第五十一話「セリアとレオン」
精霊の森を旅立ってから半月程経った頃。
俺達は町で甲馬を売り、手放した。
これからの旅路では険しい山を越えることも増えるらしく、甲馬での移動はできないとのことだった。
クリストは別に甲馬を手放すのに何の感情も持っていなかった。
フィオレはずっと苦手だったらしく、少し安心した顔をしていた。
そして俺は何気に悲しかった。
五ヶ月程度とはいえ、甲馬に愛着もあった。
最初は名前を付けようとして考えていたのだが、クリストに止められた。
愛着が湧くからやめろと。
確かに、と思いながら俺も名前を付けるのはやめたのだが。
なんだかんだ、可愛がってしまったのだ。
甲馬も俺に一番懐いていたような気もする。
やはり、別れは辛かった。
他の変化といえばレイラだろうか。
意外にも、レイラは自分から話しかけてくることは滅多にない。
しかし、話しかけて無視されることもなかった。
レイラに両親のことを聞くと、嬉しそうに話してくれるのはいいのだが。
エリシアのことも、どんな子だったとか話してくれたが、俺の記憶の母と同じものだった。
昔に何があったの? と聞いてもよく分からないとしか返ってこなかった。
さすがに納得できるわけもなく、しつこく聞き続けたのだが。
俺が想像しているより、レイラ、というより精霊の感覚はずれている。
父と母の取り巻く環境を気にしてなかったように見える。
まぁ、俺の想像とは裏腹に、本当に大したことがあまりなかったのかもしれないが。
友達というより、ただ父が好きでついていた子供のような印象だ。
それでもやはり聞いてしまったのだが、精霊なのにレイラが疲れた様子を見せた気がして、俺も諦めた。
そして考え直した、本人から直接聞けばいいだろうと。
昔と違い俺とエルも心身ともに成長している。
多分、エリシアに聞けば教えてくれるだろう。
話が通じないことは多かったが、慕ってくれるレイラの存在は心地よく、旅も順調に進んでいた。
そして、自分の足で歩くようになってまた半月経った時。
いよいよ聞かされていた、やばい近道を通ることになった。
「間違っても触れるなよ、痺れて動きが鈍くなるからな」
「まじで怖いんだけど……」
俺はこれ以上にない程びびっていた。
クリストが言うには今から雷竜の巣を通るらしい。
何でも体に雷を纏っていて、ブレスも雷だとか。
剣で斬ると電流が自分の体に流れてきて危険らしい。
剣士殺しの竜だ……。
「アルベル。ほとんど一本道だけど、一応俺の背中を走れ」
「わ、分かった」
俺の視界に映っているのは谷だった。
かなり大きい谷で、谷底を駈けるらしい。
雷竜の縄張りはかなり広いらしく、迂回するとなるとかなりの遠回りになるらしい。
空を見上げると遠目にも分かる巨体で数十体の黄色い竜が飛んでいる。
クリストが言うには谷には千を超える雷竜がいるらしい。
さすがにただでさえ相性が悪いのに戦える訳もない。
この群れを災厄が操ってきたらと思うとぞっとしてぶるっと体が震える。
「フィオレ、暴れるなよ」
「は、はい!」
前もって話していた通り、フィオレはクリストが抱えて走る。
さすがにフィオレも怖いようで、足を少し震わせていた。
クリストはフィオレを戦利品のように脇に抱えると、闘気を纏った。
その闘気の集中する先は足だ。
「レイラ、力を貸してくれるかな……」
『うん』
レイラが俺の中に入ってくると、俺は精闘気を纏った。
この一ヶ月、何度も試して失敗することがないのを確認した。
全開にしすぎると谷中の竜が騒ぎ出しそうなのでクリストの足の速さに合わせる。
クリストも必要最低限しか纏っていないしな。
「よし、行くぞ!」
クリストが声を上げると、全力疾走が始まった。
その速さは周囲から見れば残像のように映るだろう。
一瞬で視界が切り替わっていく。
入り口からしばらく走ると、谷のあちこちに雷竜の姿があった。
「ガアアアアアッアアアァア!!!!」
侵入者に気付いた竜が咆哮を上げるが、その竜はもう遥か後方だ。
しかし、俺達の前にいる咆哮を聞いてしまった竜が待ち構えるように進路を塞ごうとする。
もう視界に映る竜だけで百は超えている。
空から俺達に飛びかかろうとする雷竜や、ブレスを吐いてくる固体。
食らうことはないが、近くにいるだけでビリビリと皮膚が麻痺したような感覚。
気を抜いたり足を止めたら即死する。
進路は黄色い竜で埋め尽くされ、竜の足の隙間を縫うように走る。
横を通るだけでビリッと服と皮膚が軽く焼ける。
「う、うわ!」
俺の真横に雷のブレスが直撃し、俺は情けない声を上げる。
「馬鹿! 走れ!」
振り向かず怒鳴るクリストに続こうと必死に前を見ると。
今まで気付かなかったが、フィオレの尻に目がいってしまった。
クリストに抱えられたフィオレは無防備だ。
そして、その短いスカートは風圧でひらひら舞い、下着が丸見えだった。
白か――!
極限の状態で訳の分からない思考をしてしまう。
見てはいけない見てはいけない、心の中で念仏のように唱え続ける。
そんな俺の目を覚ますように至る所からブレスが降り注ぐ。
「おおおおお!」
俺は声を上げながら気合を入れて、ブレスを回避しながら走った。
しかし、見ないようにと思っても、一度目に入ってしまえば視界に映ってしまう。
俺は意外と、余裕なのかもしれない。
そんなことを考えながら一時間程走ると、雷竜の巣を抜けた。
この数ヵ月後、俺達はドラゴ大陸を抜けることになる。
--------セリア--------
あの空に転移陣が映し出された日から五ヶ月程経過していた。
コンラット大陸に転移陣の情報が入ってくることはなかった。
海竜王のせいだ、航路がなければ情報どころか人すら行き来できない。
南のエルトン港から情報が入ってくるのはまだ時間が掛かるだろう。
しかし、コンラット大陸でも噂にはなっていた。
ルクスの迷宮は世界一有名な迷宮だ。
過去挑戦した者も多く、皆が勘付いていた。
誰かが、攻略したのだと。
私はどうしても気になっていた。
カルバジア大陸に、あのボスを倒せる者がいたのが信じられなかった。
もう向こうではする事がないと思ってこっちへ来たのに。
多分ボスを倒したのは剣士だろう。
あれを倒せる剣士がいたのなら、向こうにいる意味はあった。
今の雷帝の強さに満足していない訳ではないが、恐らく攻略者はこの町の雷帝より強い。
私は、どうしようもないほど気になっていた。
ある日のこと。
いつも通りラドミラの所へ行こうと町を歩いていた時。
聞き慣れた声が掛かった。
「セリアさん、こんにちは」
「ニコラス」
振り向いて名前だけ呼ぶが、それだけでニコラスは十分そうだった。
「聞きましたか? 海竜王の話」
「え? 何かあったの?」
「えぇ、僕は見れなかったんですが、海域を移動したらしいですよ」
その言葉に私は驚きと共に、すぐに歓喜の表情になる。
ルカルドからここは遠くない、すぐに迷宮の情報が入ってくる。
「じゃあ船は出るのね?」
「はい、すぐに出ることになると思いますよ」
「そう! ありがとう」
私は会話を無理やり切ると、ラドミラの所へ駈けて行った。
ノックもせずに乱暴に扉を開けると、護衛はやはり嫌な顔をしたが。
すぐに私に軽く会釈すると部屋から出て行った。
私はすぐに椅子に座っていつも通りの表情をしているラドミラに詰め寄る。
「ラドミラ! 船が出るって!」
「そうなの」
「ちょっとサウドラまで行ってくるわね!」
自分でもめちゃくちゃ強引だと思うが、抑えきれない。
少しでも早く知りたいのだ。
私がラドミラから背を向けると、すぐに声が掛かった。
「だめよ」
「嫌よ、ゆっくり待っていられないもの」
「貴方がサウドラへ行ったら詳しいことを知ってる冒険者とすれ違いになるわよ」
「え? 本当?」
「私を訪ねて、攻略者と共に迷宮を探索した者が来るから」
「やっぱり攻略されたのね、何で教えてくれなかったのよ」
「これが言えるギリギリなの。こう言わないと貴方本当に行っちゃうでしょ」
確かに、その通りだが。
でも、ラドミラの言葉が本当ならすれ違いになるのは困る。
詳しい話が、聞きたいのだ。
「分かったわ……」
私は待つのが苦手だ。
待つことが苦痛でないのはアルのことだけだ。
悔しかったが少し唇を噛むと、自分でも情けないと思う声が出た。
それから一月が経過した頃。
先日、ラドミラはレオンという剣士が訪ねてきたら通していいと言った。
海竜王が移動してからまだ一月。
そこから船に乗りここに辿り着くことを考えると、とてつもない速度だ。
何故、一直線にここで向かっているのかは不思議だが、私には好都合だった。
そして、いつものように窓からまだかな、と景色を眺めていると。
扉が開いた。
私はすぐに振り向くと、私と同じ髪色の剣士が立っていた。
歳も私とそんなに変わらないだろうか。
一目見て分かる、この剣士は強い。
しかし、私のほうが強いだろう。
攻略した者じゃないのは一目瞭然だが、ラドミラの話通りなんだろうと思った。
恐らく、この剣士がレオンだ。
周りにラドミラの護衛の姿がないのが証拠だ、レオンと名乗り通されたのだろう。
私はすぐに問い詰めようと思ったのだが、足を止めてしまった。
レオンは、ラドミラを憎しみを篭めた目で見ていたのだ。
何故、何があったのか。
迷宮の攻略者と共に迷宮に挑んで生きているのなら、怒ることもなさそうだが。
私が考えていると、ラドミラが穏やかな声を出した。
「レオン、久しぶりね」
来るのが分かっていたと、そんな感じに。
レオンの姿を見て少し嬉しそうにしているようにすら見える。
しかし、二人の温度差は激しかった。
ラドミラの声を聞いたレオンは怒りを露にして口を大きく開いた。
「よくも騙してくれたな! お前を絶対に許さない」
レオンは声を荒げて言った。
騙す? ラドミラは何をしたのか。
この剣士は信じていた者に騙されたと思っている、その目は真剣だ。
その必死の剣幕に、私もぞっとする。
ラドミラが人を騙すことがあるのなら、私も……?
そう思うと、ただ怖かった。
「騙してないわ。私の言葉通りになったでしょう?」
「っ!!!」
そのラドミラの言葉に、レオンは腰の剣を抜いた。
その構えは雷鳴流、そのまま踏み込みラドミラに斬りかかろうとする。
私は考えるのを止め、剣を抜いて間に入った。
部屋の中で剣が交差する異質な金属音が響く。
その剣には怒りと殺気が混じっていて、剣を合わせたまま競り合いが始まる。
普通の状況だと斬り伏せてもいいのだが、私は混乱していた。
異常だ、何故ラドミラは憎しみを抱いている剣士を一人で通したのか。
「お前のせいで皆が失った! 俺がお前の言葉を信じたせいでだ! 俺は本当に、馬鹿だった。どうやって償えばいいかも分からない」
次第に声が細くなっていくレオン。
対峙しているはずの私は視界に入っていないようで、ラドミラに言葉を発していた。
私は初めて声を出した。
「落ち着きなさい! いきなり何なのよ!」
私の怒鳴り声に、レオンは初めて私を見た。
そして、その瞳は驚愕によって開かれた。
予想外に、レオンは自ら剣を引いて一歩後ろに下がった。
「もしかして、セリアか?」
不思議なことに、私の名前を呼んだ。
何故私を知っているのだ。私はこの剣士、レオンを知らない。
ヒュドラのことで有名になった時に知ったのだろうか。
いや、そんなことで剣を収める理由にはならない。
私はとにかく肯定した。
「そうよ、何で知ってるの」
「アルベルに聞いたからだ」
その言葉に、私は目を限界まで開いた。
アルの名前が、出てくるとは思っていなかった。
私が何よりも大事に想っている男の子の名前。
でも、レオンが呼ぶアルは悲壮感が漂っていた。
私はそんなのお構いなしに問い詰める。
「アルは今どこにいるの!? もしかして、私を追いかけてきてくれたの」
もしそうだったら、どれだけ嬉しいか。
レオンが知っているということは、カロラスを出たのは間違いない。
短絡的かもしれないが、私を追ってくれたと思ってしまう。
あれから五年以上経ってて何があったかも分からないのに。
しかし、私の言葉にレオンは驚いていた。
「何で知らないんだ? アルベルはここに来なかったのか?」
私は困惑した、何を言っているのかと。
航路は塞がれていたし、来れるわけがない。
船が出てからはレオンの到着が最速だろう。
それとも、船が出る前にコンラット大陸に渡っていたのか?
でも、アルの話は聞いたことがない。
ここには大きな冒険者ギルドもあるのに。
私が不可解な顔をしていると、レオンは混乱しながらも言った。
「アルベルはずっと君を探してた。
いつも君の力になりたいと言っていた」
その言葉に、私は今までの問答は全て吹き飛んでしまった。
とても幸せな気分になってしまった。
私達の想いはまだ、繋がっていたのだ。
今の私はきっとただの女だ。
私が歓喜の笑みを浮かべると、レオンはすぐに私の心を壊した。
「君が知らないってことは……やっぱり、もう……」
私は何かを察してしまい、頭の中で何かが割れていく音が鳴り響いた。
アルを語るレオンの瞳にあるのは、絶望だった。
私は凍りついた唇を少し動かす。
「どういう、ことなの」
「君も空に浮かんだ転移陣を見ただろう」
「え? えぇ、見た、けど。もしかして――」
迷宮の攻略者と共に探索した剣士。
その肩書きでここに来たレオンがアルのことで怒りを示している。
でも、そんな。
そんなことが、有り得るのだろうか。
しかし、私考えはレオンの言葉で確信に変わる。
「ボスを倒したのはアルベルだ。君の元へ転移する為に」
アルは、どれ程強くなっているのだろうか。
あれを倒したのならこの町の雷帝より。
私よりも遥かに、強い。
しかし、何故だろうか。
今まで自分より強い剣士を見るのは悔しい思いしか感じなかったが。
それがアルだと思うと、自分のように誇らしかった。
アルが私と同じ剣術で高みへ登ってくれるのは、とても嬉しいことだった。
大好きな人が誰よりも強くなっているなんて、嬉しいに決まっている。
でも、すぐに気付いて幸せな考えは終わる。
アルは私の元へ来ていない。
私は五年以上前からアルの顔を見ていない。
何で、だ。
「じゃあ何で、アルはここにいないの」
「俺が知りたいよ……」
私の問いかけに、レオンはか細い声を出して、下を向いた。
答えが聞けない私は理不尽にも苛立ってレオンの間近まで詰め寄り、声を上げた。
気付いてしまった感情を、隠すように。
「詳しい話を聞かせて! 何があったの!」
絶対にレオンは何か知っている。
怒鳴る私に、下を向いていたレオンは私の顔を真剣な形相で見た。
その瞳には涙が薄く浮かんでいた。
すぐさま、吐き出すようにレオンは口を大きく開いた。
答えは、聞かなければ良かったと思った。
「ボス部屋に残っていたのはアルベルの腕と! 血と! アルベルの折れた剣だけだ! カルバジア大陸じゃ、アルベルは死んだ事になってる……」
少しずつ弱くなっていくレオンの言葉に、私の心は凍りついた。
父が死んだ時以上に私の気持ちは冷え切っていった。
もう、生きてる意味がないと思ってしまった。
しかし、私の心は再び動き出した。
レオンの言葉で。
「予見の霊人。いや、ラドミラ。お前は何がしたいんだ」
「ラドミラが何か、関係あるの」
「アルベルを誘って迷宮を攻略しろと言ったのはこいつだ。それがなければ、アルベルは馬鹿な俺に付き合わなくて済んだ」
その言葉に私の中で怒りが渦巻き、支配した。
ラドミラは私を幸せな道に導くと言った。
私は何故かラドミラの言葉には嘘はないと信じていた。
多分、レオンも私と全く同じだ。
アルが死んだ道が私の幸せになれることなんて有り得ない。
私は初めて殺意を持ってラドミラと対峙した。
もう、冷静だった。
この一年以上でどれだけ親しくなろうと関係ない。
父の仇を取るように、巻き込まれたアルの仇を取る。
「ラドミラは、私を騙してたの?」
「騙してないわ、私は真実しか言ってない」
「もう、私が幸せになれないのは分かってる?」
「そんなこと思わないわ。貴方は未来で笑ってる」
穏やかに言うラドミラに、その言葉に、私の殺気が増した。
アルが死んで、将来私が笑っている?
私はどれだけ薄情な人間だろうか。
ふざけるな。
私は今から、ラドミラを殺す。
後のことなんてどうでもいい。
しかし、ラドミラは終始穏やかだった。
まるで自分が死ぬとは思っていないように。
「私を殺したければ斬っていいわ」
態度とは裏腹にラドミラの言葉は潔かった。
死の覚悟をしている雰囲気ではない。
しかし、私が止まる訳もない。
一歩近付くと、もう一言ラドミラが付け加えた。
「でも後悔したくなかったら。そうね、後六ヶ月待ってくれるかしら」
私は今、後悔しているのだ。
昔にレオンを導いたならアルの死は変わっていなかったかもしれない。
でもアルを殺す導きをしたラドミラを信じて、慕って、私はラドミラと共に過ごしていた。
そんな自分が許せなかった。
でも、ラドミラが穏やかな理由も分かった。
私はこの胡散臭い女のことが嫌いではなかった。
むしろ、好きだった。
ラドミラは純粋に私を好きになってくれて、私の幸せの為に動いてくれていたと思っていたから。
しかし、相変わらず何故かラドミラの言葉から嘘は感じられない。
私を見る目もいつも通りで、私を包み込むような愛情を感じさえする。
本当に私は後悔するのだろうか。
この期に及んで、私はまだそんな事を考えている。
そして、ラドミラが死の覚悟をしていない何よりの理由。
私が、最終的に今ここで殺さないことを分かっている。
ラドミラには先が見えている。
なら、私がここで悩むことに意味はない。
私は歯を食いしばり、小さく口を動かした。
低い声が出た。
「六ヶ月、待つわ。でも――」
「えぇ、その時は私を斬ってもいい。レオンもそれでいいかしら?」
「セリアがそれでいいなら、俺も待たせてもらう」
私はそれ以上は何も言わず部屋から出た。
もうここには来ることはないだろう。
後一度、訪れるとしたら。
ラドミラを殺す時だ。
建物から出ると、私に声を掛けるレオンを無視して帰路についた。
しばらく歩くと、自分の家があった。
ここに来た時、私に与えられた家。
カロラスの実家より少し大きい家は私には広すぎたが。
鍵が掛かっている扉を、乱暴な手つきで力任せに押す。
何かが砕ける音と共に扉は変形しながら開いた。
入ると同時に乱暴に扉を閉めるが、形が変わった扉が閉まることはない。
どうでもいい、私は見ることさえせずに家に入った。
普段だと有り得ないが、床に腰の剣を捨てるように投げると、私はベッドに腰掛けた。
そのまま、下を向いて固まってしまった。
何も、考えていなかった。
何時間経っただろうか、もしかして一日経ったのかもしれない。
本当に私は止まってしまっていた。
一月経ったと言われても驚かない程に。
月明かりが床に散らばった二振りの剣を照らす。
私はそれを見て、ようやく顔を上げた。
窓から差し込む月明かりの先を見る。
綺麗な月が、暗闇を少し照らすように空に浮かんでいた。
カロラスを出る前の夜更けと、同じような景色。
私は自然とアルの顔を思い出した。
しかし、あの時のようにアルが私を見つけてくれることはない。
私の頬に何か冷たいものが流れた。
この感覚は二度目だった。
カロラスの家の前で座り込んでいた時と同じ。
涙を流したのは、あの時と今の二度だけだった。
私は気付いてしまっていた。
闘神流の再興。
父の仇討ち。
そんなことは、所詮二番目の願いだったのだ。
私が今まで何より求めていた目的より大切なものがあった。
アルだった。
私の心の奥底で本当に求めていたのはアルだった。
死んだと聞かされ、初めて今までのことが間違いだったと思った。
私はカロラスでアルと一緒に過ごすべきだった。
それが何よりの私とアルの幸せだったのだ。
アルは、私を追いかけたせいで死んだ。
私がもっと早くに気付いていればこんなことになってなかった。
アルは誰よりも強くなっていた。
あの迷宮のボスを倒したのなら、この世界でアルより強い人間はいない。
強く、優しく、賢い。
そんな素敵な人が私のせいで死んでしまった。
こんな情けない私のことを好きだと言って。
六ヵ月後に何があるのかは分からない。
もしかしたら、父の仇が現れるのだろうか。
父の仇を取って、私は少しだけ満足する表情を見せるのだろうか。
それがラドミラの言う私の幸せなのだろうか。
もう、どうでもいい。
これからどうなるかは分からない。
ラドミラを斬るのか、父の仇を取るのか。
でも、それが終わったら。
私はもう生きている意味はない。
きっと生を全うすることが苦痛になるだろう。
死んでもいいかもしれない、そう思った。
「アル……っ……」
私は誰にも聞かれていないのに、声を押し殺して泣いた。
子供のように、泣きじゃくった。
情けない自分を、押さえ込むように。
私は、止まってしまった。
アルベルとセリアの温度差が激しすぎて分割しようか悩んだ末にそのまま投稿……。
次の話から六章開始です。
六章が終われば区切りがよく、修正作業に入るので少しの間更新を休みます。申し訳ございません。




