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好きな子追いかけてたら英雄になってた  作者: エコー
第四章 ルクスの迷宮
44/108

間話「導きの先には」

申し訳ないのですが、かなり長いです。

あれでしたら中盤まで飛ばしてもらっても大丈夫です。



  

 コンラット大陸の北西に位置する町マールロッタ。

 ある意味コンラット大陸で一番有名人物がいる町。


 そこから北に一ヶ月歩くとコンラット大陸の冒険者の町サウドラがある。

 

 サウドラから更に北に行くと険しい山脈があり、ドラゴ大陸に通じている。

 凶暴な魔物はドラゴ大陸から溢れてくると言われている。

 ドラゴ大陸に一番近い町、サウドラに冒険者が集まるのは自然だった。

 


 そして、マールロッタからサウドラに向かい足を進める集団があった。

 一つの馬車を囲みながら、剣士や魔術師が厳重に警備を固め歩みを進める。

 中に乗っている人物を考えれば薄すぎる護衛。

 しかしその人物の決定は絶対だった。


 彼女には未来が見えている。

 彼女は予見の霊人呼ばれていた。

 薄すぎる護衛だろうが意味がある。

 むしろ、何も起きないから薄い護衛で問題ないのかもしれない。

 サウドラへ向かう理由も本人以外誰も知りえない。

 しかし、この意味の分からない行動にも意味がある。


 護衛の中で一番腕が立つ剣士、ニコラス・ウルティスはそう思っていた。

 

 マールロッタには雷鳴流の道場があり、その道場には雷帝がいる。

 本来なら護衛は雷帝自ら行うべきだが、予見の霊人ラドミラ・コーレインは自分を指名した。

 自分は道場の中で二番目に腕が立つ人間だった。

 雷帝がいなければ雷鳴流師範代と呼ばれる存在。


 ニコラスは十六歳という年に関わらず、周囲を圧倒する腕前があった。

 しかし、雷帝には届かない。

 世界の中で最強と言われる剣士達は真っ先に三人名前が挙がる。


 雷帝ブラッド・カーウェン。

 流帝アデラス・ベトナーシュ。

 双帝ユリアン・フェリクス。


 剣術の三大流派のトップ三人だ。

 そしてニコラスは将来自分が雷帝の席に座ると確信していた。

 雷帝自らに稽古をつけてもらえる環境で、自分の剣士としての才能。

 

 しかし、雷帝はいつも自分に言った。


「これじゃ、俺が老衰で死ぬまで次の雷帝は現れねえな」


 自分を見て、そう言っていた。

 何が駄目なんだと、自分に足りない技は、技術は何だと詰め寄った。

 しかしそれを聞く自分に、雷帝は呆れたように言うだけだった。


「剣を振るのは体だけじゃねえ」


 いつも同じ返答が返ってくる。

 もうニコラスは聞いても無駄だと考えていた。

 何を言っているか分からない雷帝だが、結局は剣術で屈服させればいいのだ。

 雷帝が年を取り衰える前に、言い訳できないように自分は雷帝を倒せばいい。

 そう思い無心で剣を振っていた。


 なので、この護衛も大事な任とはいえ面倒に思っていた。

 大事な護衛に自分が指名されたことは誇らしいが、剣を振る時間が減った。

 どうせ何も問題が起きないからこその薄い護衛。

 体裁を整えるだけで、護衛の仕事に意味がないとニコラスは思っていた。

 

 そう、思っていたのだが。


 マールロッタから二十日ほど歩いた道中。

 街道を歩いていると、遠くの森の中から轟音が鳴り響く。


 護衛達は剣を抜き、杖を構える。

 そして次の瞬間、驚きの光景が目に映った。


「ガアアアガギアァァアアアア!!!!


 恐ろしい声量、そして遠くの森の中からでも聞こえる羽音。

 勢いよくその声の主が姿を現す。


 森の奥から飛び上がり、空を舞っているのは竜だった。

 見ただけで分かる、Sランクの竜種。


 高ランク冒険者達が数十人で倒す竜だった。

 しかし、護衛達が目を疑ったのはそれだけではなかった。


 一匹、二匹、三匹。


 凶暴な竜が姿を現していく。

 こんな所にいるのははぐれ竜だけのはず。

 竜の群れが存在するのはドラゴ大陸だけだ。

 何故こんな所に――。


 そして竜は何かを探していた。

 その何かは、遠目に護衛達の視界にしばらくして映った。


 数十人の冒険者が、慌てふためき森から飛び出してくる。

 遠くから怒鳴りあう声が聞こえる。


「どうなってんだ! ありえねえ!」

「何で群れてんだよ! とにかく退け!」


 冒険者達は竜を無視するように走り続ける。

 しかし、先頭を走っている冒険者達は空から襲う竜のブレスによって蒸発する。

 その光景に護衛達は焦り始めた。

 一匹ならまだしも、三匹は霊人を守りながら戦うのは厳しい。

 雷帝なら即座に三匹斬り殺すだろうが、自分と薄い護衛では荷が重い。


 そして、怒り狂っている竜達はひとしきり冒険者を焼き尽くす。

 しかしいくら冒険者を殺そうが竜の怒りは収まらなかった。

 遠目で混乱しているこちらに目を向ける。

 ニコラスは怒鳴った。


「誰か! ラドミラ様を連れて離れてください! それ以外の人は僕と!」


 ニコラスの指示に、護衛の一人が馬車に乗り込む。

 しかし、ラドミラと護衛は馬車から出てこなかった。

 中から揉める声が聞こえる。


「ラドミラ様! 何故――」

「これでいいのよ」

「そんな、私達と共に死ぬつもりですか!」

「誰も死なないわ」

「何を馬鹿なことを!」


 ニコラスは混乱した。

 ラドミラの決定は絶対だ。

 だがしかし……この状況は。

 ラドミラはおろか、自分も生きて帰れる可能性は低い。

 

 しかし思考している時間などなかった。

 竜の一体が、自分達の目の前に空から降ってきたからだ。


「ガアアアアァァァッアアアアア!!!」


 自分達に向かって咆哮の威圧をする竜。

 構える剣が震えるほどの声量。

 ニコラスは覚悟を決め、剣を強く握り締める。

 とにかく、ラドミラを守らなければいけない。

 瞬間、竜が口を開けると口内から光が収束するような光景が映し出される。

 

 ブレス。


 自分が避けれてもラドミラは確実に死ぬ。

 いくら未来が見えてもその体は強固ではない。

 覚悟を決め、竜の首元へ斬り掛かろうとする。

 急いで首を落とさなければ手遅れになる。

 首を落とすのと放たれるブレス、どちらが速いか。

 相手のほうが一瞬速ければ自分と背後のラドミラと護衛は蒸発するだろう。

 一瞬でそう思考した瞬間。


 自分の足が地面に離れる前に、何かが横切るように見えると竜の首が飛んだ。

 首だけでも恐ろしい重量だというのに、軽々と首から上が舞っていた。

 そしてなくなった首から空に向かってブレスが吐き出される。

 皮膚が溶けそうになる熱気の中、ニコラスは自分の正面に立つ女性を見た。


 美しく長い金髪が着地の風圧で揺れていた。

 少し見える横顔は凛々しく美しい。

 白と青の立派な剣士服に身を包み、纏った青い闘気でさえ美しいと思った。

 ニコラスは今まで美しいと思っていた女性は美しくなかったのだと思った。

 目の前にいる女性はニコラスの理想の全てだった。

 

 まだ他の竜が残っているというのに、ニコラスは固まり、見惚れてしまっていた。




  -----セリア-----


新しい世界求め、イーデン港から私は旅立った。

 

 コンラット大陸に渡ると、冒険者の町サウドラへ一直線に向かった。

 サウドラへ到着し、冒険者ギルドで依頼を見るとルカルドとは異色の依頼が多かった。

 ルカルドは討伐系のSランク依頼は少なかった。

 カルバジア大陸は迷宮が多く、迷宮探索の助っ人やAランクの魔物の討伐がほとんどだったが。


 サウドラはSランクの討伐依頼が多かった。

 その多くは竜種だ。

 私はルカルドで竜と戦ったことはなかった。

 迷宮で戦ったヒュドラは竜に似ていたが、あれはどちらかというと蛇だろう。


 もちろん、強敵との戦いで腕を磨きたいからコンラット大陸に来たのだ。

 Sランクの依頼を受けないわけがない。

 私は依頼の張り紙を剥がしギルドの受付へ持っていくが。


「ソ、ソロですか?」

「そうよ」


 Sランクの竜の討伐を見て、受付はすんなり受領してくれなかった。

 そして、説得されるように私に言い聞かせた。


「見たところ剣士のようですが、竜は倒した後もしっかりと処理しなければいけません。スカルドラゴンになる可能性がありますからね、そしてせっかくの高価な竜の素材も一人では持って帰ってこれないでしょう。せめて十人以上の編成で魔術師の方もいないと……」


 早口で捲くし立てる受付に、何も言い返せなかった。

 素材はどうでもいいが、処理をしないとだめだと言われると困ってしまう。

 さすがに大型の竜を一人で燃やすことはできないし、処理の仕方もよく知らない。


「そうなの……」


 私が困ったように返事をすると、後ろから足音が近付いてきた。

 自分に向かっている気配に気付いてすぐに振り向く。

 そこにいたのは大男だった。

 重そうな鎧を身に包み、浅黒い肌に強面の顔で、頭の髪は全て刈り上げられ光っていた。

 

「姉ちゃん、一人ではぐれ竜を倒す気かよ?

 自信はあるのか?」


 また外見から舐められるんだろうかと思ったが、そういう風には見えなかった。

 ただ、私にできるのかどうか聞いていただけだった。


「戦ったことないし知らないわよ。でも、竜と戦ってみたいの」

「見ねえ顔だが、カルバジアから来たのか?」

「そうよ」

「ふーん……へぇ……」


 そう言って品定めするように私の全身を見る男。

 その目にやらしい視線を感じることはなく、強さを見ているんだと分かる。

 それならば、私も気分が悪くなることはない。

 そして、男の視線が私の腰に掛けられた二つの剣に向いた時に、男は言った。


「いいぜ、俺が仲間集めて付き合ってやるよ。

 あんたは好きなだけ竜と戦えばいい」

「そう。助かるわ」

「俺はファルドだ」

「セリアよ」

「準備が出来たら連絡するわ。頻繁にギルドに顔出せ」


 それだけ言うとファルドと名乗る大男は去って行った。

 

 そして言われた通り冒険者ギルドに顔を出していると声が掛かった。

 集合場所や日時を聞かされ、竜と戦うことに少しうきうきしながら集合場所へ向かうと。


 二十人程の冒険者がいた。

 私は一人で戦うつもりだったのに、何なのだこれは。

 私は苛立ち、集団を率いているファルドに詰め寄る。


「ねぇ、話が違うんじゃない?」

「何がだよ」

「私は一人で戦うつもりだったんだけど、何よこれ」

「一人で戦えばいいじゃねえか」

「じゃあこんなに人数を集める必要はないでしょ?」


 私が集団を見回して言うと、その集団は全員ニヤけるように笑っていた。

 私は更に苛立つ、気に入らない。

 そんな私を押さえるようにファルドは言った。


「こいつらは、お前が逃げたり死んだ時に竜と戦えるように呼んだだけだ。お前が仕事すりゃこいつらは何もしねえよ」


 ファルドは私を信用していないようだった。

 まぁ、それも仕方ないかと納得する。

 竜と戦ったこともない十代半ばの少女に命を預けるわけがない。

 しかし、次のファルドの発言で私の考えが全て違っていたことが分かった。


「お前が死んだら遺品は回収するぞ」


 そう言って私の腰の剣を見た。

 二つ掛かっている剣で、見ている剣がどれかは分かった。

 風鬼だ。

 それで全てを理解した。

 この男は最初から私の剣を回収して売り払うつもりだったのか。

 本当に竜を倒すならそれでいいし、死んだら業物の剣を回収する。

 この風鬼は売れば想像もできない金額になる剣だろうから。

 

 でも、本当に私が死んだら好きにすればいい。


「好きにしたら」


 私がそれだけ言うと、ファルドは口元を歪めて笑った。

 その笑みは気に入らなかったが、利害は一致している。

 さすがに殴ってご破談になるのがよろしくないのは私でも分かる

 私はここら一帯を熟知している冒険者達に率いられ、数日歩いた。



 そして竜の住み着いた場所へ向かった。


 竜の住み家が近付くと冒険者達は止まり、私だけ進んだ。

 森を抜け岩だらけの視界が広がると、いた。


 瞳の大きさが私の胴体ぐらいあるだろうか。

 竜は侵入者の気配に気付くと、羽を広げて威嚇した。


「ガアアアァッッアアアアア!!!」


 竜の咆哮と共に私は剣を抜く。

 確かに、今まで見た魔物の中で一番強い。

 もちろんヒュドラとルクスの迷宮のボスとを除いての話だが。


 私は相手の出方を伺う。

 私は今までの経験で、初めての魔物に対しては後手に回る癖があった。

 しかし、それは愚策だった。


 竜が獰猛な口を広げると炎が零れるように収束し始めた。

 これはブレス。


 私は吐き出される炎と同時に横に飛んだ。

 かわしたが、皮膚が焼けるような熱気が辺りを包む。

 そして直撃した岩は蒸発するように溶けて消えた。


 食らえば、お終いだ。


 ブレスが当らないのが分かったのか、次は体を回転させて強固な鱗に覆われた尻尾を振り回した。

 私は自分に迫り来る尻尾に合わせて下段から剣に闘気を集中させると、振り上げた。


 硬い。


 こんなに硬い魔物を斬るのはヒュドラ以降だろうか。

 しかし硬くて断ちにくいだけで切れなくはない。


 私は渾身の力で振り上げた。

 すると、私の体より後ろにあった尻尾が飛んだ。

 竜が痛みに咆哮を上げる。


 それを逃がさない。まずは足を落とす。

 私は風斬りの構えで飛び込むと、竜の視界から消え懐に入った。

 そのまま私を見失った竜の左足を切断する。

 その左足が落ちるより速く、流れるように右側に回ると右足も切り落とす。


 そこら辺の魔物だとこれでお終いだ。

 しかし竜は咆哮を上げながらも崩れ落ちることはなかった。

 羽を広げて羽ばたくと、恐ろしい風圧と共に空へ飛んだ。

 頭上から切断した足から噴出す血が降り注ぐ。


 私は足に闘気を集中させ、二十メートルは宙に飛んだ。

 狙いは竜の首。

 竜は跳躍してきた私に驚き、口を広げ牙を見せるが私はお構いなしに首を斬る。

 しかし、太い竜の首は完全に切断できなかった。

 半分ほど裂けた首を無理やり動かし私に襲いかかろうとする。

 その竜のあごを、私は足に闘気を集中させ蹴り上げた。

 すると、半分裂けていた首は完全に更に空へ向かって飛んだ。

 

 もう竜は動かない。

 私は竜から溢れ出す鮮血と共に空からゆっくりと地面に落ちた。

 足に闘気を集中するがやはり衝撃は残り、少し体に痛みが残った。


「ふぅ……」


 とりあえず一息吐く。

 倒せたが、一瞬判断を間違えると殺される相手だった。

 これが竜種か。


 私が竜の亡骸を見つめていると、後ろからファルド達が駆け寄ってきた。


「驚いたな……本当に一人でやりやがった」

「まじかよ」

「化物だな」


 冒険者達はそう言いながらも、手際よく竜を処理していった。

 貴重な素材を剥ぎ取り、魔術師達が燃やし、全員で骨を砕いた。


 確かに、私一人では処理できなかっただろう。

 気に入らないファルドだったが一応約束通りの仕事はした。

 ならばもう私も何も言わない。


「なぁセリア。分け前なんだけど、お前が一人で倒したのは分かってるし俺達も欲張らないけどよ。一応数日着いてきて死体を片付けたし……そのー」


 金の話をしているようだが、私は別に金がほしい訳ではない。

 最低限あればそれでいい、欲しい物は別にない。


「山分けでいいわよ。私は最低限あればいいから」

「まじかよ! お前最高だな!」


 そう言ってファルドを先頭に全員でガッツポーズしていた。

 そのまま私達はサウドラに戻った。

 そしてファルドがギルドで報告すると、金貨を二枚手渡された。

 大金だ。


「竜って儲かるのね」


「さすがにセリアの取り分が一番多いけどな。

 なぁ、これからもこの協力関係続けようぜ。

 次は集める人数も少なくしたらもっと儲かるからよ」


「いいけど」


「よっしゃ! これから飲みにいかねえか?

 親睦も兼ねて奢るぜ」


 お前が倒した竜の金だけどな、と笑うファルド。

 さすがにこの男と一緒に飲もうとは思わない。

 ライトニングとはたまに誘われて飲んでいたが。

 竜の処理を頼む上で都合のいい相手なだけであって、好きか嫌いかで言えばファルドは嫌いだ。

 

「いい、依頼の時だけ声掛けて」

「残念だな。ま、儲けさせてくれたいい女と飲むのも欲張りすぎか」


 じゃーなと手を適当に振りながら去っていった。

 私もそのまま宿へ帰る。

 初めての竜は確かに強かったが。

 これが私の求めているものなんだろうか。

 少し、心がもやもやした。


 アルは今何をしているだろう。

 大好きな彼のことを考え、眠った。


 


 それから一年が過ぎた。


 毎日、人気のないところを探して剣を振った。

 たまに高ランクの魔物を討伐しに赴いた。

 一度狩ると大金が手に入るので剣を振る時間が増えた。


 しかし、毎日これでいいのかと思う日々だった。

 確かに剣術の腕はどんどん上がった。

 纏う闘気の大きさも昔と比べれば桁違いだ。


 しかし、何か足りない。

 

 一度、ドラゴ大陸に行こうと思ったことがある。

 その時にこの大陸のことをよく知っているファルドに相談したが。

 やめておけときつく止められた。

 魔物の強さとかではなく、魔族は基本的に言語が通じないらしい。

 それは私が初めて知る知識だった。

 たまにドラゴ大陸からおりてくる魔族は人語を話せるが、向こうで暮らす魔族は違うらしい。


 言語が通じなくて町で休むことも飯食うのも難しいと言われれば、やはり躊躇してしまった。

 剣も定期的に手入れしなければならない。

 それができないのはやはり困ることだった。


 そして私が北にいるのは出現する魔物が強いことからだが。

 何故、私は強い魔物にこだわっているのだろうとふと思った。


 別に強い魔物と戦うことが強くなる道ではないのではないか。

 元より広い世界を見ようと思ってこの大陸に来たのだ。

 剣を振ることと竜を倒すことしかしてないのなら、別にここにいる必要はない。


 少しコンラット大陸を見て回ってみるか。

 そんなことを考えていた矢先だった。



 いつも通りファルド達と竜の討伐に行ったが。

 何故か、はぐれ竜の情報のはずなのに四体の竜が群れていた。


 一匹の注意は私が引き受けたが三匹はファルド達の方へ向かってしまった。

 助けにいこうと思ったが、一匹とはいえ竜は手ごわい。

 不意をつくなら別だが、向かい合っていては一瞬では倒せない。

 私は倒すのに時間が掛かってしまった。


 そして急いでファルド達を追いかけると、彼らは死体になっていた。

 体は溶け、面影は残っていない。

 もしかしたらファルド辺りはうまいこと逃げたかもしれないが分からなかった。

 嫌いだった相手とはいえ世話にはなったし、一年で少しは情も湧いていた。

 少し悲しい気持ちになるが、遠目に馬車と剣を抜く剣士や魔術師の姿があった。

 彼らの前には竜がいる。


 私達のせいで関係ない人が死ぬことは許されない。

 私はブレスを吐こうとしている無警戒の竜の後ろから剣を振り下ろした。

 前までは一太刀で断てなかった首だが、私は成長していた。

 斬ると同時に引きちぎるように蹴り飛ばすと簡単に首は宙に舞った。

 そのまま空にブレスが噴出される。


 その光景を見て、空を飛んでいた残りの二匹の竜が私の前に降りてくる。


 途中金髪の、男の癖に女のような顔立ちをした剣士が私に助太刀した。

 この男は結構強い、すぐに分かった。

 二人でもう一体の竜を絶命させると最後の竜は他の剣士や魔術師によって囲まれ、全員で倒した。

 

 全て倒し終わり落ち着くと、私は真っ先に助太刀した金髪の剣士に声を掛けた。


「迷惑かけてごめんなさい。誰も怪我してないかしら」

「はい、問題ありません。助かりました」


 そう言う男の剣士は少し頬を赤くしていた。

 竜との戦いで興奮しているのだろうか。


「僕はニコラス・ウルティスと言います。あの、貴方は……?」


 何故か恐る恐る聞く剣士に、私は淡々と言った。


「セリア・フロストルよ」


 それだけ言うと、会話は終わった。

 ニコラスは何故か緊張しているように見えた。

 不思議だ。


 会話が終わると、馬車の中から騒ぎが聞こえた。


「ラドミラ様! いけません! 外に出ては――」

「いいのよ、これで全ていいの」


 少し妖艶に感じる女の声と、焦るような男の声。

 そして馬車の中から姿を見せた女性がいた。

 

 四十代ほどだろうか、老けてみえるが。

 黒い髪を長く伸ばし、どことなくアデリーのような妖艶さを感じる。

 そして、纏っている雰囲気が常人と違うのは感覚で理解した。

 しかし強い訳ではない、不思議な感覚だった。


「セリアさん、助けてくれてありがとう」


 そう言って微笑む女性は私の名前を知っていた。

 さっきのニコラスとの会話を聞いていたのだろうか。


「私達が巻き込んだから感謝する必要はないわ。

 私が謝らないと――」

「ふふ、巻き込まれに来たのだけどね」

「え?」

「気にしないで、私はラドミラ・コーレイン。

 予見の霊人って呼ばれてるんだけど」

「予見の霊人?」


 初めて聞く単語だった。

 いや、誰かが話しているのを聞いたかもしれない。

 私はあまり興味のない話を覚えるのが苦手だった。


 しかし、そんな私の言葉に穏やかな表情のまま答えた。


「その人の未来が見えるの、今までの道筋も。

 色んな人達を導くのが私の仕事」

「そうなの」


 そう言われても、だから何なんだと思ってしまう。

 馬鹿な私にはその凄さはよく分からなかった。


「良かったらあなたを見させてもらってもいいかしら?

 嫌なら無理強いしないけど」

「別に好きにしていいわよ」


 私がそう言うと、ラドミラの横にいた男が怒るように声を上げた。


「ラドミラ様! いくら恩人とはいえ簡単に導きを与えるなんて――」

「少し、黙っていなさい」


 ラドミラが低い声で言うと、男は凄みに負けて押し黙った。

 そしてラドミラは私の手を取ると、目を瞑って集中しはじめた。

 ラドミラが握る私の手が発光しはじめる。

 何かの力が働いているのが分かった、治癒魔術を掛けられているような光景だ。


 しかし、ラドミラから紡がれる言葉はあまり深く考えてなかった私の考えを変える。


「そう、お父さんの仇に道場の再興ね……。

 あら、やっぱり一番光ってるのはアルベルなのね」


 私の心に秘めた気持ちを言い当てるラドミラに、動揺する。

 何故……。

 それに、アルの名前を今知ったような雰囲気には見えなかった。

 まるで最初から知っていたような。


「何で知ってるの?」

「貴方の記憶を覗いたからかしら」


 私には人の嘘を見抜くような器用な力はないが。

 多分嘘だと思った。

 しかし、口より先に手が出る私に追求する言葉は思い浮かばなかった。


「貴方は今、悩んでる? 丁度いい時だったみたいね」


 その言葉も当っていた。

 本当に導いてくれるのだろうか。

 人の言葉で自分の道を決めるのは癪だが、目的を果たせるならもうそれでもいいかもしれない。

 私は素直に言った。


「私はどうすればいいの?」


 その言葉に、ラドミラは少し微笑むと、再び集中した。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「貴方の進める道は無限大ね。その強さで、あらゆる可能性があるわ。

 それは全て、とても名誉なことで他の人には手に入れられない人生ね。

 でも――」


 少し間を置いて、再び言った。


「どの道を進んでも、貴方は笑っていない。

 誰もが望む栄光を手に入れても、貴方は興味がなさそうね」


 その言葉に、少しぞっとする。

 私は目的を何も果たせないのだろうか。

 もうアルとも会えないのだろうか。

 

「私は一生幸せになれないってこと?」


 少しか細い声で言ってしまうと、ラドミラは私を安心させるように言った。


「そんなことないわ。無限に広がる道の中で一つだけ、

 貴方が毎日幸せそうにしている道があるから」

 

 その言葉に安心する。

 ラドミラはアルについては嘘をついた気がするが、その他は真実だと思った。

 

「私はどこに行けばいいの? そこで何ができたの?」


 食い気味で私はラドミラに言い寄る。

 しかし私のほしい答えは返ってこなかった。


「これから何が起こるかは言えないの。

 知ってしまうと未来が変わってしまうからね。

 でも、私の言葉を信じるなら――」


 次の言葉を集中して待つ。

 ごくりと喉を鳴らす。


「私と来てくれるかしら? そこに貴方の求める道があるから」

「分かったわ」


 私は考える間もなく答える。

 どうせ町から出るつもりだった。

 私が幸せを感じる道なら目的を果たしているはずだ。

 私は何故かこのラドミラを信用していた。


 そして私は、マールロッタに拠点を移すことになる。




 再び時は流れ、一年が過ぎていた。


 マールロッタの町並みは煌びやかで、故郷のカロラスとは全然違った。

 大通りは賑やかで、建物も綺麗な石造りだ。


 私はそこで新しい仕事に就いていた。

 魔物と戦うこともこの一年間でなくなっていた。

 しかし、私は成長していた。


 この町に雷帝がいたからだ。

 初めて見た時に勝てないと思ったのはルクスの迷宮のボスに続いて二人目だった。

 こんな剣士を見ることができただけでもここに来た価値はあると思った。

 雷帝は私を見て、立ち合えと言ってきた。

 私は勝てないと分かっていても勇んで受けて立った。


 結果は、敗北だった。


 分かっていたが、悔しかった。

 本来なら流派が違う者を道場にいれることは許されないが、雷帝はなぜか私を許した。

 そしてたまに稽古をつけてもらう。

 雷帝から受ける技の数々は私に衝撃を走らせる。

 もちろん他の門下生は、流派の違う私を見ていい顔はしていないが。

 

 ラドミラの言葉通り、サウドラで竜と戦っていた時よりも成長はしている。

 しかし本当にここにいるだけで私の目的は果たされるんだろうか。

 少なくともこの一年間その兆候は一切ない。

 もしかしたらアルがここを訪ねてくるのかと思ったが。

 海竜王がイーデン港との航路を塞いでしまい数年は船が出ないとのことだった。

 やるせない気持ちでいっぱいだ。


 そして仕事場に向かう為、大通りを歩いている私に声を掛けた人物がいた。


「セリアさん、こんにちは」

「あら、ニコラス。こんにちは」


 竜を倒す時に私と共闘した剣士だった。

 私と同い年で、この町の雷鳴流の道場で二番目に強いらしい。

 最初は私のほうが強いと思っていたのだが、最近急激に強くなっている気がする。

 私も最近ではアル以外に初めて、ライバルのような感覚を覚えていた。

 他人への姿勢もアルに似ていて悪い気はしなかった。


 そして何故か、彼は事ある毎に私に声を掛けてくることが多かった。

 

「今からお仕事ですか?」

「えぇ、暇してるだけだけどね」

「はは、他の護衛の方が聞けば怒りますよ」

「知らないわよ」


 適当に軽く会話すると、ニコラスと別れた。


 そして町の中で一番大きい建物に入る。

 神聖さを感じる建物だ。

 門の前には護衛の剣士や魔術師が多く並んでいる。


 私は挨拶もしないまま、その門を潜る。

 私を止める護衛も誰もいない。


 そのまま建物の中に入り長い廊下を歩くと、一つの部屋の前に立った。

 私は乱暴にノックして扉を開ける。

 部屋の主はノックしなくても文句を言わないが、周囲の人間がうるさいのだ。

 扉を開けた先には正面の椅子に座り、私を待つラドミラの姿があった。


「セリア、ご苦労様」

「えぇ」


 やり取りといえばこんなものだ。

 私の姿を確認すると、部屋にいた二人の護衛が私に軽く頭を下げて部屋から去っていく


 私に任されたのはラドミラの護衛だった。

 最初は周囲が反対したが、ラドミラが強く言うと誰も反論できなかった。

 この町ではラドミラの判断が絶対だった。

 私は早朝に起きて昼まで剣を振るとラドミラの護衛の仕事に就いた。

 こんな中途半端でいいのかと思ったが、ラドミラが「いいのよ」と言っていたしいいのだろう。

 そして、退屈な時間が始まる。



「ねぇ、いつになったら私は目的を果たせるの」


 淡々と過ぎ去る時間の中、私は退屈で窓から外を覗きこみながら聞いた。


「焦ることはないわ。セリアは剣術の腕を磨いて精一杯生きていればいいのよ」

「今、暇してるんだけど……」

「いいじゃない。他の人より貴方といる方が落ち着くのよ」

「じゃあ別に、私が今ここにいることは私が求めてる道とは関係ないってこと?」

「そうかもしれないわね」

「はぁ……」


 呆れるように溜息を吐く。

 これが、この町でただこうして時を過ごしてるだけならすぐにここから出ていただろう。

 雷帝との稽古やニコラスの存在で、剣術の腕が上達していると分かるから何とか許せている。

 私はふと外を見るのを止め、ラドミラに振り向くと聞いた。


「イーデン港が海竜のせいで船が出なくなったけど。

 ラドミラはそのことも何か知ってるの?」

「さぁ、どうかしらね」


 明らかに、知っているようだった。

 私は少し憎たらしそうに言った。


「いいじゃない、教えてくれても」

「だめよ、貴方の人生に一生関係ないことならまだしもね」

「海竜王と私が何か関係あるの?」

「さぁ、どうかしら」


 そう言って私をからかうように笑っていた。

 だめだ、ラドミラのペースに付き合うとこっちが疲れるだけだ。

 それはこの一年間でよく分かっていた。


 私は再び窓から外の風景を眺めた。

 空は青く、町並みも綺麗でここから見る眺めは綺麗で飽きない。

 

 風が頬を撫でる中、それは唐突だった。

 遠くで光の柱が立ったのだ。


「え!?」


 私は驚き、窓に体を乗り上げるように凝視する。

 恐らくかなり遠い場所だ、光の下はカルバジア大陸だろうか。

 方角的にルカルドの方……?


 今までの人生の中で一番の現象に驚いていると、私は自分の目を疑った。


 空に向かって光が伸び、空で大きな魔法陣が広がり輝いている。

 あれは見たことがある。

 ヒュドラがいる部屋に入る際に踏み、ルクスの迷宮のボス部屋の前では悔しい思いをした。

 忘れやすい私でも、荒んだ迷宮に似つかない異質なものは覚えている。


 まさか……誰かが?

 そう思うと方角も距離も間違いないように思えてきた。


 そのまま目を見開いて凝視していると、転移陣は白く発光すると散るように美しく消えた。

 しばらく固まったまま動けなかったが。

 私は一瞬で体を回し振り向くとラドミラに詰め寄った。


「ラドミラ! 何よあれ!!」

 

 私は怒鳴るが、あんな光景があったというのにラドミラは普段通りだった。

 また、何か知っている。

 すると、ラドミラは呆れたように言った。


「セリア、私が何でも知ってると思ってない?」

「実際知ってるんでしょ!」

「まぁ、そうだけど」


 ラドミラは一人で勝手に「ふふ」と笑っている。

 私は少し苛立ってきていた。

 あの迷宮のボスを倒せる者がいるとは思えないが。

 あのボスは、この町の雷帝より強いと思うが。

 それでももし、あの迷宮の攻略者が出たのなら……。

 今の光景を見る限り、転移の言い伝えは本当だったのではないか。

 なら、私の目的は一つ失われてしまったのではないか。

 ラドミラは本当に私が幸せになる道に導いているのだろうか?


「ねぇ、私は本当にここに居ていいの?」


 私は不安になって弱々しい細い声で聞いていた。

 思わず下を向いてしまう。

 しかし、ラドミラは相変わらず穏やかだった。


「いいのよ。今日やっと繋がり出したんだから」

「繋がり?」

「セリアは気にしなくてもいいのよ。貴方、考えるのは苦手でしょ」

「うるさいわよ……」


 私は再び窓から外を見ると、もうあの現象が再生されることはなかった。

 

 行き場のない虚しさが私を包み込む。

 カルバジア大陸の方をしばらく見続けると、脳内にアルの顔が再生された。

 最後に見たのはアルが十歳の時。

 そういえばもうすぐアルの十五歳の誕生日だなと思う。

 アルはどんな成長を遂げているだろうか。

 背は高く伸びただろうか、体は大きくなっただろうか。

 賢い頭脳を使って町で勉強しながら穏やかに暮らしているだろうか。

 私と同じ剣は、振っているだろうか。


 私は、どんなアルでも構わない。

 

「……会いたいな」


 窓の外から見える町並みを見つめながら、小さく呟いた。


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