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好きな子追いかけてたら英雄になってた  作者: エコー
第五章 ドラゴ大陸
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第四十八話「繋がり 後編」

エル視点です。


 ルカルドから南に下って三ヶ月が経っていた。


 私達がルカルドを発ってしばらく歩いた頃、冬は終わっていた。

 それも当然だ、ルカルドに向かう道中の期間を入れると半年は雪道を歩いていた。


 私達はすぐに近くの町で上等な馬を買った。

 もちろん二頭だ、ランドルと一頭の馬に一緒に乗るなんて絶対に嫌だ。


 乗馬に慣れるまで魔物に襲われた時は苦労した。

 慣れてしまえば、しつこく追ってくる魔物以外は無視して走った。

 乗馬しながら魔術を放つのも慣れたものだった。


 


 そして三ヶ月経った今、私はとある屋敷の一室にいた。

 

 時刻は夜だ。

 ベッドに腰掛ながら窓を見ると、月明かりで薄く部屋が照らされている。


 私の手の中には自分の冒険者カードがあった。

 前までは、寝る前にカードに記された兄の名前を眺めるのが日課だった。

 

 今となっては、私のカードには自分の名前、年齢、種族以外何も記されていない。

 もう、兄を感じれるパーティの欄は空白になってしまっていた。


 これを思い付いたのは、ここに戻ってきてからだ。

 兄がすぐに気付いてくれるかは分からない。

 でも、生きているのなら。

 

 私はそう信じて、この国に戻った時のことを思い出した。




 数日前――


 私とランドルは、以前五ヶ月掛かった距離を三ヶ月に短縮し。

 セルビア王国に辿り着いた。


「イグノーツに頼んだらすぐに出るのか?」

「うん、滞在するとしても一晩だけ」

「分かった」


 私達の会話は確認だけ。

 それ以外は、一切話さない。

 お互い会話を楽しむ性格でもないし、ただでさえ嫌い合ってる。

 旅の進行について話すのも、苦痛だった。

 もちろんランドルもそうだろうが。


 私達は馬を停めると、城下町を歩き出した。


 以前、この国を発ってから十ヶ月が経っていた。

 しかし、私達が初めてここを訪れた時から町並みに何も変化はない。


 ここに寄ったのは、イグノーツに兄の捜索を頼む為だ。

 恩はある、イグノーツは私達に贈る報酬に自分で納得していなかった。

 あの王子の性格からして、断ることはないだろう。

 さすがに私も直接兵士を動かしてもらおうとは思ってない。

 私達が兄を探してることを広めてくれればいい。

 私達がエルトン港からコンラット大陸に移ることをどこかで兄が知ってくれればそれでいい。


 とにかく、まずはローラの所に向かう。

 私達は一直線に道場へ向かった。


 兄と初めてここに来た時と同じ、木刀が交差する打撃音が聞こえる。

 ローラはいるだろうか。

 私は開きっぱなしの道場の入り口から、そっと中を覗いた。


 剣士達の顔を順番に確認していくと、いた。

 少し大人っぽくなっただろうか。


 長い青色の髪を揺らしながら剣を振っているローラがいた。

 私でも分かるくらい、前よりも剣術の腕に磨きがかかっていると感じた。


 普通、部外者が道場に入り込むことは許されないだろうが。

 私は少しだけ躊躇しながらも踏み込んだ。

 

 真っ先に来客に気付いたのは流帝だった。

 私達の顔を覚えていたようで、少し頬を綻ばせながら近付いてくる。

 その様子にローラも気付いたようで、驚いた顔でこちらに駆け寄ってきた。


「皆さん! お久しぶりです! 思ったより早くまた会えましたね」


 私達を見て微笑むローラは、本当に嬉しそうだった。

 私もその様子に久しぶりに頬が柔らかくなった気がする。


「久しぶりだね、ちょっと用があってきたの」

「用……? そういえばアルベルさんの姿が見当たりませんが。

 エルさんがアルベルさんと別行動してるのは珍しいですね」


 ローラは兄もこの国に来てると思っているようだ。

 会いたいと思っている気持ちが私にも伝わってくる。

 セリアお姉ちゃんの想いと同じものだ、私はよく知っている。


 ローラが少し可哀想になり、私は少し表情を曇らせた。

 ローラはすぐに察してしまい、顔を青ざめて動揺した。


「え……? 何かあったんですか……?」

「三ヶ月ぐらい前に不思議なものを見なかった?」

「は、はい。お母様が珍しく驚いていたので覚えています。

 あれと何か関係あるんですか?」


 ローラは黙って話を聞いていた流帝を見る。

 その流帝の顔は驚愕の表情で、私も初めて見るものだった。


「あの子が倒したの? あのボスを」

「多分……。迷宮のボスを知ってるの?」

「昔、冒険者だった時にね。さすがに挑めなかったわ。今の私でも勝てない相手でしょうから」

「え? お母様でも……? アルベルさんはどれだけ強くなって……」


 重要なことはまだ伝えれていない。

 二人共驚いているが、そんなことはどうでもいい。

 私が言おうとすると、流帝が先に言った。


「でも、言い伝えは本当だったのね。あの子は転移したんでしょう?」

「その話なんだけど……」


 私は今までのことを話した。

 

 兄が皆を守って一人で戦ったこと。

 ボス部屋に戻った時には兄とボスの姿がなかったこと。

 兄の腕と、折れた剣が落ちていたこと。

 冒険者の間では、兄はボスと相打ちで死んだことになってること。


 語る私は次第に涙目になっていったが、ぐっと堪えた。

 情けなく泣いている時間なんてない。


 話が終わると、ローラは少し体を震わせていた。

 そして小さく唇を動かした。


「そんな……まだ何も伝えれてないのに」


 次第に涙目になっていくローラだが。

 私はローラの涙を吹き飛ばすように言った。


「死んだと決まったわけじゃない。

 私達は生きてると思ってお兄ちゃんを探してるの。

 だから、王子に頼みたいことがあるの」


 兄が死んだと思って腐っていた私が言えることでもないが。

 ローラは少し首を振って考え直すと、頷いた。

 

「分かりました、すぐにイグノーツ様に伝えます。

 すぐに面会できるか分からないので……」


 ここでずっと待っている訳にはいかないだろう。

 分かりやすい場所がいい、今はお金は十分にある。


「前に泊まってた宿で待ってるね」

「はい! 分かりました!」


 私が言うと、ローラは即答して駈けて行った。

 ローラには感謝しかない。

 私は流帝に頭を下げて別れを告げると、宿へ向かった。



 

 懐かしい宿で前と同じ部屋で椅子に座って待った。


 会話はないが、ランドルも今は同じ部屋だ。

 密室で二人でいるのは相変わらず居心地が悪いが。

 二人で旅をしてる間に少しは慣れてマシにはなった。

 前だったら狂いそうになっていたのが気持ち悪いくらいには。

 来客を待つ時間ぐらい耐えられる。



 しばらくすると、フードを被った男とローラがノックと共に扉を開いた。

 忙しいだろうに、物凄い対応の速さだ。

 私を見る王子の視線は苦手だが、今はその事に感謝することにしよう。


「お久しぶりです。話は聞きました。

 私ができる限りの協力をさせて頂きます」


「ありがとう、急にごめんなさい」


 イグノーツは意外にも私を前のような視線で見なかった。

 緊急事態だと分かっているのか、真摯な対応をしてくれた。


 私達は話し合った。


 間違いなくカルバジア大陸にはいないと思っていいとのこと。

 私達が魔術大国を経由して北を目指そうとしていること。

 兄に伝わればきっと合流しようとしてくれるはず。

 その情報をコンラット大陸に流してほしいと言ったのだが。


 イグノーツは兵士を動かしてくれようとしたが、断った。

 多分あまり意味はないし、さすがに私達の為にそこまでしたら色々と問題もあるだろう。

 最終的に、コンラット大陸の冒険者ギルドに話が伝わるように善処するということだ。

 今の私達の足は早いし、一番不安なのはすれ違ってしまうことだから。


 それだけで十分だ。


「言葉でしか感謝を伝えれないけど、ありがとう」


「いえ、皆さんは私の命の恩人ですから。

 何か困ったことがあれば何でも仰ってください」


 イグノーツは私達を安心させるように軽く微笑んだ。

 私も少しだけは苦手意識を払拭した。

 さすがにこれだけしてもらって嫌悪するのが失礼なのは私でも分かる。


 会話が終わったと思ったら、ローラが口を開いた。


「何か他に連絡手段があればいいのですが……」


「もし生きてたらコンラット大陸で有名になってると思う。

 大陸を渡れば情報が入ってくると思うけど……」


「とにかく行くしかないと……」


 ルクスの迷宮は世界の迷宮の中で最高難易度だ。

 それを単独で踏破したことは世界中で噂になっているはず。

 ルカルドの冒険者も兄の話で持ちきりだった。


 兄がコンラットの南に転移していたら。

 もしかしたら船に乗る前に情報が入ってくる可能性がある。

 そうすれば安心して捜索できるのだが。


 私は懐から冒険者カードを出して、兄の名前を見た。

 相変わらず、これでは何も分からないが。


「冒険者カードですか? それで生死は分からないんですか?」


 ローラの言葉に、私は首を振った。


「死んでいても名前が消えるような仕組みにはなってないの。

 自分で脱退申請しないと――」


 そこで私はようやく気付いた。

 何故、これだけカードを眺めていて気付けなかったのだ。

 自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。


 死んだかどうかは分からないが、生きていることを伝えることはできる。

 私は立ち上がった。


「ローラ、ありがとう。もしかしたら分かるかもしれない」

「え? どういうことでしょうか」

「後で説明するよ。ランドル、冒険者ギルドに行こう」

「分かった」


 私が何も言わずとも、ランドルは一言返して立ち上がった。



 よく分かってない皆に軽く説明しながら、私達は冒険者ギルドに向かった。


「お前が抜けていいのか?」

「嫌だけど、ランドルが抜けたら伝わらないでしょう」

「そうだけどよ」

 

 ランドルは私が冒険者カードをよく眺めてるのを知っている。

 一応、私を気遣ったのだろうが。

 私が抜けることに意味がある。

 兄なら、絶対に気付いてくれる。


 私は嫌だったが、迷いはなく言った。


「パーティから脱退します」


 私の申し出に、受付の職員は簡単に私をパーティから脱退させた。

 返されたカードに、もう兄の名前は記されていない。

 心苦しかったが、仕方ない。


「どうする? もう出るのか?」

「ううん、数日だけ反応があるか待ちたい。何もなくても、今まで通り旅は進める」

「分かった」


 この国で待つ必要はないのだが。

 もし兄がすぐに反応したら、ローラに伝えてあげたかった。

 このままでは、ローラは傷心するだけだろうから。


 私達の会話は終わったが、後ろからついてきてしまったイグノーツが口を開いた。


「しばらく滞在するのですか?」

「うん、数日だけだけど」

「でしたら、以前贈りました屋敷へ是非どうぞ。

 他の客がいる宿より落ち着くでしょう」


 その言葉に、私は今思い出した。

 そういえば、そんな物をもらってたなと。


 確かに、誰もいない空間のほうが落ち着くのは間違いない。

 私は軽く頷くと、イグノーツに屋敷まで案内された。



 

 屋敷は大きく、上品だった。


 多分、十人くらいは快適に暮らせる建物だ。

 あの高級宿にも負けない佇まいだった。


 本当に大してこの国にこない私達がこれをもらっていいのだろうか。

 普段遠慮することを知らない私だが、少し躊躇してしまった。


 しかし、この屋敷を私達が使うことにイグノーツは嬉しそうにしていた。

 ならばもういいか。

 中は定期的に人の手が入って掃除されているらしく、広い屋敷だというのに埃一つ落ちてなかった。


 私とランドルは数多くの部屋からお互い一番離れている部屋を選んだ。

 私達は旅の疲れを癒すように特に部屋から出るわけでもなく数日過ごしていた。





 そして今、月明かりに照らされるカードを眺めていた。


 すると、この屋敷に泊まってから普段と違う足音が聞こえた。


 多分、足音を出してる人物は私とここに泊まってるもう一人の男だ。

 だが今私の耳に入ってくる足音は、恐らく走っていた。

 慌てたように私の部屋に近付いてくる。


 そのまま部屋の前に来ても足音は止まることはなく、勢いよく扉が開いた。

 普段ノックすることを絶対のルールとしているが。

 今は様子が違った。


「エル!」


 焦ったように大声で私を呼ぶのは迷宮で聞いたのが初めてで、これが二回目だった。

 私は普段だったら苛立つところだが期待していた。


「ランドル、もしかして……」

「あぁ」


 一言相槌を打つと、冒険者カードを持って私のベッドに近付いてきた。


 渡されたカードを手に取ると、自然に涙が溢れた。

 ランドルのカードに記されていたはずのパーティ欄が空白になっている。

 これは兄が自分でギルドに申告しないと絶対に起こらないこと。


「お兄ちゃんは……生きてる……」


 涙声で言う私に、ランドルは穏やかな声色を出した。


「言っただろ、死んでねえって」

「うん、うん……」


 普段だったら有り得ない雰囲気だが。

 今、私達が話す言葉にはいつもの棘はなかった。

 ただ二人で、兄のことを想っていただけだった。



 しばらくすると、ランドルはカードを回収することなく部屋から出て行った。


 私は横になりながらランドルのカードを眺めていた。

 何も記されていない空白。

 それを見てるだけで心地良かった。


 私の涙は既に止まり、久しぶりに笑みが浮かぶのが分かった。

 この微笑みは、いつも兄を見て自然と微笑んでしまう前の自分と同じ物だった。


 その日は、兄と会えなくなってから初めて深く眠れた。




 次の日の早朝、私達はセルビアの門で別れの挨拶をしていた。


 ローラとイグノーツだ。

 あの時と違うのは兄と流帝がいないことだろうか。

 

 二人は兄の生存が分かり、手を取り合って喜んでくれた。

 それを見てるだけでも、私は嬉しかった。

 

 レオンには兄が生きていると、多額の金が掛かったが早馬で手紙を出した。

 もう雪は溶けているし、三ヶ月もあれば届くと思う。

 レオンが手紙を見たら兄が生きている情報を流してくれるだろう。


 私は二人に感謝を伝えた。


「ここに寄って良かった、色々ありがとう」

「いえ、お役に立てて良かったです」


 ローラが微笑むと、イグノーツが話し出した。


「もし、何か困ったことがあればローラ宛に手紙を出してください。それで私に伝わりますので。出来る限りのことをすると約束します」


「うん、感謝してる。次はお兄ちゃんも一緒にまた来るよ」


 最後はローラに向けて言った。

 ローラは少し頬を赤くしたが、すぐに微笑みに戻した。


「じゃあ、またね」

「はい、必ずまた会いましょう」


 私達は二人に背を向けると、馬に乗って走り出した。

 以前ここを出た時よりも、何故かいい気持ちで出発した気がした。



 私はセルビアに寄る前とは違う、穏やかな気持ちでカロラスへ向かった。


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