと接触し、守るように自分の傍に置いた。


 これはアルベル達に言うつもりはないが。

 本来セリアはコンラット大陸の南に赴き、死ぬことになる。

 実際にセリアを殺した本人の未来を見た。これは動かなかった。

 しかし、アルベルとセリアが出会ったことによって未来は変わっている。

 セリアを殺した存在が、エル達と関わることになる。

 本人達が知ればまたやられたと私を憎むのだろうが、結末を考えるとこのままの方がいいだろう。



 これが、ラドミラのここに至るまでの全ての話だった。

 

 


 --------アルベル--------



 話が終わると、全員口を開けたまま呆気にとられていた。


 全て、操作された未来だったのか。

 しかし話を聞くと、感謝しかないだろう。

 今セリアの横にいれるのはラドミラのおかげだ。

 そもそも、ラドミラの導きがなければ俺が生まれていたかも怪しい。

 俺が感謝を伝えようとすると、先にセリアが口を開いた。


「ラドミラ、ありがとう」


 真剣な声色で伝えるセリアに、ラドミラも柔らかい表情を見せた。


「貴方達は一緒にいないとだめになるから」

「分かったわ」


 セリアが返事をすると、少し俺と体をくっつけた。

 照れるが、心地良い。


 そしてレイラの存在で最近また考えていたことがある。

 俺が生まれてからずっと疑問に思っていたことだ。


「母さんと父さんはコンラット大陸で出会ったんですか?」

「そうなるわね」


 エリシアが俺とエルを宿して、カロラスで俺が生まれる。

 生まれた時に父がいなかったのは分かってる。

 旅の途中か、旅立つ前に息絶えたのだろうが。

 何故、身ごもった母と病に侵された父がカルバジア大陸の辺境まで大移動したのか。

 色々とおかしい。

 俺が追求しようとすると、ラドミラが再び口を開いた。


「完全な死の未来は回避されたけど。

 まだ誰の未来を見ても、ある時からぶれて見えないの。

 多分最後の瞬間に立ち合ってるのはアルベル、貴方よ。

 貴方の未来を見てもいいかしら?」」


「えっと、はい。もちろんいいですよ」


 別に俺の仲間も一緒に戦ってるだろうし俺じゃなくてもいい気はするが。

 そしてぶれて見えるってどういうことだろうか、もう少し説明が欲しい……。


 しかし断る理由などないし、むしろ見て欲しいくらいだ。

 俺がラドミラの前に行くと、ラドミラは俺の右手を握った。

 少し発光し、ラドミラが瞳を閉ざして集中する。


 しばらく何も言わないままだったが。

 最後のほうに険しい表情を見せたのが怖すぎる。

 見終わったのか、発光が終わると俺の手を離した。


「なるほどね……」

「えっと、俺はどうすればいいんでしょう」

 

 見も蓋もない質問だが、教えてくれるだろう。

 

「そうね、南に行きなさい」


 南か。

 確かエルとランドルが南から回ってくるはずだ。

 俺も当然、合流する為に向かうつもりだったから問題ない。

 問題はそこからだ。


「その後、どうすればいいですか?」

「特にないわ」

「は?」


 これからの大決戦に向けてあーだこーだ言われるのかと思っていた。

 というか、言ってくれないと困るのでは。

 俺も、皆も、世界中の人が。


「貴方がこれから戦うのは強大な敵よ。私の導きは逆に足枷になるわ」

「いや、なりませんよ」

「そんなことないわ。自分で考え、行動しなさい。私の導きがあったから勝てるなんて思いながら戦うと、死ぬわよ」


 そう言われれば、確かに油断はするかもしれないが。

 もしかして導きをもらったら俺は調子に乗るのだろうか。

 ここで俺が死ぬことはないと思って強い敵と戦って死んだり。


 そう考えるとぞっとするが、でも少しくらい教えてくれても……。


「た、戦い以外で何か教えてもらえませんかね」


 しつこいだろうか。

 俺を見るラドミラは少し呆れているように見える。

 でも、色んな道の中から一番いい道に導いてもらえる方がいいに決まってるし……


「できる限り急いで南へ行きなさい。

 南に行った時、少し冷静になりなさい」


 あまり言いたそうじゃなかったが、少しだけ言ってくれた。

 正直意味が分からないが、これが言えるギリギリなのだろうか。


 元々、エル達との合流は急いでいくつもりだ。

 ドラゴ大陸を一年で抜けた俺達の足なら、コンラット大陸の旅路は相当短縮できるだろう。

 というか、南に行ったら俺は冷静になれない状況になるのか?

 その事について詳しく……と聞きたくなっていると、セリアが言った。


「アル、無駄よ。ラドミラは肝心なことは教えてくれないから」

「うーん……」


 まだ俺が渋っていたが、どうしても聞きたいことがあった。

 これだけは教えてほしい。


「戦いの勝ち負けの未来は決まってるんじゃないんですか?」


「相手の力と競り合うほど、未来はぶれて見えなくなってしまうの。

 貴方が迷宮のボスを倒すまでの間も、少し見えにくい状況だったのよ。

 貴方は今ここにいるけど、迷宮で死んでいた可能性もあったの。

 最後の戦いの決着がつくまで私の力はもう意味がない。」


 そう言われると分かりやすいかもしれない。

 ライニールとの戦いは、俺の勝利が絶対だったわけではないのか。

 確かに、あの死闘の勝敗は決まっていたなんて言われても何か嫌だな。

 しかし、ラドミラの言い方だとライニールとは相打ちの可能性が高かったのかな。

 そう考えると災厄との戦いはもっと熾烈なものになるのか……。

 

 でも、ラドミラの言葉で分かったことは。

 俺が災厄と戦うことになるのはやはり確定みたいだが。

 俺が今から精一杯頑張れば、災厄に一方的に殺されることはないのか。

 もうただひたすらに強くなるしかないか。

 ラドミラが導きを足枷と言ったのはそういうことなのかもしれない。


「最後に一つだけ聞きたいことがあるんです」

「……何?」

「母さんと父さんに何があったんですか?」


 これだけが、どうしても気になった。

 教えてくれないだろうか。

 少し間を空けると、ラドミラが言った。


「南へ行けば分かるわ」

「ありがとうございます」


 もうさすがに何も聞かない。

 後から分かると教えてもらえただけで十分だ。


 周囲の皆を見ると、全員ラドミラの言葉に納得しているようだった。

 もちろん、レオンもだった。

 話を聞いているとレオンは何も助かってないのではと思ったのだが。


「レオン、いいの?」

「あぁ、よく分かった」

「え? でもさ」


 俺は納得できずに聞き返すと、レオンは神妙な面持ちで言った。


「皆には言えなかったけど、他にも言われていた事があったんだ。

 俺がラドミラに騙されたと思った一番の理由はそれだ……」


「それってどういう……」


 俺が弱く追求すると、レオンも普段より細く聞こえる声で言った。


「ラドミラには、ボス部屋を見つけたら、退くなと言われていた。

 言い訳はしたくなかったから言わなかったけど、俺、本当は……」


 レオンは言葉に詰まり、下を向いてしまった。

 というか、退くなと言われていたのか。

 しかし、それがレオンが自分を責めるような口調には結びつかない。

 俺が考えていると、ラドミラが俺の疑問を解消した。


「えぇ、本来貴方は町に戻った後、皆に黙って一人でボスに挑むわ。これは想像だけど、遅れて追いかけたアルベルが貴方の亡骸を見て戦ったのでしょう」


 俺は驚いたが、少しして納得した。

 レオンは勝てない敵を倒すから意味があると言っていたのを覚えている。

 あれは飛び込む言い訳ではなく、本心だったのだろう。

 

 導きのおかげで、俺たちの目の前で飛び込んでくれたのか。

 俺はレオンの事好きだし、良かったと思う。

 

 俺はこれまでのこと、予見の霊人に深く頭を下げて言った。

 

「今までありがとうございました。精一杯頑張らせてもらいます」

「えぇ、頑張りなさい」


 ラドミラの安心した顔を見ると、俺達は部屋を出た。




 ------ラドミラ------


 来客が去り、ラドミラは広い部屋で一人になる。

 すると、ラドミラは微笑ましそうに呟いた。


「一つしか道が見えないなんて初めて……心底セリアを愛してるのね」


 その言葉を聞く者は居なかったが、ラドミラは満足気だった。




 ------アルベル------


 俺達は建物を後にすると、待っていたトライアルと共にレオンとは別れた。

 さて、これからどうするかだが。

 

「数日休んだら南へ行こうか」

「すぐに行かなくていいのか?」

「うん、セリアも別れを言いたい人もいるだろうし。俺も服買ったりしたいしね」


 ラドミラはできる限り早く南へ向かえとは言っていたが。

 多分、しつこい俺を納得させる為に元々俺達がすることと同じことを言っただけだ。

 俺が本心から考えて休む判断をしたなら問題ないと思う。

 今言ったことも必要なことだし、ここから出たら旅を急げばいいだろう。


「ごめんなさい、アルの言った通りお別れを言いたい人達がいるの」

「謝ることないよ、俺も一年動きっぱなしだったからゆっくりしたいし。フィオレも俺達のペースで来て疲れてるだろうしね」


 俺はずっと静かにして成り行きを見守っていたフィオレを労った。

 一番疲れているのはフィオレだろう。

 そういえば予見の霊人はフィオレについて何も言わなかったな。

 俺とクリストはフィオレの存在に何か運命のようなものを感じていたが、意外とそういうわけではないのか?


「私は大丈夫ですよ! 気にしないでくださいね!」


 俺の考えを他所にフィオレは元気な声で返事をするが、さすがに気にするのだ。

 

「とにかく、しばらくは休日にしようか」


 俺が強引に決めると、とりあえずセリアの家に皆で向かった。


 

 家に着くと各々のんびり過ごした。

 セリアに懐いているフィオレは尻尾を振るかのように仲良く会話をしていた。

 セリアもフィオレを可愛がっている間、表情が柔らかかった。

 うん、可愛い二人がじゃれあってるのは絵になるな。


 そんなことを思いながら、時間が過ぎていった。


 

 夜になると、セリアと二人で寝た。

 セリアと体を合わせるのは心地良く、一生動きたくない感情も芽生えてしまうが。

 さすがにそういうわけにはいかない。

 エルとランドルも俺が生きてると分かっているだろうが、早く顔を見たい。

 でも、またすぐに始まる急ぎの旅の前に、今だけは、少しだけゆっくり……。


 俺はセリアの体温に包まれて幸せな気分を味わっていると、まどろみに落ちていった。


何となくで解釈してもらえればそれに越したことはないですが、納得できない部分がある方は感想で残していただけると嬉しいです。全ての方の意見を反映することは難しいと思いますが、私も、確かにそうだなぁ、と思った話の大筋を変えないご指摘は大幅修正の際に参考にさせてもらいたいです。


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