第五十話「災厄」
俺は混乱していた。
傍目には剣を合わせ、力を競っているように見えるだろう。
本来なら俺はそんなことはしない。
体術、剣の技、多岐にわたる行動を取っていたはずだった。
しかし、目の前にいる俺の尊敬していた、大好きだった師匠の顔を前に動けなかった。
俺の硬直を解いたのは災厄だった。
災厄は不愉快な顔を隠さず、俺の剣を弾くように力強く剣を振り上げると、距離を取った。
まだ口の開けない俺を構うことなく災厄は苛立ちながら口を開いた。
「馬鹿な……有り得ない。シェード! 話が違うぞ!」
恐らく自らの精霊に怒鳴っているのだろうが。
その声も間違いなく、イゴルさんの声だった。
「何故、慎重に千年待ったというのに、転生した直後に精闘気の使い手が現れる。それも……闘神流の剣士だと、ふざけるな」
精霊と問答しあう災厄を前に、斬っていいのか分からない。
災厄なら迷いなく斬れるが、災厄の姿はイゴルさんだ。
俺が固まっていると、背中から弱りきった声が聞こえた。
「アルベル……動揺してる今がチャンスだ。二人でやるぞ」
そう言って治癒魔術で治療したのか、もう血は止まっているクリストが俺と並んだ。
しかし、俺は斬り掛かれなかった。
災厄よりも、俺のほうが動揺していた。
「おい……おい! アルベル! どうしたんだ!」
クリストが血で塗らした口元を大きく開けて俺に怒鳴りつける。
俺はその言葉に返事はできなかった。
しかし、口は開いた。
「何で、お前はイゴルさんの姿をしてるんだ」
俺の言葉に、クリフトは訝しげに俺を見下ろした。
災厄も自分に問いかけられたのが分かったのか、俺に視線を向けた。
「何だ、この体を知っているのか」
その言葉に違和感を覚えた。
ザエルの証言が頭の中に流れていた。
そして脳内では、俺の今までの情報が繋がっていく感じがした。
首を刎ねた人物、闇魔術、イゴルさんの首。
こいつは今、この体と言った。
今、闇魔術で姿を変えているわけではない。
災厄の闇の精霊は上位の精霊。
上級の闇魔術は、魂に関する何か。
俺は全てが繋がると、歯を噛み締めた。
「お前は何がしたいんだ」
「何、闘神の血筋の体で世界を滅ぼすのも一興かと思っただけだ」
「アルベル、どういう事だ」
俺達の会話を理解できないクリストが、剣を構えながらも俺に問いかける。
俺は頭を怒りが渦巻く中、口を開く。
「あの災厄の体は、俺に剣術を教えてくれた師匠だ」
「……闘神の子孫か」
俺の言葉でクリストは全てを察したようだった。
「イゴルさんはもう、死んでいるのか?」
この言葉の返答次第で、俺の行動が決まる。
初めて人を殺すのがイゴルさんなのは心苦しいが。
もはや体だけしか残っていないのなら、楽にしてあげたい。
しかし、災厄は俺の考えになど思い至らないようだった。
「こいつの魂を俺で覆っているだけだ。
俺がこの体から出ない限りは人格は戻らないぞ」
災厄はクリストの言った通り、頭は悪いようだ。
俺が何を考えているかなど関係なしに、気にせず質問に答える。
つまり、災厄がイゴルさんの体から出ればイゴルさんは解放される。
困るのは、それだと殺せないことだ。
災厄がイゴルさんの体を離れる時は、体が死ぬ時。
首を刎ねれば人格が戻るもくそもない。
しかし、イゴルさんの魂は支配されてるだけで生きている。
絶対に何か、方法はあるはずだ。
必死に考え込むが、今すぐに答えはでなさそうだが。
「お前はイゴルさんを解放する気はないんだな?」
「体を移すとまた力をつけるのに時間が掛かるからな。貴様を見た直後にそれは有り得ない」
無駄なことまで話してくれる災厄のおかげで少し謎が解けた。
精闘気があるとはいえ、ライニールと同等の闘気なのが不思議だったのだ。
あれなら、千年前の戦いで最強の英雄達が徒党を組んで戦ったら苦戦はしなかっただろう。
もちろん人外の力であることは間違いないが。
しかしそう考えると、イゴルさんが消えたあの日から。
災厄はたった五年でここまでの闘気を身につけたのか。
それはそれでやばすぎる。
今ここで終わらせないと、と思うが。
イゴルさんを殺すわけにはいかない気持ちがある。
もしかすれば、今だったら俺とクリスト二人で掛かれば倒せるかもしれない。
だが――。
「アルベル、気持ちは分かるが……俺だったらあの状況、死んだほうがマシだ」
「…………」
そんなことは分かってる。
でも、答えは出ない。
すると、声が聞こえた。
『イゴルを殺しちゃうの?』
少し悲しそうなレイラの声だった。
そうか、レイラも俺とずっと一緒にいたんだった。
イゴルさんのことも知っていて当然だ。
「どうするのが正解なんだ……」
俺の小さい呟きは誰にも聞こえないと思ったのだが。
俺の中にいるレイラには聞こえた。
『セリアだったら、どうするかな』
そう言っていた。
俺は敵の前だというのに深く考え込む。
災厄も分が悪いのを把握しているのか、仕掛けてこようとはしていない。
もし、セリアだったら。
愛していた父親で尊敬する剣術の師匠。
しかし、悪意に支配されているとしたら。
きっと、セリアが最終的に出す答えは――。
俺は鳴神を深く握りしめ、下げてしまっていた右腕を中段に構えた。
「遅くなってごめん。クリスト、力を貸してくれ」
「当然だ」
それだけで会話は終わり、俺は横目でフィオレを見た。
少し離れた所にいる。
フィオレも出会った時とは違う、戦いの余波に巻き込まれても死ぬことはない。
俺は覚悟を決めた。
俺とクリストが風斬りの構えを取ると、災厄は苦い顔をして適当に剣を構えた。
俺の好きなイゴルさんの顔を災厄が歪ませていると思うと吐き気がする。
俺はレイラから送られてくるありったけの闘気を身に纏い、踏み込んだ。
俺と同時にクリストも斬りかかる。
恐らく、今の俺と災厄が一対一で戦えばギリギリ勝てない。
いくら強くなる努力をしてないとはいえ、災厄の積んできた戦闘経験は俺とは比べ物にならない。
それに、奴の精闘気の方が、大きい。
元の闘気が違うのだ、仕方ないが。
でも俺は闘気のコントロールでそれを極限まで縮めることができる。
それでも力は劣るが、俺には十年間振り続けた剣術がある。
そして何より、クリストの存在が勝負を決める。
俺とクリストの同時に紡ぎだされる剣撃を、災厄はギリギリ捌けなかった。
俺は剣に闘気を集中させて打ち合う、そのまま押し込むように剣を離さない。
俺は片手だが、右腕に闘気を集中させれば力は両腕とそこまで変わらない。
俺が災厄の動きを少しでも止めればクリストがやってくれる。
「くそっ!」
人間味に溢れる悔しそうな声を出したのは、災厄だった。
黒い闘気に包まれ更にドス黒くなった鮮血が舞った。
クリストの剣が災厄の腹を薄く掠めていた。
この勝負勝てる。
俺とクリストは災厄の左右から攻撃を仕掛ける。
一本の剣で俺達の攻撃を捌く災厄も規格外だが。
長くは続かない、俺達の一振りは音速を超えた剣筋。
一瞬、災厄は隙を見せた。
少しだけ怯んだ災厄の体に、無防備に構えられた剣。
俺はその剣に向かって鳴神に闘気を集中させ、薙ぎ払った。
いくら闘気が巨大だろうと、精闘気が強かろうと。
俺の纏っている闘気も精闘気で、俺の武器は神級の剣。
相手の平凡な剣を叩き折るには十分だった。
刀身が砕かれ破片が宙に舞う光景の中。
俺とクリストは左右から同時に剣を振った。
狙っている場所は同じ、奴の首だ。
確実に入った――。
そう思った瞬間だった。
キィィン!! と激しい金属音がすると、剣がぶつかり合う衝撃で地面が揺れ木々が暴れた。
「えっ」
その少し甲高い、戸惑いの声を出したのは俺だった。
目の前に見えるものが理解できなかった。
俺の腕にはクリストから振られた剣の衝撃が残り、震えている。
目の前に映るのは、俺の鳴神と剣を合わせているクリストの姿だけだった。
災厄は、突如消えた。
闇魔術で姿を消したのか? いや、あれは認識されると解けてしまう。
あんな奴が透明になったところで分からないわけがない。
俺が驚愕の視線でクリストを見ると、クリストは諦めたように剣を引いた。
「逃げたな」
「逃げたって……どこに逃げれる場所が」
俺は辺りをきょろきょろを見回してしまうが、気配一つない。
俺の疑問に答えるように、クリストが言った。
「闇の精霊が作り出した空間にだ。しばらく出てこないだろうな」
「そんな滅茶苦茶な……そんなのどうやって倒すんだよ。
前倒した時はどうしたの?」
「あいつ前は今より馬鹿だったんだよ。
闘神に首を刎ねられる瞬間まで負けることなんて考えてなかった」
「今は……そうじゃないと」
「あぁ、しばらくは魔物を動かして様子を見てくるだろう」
やはり尚更、俺がルクスの迷宮の報酬を使ってしまったのがまずかったのか。
というか、望みの場所の転移なんてどうやって作ったんだ。
いや、そんな事は今はいい。何とか、急場は凌げたようだ。
俺はそう思っていたが、クリストは悔しそうに歯を噛み締めた。
その歯は、いまだに血に塗れていた。
俺は決意を示すように、強い口調でクリストに言う。
「大丈夫だよ」
「何がだよ」
「災厄は、俺が殺す」
瞳に闘志を燃やしながら言う俺に、クリストは少し驚いた表情を見せた。
それもそうだ、今まで俺はできれば戦いたくないと主張していた。
今は違う、弟子として、俺がイゴルさんを楽にする義務がある。
もちろん、イゴルさんを助ける方法も時間がある限り考え尽くす。
鳴神を鞘に収めながら少し上を見上げると、クリストが口を開いた。
「いい面だ。俺も全力でアルベルを援護する」
「頼りにしてるよ。もっと、強くならないとな……」
俺は右手で拳を作ると、強く握り締めた。
災厄に勝つには、最強の剣士になる必要がある。
しかし、俺一人でもし及ばなくとも。
俺は頼りになる仲間の顔を思い浮かべる。
エル、ランドル、クリスト、フィオレ。
そして、セリア。
セリアもきっと俺と一緒に剣を振ってくれる。
事情を説明すれば、剣を振るセリアに俺が続く形になりそうだが。
フィオレも今はまだ蚊帳の外だったが、これから絶対に強くなる。
そう考えると、負ける気はしなかった。
「五年であの闘気を作り上げるのは予想外だったけど……」
「千年前よりマシだ。霊人と精霊使いの能力は引き継いでも闘気は無理だったらしい」
「そう考えると闘神がどれだけ強かったのか想像すらできないね……」
「アルベルなら闘神になれるさ、今の戦いで確信した」
「俺にそんな力あるかな。いや――頑張るよ」
「おう!」
俺の言葉に満足したのか、クリストは声を上げて微笑んだ。
もう、いつも通りのクリストだ。
そして少し気になることがあった。
「霊人と精霊使いの能力も魂に関係があるの?」
俺の言葉に、クリストは首を傾げた。
そしてうーんと考え込む、分からないらしい。
俺の疑問に答えたのは、何でも知ってる精霊だった。
『精霊は死の世界の近くにいる存在です。稀に精霊に問わず、死者を見ることができる魂を持つ者がいます。それが貴方達の言う精霊使いでしょう』
前世でいう霊感がある、って話なのか?
精霊だけだと思ったら、霊とかも見れるのか。
『常人でも、死に近付くと精霊が見えることもあるでしょう』
その言い方が一番分かりやすく、謎が解けた気がした。
なぜ、あの時だけレイラの声が聞こえたのかずっと不思議に思っていたのだ。
単純に、死に掛けてたからか。
「なるほど、理解しました。では霊人も?」
『はい、霊人も魂が関係しています。ごく稀にですが、別の世界で生まれた魂がこの世界に迷い込んでくることがあります』
「ん? どういうことだ?」
『簡単に言うと、この世界で生まれた魂とは違うものということです』
横でクリストが聞きながら考え込んでいるが。
俺は別の世界と言われると逆にしっくりくることもある。
俺の前世の世界以外にも、色んな世界があるのだろう。
少しだけ納得していると、精霊王が俺を呼んだ。
『アルベル、今から言うことは貴方にしか聞こえません』
精霊王が何が言いたいのか分からなくて少しだけ首を傾げるが。
確かに横を向いてもクリストとフィオレは一切反応を示してなかった。
俺が口を開こうとすると、精霊王が俺より先に言った。
『貴方も霊人です』
この世界で生を受けてから一番驚いたかもしれない。
驚愕に目を見開きしばらく思考できなかったが、落ち着くと考え始める。
確かに驚いたが、別に俺には何の能力もないはずだが。
俺がそう思った瞬間、俺の心の声を聞いているように精霊王が答える。
『貴方は前世の記憶を持っているでしょう』
もう転生者だとばれているとは思ってはいたが。
確かに、前世の記憶を持って生まれるのは異常なことだろう。
それが霊人の能力だと言われれば、納得できる。
もう、心を読まれていると分かれば口に出して二人に怪しがられることもない。
聞くように考える、なら、俺のいた世界の人間は皆そうなのでしょうか?
『いえ、貴方と同じ存在は少数でしょう。世界は無限にあるのでこの世界に貴方のような者はいませんが。貴方達のいう予見の霊人でいえば、彼女の魂が生まれた世界では未来視の能力を持つ人間が多く存在します』
前世で超能力者とかたまに取り上げられていたけど、正直信じてなかったが。
もしかして霊人のようなものだったのだろうか。
しかし、今までの謎がかなり解けた日だな。
『もう理解できたでしょう、この話は終わりにします』
ありがとうございます。
心の中で礼を言う、俺もあまり仲間に前世の記憶を持ってるんだぜとか言いたくない。
多分、気を遣ってくれたんだろう。
穏やかで優しい存在だと思うが、闇の精霊が人を滅ぼしても闇の精霊の方が大事だという話だし、やはり見えない部分がある。
とりあえずは、クリストとフィオレを不思議がらせないように災厄の話に戻そう。
「災厄は色んな能力を持ってるんですが」
『あれは特殊な存在です、魂同士が混じり合い、異常をきたしています。魂は肉体から離れても変化することはないので、能力が無くなることはありません』
俺と同じ存在は他にいないと言っていたし、記憶がそのままなのは闇の精霊が隔離していたのに関係あるのだろうな。
しかし、災厄についてはいまだに分からないことがいっぱいだ。
「じゃあなんで闘気は無くなってたんですか?」
正直これは助けられたことだが。
千年前と同じ闘気だったら今の俺では捻り潰されていただろう。
『闘気は魂に備わっているものです。
魂を肉体から隔離した時に、その魂の闘気と魔力は失われます』
「なるほど……」
魂そのものではなく魂にくっついているものが闘気と魔力か。
「災厄はイゴルさんの闘気を使ってるんですか?」
『はい、その通りです』
イゴルさんが必死に鍛えた闘気をあんな奴が使ってると思うと吐き気がするな。
しかし、とてつもない闘気に成長させていたが。
イゴルさんは魔力を持ってなかったはずだし、闇魔術以外を行使してくることはなさそうで安心する。
俺が聞きたいことはもう十分だろう。
ここに来て良かった、嫌なものも見てしまったが、必要なことだ。
「説明してくださってありがとうございます」
『問題ありません』
緊急時に穏やかな声色で話された時は苛立ったが。
普通に話す分には気楽に話せる存在だ。
こんなこと思うのは精霊王に対して失礼だろうけど。
俺の疑問が解消されると、次はクリストが疑問を口にする。
「何で災厄はここに来たんだ……? 偶然か?」
そう言って一人でぶつぶつ呟きながら考え込んでいた。
確かに、今まで考えていなかったが謎すぎる。
偶然にしては出来すぎているが。
いや、災厄は俺達がここにいることを理解できないでいた。
そもそも魔竜の群れを討伐した俺達を警戒していたようだし。
それなら自ら姿を現すのもおかしいな。
俺もクリストと一緒に考えていると、今まで黙ってたレイラの声が聞こえた。
話に集中しすぎていて今気付いたが、俺の頭上で蝶のような光が動いている。
これがレイラか。
『話を聞きに来てたって皆が言ってるよ』
皆って、精霊だろうか。
俺にはレイラしか見えないが、精霊の森と言われてるくらいだし周りにいっぱいいるんだろうな。
というか、話って何だ。
「話って、どんな内容の?」
『今の世界のことだよ、ここの皆は昔も今のこともよく知ってるから』
もしかして、エルフの村を襲った時みたいに。
邪魔になりそうな種族や人物を潰そうとしているのだろうか。
しかしだ。
「あんな奴の話を聞く精霊がいるの?」
闇の精霊以外は心優しい者を好きになると言っていた。
正反対の人種だぞあれは。
『あの人間は知らないけど、精霊同士は人間と違って喧嘩しないもん。好きになる人は違うけど』
少し言葉足らずのレイラが言った。
闇の精霊だろうと精霊同士は揉めたりしないのか。
やっぱりちょっと価値観が人とはずれてるな。
精霊王も人が滅びようが一人の闇の精霊のほうが大事みたいだし。
俺は謎が解けると、レイラの声が聞こえてなかったクリストに教えた。
しばらくすると、納得したように頷いた。
「とりあえず、旅を急いだ方がいいだろうな。アルベルとセリアって子を再会させることに意味があるだろうし」
クリストがそんなことを言っていた。
今まで俺を強くすることしか考えてなかったのに。
「クリストもそう思ってくれてたんだ」
「お前の気持ちとは関係ないんだけどな。予見の霊人は俺にお前を導けと言った。それでセリアは予見の霊人に関係してるんだろ?」
「うん」
「なら多分、予見の霊人とセリアは行動を共にしてると思うぞ。マールロッタを目指せばセリアと会えると思う」
正直、少し驚いた。
クリストは普段頭が悪そうな行動や言動を取っているが。
考えればしっかりと推理できる男なのか。
セリアと俺の再会に意味があると思ってくれるのは嬉しい。
俺は何が起こるのかも分からないし、ただ会いたいだけだけど。
「マールロッタって確か予見の霊人がいる町だよね。
どこら辺にあるの?」
「ドラゴ大陸を抜けて、一月も歩けば着くぞ。
俺達の足で急いで向かえばもっと早い」
俺達が旅を始めたのが大体五ヶ月前。
ドラゴ大陸を抜けるのは一年と言っていたから、ここは中腹くらいだ。
色んな事情で最短距離から離れてしまっているが、その分急げばいい。
つまり、後八ヶ月ぐらい旅を続ければ。
やっと、セリアに会えるのか。
マールロッタにセリアがいる確証はないがクリストの言葉には説得力がある。
よし、俄然やる気が湧いてきたぞ。
「行こうか! 急がないとね!」
「おう!」
「はい!」
最後の声に、俺はすっかり忘れていたようにフィオレの顔を見た。
戦闘にも話にもついてこれず、完全に蚊帳の外だった。
俺は少し申し訳なさそうな顔を作りながら今更聞いた。
「フィオレ、大丈夫だった? 怪我はない?」
「はい、何もしてませんし……でも、次は私も戦えるように頑張ります!」
少し悲しい顔をしたが、フィオレはすぐに切り替えて声を上げた。
うんうん、前だったらずっと沈んでただろうからいい兆候だ。
俺は微笑ましくなり口を開いた。
「期待してるね」
「はい!」
俺が言うとフィオレは嬉しそうに笑みを浮かべた。
もちろん、フィオレが参加しても死ぬだけなら戦わせる気はない。
フィオレは長命だ。
せっかく才能があるのに、まだ腕が浅い内に死んでしまうのは勿体無いし、仲間が死ぬところなんて見たくない。
クリストより強くなるとしたら、いつか最強の剣士になれる器があるんだから。
話が終わると、戦いの中、びくともしなかった大樹に視線をやった。
相変わらず姿は見えないが、精霊王がいるならここだろう。
「えーと、精霊王様。色々と本当にありがとうございました」
俺は精霊王に心の底から感謝を伝える。
俺が深く頭を下げると、クリストとフィオレも軽く頭を下げた。
しばらくして頭を上げると、声が聞こえた。
『構いませんよ、レイラを大事にしてあげてください』
「もちろんです、ではこれで」
精霊王と会話が終わると、もう何も言わずに成り行きを見守っていた女性。
エリサと呼ばれていた人にも軽く会釈すると、俺達は森を抜ける為に歩いた。
道中、せっかくだし俺の頭上にいるレイラに話しかけてみた。
「レイラはもっとお喋りだと思ってたよ」
クリストとフィオレは、俺が精霊に話しかけてると分かると何も言わず歩いた。
『ふふ、私は空気を読めるんだよ』
レイラはそんなことを微笑しながら言った。
本当に空気を読めるんだろうか、ライニールとの戦いを思い出すが。
全然俺と話が通じてなかった気がする。
いや、あれは俺の勘違いも大きいけど。
でもやっぱり、少し子供っぽいな。
そう思うと俺もはは、と軽く笑ってしまった。
『なんで笑うの』
「いや、何でもないよ。これからよろしくね」
『これからじゃなくてずっと一緒に居たのに』
「そうだけどさ、会話ができるようになったのは初めてだし」
『……分かった。よろしくね』
中性的な心地良い声でレイラが言うと、会話は終わった。
エリシアはあまり話してくれなかったが、レイラと二人になったら父のことも聞いてみようかな。
そんなことを思い森を出ると、いつもの様に甲馬に三人で乗り込む。
すると、レイラは俺の懐に潜り込んだ。
また仲間が増えたような感覚になり、嬉しくなった。
俺が微笑むと同時に、甲馬は勢いよく広大な大地を走り出した。
明日の更新で五章はお終いです。




