第三十六話「親睦の酒宴」
俺達はロークと揉めた町でも大きい酒場に移動すると、大きなテーブルに陣取った。
あの騒ぎを見ていた冒険者達が俺を見てざわざわと騒いでいる。
余り嫌なことを言われてなければいいが。
俺は席に座ると、懐から一枚の金貨を取り出してテーブルに置いた。
七人で好きなだけ飲み食いしても余裕で余るだろう。
ルカルドは高ランク冒険者の集まりの町だけあって物価は高いが。
「親睦も兼ねて今日は僕達が奢りますよ。
好きなだけ飲み食いしてください」
「お! いいのか?」
「えぇ、無駄なくらい持ってまして」
「あー! そういえばこの前揉めてた時もそんなこと言ってたな!
じゃあ遠慮なく!」
レオンが言うと、トライアルメンバーは全員でよっしゃー! と騒ぎ始めた。
店員にエールと料理を注文すると、これからの方針を話し合った。
何日休んでからまた迷宮に行くかとか、陣形の練り直しとかだ。
しばらくは真面目に話していたが、エールが来てからはそんな会話は消えた。
「なー! お前とエルって恋人なのか!?」
俺の右横にいるレオンが少し頬を赤く染めながら楽しそうに聞いてくる。
そして俺の左横にいるエルもよく聞かれる慣れた質問で、無表情だ。
リネーアが注目しているのは気のせいだろうか。
「よく間違われるんだけど妹だよ! 僕とエルは全然似てないからなぁー」
俺も気付けばレオンに馴れ馴れしくなっていた。
リネーアも何故か嬉しそうにエールを飲んでいる。
そして俺も一杯目のエールを開けて二杯目に手をつける。
「おい、アルベル。もうやめとけ」
「はぁー? いいだろ! 楽しくなってきたんだから! なぁレオン」
「もちろんだ! 安心しろよランドル! 大丈夫だからさ! せっかくアルベルが心を開いてくれてんだから」
「はぁ……」
そう言ってレオンはごくごくとエールを一気に飲んだ。
俺もそれに合わせるように一気に飲み干す。
「僕はレオンとアニータは付き合ってると思ってたけどね。お似合いじゃん」
「違う違う! 小さい頃から同じ道場で育ってきたから兄弟みたいなもんだよ! いつも俺の世話するように追いかけてきてさー」
そう言うレオンの視線の先ではアニータは溜息を吐いていた。
エルは横にいるアニータに声を掛けた。
「大変だね」
「うん、馬鹿でしょ」
二人で何か通じ合っていた。
エルから声を掛けるのは珍しいな。
エルも酔ってるのだろうか、交流するのはいいことだ。
ランドルとリュークも何かお互いの気苦労を愚痴るように、息が合ってるように見えた。
やはり二人は横に並ぶと似合うな。
俺も楽しくなってどんどん酒が進む。
やっぱり大勢で飲む酒は楽しくて美味い。
どんどん時間は過ぎていき、次第に酔っ払いが量産されていった。
その一時間後。
ランドルはもうアルベルを止めることはせず、諦めたように飲んでいた。
同じテーブルだが、あらゆる所で会話が起きている。
「エルのその首飾り綺麗よねぇ」
「ふふ、お兄ちゃんがくれたの」
「いいなぁー」
女性陣は女子会をするかのように楽しく話していた。
ランドルとリュークは短い会話ながらも気があったようで楽しそうに飲んでいた。
アルベルとレオンも打ち解け、肩を組みながら楽しそうに話していた。
「それでさぁー王子助けて金持ちなんだよー!」
「すげえな! 俺も王子助けてえ!」
それはもう盛り上がっていた。
酒場の笑い声のほとんどはそのテーブルから発せられていた。
しかし、その楽しい時間は途中で終わってしまう。
アルベルの後ろから歳はバラバラだが、複数の女性が現れた。
全員雰囲気は違うが共通しているのは、可愛かったり美人だったりと目を魅かれる容姿だった。
その女性たちは一直線にアルベルに向かい、無理やりアルベルの椅子を蹴って振り向かせた。
そして流れるようにアルベルの胸倉を掴む。
「はえ? なんだよー」
「酒くさっ! どれだけ飲んでるのこいつ」
先頭に立つ荒っぽい印象の女性は顔をしかめた。
その光景にそれを取り囲む女性達も苛立っている。
「おい! いきなりなんだよ! 楽しく飲んでるっていうのに」
レオンが女達に向かって声を上げるが、その声は女達の耳には入っていないようだった。
その中の一人が苛立ちを隠さないまま声を上げる。
「ロークをあんな目に合わせて本人はこんなに楽しそうに酒飲んで……!!」
その言葉に、アルベルは思い出すような仕草をして「あー!」と声を上げた。
「あの男の取り巻きかぁー! なんだよ! 優しく制裁しただけなのにさぁ」
「優しいって……? あの綺麗なロークの髪を剃るなんて……」
「知るかよ。っていうか離してくれよー」
アルベルが言っても女は胸倉を掴んだままだった。
「ローク! 仕返ししてあげるから隠れてないで出てきなさい!」
女が声を上げると、女達の背中に隠れるように縮こまっていたロークが姿を見せた。
その頭は全て刈り上げられていて、坊主だった。
アルベルはそれを見て笑声をあげる。
「はははははは! 面白さは減ったけど仕方ないかぁ」
そう言って笑うアルベルに、女達は更に苛立った。
声を上げ、詰め寄る女達にエルが痺れを切らした。
「うるさいし、お兄ちゃんに触らないでくれる? 殺されたいの?」
そう言って睨みつけるエルに、女達は引かなかった。
むしろ更に苛立ったようで声を上げた。
「こんなブスが。ロークが気まぐれで声掛けただけなのに」
その瞬間、アルベルの胸倉を掴んでいた女の腕が勢いよく跳ねた。
そのままバランスを崩して女は尻もちをつく。
「お前っ……っっ!!」
女が視線を上げた先にいるアルベルは、先程までのへらへらとした表情ではなかった。
女だろうが今にも殴りかかってきそうな瞳で女を見下ろしていた。
「エルがブスだと? エルがブスならお前らは何なんだ? もはや女ですらないだろ! こんな天使のようなエルに何てこと言うんだ!」
そうアルベルが声を上げると、エルは嬉しそうに微笑んだ。
急に現れた女達に、最初はテーブルの仲間達もアルベルがへらへらしているので気にしていなかった。
しかし、エル以外は不穏な空気になり始めたのを感じ、少し動揺し始めた。
「お、おいアルベル! その辺でさ――」
「ちょっと黙っててくれレオン。まだ制裁が足りないようだ」
アルベルは仲間の制止を振り切ると、まだ尻もちついてる女を無視してロークの前に立った。
そのロークは怯えていて、自らの意思でここに来た訳ではないのが一目瞭然だった。
「おい、この女達はお前の仲間だろ?
やっぱり痛めつけないと分からないみたいだな」
「いや! 僕は……! 皆が無理やり―――」
「知るかよ!」
その瞬間、アルベルの体から赤い闘気が噴出すように巻き起こった。
酒の席で、遊びで纏うには有り得ない大きさの闘気。
そのあまりの騒ぎに、傍観していた冒険者達が騒ぎ出した。
「おいレオン。本当に止めれるんだろうな」
ランドルがレオンに言うと、レオンは「あ、あぁ」と少し言った後、自信に溢れた顔で声を上げた。
「問題ないぜ! 俺の天才的な策はな……エル!」
「何?」
エルを呼ぶレオンの声に、ランドルはレオンが何を言うか予想して、もう諦めた。
「治癒魔術をアルベルに掛けるんだ! 全く! お前らはパーティなのに思いつかないなんて馬鹿だなー!」
そう言って笑うレオンに、トライアルのメンバーもなるほど! と安心した表情を見せた。
しかし、エルから紡がれた言葉はレオン達を驚愕させた。
「やだよ」
その言葉に、トライアルの全員は「は?」と口を揃えて言った。
「何冗談言ってるんだよ! 早くしないとほら、
アルベルの闘気がどんどん凄いことに……」
「やだって言ってるの」
「はぁ……」
エルが拒否し、ランドルが溜息を吐く光景にレオンは固まった。
アルベルのパーティ以外、何を言っているのか理解できていなかった。
全員が固まる中、エルが微笑みながら言った。
「お兄ちゃんは私を守る為に今、戦おうとしてくれてるの。
それに……お兄ちゃん、楽しそう」
ふふ、と笑うエルの顔に全員が凍りついた。
そして、その言葉と共にロークの体が吹っ飛んでいた。
机や椅子の障害物を破壊しながら壁まで飛んでいく。
もちろん巻き込まれた冒険者達は腹を立てた。
アルベルの闘気の大きさに冒険者達は震えていたが。
この酒場にいるのは高ランク冒険者。
子供にいいようにされるのはプライドが許さない。
アルベルが飛んでいったロークを追いかけるようにゆっくりと歩いていく。
その道中、冒険者達は飛び掛った。
しかし、アルベルは強かった。
酔っていながらも闘気を纏わした拳は簡単に冒険者の骨を砕いた。
大きい酒場には大勢の冒険者がいた。
全員がアルベルに敵意を向けた。
いくら強かろうが、この人数で掛かれば倒せる。
そう思って数の力で押し切ろうとするが。
大きい酒場とはいえ、全員一斉に掛かるスペースはなかった。
何人かが順番に店と共に体を破壊されていく。
その光景をしばらく眺めていたランドルは腰を上げて立ち上がった。
「ランドル! 止めにいくのか?」
レオンはすっかり酔いが覚めてしまい、自分も止めに入ろうと覚悟を決め、立ち上がった。
しかし、ランドルから発せられた言葉は全然違った。
「いや、帰る」
「「は?」」
「お前らも出ろ。巻き込まれるぞ」
ランドルはエル以外の全員を強引に外に連れて行く。
エルは相変わらず店の端でエールを飲みながら楽しそうに兄を眺めていた。
「おい! エルを置いていっていいのか!?」
「構わねえよ。あいつがお前らの思ってるような女じゃねえのはよく分かったろ」
その言葉に、トライアルの面々が楽しそうに微笑んでいるエルを見た。
そのエルの姿に、全員頷くと外に出た。
外から酒場を見上げるトライアルの面々。
「俺は宿に帰る。お前らもさっさと帰ったほうがいいぞ」
「は!? おい! まじかよランドル!」
レオンが去るランドルの背中に声を掛けるも、ランドルの足は止まらなかった。
しかし、さすがにこのまま去れるはずもない。
トライアルの面々は酒場の前で、建造物が破壊されていく光景を見ていた。
多くの冒険者が酒場の分厚い壁を突き破って外に飛んでくる。
その滅茶苦茶な光景に、酒場の前には人だかりができていた。
興味を示して店内に入ろうとするものは、いなかった。
ぼろぼろになって破壊された冒険者の姿を見て、中に入ろうとする者はいなかった。
「なんだこりゃ。お、レオン。これどうなってるんだ?」
偶然通りかかったライトニングの姿があった。
トライアルはライトニングと交流があり、顔見知りだった。
「アストさん……ちょっと中で揉めてまして」
「へぇー、こんなに派手にやってるのは初めてみるねぇ。
どことどこが揉めてるんだい?」
アデリーが人事のように言っている。
「いえ、一人なんですけど……」
「は? 一人で全員相手してるのか? そんな強い奴いたっけ」
「アルベルって奴なんですけど……」
「え?まじで?」
アルベルの名前を聞いたアストとアデリーは顔を見合わせた。
そして少しだけ笑っていた。
「何がおかしいんですか!」
「いやぁー悪い悪い。行儀いい子供だと思ってたんだけどなぁ」
「セリアとお似合いなんじゃない?」
そう言ってライトニングは去っていった。
一時間程経っただろうか。
酒場は破壊され、入り口が量産されてどこからでも入れる状態だった。
もう営業することはできないのは、誰の目から見ても歴然だった。
レオンだけがが恐る恐る中に入る。
するとそこには、襲い掛かる冒険者を全員倒して気持ち良さそうに床で寝ているアルベルの姿があった。
周囲を見回すと、女冒険者だけが無傷で端で怯えていた。
酔っていても女には手を出さなかったらしい。
レオンは呆れながらアルベルを背負うと、満足そうなエルと共に逃げるように酒場を出た。
トライアルは宿までアルベルを送り届けると、全員無言で帰路についた。
やばい奴達を迷宮攻略に誘ってしまったかもしれない。
全員が口に出さずとも、そう思っていた。
目が覚めると、酷い頭痛が襲った。
「いてて……」
俺が声を上げて頭を抑えると、すぐに横で寝ていたエルが体を起こした。
そして何も言わずに治癒魔術を掛けてくれる。
すると、頭の痛みはすぅーっと消えていった。
「ありがとうエル。えーと……結構飲んじゃったみたいだね」
「ううん、楽しそうだったよ」
そう言って微笑むエルの顔を見て、嫌な既視感が俺を襲った。
昨日のことを思い出そうとする。
確か、凄く楽しい気持ちで飲んでたはずだ。
しかし、どうやって帰ってきたか何も覚えていない。
そして着替えもしないで寝てしまっていたらしい俺の服は、汚れていた。
赤茶の服なので赤は目立たないが少し血の匂いがする気がする…。
そう思うとぞっとして、部屋を飛び出した。
俺は横のランドルの部屋を乱暴にノックして扉を開ける。
すると、ランドルは既に起きていたようで、めんどくさそうに俺に寄ってきた。
「なんだよ」
「ねぇランドル。昨日のこと思い出せないんだけど」
「酒場に行って来い」
そう言ってランドルは扉を勢いよく閉めた。
前にも同じ会話をした気がする。
俺は横で微笑んでいるエルを見て冷や汗を流す。
俺は心細さを紛らわすようにエルの手を引いて酒場に向かった。
そこにあるのは酒場ではなかった。
ただの木材が積み重ねられた敷地にしか見えなかった。
まさか……俺は扉を開ける必要のなくなった酒場に入る。
そこの中心には、途方に暮れて床に崩れ落ちている店主の姿があった。
前にも、全く同じことがあった。
俺は焦りながら懐から乱暴に金貨を取り出すと、二十枚ほど店主の前に置いた。
酒場を立て直す金と迷惑料と慰謝料だ。
これだけあれば酒場を立て直しても余るくらいだと思うが……。
店主は金貨の束を見ると、光を失った瞳に少しずつ色が戻ってきた。
俺はその姿を見て少し安心する。
「すいませんでした!!」
そう言って頭を下げると逃げるように酒場から立ち去った。
宿に帰る途中、俺を狂った奴を見るような目で見る冒険者の視線が痛かった。
後から知った話だが、あの日の翌朝。
ルカルドの医療施設は冒険者で埋め尽くされていたらしい。
死んだ者はいなかった。
そのことに、俺は何よりも安堵した。
次の迷宮探索の日、北の門にはトライアルの姿があった。
あれから顔を合わせにくく、連絡はランドルにまかせていた。
数日ぶりに合うトライアルの面々は、全員俺を警戒するように見ていた。
「よ、ようアルベル、久しぶりだな……」
「は、はい……その、すいません……」
「い、いや! 気にすんな! 行こうぜ……」
距離が縮まったと思っていたレオンとの間に、壁を感じた。
俺は気まずそうに歩きだすレオンの背を追いかけるようにトボトボと歩いた。
そしてキラキラとした目で俺を見ていた筈のリネーア。
俺を見るリネーアの目は、何かに絶望したように澱んでいた。




