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第四話「剣術の才能」


 家の中は一言で言うと質素でシンプルにまとまっていた。

 小さな机に椅子が二つ、部屋の端に小さなベッドが一つ置いてあるだけだった。

 ベッドのすぐ横には床に大きい毛皮のような物が敷かれていた。

 動物か魔物の皮だろうか。

 多分ベッドでセリアが寝て、その毛皮を布団代わりに父親が寝ているんだろう。

 

 さすがにセリアを床に寝かせている訳はないだろう。

 だとしたらどんな鬼畜親父だろうか。

 ここでセリアが暮らしてるのかーと興味深くきょろきょろしていると。


「そうだ、自己紹介がまだだった。

 俺の名前はイゴル・フロストル。よろしくな!」


 そう言って俺の肩をばんばんと叩いた。

 なんかすっげえ想像と違うんだよなぁ……無愛想より全然いいけど。

 少し戸惑いながら俺も礼儀正しく挨拶を返す。


「アルベルです、よろしくお願いします。

 セリアさんと仲良くさせてもらっています」


 自己紹介すると「なんでセリアって呼ばないのよ!」と怒声が飛んできたが。

 うん……ほら一応マナー的に、初対面くらい……ねぇ。

 そして俺の服をぎゅっと掴んで壁にするかのように隠れて顔だけ覗かせているエルを見る。


「ほら、エル」


 さっきのことで警戒しているのだろうか。

 エルの頭をぽん、と軽く叩くと少し怯えながら声を出した。


「エルです……」


 少し失礼だろうか、いや失礼というなら向こうか。

 人間メリーゴーランドをかましてきたイゴルさんのほうが失礼か。

 セリアにイゴルさんといい、この家系は遊園地のアトラクションなのだろうか。

 当の本人はと言うと俺とエルを見て、うんうんと満足そうに頷いていた。

 何も気にしていなさそうだ。

 

「入ってもらったのはいいけど、うちには何もねえんだよな! ははは!」


 確かに椅子すら二つしかないし、俺とエルだけ座るのもなんだかな……。

 俺はお構いなく! と言うと部屋の中をうろうろすると。

 部屋の壁に興味深い物が壁に立てかけられていた。

 

 剣だった。鞘に収まっているが、何か威圧感のようなものを感じた。

 剣の価値なんて俺には全くわからないが、相当良いものなんだろう。

 セリアがいつも持っている剣とは格が違うのは分かる。

 金縛りに合ったように剣を眺めていると後ろから声がかかって、頭が動き出す。


「お? 剣に興味があるのか?」


 少し嬉しそうにイゴルさんが顔を覗かせていた。

 

「あ、いや、すごくいい剣なんだろうなって」


 俺は慌てたように言うとイゴルさんはニヤニヤと嬉しさを隠せない顔をしながら俺の肩をばんばん叩く。

 スキンシップの激しい人だな……。


「アルは見る目があるな! それは風鬼と言ってな! うちに代々受け継がれてきた剣だ。家にある高価な物って言えばそれぐらいだな!」


 はははと笑いながらイゴルさんは自慢気に話していた。

 横からセリアが入ってくる。


「将来は私が使うのよ!」


 と、どや顔で指さして決めている。

 俺は美しく成長したセリアがこの剣を振っているのを想像してみる。

 うん、いいな……。


「もっと強くなったらな!」

「すぐ追い越すわ!」


 親子で仲良く会話しているのを他所に。

 相変わらず俺の後ろでこそこそしているエルを引きつれ家の中をうろうろする。

 すると、木の筒に入っている木刀が目に入った。

 これで親子で稽古しているのだろうか。

 俺はなんとなく木刀を引き抜いて手に取ってみる。


 木刀だが剣の形状をしているのを持つのは前世含めてこれが初めてだな……。

 そう思いながら何も考えずに眺めていると。

 セリアが俺に気付いて嬉しそうに近寄ってきた。


「アルも剣術興味あるの? 一緒にやる!?」


 それはもう楽しそうに顔を近づけてきた。

 目がキラキラしている、というか顔が近い近い……。

 少女とは言えこんな可愛い子に迫られたら俺もドキっとしてしまう。

 それにセリアと特訓している自分を想像するが。

 ぼっこぼこにされて毎日泣きながら家に帰るのが容易に想像できてしまった。


「い、いや……剣なんて触ったのも初めてだし。木刀だけど」


 そう言い右手で木刀をぷらぷら揺らして見せる。


「ちょっと振ってみたら? 楽しいわよ!」


 嬉しそうにしてるセリアを見て、嫌だ! なんて断る理由なんてない。

 俺もちょっと興味あるし。


「じゃあ、ちょっとだけ……」


 ずっと俺の裾を掴んで離さないエルを引き離すと、不満そうな顔をしていた。

 うーん……こんな人見知りで将来大丈夫だろうか……。

 妹の心配をしながら自分の持ちやすい様に両手で木刀を握ってみると。

 傍で俺達のやり取りを見守っていたイゴルさんが寄ってくると。


「違う、握り方はこうだ、もっと腰を落として、足はこのくらい開いて」


 俺の背中に回り、俺の体をペタペタと触りながら構えの修正をしてきた。

 いや、軽い気持ちで振り回すだけでそんなガチでやるつもりじゃないんだが。

 直された握り方なんか持ちにくいし……初心者だからそう思うのだろうか。

 一応言われたままの体勢で、両手を顔の方まで持ってきて木刀を振り上げる。


 フッ! とそのまま全力で振ると、シュッと気持ちのいい空気を斬る音が響いた。

 気のせいか風まで起きた気がする。


 うん、結構気持ちいいな、セリアが楽しそうに剣術をしている理由も分かるな。

 戦うことを捨てている俺はこれっきりだろうが。

 

 と思っているとイゴルさんがほぉ……と呟いているのが聞こえた。

 ん? と思ってイゴルさんを見てみるといきなり真顔になった。

 ちょっと恐いんだけど。

 少し怯えているといきなり声を上げて。


「一! 二!」


 え!? 何!?

 いきなり発せられた言葉に混乱していると。


「ほら、振って! 一! 二!」


 へ? と思いながらとりあえず慌てながら掛け声に合わせて振ってみる。

 しばらく、一! 二! 一! 二! と訳もわからず振り続ける。

 三十秒ぐらい振っていただろうか、ようやく掛け声が終わった。

 そーっとイゴルさんの顔をちらりと覗いてみると少し驚いた顔でぼそぼそと呟いていた。

 正面を見るとセリアも面食らった顔をしていた。


「セリアが大袈裟に言ってただけだと思ったが、これはあながち……」


 俺達の姿が見えないかのように何か考えながら呟き終わると、少し下がっていた顔を上げて言った。


「アル、剣術の才能あるぞ」


 へ? 才能? 俺が?

 そりゃ前世と比べるとこの世界の体の身体能力は異質である。

 それはセリアとの追いかけっこでよくわかったが。

 この世界に住む人はある程度皆一緒なんじゃないだろうか。

 少し呆けていると正面から凛々しい少女の声が上がった。


「うん! アルすごいわよ!」


 セリアも絶賛している、困ったようにエルのほうを向いてみる。

 エルはきょとんと、よく分かんないといった顔をして首を傾げていた。

 雰囲気的にお世辞で言われてるわけではなさそうだが……。


「才能? 僕がですか?」


 イゴルさんは深く頷いて。


「あぁ、セリアに剣を握らせた時を思い出したぞ」

「まじっすか」


 思わず素で返事してしまった。

 この世界で戦うことは諦めてたが、頑張ればセリアのようになれるんだろうか。

 セリアは俺の憧れだ。

 

 イゴルさんは今だ真面目な顔を崩さない少し恐い顔のまま言った。


「アルはすごく頭が良いみたいだし、剣を覚えなくても生きていく術はいくらでもあるだろう。でももし真剣に剣術をやりたいって思うなら――」

 

 少し間を置いて。


「俺でよければ教えるぞ。その才能が埋もれるのはもったいないし。セリアにも同じ歳ぐらいの相手が必要だと思ってたんだ」


 確かに同じ年頃でセリアの相手をするのは難しいだろう。

 セリアだったら大人でも蹴り一つでぶっ飛ばしそうである。

 というか持ち上げられているが俺にセリアの相手が務まるのか……?

 戸惑いながらセリアの顔を見るが。

 

「アル! 一緒にやりましょう!」


 セリアは俺と一緒に剣術ができると思って嬉しそうだ。

 まぁそうか、今まで友達がいなくてやっとできた友達と一緒に大好きな剣術もできるというのだから。


 最後にエルを見ると、相変わらず、んー? と可愛らしく唸っていた。

 

 そうか、戦う方面でこの子を守ることは諦めてたけど。

 俺が頑張れば自分の力で守れるのか。

 もちろんエルだけじゃない、エリシアもルルもだ、この世界での俺の宝物だ。

 ずっと不安だった、ここは異世界だ。

 力で解決しないといけない時もきっとあると思っているから。


 いつか憧れのセリアにも追いついて背中を守れる日もくるのだろうか。

 もし、そんな日がくるなら……


 もう俺の答えは決まっていた。


「強くなりたいです! これからよろしくお願いします!」


 そう言うとイゴルさんは、よし! と俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でた。


 セリアはいつもの凛々しい姿を捨て去ると。

 見た目通りの可愛い少女の姿で飛び跳ねて喜んでいた。




 その後、セリアの提案によりエルも少し木刀を振ってみることになった。

 イゴルさんとセリアは興味深く眺めていたが、俺は気が気じゃなかった。

 そりゃそうだ、魔法の才能に恵まれている妹が、やっと剣術の才能を褒められた俺より才能があった日には……。

 

 アルより才能あるな! アルよりすごいわよ! えへへー。

 こんな想像をしてしまう。

 もちろん妹に才能がなければいいなんて思うことはないが。

 兄としての面目は保ちたいのだ。


 しかし俺の想像は杞憂に終わった。


 えいっえいっと目を瞑りながら必死に木刀を振る姿に安堵した。

 どこから見てもただの可愛らしい妹の姿だった。


「ははは、エルにはまだ早いみたいだな」


 そう言ってイゴルさんはエルの頭を相変わらず乱暴に撫でていた。

 エルの綺麗な髪がくしゃくしゃになっていたが、エルも嫌な顔はしていない。

 警戒心が解ければエルはすぐ懐く子だ。


 まぁ何はともあれよかった、何から何まで妹に先をいかれてしまうのは辛い。

 読み書き算術なんて勉強を続けていけばいつかは習得するものだからな。

 


 その後はいつから稽古始めようか、などと相談していたのだが。

 ここで重要なことを思い出した、何で今まで忘れていたんだろう。


「お母さん、いいって言うかな……」


 そう呟くと、セリアもはっとした顔をして。


「あー……」


 どうしようかしら、と顎に手を当てて考えていた。

 そう、うちの母親の愛情は宇宙規模なのだ、過保護なのだ。

 考えているとイゴルさんが「大丈夫大丈夫」と言って。


「俺から話してみよう、もうすぐ日も落ちるし送っていこう」


 そう言ってイゴルさんとセリアは俺達を診療所まで送ってくれた。

 もちろん歩いてだ。





 診療所につくころには、夕焼けが始まっていた。

 すると、ちょうど表に出ていたらしいエリシアが見えた。


「お母さん! ただいま!」


 少し離れた所から声を張ってエルと駆け出していく。

 エリシアはすぐこっちに気付いて屈みながらよしよしと俺とエルを抱きしめた。

 遊びに行って帰ってきただけで傍から見れば感動の再会のようだ。


「おかえりなさいー。怪我とかしなかったぁ?」


 そして相変わらずの心配性である。


「うん! すっごく楽しかったよ! 話したいことが色々あるんだ!」

「あらあらぁ、何かしらー、あら?」


 俺達の後ろに立っていたイゴルさんとセリアに気付いたエリシアは、俺達から手を離して立ち上がる。


「セリアちゃんにー、もしかしてセリアちゃんのお父様かしらぁ?」


 そうエリシアの完璧スマイルを見せるとイゴルさんも微笑みながら。


「セリアの父のイゴル・フロストルです。

 娘がいつもお世話になっているようで」


 姿勢のいい格好で礼儀正しく頭を下げた。


 誰だよ! キャラ違くないか?

 礼儀や常識なんてどっかに捨ててきた人だと思っていたが。

 意外としっかりできるのか。

 エリシアは相変わらず、まぁまぁと癒し系の顔をしていて。


「こちらこそー、アルとエルがお世話になったようでー、

 わざわざ送ってくれたんですねぇ」


「えぇ、少しお話したいこともありまして」


「お話ー……?」


 はて? とエリシアが首を傾げている。

 うん、俺から言うのが一番だろうな。


「イゴルさんがね! 剣術教えてくれるって!」


 そう言うとエリシアはえっ、と驚いた顔をしている。

 まぁそうだろう。

 ずっと診療所で本を読んでいた俺がいきなり剣術を習うと言い始めたのだから。

 エリシアはうーんと考えて。


「アル、今まで本読んだり勉強するのが好きだったじゃないー、

 剣術なんてできるのー?」


 心配そうに俺に顔を近づけて言う。

 できるよ!といつも通り可愛く押し切ろうと思ったのだが。

 そんな俺を助けるようにイゴルさんが口を挟んでくれた。


「アルには剣の才能があります。少しじゃなく、天賦の才です。埋もれていくのはもったいないでしょう。もちろん本人が嫌になったら無理強いするつもりはありません」


 え? 天賦の才なんて言えるほどあるの?

 少しばかり木刀を振っただけで過大評価すぎる気もするが。

 でもセリアを思い出したって言ってたし、俺が否定するとセリアにも失礼か。

 とりあえず押し切ろう、やろうと思えば隠れて稽古もできるだろうが。

 エリシアに納得してもらわないとなんか嫌だ。


「ねえお母さんいいでしょ? どうしてもやりたいんだ」


 可愛らしく上目遣いで言ってみる。

 しかしこんな可愛くしてるから心配させるのだろうか。

 もっとワイルドになったほうがいいのかな……。


 相変わらず煮え切らないエリシアだったが。


「剣術って怪我とかするんじゃないのー? お母さん心配よー」

「まぁ、稽古は木刀でしますが多少怪我することはあるでしょう。

 男の子だしアル、大丈夫だよな?」


 そう言って俺に視線をやると、俺は頷いて。


「はい! 怪我してもお母さんが治してくれます!」


 エリシアの服の裾をぎゅっと掴んでお願いーと言うとエリシアは観念したかのように、ふぅ、と息を吐いて。


「わかったわぁ、アルがここまで言うのは初めてだものー、

 イゴルさん、よろしくお願いします」


 エリシアは俺から視線を外すと、イゴルさんの方を向いて頭を下げた。


「はい、しっかり責任を持って預かります」


 イゴルさんも頭を下げ、しばらく間を置いて二人が頭を上げた。

 「では決め事などあれば」とイゴルさんが切り出し親同士で相談が始まった。


 蚊帳の外の子供三人は顔を見合わせ、セリアと俺は目を合わせて笑いあった。

 エルは俺とセリアが笑っていたのをじーっと見ていると、

 よかったねと柔らかく微笑んでいた。


 エルは多分俺が剣術を習うとどうなるかしっかり理解していないだろうな。

 剣術の稽古が始まるとエルに構ってあげれる時間が少なくなるだろう。

 良い機会かもしれない、兄弟で一生べったりいられるわけではないのだ。

 今のうちに慣れといたほうがいい。


 親同士の話し合いが終わると、決まりごとが発表された。



 日が落ちる前には帰ってくること。 


 真剣では稽古しない。


 俺がもう少し大きくなるまではイゴルさんが家まで迎えにくる。


 大きな怪我をしたらすぐにエリシアの所に行くこと。



 基本的にはこの四つだ、大したことはない。

 

 剣術の稽古は基本的には朝から昼ということだ。

 日が落ちる前に帰ってこいと言うのは、稽古が終わった後に時間を忘れて遊びまわらないでねってことだろう。

 真剣については、現段階では俺には身に余るだろうし、こえーし。


 イゴルさんに迎えにきてもらうことになったのは少し心苦しいが。

 きっと心配性なエリシアの為にイゴルさんが提案してくれたのだろう。

 説明してる時のエリシアが申し訳ない顔してたし。

 俺も朝まで飲んでいた酔っ払いに絡まれたりする可能性を考えると正直助かる。


 怪我したらエリシアの所に行くのは言われなくてもそうするつもりだ。


 稽古は三日後から始めることになった。

 その間に稽古の木刀などを用意しておくという話だ。

 なんとイゴルさんの手作りらしい、ありがたさと申し訳なさでいっぱいだ。

 

 話し合いは終わり「じゃあね!」とセリアが大きく手を振るのに俺も笑いながら手を振り見送った。

 許可が下りてほんとよかった。





 

 俺達も自宅へ帰り、夕食を食べてエルがエリシアと魔法の勉強をしている時間。


 皆で同じテーブルを囲んではいるが。

 魔力がなく授業を聞いても仕方ない俺は本を読んでいた。

 アスライさんから借りた二冊目の本だ。

 この本にはこの世界の歴史について軽く書かれている。


 本に書いてある一番古い歴史は約二千年前からだ。

 昔は国同士の争いが止まなかったらしい。

 その時の国の戦力を決めたものは、精霊使い、魔族、剣士、魔術師。

 国によってどの職業や人種を兵力にするかは様々だった。

 

 コンラット大陸にある魔法大国なら魔術師が多くの戦力だ。


 しかし、数ある国の中で一番優位に立ったのは魔族を使った国だった。

 魔族は長命だ。

 魔族の中の種族によって様々だが、一部の魔族の寿命は永遠とも言われている。

 病気や殺されない限りは死ぬことはないのだ。

 それだけ生きているわけだから、寿命が数十年の人種とは比べ物にならない程強かった。

 

 この時の人種の剣士の待遇は不遇だった。

 大した歴史もなくてあまりいい扱いを受けてなかったようだ。

 とびきり強い奴は少数で、他の戦力と比べると見劣りした。


 その中でも、どこに行っても重宝されたのが精霊使いだ。

 精霊から魔力を借りる精霊使いの戦力は無限大だ。

 国内に一人いれば戦局が変わると言われた程らしい。

 そしてそこから九百年間争いは続いた。

 大きくなる国と滅びていく国の差がはっきりとついてきた時。


 その時、災厄と呼ばれた世界の敵が生まれる。


 種族は不明だが、百年は活動してたことから魔族だろうと推測が立てられてる。

 この災厄には不思議な力があった。

 魔物を操るのだ。

 低ランクの魔物ではなく、竜種の王と名の付く伝説級の魔物達が災厄に従った。

 

 災厄が攻撃する国はランダムで、世界を滅ぼそうとする行動を取っていた。

 どこかの国の戦力ではないことは歴然である。


 百年間、災厄の攻撃は続き、様々な国が滅びた。

 この時になると、争いあっていた国同士が手を結んだ。


 各国から自国の英雄達を選出し、十人の英雄達が災厄に挑んだ。

 災厄との戦闘はドラゴ大陸で行われた。

 その戦闘によりドラゴ大陸の一部が消滅したと言われている。


 そして英雄達は激闘の末、災厄を討った。

 生き残ったのは五人の剣士だった。

 

 ライニール・オルディス。

 ベルティーユ・ユーセラ。

 エドヴァルド・クレマン。


 名前が載っているのは何故か五人の内の三人だけだ。

 もっと古い本なら全員載っているのだろうか。


 この三人の剣の流派が、この世界の三大流派と呼ばれるようになる。

 ここから剣士の時代が訪れる。

 

 災厄戦が終わると共に、世界中の国が終戦条約を結んだ。

 もちろんいまだに小さい争いはあるが。

 どちらかの国が滅びるような戦争に発展することはなくなった。

 戦争がなくなったことにより、剣士達の寿命が延びた。

 英雄の流派を長い年月を掛けて学び、それまで我流だった剣士達は強くなった。

 

 そして現在。

 この本を見るに剣士の歴史は浅いようだが、今は剣士の時代のようだ。

 

 ふと、思った。

 イゴルさんから学ぶ流派は何なんだろうかと。

 やはりこの三大流派と呼ばれるものなんだろうか。



 俺の考えを他所に、横を見ると母と娘で仲良くきゃっきゃと話していた。

 ルルが家事をしながら微笑ましそうにちらりと見てるいつもの我が家の風景だ。


 俺も本を閉じ、エリシアとエルが楽しそうに話しているのを眺めていた。

 しかし、その楽しそうな時間は唐突に終わる。


 エルが俺が今まであえて聞かないようにしていたことを聞いてしまった。


「ねぇお母さん、なんでうちにはお父さんいないの?」


 その言葉に俺とエリシアとルルは三人揃って一瞬びくっと体が跳ねた。

 俺は恐る恐るエリシアの顔をそっと見てみると固まっていた。

 

 もちろんエルが悪いわけではない。

 今まで意識してなくて当たり前だった存在だったが。

 セリアとイゴルさんを見て思うところがあったんだろう。


 ルルが「エリシア様」と幼女声ながらも落ち着いた声で声を掛ける。

 すると、固まっていたエリシアも意識が戻ったように動き出した。

 一瞬悲しそうな顔のが見えてしまったが。

 俺とエルに順番に顔を合わせるといつもと変わらぬ癒し顔で微笑んだ。

 そしてエリシアの真横にいたエルの頭を優しく撫でた。


「お父さんはいつも貴方たちの近くで見守ってるわ、本当よ」


 いつもの癖もなくなり、答えた。


 空から見守っているよ、ということだろうか。

 子供を納得させる言葉としてはそれが一番かもしれない。

 エルは「そうなんだ…」ときょろきょろ顔を動かして辺りを見回している。

 ちゃんと理解できていないようだ。

 もう少し大きくなればちゃんと理解できる時がくるだろう。


 俺も父親のことは気にはなっていたので、聞いておこうと思った。

 今聞かないと二度と聞けない気がして。


「どんな人だったの?」


 そう言うとエリシアは優しく微笑んだまま答えてくれた。


「そうね……お父さんは精霊使いだったの」


 驚くべき事実だった、以前、俺に魔力がないことに不貞腐れていた時に言った言葉はその場しのぎに言ったわけではなかったのか。

 まぁ実際その能力は受け継がれなかったようだが。

 俺の返事を待つことなくエリシアは話し続けた。


「精霊が見えて話せる能力があっても、精霊と仲良くなることはできないの。精霊が好きになるのは、優しくて心の綺麗な人」


 例外もあるけどね、とエリシアは笑っていた。


「お父さんはとっても優しくて、人の気持ちがよくわかる人で、いつも自分より人のことばっかり考えてたの。そのせいで損することは多かったけど、そんなお父さんがお母さんは大好きだったの」


 話すエリシアは嬉しそうで、悲しそうで、泣きそうな顔で笑っていた。

 きっと、深く愛していたのだろう。


「髪はエルにそっくりね、顔はアルにそっくり。

 ほんとアルったら、アレクに……」


 そう言ってエルの長く伸ばした髪を撫で、俺の頬に手を添えた。

 父はアレクというのか。

 やはり俺は父似らしい、最初はエリシアに似て美形になると思っていたのだが。

 この歳になると、明らかにエリシアの顔立ちから離れていることには気付いた。

 これは中の上ぐらいか?と気付いた時には正直かなり落胆した。

 しかし、父に似てエリシアが幸せそうな顔をしているので、もういいか。

 これでよかったんだろう。


 エリシアが俺の頬から手を離すと、何故だろうか。

 家の中なのに小さい風が俺の髪を揺らした気がした。

 

「ごめんなさい、湿っぽくなっちゃったわねー。

 お勉強の続きしましょうかー」


 うん、と言うエルと話すエリシアは普段通りに戻っていた。

 一部始終を離れた所から見てたルルも、ホッと息をつくと家事に戻っていった。

 

 俺は結局一番気になっていたことを聞けなかった。

 俺達を異常なくらいに溺愛して守ろうとするエリシア。

 この平凡な身分に相応しくないメイドのルル。

 きっと、このちょっとおかしい家庭状況の根源になっていること。



 

 お父さんは何で死んだの?



 聞くことはできなかった。



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