第四十話「覚醒」
雷帝と名乗った男に向かい、闘神流風斬りを中段から放つ。
雷帝はその技を知っているようだった。
風斬りの弱点、突進中に合わせて踏み込む姿勢を見せた。
腰を落とした構えから一閃、光のような速さで剣が振られる。
その瞬間、黒い刀身が光るように見える錯覚。
俺は闘気を突進中に関わらず剣と腕に集中させる。
キィィンと俺の剣が悲鳴を上げ、刀身が震える。
一瞬遅れれば俺の剣は砕け散っていた。
そのまま突進の勢いが消えるどころか後ろに飛ばされる。
俺は空中で姿勢を直し、再び距離を取って構える。
「闘気のコントロールは完成の域にあるな。
その歳を考えると恐ろしい才覚だろう」
「………」
「しかし、剣を守るように戦うのは愚の考えだ。
剣は自らを守るものだからな」
「チッ……」
その言葉に苛立つ。
この剣は十分俺を守ってくれている。
こんな挑発に反応していてはいけない。
相手は挑発したつもりはないだろうが、それに苛立ってしまえばお終いだ。
とにかく、自分が死なないで済むことは考えるな。
もしも、考えたくはないがエルが死んでしまっていたら。
こいつの腕の一本でも土産に持っていく。
この強敵に傷を付けることができればイゴルさんもセリアも納得してくれるだろう。
俺は精一杯戦ったと。
闘気を集める。
もっと眠っている闘気はないかと、全身を探す。
もう、どうせ死ぬ。
どうなってもいい。
ありったけの闘気を。
自らにリミットを掛けるように探さないでいた闘気を。
すると、あった。
纏ったところで相手には届かない。
相手に届く闘気を見つけたところで、纏えばその瞬間死ぬ。
俺は全てを引き出すように全身に乗せる。
風が火を大きくするように、俺の燃える闘気を風が増長させるような感覚。
相手の闘気によって消し飛ばされていた俺のか弱い闘気が少し息を吹き返した。
この威圧感の中で呼吸できるようになる。
今までが水中で戦っていたとしたら、やっと顔だけ水面に出せたような感覚。
そんな俺を相手は空から見下ろしている。
それほどの差。
「ふむ……惜しいな。
もう少し歳を取ってからここへ来れば、いい勝負になったかもしれん」
「知るかよ、意味のない言葉だ」
「そうだな。この部屋に入った者を逃がしたのは千年の中で初めてだ。
お前に免じたのだ。その分、楽しませてもらうぞ」
もう逃げていいと言われても、逃げるつもりもなければ、意味もない。
これだけの闘気を纏えばもう帰る道はない。
願うは、戦闘の途中で限界を迎え死に至らないことだけだ。
無論、この相手を前に長い戦闘になることはないだろう。
相手が本気で俺を殺そうとしたら俺はすぐに死ぬ。
目の前のライニールと名乗った男は再び腰を深く構えた。
居合いのような構え。
奴の剣に闘気が集中する。
あれを食らうとやばい。
しかし、踏み込めなかった。
ライニールの剣がぶれると俺との距離があるのに足を止めたまま。
剣を、振った。
その瞬間、黒い刀身の剣が輝く。
目の錯覚ではない、ライニールが手元が紫色に包まれると、それが斬撃となり飛んできた。
これは、闘気だ。
闘気が刃のように俺に襲い掛かる。
俺は剣と腕に全ての闘気を集中させ、高速で飛んでくる闘気の刃を。
上段から、振り下ろした。
キィンと剣を合わせたような音が鳴ると闘気の刃は散り、消滅した。
本能にまかせた行動だったが間違っていなかったようだ。
それにしても何だこの技は。
凌いだとはいえ、俺は驚愕に目を見開いていた。
「その顔を見るに初見か。初見で破ったのは評価するが、
この技は闘神の技だぞ。長い歴史の中で忘れられてしまったようだ」
俺は言葉を返すこともなく思考する。
闘神流は闘気のコントロールが極意。
だが、闘気を飛ばすなんて聞いたこともない。
そして相手の巨大の闘気は少しだけ減っているように見えた。
もしかして今飛ばした分か。
闘気は、減るのか。
もし、今の技を連発してくれて俺の闘気と並べばまだ勝機はあるか……?
いや、剣の技でまだ剣を振って十年の俺が勝てる訳がない。
そして相手の巨大な闘気が俺と並ぶぐらい減るのはありえないだろう。
いくら使ったところで水面で見上げる俺に少し足を近づけただけのものだ。
そしてもう俺には時間が残されていない。
様々な可能性を考えたが、やはり愚直に斬りかかるしかなかった。
勝てる部分が一つもない敵。弱点が存在しない敵をどうやって倒せばいい。
唯一の弱点といえば俺と遊ぶように剣を振っていることだった。
しかしそれは大人と子供の差があるからだ。
とにかく剣を振るしかない。
俺は再び風斬りの構え。
今度は下段から構える。
足に闘気を集中させ、相手の深い構えに飛び込む。
ライニールは俺の突進に合わせて剣を振ってくる。
俺は地面から足を離した瞬間、剣と腕に闘気を集中させた。
ライニールがさっきと違う行動を取れば意味のない動き。
しかしライニールは俺が何をしても問題ないと言わんばかりに同じ行動を取った。
俺は突進の途中で、相手の剣を読むようなイメージで切り上げる。
タイミングを間違えば体が切断されるが。
俺の全力の闘気を乗せた攻撃は相手の剣を押し上げた。
ライニールの表情が一瞬変わる。
しかし焦ってはいない。驚いただけだ。
俺は左手で拳を作ると腹に向かって突き出した。
入る。
そう思った瞬間、ライニールの左足に腕が蹴り上げられる。
俺の拳が届く前に俺の腕は頭上に押し出される。
これは、闘神流蹴り払い。
何なんだ、こいつは。
俺はその勢いを利用してバク転しながら後ろに下がり、距離を取った。
そして苦し紛れに口を開く。
「雷帝とか言った割りには闘神流の技を使うんだな」
「何、闘神の技に限らんさ。千年も生きていると器用になってな。
お前が闘神流だから使ってるだけだ」
俺の精一杯の挑発は全く堪えないらしく、むしろ挑発された。
要するに、違いを見せ付けて遊んでいる。舐められている。
舐められて当然の実力差だが、腹立たしいものは腹立たしい。
俺が歯を食いしばると、ライニールは急に纏っていた雰囲気を変えた。
今までは俺とたわむれるように剣を振っていたが。
いきなり敵を見る目になった。
そして、淡々と言った。
「そろそろお前の体が限界のようだ。それなりに、楽しめたぞ」
そう言うと腰を深く構えた。
闘気が再び剣に集中し、闘気の奔流が巻き起こる。
さっきと同じ闘気を飛ばす構え。
違うのは、剣に纏う闘気の量が段違いだった。
これは避けれないし、受けきれない。
俺は思考するのを止め、飛び掛る。
左手で剣を中段に構え、右手で拳を作りながら特攻する。
死を覚悟した。
死ぬ前に剣でも拳でもいい。
相手に傷をつけてやりたいと思っただけの攻撃。
俺が相手の間合いに入った瞬間。
ライニールは一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに真剣な面持ちになった。
そして構えられた剣がぶれるように消えた。
その瞬間、剣を横から薙ぎ払った俺の腕が、飛んだ。
痛みを感じる間もないまま肘下からの感覚がなくなり、溢れ出す血を感じる。
そんなことはお構いなしに俺は右手の拳を振った。
ライニールの顔面に向かって突き出した俺の拳に感触はなかった。
ライニールは顔を少しだけ動かし俺の拳を回避すると、俺の腹に拳を打ち込んだ。
闘気を腹に集中させるが、それでも拳が背中を突き破って貫通したのではないかと思う衝撃。
俺は時間が止まったような感覚を感じ、気付いた時には破壊音と共に壁に張り付いていた。
貼り付けられた壁から正面に倒れると、俺の体は限界を迎えた。
内臓を潰されて吐血すると共に闘気が自然に消えた。
腕から、口から、大量の血が流れている。
そして、闘気が消えた瞬間に腕の切口や内臓の傷とは比べ物にならない痛みが俺を襲う。
「ガ……ア……」
視界が歪む。
あぁ、理解した、
目を閉じれば、俺はこの世にいない。
「最後の攻撃は届かなかったが、悪くなかったぞ。
一矢報いる意思を感じた。
放っといてもすぐに死ぬだろうが、情けだ。首を落としてやる」
もう耳があまり聞こえないが。
死を感じる足音が近付いてくるのは分かった。
走馬灯のように、この世界での俺の人生が映し出される。
こんな前世の記憶を持っている俺を愛してくれた家族。
エリシア、エル、ルルの俺に微笑む顔が再生される。
向こうに行ったら、イゴルさんは何ていうだろうか。
精一杯戦った俺を褒めてくれるだろうか。
負けたことに怒るだろうか。
エル、俺が向こうに行った時にいないことを願う。
でもエルは、俺と一緒にいれて喜ぶのかな。
もしエルが生きていてくれたら、ランドルがきっと守ってくれる。
あの男はそういう奴だから。
そもそも、あの世なんてあるのか分からないが。
そしてセリア。
またセリアと会いたかった。
セリアと色んな話をしたかった。
君が好きだと、もう離さないと伝えたかった。
俺なんかを待ってると言ってくれたのに、セリアの気持ちに答えれない自分が悔しかった。
でも、前世とは違った。
死の瞬間、俺の暗くなる意識に浮かぶのは。
この世界の大切な人達の顔だった。
短い人生だったが、幸せだったんじゃないか。
心残りはあるが、この世界に来れて、エリシアの元で生を受けたことを嬉しく思う。
死の足音が止まった瞬間。
俺の視界はもう真っ暗だった。
何も、映っていなかった。
そして感じた。
これが、死か――――
その瞬間、時間が止まった。
恐らく、止まった時間は瞬きをするような、一瞬の時間。
その凝縮された時の中で俺ははっきりと声を聞いた。
『大丈夫?』
セリアの声かと思ったが、違った。
俺の知らない声だった。
少し幼さが残っているのを感じる中性的な声
しかしその存在は、何故か俺の身近なものに感じた。
「誰か知らないけど大丈夫なわけないだろ。
見ろよ、腕もないし内臓も潰れてるし。
もう指一本動かせないんだから」
死の淵だというのに俺の言葉はすらすらと出た。
もはや口を動かしていないはずなのに。
いや、そもそもここが死の世界なのか。
既に死んでいて女神の声でも聞こえてるんだろうか。
『やっと聞こえたね』
「やっとも何も聞いたことないし。
聞いたところで何があるんだよ。
もし神様ならエルがどうなったか教えてほしいけどな」
もう諦めたように言う俺に、その声は終始穏やかな声だった。
『ずっと君と居たんだよ』
「だから知らないって。
やっぱり神様か? 俺はこれからどうなるんだよ。
もう違うところで生を受けたくないんだ。
家族はエリシアとエルとルルだけでいい。
もう転生しなくていいからな」
『何を言ってるのか、分からないよ』
「俺が分かんねーよ!」
俺が話の通じない相手に苛立ち怒鳴り声を上げると、悲しい風が俺の頬を撫でた。
俺を包み込む暗い空間の中、悲しい風が吹いていた。
この風の感触には覚えがあった。
いつも俺の背中を押してくれた風だった。
『私にできることはこれくらいだったから。あまり力になれなくてごめんね』
悲しそうにそう言っていた。
俺は今までのことを思い出していた。
「いつも俺を助けてくれてたのは君だったんだな。怒鳴って悪かったよ」
『いいよ別に』
ちょっとエルに似てるな。
そう思うと少しおかしなって軽く笑った。
「助けてくれてたのは感謝するけど。
ごめん、死んじゃったみたいだ」
『死んでたら私の声が聞こえるわけないでしょ』
「だとしても数秒後には死んでるよ。
もう結構時間が経ってる気がするけど、何でだろうな」
『戦わないの?』
「どう考えても無理だろ。
見てたなら分かるだろ、今の俺の満身創痍な体をさ」
『大丈夫だよ。私の声が聞こえたなら、もう少し力を貸せるから』
俺を見守ってくれていた存在はそんなことを言っているが。
これ以上力を貸してもらったところであの強敵に勝てる訳がない。
剣を握り締める腕は、もう無い。
「もう遅いよ、剣を握ることも立つこともできない体なんだ」
『大丈夫、立てるよ』
「何を根拠に……」
俺が言うと、暗闇の中漂っている俺の体に小さい光が入ってきた。
白く輝く燐光は美しく、見惚れてしまう。
そして暗闇に包まれた部屋を晴らすように俺の体が輝きだした。
瞬間、閉ざれた闇の世界が光に包まれた。
眩しい視界の中、最後に声が聞こえた。
『君は、アレクの子だから』
そして、美しい世界と俺は切り離された。
目の前の現実に戻る。
映し出される地面に、ライニールの足元。
次の瞬間、俺の首が飛ぶのだろう。
そして、心臓から溢れ出す光を感じた。
これは闘気だが、闘気ではない。
心強いその存在の引き出しを開ける。
それは白く輝く光だった。
闘気を纏うように、俺の体が白く発光する。
腕の血は止まった。
指先が動く。
まだ立てる。
俺は不思議な闘気を爆発させる。
相手の巨大の闘気を蹴散らすように、その部屋を俺の白い闘気が包み込んだ。
「なっ―――!!」
ライニールが初めて驚く声を出すと俺に留めを刺すことを忘れ、後ろに飛び距離を取った。
俺は倒れ伏せたままなんとかそれを視界に移した。
そして切断された腕と潰れた内臓の激痛に耐え、残った右手に力を入れる。
右手で自分の体を支えると膝をつき、ゆっくりと立ち上がった。
目の前には驚愕の表情で俺を見るライニールがいた。
普段、闘気を纏うと体に掛かるプレッシャーを感じるが。
今はただ心地良かった。
俺を守ろうとする闘気の温かさを感じていた。
「これは、精闘気……お前、精霊使いだったのか」
「知るかよ。俺はお前を斬るだけだ」
俺がライニールを睨みつけ言うと、ライニールは初めて笑い声を上げた。
「ははははは! これを見るのは災厄と闘神以来だ! 面白い、またこれと殺り合える日が来るとはな。千年待った甲斐があった」
そう言って楽しそうに笑い声を上げるライニールから視線を外す。
俺は地面に転がっている自分の左腕と白桜を視界に入れる。
腕を拾ったところで役に立たない。
もう、中級の治癒魔術では治らない。
俺が右手で白桜に腕を向けると風が吹いた。
その風は白桜を揺らし、突風が吹くと俺のほうに飛んできた。
宙に回転しながら飛んでくる剣を勢いよく右手で掴む。
もうこの剣を両手で構えることはできない。
だが、さっきよりマシだ。
俺の心強い不思議な闘気は相手の巨大で禍々しい闘気と競り合っていた。
もう力負けはしない。
いや、二人分でこっちのほうが強い筈だ。
俺は剣を右手で握り締める。
そして風斬りの構え。
イメージは中段から横に一閃、敵の胴体を切断する。
俺は足に闘気を集中させ、踏み込んだ。
瞬間、俺の体が消える感覚。
気付けばライニールの目の前だった。
自分でも驚く速度にライニールは初めて険しい顔を見せた。
そのまま横に剣を振り払う。
音速を超える一撃。
その俺の一振りを、ライニールは剣を合わせ受け止める。
「ぐっ……」
苦しい声を上げたのはライニールだった。
相手の両手で受け止める力と、俺の右腕だけで振る力は互角。
お互いの闘気が暴れ狂い地面が揺れるような感覚。
力比べを続けていると、先に敗北したのは俺だった。
俺の、剣だった。
相手の神級の剣と俺の白桜では悲鳴を上げているのは俺の相棒だった。
俺は渾身の力で相手の剣を少し押し込むと、そのまま後ろに飛んだ。
そして間を空けないまま再び踏み込む。
相手に主導権を握らせない。
勝負が長引けば不利になるのは相変わらず俺だ。
左手がない俺は使える技が少ない。
動きも制約され、相手が単調な俺に慣れれば攻めにくくなる。
急に強く、速くなった俺の動きに圧倒されている今の内に決めるしかない。
そこから何度も打ち合いが続いた。
常人には視認できることができない剣の乱舞が続く。
ここにきて闘気のコントロールの差が大きかった。
今までは俺がどれだけ敵の攻撃に闘気を集中させても、薄壁を張るだけのようなものだった。
ライニールも闘気の動かし方を心得ているが俺のほうが極めていた。
力が拮抗した今、この差は大きい。
やはり闘神流が最強だ。
他の流派に負ける訳にはいかない。
俺は休みなく攻撃を続ける。
もうアドレナリンのせいか、腕の痛みを感じることもなくなった。
少しずつ、片腕がないことでバランスが取りにくかった体にも慣れてきた。
そして打ち合いの末、ライニールが始めて出した隙。
俺の闘気を乗せた攻撃にライニールが初めて大きく力負けした。
腕ごと剣が跳ね上がる。
その瞬間、振り上げた剣を切り返すように胴体に向かって振り下ろす。
「オオォォオオッ!!」
気合の声を発しながら渾身の一撃を見舞う。
ライニールは後ろに飛ぼうとするが、俺のほうが少し速かった。
「チッ……」
ライニールが舌打ちをしながら着地する。
その黒いコートの中から見える剣士服は裂け、血が滲んでいた。
致命傷とはいえないが初めて傷を与えた。
ライニールの険しい顔を見るに、やはり痛みは感じるらしい。
これはでかい。
痛みに慣れる前に、回復する前に、勝負を決める。
俺もこの闘気を纏える状態がいつまで続くかは未知だ。
早く勝負を決めるに越したことは無い。
俺は右手で下段に剣を構え、闘神流風斬りの構え。
この攻撃で終わらせる。
ライニールは俺の構えを見て、腰を落として居合いのような構えを見せた。
俺は足に闘気を送り今までで一番足に力を入れ疾走する。
瞬間、ライニールがニヤけた気がした。
苦し紛れだ。
俺は構わず腕と剣に闘気を乗せる。
ライニールは深く腰を落とし構えたまま、全ての闘気を剣に乗せた。
有り得ない。そう思った。
先手を取る時ならまだしも、相手の攻撃を受ける時にすることではない。
俺の剣に確実に合わせないと即死する行動。
しかし、ライニールの剣は俺の剣を捉えた。
先ほど反応できなかった俺の踏み込みを捉えていた。
キィィン! と今までで一番激しい音がすると。
「えっ……」
俺の白桜が砕け散った。
アスライさんからもらった剣が。
五年間振り続けた俺の相棒が。
俺の、宝物が。
俺が驚愕の表情を隠せずいると、ライニールは口元を歪めた。
そして、剣を突くような構えを見せる。
狙いが俺の心臓なのを瞬時に理解した。
俺は刀身が折れ力を失った相棒を、悔しさに歯を噛み締めながら投げ捨てる。
その瞬間、ライニールが俺の心臓に剣を突き刺す、が。
俺はギリギリの所で一瞬体を浮かし、狙いを逸らした。
俺の心臓の真下に剣が突き刺さる。
致命傷だ。
ライニールが勝利を確信する中、俺の右手は動いていた。
まだ、セリアの剣がある――――!!
俺は高速で鞘から短刀を抜くと、俺の闘気と相まって白く刀身が輝く。
そのままライニールの左胸に向かって高速の突きを繰り出す。
ライニールは焦る表情を見せると剣を握っていた手を離し、手で俺の剣を止めようとする。
俺は全ての闘気をセリアの剣に集中させる。
後のことなんか考える必要はない。
俺がこの後息絶えることは変わりない。
「オオォォオオ――ッ!!!」
俺の右手とセリアの剣が白く発光するとライニールの手を貫通し、そのまま手の甲から除いた刀身を心臓に突きつけた。
グサリと気色悪い感覚がライニールの手のひらごしに伝わる。
「ガハッ……」
ライニールが血を吐き出しながら呻き声を上げる。
確実に剣は心臓に突き刺さった。
もうお互い動かない、動けない。
「闘神流のアルベル。強かったぞ」
血に滲む口元を動かしながらライニールが言うと。
その瞬間、ライニールの体が崩れ落ちていった。
まるで灰になったかのように細かくなり、消えていった。
目の前で起こる超常現象に動揺する気力もなかった。
自然に俺の闘気も役割を果たしたように消えていく。
俺の体を包んでいた白い発光が消えると、俺も胸に剣が刺さったまま背中から崩れ落ちる。
そして最後の力を振り絞り、俺の手の中で輝くセリアの剣を握り締めた。
セリア、やったよ。
死ぬことには変わりないが、勝った。
自分以外の力を借りたような結果だったけど、いいよな。
雷帝と相打ちなんて、イゴルさんにもいい土産話ができたじゃないか。
でも叶うなら、もう一度セリアと会いたかった。
顔を見て、声を聞きたかった。
きっと俺の想像を超えて美しくなっているのだろう。
セリアの揺れる美しい金髪を思い出して、そう思った。
しかし、その想像をすればするほど。
俺の心の中に湧いてくる気持ちは変わっていった。
やっぱり、死にたくないな……。
そのまま俺の意識はぶつりと切断され、真っ暗になった。
その日起こった光景を、世界中の人々が目にすることになる。
とある場所から空に向かって光が差込み、空に巨大な転移陣が映し出された。
そしてその巨大で神々しい光は、白く発光すると散るように消えた。
「何だ……これは……」
その不思議な現象は迷宮内でも起こっていた。
荒れた壁や地面が白く発光し、何かが起きているのは一目瞭然だった。
アストは血塗れになり運ばれてきたエルや深く傷心しているトライアルを守るように、魔物を警戒していた。
「まさか、アルベルが――」
アストのその言葉に、全員が有り得ないと目を見開いた。
しかし、ボス部屋で何かがあったのは全員が知ることだった。
そして――
「傷が、治ってる」
ローブが血に染まっているエルに、治癒魔術を掛けようとした魔術師が、驚愕の表情で言った。
「きっと、運ばれながら自分で掛けたんだろう。もう大丈夫だ」
この傷の状況でそれは信じられないことだったが、それしか考えられなかった。
そしてエルの瞳が、次第に薄く、ゆっくりと開かれていく。
「ん……あ、れ……」
「エル! 起きたか!」
少女の呻き声にランドルが声を上げて安堵する。
普段だったら有り得ない光景。
そして意識が覚醒したエルは驚愕した。
何故、ボス部屋から出ているのか。
そして、周りを見回しても大好きな兄が見当たらない。
少女は全てを理解するとふらついた足取りで立ち上がる。
「おい! どこに行く!」
「なんで、お兄ちゃんを置いてこんな所で待ってられるの……」
少女の憎しみの篭った言葉に全員が顔をしかめた。
皆を守る為に兄は戦ったのに―――
少女の副音声が全員に聞こえた。
そうしてふらつきながら迷宮を進もうとする少女に、最初に駆け寄ったのはランドルだった。
「俺も行く」
「…………」
屈辱的だったが、少女に自分一人でボス部屋に戻る力は残っていなかった。
傷は治っても、失われた血は戻らない。
少女は素直に差し出された背中に乗った。
そして、ランドルはそれを確認すると走り出した。
少女を背負って、斧を置いて、二人で駆け出すその有り得ない光景。
すぐに魔物に襲われて死ぬに決まっている。
「動ける奴はこい! 何人かはレオンを見てろ!」
いまだ体が動かないレオンに、ライトニングの三人とアニータが残った。
アストとアデリー、リュークとリネーアはランドルとエルを追いかけるように走り出す。
魔物を無視するかのように走るランドルに、アスト達は追いかけながら魔物を屠った。
普段慎重に進む迷宮を駈ける。
危険だが、今はランドルとエルにそんな考えはなかった。
ただ速く着くようにとボス部屋に向かった。
ボス部屋の転移陣の前までくると、エルがランドルの背中を蹴るように飛び降りた。
そしてアスト達の制止を無視して転移陣に飛び乗る。
その光景を見て、ランドル以外全員一瞬眉に皺を寄せながらも、続いた。
そして目の前に映し出される光景は、全員を驚愕させた。
そこには、誰もいなかった。
誰もいない、中央だけが明るくなっている空間。
何故全員が驚いているのかは、酷く荒れたその部屋を見たせいだった。
何人かはすぐに気付いて現実から目を逸らすように下を向く。
まず目に入るのは、おびただしい血痕だった。
少しの出血ではない、確実に致死量が流れ、部屋の至る所を血で濡らしていた。
そして壁には人が何度も埋め込まれたような破壊された形跡が残されていた。
そして、全員の目を疑ったのが。
間違えようもない。
アルベルの腕が肘下から切断され、地面に転がっていた。
そして少し離れたところでアルベルの剣が折れ、床に砕けた刀身が散っていた。
アルベルとボスの姿が見えないことから言い伝えは本当だったのだろう。
彼はボスを倒し、転移した。
しかし。
生きている筈がないと、全員が確信するには十分な状況だった。
全員が下を向いて歪んだ顔を隠す中、エルは固まっていた。
そして、線が切れたように膝から地面に崩れ落ちた。
少女から聞いたことのない声が発せられる。
「う、あ、あああぁぁぁあああああ!!」
涙を流し声を上げる少女に、誰も声を掛けれなかった。
四章はこの話で終わりとなります。
五章からは謎が解け始め、壮大な話になっていきます。




