第五十四話「二人の想い」
やっと、会えた。
何とか、間に合った。
俺は今日、この日の為に剣を振っていたのだ。
セリアを守り、共に戦う為に。
後ろで崩れているセリアは足を負傷しているようだった。
俺はその痛々しい姿に一瞬歯を噛み締めると、怒鳴り声を上げた。
「クリスト!!」
「おう!」
海竜を一体軽々と斬り捨てていたクリストを怒鳴るように呼ぶと、すぐに飛んできた。
初級だが、治癒魔術の詠唱が背後から聞こえて安心する。
凍傷なら、初級でも治るだろう。
「貴方は……?」
「詳しいことは後だ、動けるか?」
「えぇ……っっ!」
セリアが痛みに呻き声を溢すのが聞こえる。
すぐに駆け寄りたい気持ちに駆られるが、無防備な二人を守らなければいけない。
俺はぐっと堪えて、竜を警戒して待つ。
「闘気の負荷だな、しばらく動けないだろう」
「でも、戦わないと」
やっぱりセリアは何も変わっていない。
あの時と同じ強い剣士だ。
大丈夫だ、こんな時の為に俺がいるんだ。
「クリスト、セリアを頼むよ」
「まかせとけ、傷一つ付けさせない」
クリストの言葉は心強かった。
そう言ってくれれば、俺は思う存分戦える。
最初に海竜の群れを見た時は絶望したが、今は違う。
セリアを守る為なら、俺はこんな竜がいくら群れようと負けはしない。
闘志と共に強く鳴神を握り締めると、セリアのか細い声が背中越しに聞こえた。
「アルにだけ戦わせるなんてできない」
俺を気遣う嬉しい言葉を言うセリアに、俺は安心させるように言った。
「大丈夫だよ」
「アル……」
セリアの不安は、俺の剣で拭う。
セリアの為に振っていた、俺の強くなった剣を見て欲しかった。
「俺はずっと、セリアの為に剣を振ってたから」
それだけ言うと、俺は腰を落とし構える。
闘神流闘波斬。
尋常ではない量の闘気を剣に篭める。
この空間の全てを一閃、薙ぎ払うイメージ。
鳴神が眩しいくらいに白く発光すると、俺は竜の首元の高さまで飛び、剣を振った。
その瞬間辺りが眩しくなり、竜巻が起こるように精闘気の刃が空気を斬りながら疾走する。
その刃は大地にいる竜全てを絶命させるように鋭く襲い掛かった。
高速で飛ぶ刃が通過する度に竜の首や上半身が裂け、生命活動を止める致命傷を負わした。
俺の闘波斬が消える頃には、百以上の竜が死んでいた。
竜と戦闘を繰り広げていた戦士達は、目の前の竜が突然絶命する光景に呆気にとられたようで固まっている。
「凄い……」
セリアの声を聞くと俺はそのまま疾走した。
これだけ減らせば一気に戦況は変わるはずだ。
精闘気のほとんどを使い果たしてしまったが、問題ない。
竜の体は大きい、俺を囲める数は限られている。
俺は全ての竜を狩るように、剣を振った。
一時間ぐらい戦っただろうか。
倒す度に空から竜が降ってきて、その首を刎ねる。
しばらくすると異変には気づいていた。
何故か、手の届かない範囲にいる竜が暴走して町を破壊することはなかった。
それどころか、群れで俺を殺そうとするかのように全ての竜が俺に集中した気がした。
当然辛い戦いになるが、好都合だった。
知らない戦士とはいえ、竜に殺される姿を見るのは辛い。
しばらくすると他の戦士達も、自分達に目もくれずに俺を襲う竜の異変に気づいた。
竜の背後から斬りかかったり、魔術で俺を援護してくれる。
有り得ないと思ったのは、海竜は背後から俺以外の人間に斬られようが、お構いなしに絶命するまで俺に襲い掛かってくることだ。
災厄が操っているのは分かるが、ここまで細かい指示ができるのか?
いや、俺の姿が見えていないとこの状況はおかしすぎる。
そう考えると、今対峙している竜との戦闘よりこれからのことを考えぞっとした。
俺は嫌な想像を断ち切るように、海竜を殺すことに没頭して剣を振った。
それを繰り返し、さすがに体力を底をついてきた頃、もう空を飛んでいる竜はいないようだった。
海竜王らしき竜の姿は見えなかった、海竜だけだ。
さすがに神級の竜が普通の海竜と同じ見た目ということはないだろう。
視界を埋め尽くしている海竜の死体の上で、最後の一体となって咆哮をあげる竜の首を飛ばすと、長い戦いは終わった。
周りの剣士や魔術師達は憔悴しきったようで、尻から地面に崩れ落ちた。
俺が来てから死人は出ていないようでほっと息を吐く。
死んでしまった者のことを思うとやるせないが、たまに横目に映っていた亡骸と生きている戦士の数を見ると、被害はかなり少ないと思う。
あの群れに襲われてここまで生きていたのは、やはり予見の霊人がいる町だけあって手錬が揃っているのだろう。
俺は戦士達を見るのを止めて、剣を鞘に戻す。
そして疲れ果てた重い足取りだったが、すぐにセリアの元へ戻った。
すると、俺より先にセリアの元へ駈けた男がいた。
セリアと同じ年頃の金髪の青年で、剣士だ。
そのさりげなく見える立ち振る舞いからも強さが垣間見える。
戦闘中、この剣士の存在には気付いていた、この域にいる剣士を見るのは稀だったからだ。
その顔は美形で、セリアの横に並ぶとお似合いに見えてしまった。
ちょっと、いやかなり嫌だった。
俺が苦い表情を作ってしまうと、男は意外な行動を取った。
俺に深く頭を下げて、言った。
「セリアさんを助けてくださってありがとうございます」
その言葉に俺は困惑した。
まるでセリアがこの男の物のような言い方だ。
普通皆を助けてくれてと言うところだと思うのだが……まさか……。
苛立つ気持ちは隠せないが、さすがに姿勢正しく頭を下げる男に辛辣な言葉は出せない。
「い、いや、当然ですよ……」
そっけなく返したい気持ちもあったが、礼儀正しく物腰柔らかそうな、俺よりも年上に見える剣士に対して俺も久しぶりに精一杯丁寧に話す。
そうしないと、何か負けた気持ちになってしまいそうだった。
しかし、俺の返した返事は途切れながらの情けないものだったが。
「も、もしかしてセリアとそんな仲……だったり?」
俺がたどたどしく聞くと、セリアは何のことか理解できていないのか、首を傾げた。
想像してしまうと心臓が締め付けられ、俺は下を向いてしまった。
「アル? どうしたの?」
セリアの凛とした声が今は怖い。
しかし、俺の不安を拭ったのはその男だった。
「いえ、恋仲ではないですよ」
その返事に俺は超がつくほど安堵し、息を吐いた。
そんな俺を見たクリストが呆れたように溜息を吐いて言った。
「アルベル、馬鹿だろお前。セリアのお前を見る目を見たら分かるだろ」
それを聞いて、俺は思わずセリアの瞳を見てしまう。
エメラルドグリーンの瞳は、相変わらず透き通ったように綺麗だ。
眉で切り揃えられた前髪に、長く伸びた金髪の後ろ髪は美しいと思う。
本当に、綺麗に成長した。
セリアを見つめていると、俺の頬が自然と熱を帯びていく。
そんな俺を見たセリアも、次第に頬を染めていった。
クリストの言葉は、そういうことか。
ちゃんと俺達の気持ちは、六年前から繋がったままだった。
俺は微笑むと、前の俺なら言えなかったと思う事を言った。
「セリア、綺麗になったね」
もちろん前から綺麗だったし大好きだが、そういうことではない。
ちゃんと伝わっただろうか、変な意味で取らないでほしいが。
そんな俺の心配は杞憂だったようで、セリアも口元を少し動かした。
「アルも、素敵よ……」
そう言って少し視線を逸らしてしまうセリア。
俺は安心したように、いまだに立ち上がれないセリアに近付いた。
距離が縮まる俺にセリアは動揺しているが、俺はお構いなしに屈んだ。
至近距離にセリアの顔が映ると、俺の右腕が勝手に動き出そうとするが。
今、セリアの体は闘気の負荷で激痛が走っているのは分かっている。
しかし、我慢できなくなりそのまま優しく抱き寄せてしまう。
「きゃっ」
セリアの可愛い声が耳元で聞こえて心地良い。
左手がなく、両手で抱き寄せれないのが残念だが。
セリアも気付いたのか、少し弱い声を上げた。
「アル、腕が……」
そんなことは、いい。
俺の腕の話なんてどうでもいい。
俺が言いたいことは一つだけだ。
ずっと、カロラスから旅立った時から言いたかったこと。
「もう、離さないから」
俺が伝えると、セリアは何も言わずに俺の背中に両手を回した。
そのまま強く抱きしめられる。
前と同じ、常人なら握り潰されて死んでしまう力だ。
でも、俺はそれが大好きだった。
昔を思い出して、嬉しくなった。
これからは、いつでもこの感触を味わえるのだ。
俺が目蓋を閉ざしてセリアの感触に集中していると。
耳元で、セリアの今にも泣き出しそうな声が聞こえた。
「私も、もう離れたくない……」
聞き慣れた凛々しい声ではなく、昔に聞いた子供のような、ただの女の子の声だった。
俺達はもう何も言わずしばらくそうしていると、俺の肩を誰かが掴んだ。
俺は少し苛立ってセリアから少し顔を離して振り向いた。
「ちょっと……今感動の再会してるのが分からない?」
振り向いて顔を見る前から、正直誰かは分かっていた。
ここに居ることは知ってたし、海竜との戦いの中で横目で映っていた。
一年経っても少年の面影を残した表情で、笑いながら言った。
「本当に生きてて良かった! すぐに分かったけど、さすがに戦闘中に話しかけれなくてさ」
レオンだった。その横にはアニータもいて何も言わず微笑んでいる。
「俺も会えたのは嬉しいよ、でももうちょっと待って欲しかったな」
「アルベル、久々に会えたのに感動が薄くないか?」
「別れてから一年も経ってないじゃん、俺とセリアは六年振りなんだけど……」
「確かにそうだけどさ、俺はアルベルが死んでると思ってたんだからな」
そう言われれば、俺とは全く状況が違うな。
死んでると思って探してくれていたレオンと。
皆が生きてると分かっていて安心して旅をしていた俺。
俺が考え直して申し訳ない気持ちになると、レオンは続けた。
「何か、変わったなぁ。強さはさっきの見て異常なのは分かったけど。男らしくなったか?」
「ちょっと野蛮になったかもね、荒んだ生活を送ってたから」
もちろんクリストのせいだ。
しかし、内容を勘違いしたのかクリスト以外の全員が顔を青ざめた。
いや、違うんだ。
「アルベル、本当にあの時は悪かった。何て言えばいいか」
「いいよ、あの戦いには全部意味があったみたいだ。予見の霊人に話を聞かないとなぁ」
予見の霊人の名前を出した瞬間に、腕の中のセリアが少し動いた。
「え? ラドミラを知ってるの?」
セリアが訝しげに聞いてくるが、何と説明すればいいか。
「予見の霊人がクリストをよこしてくれてなかったら、俺は今ここに居ないからね」
俺がクリストに視線を向けると、全員クリストを見た。
視線が集中しようがクリストは気にした様子はなさそうだ。
「おう、予見の霊人に言われて十年もアルベルを待ってたからな」
「ん? 十年?」
クリストの二十歳くらいにしか見えない外見を見てレオンが言う。
それはそうなるだろう。
俺は誤解を解くように言った。
「クリストは魔族だよ。俺はドラゴ大陸に転移したから」
「そうだったのか……てっきりセリアの所に転移したと思って混乱したんだ。一体何があったんだ?」
「後でゆっくり話すよ、大事な話もあるしね」
俺は一瞬セリアを見るが、今は何も言わなかった。
もう少し体と心が落ち着いてから話したほうがいい。
イゴルさんは生きているなんて、今ここでは言えそうになかった。
「師匠! 大丈夫ですか!?」
すると、後ろから駈けてくる足音が聞こえた。
俺を師匠と呼ぶのは一人しかいない。
もっと着くのは遅いと思ってたけど、随分足も速くなったな。
その横にはリュークとリネーアもいて、悲惨な光景を見て苦い顔をしている。
「フィオレ、大丈夫だよ。さて、どうしようか」
俺が悩んでいると、唯一名前を知らない男が口を開いた。
「私達が片付けるので、皆さんは町へどうぞ。セリアさんも」
そう言った男のセリアを見る目は、悲しそうだった。
俺達は町の中に入った。
あんなことがあったのに町に被害はない、異常なことだがホッとする。
そしてすぐに予見の霊人を訪ねることはさすがに今の状況ではできなかった。
様々な理由で予見の霊人の元へ向かう者が多く、行列が出来ているようだ。
セリアも闘気の負荷が激しいし、俺達も疲労が溜まっている。
もう少しぐらい落ち着いてから話に行っても問題ないだろう。
セリアの提案で、俺達三人はセリアの家に入れてもらうことになった。
アニータが背負っていたセリアをベッドに腰掛けさせると、軽く別れを告げて家からは出て行った。
俺が背負いたかったのだが、何せ片腕だ。
クリストが背負おうとしたが、俺が我儘を言った。
他の男に触らせないと駄々をこねていると、アニータが手を挙げてくれた。
こんな事を言う俺はセリアは嫌だろうか、と思ったが。
セリアも満更じゃなさそうな顔をしていたしいいだろう。
そしてトライアルとは、後日ゆっくり話すことになっていた。
そんなわけで今は家の中で四人だ。
俺達はとりあえず立ったまま、俺の仲間を紹介する。
「セリア、この人がクリストで、この子がフィオレだよ。驚くと思うけど、全員闘神流だよ」
「えっ!! 私達以外に居たんだ!」
フィオレが頭を下げて挨拶しようとするが、セリアの声で遮られた。
分かっていたが、さすがに驚いているようだった。
そしてかなり嬉しそうだ、それもそうか。
セリアの目的の一つは道場の再興だしな。
闘神流を扱う剣士が多いのは嬉しいか。
「うん、フィオレは最近稽古を始めたけど、クリストは超強いよ。初代の闘神と一緒に災厄と戦ったんだって」
「あの千年前の英雄の?」
「そうだよ、知らなかった闘神流の技もいっぱい教えてもらったんだ。セリアも教えてもらうといいよ」
「知りたい! えっと、いい?」
セリアが懇願すると、当たり前のようにクリストは頷いた。
「もちろんだ、もう少し落ち着いたら皆で稽古しよう」
「ありがとう!」
クリストの言葉に、セリアは可愛らしい笑顔を見せた。
セリアは俺より闘神流が大好きだろうしな。
俺も大好きだけど、セリアには敵わないだろう。
そんなセリアの顔に、クリストも満足そうだった。
「セリアは闘神にそっくりだな。初めて見た時は驚いたぞ」
いくらなんでもこんな美しいセリアと男を比べてそっくりだなんて。
「美形なのは分かったけど、セリアと比べてほしくないな」
「何でだよ、別にいいだろ」
「セリアが男とそっくりなんて言われたくないよ」
「は? 何言ってんだ、闘神は女だぞ」
「……え? そうなの?」
「おう」
俺の中の闘神のイメージ像が崩れ去っていく。
何故だろう、当たり前のように男だと思っていたが。
ここは異世界だ、最強の女剣士がいてもおかしくないだろう。
実際セリアもそうだしな。
女と聞いて驚いていたのも俺だけのようだった。
やっぱりまだ前世の気分が抜けきらない部分もあるな。
すると、クリストが切り出した。
「アルベル、あの話はどうするんだ?」
「あの話って?」
セリアが言いながら俺を見る。
もう少し落ち着いてからと思っていたのだが。
いや、予見の霊人と会ったらどうせ話すことになるか。
セリアがどんな反応をするかは正直予想できない。
やっぱり、傷付くだろうか。
せっかく再会したのに傷心するセリアを見たくはないが、避けては通れない話か。
俺は意を決したように口を開く。
「セリア、落ち着いて聞いてほしい」
セリアは何も言わずに、こくりと頷いた。
俺は少し息を吸って、言った。
「イゴルさんは生きてる」
セリアは大きく目を見開いたまま、止まってしまった。
息も吸わずにしばらくそのままでいると、口を動かした。
「どういうこと?」
それは、そうなるだろう。
俺はできる限りの説明を始めた。
災厄と呼ばれる者に乗っ取られていること。
災厄が自ら出て行かないと人格は戻らないこと。
もう、災厄は体が死ぬ瞬間まで出る気はないということ。
今回の海竜の群れも災厄のせいで、倒すべき敵だということ。
全てが話し終わると、セリアは押し黙った。
セリアの考えがまとまるまで俺達は黙って待っていた。
しばらくすると、再会してから一番強い口調でセリアは言った。
「お父さんを、助けてあげないと」
「それって――」
「殺すしかないなら、そうするしかない」
俺も、分かっていた。
離れていても、誰よりもセリアの気持ちは分かってる。
だから精霊の森でも殺すつもりで戦った。
「皆で協力すればきっとイゴルさんを救えるよ」
「そうね、もう一人じゃないから」
俺を見て微笑むセリアに、俺も胸が熱くなった。
そこからはフィオレがセリアに自己紹介することから始まった。
二人はすぐに仲良くなり、というかフィオレがセリアに懐いた。
二人が並んで話す姿はセリアがエルを可愛がっていたのを思い出して懐かしい気持ちになる。
俺も話したいことはいくらでもあったが、他愛無い話をした。
エルは相変わらずこんな子だよとか、ランドルと何があったとか。
セリアがどんな生活をしていたのかも話してくれて、楽しい時間は過ぎていった。
すっかり話し込み日が暮れてくると、床に座り込んで微笑ましそうに俺達を眺めていたクリストが立ち上がった。
「さて、俺達は宿にでも泊まるか」
別に床で寝てもいいと思ったが、さすがにもう昔とは違うか。
ベッドで仲良く一緒で寝ていた年齢ではないしな。
俺も立ち上がると、クリストは、ん? と言ってそのまま続けた。
「お前はセリアと居たらいいだろ、二人でしたい話もあるだろ」
「え? そりゃいっぱいあるけど、色々問題あるでしょ」
「ないだろ、好き同士なんだし。アルベル金持ってたよな? 宿代くれよ」
当たり前のようにそう言うクリストに俺は何も考えられなくなり、懐から金貨の入った袋を丸ごと手渡した。
クリストは中身を確認することもなく、満足そうな顔をして出て行った。
それに続いてフィオレも柔らかく微笑みながら頭を下げると、クリストを追いかけていった。
いきなり家の中に、二人きりになる。
密室で長い時間二人きりになるのは六年振りどころではない。
セリアの十歳の誕生日以来だ。
ベッドに腰掛けてるセリアを見ると、お互い気まずくなってすぐに目を逸らした。
ど、どうすればいいんだ。
俺がたじろいでいると、セリアが先に口を開いた。
「一緒に寝る……?」
そんなことを言ってくる。
それは甘美な提案だが。
許されるのだろうか、甘えていいのだろうか。
いやでも、セリアの体は今辛いだろうし、ベッドもそんなに大きくない。
セリアに触れてしまうと痛みが走ってしまうだろう。
それに好き同士とはいえ六年振りだし、もう少しゆっくり……。
恥ずかしさを隠すようにそんな言い訳を考えながら、俺は逃げるように言ってしまった。
「えっと……セリアは疲れてるだろうし、俺は床にでも――」
「嫌よ。アル、もっと近くに来て」
ベッドに腰掛けながら俺を見上げるセリアの頬は、少し暗くなった部屋の中でも赤かった。
俺は思考することを放棄し、セリアの目の前に行くと、床に膝をついた。
顔を上げると、視界いっぱいに綺麗なセリアの顔が映った。
「ずっと我慢してたの。アルと別れてから、毎日アルのこと考えてた」
「セリア……」
「ねぇ、アルは……」
俺はセリアの長くなった髪を撫でると、首元に顔を埋めた。
今までの気持ちを吐き出すように、泣き出しそうな声になって言った。
「好きだよ、セリア。あの日セリアが追いかけてくれた時から、ずっと」
俺の言葉に、セリアは俺の首に腕を回した。
いつもと違って、優しい抱擁だった。
「私も、アルが大好き。これからはずっと一緒に居てくれる?」
俺は何も言わずにセリアの首元から顔を離すと、セリアの瞳を見つめた。
セリアがゆっくりと目蓋を閉じると、俺も顔を近づけながら視界を閉ざした。
セリアの小さい唇を押し潰すように合わせると、全身に電流が走ったように痺れた。
時折漏れるセリアの吐息が、俺の何かを突き破った。
もう、止まれないのは分かった。
ゆっくりと唇が離れると、セリアの瞳に俺の顔が映っていた。
その顔は、今まで自分で見たことがないものだった。
セリアは少し濡れた唇を動かした。
「アル、来て」
俺はセリアを強く抱き寄せながら、ベッドにもつれ込んだ。
一生忘れられない日になるだろう。
セリアの熱を感じる中、そう思った。




