第三十二話「再出発」
城を出ると、まだ夕食には早かったので一度解散になった。
俺達は時間まで道場で稽古させてもらうことになり、時間まで剣を振った。
陽が落ち始めると、ローラがイグノーツを連れて道場に戻ってきた。
俺達は流水流の門下生が教えてくれたオススメの店へ向かった。
その店は大きい店ではないが、オシャレな雰囲気が漂う佇まいだった。
女性が好みそうな店だ。
中に入ると、俺達は店の中でも一番大きな丸いテーブルの席についた。
俺の左にエルが座り、右にローラが座った。
そのエルの隣にイグノーツが座り、俺の正面にランドルが座る形だ。
エルがイグノーツが隣にいることに少し嫌そうにしている気がするが。
さすがに他の席に行けとかそういう我儘は言わないようで、俺は安堵した。
イグノーツに限ってないと思うが、もし酔ってエルにお触りしたら俺が成敗しよう。
注文の際、イグノーツとローラが何の酒にしようか悩んでいたが。
冒険者はエールですと言ったら二人共迷うことなくエールを注文した。
いいのだろうか、上品な二人が飲むものではない気もするが。
エールと適当に頼んだ料理がテーブルに置かれると、俺達は手に持ったエールをぶつけ合った。
「かんぱーい!!」
俺の音頭と共に、楽しい飲み会が始まる。
俺も久々に飲むエールがやけに美味しく感じ、体に染み込んでいった。
初めて飲んだ時は不味いと思ったのに俺の舌も成長したものだ。
舌が馬鹿になった可能性もあるが。
談笑しながら飲んでいると、イグノーツが聞いてきた。
「皆さんはいつ頃旅立たれる予定ですか?」
その言葉に俺はエルとランドルを見て、少しだけ考え言った。
「明日か明後日には発とうと思っています」
エルとランドルは俺の決めた予定に反対することはない。
意見することはあるが、基本的に俺に投げっぱなしだ。
俺の言葉にイグノーツは少し寂しげな口調で言った。
「また急ですね……やはりセリアさんという方が関係しているのですか?」
「そうですね。セリアと再会することが一番の目的です」
俺がそう言うと、今まで横で黙って話を聞いていたローラが口を開いた。
「セリアさんはどういう方なんですか?」
真剣な顔で俺を見て言うローラに、俺は誤魔化す気にはなれなかった。
あまり誰かに俺の中のセリアを語ることはなかったが。
ローラは俺の中のセリアを馬鹿にしたり見下したりすることはないと分かっていた。
俺は語りだした。
セリアの髪の色、瞳の色、剣の腕、凛々しい佇まい。
伝わったかは分からなかったが、セリアを話す俺は饒舌だったと思う。
セリアのことを話していると、自然に頬が綻んで上機嫌になっていた。
俺の憧れのセリアを自慢するかのように話した。
皆、相槌を打ちながら聞いてくれた。
「よく分かりました……ありがとうございます」
俺の話を聞いたローラの返事からは、少し元気がなくなっていた。
ローラは何かを発散するかのようにエールをぐいっと一気に飲んでいた。
俺の話はローラにとってつまらない話だっただろうか。
俺も変な考えを忘れるようにエールを喉に流し込んだ。
楽しく飲み始めて一時間が経っただろうか。
俺は気分が上気し、ほろ酔いになっていた。
しかし、まだ泥酔には陥っていない。
俺が酔い切れない理由は俺の横にいる女の子のせいだった。
「アルベルさ~ん、私との立ち合いは手加減してたんですよねぇ?」
それはべろんべろんに酔っ払っているローラのせいだった。
俺を抑える役だったはずのローラは、自らの任を放棄して俺に絡んでいた。
というか、俺より酒が弱かった。
俺に詰め寄り何度も同じことを聞いてくるローラ。
「何度も言いましたが……まだ全力の闘気に耐えられない体で……」
「そんなの関係ないですよ~私は傷付いたんですから……」
何度もしたやり取り、俺は困ったように正面にいるランドルを見る。
ランドルは一番飲んでいるのに酔った素振りを全く見せていなかった。
そしてエールの入ったコップを空にすると言った。
「このパターンは考えてなかった」
そう言って呆れたように料理を食べ始めた。
もう諦めた様子だ。
エルもやはり酒が強いようで、酔った素振りは見せていない。
俺と自分の椅子をくっつけて俺にもたれかかってるくらいだ。
イグノーツは少し酔っているのか、頬を染めて俺を羨ましそうに見ている。
少し気まずい。
しかしそんなこと気にならないくらいローラの質問責めが凄かった。
俺が困る質問から、くだらないことまで何から何まで聞いてきた。
そのせいで俺は酒に集中できていなかった。
「アルベルさん!」
「はい……ってちょっと! 近いですって!」
名前を呼ばれて横を見ると、至近距離にローラの顔があった。
鼻がぶつかりそうな程近い。
綺麗な碧眼の瞳が俺の顔を映している。
そして、何度も同じことを聞いてきたローラが初めての質問をした。
「私とセリアさん。どっちの方が綺麗ですか?」
至近距離でそんなことを言うローラ。
俺はどアップで映し出されるローラを観察する。
ローラは酔っているのか、少し震えていて長い前髪が小さく揺れている。
その髪はサラサラで綺麗だ。
顔立ちも清楚な印象で整っていて、なかなかローラ程の美人は他にいないだろう。
胸は育ってないようだが、貧乳はステータスだ。
この世界では胸は大きい方がモテるようだが。
セリアとは違うタイプの美人だ。
セリアは凛々しいながらも可愛さを感じさせるような女の子だった。
比べられるものではない。
というか、女の子を並べてどっちの方が綺麗だとかはあまり言いたくない。
「その、比べられないと言うか……」
「同じくらいってことですか?」
「は、はい。まぁ、そうですね……」
「そうなんですね!」
歯切れの悪い俺の言葉とは裏腹に、ローラは満足しているようだった。
とりあえず、正解の答えだったのか…。
というか、ローラもおかしければエルもおかしい。
普段だったら浮気はだめとか間に入って怒るのだが。
少し不機嫌そうにしているだけで特にローラの行動に口を挟むことはなかった。
俺はなんでだろうと、エールを可愛く飲んでいるエルを眺めていた。
すると、次は一番困る質問が飛んできた。
「私とセリアさん、どっちのほうが強いですか?」
ローラは酔っていながらも真剣な表情に見えた。
この質問に困る理由は、嘘をつけないことだ。
セリアの剣術に対して、俺は真剣に答えなければいけない。
「セリアですね。セリアは僕よりも強かったですから」
セリアはあれから一体どれほど強くなったんだろうか。
俺も強くなったが、少しくらい追いついているだろうか。
しかし、例え俺がセリアに剣術の腕で劣っていても、できることはあるはずだ。
内容は何でもいい、俺はセリアを支えたくて町を出たのだ。
でも何より、早く会いたいな……。
俺がそんなことを考えていると、ローラは悲しそうな顔で下を向いて言った。
「そうですか……」
そう言うと、俺から少し距離を取った。
近すぎた距離から最初の距離に戻っただけだが、俺には何故か凄く離れてしまったような気がした。
さすがに傷付けてしまっただろうか。
当たり前か、剣術の腕を磨いている剣士が他の剣士のほうが強いと言われたら傷付くだろう。
俺だってそうだ。
しかしこの件に対しては取り繕ったりフォローすることはできなかった。
あれだけ騒いでいたローラは、しばらく黙ったままだった。
そのまま宴が続くと、無茶な飲み方をしていたローラは潰れた。
机に頭から崩れていて、頬を少し赤く染めて心地良い寝息を立てていた。
イグノーツもエルと会話するために酒を頼ってしまったようで、かなり酔っていた。
ローラのような悪絡みはなかったが。
俺は結局泥酔することはなく、暴れることもなかった。
ローラを傷付けてしまったのを見ると、なかなか酒が進まなかった。
質問してきたのはローラだが、それとこれとは関係ない。
俺は寝てしまったローラを見ると、会計を済ませた。
ランドルが自分で立てなくなったイグノーツを背負ってくれる。
俺もローラを起こさないようにそっと背中に乗せた。
「エル、皆に治癒魔術掛けてくれるかな」
「うん」
エルは頷くと、ランドルの次に飲んでいたのにすらすらと詠唱を唱えた。
同じ兄弟なのになんでだろう、魔力だけではなく酒の耐性まで取られてしまったのだろうか。
しかしそれを言うと俺も剣の才能を独り占めしたのかもしれないが。
エルの魔術が効くと、少し火照っていた体から熱が消えた。
いつも通りの俺の体だ。
ローラにも治癒魔術を掛けてくれたようだが、ローラは俺の背で眠ったままだった。
気持ち良さそうに寝てるのを起こすのも心苦しいので、送っていくつもりだ。
イグノーツもランドルの背で我に返り、周りをきょろきょろと見回した後、焦ったように背から降りた。
少しはだけていたフードを深く被り直している。
「すいません、ご迷惑お掛けしたみたいで……」
「全然迷惑じゃないですよ。ローラさんが見ての通りなので僕らで送っていきますね」
「はい……ありがとうございます」
そう言って申し訳なさそうにしているイグノーツだった。
城まで送ると、イグノーツに明日の早朝にセルビアを出ることを伝えた。
イグノーツは寂しそうにしていたが、最後は見送りにいきますねと微笑んでくれた。
今日、セリアのことを語り思い出したのもあって、明日の早朝に発つことを決めていた。
急かもしれないが、親しくなった二人と酒を飲んで語り合ったしキリもいいだろう。
イグノーツと別れると、ランドルは先に帰ると言って宿へ戻って行った。
俺とエルだけでローラを道場まで送る。
流水流の寝泊りしている場所は道場だ。
さすがに門下生に個室はないが、広い部屋が二つあり、男部屋と女部屋に別れて寝ているらしい。
自分の部屋があるのは流帝だけとのこと。
俺が道場の前に着くと、丁度流帝が道場から出てきた。
と思ったが、多分俺達の気配に気付いて出てきたのだろう。
流帝の顔は俺達が来たことを分かっているようだったから。
「あら、こんなローラを見るのは初めてね」
俺の背で眠っているローラを見ると微笑んで言った。
俺も微笑みながら返す。
「はい、かなり飲んでましたから」
「ふふ、ローラを送ってくれてありがとう」
「いえ、それでローラさんが起きたら伝えてほしいことがあるのですが」
「何かしら?」
「明日の早朝に発つと言ってもらえますか」
「あらそうなの。分かったわ」
そう言って俺はローラを流帝に手渡すと、流帝は軽々とローラを抱きかかえて眠るローラを見て微笑んだ。
あの晩はあんなことを言っていたが、やはり自分の娘が可愛いのだろう。
俺を見るエリシアと同じ目だった。
「貴方には本当にお世話になったわね、ありがとうね」
その言葉には色々な意味が含まれているのが分かった。
俺も感謝を伝える。
「いえ、僕達こそお世話になりました。ありがとうございました」
ここに来てから得るものはたくさんあった。
この流帝アデラスさんを見たおかげで、俺の遥か上に立つ剣士の存在を知れた。
ローラとの立ち合いもいい経験になったし、流水流の技も知れた。
もし普通に旅を進めていたらここまで成長できなかっただろう。
「ではこれで」
「ええ、またいつでもいらっしゃい」
その言葉に俺は自然と微笑み、背を向けて歩き出した。
横を歩くエルを見ると、少し寂しそうな顔をしている気がした。
エルとローラは女の子同士でちょくちょく話していたしな。
別れが寂しいと思えるのはエルにとっていいことだ。
前までは少しあっさりしすぎていた。
カロラスを出る時もあまり寂しそうではなかったし。
こういうエルの表情が見れたならやはりここに来たのは良かっただろう。
俺は珍しく自分からエルの手を掴んで歩き出した。
目が覚めると、いつも通り町を出る前の準備だ。
宿に置いていた荷物をまとめ、ランドルが背負うと俺達は宿を後にした。
長すぎるくらいの町の出口までの道をゆっくりと歩く。
ここでの日々を思い出すように。
そして思った、屋敷をもらったけど見ることすらしてないな。
まぁいいか、また来た時に見せてもらえばいい。
生きている間にまたここに訪れることはあるだろう。
そんなことを思っていると、すぐに出口に着いた。
そこにはイグノーツとローラがいた。
そして流帝の姿まであった。
流帝は昨日のが最後の別れだと思ったらわざわざ来てくれたらしい。
特に口を開くことはないが、俺達を見て微笑んでいる。
「皆さん、何度も言いますが本当にありがとうございました。
皆さんの旅の無事を祈っています」
「はい、僕らもお世話になりました。
またここに来ることもあると思うので、その時はよろしくお願いします」
俺の言葉にイグノーツは柔らかく微笑むと、エルのほうを見て一歩前に出た。
その顔は真剣だ。
「エ、エル様」
「……何?」
どもりながら必死に言うイグノーツに、エルは無表情だった。
これは、まさか。
「あの、ですね……」
「うん」
エルも薄々分かっているのか、いつもの嫌そうな顔は見せないようにしてるが。
イグノーツにも結果は分かっているだろう。
それにエルの身分は平民だ。
エルの意思を抜きにしても色々と問題があるだろう。
それでも言うんだろうか、俺はドキドキしていたのだが。
俺の思いとは裏腹に、イグノーツ決心したような顔はしばらくすると消えてしまった。
「いえ、何でもありません」
「そう」
苦しそうな顔でそれだけ言うと、一歩踏み込んでいた体を戻して後ろに下がった。
しばらくすると、イグノーツを見守っていたローラが代わるように前に出た。
そして俺達一人ずつに顔を向ける。
「ランドルさん、あの時斬ってしまってごめんなさい」
「お前は悪くねえだろ、俺は殺されてても当然だったからな」
「それでもです」
「そうかよ」
それだけ言うと、エルの方にも向いた。
二人の会話は、俺にはよく分からないものだった。
「エルさん、私はどうですか?」
「……まだ足りない」
「そうですか……」
それだけ言うとローラは少し悲しそうに笑顔を作っていた。
俺にはよく分からないが、話が通じている様子のエルは言った。
「でも、真剣なのは分かるよ」
そのエルの言葉に、ローラは一瞬驚いた顔をすると、すぐに笑顔になった。
しばらくエルと視線だけでやり取りすると、真剣な顔になって俺を見た。
「アルベルさん」
「はい」
「貴方がいなければ私は今生きていません。まずは感謝を」
そう言ってローラは深く頭を下げた。
俺は微笑みながら言った。
「ローラさんがいなければ僕の大事な仲間もどうなっていたか。
こちらこそありがとうございました」
俺も頭を下げると、二人で頭を上げてしばらく見つめあった。
お互いの顔は柔らかい表情をしていると思う。
先に口を開いたのはローラだった。
「次に会う時にはもっと強くなっておきます」
俺もそれに返すように真剣に答えた。
「はい、僕も負けないように頑張ります」
それだけ言うと、二人で頷きあって少し笑った。
「では、また」
「はい、必ず」
そう言って俺達は背を向けて歩き出した。
ここに来た時よりも、多くのものを得て旅立った。
次は、セリアと一緒に来れたらいいな。
そう思いを馳せ、前を見て歩みを進めた。
二人がアルベル達の背を見つめ続けている中、何も言わなかったアデラスが口を開いた。
「ローラ」
「はい、お母様」
「もっと強くなりなさい。次に会えたら堂々と言えるように」
「はい……」
「もう。ほら、泣かないの」
小さい子供をあやすように、アデラスは微笑みながら娘の頭を撫でていた。
三章は終わりです。
四章から物語が急激に動き始めます。




