第二十九話「激闘」
剣が交差する金属音を追って走って辿り着いた時。
そこに見えたのは地獄のような光景だった。
俺はエルを乱暴に落とすように降ろして、剣を抜きながら斬られそうになっていたローラの間に割り込んだ。
怒りを露に、突然の来客に驚いている男の腹を押すように蹴りを放つ。
しかし、俺の蹴りは空気を切っただけだった。
男は後ろに飛びながら俺の蹴りを避けると二メートル程距離を取った。
俺は警戒を解かず、後ろにいるローラに声を放つ。
「大丈夫ですか?」
少しの間の後、ローラはまだ事態が把握できていないのか遅れて返事を言った。
「は、はい……私は大丈夫です……でも」
そう言ってランドルの方を見た。
俺も一瞬だけ後ろに目を向ける。
割り込む前に少しだけ見えていた。
ダンテとランドルの、傍から見れば死体にしか見えない無惨な状況。
俺は怒りを隠さずに叫んだ。
「エル! ランドルを!」
「分かった!」
エルもあまり聞かない慌てた声を上げると、うつ伏せになっているランドルを仰向けにし傷を確かめた。
エルは隠して置くつもりだったが、この状況はもうそんなこと言ってられない。
「大丈夫、まだ生きてる」
そう言ってエルが治癒魔術を詠唱するのを聞いて俺は安堵する。
これが常人なら血を失いすぎて治癒魔術を掛けても無駄になるかもしれないが。
俺はランドルの生命力を知っている。
治癒魔術が間に合ったのならきっと死ぬことはない。
俺の後ろにいるローラも相当な傷は負っている様に見えるが、命に別状はないだろう。
ダンテは分からない。
正直この状況にまだ俺は理解が追いついていない。
ダンテにまで気遣っている余裕はない。
俺は剣を構えたまま目の前の男を睨みつけると低い声で口を開いた。
「こいつがやったんですか?」
自分でも驚く程低い声が出たと思う。
俺の声のトーンにローラは驚いた様子を見せるとゆっくり口を開いた。
「はい……あの男の強さは異質です。私では、でも二人なら――」
そう言ってローラは立ち上がろうとする。
しかし、胸を痛めているようで苦痛に顔を歪めると再び膝を着いた。
「俺がやります。下がっていてください」
「しかし……」
「エルの治癒魔術を待ってください。傷が治ったら、俺の仲間を頼みます」
「それではアルベルさんが――」
引き下がらないローラに俺はキレるように口を開いた。
「ローラさん。俺はね、怒ってるんですよ。
下がってください」
「分かりました……」
俺が有無を言わずに言うと、ローラは弱々しい声を上げた。
俺はキレていた。
この世界に来てから一番怒りに身を包んでいた。
あの日、ランドルにセリアのことを馬鹿にされた以上に。
ランドルが殺されそうになっていることに、怒っていた。
俺の体に憎しみが激しく渦巻いていた。
俺が殺気を飛ばしながら男を見ると、そいつは笑いながら俺を見ていた。
男は楽しそうに口を歪みさせながら言った。
「ただのガキじゃねえな。相変わらず流帝じゃねえが、いいさ。
まだまだ食いたりねえところだったからな」
「お前は許さない」
そう言って男を睨みつける俺を眺める男の強さはすぐに分かった。
闘気は抑えているようで底は分からないが。
この男はイゴルさんクラスの領域にいる。
昔の俺では間違いなく勝てない。
でも今なら、あれから剣を振り続けた今なら。
俺が思考していると男は言った。
「あぁ? 見覚えのある雰囲気だな……まぁいいか」
勝手に言って勝手に納得するとぶら下げていた双剣を構えた。
俺も握り直すように強く柄を握り締める。
お互いの視線からバチバチと火花が散り、瞬間、男の闘気が爆発した。
周囲を禍々しい黒い闘気で包みながら身に纏った。
その闘気に、ぞくりとやばい感覚が俺の身を襲った。
今まで俺が見た中で、断トツに巨大な闘気。
その黒い闘気はまるで俺の体を包む赤い闘気を蝕んでいくようだった。
これは今まで抑えてきた闘気では勝てない。
ただ、背を向ける選択肢はなかった。
仲間を斬った奴に、無様に背中を向けることは許されない。
セリアを追いかけるように闘神流の剣を振る俺は逃げてはいけない。
そして何よりも、奴に背を向けた瞬間に自分が死んでいるイメージが脳内に見えていた。
俺の全力がどこまで競り合えるか分からない。
全力で闘気を纏うと自分の体がどうなるかも分からない。
しかし、自分の身の保身などはどこかへ消えてしまっていた。
「ふぅっ……」
集中するように息を吐くと、今まで開けなかった引き出しを開ける。
心臓から迸る光を体中に送る。
俺の闘気は爆発し、禍々しい黒い闘気を照らすように周囲を赤く染めた。
まだ足りない。
これでは勝てない。
まだ残っている。
俺の体に眠って燻っている闘気を叩き起こす。
隅々まで残りなくかき集める。
瞬間、俺の中の闘気が輝くように俺は視界が眩しく光るような錯覚を感じた。
光が消えると、赤い闘気の本流が相手の禍々しい黒い闘気に衝突した。
俺の闘気を押し出すように背中から突風が吹く。
いつも俺の背中を押してくれるように感じる風は今までで一番力強かった。
「凄い……」
俺の後ろでまだ動けないローラが呻くように声を上げた。
闘気が衝突し合いビリビリと空気が裂けるような空間の中、男は今までで一番楽しそうに口を開いた。
「ハハ! ガキの持ってる力じゃねえな、化物じゃねえか。
おいガキ、名乗れ」
そんな男の言葉を俺は無視する。
ただ隙を探し、隙を見せない。
しかし、飄々としているように見える男に打ち込める場所は無かった。
「無視かよ。面白くねえガキだぜ」
「お前に名乗る名なんてねえよ」
俺が警戒を解かないまま言うと男は更に口を歪めてニヤけていた。
「ハッ、まぁいい。俺は双剣流、ヤダガラスのザエルだ。死ぬまでに刻み込め」
「知るかよ。こいよ」
俺の声を合図に、男は踏み込む姿勢を見せた。
俺も迎え撃つように踏み込む。
両者が激突すると壮絶な剣撃が始まった。
超高速で打ち合われる剣は容赦なくお互いの致命傷を狙った。
しかしその剣はその体に届くことはなかった。
一合の打ち合いで果てしなく続く戦いが予想できた。
俺はもう人を殺したくないという感情を持つ余裕はなかった。
ザエルの息の根を止める攻撃を続けないと、勝てない。
そして勝負が長引くほど不利になるのは俺だった。
身に纏った自分の体に耐えられない闘気。
老けて見えるザエルは自分の闘気に耐えられる体を長年の年月を経て作り上げていた。
俺が負けたら、全員死ぬ。
この男に勝てる奴は誰もいない。
戦いの中、俺の闘神流の体術は封じられていた。
ザエルは俺の両腕で斬りかかる剣をなるべく片手で受け止めていた。
厳しそうな表情の中には気味の悪い笑みもあった。
自分が苦しくなればなるほど奴は楽しそうだった。
俺が蹴りを出せない理由はもう片方の剣が構えられていたからだ。
恐らく蹴り掛かると足を切断される。
最初にローラの所に割り込んだ時に見せたのがまずかった。
あの時適当に蹴り上げた訳じゃない俺の蹴りをザエルはちゃんと技として認識していた。
あれがなければ不意の体術で一撃入れれていれば、戦況が変わったかもしれない。
高速で動く俺達の周りでは常に剣から迸る火花が散っていた。
闘気を高速で足腕と動かしながら剣を振る。
相手の弱点をひたすらに探しながら剣を振る。
しかし相手の手数は多く、相手の体に俺の剣が通ることはなかった。
剣先が掠ることさえしない。
しかし、それは相手も同じだった。
無理に片手で俺の剣を受けることで、もう片方の剣が俺を襲うのを一瞬遅らせていた。
長期戦になる、そう思った瞬間。
不意を突かれた。
俺がザエルの片剣に剣をぶつけるとザエルの剣が軋むと共に、もう片方の剣で俺を襲い掛かる。
首を狙うその剣は短く、俺は首を後ろに逸らすことで回避するが。
瞬間、ザエルの片足がぶれた。
俺は考える前に腹部に闘気を集中させた。
次の瞬間、俺の体が激しく押し出される。
地面がブーツの底を削り、ザアアアッと言う音と共に二メートル程後ろに後ずさると止まった。
思考が混乱する中、昔イゴルさんが言っていたのを思い出す。
双剣流は手数の多さで戦い、蹴り技も使うと。
さすがに少し痛むがダメージは少ない。
俺は腹に闘気を集中させたが相手は高速で闘気を移動させる技術を持っていなかった。
しかし、この拮抗を崩すには十分な攻撃だった。
少しの傷が最後の勝敗を左右する。
相手としては好機な筈、その隙を逃す訳がないのだが。
男は止まって俺の顔をじっと見ていた。
そして少し楽しそうにしていた顔を崩すと口を開いた。
「やっぱりそうだ、思い出したぞ。その剣術に闘気の動かし方。
イゴルと同じだ。お前イゴルを知ってるな?」
俺はザエルから発せられる予想外の名前に、動揺した。
戦いが始まってから俺が初めて見せた隙だったが、ザエルは斬り掛かってこなかった。
「なんでお前がイゴルさんを知っている」
俺がそう言うとザエルは再び楽しそうな顔に戻った。
もしかすると、こいつがイゴルさんを殺した奴かもしれない。
俺は仇を取るようにザエルを睨みつけた。
「やっぱりそうじゃねえか。あいつは強かったなぁ。
また殺り合いたいと思ってたんだ」
そう言うザエルに俺は低い声を出した。
「四年前、イゴルさんを殺したのはお前か?」
俺の言葉にザエルは不思議そうな顔をした。
何を言ってるんだと言いたげに。
「は? あいつ死んだのか?」
「首だけになって帰ってきた」
この反応を見る限り、こいつが犯人ではなさそうだ。
イゴルさんを知っていることには驚いたが、犯人でないならこれ以上の問答に意味はない。
しかし、ザエルは俺をおかしいものを見る目で言った。
「んな訳ねえだろ。死んだって、四年前って言ったか?」
「そうだ。もうお前に聞くことはねえよ」
そう言い捨てる俺だが、次のザエルの発した言葉は俺の心臓を抉った。
「生きてるぞ。俺は三年前にあいつを見たからな」
一瞬心臓が強く跳ねるが、すぐに考え直した。
俺は確かにイゴルさんの首を見たのだ。
間違いなく、イゴルさんの顔だった。
「確かにイゴルさんの首だった。お前の勘違いだ」
そう言う俺の言葉を、ザエルは笑い飛ばした。
「ハッ! 俺は俺が強いと認めた剣士は絶対に間違えねえよ。
お前が何を見たとしても関係ねえ」
自信満々に言うザエルに、俺は再び動揺した。
信用できるような男ではないが何故か嘘はついていない気がした。
しかし、俺の目にも間違いはない。
結果、ザエルの勘違いだという結論に行き着くがやはり気になった。
「一応詳しく聞かせろ」
そう言う俺にザエルは楽しそうにニヤけた。
「やだね。教えて欲しかったら俺を殺してみな。
首が刎ねられようが心臓を突かれようが話してやるよ」
その言葉に俺は更に苛立つ。
首を刎ねて口を開ける奴がどこにいると言うのだ。
まぁいい、どのみちこいつの勘違いだ。
一応聞くだけで、話されたところでイゴルさんの死の真実は変わらない。
「お前を斬ることに変わりはない」
俺はそう言って仕切り直すように剣を握り直す。
少し会話をした内に俺の腹は大体回復していた。
また振り出しだ。
会話をしながら、俺は突破口を考えていた。
ただでさえ無駄な会話で時間を掛けてしまっている。
闘気を纏う俺の体に限界が来たら気付いた時には俺の意識はないだろう。
ザエルの唯一の弱点。
いや、弱点などと呼べないが。
俺の蹴りを警戒していることだ。
恐らくイゴルさんを意識して更に警戒するはずだ。
それは必然的に奴の剣に負担が掛かる。
見るからに業物だろうが、俺のアスライさんから贈ってもらったこの剣も業物だ。
そして奴は高速で闘気を移動させる技を持っていない。
ただでさえ短く薄い剣の限界が先に来るのは向こうだ。
俺は踏み込み距離を詰める。
俺は振り上げた上段から、ザエルに致命傷を与える剣筋ではなく奴が受ける剣をイメージして剣を振った。
予想通り、ザエルは片手で受け止める。
ギリリリと奴の剣が悲鳴を上げる。
しかしそれだけだ。
到底、業物である剣を破壊するまでには至らない。
保険で全身に纏っている闘気を全て剣に注ぎ込む必要がある。
俺はザエルの二撃目を打ち合っていた剣を逸らして叩きつけるように打ち合わせると、距離を取った。
次の攻撃に剣に全ての闘気を乗せる。
上段に剣を掲げ闘神流風斬りの構えを取る。
ザエルは俺を迎え撃つ構え。
俺は奴の想像を超える速さで距離を詰めるイメージを脳内に描く。
踏み込む姿勢も見せないほどの速さで俺は突撃した。
ザエルは一瞬驚きの表情になり、初めて双剣を交差して構えた。
それを叩き壊すように俺は闘気を剣に全て乗せ、上段から斬るというより叩きつけた。
ギィィィ! と奴の剣が激しく悲鳴を上げる。
咄嗟に双剣を交差させた相手の隙に、俺は隙を見逃さず蹴りを打ち込んだ。
ザエルの腹を押しつぶすようにブーツの底で踏み潰す。
俺の闘気を乗せた攻撃はザエルの腹筋を貫通し、内臓に衝撃を与えた。
ザエルは口から胃液を吐き出しながら体が浮くことはないものの数メートル飛んだ。
一気に形勢が逆転する。
少し腰を落とし、今にも膝をついてしまいそうなザエル。
苦しみの表情を見せながらも構えている奴の片方の剣には、ヒビが入っていた。
次の一合で折れる。
そして奴に与えた腹部のダメージはすぐには回復しないだろう。
この勝負勝てる。
そう思い、回復させる隙を与えない様に俺は再び風斬りの構えを取った。
次は中段の構え、敵の攻撃に臨機応変に対応する。
俺は勝利を確信しながら踏み込むと、予想外のことが起こった。
俺が距離を詰める途中、奴が手がぶれて見える程の恐ろしい速さでヒビの入った剣を放ったのだ。
俺は思いも寄らない攻撃に焦って体を止めて逸らそうとするが、簡単に突進は止まらない。
奴の投擲された剣のスピードと俺の突進が相まって完全に回避することはできなかった。
心臓を的確に狙った奴の剣は俺の左の肩口に突き刺さり、背中まで貫通した。
「グッ……」
この世界に来てから一番の激痛。
木刀で殴られる痛みには慣れていたが、刺される痛みは初めてだった。
あまりの痛みに表情が歪み、足が止まる。
「アルベルさん!?」
「お兄ちゃん!」
治癒をしながら俺の戦いを見ていた二人が叫び声を上げる。
駆け寄ってくるような足音が耳に入り、俺は怒鳴った。
「来るな!!」
俺の怒鳴り声に足音が止まると俺は安堵した。
手負いのローラと魔術師のエルが狙われたら守るのは難しい。
まだ自分に斬り掛かってくるほうが捌きやすいだろう。
俺は肩に刺さっている剣を引き抜くと、ザエルがもう手に取れないように後方に投げ捨てた。
知識として抜かない方がいいのは知っているが。
肩に刺さっていた剣は俺の体の自由を奪っていたから仕方ない。
油断していた。
使い物にならなくなった剣を投擲してくるのは予想していなかった。
双剣流は二刀持つ、確かに、一刀が使い物にならなくなればこの様な使い方をするのは合理的だ。
他流派との戦いの経験不足を感じ、痛みと情けなさに歯を噛み締める。
剣を抜いた肩口から血がどばどばと流れ出す。
激しい痛みだが、それは相手も同じこと。
奴を倒したら俺にはエルの治癒魔術がある。
今痛みに耐えてザエルを斬れば俺の勝ちだ。
ザエルもまだ腹部が回復していない、苦痛に歪む表情は変わらない。
加えて二刀の内の一つは失われた。
まだ俺は左の感覚が少しおかしくなった程度で、剣は振れる。
流れ出る血の多さに少し意識が朦朧とするが、唇を噛み締め意識を無理やり戻す。
そして再び俺は自分から仕掛けた。
右手に剣を持ち中段から横に一閃、ザエルの胴体を狙う。
もちろんザエルは苦しみの表情をしながらも俺の剣を受けた。
しかしそうなると、俺の体術を捌くことはできない。
わざわざ片手で剣を振ったのは左手で拳を打ち込む為だ。
そう思った瞬間、先にザエルが開いている右の手で拳を作ると俺に放ってきた。
俺も焦りながらも闘気を移動させてその拳に自分の拳をぶつける。
右手で剣を合わせながら、左手は拳が激突し合った。
俺の左の肩口に衝撃が伝わり、血が溢れるように噴出す。
しかし、痛みはもう感じなかった。
俺は闘気を拳に移動させたが、ザエルはできなかった。
遅れて出された俺の拳に負け、ザエルの拳は砕ける。
そのまま俺はザエルの拳を砕きながら振り切るとザエルの右腕が後ろに飛んだ。
俺はその瞬間右足に闘気を集中させ、未だに剣を合わせているザエルの肘を蹴り上げた。
するとザエルの肘は普通は曲がらない方向に折れ、指先の支配を失い剣が地面に落ちた。
そんな状況でもザエルは再び砕けている筈の拳を振りかぶり、俺に打ち込んでくる。
その遅くなった拳を俺は体を翻し避けると、ザエルの右腕を肘から斬り上げ、切断した。
ザエルは険しい表情のまま悲鳴一つ上げず、腕がなくなったというのに次は左足に力を入れ蹴りを繰り出してくる。
俺はその蹴りに合わせるように剣を振る。
闘気を乗せた剣に蹴りが勝てる訳がない。
ザエルの左足は膝上から切断された。
そんな状況になってもザエルは片足で立ち、倒れることはなかった。
痛みに声を上げることもない。
切断面から噴出す鮮血を浴びながら、俺はザエルの腹に再び全力で蹴りを叩き込んだ。
もはや成す術もないザエルは城壁を破壊しながら激突し、分厚い岩の壁を少し抉って止まった。
ザエルは片腕と片足を失い、そして体中の骨を砕く衝撃に体の限界が訪れ意識を手放した。
血を噴出しながら死人のように頭を下げていて、ボサボサの長い髪でその顔は見えなかった。
俺は、人を殺してしまったのか。
そう思い気持ち悪くなる前に今まで忘れていた激痛が走った。
下を見下ろして自分の体を見ると、自分の血とザエルの血でただでさえ赤よりの剣士服が真っ赤に染まっていた。
俺はこの時になってやっと闘気を抑えると、肩を貫かれた痛みより激しい激痛が全身を襲った。
「ガ……クッ…」
俺は体の自由を失い、正面から地面に倒れ込む。
「お兄ちゃん!? お兄ちゃん!!」
後ろでエルの声が聞こえた気がした。
エルが泣いているような声で必死に声を上げている気がした。
きっと大声を上げている筈のエルの声は、なぜか少しずつ遠くなっていった。
俺は激痛を感じなくなっていくと意識が朦朧としはじめ、視界が激しく歪んだ。
俺の顔を濡らす上から降り注ぐ何かの雫が何故か心地よく感じられた。
俺は何故か安心すると、意識を手放した。




