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第二話「少女との出会い」

 この世界に来てから五年が経っていた。


 とある時期からエリシアとルルがこそこそと話し合っていて、もう大丈夫じゃないかしら、などの声が聞こえてきて、エリシアが俺とエルの所にやってくると。


「明日からお母さんと一緒に診療所にくる~?」


 と言い始めたのだ、もちろん外に出たがってた俺は二つ返事で行く! と答えた。

 俺が行くならもちろんエルも一緒である。




 その日から一日のほとんどを診療所とその周辺で過ごすことが多くなった。


 外を歩いてみたり、診療所に置いてもらった本を読んだりの日々だ。

 すると、この世界のことも色々分かってきた。


 この町はカロラスといって近くの小国の領土で、俺が思ってたよりでかい。

 端から端まで歩くと一時間以上かかるんじゃないだろうか。


 そしてこの世界には三つの大陸がある。

 ここは東の大陸のカルバジア大陸の更に東にある町。

 町の外は緑いっぱいの田舎風景だ。

 異世界なんてどこにいってもそうかもしれないが。


 カロラスからずっと北西にいくとセルビア王国がある。

 この大陸で一番の大国のようだ。

 カルバジア大陸の最北と最南にはコンラット大陸に渡る港がある。


 俺の読んだ本にはカルバジア大陸のことしか書かれてなかった。

 コンラット大陸についてはエリシアとルルから教えてもらった。

 国の情勢などは聞いても分からないので聞いていないが。

 

 コンラット大陸から北を目指すと険しい山脈があり、それを越えると魔族が暮らす大陸があるそうだ。

 大陸名はドラゴ大陸。


 最初は魔族と聞いてぶるっと身震いがしたが。

 人種より長寿な種族が全て魔族と呼ばれるだけらしく、見た目が人とかけ離れていても寿命が普通なら人種だ。

 逆に人と同じ見た目でも長寿なら魔族。


 そしてこの世界じゃよくある魔族が差別されてたりだとかそういう風習はないらしい。

 昔はよく人種の大陸に下りてくる魔族も多かったようだ。

 しかし理由は不明だが、今はほとんどの魔族はドラゴ大陸に戻って生活しているらしい。


 各大陸の北にいくと迷宮が多く、魔物が増える。

 それもあって、北に行けば行くほど冒険者が集まっているらしい。

 魔物にもランクがあり、高ランクになるとやはり竜種などがいるらしい。

 ドラゴン……少年心をくすぐるものがある、実年齢でいえばもう大人だが。


 自分が竜を討伐してる所を想像してみたこともあったが、ちょっと無理があった。

 魔術が使えるわけでもなければ剣も握ったこともない。

 そもそも俺は一生この町で暮らす気がするから関係ないと思って少し寂しくなる。


 でも知識を持っといて損はない。


 今の俺にできることと言ったらこれだけだ。

 この世界で暮らしていくために知識を詰め込んでいくことだ。

 子供の脳だからか、この体がいいのか、大体のことは一回見ると記憶されている。


 とにかく将来仕事に困らないように頭を回転させるしかない。

 そして読み書き算術はこの世界じゃできない人のほうが多い。

 この世界に学校のようなものはなく、教えれる人は限られているのでいいご身分じゃないと学べないらしい。


 うちはエルシアどころかメイドのルルまで教えられるのだからやっぱり何かあるんだろうな。

 話したがらないから聞かないようにしてるけど。

 もう少し大きくなったら話してくれるだろうか。


 ちなみにエルは読み書きもまだ完璧ではなく、算術も全然だ。

 五歳児だったら普通だろうかもしれないが。

 今の所こっちの方面でしか勝てない俺は必死だ。

 しばらくはお兄ちゃんの面目をたもさせてもらっている。


 



 そして今日も診療所でエルと遊んでいる。


 重症の患者が運ばれてくることなんて早々ない。

 基本的に仕事で軽い怪我をしたり、腰を悪くした老人とかだ。

 診療所はエリシアと所長のコーディさんとその娘のアーダさんで運営している。

 コーディさんは六十歳ほどに見えるお爺さんだ。

 アーダさんは三十後半くらいだろうか。


 二人とも俺たちにすごく良くしてくれる、患者がいない時は一緒に遊んでくれる。


 そんな訳で診療所に入り浸ってる俺とエルはすっかりマスコットになっていた。

 頻繁にくる老人夫婦なんかは俺たちの為に果物を持ってきてくれたりする。

 

 今日もエルが俺の膝を枕にしてすやすや寝ている時。

 何回も読み返した本を読んでいると、老紳士がこんにちはと声をかけてきた。

 この人はアスライさんという。

 老けているがいつも小奇麗な服を着ていて、結構いい暮らしをしてるのが分かる。


「アルくんはほんと本が好きだね。その歳で文字が読めるのはすごいなぁ」

「はい! お母さんが教えてくれましたから! この本読むのも何回めだろう」


 そう言いながら小さな本棚なんてとても言えない箱を見る。

 エリシアに本を読みたいといったところ、所長にお願いしてくれて数冊だが所長の持ってる本を置いてくれたのだ。

 俺は知らなかったのだが、本はすごく高価なものらしい。

 それを知った時にエリシアにお願いしてしまったのを後悔した。

 罪悪感を感じた俺の気持ちを他所に、エリシアは本当に用意してくれたのだ。


 俺の視線の先を見た老人は、あぁ、と呟いて


「うちにも何冊かあるよ、貸してあげようか?」


 あなたが神か? なんて言いたくなる。

 跪いて忠誠を誓いたい気持ちを抑え、子供らしく


「え!? いいんですか? すごく嬉しいです!」


 子供ながらのパーフェクトスマイルで返す。

 アスライさんはうんうんと微笑みながら


「じゃあ次来るときに持ってこようか」


 え? 次? 次って何日後よ!! 待てないよ! 今すぐ貸してよ!

 とはさすがに言ったらまずいだろう、うーん……。


「今日取りにいってもいいですか?」


 失礼……ではないだろう、五歳児なら普通である。


「ん、構わないよ。治療が終わったら二人でうちにいこうか」

「ありがとうございます!」


 やったぜ! 新しい本が読めるぜ!

 ふと思うが、俺はこんな本中毒だっただろうか……。

 前世では活字しかない本なんて読みさえしなかった。

 しかし、知らないことが多いこの世界で新しい知識を頭にいれていくのは心地よかった。

 

 一応エリシアに言っていかないとな。

 相変わらず俺の膝で寝ているエルを起こさないようにそっと膝から降ろし、エリシアの手が空いたタイミングを見計らって声を掛けてみる。


「お母さん! アスライさんが本貸してくれるって! 行ってきていい?」


 エリシアは、え?って顔をして


「本? うーん……しっかり管理できるー? 高価な物だから汚しちゃったりなくしちゃいましたじゃ済まないわよ~」

「大丈夫だよ! ねぇ! いいでしょ!」


 エリシアはうーんと顎に手をやり悩んでると後ろからアスライさんがやってきて。


「アル君はしっかりしてるし大丈夫だよ。どうせうちに置いてあっても飾りになっているだけだし。本も読んでもらえるほうがいいでしょう」


 ぽんぽんと軽く俺の頭を叩きそう言った。

 さすが! ナイスアシスト!


「なら……ちゃんと綺麗に返すのよ~? 帰り一人で帰ってこれるぅ?」


 過保護母親パワーが発揮されているが、今日ばかりは振り切らせてもらおう。


「うん! すぐ帰ってくるよ!」

「まぁ、うちもこの近所だし大丈夫でしょう、何なら送りますよ」


 さすがに腰を弱らして診療所に来てる人に送り届けてもらうのはまずいだろう。

 エリシアもえぇー、と困った顔をしている。


「一人で大丈夫です! ねぇ、お母さんいいでしょ?」


 上目遣いで涙目でうるうるしてみる。

 俺を溺愛しているエリシアなら押し切れるだろう。

 今日だけはマザコンではいられないのだ。


「うっ……わかったわよぉ。でも」


 この後に及んでまだ何かあるのか…と思ったが。

 エリシアの視線の先にはソファで小さくなって寝ているエルがいた。

 

「エルが寝てる間に帰ってくるのよ~あの子、

  アルがいないと大泣きしちゃうからぁ」

 

 もちろんわかっている。

 一緒にいくと何か我儘を言ってアスライさんに迷惑をかけるかもしれないし。

 俺から見ると甘えたがりの可愛い妹なのだが…。


「うん! わかってる!」


 そんなことわかってるよと元気よく返事しておいた。

 




 晴れて許可をもらった俺は治療が終わったアスライさんと町を歩いていた。

 道中、市場を通った時なんか何か食べるかい? なんて言ってくれたが。

 さすがにそんなにお世話になるわけにはいかない。腹も減ってないし。

 

「もっと子供なりに甘えていいと思うけどなぁ」


 甘えてないように見えるのだろうか?

 その言葉の通り家に着いたら俺はエリシアに甘えまくっているのだが。

 ずっとべったりくっついてるしこれ以上どう甘えろというのかというレベルで。

 母から注がれる愛情は心地よく、手放したくないものだった。

 俺に親離れできる日がくるのだろうか……。


 他愛ない話をしながら歩いているとすぐにアスライさんの家に着いた。

 診療所から歩いて十分くらいだろうか、結構近い。

 作りはうちの木造建築と似ているが大きさが俺の家の三倍ぐらいある。

 うちみたいにルルのような使用人とかいるのだろうか。


「私以外誰もいないから遠慮しなくていいよ」


 ここで一人で暮らしてるのか、前世の自分を思い出してちょっと切なくなった。

 お邪魔しますと声をかけると、一直線でアスライさんが進み、俺はその背中を追いかける。

 アスライさんが部屋の前で止まると扉を開いた。

 俺はアスライさんの横から部屋を覗き込む。

 

 シンプルな部屋だ。

 小さいベッドの横に机があり、その上に本が十冊ほど並んでいた。

 全部、今まで読んだことのない本だった。


「何冊かもっていくかい?」


 全部! と言いたくなる魅力的な提案だがやめておこう。

 持ちきれないし、五歳児だがそれなりに常識はあるのだ。


「一冊でいいです! 読み終わったらまた借りにきてもいいですか?」


 そう言うと包容力溢れる微笑みで、もちろん、いつでもおいでと言ってくれた。

 さすが年配の雰囲気…包み込まれてしまいそうだ…。

 俺はマザコンシスコンだけでなく、お爺ちゃんっ子にもなれる資質があるだろう。


 問題はどれを借りるか。

 目をきょろきょろと動かしタイトルを眺めてみる。

 考えてみればどうせ全部読むのだから慎重になることはないか。

 さーっと見て一番気になったタイトルを手にとった。


 魔物解説書


 他にも伝説の英雄の伝記のようなものもあったが。

 異世界で重要な情報はやはり魔物の知識だろう。

 外に出ないからと言って知らないより知っているほうが絶対にいい。

 戦う力がないからこそ役に立つかもしれない。


 俺が手にとった本を興味深く眺めているとアスライさんがほぉと呟いた。


「魔物の本か。冒険者になりたかったりするのかい?」


 魔物の本なんて興味持ったらやっぱりそう思われるのだろうか。

 今のところ冒険者どころか町から出る気すらないが。


「そういうわけではないんですが、

 何かあった時に知っておいたら便利かなーと」


「普通アル君くらいの子供はこっちの英雄の話とかが好きだと思っていたよ」


 そう言って英雄の伝記を手に取った、確かに子供はそういう話好きだよな。

 

「まぁ、その。結局全部読ましてもらうつもりだったので…」


 そう言うとそうかそうかと笑いながらぽんぽんと俺の頭を撫でた。


「うちの子供は冒険者になるって飛び出していったんだけど、冒険者になってすぐに死んじゃったんだ。孫がいればアル君みたいなのかなって思うと可愛くてね」


 あぁ、俺が冒険者に興味持っているんじゃないかと心配してくれていたのか。

 この世界の人たちは本当に優しい、前世とは大違いだ。


「そうですか……。僕は魔術も使えないし剣も触ったことないので冒険者は無理だと思います」


「アル君は頭も良いしその歳で礼儀もしっかりしている。将来はいい仕事に就いて幸せに暮らせるよ」


 頭が良いわけでもないし中身が五歳児じゃないだけだ。

 でも、アスライさんの言葉はこの世界の幸せな日々を想像できて嬉しかった。


「そうなるように頑張りたいです! 今日は本当にありがとうございました!」


 胸に本を抱え、お礼を言いながら頭を下げる。

 アスライさんといるのは心地良い。

 もっとゆっくりしていたい気持ちもあるがそうは言ってられない。


「あぁ、エルちゃんが起きる前に帰らないとね。

 一人で大丈夫かい? 道は覚えれた?」


「はい! 近所だったので大丈夫です!

 また読み終わったらお邪魔しますね!」


「いつでもおいで、次はエルちゃんも連れてね」

 

 そう言うとアスライさんは家の前まで出てくれた。

 振り向くと、俺が見えなくなるまで手を振ってくれていた。

 俺もニコニコと胸に本を抱えて満面の笑みで帰り道を歩く。

 この世界に来れてよかった、神様がいるのなら感謝だ。


 もうすぐ大通りだ、この町は結構入り組んでいて路地が多い。

 エルと診療所の周りで遊んでたら行き止まりだった、なんてことはよくあった。

 別に今まで何とも思わなかったんだが、今になって呪った。


 前から歩いてきた俺と同じ歳くらいの三人組みが横に広がりながら歩いてきた。

 そして、俺の前で止まった。

 全員お世辞にも平凡とは言えない小汚い格好をしていた。

 俺は目を合わせないように進路変更する。

 横並びしている三人組の空いてるスペースをすっと抜けようとするが。

 俺に合わせて相手もすっとカニ移動してきて阻まれる。


 は? いや……通れないんだけど……。


「何ですか?」


 苛立ちを隠しながら、当たり障りなく声を掛けてみる。

 すると、真ん中にいる一人の男。

 顔の幼さに似合わない巨体の黒髪黒目のリーダーらしき奴が歪んだ口元を見せた。


「それ本か?」


 そう言い腕を組みながらあごをしゃくった。


「そうですけど……」


 嫌な予感がぷんぷんする、というか的中だろう。

 幸せに暮らしていた俺にはすぐに分かった。

 この世界に来て初めて向けられた悪意だったから。

 

「よこせ、渡さねえとぶん殴る」


 めちゃくちゃだ。


 交渉もクソもない、迂闊だった。

 こいつらに限らず小さい子供が本を抱えて一人で歩いていたら狙われるだろう。

 この世界に来てから幸せな日々が続いてたのでこんな自体考えてもなかった。

 

「嫌です、この本は借りたものなので」


 ここで本を渡してしまうのは簡単である。

 しかしそんなことは許されないし絶対に嫌だ。

 それにアスライさんは言わなかったが、

 この本はアスライさんの子供の形見の本な気もするのだ。

 普通に生きている人間が大金はたいて買う本ではない。

 

 大通りまで出ればなんとかなるだろう。

 でも一番近い正面の道は塞がってしまっている。

 大声を出すか? 一対三のこの状況。

 しかも黒髪の体格は俺の体の線と違いすぎている。

 一瞬で押さえられ、本を取り上げられてしまうだろう。


 人が来た時には後の祭りだ。


「ハッ、そうかよ」


 黒髪の男がそう言うと一歩俺に向かって踏み出す。

 それに合わせて横の二人が俺を囲もうと動いてきた。

 

 この状況……正解は……。


 俺は後ろに向かって全力で体を振り、この世界で初めての全力疾走を始めた。


「誰か! 助けてください!」


 全力で走りながらできる限りの声をあげる。

 しかし全力疾走と合わせ大声を上げるのは今の俺の小さい体じゃ辛い。

 しばらく走ると、なかなか声が出なくなった。


 俺の進行方向から吹いている風が俺の体を抑えつけるように感じ、苛立った。

 しかし、何故か後ろからも俺の背中を押すように風が吹いている気がした。


「絶対逃がすなよ!」


 逃げたら諦めるだろうかと一瞬考えもしたがそう甘くはないらしい。


 誰か、と小さくなってしまった声を出し、知らない道にとにかく走り続ける。

 俺の足の速さは結構なものだったらしく、少しずつ距離が開いていったが。

 大事に胸に抱えている分厚い本が荷物になってしまっていた。

 そして知らない道を曲がり角の度に一瞬立ち止まってしまう。

 二つの要因のせいで、完全に引き離すことはできなかった。


 もう体力も限界だ、と思いながらもはや見たこともない道を走っていた。

 大通りに出られたらと願いながら走るが悲しいことにどんどん人気がなさそうな所に入っていってしまった。


 もう目の前の進路を確認することもなく、闇雲に路地に入っていく。

 すると、曲がり角を曲がって前を見て絶望、この町のよくある行き止まり。


 ハァ、ハァと大きい体の癖に足が速い黒髪の男が真っ先に進路を塞いだ。


「ゼェ、ハァ、すばしっこいやつだな、手間とらせやがって」


 徐々に近付いてくる黒髪の男。

 そして遅れて到着した取り巻きの足音。


 本だけは守らないと、俺は両手で本をぎゅーっと抱きしめ、しゃがみ込んだ。

 殴られたら痛いんだろうな、耐えれるだろうか。


 男の手が俺の頭に伸びてくる、髪を掴まれるんだろうか。

 いくら殴られても隙を見て逃げ出さないと。

 

 その手が俺の髪の先端に軽く触れた瞬間。


「あなたたち! 何やっているの!」


 凛々しい女性の声が聞こえた。

 男達がハッと後ろを振り向き、俺も下を向いていた顔を上に上げた。



 そこに立っていたのは金髪の少女だった。

 俺より少し年上だろうか。

 吹いた風で美しく揺れる金の髪は肩で切り揃えられている。

 暗い路地の中でも、少女のエメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝いて見える。

 少女だが、誰もが魅かれるであろう美しい顔立ちをしていた。

 白の生地に青が織り込まれた剣士のような服もよく似合っている。

 腰にはその小さな体に不釣合いな剣を下げている。

 その剣はなぜか少女に溶け込んでいるように感じた。


 リーダーの黒髪が顔をしかめながらチッと舌打ちする。


「げっ、セリアだ……」

「まじかよ」


 取り巻きの二人が少女の顔を見てげんなりとしていた。

 一体この少女は何者なんだ…?

 でも状況的に俺を助けようとしてくれているのは分かる。

 でもこんな少女一人で何ができるというのだろうか。

 混乱していると黒髪が少女に近付いていった。


「てめぇ今日ばっかりは女だからって容赦しねえぞ」


 少女に詰め寄る。

 しかし彼女は表情一つ変えず


「悪党なんかには負けないわ」


 負けないって…この状況もう話し合いで終わるような雰囲気ではないのだが…。

 助けてもらって何もせず少女が傷つけられるのは心苦しい、なんとかしないと。

 

 俺は立ち上がり、少女の元へ駆け寄ろうとするが。

 

「なめてんじゃ、ねえ!!!」


 黒髪の男が少女の顔を目掛けて拳を繰り出した。

 こいつ心底悪党だ、女の顔目掛けてフルスイングって…普通絶対にできない。

 というかまずいぞこれ。

 俺は足のスピードを上げ少女のほうに向かうと、今日一番驚きの光景が映った。

 

 何一つ表情を変えず少女は頭だけ動かして拳を回避していた。

 そんな有り得ない光景に、黒髪の男はそれが分かっていたようだった。

 男は苛立っただけで驚いていなかった。

 少女は自分の顔の横に伸びていた男の腕を、少女の細い腕を伸ばして掴む。

 瞬間、体をくいっと半回転回し男の腹目掛けて綺麗な姿勢で蹴りを見舞った。


 それと同時に男が吹っ飛んだ。

 そう、吹っ飛んだのだ、少女の二倍の体重はありそうな男が。


 ガハッと背中を壁に叩きつけられ肺の中の空気を吐き出した男はウッと両手で腹を抱えて苦しんでいた。


「私はいいけど、私以外の女の子に今みたいなことしたら許さないわよ」


 少女は少し顎を上げて片手を腰に押し付けていた。

 完全にモデルポーズ、確かに決まっているが……。


「ランドル! 大丈夫か!?」

「お前を女だと思ったことはねえよ……」


 リーダーはランドルというらしい。

 取り巻き二人はリーダーを両サイドから肩に腕を回した。


「さっさとそいつを連れて行きなさい」


 あごだけで自分の斜め後ろをクイッとすると道の真ん中に陣取ってた少女が一歩横にずれて道を開けた。

 取り巻きが左右からリーダーを持ち上げると少しずつ歩き出していった。

 真ん中から「覚えとけよ……」という声が聞こえた気がする。

 気のせいだと信じたい。


 俺はあまりの事態の変化にポカーンと口を半分開けて立ち尽くしていた。

 しかし少女は、男達の足音が聞こえなくなるとこっちに近寄ってきた。


「あなた、大丈夫だった?」


 顔を少し傾けながら心配そうに放心している俺の顔を覗き込む。

 クリクリとした大きいエメラルドのような瞳。

 吸い込まれそうだ…思わずしばらく見惚れてしまった。


「うん? もしかしてどこか殴られた? どうしよう……」


 うーんとあごに手をやり考え出す少女を見て意識がふっと戻った。


「あ、いや、大丈夫」


 まともに会話ができるとわかってほっとした表情を見せると。

 よかった! と可愛らしく微笑んだ。

 さっきまでの格好良さを感じない、少女らしいとても可愛い笑顔だった。


「助けてくれて本当にありがとう! どうしても盗られたくなかったんだ」


 そう言って脇に抱えてきた本をちらりとさした。


「それ本? そっか、高価なものだものね」


 いや、そんなことより。

 自分から振っておいて俺の興味は既に別のところにすっとんでいた。


「君すごく強いんだね! ヒーローみたいだったよ!

 ほんとかっこよかった! あ、剣持ってるし剣士なのかな!」


 少女に詰め寄り興奮しながら褒めちぎる。

 いや、ほんとにかっこよすぎた、反則だろう。

 きっと今の俺の目は星がいっぱいでキラキラしていることだろう。


「えっ……そ、そんなことないわよ……お父さんが剣士で教えてもらってるの」


 頬を赤らめて少しもじもじしながら返してくれた。

 あまり褒められたことがないのだろうか。


「そうなんだ! 僕も君くらい強かったらなぁ。あ、何かお礼しないと」


 お礼といっても金銭的なものは無理だが。

 俺を恐喝した相手は女を平気で殴るやつだ。

 俺が本渡さなかったら殺されてたかもしれないし、本当に命の恩人だ。


「い、いいわよ! そんなつもりで助けたわけじゃないもの」


 少女は照れているのか。

 相変わらず頬が赤いままプイっと目を少し瞑りながら壁に視線を向けた。


 そう言われても、あ、そうっすかなんて言って去ることなんてできないだろう。


「僕にできることなら何でもするよ! 本当に」


 少女がピクリと反応し、照れていた顔を少し戻して言った。


「本当? 何でも?」


 え、なんだ、確かに何でもといったがとんでもない要求をされるのだろうか。

 腎臓ちょうだい! 指何本かちょうだい! なんて言われるとさすがに困るが。

 俺はありえない想像をしている頭をぶんぶんと振った。


「な、なんでも……」


 少し躊躇しながら言った。

 ちょっとサンドバックになってよ! くらいだったら受けようじゃないか。


 覚悟を固めていると、少女は可愛らしくモジモジと体を小刻みに揺らした。


「友達になってくれる……? 私、セリア……」


 とてつもなく可愛らしい要求だった!

 喜んで! と今すぐ叫びたい。

 俺の脳内はしばらく彼女の悪を蹴散らすヒーローの姿が目に焼きついて離れないだろうから。

 

「もちろんだよ! 僕アルベルって言うんだ、すごく嬉しいよ」


 自然に俺の顔は満面の笑みになっていた、そのまま手を差し出した。


 セリアも奴らと対峙していたときの凛々しい表情は消えていた。

 可憐な少女にぴったりな可愛らしい顔で笑い、俺の手を握り返した。




 それから大通りまで送ると言ってくれたセリア。

 セリアの横を歩きながらちらりと横顔を見る。

 その顔は、それはもう嬉しそうな顔をしていた。

 なんか反応がウブだ……三人組とのやり取りを思い出すが。

 今日の俺のような出来事は初めてのことじゃないように見えた。

 俺が量産されていると考えると友達なんていっぱいいそうなものだが。


 まぁ、いいか。


 命の恩人が喜んでいるんだからそれでいい、俺も嬉しいしな。

 

 大通りについて別れると俺は診療所に向かって歩き出した。

 ちらりと後ろを振り向くとセリアは別れた場所で動かずに俺を見送っていた。

 振り向いた俺を目が合うと、微笑みながらぶんぶんと手を大きく振っていた。

 俺も手を振り返すと今度こそ前を向いて診療所に向かった。


 今日あったことを早く話したい!

 あ、襲われたことを言ったらエリシアとエルがパニックになりそうだ。

 セリアと友達になったことだけ伝えよう。



 そんなことを考えていると目の前から走ってくる茶髪の美しい女性がいた。

 ふわふわの髪を揺らしながら一直線、紛れもない俺の母親だった。

 俺を抱き上げると涙を流しながら俺の頭に顔を押し付けぐりぐりとしていた。


「心配したのよ! なんですぐ帰ってこなかったの!」


 いつもの語尾を延ばす癖もない涙声でそう言うエリシア。

 

 その言葉を聞いて、そんなことはすっかりすっぽ抜けていた自分に気付いた。

 汗に濡れる母親の体から感じる体温は熱かった。

 走り回って俺を探しまわってたことを物語っていた。

 しばらく呆けていた後に、今言わなければいけないことを言った。


「ごめんなさい……」


 そう言い俺を抱きしめるエリシアの腕をぎゅっと小さな手で握った。

 エリシアは俺を自分の胸から地面に降ろし。

 俺の背丈までしゃがみこんで俺の目をじっと見た。


「帰りましょう、皆心配してるんだから」


 そう言って俺の頭を優しく撫でると、俺の手を引いてゆっくりと歩き出した。

 

 ウキウキと帰ってきていた自分が恥ずかしい……。

 もう母さんを悲しませないようにしよう。


 絶対に、心に誓おう。



 診療所に帰ってきた俺を待っていたのはエルの泣き声と鬼のような説教だった。

 コーディさんアーデさんの他にアスライさんまで来ていた。

 エリシアがアスライさんの住んでいる所を他の患者さんから聞き、尋ねたとのこと。

 すると、結構前に家を出たはずなのに診療所に帰ってきてない。

 となればそれはもう何かあったと思うだろう。

 俺も言いつけを破るようなことはしたことなかったし。


 この世界に来てから怒られるのは初めてじゃないだろうか。

 前世と違うのは怒られている理由が愛されているからなのだ。

 この愛のお叱りをしっかり受け止めようじゃないか。


 結局心配をかけたくなかったから新しくできた友達と遊んでたら時間を忘れていたと誤魔化した。

 アスライさんは子供らしくていいじゃないかと言ってくれたが。

 その程度じゃヒートアップしたエリシアは止まらなかった…。

 

 結局最後は。

 泣き疲れてうとうとしていたエルのおかげで長かった説教は終わった。



 ありがとうエル……。

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