第三十三話「ルカルド到着」
セルビア王国を旅立ってから五ヶ月が経っていた。
セルビアで一ヶ月程滞在していた分、旅の進行はかなり遅れたと思っていたのだが。
予想とは裏腹に、セルビアから旅立った後は速かった。
一ヶ月の遅れは簡単に解消された。
旅をスムーズにさせてくれたのは、金だった。
未だ七十枚程ある金貨の存在で、俺達は金を稼ぐ必要がなくなっていた。
町に着いたら宿に泊まって休息を取り、情報収集だけしてまた町を出る。
かといって全く依頼をしない訳ではなかった。
北へ進むほど俺達の知らない魔物が現れる。
三人で話し合い、魔物の情報を知って戦闘経験をしといた方がいいという方針になった。
どうせ戦うなら依頼を受けようとのことで、前ほどではないが依頼をこなした。
そのお陰もあって、最近Aランクパーティへと昇格した。
もちろん俺達のパーティとしての連携や個人の腕前も上達していた。
Aランクの依頼も相変わらず三人で戦えば危機的状況に陥ることはない。
そして問題はセリアだ。
ルカルドに近付くほど、やはりセリアのことを知っている冒険者が増えた。
しかし、皆口を揃えて言うのが二年ぐらい前から姿を見ていないとのこと。
五ヶ月が経過した頃、俺は確信していた。
もうカルバジア大陸にセリアはいないだろう。
コンラット大陸に渡ったとしか考えられない。
セリアがルカルドから別の町に移動していたとしたら、目撃情報は絶対にあるはずなのだ。
もはや俺達とすれ違っている可能性はないだろう。
次に冒険者達が言った可能性は、考えたくないものだった。
死んだんじゃないか。
皆言うことは同じだったが、俺はその可能性は排除した。
もしそれが真実でも、この目で見ない限り絶対に信じない。
そして救いの言葉が、ルカルドを拠点にしているライトニングなら何か知ってるかもな。
ということだった。
結局、ルカルドを目指して話を聞くしかない。
どの道、コンラット大陸に行くにはルカルドを通過する必要があるのだ。
旅の行き先は変わることはなかった。
そして今日。
俺達はやっとルカルドに到達していた。
思わず言葉が漏れる。
「やっと、着いた……」
「予定より早かったじゃねえか」
「そうだけど、なんか感慨深いよ」
「お兄ちゃん、寒い……」
エルが温まるように俺にくっついて少し体を震えさせている。
もう夜ということもあるが、実際、めちゃくちゃ寒い。
闘気を纏っても凍える風から体を守ることはできない。
ここら辺には四季があって、今は冬だった。
常に春先のような気温だったカロラスで育った俺達には少し辛かった。
今も俺達が歩いている道は雪道だ。
本来なら危険な冬の間はあまり動かない冒険者が多いのだが。
北へ進むほど冬の期間は長くなるとのことだった。
冬が終わるまで止まっていることは俺にはできなかった。
俺達は進んだ。
俺達の服装も随分変わった。
下に着込んでいるのは普段の剣士服だが、上には黒い毛皮のコートを着込んでいた。
三人共サイズは違うが同じデザインのものだ。
金はあるので、上等な服を選んで買った。
「とりあえず宿を決めようか。その後に温かい物を食べにいこう」
「うん……」
俺の腕に掴まりながらエルが頷く。
傍から見れば恋人のようだが、俺も寒そうにしているエルを見て離そうとすることはない。
二人は何も言わず危険な雪道を歩いてくれているが、やはり辛いだろう。
危険な雪道の中、強引に旅を進めた罪悪感が少しあった。
俺達は町の中で上等な宿に数泊分の金を払うと、また外に出た。
さすがに冒険者の町と言われているだけあって、酒場が多い。
セルビアを出てから俺はたまに酒を飲むようになった。
ランドルが一杯だけならいいと言うようになったのだ。
俺も二杯目を飲みたくなる気持ちを抑え、自制できるようになっていた。
何故そうなったのかと言うと、寒くなるにつれて冒険者ギルドにいる冒険者の数が減ったのだ。
冒険者達は酒場に集まり、昼から酒を飲んでいる奴が増えた。
情報収集は酒場でするようになったのだ。
俺達は町を歩き、店の前からでも騒がしい大きい酒場を見つけて入っていった。
店の中は既に酔っ払った冒険者達で埋め尽くされていた。
俺達は空いていた小さなテーブルに掛けると、エールと料理を注文した。
食事が終わったら聞き込みだ。
運ばれてきた料理を食べながら、三人でこれからのことを話し合う。
恐らく大陸を渡ることになるからコンラット大陸の情報も必要だ。
そんなことを話していると、俺達に近付いてくる冒険者の姿があった。
俺は少し身構えると、その男はエルの目の前で止まった。
エルは一瞬だけ男を見ると、すぐに視線を逸らしてテーブルに視線を戻した。
そんなエルのつまらなそうな態度に気にした様子もなく、男は口を開いた。
「美しいお嬢さん。僕と一緒に飲まないかい?」
そう言って微笑みをエルに向ける男は十代後半に見え、それはもう美形だった。
男だが、相当手入れされた茶髪の綺麗な髪を肩下まで伸ばしている。
外見は上品ながらも冒険者が着る服で、腰には剣が掛かっている。
恐らく相当モテるのだろうが、エルには関係ない。
というより、普段からよく見る光景だ。
エルは成長する度に綺麗になっていく。
体のラインも、もうすぐ十五歳の少女とは思えないものになっていた。
そうなると、当たり前のように声を掛けてくる冒険者が増える。
普段はエルが無視していると諦めて去っていく。
それでもしつこい男は俺が間に入るが、俺の見た目は脅威に見えないらしく、無視される。
最終的にめんどくさそうにしているランドルがナンパを睨むとビビって去っていく。
今回の男は後者の方だった。
エルが不機嫌そうに無視していても効いた様子はない。
「僕はロークって言うんだ。見たところ駆け出しの冒険者に見えるけど、
どうだろう。僕のパーティに来ないかい? 色々教えてあげるよ」
俺とランドルの存在はまるで見えていないようだ。
堂々と引き抜きをしている。
そして俺達のパーティの年齢から舐められるのもいつものことだった。
さすがにしつこいので俺が間に入る。
「ちょっと、そろそろ離れてもらえますか?」
俺がそう言っても、俺と目を合わせることもない。
エルは何も言わず、恋人アピールをするかのように俺にもたれかかってくる。
しかし、それすらも意味がなかった。
「そんな男のどこがいいんだい? 僕のほうが強く、いい男だろう?
さぁ、こっちでおいで」
なんか滅茶苦茶言われているが、俺は慣れていて気にならない。
しかし、エルはさすがに苛立ったようだ。
「燃やすよ」
そう言って低い声を出して睨みつける。
エルなら本当にやりかねない。
「燃やしたらだめだよエル。 ランドル」
さすがに情報収集する前にこの酒場をめちゃくちゃにしたら話を聞いてくれる冒険者がいなくなってしまう。
俺は助けを求めるようにランドルに呼びかけた。
ランドルはめんどくさそうにロークと名乗る男を睨みつけて言った。
「おい、うぜえんだよ。消えろ」
他の冒険者だったらすぐに逃げ出すランドルの威圧も、この男には意味がないようだった。
相当腕に自信があるのか? いや、そんなに強そうには見えない。
一体何者だ、少し読めないな……。
「こんな下品な男がいるパーティより僕の所のほうがいいよ。
僕のパーティは女の子しかいないからね」
そう言って変わらず微笑むロークは、一切引かなかった。
「まぁ、下品な男には同感だね」
そう言ってランドルを見るエル。
ランドルもその言葉に無表情で言い返す。
「お前は凶暴な女だろ」
「この馬鹿の前に貴方を灰にしようか」
そう言っていつもの様に言い合いを始める二人。
もう滅茶苦茶だ。
そんな俺達の様子を見て、ロークは嬉しそうにエルに手を伸ばしながら口を開いた。
「ほら、パーティ内でもうまくいってないみたいじゃないか。
やっぱりこんな所より―――」
ロークが言い終わる前に、新しい介入者が現れた。
その男は、ロークの伸ばした手を止めるように、ロークの肩を掴んでいた。
ロークは振り向くと、初めて苛立ったような顔を見せた。
「アストか。なんでいつも邪魔を――」
「お前は本当に懲りないな。顔だけじゃなびかない女もいるっていつになったら学ぶんだ」
呆れたように肩を掴んでいるアストと呼ばれた男は長身で、背丈だけならランドルより高かった。
二十半ばに見え、穏やかな顔つきをしているが、一目で分かった。
強いな。
このロークという男と比べようもない程には。
少し混乱している俺達を余所に、二人は言い合った。
「僕の勝手だろ。不幸な少女を導いてあげているだけさ」
「不幸って、どう見ても恋人同士だろ。ほんと見境ないな。
それに何度も言うけど、お前を助けてやってるんだって」
「だから、助かったことなんかないって――」
「アスト、まだ終わらないのかい?」
そう言ってロークが言い終わる前に現れたのは長い紫色の髪を持つ女性だった。
三十歳くらいだろうか。
恐ろしいほどの破壊的な胸をぶらさげている。
漂うフェロモンが恐ろしい。
その女性はアストにもたれかかるように立っていた。
「それが今回はしつこくてなぁ」
そう言うアストの言葉を聞いて、妖艶な女性はエルを見た。
しばらく見ると納得したように呆れた表情を見せて、溜息を吐いた。
「またえらい可愛い子だねぇ」
「あぁ。ちょっと昔を思い出す光景だったからついな」
「あー確かにねぇ」
何の話をしているか理解できない。
正直早く全員立ち去ってくれと思っていたが、次にロークが言った言葉は衝撃で、俺を駆り立てた。
「早くどっか行ってくれよ!
大体、あの時もお前達がいなければセリアも――」
「セリアを知ってるんですか!?」
俺はセリアの名前を聞いただけで、声を上げて立ち上がった。
その俺の様子にエルとランドル以外の三人が驚いた顔をしていた。
そして妖艶な女性が驚いた表情で口を開いた。
「知ってるよ、セリアは――」
「僕の昔の女さ。捨ててやったけどね」
自慢気に言うロークに、俺は一瞬動揺した。
そして次の瞬間に、どうしようもない怒りに変わった。
殺気を撒き散らしロークを睨みつける。
そんなロークの様子を見て、妖艶の女性が口を開いた。
「またあんたはそんなこと言って――」
「事実さ。セリアは素直じゃなかったからね」
そう言うロークは、本当にセリアのことを知っているようだった。
俺の中の怒りが更に俺を支配する。
「詳しいことを聞かせろ」
俺が低い声で言うと、ロークは全然気にした様子もなくやらしい笑みを浮かべていた。
俺には人の女を取ってやったと得意気にしているように見える。
「話して僕にメリットがあるのかな?
そこのお嬢さんを僕にくれるなら考えてあげてもいいよ」
そう言ってエルを見るロークの目は、吐き気がした。
少し、痛めつけてやろうか。そう思い拳を握り締める。
俺の横で、途中から入ってきた二人が何か言っている気がした。
「あんた、もしかして――ちょっとアスト、何で止めるのさ」
「いや、ロークも少し痛い目を見たほうがいいと思ってな」
「まぁ、確かにねぇ……」
しばらく俺がロークを睨んでいると、二人は何も言わなくなった。
エルを取引に使うなんて有り得ない。
俺はコートの内ポケットから布袋を取り出した。
ドン! と勢いよくテーブルに載せる。
長い騒ぎに何事かと、周りの冒険者も俺達を見物し始めた。
「金貨が七十枚程入ってる。話の内容によってはほとんどくれてやってもいい」
今セリアがどこにいるのか。
セリアとどんな関係だったのか。
場合によっては痛めつけるぐらいじゃ済まさない。
俺の言葉に、周りの冒険者達はざわめき始めた。
そりゃそうだ、金貨七十枚なんて迷宮を踏破した並の大金だ。
テーブルに置かれた袋を見て、ロークがゴクリと喉を鳴らすのが分かった。
そしてしばらくすると、何かを思い付いたように言った。
「決闘しようじゃないか。勝った方が欲しい物を得る。
冒険者らしいだろう」
もうロークはエルを見ていなかった。
金に目が眩んだようだ。
しかし何故だろう、話をすればくれてやると言っているのになんでわざわざ戦おうとする。
まぁいい、負ける気はしない。
金を失わずに俺がただ情報を得るだけだ。
今までのこいつの発言で腹も立ってるしな。
それに、もう俺が何を言わずとも、周りの冒険者は楽しそうに盛り上がっていた。
「分かった」
俺はそれだけ言うと、酒場の中央の広い空間に移動した。
一応店主を見ると、よくあることなのか気にしていない様だった。
周りの冒険者達も自分達でリングを作るように俺達を囲んでいる。
しばらく睨み合うと、俺は羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。
そんな俺を見て、ロークは得意気に腰に掛かっている剣を抜いて構えた。
俺はその構えを知っていた。
流水流だ。
それも当然か、この大陸の剣士は大体が流水流だ。
そして、隙だらけ。どこにでも打ち込めそうだ。
ローラを見た俺からすれば、まるで子供のように見える。
こんな程度の実力でよく自信満々に決闘なんて言えたものだ。
俺は剣を抜かずに佇んでいると、ロークが不思議そうな顔をして言った。
「なんで剣を抜かない?」
俺はつまらない表情になって言った。
「剣を抜く必要がないからだ」
「は? もう負けを認めるのか?」
そんなことを言って余裕そうに笑っていた。
周りの冒険者も俺にヤジを飛ばすように騒がしい。
俺は威圧するように闘気を身に纏う。
俺の体が赤い闘気に包まれ、冒険者達は手のひらを返したように歓声をあげ、ロークは少し固まっているように見える。
俺は更に闘気を爆発させる。
イメージはこの広い酒場を包むように、巨大な闘気。
一瞬酒場を俺の闘気が包み込むと、騒がしかった冒険者達は黙り込んだ。
ロークの足は震えている。
俺は少しずつ闘気を押さえ、自分に負荷がかからない量に調整する。
ザエルの戦いから、俺は成長していた。
体は成長し、闘気を纏える量も増えたし、今の自分の体の限界も分かるようになっていた。
ロークを見ると、ロークの纏っている闘気は俺と比べると小さかった。
俺は凄みながら口を開く。
「早く闘気を纏えよ。素手とはいえそれでは殺してしまうかもしれない。
それとも、それが全力か?」
もちろん殺すつもりなんてない。
俺は剣を捨てさせて負けを認めさせたかったのだが。
ロークはプライドか何かは知らないが、体を震えさせて言った。
「舐めるなよ!」
怒鳴るように声を上げると、剣を振りかぶりながら踏み込んできた。
遅い。
俺は体を翻して回避すると、ロークの剣は獲物を見失ったように宙を斬った。
ロークは動揺して未だ剣を振り下ろしたままだ。
俺は拳に闘気を集中させると、ロークの剣の横腹に打ち込んだ。
バキッという音と共にロークの剣の刀身は簡単に砕け散った。
そのまま右足を振りかぶり、ロークの顔面に向けて見舞おうとするが。
ロークの鼻面の前で止めた。
あくまでセリアの話を聞かせてもらわないと困る。
話せる状況にしておかなければ。
この状況にさすがにロークは膝から崩れ落ちた。
とりあえず負けを認めてくれたらしい。
俺は闘気を抑え、ロークの正面に立つと、ロークを見下ろしながら口を開いた。
「約束通り聞かせてもらう」
俺がそう言うと、ロークは口を閉ざしたまま下を向いた。
その態度に俺は更に苛立つ。
やはり少し痛めつけないと分からないのだろうか。
しかしそんな俺の思いとは裏腹に、横からさっきの二人が俺に近付いてきた。
確かアストと、女性の名前は分からない。
俺が二人を見ると、アストがロークを見て呆れたように言った。
「こいつはセリアのこと何も知らないぞ」
「へ?」
「そうだよ。ロークはセリアに一方的にちょっかいかけてただけさ。
セリアは相手にしてなかったけどね」
「え……」
二人にそう言われ、俺は再びロークを見る。
嘘がバレたような顔で、体を震わしている。
許されると思っているのだろうか。
俺は呆れたように普段通りに戻って言った。
「貴方は何も賭けないで一方的に金を持っていくつもりだったんですか?
何よりセリアを侮辱したのは許せないですね」
嘘だと分かって安心した部分もあるが、許せないものは許せない。
セリアを自分の女と言って捨てたとか言いやがったローク。
少しぐらい殴ってやってもいい気がする。
俺がロークに一歩近付くと、ロークは慌てて口を開いた。
「待ってくれ! 何でもするから!」
簡単に何でもするなんて言っていいのか?
俺のキャラじゃないが少し脅してやるか、俺の怒りも収まらないし。
「金貨七十枚と対等な物って何でしょうか? あぁ、ちなみに貴方がナンパしていた少女はエルと言って優秀な魔術師です。僕が今から貴方の手足を切り落としても死ぬことはないですよ」
俺が捲くし立てて近くで見ていたエルを見ると、エルはすぐに俺に寄ってきた。
そして可愛らしい顔と口調で言った。
「いいよ。今からするの?」
そんな恐ろしいことを言っている。
俺は冗談で言っているが、エルは本気だ。
自分で言っておきながら少し冷や汗が流れる。
冒険者達も想像してしまったのか、全員押し黙った。
もちろんそんなエルの言葉に、ロークも青ざめた表情で震えていた。
そして喚くように言い始めた。
「ま、待ってくれ! そうだ、女の子を何人か君にあげよう!
僕の言うことは何でも聞くから――」
「最低ですね」
本当に切り落としても問題ないんじゃないだろうか。
実際にはしないが脅すように腰の剣に手をやると、さすがに傍観していた二人が割って入った。
「あんた、さすがにそれは……」
「いえ、冗談です。僕にそんな度胸ありませんから」
「えぇー」
エルだけが残念そうにしていた。
エルよ、お兄ちゃんはちょっと怖いぞ。
どうしようかとうーんと顎に手をやり考える。
さすがに何かしらの制裁をした方がいいだろう。
多分俺達以外にもこいつのせいで迷惑を被ってる人はいるだろうし。
美人とくればパーティから引き抜こうとするなんて冒険者失格だ。
こいつの武器は顔だろうが、俺の力で不細工にすることはできない。
殴ってもこの世界じゃすぐに治ってしまうからな。
ロークの顔をじっと見て考えていると、ある物に目がいった。
うん、これでいいな。
俺は腰からセリアの剣を抜いて、崩れ落ちているロークに歩み寄った。
こんなことで使うとは思っていなかったが、セリアの分も仕返す気持ちをこめて使おう。
俺が目の前までくると、ロークは斬られると思ったのか慌てだした。
そんなロークを安心させるように俺は微笑んで言ってやる。
「斬りませんよ、動かなければ傷付くこともありません」
「そ、そんなこと信じられるわけが……」
「痛い目に合いたくなければじっとしていてください」
そう言うと、ロークは少し震えながらも目を瞑って動かなくなった。
俺はロークの頭を軽く掴むと、セリアの剣を当てた。
そして、ロークの自慢そうな髪を真ん中から後ろに剃り上げた。
しっかり襟足の方まで剃って剣を腰にしまい、後ろに下がった。
そして緊張しすぎて何が起こったか分かってないロークはようやく顔を上げた。
そこにいたのは落ち武者になったロークだった。
いくら美形でも、もはや女の子をナンパできる風貌ではない。
すぐに坊主にするだろうが、自慢の髪はしばらく戻ってこないだろう。
これくらい、丁度いい罰だ。
周りの冒険者達もそんなロークの姿を見ると、酒場には大爆笑が巻き起こった。
横でアストは腹を抱えて笑い。その横にいる女性も口を押さえて笑いを堪えようと頑張っているが、喉から声が漏れている。
そんな賑やかになった酒場の風景は。
ロークが自分に何が起こったのか気付いて涙目になって酒場から走り去っていくまで続いた。
騒動の後、俺達のパーティのテーブルには二人が加わっていた。
アストと、女性はアデリーと言うらしい。
ロークが出て行った後、話があると言われて同じテーブルについた。
席に座ると、アストが最初に口を開いた。
「お前、アルベルだろ」
「え? はい、そうですけど」
アストが俺の名前を呼んだ。
え? なんでだ?
俺の噂が広まるより俺の足のほうが速いと思っていたのだが。
少し混乱していると、次はアデリーが俺に問いかけた。
「ねぇあんた、その子って恋人かい?」
エルを見るアデリーの表情は、少し心配そうな顔だった。
何だろうと思いながらも俺は答える。
「いえ、妹ですよ」
「なんだ、そうだったのかい」
そう言うと安堵したような表情を見せた。
未だ理解できない。
俺が考えていると、アストが俺の疑問を解消するように言った。
「セリアから聞いたんだよ」
その言葉に、俺が一番驚き、エルとランドルも反応していた。
セリアは俺の話をしていたのか。
正直、嬉しい。
一体どんな話をしていたんだろうと考えるが、すぐに別の考えが浮かんだ。
確かライトニングのリーダーってアストって名前じゃなかったか。
「もしかして、ライトニングの方ですか?」
「おう、そうだぜ」
ニコっと笑う男はやはりそうだったらしい。
何故今まで気付けなかったのか。
俺は聞きたいことが山ほどあり、興奮しながら口を開けた。
「セリアのことはライトニングなら知ってるかもって聞いてここまで来たんです! あの、今セリアはどこにいるんですか?」
一番聞きたい確信だった。
この一年近く、ずっと知りたかったこと。
アストは、軽い口調で言った。
「セリアはコンラット大陸に渡ったよ。大体二年前かな」
その言葉に、やはり少し落ち込んだが、分かっていたことだった。
しかし、死んだとかそんなことを言われなくて一先ずは安心した。
「そうですか……その後セリアの情報はありますか?」
「一年前に一度噂を聞いたぐらいかな。
なんか予見の霊人を助けたとか。詳しいことは分からん」
予見の霊人か、知識として知っている。
コンラット大陸のどこにいるかは分からないが、有名人だしすぐに情報を仕入れれるだろう。
一年前なら、セリアはそこからそう離れていないだろう。
旅の道中で聞いた話の中で一番の情報だった。
そして、とりあえず一年前はセリアは健在らしく、安心した。
「そうですか! ありがとうございます」
俺が頭を下げると、アストは更に言った。
「さて、ここからが本題だ」
「はい?」
これ以上セリアの情報は出てきそうにないが。
しかし、アストから発せられた言葉に俺は驚愕した。
「セリアから、お前がもしここまで来たら伝えて欲しいと言われていることがある」
俺は目を見開いた。
エルとランドルも驚いた表情をして、次の言葉を待っている。
「それは、どんな……」
もし、追いかけてこないでと言われていたら。
いや、そんな言葉じゃ俺は止まらない。
しかし、そんな俺の思いは余所にアストは少し微笑んで答えた。
「待ってる。ってさ」
その言葉に俺の脳は思考を止めた。
とにかく、気付いた時には立ち上がっていた。
涙が溢れそうになる程、嬉しい言葉だった。
そして今すぐに行かないとという気持ちが俺を支配する。
「ここから港は確か西に数日だったか……」
俺が小声で呟くと、ランドルが俺の行動に気付いたようで声を上げた。
「アルベル、落ち着け」
そう言うランドルに少し苛立ってしまうほど、俺は焦っていた。
「落ち着いていられる訳ないだろ! 今すぐ行かないと」
俺が喚くと、ランドルは無表情のまま言った。
「今日は宿で休んで早朝にしろ」
「何だよ、今まで僕の進行に文句言わなかったろ」
「今までは問題なかったからだ」
「じゃあ何が今問題なんだよ」
俺が苛々しながら言うと、ランドルはエルを見た。
俺もエルに視線をやると、エルは少しだけ下を向いた。
「今日も早朝から晩まで雪道を歩いてきたんだ。今からはエルには辛い」
そう言うランドルに、俺は我に返った。
俺は情けない、ランドルのほうがエルのことを見ている。
しかしエルは俺を見上げると言った。
「私は大丈夫だよ。お兄ちゃんの好きにしてくれたらいいよ」
エルは微笑んでいるが、俺は罪悪感で潰されそうだった。
俺は何も言わずエルの頭に手を置いて少し撫でると、口を開けた。
「ごめんね。出発は明日の早朝にしよう」
俺がそう言うと、エルはランドルを見て言った。
「ランドル。何で余計なこと言うの」
「そうかよ」
「エル、ランドルは正しいよ。僕が間違ってた」
エルは少し悲しそうな顔をしていた。
俺はリーダー失格だな。反省していると、アストが口を開いた。
「話を聞いていたが、船に乗るように聞こえたけど」
「はい。それしか大陸を渡れませんから」
「今、船は出てないぞ」
その言葉を俺は理解できなかった。
何故だ? もしかして冬のせいで船が出ないのだろうか。
そう考えるとぞっとする。
「この寒さのせいですか…?」
「いや、違う。一月前の話だから知らなくても仕方ないか」
一体何なんだろうか。
俺が冷や汗を流しながら言葉を待っていると。
「誰かが眠っていた海竜王を起こしちまったんだ。
また眠るか別の海域に移動するまで船は出ない」
その言葉に俺は昔の記憶を思い出した。
アスライさんから借りた本で読んだことがある。
竜種の中でも王と呼ばれる存在がいる。
その寿命は永遠と言われ、一度眠りにつくと数百年は起きないという。
おとぎ話だと思っていたが、実在したのか。
どれほど待てばいいのだろうか。
考えると背筋から汗が流れた。
「次に眠るのはいつ頃になるんですか……?」
俺がためらいながら聞くと、アストは神妙な面持ちで答えた。
「大体三年から五年ぐらい動くとまた眠るといわれている」
そのアストの言葉に、俺は立ちくらんだ。
視界が歪むように揺れ、意識が朦朧とし始めた。
俺は崩れ落ちるように椅子にもたれると、下を向いて固まってしまった。
心配そうに俺に声を掛けてくれるエルの顔を見る気力も湧かなかった。




