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第三十話「後日談」


 目が覚めると、気持ちのいい日差しが俺に降り注いでいた。


 風が頬を撫でるのが心地良い。

 そしていつもと何も変わらない、すぅすぅという耳に入り込んでくる寝息も心地よかった。

 匂いも同じ、少し甘さを感じる匂いが俺の鼻を通っていた。


 何故か普段より重く感じる目蓋をゆっくりと開けると、最近よく見ている天井だった。

 顔を横に逸らすと、最初は分不相応な気がして居心地が悪かったがすぐに慣れた高級宿の部屋だった。


 俺は横で可愛い寝顔で寝ているエルを起こさないようにゆっくり上半身を起こす。

 いつもは自分の思い通りに動いてくれる体が、重く感じた。

 全体的に気だるい気分に包まれる。



 しばらく部屋を眺めて呆けていると、俺は目が覚める前のことを思い出した。

 確か、ザエルを斬ってそのまま倒れた筈……。


 慌てて自分の体に視線をやると服は着替えさせられていて、綺麗な寝巻きの姿だった。

 ザエルの剣によって貫かれた筈の肩口には傷一つ残っていなかった。


 闘気を抑えた後俺を襲った激しい痛みも一切感じない。

 感じるのは少し体を動かしにくいだるさだけだった。

 あれだけの闘気を纏って、一晩寝るだけで痛みが消えるものだろうか。

 

 とにかく傷を治してくれたのはもちろんエルだろう。

 俺は未だにすやすやと寝ているエルを見ると顔が自然と綻び、綺麗な真っ白の頬を優しく撫でた。

 

 俺が触ってしまったことによりエルが少し反応してしまった。

 うーんと言いながら少しずつ目蓋が開いていった。

 エルが枕元に俺の顔がないことに気付くと、少し焦った表情をして視線を移動させた。

 そして俺の顔を見ると目蓋が大きく開き、いきなり起き上がった。


「お兄ちゃん!」


 寝起きとは思えない声で俺を呼びながら抱きついてきた。

 きっと心配させたのだろう。

 俺は背中に腕を回して反対の手で頭を撫でてやった。


「ごめんねエル。心配かけたよね」

「二度と起きないかと思ったよ……」


 そう言って俺の胸に顔を埋めて頭をぐりぐりと動かした。

 可愛い妹だ。

 しかし大袈裟だ。


「あはは、そんな訳ないじゃないか」


 俺が笑ってそう言うと、エルは顔を上げて俺を見つめた。

 その瞳には少し涙が溜まっていた。


「これだけ起きなかったら心配になるよ……傷はもうない筈なのに」


 そう言ってまた俺の胸に顔を埋めた。

 これだけって、一晩じゃなく二日くらい経っているのだろうか。


「僕何日か寝てたの?」


 俺がそう言うと、エルは俺の胸で顔を隠したままこもった声で言った。


「もうあれから五日経ってるよ……」


 その言葉に、俺はしばらく固まってしまっていた。

 



 俺の放心が解けたのは、しばらくして扉がノックされてからだった。

 返事を待たずに乱暴に扉を開けた先に立っていたのはランドルだった。


「騒がしいと思ったらやっと起きたみたいだな」


 そう言って少し安心した表情を見せるランドルに俺は嬉しくなって微笑んだ。


「なんか結構寝てたんだって? 道理で体が重いはずだよ」

「あぁ、エルは喚くし大変だったぜ」


 言いながらランドルはベッドの近くの椅子に腰掛けた。

 恐らく寝てる間もそこに腰掛けて様子を見てくれていたのだろう。

 俺は未だに胸で顔を埋めているエルの背中を擦りながらランドルと会話した。


「ランドルは元気そうだね。あの晩見た時は死んでるのかと思って焦ったよ」


 元気そうな姿を見た後だから言える軽口である。

 ランドルも気にしていない様だった。


「あぁ、お前とエルがいなかったら死んでたな」


 少し笑いながら言ったランドルは前より表情が穏やかになっている気がした。

 前はずっと無表情だったのに。

 俺は気になっていた事を聞いた。


「ダンテは?」

「死んだよ」


 その言葉に、ランドルの心中を察して少し苦しくなった。

 しかしランドルは穏やかな口調で言った。


「仕方ねえさ。最後は見届けたし俺の中の分からなかった気持ちにもケリが着いた」


 ランドルの言葉に俺は安心した。

 そして少し寂しい気持ちもあった。

 躓いた時に手を差し伸べる俺の仕事はなかったようだ。

 ランドルは強いな。


「そっか。そういえば今どんな状況になってるの?」

「俺よりエルのほうが詳しい。そいつに聞け」


 そう言って俺の胸に顔を強く押し付けているエルを見た。

 しかし顔を上げて動き出す気配はない。


「おい。いつまで芋虫みてえになってんだ。気持ちわりいな」


 そうエルを挑発するランドルの言葉に、エルは少し反応して俺を見る訳ではなくランドルに視線をやると低い声を出した。


「うるさい、感動の再会を邪魔しないで」

「再会も何もずっと一緒にいたじゃねえか」

「本当にランドルは脳みそまで筋肉だね。

 貴方は一生女の子に好かれることなく孤独に寂しく死ぬだろうね」

「お前みてえな女しかいねえならその方がマシだな」

「やっぱり一度燃やしてあげたほうがいいみたいだね」


 そう言って睨み合う二人を見て、いつもの日常に戻った気がした安心している自分がいた。

 しばらく俺の質問の答えが帰ってくることはなかったが。




 部屋から出たのはしばらく食事をしていない俺の腹が悲鳴を上げたのがきっかけだった。

 丁度早朝に起きれたみたいで、いつものテーブルに運ばれた豪華な料理を食べながらエルが今までのことを説明してくれた。


 ザエルは、生きているらしい。


 これには驚いた。

 あの状況で生きているとは思えなかったからだ。

 話によると、エルにも俺とザエルの会話が聞こえていたらしく。

 俺がザエルからイゴルさんのことを聞きたいんじゃないかと治癒魔術を掛けるか悩んだらしい。

 俺を傷付けたザエルを治癒するのは苦痛だったみたいだが、悩んだ末に治癒魔術を掛けた。

 正直もう手遅れだろうと思いながらのことらしいが。


 この判断には俺は救われた。

 イゴルさんのことを聞きたいのも確かだが、正直期待していない。

 俺の中ではザエルの勘違いだ。

 何よりも俺が人を殺していない事実に安心していた。


 そしてもう手遅れだと思われたザエルは一日で目を覚ましたらしい。

 脅威の回復力だ。


 片腕片足が失われているとはいえあの男なら何をするか分からないと一瞬嫌な想像が頭をよぎった。


 しかし、俺の想像とは裏腹にザエルは大人しくしているらしい。

 そして全てを包み隠さず吐いた。

 俺もそれを聞いた時は驚いたのだが。

 さすがにエルが話を聞くまで生かせておいてと懇願したところで処刑は変わらない。

 また何をするか分からないザエルを早急に処刑する必要があったのだが。

 ザエル本人がそれは困る、と自らラルドとの取引内容を語ったらしい。


 ザエルは口を割らないと思っていたラルド第一王子は、それはもう慌てたらしい。

 しかしザエルの証言でラルドの悪行の証拠が至るところから出始めた。

 今回の事件で王国の被害は少なくなかった。

 もちろん国の立ち行きに影響はないが、罪のない兵士が百人以上殺された。


 そのことで、ラルドが手を回していた貴族達はあっさりと自らの保身の為にラルドを裏切った。

 ラルドの悪行は民衆にも知れ渡ることになった。

 今まで無関心だった国王もラルドに国外追放を命じた。



 そしてイグノーツはザエルから命を狙われたのに無事だった。

 イグノーツはラルドの動く日時と時間をある人物から知らされた。


 その人物はサラール・セルビア第二皇女。


 彼女は魔術師適正があるらしく、闇魔術に秀でていたらしい。

 闇魔術には姿を変えたり姿を消したりする魔術がある。


 その魔術を利用してラルドの計画を知っていたらしい。

 そしてあの晩、皇女の協力によってイグノーツは姿を消し皇女の部屋に匿ってもらっていた。

 

 皇女は政権争いには興味がないという話だったが。

 本人は変わり者だが、弟を可愛がっているつもりだったらしい。


 闇魔術に適正が出る人物には変わり者が多いらしい。

 心に悪を秘めている者も。

 しかし闇に適正があるからといって悪人という訳ではもちろんない。

 あくまでそういう人が多いというだけの話だ。



 そして流水流の件だが、脅迫されていたことを証言した。

 しかし流水流は事件に加担した訳ではない、動かなかっただけ。

 流水流の剣士であるローラはイグノーツを救出に向かって賊を斬り伏せた。


 責められる訳もない。


 そのローラは致命傷を受けていた訳ではなかったのですぐに回復した。

 国内でイグノーツの敵がいなくなったことにより動きやすくなったようだ。


 イグノーツもわざわざ自ら宿まで足を運んで定時連絡をしてくれているらしい。

 もちろんローラも一緒だ。

 ローラは護衛の時間以外にも俺の様子を見に来てくれているとのこと。

 

 俺の扱いだが、最初は王城内で腕利きの治癒魔術師を集めて回復まで面倒を見てくれる提案があったそうなのだが。

 エルが俺には触らせないと断固拒否したらしい。

 譲らないエルにイグノーツは折れて宿での休養を許した。

 そして驚きのことに、護衛の兵士が何人か宿の前で待機してくれているらしい。

 いきなりの高待遇だ。

 

 そして俺達のこれからのことだが。


「は? 貴族称号?」


 そう聞き返す俺に、二人は言った。


「もらうのはお前だ、好きにすりゃいい」


 どうやら盗賊団討伐、王子救出、ザエル撃退が評価されたらしい。

 ザエルは長年指名手配されていて流帝が捕らえるまで相当厄介な存在だったらしい。

 確かにあの強さはなかなか勝てる人間もいないだろう。

 

「貴族になったら何があるのさ」

「知らねえよ。姓をもらったり何か色々もらえんじゃねえか」


 適当にそんなことを言うランドル。

 確かに俺とエル、もちろんランドルもだが姓なんてない。

 昔から続く血筋とか、身分が高い人間じゃないと姓は持っていない。

 エルなんて二文字だ。

 俺がもらったらエルも同じ姓がつくのだろうか。


「エルはどう思うの?」

「お兄ちゃんの決めた方でいい」


 相変わらず俺に投げるエルの言葉に少し悩むが。

 すぐに答えは出た。


「いらないや」

「だろうな」

「そうだね」


 俺が言うと二人もそれが分かっているかのように言った。


 そんな肩書きは必要ない。

 俺はただのアルベルという剣士でいいのだ。

 余計な荷物は必要ない。


 食事が済むと話も終わり、俺はぐいっと手を伸ばして伸びをした。


「さーて、五日も眠ってたのなら感覚戻さないとなぁ」


 もちろん稽古だ。

 一日サボるだけで腕が落ちる。

 ただでさえ動くことさえせずに眠っていたのだ。

 相当鈍っているだろう。


「だめだよ。起きたばっかりなのに」


 そう言うエルだが、別にもう大丈夫だ。

 それにもうここに留まる理由もなくなった。

 もう少し滞在してイグノーツとの話がついたらすぐに去るだろう。

 鈍った体で旅に出る訳にもいかないからな。


「大丈夫だよ。むしろ体が鈍ってて気だるくてしんどいんだ。

 これは動かないと治らないからね」


 そう言ってエルの髪を撫でてやると、うー、と可愛く呻き声を出しながらもう反対はしなかった。


「ランドルも行かない?」


 もう一人町を彷徨う理由もなくなったランドルに聞いてみる。


「あぁ、行こう」


 そう言ってくれるランドルに安心した。

 道場は広いし大丈夫だろう。

 さすがに門下生は知らない人間が入ってきていい気はしないだろうが。

 もし拒否されたら町の外に出て稽古すればいい。

 俺達は宿を出て道場へ向かった。



 道場へ着くと、門下生達は一斉に俺を見た。

 その視線は今までのようななんだよこいつ、という視線ではなく感心しているような目だった。

 前までの居心地の悪さはない。

 俺が姿を出すと、ローラが真っ先に駆け寄ってきた。


「アルベルさん!? 目が覚めたんですね!」


 そう言って驚きの表情をしながら微笑みに変わっていった。

 俺も自然に頬が綻び口を開ける。


「えぇ、情けないことに随分長い間眠っていたようで。

 ローラさんは大丈夫でしたか?」


「情けないなんて思ってるのはアルベルさんだけですよ。

 アルベルさんのお陰でこの通り元気です」


 そう言って笑うローラはどこから見ても健康体だった。

 少し顔が赤い気はするが。

 軽く会話していると、ローラの後ろから流帝が近付いてきた。


「あら、いらっしゃい。稽古しに来たのかしら?」


 あの晩のことは何もなかったように流帝は微笑みながら答えた。

 俺も特にほじくり返すことはせず、微笑みながら返す。


「はい。今日は仲間も一緒なんですけどいいですか?」


 俺がそう言ってランドルを見ると、流帝は微笑みを崩すことなく言った。


「ええ、満足するまで居ていいのよ」


 じゃあね、とそれだけ言って去っていく流帝。

 俺とローラも会話を切り上げ、稽古に移る。



 しかし俺とランドルが稽古を始めると、門下生の注目を集めてしまった。


 俺とランドルが扱っているのは真剣と大斧だ。

 稽古なのに正気かこいつらみたいな視線を感じる。

 しかしランドルはそんな視線を気にすることなく大斧を振っていた。

 俺も鈍っている体に喝を入れるように剣を振った。


 少しずつ感覚が戻ってきて思ったことがある。

 全力のギリギリの命のやり取りを経て、強くなった気がする。

 俺の眠っていた闘気が活動を始めたかのように、闘気の底が増えたような錯覚もあった。

 やはり実戦に勝る稽古はないな。


 そんなことを思いながら満足するまで剣を振った。


 ランドルとの稽古が終わると、エルとの体術の稽古も行った。

 ただでさえ魔術師で体を動かすことが少ないエルには大事なことだ。

 少しずつ上達していくエルを見て俺も楽しくなった。




 稽古を切り上げた時は昼半ばの時間帯だろうか。

 もちろん俺が向かう先は決まっている。


 銭湯だ。


 道場を出ようとするとローラも付いて来て、四人で銭湯に向かった。



 脱衣所でランドルと服を脱ぐと、ランドルの肉体に戦慄した。

 ボディビルダーみたいな肉体をしている。

 知っていたが、こうまじまじ見るとやっぱり凄いな…。

 俺が視線を隠さずに見ているとランドルが居心地が悪そうに言った。


「男の裸見て楽しいか?」


 俺を気持ち悪そうに見下ろしていた。

 いや、別にそんな気持ちで見ていた訳ではない。


「いや、僕もそれぐらい筋肉あったら闘気纏うのも楽になるかなって」


 そう言いながら自分の体を見る。

 確かに俺の筋肉は引き締まってはいるが、細マッチョという感じだ。

 体の幹が細いのだ、前世ならモテ体型なんだろうが。

 そんな俺の考えを他所にランドルは言った。


「別に筋肉のでかさだけが体の強さじゃねえだろ。

 そんなこと言い出したらセリアとかどうなるか」

「確かに……」

「ほら、行くぞ」


 そう言って銭湯初心者のランドルが何故か俺を率いて風呂場に入っていった。

 

 湯船に浸かると、ランドルが少し癒されている顔をしていた。

 こういうことで感情を出すのは珍しいな。



「どう? 最高でしょ」

「あぁ……これはいいな……」


 素直に感想を述べるランドルに俺は少し嬉しくなった。

 しかし会話は少なく、二人でただ湯に浸かっているだけ。

 俺は世間話をする様に適当に話し出した。


「ランドルはこれからどうしたいとかあるの?」


 俺がそう言うと、ランドルは少し驚いた顔をしていた。


「は? ルカルドに行くんだろ?」

「そりゃ僕の目的はそうだけどさ、ランドルは他にやりたいこととかないの?」


 別に深い意味で聞いたわけではない。

 死ぬまで一緒にいる訳ではないだろうから。

 これからのことをどう考えているのか聞いただけだ。

 しかし、ランドルは少し重く捉えてしまったようだった。


「お前に借りを返すのも残ってるだろ。

 ま、返すどころか増えていってるけどな」


 そう無表情に言うランドル。

 正直俺は借りとか何とも思っていない。


「僕は貸しを作ったつもりはないんだけどね」

「前にも言ったが、俺がどう思っているかが問題でお前には関係ねえんだよ」


 以前に二度俺を苛立てた言葉だが。

 今回のは悪い気分は全くしないものだった。


 もう、言ってしまうか。

 貸しがあるからという気持ちでランドルを縛るのはあまり良く思わない。

 もちろん俺は一緒に旅をしたい気持ちはあるが、今回のことでランドルも自分の気持ちを整理できただろう。

 全て話してそれでもランドルが着いてきてくれるなら嬉しい。


「なぁランドル、前から言えなかったことがある」

「なんだよ」


 俺が畏まる喋り方を辞めて言うと、ランドルも少し表情を歪めた。


「あの日、ランドルは助けてもらったとか思ってるのかも知れないけど」

「あぁ」


 少し間を空けて言った。


「俺はランドルを助けるかずっと悩んでたんだよ。酒場に入る前からずっと見てた。最後の最後で悩んだ末に、やっと動いたんだよ。それもランドルの命を案じてじゃないぞ、見捨てた時の罪悪感を感じてだ」


「あぁ」


 そんな俺の長い言葉をランドルは無表情で聞いて、相槌を打つだけで終わらせた。

 全く動揺しているように見えない。


「だから貸しとか――」

「何を言うかと思えば、別に知ってる話じゃねえか」


 俺の言葉を途中で切り、ランドルはそんなことを言った。

 知ってる? なんで?

 あの時ランドルは俺が現れた時に驚いた表情をしていた様に見えたが。


「な、何で知ってるんだよ」


「お前を初めて酒場に連れて行った時なんか慌ててたじゃねえか。知ってたみたいな顔してよ。大体、あんな所に偶然通りかかるとかありえねえだろ。俺も何故か気になってたが、お前を酒場に連れて行った時に理由が分かった」


 俺も覚えている。

 初めてランドルに酒でも飲めと連れて行かれた酒場を見上げて。

 ランドルに不思議がられて適当に誤魔化した記憶がある。

 それだけで気付いたのか?

 普段からよく気付く奴だと思っていたが、想像以上だ。

 俺は動揺して慌ててしまうが、ランドルはそのまま聞いた。


「大体、何であの日俺達をつけまわしてたんだよ」


 そう言うランドルに、俺は慌てながら言ってしまった。


「い、いや! ランドルをぶん殴って気絶させようと思って――」


 その後治療しようと思ってた、と言おうとしたのだが。

 あまりにテンパってしまい言葉が出てこなかった。

 俺の言葉にランドルは驚いた表情を見せると、次の瞬間驚きの出来事が起きた。


「ははっははは!」


 ランドルが声を上げて笑ったのだ。

 楽しそうに笑うランドルの姿は初めてで、俺は驚いて言葉が出なかった。

 本当に、ランドルは変わった。


 俺が驚いてると、ランドルはひとしきり笑うと少しまだ綻んだ表情をしながらも真剣な顔を作って言った。


「なぁアルベル。あの日俺を助けたことを今後悔してるか?」


 そう言うランドルは答えが分かっているかのように言った。

 俺も正直に答える。

 カロラスで、旅の中で、俺達にはしっかりとした信頼関係が築かれていた。


「あの日迷ってた自分を殴ってやりたいよ。

 今は心底助けて良かったと思ってる」


 俺がそう言うと、ランドルも言った。


「お前も分かってるだろうが、俺も同じだ。

 あの日、お前に助けられて死んでた方がマシだと思った」


「うん」


「でも今は、助けられて良かったと思ってる。

 生きていて良かったと思える。」


 そう言うランドルの声は穏やかだった。

 俺は言う。


「なぁ、だったら尚更借りとかやめようよ。

 もう僕達の中でそんなの――」


 俺が言い終わる前に、ランドルはまた口を挟んだ。


「借りは借りだ、いつかは返す。でもそんなことは理由の一つだ」

「理由?」

「もし俺がお前に借りを返しても変わらないことはある」


 俺が何も言わずにランドルの言葉を待っていると、少し間を空けてランドルは口を開いた。


「俺達は、パーティだろ」


 そう言うランドルの言葉に、俺は体を湯が温めるより心が熱くなった気がした。

 俺は嬉しくなってニヤけるのを隠せないまま口を開いた。


「うん……そうだね」


 俺が返事をするとそこからは会話は一切なかった。

 風呂から上がるまで無言だったがその空間は心地良く、二人で長風呂をしてしまった。




 銭湯から出るとエルとローラが待っていた。

 二人共髪が乾いていて、見る限り結構待たせてしまったみたいだ。

 俺は少し小走りで近付いた。


「ごめん、長風呂しちゃった」


 そう言う俺にエルは全然気にしてないように微笑んだ。


「大丈夫だよ。どこか行く?」


 そう言うエルに、俺は決めていたことがある。

 

 買い物だ。

 百枚の金貨を少し軽くしておこうと思っている。

 ここは大国だし、そこらへんの町より品揃えがいい。

 

「買い物しようと思ってるよ。エルは欲しい物ある?」


 俺がエルに問いかけると、エルは素直に頷いた。


「うん、気になってたお店があるの」


 エルがこういうことを言うのは珍しい。

 よし、お兄ちゃん何でも買ってあげるぞ。


「僕達は今結構金持ちだからね。好きな物買うといいよ」

「うん、ありがと」


 そうお礼を言うエルだが、そもそも俺一人の金ではない。

 最初は三人で分けようと言ったのだが、どうせ大半の金の管理を俺だからと言われ俺が持っている。


「エル、案内してくれる?」


 俺が言うと、エルは元気よくうん! と言って俺の手を引いて歩き出した。


 

 店に着くとそこには不思議な物がいっぱいあった。

 道具や剣のような形状をしているものやとにかく様々な物だ。

 ここは何なんだろう。


「エル、ここって何の店?」

「魔道具を売ってるところだよ」


 エルの言葉に、俺は関心を持って周りを見渡した。

 恐らく俺の想像を超えた能力の道具が色々とあるのだろう。

 俺が見回しているとローラが言った。


「迷宮に眠っていたマジックアイテムとかもありますよ。

 かなり値は張りますが」


 そう言って並べられている商品には値札がついていなく、基準が分からない。

 エルは珍しく俺から離れて店主に色々と説明を聞いている。

 しばらくエルの買い物風景を和やかに眺めていると、エルが商品を持って俺に寄ってきた。


「お兄ちゃん、これ買っていい?」


 そう言って俺に見せてきたのは二つの指輪だった。

 銀で出来ていて、真ん中に大きい宝石が装飾としてはめ込んである。

 片方が青くて、片方が赤い石だった。


「もちろんいいよ。二つ共効果が違うの?」


 俺が聞くとエルは首を振った。


「ううん、二つセットの指輪なの」


 合わさることで効果が出る系か。

 まぁエルが物を欲しがるなんて初めてだし、なんでも買うといい。


「そっか、いくらくらいなの?」


 マジックアイテムってやっぱり高いんだろうなぁ。

 金貨クラスなんだろうか。

 そんなことを思っていると、エルから出た金額は途方もないものだった。


「金貨二十枚なんだけど……」


 そう言って上目遣いで俺を見上げるエル。

 金貨二十枚、その言葉に俺は固まってしまう。

 二百万円だ……。


 固まりながらしばらく上目遣いの可愛いエルを見ていると、腹が決まった。

 どうせ金貨百枚も持っていても仕方ないし、軽くするつもりだったしな。

 それにそれだけ値を張る物なら効果もすごいはずだ。

 きっとエルの身を守ってくれるだろう。


「いいよ、元々三人のお金だしね」


 金貨二十枚をエルに渡すと、エルは嬉しそうにカウンターで購入していた。


 どんな効果なんだろう、聞くのを忘れていたが気になる。

 これで赤い指輪が体を温めて、青い指輪が体を冷やすんだよ!

 とか笑顔で言われたら発狂してしまう。


 エルが嬉しそうに戻ってくると、赤い指輪を俺に手渡した。


「ん? どうしたの?」

「こっちがお兄ちゃんのだよ」


 そう言いながらエルは強引に俺の手のひらに赤い指輪を載せた。

 

「ほら、はめて?」


 そう可愛く言うエルに、俺は何も考えずに左手の中指に指輪をはめた。


 何が起こるのか……少しドキドキしたが、特に変化は見られなかった。

 なんだこれ?

 エルを見ると、エルは右手の中指に青い指輪をはめていた。


「エル? これどんな効果があるの?」


 俺が聞くと、エルは微笑みながら言った。


「秘密、お守りだよ」


 何故か詳しくは教えてもらえない。

 まぁエルが俺に害のある物を渡す訳もない。

 お守りというからにはいざという時に効果はあるのだろう。

 まぁ、いいか。

 エルが嬉しそうだしそれでいいだろう。


 エルが満足したので、俺達は店を出た。


 

 結構大きい買い物をしたが未だに金貨は八十枚ある。

 俺も何か買おうかなと悩むが、特に欲しい物も思い浮かばなかった。


 町を歩いていれば何かあるかもと無理やり探したが、目当ての物は見つからなかった。

 陽が落ち始めると、色々と案内してくれたローラに礼を言って別れた。


 宿に戻るといつも通り食事をし、エルと共に寝た。

 明日イグノーツが来るらしいので、その話し合いによっては近々ここを去ることになるだろう。

 ようやくルカルドへの旅が再開できる。

 旅の歩みが止まってからもうすぐ一月が経とうとしていたから。

 しかしここで会った人達の顔を思い浮かべると、少し変な感情になった。


 少し、寂しいかな。



 そんな気持ちを隠すようにエルの寝息を聞いていると、眠りに落ちていた。

 

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[一言] 身代わりの指輪とかな気がしてこわい
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