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好きな子追いかけてたら英雄になってた  作者: エコー
第五章 ドラゴ大陸
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第四十九話「遭遇」


 精霊王の居場所に向かって走り続け、かなり経っていた。


 やる事に変わりは無い。


 稽古して、甲馬に乗り走り続ける。

 それをひたすら繰り返すだけだ。


 フィオレが加わったことにより、会話は前より賑やかにはなった。

 俺の新しい仲間達は結構お喋りだ。

 エルとランドルと旅をしていた時は俺が一番会話を振ってたけど。

 この中では俺が一番静かなぐらいだろう。


 変化といえば、食事が変わったことぐらいだろうか。


 いつも通りクリストが魔物を狩り丸焼きにする。

 そして俺とクリストが原始人のように肉を齧っていると。

 フィオレが戦慄して、初めて少しだけ怒った口調を見せた。


 何でもエルフは栄養をしっかり気にするらしく、肉より野菜のほうが好きらしい。

 そもそもエルフは肉をあまり摂らないらしいが、問題はそこではない。


 さすがに女として許せなかったらしく、自分が調理すると言い出した。

 しかし、剣術の稽古中とは裏腹に、フィオレの料理はやばかった。


 野草の知識があるといい、肉に香草を使って味付けしたりしていた。

 味はまぁ悪くはなく、丸焼きの肉を齧ってるよりは全然良かった。

 そして、野菜も摂りましょうと並べてくれたのはいいのだが。


 たまに間違えたのか、毒のある野草が混じっていたりした。

 俺が泡を吹きながら悶絶した時は二度目の死を感じたものだ。

 クリストが魔竜が襲ってきた時より慌てて治癒魔術を掛けてくれたのは忘れられない。

 初級で治らない毒だったらまじで死んでいたところだ。

 

 そんな訳で、三人で食事のことを話し合った結果。


 クリストが魔物を狩り、フィオレが調理して、俺がフィオレの調理を見張る。


 こんな流れになった。

 もちろん俺に野草の知識などなく、フィオレに教えてもらうことになった。

 フィオレが間違えて摘んできたものがあれば指摘する。

 

 もう俺が調理を覚えるかとも思ったが。

 片腕で細かい作業はしにくいし、何よりフィオレはこんな有様なのに調理役を譲ろうとしなかった。

 何か、女のプライドのようなものがあるのかもしれない。

 俺としては殺されなければありがたいことなのだが……。

 

 というわけで一応、前よりかは俺達の食生活は改善されていった。

 しかし、エルの料理の味を思い出すと泣き出しそうになってしまうが。




 そんな生活を送り、二ヶ月が経った頃。


 深い森の前でクリストが甲馬を停めた。

 全員で甲馬から飛び降りて森を眺めるが、神秘的なものを感じる。

 人が歩いた形跡もなく、ただ太い樹が並んでいるだけだった。


「本当にここなの?」


「俺も場所を聞いたことがあるだけで来たことはないんだ。とりあえず森を歩いてみるしかないだろうな」


「まじか……一日で歩ける広さじゃないね……何か強い魔物も多そうなイメージだし」


「いや、ここは精霊の森と呼ばれていて、何故か魔物は生息してないんだ。ドラゴ大陸でも魔物がいないのはここくらいだろうな」


「それは助かるな、じゃあなんとかなるか」


 俺達は少し確認するように会話をすると、歩き出した。


 しばらく樹を縫うように歩くが、景色は変わらない。

 樹海に迷いこんでしまった感覚だ。

 ちゃんと帰れるのだろうか。


 少し不安気に歩いていると、フィオレが口を開いた。


「私達には見えませんけど、

 やっぱり精霊がいっぱいいるんでしょうか?」

「どうだろう。見られてると思うとちょっと緊張するね」

「いるんだろうな、向こうから近付いてきてくれればいいけど」


 その言葉に、ふと思った。

 今思えば、俺達は精霊が見えないのにどうやってコンタクトを取るんだ?


「ねぇ、精霊王がどこにいるとか俺達に絶対分からないよね」


 俺の言葉に、クリストは首を振った。


「魔族の精霊使いが一人、ここで暮らしてると聞いたことがある。そいつが仲介人になってくれればいいんだが」


「へぇ……とりあえず探すしかないか」


 会話は終わり、俺達は進みにくい森をひたすら歩いた。


 半日は歩いただろうか。


 急に開けた場所に出ると、驚いた。

 他の樹の何倍もの太さがある大樹が真ん中に一本、生えていた。

 上を見上げても、幹や葉で空は見えない。

 しかし何故か、樹の周辺は光に包まれていて明るかった。


 大樹の少し離れた所にこじんまりとした小屋が建っている。

 しかし、小屋の中に入る必要はなかった。

 大樹の前に、俺達を待つように立っていた人物がいた。


「レイラ、久しぶりですね。帰ってきたのですか?」


 その声を発した人物が待っていたのは俺達ではなかった。

 俺の、精霊だった。

 俺達には興味がなさそうな人物は女性だった。


 地面に垂れそうなほど長い白髪で、樹海に似合わない真っ白なローブを着ている。

 顔立ちは少し、エルに似ている気がした。

 つまり、綺麗だ。


「ほぉ……なるほど……」


 レイラと話しているのだろうか。

 俺達と一切顔を合わせることはなく、相槌を打っていた。

 しばらく、うんうんと話を聞いていた女性は、急に俺達に顔を向けた。


「レイラは貴方の力になりたいと言っていますが。

 貴方は既に精霊使いでもないのに加護を受けている。

 これ以上何を望むというのでしょうか?」


 少し威圧的な言葉に、俺は口を開けないでいたが。

 クリストは気にすることなく言った。


「こいつに精闘気を扱えるようにしてやってほしい。

 どうしても必要な事なんだ」


「それは人の子が持つには強大すぎる力です。

 我らの王もお許しにならないでしょう」


 王って、精霊王のことだよな。やっぱりそう上手くいかないか。

 そもそも、どうやったら精闘気が使えるようになるか分からない。

 そういえば、クリストと初めて会った時。

 闘気の謎について知っているようだったが、まだ聞いていない。

 クリストはお喋りだったし、俺もクリストに合わせて無駄な話ばかりしてしまっていた。

 精霊王にどうにかしてもらえることなんだろうか?


「そこをなんとかしてほしい。

 災厄が活動を始めたんだ、このままじゃ手遅れになる」


「それは知っていますが、私達には興味のないことです。

 人が滅びようとも、精霊達には関係ありませんから」

 

 この仲介の女性は精霊ではないが。

 自分が死んでも精霊が生きていれば問題ないといった様子だ。

 俺達と感覚がずれすぎている。


 そんな女性の態度に、クリストは苛立ったのか。

 少し怒りの篭った声を上げた。


「元はといえば、あんたらの所の闇の精霊のせいだろ!

 少しぐらい責任を取る必要が――」


「もう話を聞くつもりはありません。すぐに去りなさい。

 レイラ、その子が死んだら帰ってくるのですよ」


 そう言って俺達に背を向けようとする。

 さすがにクリストが引き下がる訳がない。

 クリストは詰め寄ろうと歩き出したのだが。

 ライニールと対峙した時聞いた声の感覚と同じものが、俺達を呼んだ。


『エリサ、私はまだ何も言ってませんよ』


 凛とした女性の声は、耳から聞こえなかった。

 脳に直接声を流し込まれたイメージだ。

 さすがに、その体験にクリストとフィオレも驚いていた。

 多分、この声を発しているのが精霊王だろう。

 精霊王は相手が精霊使いじゃなくても会話ができるのか。


「しかし……」


 エリサと呼ばれた白髪の女性は、まだ納得してないように言うが。

 

『人の子、アルベル。貴方は一方的にレイラに愛されている。

 私も今のままではレイラが不憫でならない』


 なんで俺の名前を知っているんだろうか。

 レイラから聞いたんだろうか、精霊王だからだろうか。

 もし俺の頭の中を覗かれていると思ったら怖いが。

 俺はここに来てから初めて口を開いた。


「俺を精霊使いにすることができるんですか?」


『私にもそれはできません。

 ですが、レイラを認識できる加護を授けることはできます』


 つまり、レイラだけなら見て、話すことができるのか。

 正直それだけで十分だ。

 しかし精闘気をどうやって使えばいいのか分からない。

 穏やかそうな印象だし教えてくれるだろうか。

 いいや、聞いてしまおう。


「それで精闘気が使えるんでしょうか」

『貴方は闘気の知識が乏しいようですね』


 頭が悪いと言われるような言葉に、少し悲しくなる。

 さすがにこの存在に苛立てるような器を俺は持っていない。


「はい、できれば教えて頂きたいのですが」


『闘気と魔力は人の魂に備わっているものです。

 違いは、成長するものとしないもの。

 感じ取れるものと認識できないものでしょう』


 魂……か。

 心臓に魂があるのだろうか。

 前世だったら魂の存在は信じなかったが、俺は転生してるしな。

 俺は魔術師じゃないから分からないが、認識できないならどうやって魔術を使ってるんだ?


「魔術師はどうやって魔術を使ってるんですか?」

『認識できない魔力の形状を変化させる為に、詠唱があります。

 なので、魔力の限界は経験でしか分からないでしょう』


 確かに、魔力切れを起こす魔術師はよくいる。

 エルはたまに疲れた表情を出す程度だったが、それは魔力を使いすぎたからではない。

 多分、俺が剣を振り続けて疲れたのと同じ感覚だろう。

 厳密な限界は経験でしか分からないのか。

 しかし、闘気は水になったり炎になったりはしない。

 やはり別の力なんだろうとは思うが。


 いや、そもそも魔力のことを聞きたかったんじゃなかった。


「何で闘気を纏うと負荷が掛かるんですか?」


『魔力が詠唱によって形状を変化させるように、魂から放出された闘気も変化を遂げます。その闘気は体と融合しますが。肉体より放出した闘気の方が強かった場合に問題が起こります』


「問題って……」


『肉体だけでは闘気を纏いきれず、魂が変化した闘気を纏ってしまうのです。魂に掛かる負荷によって、魂と繋がっている体に痛みが走ります。そして魂が闘気に耐え切れなくなると、死に至るでしょう』


 今ならなんとなく分かる。

 普段、魂に眠っている闘気には何の力もないのだろう。

 闘気を開放し、肉体に乗せた時に初めて強靭な力を手にする。

 そのイメージは、力、速さ。

 そして俺は闘波斬のように、闘気が鋭い刃に変化することも最近知った。


 敵を倒そうと力に変化した闘気が肉体だけでは抑えきれない場合、魂にも纏ってしまうのか。


 となると。

 

「クリスト、鬼族の能力ってもしかして」

「魂の修復だ。魔力切れした奴も治せる」

 

 日常生活で活躍することはなさそうだが。

 パーティに一人いたら大活躍しそうだな。

 もちろん、魔力が回復する訳ではないだろうが。

 多分、魔力も底を尽く瞬間に魂に負荷がいくのだろうか。

 魔力切れは意識を失うし、魔力のほうが代償は大きいのかもしれない。


 しかし、ライニールとかはどうなるんだろうか。

 多分人種だと思うが、あの闘気は人が纏うと即死しそうだったが。

 いや、そもそもそれだと千年もあの部屋にいるのもおかしいか。

 俺の考えを読んでいるように、精霊王は言った。


『中には長い年月の中で、闘気を魂に纏っても耐えれる魂を持つ者もいます。そこにいるクリストなどがいい例でしょう』


 クリストも名前を呼ばれたことに驚いていた。

 本当に脳内を覗いてるんじゃないだろうか。

 もしそうなら俺が転生者ということもバレてそうだけど……。


 そして、肉体だけじゃなく魂も鍛えられるのか。

 ただ精霊王の言う長い年月なんて、俺の寿命の何十倍の話だろうが。

 俺には到底鍛えている時間はなさそうだ。


「精闘気を纏った時は負荷を感じなかったんですが」


『精闘気は精霊が魂と闘気に融合します。精霊の力は貴方が思っているより強大です。闘気をいくら纏ったとしても問題ありません。その精霊と融合するのですから、人では及ばない力を手にします』


 精霊と融合した魂なら闘気程度じゃびくともしないということだろうか。

 確かにそれだと負荷は掛かりそうにないが。

 

「元の闘気が大きくないと精闘気が使えないのは?」

『闘気が小さすぎると精霊と融合できないからです。

 精霊を覆うには強大な闘気が必要です』


 あの時みた蝶のような光は小さかったけど。

 いや、精霊の大きさは関係ないか。

 一度精闘気を使えたことからその条件は問題ないはずだ。


「なんとなく分かりました。ありがとうございます。

 レイラを認識できるようになれば融合できるんですね?」

『はい、貴方がレイラを受け入れれば望み通りになるでしょう』

「そうですか、それで、あの。加護はいただけるんでしょうか」


 説明してもらったが、まだ加護を授けるとは言ってもらってない。

 これでダメとか言われたら相当へこむが。


 横目で見るクリストとフィオレも真剣な面持ちで返答を待っていた。

 少しだけ間を空けて、精霊王が言った。


『はい、レイラの為に貴方に加護を授けます』

「よし!」


 その言葉に、俺より先にクリストがガッツポーズして喜んでいた。

 俺もほっと息を吐く。

 加護ってどんなんだろうか。


『貴方の胸にレイラと繋ぐ魔術を刻みます。

 少しの時間と痛みは我慢してください。

 後、動かないように』


「感謝します」


 時間が掛かるのはいいが、痛いのか。

 どんな感じなのだろうと考えてる内に、痛みが走った。


「っ……」


 皮膚が彫られている感覚、しかし、激痛というほどでもない。

 俺はもう痛みには慣れている。

 本来、治癒魔術がなければ俺は全身傷だらけだろう。

 胸元を引っ張り痛みの元を覗くと、左胸だった。


 薄く発光しながら、赤い線がゆっくりと走っていた。

 動くなと言われたからには体を震えさせることもせず、耐える。

 俺が少し眉を寄せると、フィオレが心配そうに覗き込んできた。


「師匠、大丈夫ですか?」

「うん、これぐらいは問題ないよ」

「これで心配事は無くなったな! 安心してドラゴ大陸を出れるぜ!」


 クリストは俺の険しい表情を気にすることはなく、嬉しそうだった。

 まぁ会ってからずっと俺の精闘気を気にしてたみたいだしな。

 俺も、災厄と戦闘なんてことになった時に瞬殺される心配はなくなったか。



 そんな事を思っていた時。



 この俺達だけの空間に、異質な来客が現れた。

 全員で足音の方向を見るが、その人物は黒尽くめだった。


 黒いフードが付いたマントで顔も体も全て覆っていた。

 顔も輪郭はうっすら見える程度で、種族すら分からない。


 エリサの知り合いか? と白髪の女性を見るが。

 その表情は凍り付いて固まってしまったようだった。


 フィオレは俺と同じで誰だろう? と二人で顔を見合わせる。


 しかし、クリストを見ると。

 今まで見たことがない、恐ろしい形相をしていた。

 目は見開き、歯を強く噛み締めると、すぐさま剣を抜いた。


 え? どうしたんだ?


 突然の来客からは何も感じない。

 殺気を飛ばしてくるわけでもない。

 

 いや、違う。


 この黒い人物は、クリストだけに敵意を持っていた。

 俺とフィオレには、虫が飛んでいるように気にしていないだけだった。

 そして、薄らと口元が動くのが見えると、同時に声が発せられた。


 「クリストか。なるほど、貴様が魔竜を殺したのだな。貴様と分かっていれば、警戒しなくとも自ら殺しに赴くべきだったか。しかし何故ここにいるのかは理解できんが」


 その声は、どこか聞き覚えのある懐かしい声だった気がする。

 しかし、今俺の脳内に駆け巡った考えは、声の懐かしさなど吹き飛ばすものだった。

 こいつの言葉の意味、それを考えると思い当たる人物は一人しかいない。


 災厄。


 俺とフィオレは気付くとすぐに剣を抜いて構えた。

 しかし、脳内に声が響く。


『動かないようにと言ったでしょう』

「しかし……」


 この状況で動かないわけにはいかない。

 戦わなければ、殺されてしまう相手だ。

 相変わらず、俺とフィオレには殺気も感じなかったが。


 俺達が闘神流の構えで剣を握った瞬間、災厄は初めて顔を向けた。


「なるほど……読めたぞ、クリストの弟子か。

 忌々しい闘神の剣は真っ先に滅ぼさなければならん」


 その瞬間、突如殺意が向けられた。

 ぞくっと背筋が張り詰め、地面を踏みしめる足が震える。

 なんだ、これは。


 禍々しいなんてモノじゃない、黒を更に黒で染め上げたような悪意。


 闘気を先に纏ったのは、災厄だった。


 瞬間、神秘的な森が暗黒に染まり、世界が変わる。

 その闘気の巨大さは、ライニールとの戦いを思い出す。

 しかし、漆黒の闘気から迸る悪意は異質だった。


 その闇の世界の中で、クリストが口を動かした。


「アルベル、お前は加護を受けるまで動くな。でも、万が一の場合は――」

「……え?」

「逃げろ。どこでもいい、とにかく遠くへ行け」

「クリストを置いて行けるわけが――」

「俺が死んだ時の話をしてるんだ! 言うことを聞け!」


 俺を見ずに怒鳴るクリストに、俺は口を開けなかった。

 死ぬって、クリストを殺せる敵から逃げれるはずが――。


 俺の考えが纏まらない間に、クリストは自分に言うように呟いた。


「これが、予見の霊人の導きなら……」


 その言葉と共に、クリストの赤い闘気が爆発した。

 初めて見る、クリストの全開の闘気。


 災厄のライニールを思い出す巨大な闘気とぶつかり合い、闘気の奔流が起こる。

 黒と赤の闘気が捻り合い、お互いの闘気が競り合う。


 少し、赤い闘気が押されているのが分かる。

 でも、俺は大丈夫だと思ってしまった。

 俺の中でクリストは最強の剣士だ。


 この程度の闘気の差なら、闘神流の技を極めているクリストは負けない。

 俺の加護が終わるまで耐えてくれたら、二人で戦える。

 災厄は食うだけで強くなる、恐らく血の滲むような努力をしていない。


 そう、思っていた。


「ほう? 千年の間に随分腕を上げたようだ。

 遊んでやろうと思ったが、仕方ない」


 クリストの強大な闘気を前に、災厄は余裕だった。

 いつでも殺せると、副音声が聞こえてくるようだ。


「来い、シェード」


 その言葉と共に、黒い闘気が変異する。

 更に黒を黒で染めあげ、もはやそこに立っているのかが何なのか見えない。

 

 この闘気は、俺にも分かる。

 ライニールと戦った時に自分で纏った闘気。


 精闘気だ。


 しかし、俺の纏ったその闘気とは真逆の闘気だった。

 悪と悪が融合し、恐怖が倍増する。

 

 俺はその中で、声を上げた。


「まだ終わらないのか!」

『もう少し、待ちなさい』


 こんな状況でまだ穏やかな声色を出す精霊王に苛立つ。

 俺は真っ先に言わなければならないことがあったのを思い出す。


「フィオレ! 逃げろ!」


 俺の言葉に、フィオレは足を震わせながらも小さく首を振った。


「師匠を置いて逃げる弟子はいません!」

「フィオレがいても何もできない! 戦闘の邪魔になるだけだ!」


 俺が怒鳴りながら辛辣な言葉を投げかけても、フィオレは動かなかった。

 そして、死を覚悟するように言った。


「盾にはなれます。師匠がいなければ私は既に死んでいる身ですから」


 その表情は、あの日迷宮で俺を追いかけてきたエルとランドルと同じだった。

 どこにいっても、俺の仲間は言うことを聞かない。

 

「む? クリストが弟子を逃がす為に戦うのかと思えば。

 逃げる訳でもなく共に戦おうともしない。

 理解できないな。貴様ら、ここで何を――」


 災厄の言葉が紡がれる前に、クリストは斬り込んだ。

 災厄は俺が見えない程の動作で腰から剣を抜くとクリストの鋭い斬撃を捉えた。


 二人の剣がぶつかり合った瞬間、突風が吹き、俺は少し後ろに飛ばされる。

 周りの太い木々達は震え、今にも根から飛んでいきそうな風圧。


 黒い闘気に包まれている剣は、平凡な剣だ。

 俺やクリストの持っているような業物ではない。


 しかし、そんなことは災厄にとって関係なかった。

 武器は、何でもいい、闘気の差で覆せばいいと。

 人が辿り着けない領域にいるクリストの剣術と闘気は、災厄の平凡な剣に負けていた。


「くっ……!」


 クリストが険しい表情を作りながら呻き声をあげる。

 打ち込んだ剣を離し、一瞬で後ろに飛ぶと、着地と同時にまた斬りかかる。

 闘神流風斬り。

 その高速の突進は、腕に自信のある剣士でも目視できないだろう。

 しかし、災厄は風斬りに合わせて剣を振る。


 刀身がぶつかり合った瞬間、クリストの後ろの樹が剣圧で吹き飛んだ。

 何百キロもある巨大な樹は、一振りの剣で簡単に消し飛ぶ。


 あれと打ち合ったクリストの負荷は一体どれ程の……。


 剣を合わせただけなのに、クリストは噛み締めた口元から血を噴出した。

 斬り傷は一切ないはずなのに、内臓を潰す衝撃がクリストを襲っている。

 

 勝てない。


 もう、俺の加護が間に合っても、クリストが戦える状態ではなければ。

 恐らく、精闘気の練度が違いすぎる。

 ライニールと戦った時の俺の精闘気は、あれほどの力はなかった。

 元より、根本的な闘気の量が違いすぎる。


 クリストが剣を振れる間に終わらなければ――。


「まだか!!」

『もうすぐです』

  

 暗黒の世界で照らされる俺の胸元の光は、先程よりも大きくなっていた。

 紋章のような刻印がはっきりと映し出されている。


 早く、早く、早く、俺は頭の中で念仏のように唱え続ける。


 クリストを見ると、たった二合の打ち合いで憔悴しきっていた。

 痛みを感じさせない佇まいを見せてはいるが、表情は曇っている。


「貴様を殺せば闘神流もやっと滅ぶだろう。

 まだこの時代の知識は少ないが、貴様より強い剣士はいない筈だ。

 俺の邪魔をする者はもういない」


 余裕そうに言う災厄の口元は黒く染められていて見えないが。

 口が裂けるように口元を歪めているのは、何故か分かった。


「そうでもないさ……」


 クリストが唇を血で染めながら、少し口を動かした。

 強がりなのは、俺にも分かる。


「もう、死ぬがいい」


 その言葉と同時に、災厄が消えたように見えた。

 いや、俺の横目に何かが移動した。

 

 すぐに視線を移動させると、驚愕に目を見開いた。

 クリストの左胸を、剣が貫いていた。

 その光景に、俺は凍り付いてしまった。


 凍った時間を溶かしたのは、クリストだった。


「チッ……」


 心臓を貫かれたと言うのに、血を吐きながら舌打ちをする。

 それを見て、思い出した。

 正直あまり信じていなかったが、クリストは心臓が三つあるとか言っていた。

 少し経つがクリストが崩れる気配はない、多分本当だ。


「あぁ、貴様はダヴィア族だったか」


 そう言いながら剣を引き抜くと、クリストの左胸から血が溢れ出す。

 クリストに次の剣を受ける余裕はない。

 災厄がこれからすることは、分かった。


 クリストの首を刎ねる以外ない。


 災厄は簡単そうに剣を振り上げる。

 その動作はゆっくりだが、それが振り下ろされる速さは恐らく誰も反応できない。

 俺は精霊王の制止を無視して駆け出そうとした瞬間、左胸に熱を感じた。


『聞こえる?』


 ライニールに殺されそうになった時聞いた声と同じ声。

 忘れるわけもない、俺をいつも守ってくれていた精霊の声。


 俺は右手の剣を握りしめ、風斬りの姿勢で踏み込みながら叫んだ。


「レイラ!!」


 俺の怒鳴り声に返事はなかったが、体に熱い何かが入ってくるのを感じる。

 俺の闘気と融合していくその闘気の引き出しを開ける。


 光が俺を包むと、俺の体は白い闘気を纏い、闇を照らした。

 

 災厄の剣が振り下ろされる瞬間、俺は消えた。

 気付けばクリストの目の前で、俺は下段から剣を振り上げた。

 激しい金属音と共に、災厄の剣が跳ね上がる。


 俺はそのまま災厄の首を刎ねるように剣を振る。


 しかし、災厄は動揺しながらも俺の剣を捉え、受けた。

 黒と白の闘気がぶつかり合い、次第に闇の空間に光が差し込んでくる。


 闘気の奔流の中、黒い闘気に包まれた輪郭が少し晴れると、見覚えがあった。


 俺の精闘気に吹き飛ばされるようにマントのフードが後ろに飛ぶと、はっきりと顔が見えた。

 その顔は、驚きと困惑が入り交ざった表情を作っていたが。


 最後に見た時から、少しだけ老けただろうか。


 短く切られていた金髪は少し伸びているが、爽やかながらも凛々しい容姿。

 しっかりとセリアに遺伝子を分け与えたと思っていた男の顔があった。


 俺は悪を見る目とは思えない表情で、言葉を溢してしまった。


「イゴルさん……?」


 そこにあったのは、俺に剣術を教えた師であり。


 俺の大好きな女の子の父親の顔だった。

闘気の説明が難しい……。

もっといい言い回しを考えたらその都度修正すると思います。

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