第三十四話「一筋の光」
目を覚ますと、顔を柔らかい感触を包んでいた。
何故か不快には感じない。
むしろ心地良い。
俺はゆっくりと目蓋を開けると、目の前は真っ暗だった。
何かに押しつぶされているような感覚。
頭を引いて確認しようとすると、俺の頭は何者かによって掴まれていた。
俺はもう誰の手か分かっていたので、ゆっくりと掴んでいる指先を離してやる。
そして頭を引くと、エルが俺を抱きしめるように眠っていた。
俺は上半身を起こしてエルの寝顔を見下ろす。
意識がはっきりしてくると、昨日のことを思い出した。
船が出ない話を聞いて傷心して逃げるように宿へ帰った。
アスト達に話の礼も言わずに飛び出してしまったと思う。
宿に着くとベッドに転がりこんで、しばらくしてエルが追いついて部屋に入ってきた。
何も言わない俺を慰めるように抱きしめてくれていたはずだ。
あの時、何かエルはあまり聞いたことない詠唱をしていた気がする。
何か、してくれたのかな。
俺は感謝するようにエルの頬をゆっくりと撫でる。
「ん……」
少し表情が変わり、気持ち良さそうに小動物のように丸まった。
その顔を眺めていると、少し落ち着いた。
エルに感謝だ。
自然に頬が綻び、数分呆けるように眺めていると、エルの目蓋がゆっくりと開いた。
すぐに視線を上げて俺を探すと、目が合った。
俺の微笑んでいる顔を見ると安心したようにエルも上半身を起こした。
「お兄ちゃん、おはよう」
まだ少し眠そうな顔で微笑んでいる。
俺もエルの綺麗な髪を撫でながら口を開く。
「おはよう。エル、ありがとね」
俺が感謝を伝えると、エルは嬉しそうに何も言わずに俺の胸に顔を埋めた。
ぽんぽんと頭を撫でるように叩くと、エルはすぐに顔を上げた。
「昨日催眠魔術掛けたけど、具合悪くない?」
「え? 悪くないけど、何それ」
「体を無理やり眠らせるの。本来不眠の人に使うから、お兄ちゃんに使うのは良くないんだけど……」
昨日自然に眠りについたのはそれか。
でも、よく眠れて具合が悪いどころかさっぱりしている。
もし使ってくれなかったらいまだにげっそりしてたと思う。
「ありがと、よく寝れて気分がいいよ」
俺がエルの頭を再び撫でるとエルはようやく安心したようだった。
エルのおかげで昨日より前向きに考えられそうだ。
「これからのことを決めようか」
「うん、そうだね」
俺達は着替えると、宿のロビーで待っていたランドルを連れて宿を出た。
町を歩きながら、店先でグリフォンの串肉を買うと軽い朝食を三人で食べながら歩く。
前世でいう焼鳥のような味だ。
エルはそこまで好きじゃないようだが、俺とランドルは結構好んでよく食べてる。
しばらく歩くと、今までの町の中で一番大きい建物でできている冒険者ギルドが見えた。
さすがカルバジア大陸一の冒険者の町だ。
ギルドに入ると、冬の早朝というのに結構な人がいた。
他の町はこの季節はあまり人が見えないのだが、やはり高ランクが多いこともあって依頼をこなす者もいるようだ。
俺達は適当なテーブルに掛けると、話し出した。
「とりあえず、これからどうするかだけど」
俺が切り出すと、いつもの話し合いが始まる。
「お前が数年ここで待ってられないのは分かってる。
何か大陸を渡る方法を考えねえとな」
「うん、相変わらず急ぐ旅で悪いけど一緒に考えて欲しい。
まずは船だけど、港は大陸で二つしかないんだよなぁ」
困ったことにこの広い大陸の中で港は北と南に一つずつしかないのだ。
北の港がイーデン港。
南の港がエルトン港
イーデン港からは、船に乗ると数日でコンラット大陸に着く。
しかし、南のエルトン港から出ると二ヶ月は船に乗らないといけない。
その船賃も途方もない金額で、乗客は貴族ばかりだ。
今の俺達の持ち金なら乗れることは乗れるだろうが、問題はそこではない。
「エルトン港はカロラスより南だよ。
ルカルドから向かったら急いでも一年半はかかるんじゃないかな」
俺の考えをエルが代弁してくれる。
本来ならもっとかかるだろうが、今の持ち金と一度通った道を帰るだけなのでそんなもんだろう。
船に乗っている時間も考えると結局二年ぐらいは掛かるか。
「難しいなぁ……長旅で何も問題が起きないとも思えないしね」
結局セルビアであったように何か足止めをくらうかもしれない。
海竜王という元凶が南に移動しないとも限らない。
辿り着いたら次は南で船が出ないなんてことは避けたい。
というか、何で最北と最南にしか港がないんだ。
「なんでこんな極端な港しかないんだ。不便すぎるでしょ……」
俺が愚痴るように呟くと、エルが言った。
「二つの大陸の距離が遠すぎるのと、海の中心は竜種が多いらしいよ」
エルは俺達に説明するように土魔術で大陸の形を作った。
二つの大陸が勾玉のような形をしている。
大陸は左右対称で尖る先がくっついているように近いのは北だけだ。
お互いの大陸の真ん中はへこみあっている。
船の移動にすると近い北が数日で、二番目に近い南が二ヶ月ぐらいだから…。
真ん中から船が出るとその二、三倍の時間は掛かるか。
そこで竜種が襲い掛かってくるとなるともう船なんて出せない。
結局、行き詰まりか。
というか、エルは物知りだな。
パーティ以外で交流していないだろうに。
「エルは賢いね」
「お兄ちゃんが守備隊の仕事してる時に、お母さんが教えてくれたよ」
そう言って可愛く微笑んでいる。
俺は褒めるようにエルの頭を軽く撫でながら思った。
やっぱりエリシアは普通じゃないなと思う。
知らないことは何でも教えてくれるし、何でも知っているのだ。
最後まで話してはくれなかったが、やっぱり何かあるように見える。
まぁそれはいいか。
今は何か策を考えないと。
俺が思い付いたのは一つしかなかった。
「元凶の海竜王を狩ることしか考えつかないなぁ」
俺がそう言うと、二人とも俺の考えは読めていたように頷く。
しかしさすがに、今から狩りにいこうぜ! なんてことにはならない。
ランドルが冷静に意見を言う。
「何千年も放ったらかしにされてるような竜はやばそうだけどな」
「海竜は海から出ないから、船を出さない限り被害が出ないからじゃない?
強いとは限らないじゃない」
エルはそう言っているが、やはり強くない訳はないだろう。
竜種の王は神級の存在になっているしな。
しかも戦うとなれば船の上だし、いや、思えばこの時点でだめか。
「そもそも船が出ないから戦うこともできないね」
「確かにな。そもそも誰がどうやって起こしたんだか」
謎だ。
海竜がどこで眠っていたかも知らないが。
そもそもまだ眠っているはずの時期に起きたから誰かが起こしたってことになっているだけだろう。
竜も生き物だから決まった時間寝ている訳もないだろうに。
俺が一人納得して二人の顔を見てみると、二人とも何も良い案が出ないようで三人で溜息を吐いた。
息を吐き出すと、俺の後ろから数人の足音が近付いてきた。
俺は椅子を少し引いて体を足音に向ける。
「よ! 海竜王を狩るとか面白い話が聞こえたんだけど!」
そう言って先頭で軽く手を挙げるのは、知らない人だった。
もちろんその後ろにいる人達も。
後ろに三人いて、男二人女二人のバランスが良さそうなパーティだ。
全員の年頃は十代半ばから後半に見える。
俺はとりあえず当たり障りない返答をする。
「いや、言ってただけですよ。行動に移せませんから」
「何で海竜王を倒したいんだ? 名誉か?」
俺の言葉を無視するように質問責めしてくる男。
パーティの中で一番年上に見えるだろうか、恐らくリーダーだ。
金髪を短く刈っていて、腰に掛かっている剣を見る限り剣士だろう。
名前も流派も知らないが分かることはある。
この男は強い、セリアやローラの強さを思い出す雰囲気を感じた。
「いえ、大陸を渡りたいだけですよ」
「なんだ、そうなのかぁ」
俺が言うと、男は少し残念そうにしていた。
何なんだろうか。
「僕達に用があるわけじゃないんですか?」
俺がそう言うと、「そうだそうだった」と思い出したかのように言った。
「一緒に迷宮を攻略しないかと思ってさ。ちょっと俺達だけじゃ厳しそうでさ」
男はそんなことを言うが、さすがに迷宮攻略している時間なんてない。
俺は角が立たないように断ろうとする。
「すいません。ちょっと急ぐ旅がありまして。
それに僕達、迷宮探索なんてしたことないので足手まといなだけですよ」
俺がそう言うと男は嬉しそうに俺の肩に手を置いて言った。
馴れ馴れしいな……。
「大陸渡ろうにも船出てないし、暇になったんじゃないのか?
それに昨日の酒場に俺達もいたんだよ。お前、めっちゃ強いじゃん」
確かに図星だが、だからと船が出るまで迷宮攻略に精を出す気にもなれない。
そして昨日の様子を見られていたようだ。
ちょっと面倒なことになりそうだな……。
「買いかぶりすぎですよ。それに、ここで船が出ないならエルトン港に向かいます」
正直、これしかないだろう。
多分俺達は話し合いの末、エルトン港へ目的地を変えることになる。
三年以上待つより二年の旅の方がいいだろう。
「え? エルトン港ってここから二年ぐらい掛かるんじゃないか?
そこまでしてコンラット大陸に行きたいのか」
「えぇ、一日でも早く着けるならどこにでも行きますよ」
そう言う俺に、「困ったなぁ」と悩みだす男。
困っているのは俺達だ。
すると、男の後ろにいた黒髪を肩で切り揃えている女性が男の横に立った。
「ねぇレオン、丁度いいじゃない。貴方、名誉のことしか頭になくて忘れてるでしょ」
この馴れ馴れしい男はレオンと言うらしい。
レオンは女を見ると、レオンも何のことか分からないようで悩みだした。
「ん? 何の話だ……ああー!! そうか! 丁度いいな!」
そう言って一人で解決したようで、再び俺を見て嬉しそうにしている。
本当に、どこの町に行っても冒険者は自分達で勝手に話を進めるからついていけない。
「大陸を渡る方法、あるぞ! エルトン港に行くよりずっと早くに」
その言葉に、俺達は驚いて全員で反応した。
本当ならどうしても教えてもらいたい。
「お、教えてください!」
「もちろんいいぜ! それはな……迷宮攻略だ!」
そう自信満々に俺達を指差して言うレオンに、俺は背を向けた。
これ以上話す価値はないようだ。
ぬか喜びじゃないか。
「お、おい! なんで無視するんだよ! 話をちゃんと最後まで聞けよ!」
相変わらずうるさい。
俺達は無視を貫いたが、痺れを切らしたように先程の黒髪の女性がレオンを押しのけて俺達の視界に無理やり入ってきた。
「何するんだよアニータ!
せっかくいい奴ら見つけたのに諦めるわけには――」
「貴方は黙ってなさい。説明が下手すぎるのよ」
そう凄みながら言うとレオンは飼い犬のように大人しくなった。
実はリーダーじゃないのか……?
すると、女性は俺達のテーブルに勝手に掛けて俺を見て口を開いた。
「うちの馬鹿がごめんなさいね。でも、大陸を渡る方法があるのは本当よ」
「迷宮攻略でですか?」
「そうよ」
「とてもそれで渡れるとは思えないんですが……」
俺が訝しげに言うと、女性はレオンと違って感情的にならず、冷静に言った。
「今攻略しようとしている迷宮にはね、不思議な言い伝えがあるの」
「はぁ……言い伝えとは?」
俺が聞き返すと、女性は少し間を空けて言った。
「迷宮のボスを倒した者は望みの場所に転移できるって話があるのよ」
その言葉に俺達はまた興味をそそられた。
しかし、眉唾ものだ。
かといって今の俺達に無視できる話でもなかった。
「興味は湧いた? 詳しいことを話しましょうか」
そう言うと、俺達は立ち上がってお互いのパーティが座れる大きいテーブルに移動した。
席に着くと、まずは自己紹介から始まった。
俺から順番にエルとランドルが淡々と名前を言う。
少し無愛想だが、向こうは何も気にしていないようだった。
「俺達のパーティはトライアル、Aランクだ。俺はリーダーのレオン」
「アニータよ」
先程俺達と会話した二人が先に自己紹介を始めた。
人のことは言えないが、これだけ若いパーティでAランクは珍しい。
恐らく個々の力も強いのだろうが、レオンが飛びぬけているだろう。
レオンとアニータは雷鳴流で、共にコンラット大陸から二年前に渡ってきたらしい。
レオンは少年のような陽気な性格で、顔立ちも少し幼さが残っているように感じる。
アニータは対照的にクールな黒髪美人な印象だ。
二人は付き合ってるのかと思ったが、話によればただの仲間でそういうわけではないらしい。
そして後の二人だ。
「リュークだ」
それだけ言った男は、強面な獣人族の男だった。
犬の耳と尻尾がついている、
顔で判断するのは良くないが、荒くれ者の顔だ。
体格もトライアル内で一番でかい。
ランドルには巨体も強面な顔も敵わないが、二人の雰囲気は似てて横に並ぶとしっくりきそうだ。
腰には剣を二刀掛けていて、当たり前だが双剣流らしい。
最後の一人の女の子は一番年下に見えた。
俺達とそんなに変わらないだろうか。
「リネーアです! よろしくお願いします!」
精一杯そう言うと、座りながらも丁寧に頭を下げる。
大人しそうな雰囲気で、冒険者はあまり似合わないように見えてしまう。
いや、そんなことを言ったら俺もか。
明るく綺麗な橙色の髪を長く伸ばしていて、顔立ちは清楚な印象で、整っていた。
ちょっと雰囲気がローラに似ている。
と思ったらやっぱり流水流の剣士らしい。
ローラと違うところは、胸が育っているところだろうか。
リュークとリネーアはレオンに誘われて一年半程前にパーティに加入したらしい。
「見ての通り全員剣士だ。まぁ今までは良かったんだけどな」
この世界では魔術師は全体の三割くらいだ。
そしてカルバジア大陸では魔術師が少ない。
その理由はコンラット大陸で一番の大国が別名魔術大国と呼ばれているほど魔術に特化している。
魔術師は魔術を磨くためにコンラット大陸に移ることが多い。
逆に魔術師の供給が追いついていないカルバジア大陸に仕事を探して移ってくることもある。
カルバジアでは冒険者にならなくとも魔術師であればそれなりにいい生活ができる。
わざわざ冒険者になる魔術師もこっちでは少ないのだ。
パーティの中に一人いたら上等なくらいだろうか。
「ちょっと今回は治癒魔術を使える魔術師がいないと厄介でな!
丁度探してたところに昨日の騒ぎさ。その子のこと優秀って言ってたろ?」
そう言ってレオンはエルを見た。
なるほど、一番の目当てはエルの魔術だったか。
「えぇ、エルは四属性の中級を使えますよ。
一日魔術を使っても魔力切れしませんし」
その言葉に、トライアルのメンバーは口を揃えて驚いていた。
それもそうだろう、こんな優秀な魔術師は俺はエル以外に見たことがない。
Sランクパーティの魔術師が一つの属性の中級を使えるくらいだろう。
ではエルがSランクの冒険者かといえば、そう簡単ではない。
仲間との連携や判断力、全てをひっくるめてのSランクなのだ。
もちろん、エルの魔術の力ならどこのパーティに入っても重宝されるだろうが。
「これは攻略間違いなしだな! じゃあ今のうちに分け前を決めとこうぜ!」
楽しそうに、レオンが攻略を当たり前のように話を進めるが。
まだ俺達、迷宮探索するとは言ってないんだけどな。
でも、レオン達が転移の報酬のことで嘘ついてるようには見えない。
エルトン港までの長い旅を考えると乗りたくなる気持ちはやっぱりある。
レオンは山分けの話などをしているが、俺は言った。
「本当に転移できるなら僕達は他に何もいりませんよ。攻略の名誉が欲しいならトライアルだけで攻略したといってもらっても構いません」
レオンは何故か分からないが名誉にこだわっているようだった。
迷宮踏破は困難で、名のある迷宮を踏破すれば一角の人物になれる。
しかしそんな俺の言葉に、レオンは首を振った。
「さすがにそれはできない。
嘘でできた名誉に意味はないからな」
陽気な印象だったが、変なところで真面目らしい。
真剣な顔を見せるレオンはなかなか格好良かった。
「それは失礼しました。それで確認なんですが。
転移って全員ちゃんと飛ばしてもらえるんですか?」
俺はエルとランドルの顔を見る。
これでボスにとどめをさした者だけとかだったら大変なことになる。
誰か一人がランダムで飛んだら俺達はパニックになってしまうだろう。
「さすがに分からないな! 転移もあくまで言い伝えだしな。
ま、一人だけとかそんなにケチじゃないだろ!」
レオンはそう言って適当な感じで笑っていた。
本当に大丈夫だろうか。
しかし、もうこれしかないか。
エルとランドルを見ると、二人共何も言わず頷いていた。
「分かりました。僕達も迷宮攻略に参加します」
俺がそう言うと、トライアルの面々はお互いの顔を見合わせて嬉しそうだ。
騒ぎが収まるのを待つと、俺は聞いた。
「それで、どんな迷宮なんですか?」
俺の言葉にレオンは少年のように微笑むと、簡単そうに言った。
「攻略難易度世界一位、ルクスの迷宮だ!
もう千年くらい! 誰も攻略したことないんだぜ!」
その言葉と謎のレオンの自信に、俺は少し不安になった。
さすがにその日にさぁ出発だ! ということにはなるはずもなく。
俺達は一度解散することになった。
迷宮探索には念入りな準備が必要だ。
場合によっては迷宮内で何日も過ごすことになるからだ。
迷宮探索は明日からだ。
明日の早朝に冒険者ギルドで待ち合わせということになった。
俺達は三人で準備のために店を回っていた。
迷宮探索が初めての俺達に、トライアルが必要な物は用意してくれるらしい。
そんな訳で俺達は自分の装備だけだが、皆特に欲しいものはないようだった。
結局、町を歩くだけになっていた。
途中から俺は目的を変えた。
もうすぐ俺とエルの十五歳の誕生日だ。
少し早いかもしれないが、誕生日に迷宮に潜っている可能性もある。
ちゃんとエルを祝えるか分からないし、時間のある今の内に何かプレゼントを渡そうと思って町を眺めているのだが。
エルの欲しがりそうな物が分からなかった。
エルは普段から、あれが欲しいこれが欲しいとか全く言わないのだ。
今まででエルが欲しいといった物といえばセルビアで買った指輪くらいだ。
エルに寝る時もつけていてほしいと言われたので一度も外していない。
いまだにこの指輪の力が発揮されたことはなく、未知の物だ。
エルに何度か聞いたが教えてくれなかった。
もはや本当に指輪に力があるのか疑わしいところではある。
しばらく町を歩いていると、装飾の店を見つけた。
小さいが、オシャレな店構えで、外から見えるアクセサリも上品に見える。
装飾品ならもらっても嫌がらないかな。
「ちょっと入っていい?」
俺は装飾の店を指差して言うと、ランドルは頷いた。
「お前がこういうのに興味を示すのは珍しいな」
「お兄ちゃん、もしかして誰かにあげるの?」
エルは俺を疑うように少し不機嫌になった。
確かに、俺が自ら着けようとしてないのは二人共分かってるだろう。
俺は疑うエルに微笑みかけると口を開いた。
「ちょっとね」
それだけ言うと、エルは更に機嫌が悪くなった気がする。
仕方ないじゃないか、今からエルのプレゼントを買うんだよなんてできれば言いたくない。
俺は少しだけひきつった笑いになると、逃げるように店内に入った。
店内は、金だったり銀だったりと様々な金属のアクセサリが並んでいる。
小さい店の割りに上等な商品が並ぶ店のようだ。
金はあるしエルの十五歳にあげるものだ。
高いくらいで丁度いい。
俺はきょろきょろ視線を動かし、店内を眺めながらエルに似合いそうな物を探す。
エルには金の派手なのより、可愛いエルと一体感が出る銀系がいいな。
指輪はもうセルビア王国で買った物を着けてるし、ネックレスがいいだろうか。
俺はネックレスが並んでいる棚の前に立ち、真剣に商品を見る。
その中の一つ、銀縁の中に綺麗な赤く輝きを見せる宝石。
少し透明度があり棚の壁が薄く見える真紅の宝石がついた物があった。
これならエルの薄い赤の瞳の色に相まってよく映えるだろう。
俺は棚からそれを取ると、値段も確認しないままカウンターへ向かった。
その途中。
「女物……」
エルのそんな嫌そうな呟きが聞こえた。
自分に渡されるとは思っていないのだろうか……。
そう考えるとふと思った。
俺は今までエルに何か物をあげたことがない気がする。
俺はエルから指輪をもらったのに。
そう思うと、可愛がっていたつもりだがかなり冷たい兄だなと自分で悲しくなった。
ネックレスの値段は金貨二枚だった。
今の懐具合なら余裕な値段だ、前までだったらまず手が出なかっただろう。
俺は店主に礼を言うと二人の元へ戻った。
エルを見ると相変わらず不機嫌な表情を隠そうともしないでそっぽ向いている。
そんなエルを見て俺は少し笑ってしまった。
「エル、後ろ向いて」
「え?」
少し戸惑いながらも俺に背中を向けてくれる。
俺は買ったネックレスをエルの細い首に掛けてやる。
肩を優しく押して再びこちらを向かせると、エルの首元で赤い宝石が外の陽射しに反射して光った。
うん、やっぱりよく似合ってる。
しかしエルはまだ少し混乱しているようだった。
こんなエルを見るのは珍しいな。
俺はそんなエルが可愛くて自然に微笑みが出てしまう。
「お兄ちゃん、これ――」
「ちょっと早いけど、十五歳の誕生日プレゼントだよ」
俺が言うと、エルが視線を下に向けてまじまじと赤い宝石を見た。
次に顔を上げた時は、満面の笑みだった。
そして飛び掛るように俺の右腕に抱きついた。
「お兄ちゃん! 大好き!」
そう言って俺の腕に自分の顔を擦り付けた。
喜んでもらえたようだ、嬉しそうに微笑むエルは可愛く、天使だ。
そしてエルから大好きと直接言われたのも今思えば初めてかもしれない。
エルは口ではあんまり感情表現しないからな。
「喜んでくれて良かったよ。エルが何が欲しいか分からなくてさ」
「お兄ちゃんがくれた物は何でも嬉しいよ」
いまだに俺の腕にくっついているエルは笑顔でそう言った。
もっと早く、色んな物をあげても良かったかもしれない。
これからは何か良さそうな物を見つけたら買うようにしよう……。
しばらく嬉しそうにしていたエルだが、いきなり我に返った。
「私、何も用意してない……」
俺へのプレゼントだろうか。
別に気にしなくていい、エルが喜ぶ姿を見れて俺は満足だ。
それに指輪ももらってるし。
「エルは指輪くれたじゃないか。これで十分だよ」
そう言って左手にはまっている指輪をエルに見せる。
エルが指輪を見ると、何故か少し寂しそうな表情をして言った。
「うん……でも、何かいい物を見つけたらプレゼントする」
「うん、嬉しいよ。ほら、そろそろ行こう」
そう言ってカウンターの店主を見ると、店の真ん中で騒がれて少し嫌そうにしていた。
エルもそれに気付くと、素直に頷いた。
そして無表情で傍観していたランドルが口を開いた。
「俺は何もやらねえぞ」
「いらない。いるわけないでしょ」
「お前に言ってねえよ」
「そんなの分かってるに決まってるでしょ。
お兄ちゃんにあげるのは私だけでいいの」
「こんな狂った妹を持つアルベルに同情するな」
「ランドル、死にたいの?」
「ハハハ……」
相変わらずの二人に苦笑いしていると、重い腰をあげた店主に店から追い出された。
もうこの店には入りにくいな…。
宿に帰る間も、帰ってからも、エルはずっと俺のあげたネックレスを見て嬉しそうにしていた。
ここまで喜んでもらえるとは思わなかった。
そんなエルを見て俺の表情も柔らかくなった。
相変わらず一緒のベッドで寝るが。
普段よりエルが密着している気がするのは気のせいだろうか。
俺を抱く腕に力を入れながら心地良い寝息で寝ているエルを見る。
その顔は幸せそうで、俺も穏やかな気持ちになると眠りに落ちていった。
早朝になり、冒険者ギルドに行くと、トライアルの面々が既に待っていた。
軽く挨拶をすると、七人でルカルドの北門へ向かった。
レオンが一番先頭に立ち、門の前で俺達に振り向くと声を上げた。
「よっしゃー! しゅっぱーつ!」
トライアルの面々はよーし! よっしゃー、はーい、とか言いながらレオンの背中を追って歩いた。
レオンのテンションに皆しっかりついていっているようだ。
俺も少し恥ずかしげに小さく腕を挙げ「お、おー…」と言うと三人で雪道を踏みしめ、トライアルの背中を追いかけた。




