第四十六話「魔竜の群れ」
すいません! 間違えて修正前のものをあげてしまってました。
すぐに読んでくださった方には申し訳ないのですが、後半の会話が少し違います。
森を抜け、エルフの村に飛び出すと地獄絵図だった。
魔竜がエルフの家を踏み潰すように群れて暴れていた。
視界に広がる魔竜の群れは、もはや何体いるのか数え切れない。
エルフ達は交戦する意味がないことを分かっており、全員が逃げ出していた。
しかし、闘気を纏えないエルフ達の足はお世辞にも速いとは言えない。
魔竜に追いつかれ、踏み潰されるエルフを見てしまい歯を食いしばる。
俺は声を上げる。
「クリスト! 気をつけることはある!?」
「魔竜はブレスを吐かない! 物理攻撃だけ警戒しろ! 数が多すぎるから別れて戦うぞ!」
そう言って駈けていくクリスト。
俺もクリストが竜の首を落とすのを横目に更に奥に走る。
俺を導くと言ったクリストが俺と別れて戦うと言った。
恐らく、魔竜の群れを相手にしても俺は死なないと信頼されている。
ならば、俺もその信頼に答えるだけだ。
俺は体に赤い闘気を纏う。
久々の体に負荷が掛かる量の闘気だ。
あまり長い間は戦えないし、闘気を抑えた時の激痛もひどいだろうが。
しかし、後のことを考えている状況ではなかった。
そして闘気を纏った瞬間に、辺りの魔竜が一斉に俺に視線を向ける。
目が悪い代わりに、違うもので敵を探知しているのが分かる。
蛇のような能力を持った竜か……?
気付かれてもお構いなしに駈ける俺を排除するように、魔竜は巨体で進路を塞いで尖った尻尾を振り回す。
俺は鳴神に闘気を篭めると、その尻尾を下段から切り上げる。
強靭な鱗によって守られているその尻尾は、簡単に切断された。
強固な敵を前に、初めてこの剣の力を実感する。
やはり、これは最強の剣だ。
そのまま俺は試すように剣に闘気を篭める。
最近練習して、そろそろ実戦で使えるかもしれないと思っている技。
一瞬腰を落として竜の首に向かって剣を振る。
闘神流闘波斬。
俺の飛ばした闘気は風を切りながら疾走した。
そして、炎竜に比べると少し細い魔竜の首は、飛んだ。
「よし!」
俺はこんな状況で思わず声を上げる。
この技は使える、足では間に合わないと思っても。
闘気を飛ばせば救えるエルフは多くなるはずだ。
しかし、この技は闘気が減る。
多用すれば俺の剣は闘気不足で竜の硬い鱗に弾かれてしまうだろう。
使うのは緊急事態だけだ。
それに、百を超える魔竜の前にこれを使っていては埒があかない。
俺は足に闘気を纏い、上空に疾走しながら周囲の竜の首を落とした。
竜の反応速度より俺の風斬りのほうが速い。
しかし、襲ってくる竜以外は無視だ。
俺はひたすら奥に走る。
エルフ達の逃げた先へ向かい、守るように戦えばいい。
俺が耐えていれば、クリストは絶対に魔竜を倒しながら合流してくれる。
クリストを信じてエルフ達を守るのが俺の仕事だ。
そして、風斬りで竜の首を落としながら疾走すると、エルフの集団が駈けていた。
エルフの背中を追いかけるように魔竜が空から降ってくるのが遠目に映る。
魔竜が勢い良く着地した振動で、地面が激しく揺れる。
その振動のせいで全力で走っていたエルフの何人かが足を絡め、躓いてしまった。
その中には、マルガレータの姿もある。
それを守るようにフィオレが前に立ちふさがるが。
魔竜は尻尾を振る動作を見せる。
その一振りだけで多くのエルフが絶命してしまうだろう。
間に合え――!
俺は心で念じながら、風斬りで振られる尻尾に突撃する。
闘波斬を使えばエルフを巻き込んでしまうので使えないのが辛かった。
そして、エルフに尻尾が直撃するかと思った瞬間。
俺はギリギリ間に合った。
尻尾を切断しながら着地すると、すぐにエルフ達に背を向けて悲鳴を上げる竜を睨む。
「貴方――」
後ろからマルガレータの憔悴しきった声が聞こえるが、構ってる暇はない。
魔竜は俺を踏み潰そうと大きい足で一歩踏み込んでくる。
俺が横に移動して回避すると、魔竜の足は何もない地面を踏むと振動が伝わる。
俺はその瞬間に魔竜の足を斬り落とす。
魔竜は大量の血を噴出しながら、痛みに首を上げて吼えた。
俺はその首に向かって飛び込むと、竜の吼えている首元に剣を振った。
魔竜の首は落ち、その巨体は太い樹を薙ぎ倒しながら倒れた。
その騒動を聞きつけたように他の竜達が空から降ってくる。
俺は慌ててエルフ達を見るように後ろを振り向く。
エルフ達はその魔竜の姿を見て逃げ出そうとしていたが。
「目の届く所に居てくれ!」
俺が怒鳴り声を上げると、エルフ達は足を止めた。
動く気配を見せていなかったマルガレータは、何も言わずに疲れた表情で頷いた。
大丈夫、守りきれる。
エルフ達が俺の近くにいてくれる限り、俺の闘気に反応して魔竜の攻撃は俺に集中するだろう。
正直、遠く離れた所に行かれてた方が厄介だ。
目の前の魔竜を相手してる間に、空から離れたエルフ達に向かって魔竜が迫ると俺は何もできなくなる。
ブレスを吐かれるならまずいだろうが、物理攻撃だけなら大丈夫だ。
空から迫る魔竜は四体。
囲まれ、一斉に掛かられると厄介だ。
俺を踏み潰そうとするように降ってくる魔竜に向かって、俺は剣に闘気を篭める。
そして、黒い刀身が輝くと、闘気が疾走する。
一体の竜の上半身を斜めから切断すると、死体になり墜落する。
まだ俺は止まらない。
下降してくる他の竜に向かって俺は地面を蹴り、飛ぶ。
そして竜の首とすれ違う瞬間、剣を横に振ると首を切断した。
絶命した竜と共に地面に落下する。
俺と同時に残りの二体の竜が地面に足をつける。
俺はすぐに一体の竜の足を斬りおとす。
左足と落としたら、右足も落とす。
竜は痛みに悶えると翼を羽ばたかせ、空へ一度逃亡した。
その翼の風圧で何人かのエルフが飛んでいくが、仕方ない。
俺は竜と一対一になり、首に向かって風斬りを放つと、簡単に絶命した。
そのままの勢いで樹に足を着けると、更に俺は飛ぶ。
先ほど逃げた竜が足から血を溢れ出しながら空で吼えている。
俺はその竜に向かって飛ぶと、背中に着地した。
無防備な背中から首に向かい、すぐさま斬りおとす。
竜は力尽き、地面に向かって落下する。
俺は竜をクッションにするように背中にしがみつくと、地面に激突する前に少し飛んで自分の足で地面を踏む。
エルフ達を一瞬見るが、被害はない。
そのまま竜が何体も降ってくる。
俺は何度も同じことを繰り返し、竜を殺し続けた。
それからどれだけ経っただろうか。
十分だろうか、三十分だろうか。
俺の前には殺した魔竜の死体で視界が埋め尽くされ、前が見えなくなっていた。
緊迫した状況に、少し意識が朦朧としてくる。
もう魔竜が襲い掛かってこなくなった頃。
魔竜の死体の上を飛びながらこっちへ向かってくるクリストが見えた。
焦った表情でこっちに向かってきて、赤い髪が揺れている。
その剣士の姿を見て、俺は安心してしまい闘気を抑えた。
すると、体を激痛が襲う。
クラッと体を揺らすと、俺は地面に後ろから倒れ込んだ。
「アルベル! 大丈夫か!?」
俺の体を揺するクリストに、俺の体に更に激痛が走る。
視界が歪み意識を手放す間際、俺は口を少し動かした。
「クリスト……痛いよ……」
その言葉を聞いたクリストの顔は、安心した顔だった。
その瞬間、俺の意識は暗闇に包まれた。
目が覚めると、木造特有の落ち着く匂いと植物の匂いに包まれていた。
心地良く鼻に抜けていく香りを感じ、俺は目蓋を開けた。
すると、分かっていたが木造の天井が見えた。
柔らかいベッドで寝ていた自分の上半身を起こす。
体は少し気だるいだけで、特に痛みもない。
また何日か寝てしまっていたのだろうかとぞっとするが。
そんな俺に気付いて、すぐに部屋にいた人物が声を掛けた。
「アルベル様! お目覚めですか!?」
初めて呼ばれる名前に戸惑うと、俺に駆け足で寄ってきた少女を俺は知っていた。
フィオレだ。
オレンジ色の髪を揺らしている。
心配そうに俺を覗き込む顔は近く、少し照れてしまう。
「大丈夫だよ。ごめんね、看ててくれてたの?」
「命の恩人ですから! 当然です!」
そう元気良く言うと少女は少し微笑んだ。
マルガレータに命令されてた時は大人しいイメージだったが。
思ったより活発そうな印象に変わった。
俺はフィオレを見ていると先日のことを思い出す。
罪悪感を拭うように言った。
「それより、この前はごめんね。
俺、何も考えずに無責任なことしちゃったし困ったよね」
俺の言葉にフィオレは少し驚いた顔を見せると、すぐに大きく首を振った。
そして取り繕うように言う。
「いえ、確かに困りましたが、それ以上に嬉しかったです!
お礼を言いたかったのですが、伝えれなくて……」
フィオレがそう言ってくれて少し安心した。
俺はもしかしたら憎まれたかもしれないと思っていたから。
その言葉に、少し微笑んで言った。
「なら良かったよ、困らせたと思ってちょっと後悔してたから。
どっちが正解だったかも分からなくてさ」
俺が言うと、フィオレはまた首を振って言った。
「そんな、私なんかの為に考え込まないでください!
あの時はありがとうございました!」
そう言って頭を下げるフィオレだが、少し引っかかる。
私なんかの為なんて言わなくていいだろうに。
魔術だけが生きる道じゃないのは俺がよく知っている。
少し言ってみようかと声を掛けるが。
「あのさ――」
俺が言うと同時に、フィオレの横から見える扉が開いた。
俺は言葉を途中でやめてその先を見ると。
「よう! 起きたか!」
鬼族の村で初めて出会った時のクリストを思い出すような感覚。
少年のような笑顔で俺に向かって手を挙げて言うと俺に寄ってくる。
「おはようクリスト、もしかして俺結構寝てた?」
「二日かな? まぁあれだけの魔竜を倒したんだ、仕方ないだろ。
それにしても本当に二人で倒せたなー! やってみるもんだな!」
「倒せると思って飛び込んだんじゃないのか……」
「内心はアルベルが死んだらどうしようってハラハラだったぜ!
でもお前ちゃんとエルフ守って三分の一は倒してたじゃん」
「あぁ……そんなに倒してたのか…」
三十から四十体程だろうか。
他の竜に比べると弱いとはいえ、初めての竜との戦いでそれは上出来すぎるだろう。
そしてふと自分の体を見ると、飛び回って汚れたり汗まみれだったのだが体が綺麗だ。
むしろ自分からいい匂いが漂っているとさえも思える。
クリストが世話してくれたのだろうか。
「クリスト、俺の世話してくれたの?」
俺が感謝するようにクリストを見ると、はぁ? と言い捨ててきた。
何だよ……。
「男の世話なんてするわけないだろ。その子がやってくれたよ、感謝しな。
まぁ体を拭こうとしてお前の全身に桶ごと水ぶっかけたりしてたけど」
「あっ! あの、それは……」
フィオレが焦ったように体をもじもじさせている。
なるほど、ドジっ娘は健在らしい。
魔力がないことよりこっちのほうが問題かもしれないな、なんて思うが。
ほとんど初対面の、少女とはいえ女の子に裸を見られたのか?
さすがに恥ずかしいな、フィオレの歳はどれくらいだろうか。
俺より一つくらい下に見えるが。
俺の今の年齢は前世とあまり変わらない。
両方合わせると三十一歳だろうか。
しかし、赤ん坊からやり直したこともあるし。
さすがに今でも三十歳ほどの女性は母を見る感覚だ。
フィオレくらいのほうが親近感が湧くのだ。
そう思うと少し恥ずかしくなり、両手で胸を抱いて女の子のような仕草を見せてしまう。
左腕はないけど。
その俺の姿にクリストは気色悪がり、フィオレは気付いたように声を上げる。
「下着までしか見てませんから! 大丈夫ですよ!」
その言葉に安心してホッと息を吐いた。
そんな様子を見守っていたクリストが口を開く。
「アルベル、行こうぜ」
「うん、そうだね。すぐに旅に戻らないと」
「いや、マルガレータの所だって」
クリストはそう言うが。
「行っても仕方ない気がするんだけど……。
また雰囲気悪くなっても嫌だし」
介護の礼は、魔竜退治と相殺してちゃらにしてもらいたい所だ。
「アルベル、さすがにマルガレータも命の恩人を無下にはしないって。
あいつもお前のことを心配してたぞ」
「え? ほんと?」
「おう」
ちょっと想像できなかった。
でもまぁ、揉めることがないのならいいか。
「分かった、行くよ」
そう言ってベッドから降りると、三人で部屋を出た。
そして行くよとか言ったが、ここがマルガレータの家だったらしい。
俺はちょっと恥ずかしくなった。
前と同じ席に座っているマルガレータを見ると、向こうは俺に気付いていた。
俺はペコリと軽く頭を下げる。
「体の調子はどうかしら?」
その声に前のような棘はなく、温かいものだった。
俺も安心して返事を返す。
「えぇ、お世話になったようで、助かりました」
「当然よ、とりあえず座りなさい」
俺とクリストが座ると、フィオレはマルガレータの横に立った。
前と同じ配置だが、前のような険悪な雰囲気はない。
俺達が席に座ると、マルガレータが口を開いた。
「まずは、ありがとう。貴方が居なかったら私達は滅んでいたかもしれない。この前の非礼も謝罪するわ」
そう言って俺に頭を下げた。
その姿に俺は少し慌ててしまう。
「いえ! 気にしないでください! 半分以上はクリストが倒したし。
俺も失礼なこと言いましたし」
おばさんと言った時のマルガレータは怒っていたからな……。
しかし、マルガレータはそれをむしかえすことはなく、言った。
「大したお礼もできないけど、貴方と精霊の会話を仲介しましょう」
それは嬉しいことだった。
クリストなんて俺より嬉しそうな顔をしている。
「ありがとうございます、この前、何と言ってたんですか?」
「精霊王の所へ向かってほしいと言ってるわ」
「精霊王……?」
また初めて聞く単語だ。
この世界のことは結構知ってきたと思ってたんだけどな。
クリストは知っているようで、ほぉと少し驚いた顔をしていた。
「精霊王とは呼び名の通り、全ての精霊の頂点に立つ存在よ」
「はぁ……何か凄そうですけど、それなら精霊王が災厄を何とかできないんですか?」
「無理ね、精霊王は人より精霊を大切にするから。それは災厄につく闇の精霊も例外ではないわ」
人種や魔族を滅ぼそうが、その元凶の精霊の方が大事なのか。
それなら行く意味はあるのか?
「それなら俺が行っても何も得られないと思うんですが」
「貴方が行ってもそうだろうけど。
貴方についている精霊は願いを聞いてもらえるかもね」
「どんな願いをするんでしょうか?」
俺の言葉に、マルガレータは俺の少し上を見て、何かを聞いている。
しばらくすると頷いて、言った。
「分からないって」
「へ?」
「行ってから考えると言ってるわ」
「俺の精霊は頭が弱そうですね……」
「……怒ってるわよ」
確かにあの時の声は子供のような声だったが。
精霊なら長い間生きてるんじゃないのか……。
俺が溜息を吐くとクリストは、よし! と言いながら。
「行き先は決まったな、あまり旅の進路も狂わないし問題ない。
三ヶ月もあれば着くだろう」
三ヶ月か。
大体ドラゴ大陸の中腹辺りになるのかな。
というか、クリストは今すぐにでも出発する気分になってるが。
俺の本当に聞きたいことは何も聞けてない。
「そもそもなんですけど、何で精霊使いじゃない俺に精霊がついてるんですか?」
「……アレクに頼まれたって」
「アレクって誰だ?」
クリストが俺を見て聞いてくるが。
やっぱり、そういうことか。
正直精霊がついてることが分かってから少し考えはしていた。
繋がりはそれくらいしかなかったから。
「俺の父親の名前だね、俺が生まれた時には死んじゃってたみたいだけど」
「は? お前の親父って精霊使いだったのか?」
「うん」
俺の言葉にクリストがまたぶつぶつ呟き始める。
そんなクリストを無視して、俺は思った。
父の愛は受けれないと思ってたけど、十分もらってたなと。
この精霊が居なければ俺は死んでただろうから。
「普通はそれでもこんなことはないわ。貴方の精霊は相当変わりものよ」
変わりものでよかったと心底思う。
でも、よっぽど父が好きだったんだろうな。
それは伝わってきた。
そしてもう一つ大事な事がある。
「精霊の名前を教えてもらってもいいですか?」
「……レイラだって」
「ありがとうございます」
女の子なのかな?
心地良い名前だ。俺は好きだ。
今は恥ずかしいけど、一人になった時に勝手に話しかけてみよう。
話が終わると、クリストも考えるのをやめたようで立ち上がった。
俺もそれに合わせて立ち上がる。
「マルガレータ、助かったよ」
それに合わせて俺も頭を下げる。
マルガレータが、いいのよと言うと会話は終わった。
このまま去ろうと思ったが、一つ言いたいことがあった。
今なら、聞いてくれるだろう。
「マルガレータさん」
「何かしら?」
俺の言いたいことが分かるのか、少しだけ低い声だった。
しかし、気にしない。
「フィオレのこと、もう少し仲間として見てあげてください」
俺の言葉にフィオレはびくっと体が跳ねる。
マルガレータはしばらく目を瞑ると、そのまま言った。
「……分かったわ」
その言葉にフィオレは恐れ多い感じだったが、俺は満足する。
そして、フィオレにも言った。
「魔力が無くても、いくらでも他の道はあるんだから。
もうちょっと自信持って生きなよ」
俺が言えた口ではないだろうが。
まだ十五歳の子供が生意気だと思われるかもしれないが。
こんなぐらい言いたくなるほど、フィオレは自分を卑下しているのだ。
見てて悲しくなってしまう。
そして俺の言葉でフィオレはまた困ってしまったようだ。
下を向いて悲しそうに言った。
「でも……魔力のないエルフなんて他に道はありませんから。
私は何やっても上手くできないですし……」
相変わらずネガティブ思考なフィオレだ。
確かに魔力と闘気を纏えないと戦うことは厳しいかもしれないが。
別に戦うことだけが―――と。
そこで、俺はふと思った。
何故か決め付けてたが、そもそもフィオレは異例なのだ。
根っから他のエルフと違う。
俺は闘気をフィオレに見えるように大きく纏う。
もうこれぐらいなら負荷は掛からない。
俺のいきなりの闘気に三人は驚いた顔を見せるが。
俺は気にせずフィオレに言う。
「これが闘気だよ、見えるよね?」
「は、はい……見えますけど、それが何か……」
俺が何かするとでも思っているのだろうか、少し怯えている。
クリストも混乱しながら言った。
「おいアルベル、いきなりどうしたんだよ」
「ちょっと待ってて」
クリストに短く言うと、再びフィオレに向かい合う。
「この闘気の感覚を覚えて、いい?」
「え? は、はい……」
しばらくして俺は闘気を抑える。
その様子に全員とりあえず安堵したようだ。
「目を瞑って集中して」
もう俺の言葉に何も言わずに従うフィオレ。
「心臓に集中して、何か似たものを感じない? 探してみて」
「おい、アルベル。何をしたいかは大体分かったけど……エルフは生まれつきさぁ」
「ちょっと黙っててくれ」
俺が冷たく言うとクリストもやれやれといった様子でちょっかいを出すのはやめた。
フィオレが集中できる環境を作ってやらないといけない。
しばらくすると、フィオレが少し表情を変えた。
俺はそれを見てすぐに言う。
「俺は引き出しを開ける感覚だったかな。
自分のやりやすいようにやってみるといいよ」
俺の言葉にフィオレは軽く頷く。
そして、しばらくすると俺の想像通りだった。
小さいが、フィオレの体はしっかりと闘気を纏っていた。
闘気が見えないマルガレータには理解できないだろうが。
クリストは口を開けて驚いている。
「それが闘気だよ」
「これが……? 何か、いつもと感覚が違います……」
きょろきょろと視線を動かしながら自分の体を見るフィオレ。
それを見てクリストが口を開いた。
「驚いたな……こんな事あるのか」
「え? 本当に闘気を使えているの?」
「あぁ、小さいが間違いない」
「へぇ……」
マルガレータと二人で会話しているが。
俺は気にせず言った。
「それで戦うかはフィオレが決めることだけど、他のエルフにはできないことができたでしょ。俺も剣士になる前は魔術の才能があると思い込んでたんだけどね。魔力は無かったけど、今はそれで良かったと思ってるよ」
俺が言うと、フィオレはいまだに驚いた顔をしているが、頷いてくれた。
俺もこれで一安心だ。
魔術しか使えないエルフの中で、フィオレの存在は重宝されるだろう。
長寿な種族だ、ゆっくり鍛えればいい。
そう思い、行こうとクリストに声を掛けて背を向けようとするが。
「ちょっと待って」
マルガレータから声が掛かる。
俺が振り向くと、少し考えるような素振りを見せて口を開いた。
「フィオレを連れていってもらえないかしら」
「え? さすがに連れてはいけないですよ」
いきなり何を言っているんだろうか。
そんなにフィオレと一緒にいるのが嫌なのかと、後のことを考えると不安になるが。
「ここにいてもフィオレに剣術を教えられる者もいないから」
マルガレータの声色はフィオレを気遣うものに感じて安堵した。
しかし、分かりましたと返事できるわけもない。
ドラゴ大陸を抜ける危険な旅になるし、フィオレも村から出たいわけではないだろう。
俺はフィオレに視線を向けるが、フィオレは少し思い詰めた顔をしていた。
しばらくの間の後、フィオレは意を決したように大きい声で言った。
「私に剣術を教えてください!」
その声は部屋に響き渡るが。
やはりちょっと困ってしまった。
まだ少しの時間しかフィオレと接していないが、性格は分かっている。
フィオレが自分からこんなことを言うのは相当勇気を出したのだろうが。
しかし、連れていけるわけもないし、ここでゆっくりと剣術を教えている時間はない。
俺は魔族のように長命じゃないからな……。
「その、ごめん。旅を急いでるんだ」
俺が言うが、フィオレは表情を変えずに言う。
「ついていきます!」
その言葉に俺は困ったようにクリストを見てしまうが。
クリストは気にした様子もなく言った。
「いいじゃないか、連れていっても」
「は? 竜の巣抜けたりするのにさすがにまずいでしょ?」
「俺も守ってはやるが、死んでも責任は取れない。
それでもいいんだろ?」
クリストがフィオレに向かって言うが、フィオレに迷いはなさそうだった。
「はい!」
本当に大丈夫なのだろうか。
さすがに死んでしまったら俺は傷心してしまうぞ。
まだ躊躇してる俺を押すように、クリストは言う。
「アルベル、俺は何かこれが偶然じゃない気がするんだよ。
これも、予見の霊人の導きの中に入ってるのかもな」
まぁ確かに予見の霊人の導きが無ければ、ここには俺もクリストもいない。
エルフは滅びていただろうし、フィオレも闘気に気付かず死んでいっただろう。
俺は確認するようにフィオレに聞く。
「俺達は人種の大陸目指して旅してるから、しばらくここには戻ってこれないよ? 本当に大丈夫?」
「問題ありません!」
まぁ、確かにエルフの寿命なら旅行に行く気分で終わるのかもしれない。
もう、いいか。
「分かった、一緒に行こうか」
「ありがとうございます!」
フィオレは元気よく頭を下げる。
クリストといいフィオレといい。
エルとランドルとは真逆の人が集まってきたな……。
俺は最後にマルガレータに声を掛ける。
「では、フィオレを預かります」
「えぇ、お願いね」
会話が終わると、フィオレは準備してきます! と自室らしい部屋に駈けていった。
五分ぐらいだろうか、驚くべき速さで戻ってくると小さい鞄を掛けていた。
着替えぐらいしか入ってなさそうだが、まぁそんなもんか。
「じゃあ行こうか」
俺の言葉に全員で家を出ようとするが。
マルガレータから声が掛かった。
「フィオレ」
「は、はい!」
「……頑張りなさい」
その言葉に、フィオレは嬉しそうに声を上げた。
「はい!!」
何かすっきりしたようで、俺とクリストの後ろに続いた。
俺は村を歩きながらクリストに言う。
「クリスト、ちゃんと優しく教えてあげてね」
「は? 何言ってんだ、お前の弟子だろ」
「え?」
俺より強いクリストが教えるのが当然だろう。
それに、俺が人に闘神流を教えるなんてなんか恐れ多い。
しかし、それを聞いていたフィオレは言った。
「はい! アルベル様に教えてもらいたいです!」
「えーと……俺が人に教えるなんてまだ早いと言うか…」
「弟子を持つと自分も成長するぞ、やってみろよ」
「それは経験談?」
「あぁ、今まさにそうだからな」
クリストは俺に教えるように稽古して成長してると思ってくれてるのか。
それなら俺も嬉しいが。
まぁいいか、フィオレと俺にはまだかなりの実力の開きがあると思うから。
しばらくは俺でも問題ないだろう。
「分かった、俺でよければ教えるよ」
その言葉にフィオレは喜び、満面の笑みで言った。
「はい! ありがとうございます! えーと……師匠!」
「師匠はちょっと……」
「いえ! 師匠ですから!」
何度言っても呼び方を変えようとしないフィオレに、俺ももう諦めた。
甲馬の元へ戻ると、フィオレは甲馬に驚いて転んでいた。
本当に大丈夫かとこれからの旅が心配になる。
しかし、三人で旅をすると思うとエルとランドルを思い出して微笑ましくなった。
二人は今どうしてるだろうか、元気だといいが。
俺達は怯えるフィオレを一番後ろに乗せて、三人乗りで甲馬は走りだした。
そして俺は精霊の情報と、新しい仲間と共にまた旅を進めた。
長くなりすぎたので魔竜の後始末や色んなことは次の話で説明してます。




