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好きな子追いかけてたら英雄になってた  作者: エコー
第四章 ルクスの迷宮
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第三十七話「最終確認」


 あの酒場の騒動から一ヶ月が経っていた。

 

 俺達は今、トライアルと共に迷宮に潜っている。

 俺が酒場で騒ぎを起こした後は正直お互い気まずかったが。

 数日も共に戦うと再び距離が縮まった。

 俺が他の冒険者に対してラフな感じで話すのもトライアルぐらいなものだろう。


 そして今、ルクスの迷宮の三階層で休息を取っていた。

 探索には時間が掛かる、一々戻って休憩していたら時間が足りない。

 そして、迷宮には魔物が出にくいスポットも存在する。

 もちろん、完全なセーフゾーンは存在しない。

 なのでいつも通りの見張り制だ。


 そして今は俺とレオンが見張りの時間だった。


「はは、迷宮内だってのに気持ち良さそうに寝てるな」


 レオンが皆を起こさないように小声だが陽気に声を上げる。

 俺も皆の寝顔を見回してフッと少しだけ笑ってしまった。


「レオンが信頼されてるのはこの一ヶ月でよく分かったよ」

「いや、前はさすがに皆警戒して休息を取るのもやっとだったよ。

 アルベルの強さの安心感だろうな」


 レオンが俺を褒めるようにそう言ってくれるが、絶対俺だけじゃない。


 トライアルはこの少年のような雰囲気を感じるレオンに絶大な信頼を寄せていた。

 俺も一ヶ月でレオンがどんな人間なのかよく分かっていた。

 例えただの協力関係のパーティの俺達が窮地に陥っても、レオンは命を賭けて戦ってくれるだろう。

 この男は、そういう奴だ。

 俺はレオンのことがかなり好きになっていた。


「僕はレオンみたいなよくできたリーダーじゃないからね。

 剣術で仲間を守ることしかできないから」


「十分だろ。それに、俺だってそんな大したもんじゃないって。

 パーティやお前ら巻き込んで名誉の為にこんな怪しい迷宮に挑むしさ」


「よく言ってるよね。でも冒険者だったら当然じゃない?」


 確かに、レオンは大きな名誉に執着がある。

 千年も攻略されていない迷宮を踏破すれば、それは世界中の人達に名前を覚えられるだろう。

 大国から高待遇で迎えられることもあるだろうし。

 しかし、それは冒険者なら全員少なからず憧れていることだ。

 だから皆、命を掛けて迷宮に挑む。

 俺はセリアに繋がる為にやっているようなものだから少し違うだろうが。


「そりゃ冒険者だったら皆そう思ってるだろうな。でも、

 こんな分不相応の迷宮にパーティを巻き込んで潜るのはリーダー失格だ」


 分不相応だと思っていたのか。

 もちろん俺達も活躍しているが、トライアルのメンバーだけでもここまで来れただろう。

 掛かる時間や安心感が違うのは、そもそも人数が違うのだから当然だ。

 

「今のところ分不相応には感じないけどね。

 でも、そう思ってるなら何でここに潜ってるの?」


「世界で一番難易度が高い迷宮を踏破する。

 っていうのは誰の目から見ても凄さが分かりやすいだろ」


「まぁそうだろうけど。聞いたら怒るかもしれないけど、

 レオンは名誉と仲間どっちが大事なの?」

  

「仲間だ」


 俺の言葉に即答するレオンに、少し安心した。

 勝てない敵が現れた時に仲間を巻き込んで突っ込んでいくことはなさそうだ。

 さすがに、この質問は仲良くなったとはいえ失礼だったな。

 俺はちらりとレオンの顔を見ると少し寂しげな顔をしていた。

 俺は心配するように声を掛ける。


「そう思ってるなら別にリーダー失格じゃないんじゃない?

 無理やりここを攻略するって独断で決めた訳でもないんでしょ?」


「あぁ。皆、何も反対せずに乗っかってくれたよ。

 ほんと、いい奴らだ」


「その気持ちは僕もよく分かるよ」


 そう言って顔を見合わせると、小さい声で少しだけ笑った。

 この気持ちはパーティリーダーの特権だろうか。

 俺は少し聞いてみた。


「レオンは何で名誉にこだわってるの?」


 俺の言葉に、レオンは少し考え込む。

 さすがに出会って一ヶ月ぐらいで踏み込みすぎだろうか。

 しばらく間が空くと、レオンは質問したはずの俺に聞き返すように聞いてきた。


「アルベルは血筋ってどう思う?

 両親が弱い剣士だったら、その子供も弱いと思うか?」


 正直予想外の質問だったが、俺は考える。

 イゴルさんとセリアを例にすれば、イゴルさんは強いしセリアも強い。

 しかし、イゴルさんはセリアのほうが才能があると言っていた。

 まぁ確かに、強い剣士からは強い剣士が生まれやすいと思う。

 流帝の娘のローラもそうだろう。


「確かに強い剣士の子供が強いのは色んな所で見たけど。

 別に両親が弱い剣士だからって子供が弱いとは限らないと思うな」


 俺がそう言うと、レオンは少し安心したように微笑んだ。

 そして、そのまま言った。


「俺の両親は剣士だが、剣術の才能がなかったんだ。

 生まれた俺に剣術を教えようともしなかった。

 まぁ、俺はそんなことお構いなしに勝手に始めるんだけどな。

 俺の両親を知ってる大人によく言われたよ、あぁ、あいつらの子かって」


 剣術の腕を見る前から諦めた目でな、とレオンは続けた。

 

「でも、レオンの腕ならすぐに見返せたんじゃない?」


 俺が言うと、レオンは深く頷いた。


「あぁ、俺を馬鹿にする奴は剣術で黙らせてやった。

 でも、別にそんなのは俺は気にならなかったんだ。

 俺が腹立たしかったのは、両親がいつまでも俺を認めなかったからだ」


「剣を振っているところを見せても?」


「両親は俺の剣術を見ようともしなかった。

 最初は何故か分からなかったが、しばらくして分かったよ。

 俺に愛情を注いでいるだけに、自分の子供の才のなさを目にしたくなかったんだなって」


 なるほど。それは子供として辛いだろう。

 自分の頑張りを認められず、見てもらうこともできない。


「見返したいのは両親なんだね」

「そうだな、誰にもできない偉業を成し遂げて、言ってやるんだ。

 お前の子は強いんだ、誇れよってな」


 そう言うレオンの顔は真剣だった。

 いつもの少年の面影は消えてしまっていた。

 俺がそんなレオンの表情に何も言えず黙っていると、レオンは少し表情を和らげて陽気に言った。


「アルベルは血筋が絶対的な考えじゃなくて安心したよ。

 結構、冒険者でもそういう奴はいるんだぜ」


 そうなのか。というか、俺がそんな考えを持てるわけがない。

 その考えなら俺に剣術の才能なんてない。


「いや、そもそも僕の両親二人とも魔術師だし……」


 父親は精霊使いだが、魔術師みたいなもんだろう。

 俺の言葉に、レオンは軽く笑っていた。


「ははは、そうなのか。先にアルベルを両親に見せてもいいかもな」


 そんなこと言うレオンに、俺達は皆が寝てるのも忘れて笑いあった。

 

「うるさいわね……もう交代……?」


 後ろからアニータの眠たそうな声が聞こえる。

 迷宮の中なのに深い眠りについていたようだった。

 魔物が襲ってこない限りその方がいいには違いないのだが。


「悪い悪い! もう少し寝てろよ!」


 そう言うレオンに、アニータは不思議そうにしながらも二度寝の体勢に入った。

 さすがに俺とレオンももう話すことはやめ、魔物の警戒に集中した。


 

 交代になり、俺とレオンが休憩に入る。

 基本的に俺とレオンが二人で見張り、俺とレオンの休憩中はエル以外の全員で見張る。

 エルは迷宮内でも寝付きがよく、いつも皆を驚かせている。

 魔術師にとって睡眠は大事だ、減った魔力は睡眠を取ることで回復する。

 剣士は体力の問題だけなので簡単なものだ。


 必然的に俺とレオンの睡眠時間は減るが、仕方ない。

 俺とレオンなら二人でも何が襲ってきても対処できるが、他の人はそうでもなかったからだ。

 エルを除いた強さの順番を言うなら、俺、レオン、ランドル、アニータ、リューク、リネーアだろう。


 そして、休息が少ない俺とレオンの動きが鈍るなら問題だが、そんなことは一切ない。

 俺達は二時間ほど睡眠を取ると装備の点検をし、再び迷宮を潜った。



 今は三階層の中腹だ。

 今回の探索の目標は四階層に降りる穴を見つけること。

 何で何階層か判断するかというと、周囲の地形だ。

 思ったよりがらっと変化し、下層に進むほど見たことない魔物も出現するので分かりやすい。

 そして、四階層に辿り着いたら、その時の状況がどうあれ一度ルカルドに帰ろうという方針になっている。

 

 三階層に入ると、少し厄介な魔物が出現するようになった。

 

 まず一つはAランクのラージクロコダイル。

 名前の通り、ワニだ。

 しかしその全長は五メートル以上あり、悩ましいのが必ず数匹で現れることだ。

 正直、レクスキメラ一体を全員で狩るほうが楽だ。

 口から酸を出し、それに掛かるとあっという間に皮膚が溶ける。

 いまだ誰も食らってこそいないが、酸が石壁に掛かり岩が溶けているのを見た時は戦慄した。

 腕が溶けてぽろりと取れてしまえば中級の治癒魔術では治らないからな。


 そして、一番厄介な存在はクイーンヘズラーと呼ばれる蜘蛛だった。

 Bランクの魔物で、一メートル程の大きさだが、大体十匹は群れている。

 そして吐き出される糸がやっかいだった。

 剣に巻きつくと、途端に敵を斬れなくなるし、戦闘が終わってからも糸を剥がすのに苦労する。

 その結果、進行が遅れてしまうのだ。

 そして、そのクイーンヘズラーの体には毒があり、触れると滲みだして一瞬で身動きできなくなる。

 そのまま糸で拘束され、ゆっくりと捕食される。

 剣を封じられたら体術も使えないという訳だ。


 俺達は七人のパーティだしさすがに全員が糸に掛かることはない。

 しかし、何人かは巻き散らかされた糸を食らってしまうことも多かった。


 結局、この迷宮で一番出会いたくないのはBランクのクイーンヘズラーだ。

 あくまで固体の強さでランクが決まっているだけで、群れてくると全然変わってくる。


 そして、嫌だと思っていたら出会ってしまうものだった。


「まじかぁー……」


 思わず俺が声を出す。

 横のレオンを見ると、レオンも面倒な顔をしていた。

 他の皆も大体同じ顔だろう。


 離れたところでカツカツと硬い足で耳障りな音を出しているクイーンヘズラーは結構な数だ。

 ざーっと見たところ十五匹はいるだろうか。

 狭いフロアなので、エルの炎魔術を使うのはまずいだろう。

 救いは、まだ遠目で見ているだけの俺達に気付いていないようだった。

 普段はいつも先に気付かれ、俺達よりも早くに襲いかかってくるが。


 エルに目をやると、エルは何も言わずに頷いた。

 それを見て、リュークと俺とレオンがエルの道を開ける。

 一番魔術に詳しいエルが使用する魔術を選択することになっている。

 前に、狭いところで炎魔術を使ったらだめだよと言ったら「そんなこと分かってるよ」と可愛くぷりぷり怒っていた。

 

 そして、エルが詠唱を始める。


「凍てつく氷の槍よ、貫け、 氷槍(アイスランス)


 あまりエルが使わない水魔術の初級。

 その言葉と共に、エルの杖の先から太いつららのような氷が生成される。

 一つ? と思ったら、エルが氷槍を発射した瞬間、次々と生成されていき、連射された。


「ギギィギ!!!」


 遠くで蜘蛛の鳴き声が聞こえる。

 苦しそうに聞こえ、命中しているようだ。

 しばらく氷槍の攻撃が続くと、クイーンヘズラーは氷槍の発射される方角に気付き、数匹が動きを見せた。


「エル! もういい! 交代だ!」


 俺が声を上げるとエルは掲げていた杖を降ろし、後ろに下がった。

 俺達は剣を抜き、向かってくるクイーンヘズラーを迎え撃つ。

 十五匹ぐらいいたように見えたが、エルが相当減らしたようで、五匹くらいしかこちらに来てなかった。


 俺は左側を担当する。

 敵の糸が吐き出される前に、胴体から一閃、真っ二つにする。

 瞬間、ドロリと緑色の気持ち悪い体液があふれ出す。

 この体液にも毒がある、触れたらまずい。

 俺は飛沫の一滴も掛からないように回避すると、二匹目に飛び掛る。

 

 クイーンヘズラーが糸を吐き出す動作を見せた。何度も戦闘した経験で分かっていた。

 それを食らわないように敵の背後を取るように上に跳ぶ。

 こいつらは横方向に糸を撒き散らしてくるのだ。

 狭い通路では横に避けるスペースがない。

 

 俺を見失ったクイーンヘズラーが一瞬「ギギ!」と鳴き声を上げると、その瞬間宙から剣を伸ばし、真上から頭部を刺すように斬る。


 俺が後ろを取った時には、クイーンヘズラーは力を失い、複数の足で体を支えてはいるが、絶命していた。

 そのまま皆のほうを見ると、他の三匹も倒したようだった。

 リュークが一匹やり、レオンが二匹倒している。

 狭い通路なので後衛に仕事ができるスペースはなかった。

 俺は軽く汗で濡れた額を袖で拭うと、皆の元へ戻った。


「エルがほとんど減らしてくれたみたいだね。

 狭くて戦いにくかったから助かったよ」

「ほんとにな! あんな遠くにいる奴らによく当てたな!」

 

 俺とレオンがエルを労うと、エルは俺達を見て軽く微笑んでいた。

 しばらく迷宮にいるというのに汚れた様子はなく、いつもの綺麗なエルだ。


「最近練習してたの、迷宮で使い易そうだったから。

 それにお兄ちゃん、ランドル燃やそうとしたら怒るし。

 これならいいかなって」


 そう言って笑うエルに俺達は戦慄した。

 もちろんだめだよエル。


「最近はアルベルの前で猫被るのを忘れてきたんじゃねえか?」

「お兄ちゃんの前の私が本当の私だから」

「どうだかな」


 迷宮内だというのに二人で険悪な雰囲気になり始める。

 いつも喧嘩を売るのは大体エルだ。

 たまにランドルの場合もあるが。

 エルは本心を言ってるだけで喧嘩を売ってる自覚はないんだろうが……。

 とにかく、やめてほしい。

 トライアルの皆が困っている。


「ちょっと待って! 迷宮内で喧嘩しないでくれ……」

 

 俺が言うと、エルがランドルにそっぽ向きながら俺に軽くくっついてきた。

 ランドルは呆れたように溜息を吐くと無表情になった。

 一度、エルにちゃんと言ったほうがいいかもな……。

 謝るようにトライアルを見ると、皆呆れていた。

 そんな中、レオンが口を開いた。


「ほんとお前ら変わったパーティだなぁ……。

 ま、それだけアルベルが慕われてるってことか」


 それだけ言うと、「行くぞー!」と陽気にレオンが声をあげ、仕切り直すように探索を始めた。

 本当に、レオンの人柄に救われてるな。



 それから五時間程探索すると、四階層へ降りる大穴を発見した。

 皆で降り、違うフロアだと確認すると、予定通り迷宮を出た。


 迷宮を出た時は夜だった。

 正直、薄暗い迷宮の中は時間間隔が分からなくなる。

 外に出た時にやっと実感するのだ。



 俺達は小屋で一晩過ごすと、ルカルドへ戻った。

 ルカルドに着くと夜で、いつもの流れになる。


「よし! 次の予定決めるぞー!」


 レオンが元気よく言うと、皆で「おー!」と酒場へ続く。

 町に帰ったら大体夜なので、飯を食いながら話し合いをして解散するのが恒例になっている。

 そして酒場で問題を起こした俺のことなのだが。


 俺は町中の酒場から出禁をくらっていた。

 ほとんど酒場しかない町でこれは致命的だった。

 

 そんな俺の為に、レオンが店主と仲の良い店があり、俺が酒を飲まないのを条件にいれてもらっている。

 俺はもうレオンに足を向けて寝れない。

  

 まぁしかし、俺を入れるのは嫌と言うが、他の酒場の店主達は喜んでいる部分もあった。

 町で一番大きくて有名な酒場を破壊したことにより、客が増えたとのこと。

 もちろん冒険者達は不便極まりないだろうが。



 俺達はいつもの席に着くと、皆エールを頼み、俺には水が来る。

 しかし、皆最初の一杯だけでもう飲まない。

 俺が可哀想だということで、かなり気を使ってもらっている。

 そこまでしてもらうと俺まで心苦しいのだが、皆の優しさだ、仕方ない。

 適当に料理をつまみながら、レオンが嬉しそうに口を開いた。


「かなり速いペースで進んでるぞ!

 俺が情報を仕入れたパーティはボス部屋まで五ヶ月掛かったらしいからな!」


 今、俺達は一ヶ月で四階層の入り口だ。

 次の階層の奥にボス部屋があることを考えると、かなり速い。

 もちろん、そのパーティからの情報があったからこそだろうが。

 どこの情報だろうと聞こうかと思ったら、その必要はなくなった。


「レオン、順調みたいだな」


 レオンの後ろから現れたのはアストだった。

 もしかしてライトニングが情報主だったのだろうか。

 アストを見るレオンの目は、アストを慕っているようだった

 皆で挨拶すると、アストは当たり前のように俺達のテーブルに掛けた。

 

「最近は会いませんでしたね!」


 レオンがそう言うと、アストが俺の顔を見て笑いながら言った。


「どっかの誰かさんが酒場壊しちまったからなぁー。

 皆違う所で飲むようになったしな」


「うっ……」


「おいおい、責めてないから下向くなよ。

 面白いなと思っただけだからさ、うちのパーティはみんな笑ってたぜ」


 そう言って穏やかな顔ではははと笑い出した。

 気にしてない人もいるようで良かった。

 俺が顔を上げると、アストが少し真面目な顔をして聞いてきた。


「もしかしてアルベルも攻略に参加してるのか?

 レオンから二つのパーティで探索してるって聞いてたけど」

「はい、僕のパーティも参加させてもらってます」

「ふむ………」


 俺が言うと、アストは何故か黙り込んでしまった。

 俺達も何も言えずに黙っていると、アストが再び口を開いた。


「レオンにも言ったけど、ボス部屋には入るなよ。

 死ぬだけだからな」


 やはり、アストはボス部屋まで辿り着いたのか。

 そしてレオンが攻略を目指しているということは、あまり警告を深く受け止めていないようだ。

 俺も、ボスを見て自分で判断するまでは探索を進めるつもりだ。


「何でも、ボスが闘気を纏うとか?」

「あぁ、あの威圧を受けたら勝てないのが分かるだろう。

 セリアですら文句言わずに俺達と帰ったからな」

「え?セリアも一緒にいたんですか?」

「おう、助っ人で協力してもらってた」


 その言葉に、俺はやはり考え直したほうがいいのかもと思った。

 当時のセリアと俺の今の歳は変わらないはずだ。

 そのセリアが勝てないと思って帰ったのなら、厳しいのではないか。

 俺の中のセリアは、俺よりもずっと強い。

 

「セリアでだめなら……厳しいかもしれませんね」


 俺が弱気に言うと、レオンが怒ったように声を上げた。


「おいアルベル! 実際にボスの強さを感じてからでも遅くないって言ってたろ!」


 怒るように言うレオンに、俺は安心させるように言う。


「大丈夫だよ、途中で抜けたりしないから」


 その言葉に、レオンはほっとしていた。

 俺達が抜けると困るからではない、もちろんその気持ちはあるだろうが。

 ここまで一緒にやってきたのだから、最後まで一緒にやり遂げたいのだろう。

 急いでいるとはいえ、俺にもその気持ちはある。

 挑むかどうかは別にして、ボスまでは行くつもりだ。


 すると、やり取りを見ていたアストが呆れたように言った。


「まぁ、気持ちは分かる。

 俺達もボス部屋に行くまで軽い気持ちだったからな。

 実際に行かないと分からないこともあるだろう」


 一応、俺は聞いてみる。


「ボスの闘気ってそんなに巨大なんですか?」

 

 俺の言葉に、アストは真剣な面持ちで答えた。



「あぁ、あれ以上を見るのは生涯ないだろうな。

 ま、本当に強いのかどうかは中に入らないと分からないけど。

 闘気だけが強さじゃないからな。でも、そう思っても踏み込めない程に巨大だ」

  


 実際に魔物が纏っているところは誰も確認していないわけか。

 闘気がダミーの可能性?

 そんなことできるのかな、分からない。

 でもボス部屋に入って生きて帰ってきた奴がいないらしいし、やはり強いのだろう。

 俺が考え込んでいると、アストが気付いたように言った。


「そういえばロークの時、闘気で威圧してたな。

 アルベル、闘気に自信はあるのか?」


「え? はぁ、人よりは大きいと思いますけど。体が耐えられなくて、

 この前全開で纏った時は五日間意識がなかったみたいです」


 俺の言葉に、アストを含めトライアルも驚いていた。

 アストが驚いた表情を隠すと、続けた。


「鍛えられているように見えるが、それでもそんなに負荷が掛かるなら相当なんだろうな。迷宮のボスの闘気と比べてやろうか。あの時のことは体が覚えてるからな」

「え? 今ここで全開で纏うってことですか?」

「おう、丁度客も少ないしな。負荷もあるだろうし少しの間でいい」


 そう言われ、俺は店内を見回す。

 確かに客は少ないけど、少ないだけでいるぞ……。

 また変な噂が立つのも嫌だが。

 でもせっかくこう言ってくれてるのだし試してみたほうがいいか。

 経験者の意見は大事だ。


 俺が覚悟を決めると、横でエルが心配そうに俺を覗き込んでいた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ、しばらく痛むかもしれないけど。

 次の迷宮探索まで少し日が空くしね」


 さすがに町に帰って一晩寝てまた出発なんてことはない。

 準備にも時間が掛かるし、数日の休息はしっかり取る。

 纏うのも少しの間なら明日の間、体が痛むくらいで済むだろう。

 皆が俺に集中する中、俺は口を開いた。


「では……」


 座りながら目を瞑り、集中する。

 ザエルと戦った時より大きくなっている筈の闘気。


 心臓から全て吐き出すように引き出しを大きく開ける。

 瞬間、小さい酒場が赤く包まれるような感覚を感じる。

 まだ、残ってる。

 眠っている闘気を残さず爆発させる。


 しばらくして目を開けると、エルとランドル以外は驚いた表情を見せていた。

 というか、皆口をあけたまま固まっている。

 俺はもう十分だろうと闘気を抑えると、体に激痛が走り、思わず腕を押さえてしまう。

 

「いてて……」

「大丈夫?」


 エルだけが心配そうに口を開く。

 俺は痛みを堪えながら少しぎこちない仕草でエルの頭を撫でてやる。

 すると、エルも少し安心したようだった。

 アストに視線を向けると、聞いた。


「どうですか?」


 俺の言葉に、アストは即答で返した。


「勝てないな」

「そうですか……」


 分かっていたことだが、アストの即答を見る限り少し離れている程度じゃなさそうだ。

 大幅に、闘気の差があるのだろう。

 俺が少し残念がっていると、アストが言った。


「でも、その歳でそんな闘気を持ってるなら、もっと成長したらいい勝負ができるかもな。セリアと再会したらまた皆で挑戦したらどうだ?」


 そのセリアと再会するために挑んでいるのだが。

 そしてアストは、俺達が絶対にボス部屋に入らないともう分かっているようだった。

 悔しいが、あれでだめなら実際そうなるだろう。

 しかし、レオンは違った。


「何と言われようが、俺は攻略を諦めない。

 もし諦めるなら、ボス部屋の前に行ってからだ」


 皆に確認するように、レオンは言った。

 レオンは人から言われて途中で投げ出すような奴ではないだろう。

 俺も無理だと分かっていても、レオンを放ったらかすことはしない。


「うん、それでいいと思うよ。

 あと一月もあればボス部屋まで行けるだろうし、それから考えよう」


 俺の言葉に、レオンは軽く微笑んでいた。

 トライアルの皆は少し神妙な面持ちになっていたが。

 レオンも勝てない相手に仲間を巻き込んで戦いを挑むことはしない。

 それが分かってるから皆何も言わないだろう。


 俺達の方針に変わりはなく、アストは「そうか」とだけ言うと席を離れた。

 自分の席に戻ったアストを見ると、仲間が何人かいるようだった。

 アデリーが俺に気付いて妖艶な笑みで視線を送ってきた。

 俺はきょどりながら頭を一瞬下げると皆の元へ視線を戻し、話し合いの続きが行われた。



 話し合いが終わり解散すると、体中に走る痛みの中、エルに軽く手を引かれ宿に帰った。


 そのまますぐにベッドに倒れ込むと眠る。

 触れると俺が痛がるのを分かっているエルは、俺と接触しない距離を取って眠った。



 翌朝もまだ体が痛んだが、昼になるころには痛みは消えていた。

 予想以上に早く治って、安心と成長を感じて少し嬉しくなった。


 そしてその数日後、再び迷宮探索が始まる。


 パーティ同士の連携もどんどん深まり、魔物の対処もうまくなっていった。

 順調に歩みは進み、四階層を攻略し、五階層の道を開く。


 そしてこの日から丁度一ヶ月後。



 俺達はボス部屋に辿り着くことになる。


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